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「獄内運動会ですか?」
菜々は聞き返した。最近は八寒地獄で行われた雪合戦に参加したり、修学旅行に行ったりしていて、忙しかったので休みたかったが、そうはいかないらしい。
「毎年行ってるんだよ。去年から鬼灯君が大会実行委員長になっちゃたから過酷になってるんだけど、参加してもらえない? 日曜日に行われるんだけど」
「嫌です」
菜々は閻魔の頼みをきっぱりと断った。
「鬼灯さんが大会実行委員長なんて嫌な予感しかしません。出場せずに見学するだけなら喜んで行きますけど」
今、閻魔は書類仕事をやっている時間のはずだ。
「サボってるの、鬼灯さんにバレても知りませんよ」
菜々はそう言い、さっさとずらかろうとした。逃げるが勝ち、と判断したからだ。
しかし、菜々の目論見通りにはいかなかった。
鬼灯が視察から帰ってきてしまったのだ。
鬼灯にも運動会に参加するように言われ、菜々は反論した。
「私はアルバイトであって正式な獄卒ではありません。運動会に参加しなくても問題ないはずです」
「いえ、問題があるんです。殺せんせーが死んだ時、監視役だったあなたをマスコミに紹介することとなります。その時、運動会に参加する資格がないほど、下っ端の従業員を重要な任務につけていたと世間に思われると、閻魔庁の信用はガタ落ちするかもしれません」
菜々は言葉に詰まり、結局運動会に出ることになった。
「そういえば、殺せんせーに関する特別任務ってどれくらいもらえるんですか?」
菜々は何気なく尋ねてみた。
「暗殺に成功すれば、現世から百億もらえるでしょう?」
「私が暗殺に関わらない可能性もあります。その場合、殺せんせーの監視分の給料はどうなるんですか?」
「なんでそんなに金を気にするんですか?」
鬼灯は思わず尋ねた。
菜々は学生だし、亡者の回収で結構稼いでいるので金に不自由しているとは思えない。
「私、鬼なのでずっと現世で暮らすわけにはいかないじゃないですか。いつか地獄に来なければいけないけど、その時の偽装工作用にたくさんお金がいると思うんですよ」
なんの偽装工作もなしに、外国に行くと嘘をつくにしても、地獄にいたら現世と連絡がとれなくなる。
親が心配して警察に捜索願いを出したら、外国に行っていないことがバレてしまう。
EU地獄などにコネを作って、偽装工作に協力してもらわなければならないのだ。
「それなら、私がなんとかします」
菜々に超生物監視用の給料を払うとなると、思わぬ出費になる。
対触手用の武器の開発にかけた金もバカにならないし、地球を壊す可能性があった超生物を地獄で雇うとなると、住民に納得してもらうために何かしらの対策をとらなければならない。
その対策にも金がかかるのは目に見えている。
いくら、超生物の人体改造の責任者が居るためという名目で、殺せんせーの後始末を引き受けた時に、たんまり補償金をもらったとはいえ、節約できるところは節約したほうがいい。
菜々は身構えた。鬼灯が無条件で都合が良い条件を提案してくるとは思えない。
「どんな裏があるんですか?」
「あなた、私をなんだと思ってるんですか」
そんな会話をしていたが、鬼灯に契約書を書いてもらい、この話は終わった。
菜々が鬼灯に協力してもらえるなら、給料をもらって自分でなんとかするよりも良い結果になるだろうと思ったからだ。
*
獄内運動会。通称、精神的運動会の練習日。
ほとんどの獄卒が青い顔をしていた。今年の大会実行委員長も鬼灯だという噂が流れていたからだ。
大会に出場しなくても良い選手や、何も知らされていない新卒、能天気な茄子などは普通の表情だったが。
去年の運動会の様子を知っている者の大半は大荷物を持ってきていた。
前回行われた種目の対策用だ。
「本当に何も持ってこなくて良かったのか? 玉入れ用にゴム手袋とレインコートは必須だろ?」
「鬼灯さんのことだから、その裏をついてくるんじゃないかと思って」
話しかけてきた唐瓜に、菜々は返した。彼も荷物をたくさん持ってきている。
種目は前回とほとんど変わっていないようだが、鬼灯のことなので、内容は大幅に変えて、準備をしてきた獄卒達を落ち込ませようとするだろう、というのが菜々の見解だった。
彼女が持っているのはノートと筆記用具だけだ。
記録はちゃんととるつもりである。
空砲が鳴り、閻魔の演説が行われた。
今日は土曜日ってことは、これはリハーサルか。
菜々は閻魔に聞いた話を思い出していた。
その後の鬼灯により、各種目で一位になると、他の種目を一つ休むことができると説明された。
第一種目は借り物競争だ。
菜々や茄子が出る種目だが、唐瓜は出ないことにしていた。去年の二の舞は御免だ。
コートの横にバズーカを持った鬼が現れた瞬間、去年の運動会の内容を知っている鬼達は持参した耳栓をつけたが、菜々は動かなかった。
バズーカを持った鬼が、さっき取り出したスマホを体の後ろに隠したからだ。
今からバズーカを撃つという時にそんなことをするのはおかしい。
