秘密基地(棗side)
「学園来たばっかの時、よくここに来てた。
大人たちに囲まれるよりは...
クラスのやつらのあの目を目の当たりにするよりは...
ひとりがいい、って。
反抗して、人を寄せ付けないようにしていたのは自分なのに、けっきょく寂しくってさ___」
詩は懐かしむように話す。
「今は別に寂しくないんだけどさっ
最近だとぼーっと考え事するときに、なんとなく、来てた。
まぁ、昔からのくせみたいな...
気が付くと足がここに向かってるんだよ」
そう言って笑う。
ミルクティー色の髪がゆれた。
「今の俺は、1人じゃねーってこと分かったし、仲間がいっぱいいて寂しくない。
周りの目なんて今さらどうでもいいしな。
だから、俺にはもうここは必要ない」
詩はいいこと思い付いたと、はにかむ。
「そういうわけで、お前にやるよ、ここ。
俺は今日限りでここには来ない。
お前の秘密基地だ。 どう?気に入ったろ?」
詩は棗に向き直り、自慢げに言う。
「.....何で俺にそこまで.....」
棗はつぶやく。
彼が、ここまでしくれる理由が、どうしてもわからなかった。
後輩と言えど、まともな会話すらしたことのない自分に対して...
「昔の俺に、似てんだよ...」
詩は、幼き日の自分と棗を重ねていた。
「今のお前、生きる希望を見失いかけてるような目してる....」
そういうところがな、と、詩は言って自嘲した。
「アリスのせいでこんな運命たどってるけど、絶対報われる日が来るって、俺は信じてる」
“命を削るアリス”
詩も同じだったと、棗は思い出す。
「それに今は、アリスだってこと嫌だなんて思ってない。
アリスじゃなきゃ出来なかった事とか出会いがいっぱいあったから。
それが俺を、強くしてくれたから___
だからお前にも、今すぐには無理でもアリスで良かったって思える日がきてほしい」
詩はまっすぐと、棗の目をみた。
「棗...
自分自身を、否定しないでほしい。
自分ばかりせめて、追い込んで、みじめな思いをしてほしくない。
...俺は、俺のアリスが好きだ。
いつかお前もそう思える日が来る!絶対!」
詩がまっすぐ言ってのける言葉。
何の根拠があるのだろう、そう思ったけど、こんなにも今の自分にまっすぐ向き合ってくれる人がいるということに
気づかされた瞬間でもあった。
詩はまた笑って、何の前触れもなく棗の頭をくしゃっとなでた。
「....おい..っ」
棗は戸惑いながらも、なんだか心のわだかまりが少しだけ解けているのを実感していた。
それからしばらく、ポツポツと会話が続き、気がつけば日が落ちる頃だった。
「今日は帰るか」
詩は伸びをしながら言う。
棗は小さく頷く。
2人は肩を並べ、夕日を背に来た道を帰っていった。
その背中から、2人の距離はこの時間で縮まったことがわかる。
「あっ...棗!」
寮に戻ると、真っ先に流架が棗のもとへ来る。
「流架...」
「....また任務だったの?」
流架が心配そうに覗き込む。
「いや、違う....心配かけて悪かった」
「ううん.....あれ?棗、何かいいことあった?」
流架は棗の顔を覗き込む。
「....何もねーよ」
そう言うが自分でも、心が軽くなったように感じる。
「嘘だ」
クスっと流架が笑う。
「笑うな」
「だって棗、嘘つくの下手なんだもん」
面白そうに流架が言う。
思えば、こんな表情の流架を見るのも久しぶりだった。
気がついたら、自然と笑いがもれていた。
それから2人で、他愛もない話で久しぶりに緊張の解けた時間を過ごすのだった。
これも、詩のおかげかもしれない。
そして......棗が秘密基地を流架に教えるのは、少し後のこと_____
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