喪失感
詩も、月に続いてその場を去る時だった。
「詩....っ!」
傘を投げ出し、こちらに向かってくる親友の姿。
「こら!戻りなさい!」
そんな言葉にわき目もふらず、こちらに向かってくるその必死な姿。
「殿....」
隣にいる月は、何も言わないでいる。
「詩!」
「おう」
向き合う2人。
「お前.....からだは、大丈夫なのか?」
「大丈夫だって。いつからそんな口うるさくなったんだよ」
詩は笑いながらいつものように返す。
「はっうるせーよ」
バシッ
殿の拳が詩の肩に入る。
バシッ
詩の拳も殿の肩に入った。
「殿、ありがとう。
こんな俺を心配してくれて」
そう言うと殿はすごく寂しそうな顔をした。
だけどすぐに表情を変えて、何の前触れもなく、ガシッと俺の前髪を掻き揚げた。
「いった、何すんだよ殿」
そう言って殿をみるが、すぐに目をそらしてしまう。
久しぶりに、前髪越しでなく、ちゃんと殿の顔をみた。
でも、俺はこれが苦手だった。
いつだってちゃんと人の目を見れなかった。
その見かえしてくる瞳に、自分の感情がすべて悟られてしまうような気がして.....
「おい、詩!」
殿の声に、びくりとする。
「こーゆう時だけでいいから、ちゃんとこっち見ろよ!
ちゃんと顔見せろよ!
何も、言わなくていいからさ......
頼むよ、詩」
その言葉に詩ははっとして、おそるおそる顔をあげた。
そこには泣きそうな殿の顔。
こいつには、隠さなくてもすべてわかられていたのかもしれない。
いや、隠し事なんてできない。
「俺は、命を削るタイプのアリスだ。
そして、先はもう長くない。
俺に残された時間は....」
「知ってたよ」
遮るように殿は言った。
「そんなことくらい知ってる。
だからってあとは任せたとかそんな言葉がききたいんじゃねえ。
一方的に押し付けられるのは特力の総代表で十分だっつーの」
そんな殿の言葉に詩は笑う。
「根に持ってたのかよ」
「持つに決まってんだろばか」
殿も自然と笑っていた。
「お前のことも、お前のアリスのことも取り戻して見せる」
「なんか頼もしいな」
「当たり前だろ、もう一人だけかっこいいとこもっていかせねーからな」
「なんだそれ」
ははっと笑う2人。
まるで、また明日な、と軽く別れる時のようだ。
「詩、そろそろ」
月が言った。
「ああ」
詩は返事すると、殿に向きなおる。
そして、固く握手した。
「じゃーな、殿!
だいすきだぜ!」
詩は、悪戯っぽく言ってまた笑った。
少し照れて、殿も言う。
「ああ、またな!
待ってるからな」
しめっぽいのは、俺たちに似合わない_____
葬儀のあと、降り続いた雨は止んでいた。
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