だとすると、バズーカはフェイクだと考えるべきだろう。
菜々の推理力と観察眼は米花町で少し鍛えられていた。
菜々の予想は当たり、バズーカは打たれずスマホから音が聞こえてきた。
彼女は一目散に走り出した。
「なんであの子走ってるんだ?」
「さあ」
観客席からそんな会話が聞こえてくる。
耳栓をしていた獄卒ばかりか、耳栓をしていなかった者まで何が起こったのか分かっていないようだ。
よくわからないまま、獄卒達が耳栓をとった頃、鬼灯がアナウンスを流した。
『スタートの合図はもうなっていますよ。さっきのは若者だけに聞こえる音。無料アプリなので、スマホで簡単にゲットできます』
耳栓をしていなかった獄卒が音が聞こえなかった事に地味に落ち込んでいる時、借り物競走に参加している獄卒達がようやくスタートした。
その頃、菜々は一つ目のお題が書いてある紙が置いてある場所についていた。
今回の借り物競争は、四箇所に置いてある紙に書かれた物を全て集めてゴールしなければならない。
また、お題を持っていないと紙が置かれた場所を通過できないので、全ての紙を取ってからお題を探すことはできない。
菜々の一つ目のお題は、「とんでもない黒歴史がある人」だった。
彼女は迷わず、救護席にいた桃太郎の腕を引っ張っていった。
お題を桃太郎に見せると文句を言われたが、どうせ獄卒で知らない人はいないだろうと説得し、菜々は次の地点にある紙を拾った。
「スケコマシ」と書かれていたので、菜々は救護席に戻って白澤の首根っこを掴み、引っ張っていった。
この紙を作ったのが鬼灯だとしたら、白澤が選ばれる事を期待していたのだろう。
第三地点に着いた菜々は、「苦しい」とわめいている白澤の後ろ襟を握っていた手を離した。
第三地点の紙には「良い歳のくせに馬鹿な人」と書かれていたので、桃太郎と白澤にはここで待っているように言って、烏頭の元に向かった。
とうとう最後のお題となり、菜々が拾った紙には「好きな異性」と書かれていた。
去年の唐瓜再来かと思われたが、彼女は唐瓜から話を聞いた時から対策を考えていた。
シロを抱きかかえてゴールに向かう。シロは雄だし、菜々は彼のことが好きだ。likeの方だが。
今まで集めた三人も何だかんだ言って着いてきた。
結局、ゴールできたのは菜々と茄子しかいなかったが、菜々の方が茄子よりも一足早かった。
一休み券というものが渡され、見てみるとこの券を使うと一種目休むことができると説明が書いてあった。
また、人に譲っても良いらしい。
一方、ゴール出来なかった獄卒達は大玉転がしの人質になる事が決まった。
菜々は、第二種目「もふもふ動物大集合! アニマルパニック!」に出場した芥子を応援しつつ、烏頭の借り物競争の時のことの文句をBGMがわりにしつつ、今までの記録をとっていた。
しかし、烏頭の文句がBGMにしてはしつこかったので、菜々はお詫びとして彼に一休み券を渡した。
鬼灯のことなので、何か裏があるのだろうと思ったからだ。
第四十八種目の騎馬戦は、菜々が最後に出る種目だ。
去年は武器の使用が認められていただけだったのが、今回は会場にいくつものトラップが仕掛けられていた。
そのトラップは対触手生物用の拷問道具の試作品らしい。
出場者はランダムにチームに分けられる。最後に残った一チームが優勝だ。
この種目、会場内から出てはいけないというルールと、地面に足がついたら負けというルールしかないので、出場していた菜々は如飛虫堕処の鉄の狗にまたがっていた。
鬼が馬役をやるものだという先入観があった者がほとんどで、菜々と同じような事をしているのは一人しかいなかった。
自作したのであろう、フリーザが乗っていたポッドに乗っている烏頭を見て菜々はため息をついた。
あんなものを作るお金、どこから持ってきたんだろう。そんな疑問を持ったのだ。
あれは完全に自腹だろう。
閻魔庁の経費であれの制作費を払うなんて、鬼灯が許すはずがない。
見たところ、烏頭が乗っているポッドは空が飛べるようだ。
地面での移動しかできない鉄の狗にまたがっている自分は圧倒的に不利だと判断し、菜々は会場の端に移動した。
前もって拝借しておいた精霊馬を物陰から取り出す。
「んなもん盗んでたのか!」
「盗んでません! 借りてるだけです!」
きゅうりの精霊馬にまたがった菜々は烏頭に言い返した。
騎馬戦では、勝ち残った一チーム以外にはペナルティがある。
閻魔が漏らした話によると、対触手生物用の拷問道具の実験体にされるらしい。
会場内にも拷問道具の試作品は仕掛けてあるが、仕掛けきれなかった試作品は負けた獄卒達に試させる予定のようだ。
菜々と烏頭は違うチームなので、相手を倒さない限り地獄を見る事になる。
そんなペナルティがあるのなら参加しなかったのに、と菜々は後悔していた。
とりあえず、菜々と烏頭は飛び上がった。
烏頭が動く様子はないので、下の様子を見下ろしながら菜々は考え事をしていた。
ペナルティがあるのだったら、一休み券を使った方が良かっただろうか?
