鏡の神樹

この世界は、かつて滅びた。
光も、音も、命もーーーーすべてが「無」へと飲み込まれたその時、一人の少女だけが鏡の中へ逃げ込んだという。

しかし、鏡の中も既に無事ではなかった。そこに広がるのは現実世界の鏡写しのような滅亡の虚無と、かつての世界の断片だけ。それらも手を伸ばせば消えてしまう、儚い霧のようなものだった。
少女の存在すらも虚無に蝕まれていく中、それでも少女は小さな灯火を抱き続けた。身体の全てが虚無に飲み込まれる寸前、少女の想いは一つの種となり、虚無の中に涙と共に滴り落ち、静かに根を張ったのだ。

その種は奇跡を起こした。

それはやがて『神樹』と呼ばれる大樹へと育った。虚無の闇を押し除けて枝葉を伸ばし、モノクロの世界に鮮やかな緑を生み出した。やがて神樹は光を呼び、空を広げ、新たな生命を創り出した。少女の姿は消えたが、その魂は神樹に宿り、世界を見守り続けている。
いつしか人々は彼女を「神樹の女神」として祈りを捧げるようになったという。

しかし、その平穏は永遠ではなかった。
数十年前ーーーこの世界に一つの”異変”が起こった。世界の魔力の流れを司る神樹に、闇の魔力が混ざり始めたのだ。それによって各地で魔物が現れ、人々を脅かすようになった。
「鏡に亀裂が入り 滅びた世界の闇の魔力が この世界に染み出している」
そんな噂が囁かれているが、真実を知る者はいない。

滅びた世界の、小さく儚い鏡の中。神樹を中心に広がるこの世界には、今日も呼吸と光で満ちている。神樹の大地の上で、風に揺れる葉のような命たちが、この世界と物語を紡いでいく。
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