秘密基地(棗side)
棗の視線の先には、〝東雲 詩〟と書かれた薬の袋。
あれ?
と思い、自分が持っている袋をまじまじと見る。
そこには、〝日向棗〟と書いてある。
ぶつかったとき、2人の手から薬が離れ、詩は確認せずそばにあった袋を手に取ったのだった。
そんなことよりも、問題は薬の名称。
手に持った棗の薬は、詩の薬とまったく同じだった。
この薬は、〝命を縮めるアリス〟にしか投与されない特別なもの。
ふと、棗のほうをみると、目が合った。
2人の間に、微妙な空気が流れる。
「日向棗、少しは先輩につきあえよ」
詩は、棗の前に手を差し出す。
一瞬の間があって、棗は黙ってその手につかまり立ち上がった。
2人は本部の敷地内から出る。
棗は詩の強引さに押され、言われるがままについていった。
どんどん正門に近づいていくが、詩がとまる気配はない。
「おい、どこ行くんだよ」
棗は痺れを切らして聞く。
「俺の秘密基地」
詩はそう、得意げに返すだけ。
そして、いよいよ正門前の警備員に見つかりそうな距離に近づいたとき、詩は目の前の大木の前でとまった。
「登るぞ」
詩はそう言うと、慣れたように登っていく。
棗も、その後を追った。
「ほら、見ろ」
詩が指差すほうには、結界の壁の外に広がる町が一望できた。
しばらく、何も言わず2人は町の様子を眺めていた。
ふと、棗は横にいる詩の横顔を見る。
すごく穏やかな顔だった。
前髪が長すぎて、それ以上の感情は読み取れなかった。
と、詩もふいに棗のほうを向き、目が合う。
詩はハハっと少年のように笑う。
「ここ、いーだろ?たまにくるんだ、授業サボって」
詩はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
そしてまた、外へと視線を移す。
「こんな壁が、俺達アリスと普通の人たちの生活をわけてるんだぜ。
そう思うと、俺達のいる世界って狭いよな。
こんな壁の中に閉じ込められて...」
詩は、どこか遠くを見つめているようだった。
よくここにくると言っていたが、彼はここでひとりきり、何を考えているのだろう...
詩は青空を仰ぐように見つめた。
「こんなわけわかんない能力もっちゃって、家族に見放されて、たどり着いたのがここだった。
最初はアリスなんて力、恨みまくったよ」
詩の今の姿から、その言葉は想像もできなかった。
こんな、危険能力系なんて名前のクラスに、能天気なやつがいるんだとある種軽蔑していたところがあったけど
今はその見る目が変わった。
「.....でも、今は違う。
こんな学園でも、自分の居場所を見つけたし、
ある人に、学園にいるみんなが家族だって教えてもらった...
俺は、棗にもそう思ってほしいなって思ってる。
なんて押し付けだよな」
自嘲気味に詩は笑う。
ただの、能天気野郎じゃなかった...
彼も彼なりに孤独を抱えていて、それを周りに悟られないようにふるまっていた____
でも、不思議とかわいそうだとは思わない。
彼の目は何か決心したような強いものがあって、そこだけをしっかりと見据えているような感じがした。
何かを乗り越えた、強い人なんだと思った。
そして、この“秘密基地”といわれた場所が、彼を素直にしてくれるくらい、
心地の良い場所だということにも気づいた_____
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