星空の下(櫻野・今井昴side)
理不尽な思いをたくさんしてきた場所。
辛くて苦しくて寂しい思いを抱えてきた場所。
そして、自分達にとって大きな大きな希望が消えてしまった場所。
そんな場所でも、こんなにきれいで希望のような光を見れるなんて.....
そんな感動に似たような気持ちを、3人のそれぞれがもっていた。
「帰ってきたらすごく星がきれいで、秀と昴にも絶対見せたいって思ったんだ」
詩の言葉に昴ははっとした。
―そっか....詩、任務だったんだっけ。
思い出して、起こされた時嫌な顔なんかせずにすぐに起きればよかったと、少し後悔する。
「久しぶりだよ。
こんな気持ち。
少なくとも、任務が終わったあとなんかね」
詩はそう、穏やかに言った。
詩から任務という言葉を聞いたのは初めてかもしれない。
今まで誰もその話題には触れていなかった。
詩でさえも。
「詩...任務をやめることはできないの?」
ふいに櫻野が言った。
それは、いつだって僕らが言いたかったこと。
「心配かけてるのはわかってる。
勝手にストレスためて、教室で暴れたときも、いつも2人が尻ぬぐいしてくれて....
申し訳ないとは思ってる。
でも、自分で決めたことだから後戻りなんかしない」
「僕らは仲間だよ。
尻ぬぐいなんかじゃない。
クラスメイトにも本当の詩をわかってほしいだけ」
櫻野が言った。
続けて昴も言う。
「今もこうやって笑ってる詩を、みんなにも知ってほしい。
詩が安心して笑える学園であってほしい。
そんな教室をつくることくらいしか僕らにはできない。
先生がくれた仲間が僕らだけなんて、寂しすぎるよ、詩」
どんな思いで、詩と向き合ってくれていたか改めて知って、詩は頷いた。
こんなわがままに付き合ってくれるこいつらは、どうしようもなく弱い自分を、決して見放さなかった。
正面から、詩のことを、詩のアリスを恐れずに目をそらさずに見守ってくれていた。
「ありがとう、秀、昴....
俺も、先生を悲しませるようなことしたくないから。
ちゃんとクラスのみんなと仲良くやるよ。
時間かかるかもしれないけど...」
少しだけ自信なさげだったが、今度は2人が両脇で笑う。
「大丈夫、僕らがついてるから____」
「天の川って....きれいだね。
僕、初めて見たかも」
櫻野が言った。
「僕も。
そういえば今日って、七夕だったね」
昴も続けた。
「え、そうなの?」
詩がきょとんとして言う。
「知らなかったの、詩。
今日が七夕だから連れて来てくれたのかと思ったけど」
櫻野の言葉に、「ぜんっぜんそんなつもりじゃなかった」と詩が返す。
昴が笑って、「詩らしい」と言った。
それにつられて、櫻野も詩も笑った。
久しぶりに、こうしてゆっくり、誰にも邪魔されずに話せた気がする。
「今日は天気がいいから、織姫と彦星、きっと会えるね」
櫻野が穏やかに言った。
「....先生に、会いてーな」
ふと、詩がぽつりと呟いた。
詩がそんなことを言うのは珍しかったから、櫻野と昴は同時に詩の方を見た。
「あの星のどれかが、先生だよ」
櫻野が言った。
「僕達をずっと見守っててくれる」
そんな言葉に、また3人で空を見上げた。
―あの星のどれかが、先生か.......
俺のこと、見てるのかな。
そう思うと、何だか先生がいない寂しい気持ちもなくなってきたように思える。
「俺、この星空に...先生に誓うよ。
絶対、守る!
この学園を!
そのために、もっともっと強くなるから」
詩はそう言って、手を空に伸ばした。
決して届かないけど、いつでもそれは傍にある。
櫻野も、昴も、同じように手を伸ばして静かに心の中で誓った。
―僕らも、詩に負けないくらい強くなります。
だから先生、詩だけが苦しむようなことにならないように、お願いします。
苦しいことは、3人で平等に請け負いたい。
星空の下の、先生と僕らだけが知っている、秘密の時間_____
そこには無邪気な僕らがいた。
無垢で、まだ何にも現実なんか知らなくて、ただただ未来を信じて、これ以上辛い感情なんてあるはずないと思っていた。
僕らはあまりにも幼すぎた。
でもこの純粋だった頃の思い出は、いつもみんなの心に残ってる。
それが、現実と戦う今の僕らを支えてる。
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