逆境
詩は1人、木の上にいた。
しばらく1人になりたかった。
下から生徒達の声を聞きながら、久遠寺との会話を思い出していた。
「正式に、君の佐倉蜜柑監視を命じる」
校長待機部屋に呼ばれ、久遠寺からそう言われた。
何かと理由をつけて、今まで断ってきた件だ。
「待ってください!
蜜柑は何もしてません、被害者です」
「なぜそう言い切れる?」
校長は不適な笑みを浮かべる。
「今までの彼女の不祥事はすでにすべて報告がきている。
証拠こそ不十分なものがあるものの、これらの報告は事実とみていい信憑性がある。
君が知っていることを話してさえくれれば、こんなに手間取ることはなかったがな」
詩は、奥歯を噛みしめる。
「知っていることは何もない」
詩は花姫殿の件他、すべて知らないの一点張りを続けていた。
「君もそろそろこちらへの忠誠心を示してもらわないと、このままの生活を続けられなくなるのだよ」
「俺はずっと、あんたのもとで任務をやってきたはずだ」
詩は険しい表情を見せる。
「ああ、君の働きには感謝してるよ。
今までの生徒で一番くらいにはね。
しかし、こと佐倉蜜柑が絡むことに関しては不透明な点が多すぎる。
私がこんなにも彼女を危惧する理由は知っているんだろう、詩?
一生陽の当たらないところで生活することになってもよければ、このまま子どものように駄々をこねていればいい」
脅しともとれる言葉だが、いよいよ久遠寺は本気なのだということがわかる。
「お前なんて、すぐに光の当たらない闇へ落とすことができるのだよ」
校長は、また不敵に笑った。
部屋を出ると、小泉月が壁によりかかりこちらを待ち構えていた。
「所詮、あなたも私と同じ。
じきにあなたもこちらに来ることを選ぶわ」
暗い瞳で月は言う。
しかし詩は、
「俺は、あんたとは違う」
強く揺ぎ無い瞳で静かに言う。
月は屈辱といわんばかりに目を見開く。
「今回のこと、先輩がやったんだろ?」
詩は、睨みつけるように言う。
その言葉を聞いた途端、さっきとは表情がうってかわって、面白そうに笑みをこぼす月。
「....あなたもあの日向棗と一緒」
棗も....?
「そんな怖い顔しないでよ、悪いのはあのこなんだから。
詩にも教えてあげたじゃない。
〝でしゃばるな〟って。
あんたもそんなにでしゃばってると、いつか痛い目にあうわよ。
他のこの分まで任務を請け負って、あのこを守ったり、日向棗をかばったり、いい人ぶってお高くとまってるつもりかもしれないけど....」
「俺はそんなつもりじゃねえ」
「じゃあ、どういうつもり?
〝先生〟にでもなったつもり?」
詩は、ぐっと押し黙る。
「図星のようね。
いい人ぶっても、何もいいことはないわ。
そんな人は決まって破滅という道をたどるの。
あなたのリスペクトする〝先生〟もそうだったように....
あなたも同じ道をたどらぬように、せいぜい利口でいることね」
「くっ....」
―ザシュッ....
詩から、式神が勢いよくでて月に向かう。
月はカッと目を見開くが、式神は月の喉元でとまった。
それにより、月の表情は余裕へと変わる。
「そうやって、かっとなるとすぐ手を出す乱暴なところは変わってないのね、詩。
やれるものなら、やってみなさいよ。
今のあなたにはできないでしょうけど」
詩はすっと手をおろす。
式神はそれにより消える。
「フッ...少しは利口になったのね。
なら、これからあなたがあのこのためにできることもわかるわよね。
私はちゃんと、忠告したわよ?」
それだけ言うと、月はその場を去っていった。
―どうすることが最善なのか....
詩は1人、やるせない思いをいだくのだった。
詩のスリーカウントシールの点滅は、すべて消えた。
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