紅い式神/乱舞/任務
目の前にいたのは、
―獣
この世のものとは思えないほどの威圧感。
白く大きな巨体の、大きな牙の間からよだれをたらす。
詩の身長にも並ぶほど大きな姿は、犬とも狼ともとれる。
「ガウッ....ガルルルル....」
低くうめき声をあげる獣。
その迫力に後ずさりする、幹部。
「ガァァァァアッッ」
家具が震えるほど吠えると、獣は飢えた真っ黒の瞳で詩をみた。
「やれ」
低く冷たい声で命じた。
その瞬間、この部屋は殺戮の場となった。
獣のうなる声が響き、血の生臭い匂いが部屋中に漂った。
肉が引きちぎられ、血が飛び散る。
そんな光景を目の当たりにしても、詩は静か過ぎるくらいにたたずんでいた。
すべての者の息が絶えても、獣は今もなお、人間の肉に歯を立てている。
―ザザッジー...
耳の中で、イヤホンが反応した。
「詩、もういい」
東堂の無機質な声がした。
しかし詩は、獣へやめさせる指示を送らない。
というか、東堂の声が聞こえてはいないかのように無反応だ。
「詩、きいているのか。
もういいと言っている!
戻れ」
再度、東堂が言う。
それでも詩は、ぴくりとも動かなかった。
「詩、やめろと言ってるんだ!!」
いくら東堂でも、見るに堪えない光景が広がっており、感情的になった声。
魂が抜けたようにたたずんだままの詩。
「詩!命令が聞けないのか!
目の前をみろ!!
終わったんだ!!」
叫ぶように東堂が言った。
モニターには、あまりにも悲惨な状況が映し出されていた。
東堂の大声がやっと届いたのかはっとする詩。
細かに左手を動かす。
すると、強い風が一吹きし、部屋から獣の姿が消え、代わりに紅く染まった犬型の式神が転がっていた。
詩はそれをしまったと同時に、目の前の状況を直視しなければならなかった。
手が、震えた。
自分のことが怖くなった。
夢であってほしいと思うが、息をするたびに嗅覚を血生臭さが刺激し、現実が襲ってきた。
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