しかし、すぐに首を横に振る。
最終種目が極秘になっているし、嫌な予感しかしない。
残っている選手が菜々と烏頭だけになった時、菜々は戦う体勢に入った。
その時が来るまで、相手に手の内を見せたくなかったので、味方を守るだけで競技に参加していなかったが、烏頭も身構える。
手始めに菜々は懐に入れていたナイフを投げる。
殺せんせーの暗殺でよくナイフを投げているせいか、動きに無駄がなかった。
烏頭は避けきれず、思い切り体に当たったが、かすり傷しか負わなかった。
鬼の体の作りが丈夫だからだろう。
銃などの飛び道具を持っていないので、勝ちたかったら接近戦に持ち込むしかない。
そう判断して、菜々は烏頭に近づいた。
その刹那、あたりが眩い光に包まれ、大きな音が聞こえた。
一年に一度のペースで、菜々が聞いている音だ。
米花町では一年に一度のペースで高い建物が爆破されている。そして、菜々は毎度その事件に関わってしまう。
それが爆発音であると気がついた時、菜々は爆風に吹き飛ばされていた。
とっさに受け身を取り、怪我はしなかったようだが、地面に落ちてしまったので負けたのだろう。
彼女はそう思ったものの、自分が勝っている可能性がある事に気がついた。
あの爆発はどう考えても烏頭が乗っていたもののせいだろう。
制作費をケチったかなんかであんな事になってしまった可能性が高い。
一番近くで爆発に巻き込まれたので、彼が菜々より先に地面に落ちたかもしれない。
その前に烏頭のせいでこんな事になったのだから、失格になる可能性だってある。
そこまで考えて、菜々は他の事について考える事にした。
普通、あんな事になったら、服がボロボロになるはずだ。
しかし、菜々の服は多少煤けてはいるのもの、無傷に近い。
これならまだ使えるなと思うと同時に、彼女は漫画の補正力のすごさを思い知った。
結局、烏頭と菜々は始末書を書かされる事になった。
精霊馬を無断で持ち出したのは悪いと思っているが、壊れたのは烏頭のせいなので菜々は納得できなかった。
また、空中で爆発したので地上にはほとんど被害がなかったため、運動会はすぐに再開された。
『二人とも同時に落ちたので引き分けとなります。あの中に入ってください』
そう、スピーカー越しに言った鬼灯は黒い布で覆われた一角を指した。
「嫌だぞ! どう考えてもあそこに拷問道具の試作品とかがあるんだろ! だいたい、引き分けでも勝ってるじゃないか!」
文句を言う烏頭を見て、鬼灯はため息を吐いた。
『私は最後に残った 一チーム以外にペナルティがあると言ったのです』
烏頭はガックリと肩を落とした。
菜々は渋々布で覆われている場所に入った。
上司の命令には逆らえない。
布の中はカーテンで区切った個室に分かれているようだ。
一人一人別々の個室に通されたので拷問の内容は違うのだろう。
菜々が個室に足を踏み入れると同時に、あらゆる方向からナイフが飛び出してきたが、痛みはなかった。
しばらくして、ナイフが対先生用物質で出来ているので、実害はないのだと彼女は気がついた。
害がないと分かっていて入れたのだろうかと菜々が思い始めていると、烏頭の叫び声が聞こえてきた。
自分は運が良かっただけだと悟った菜々は、思わぬ幸運に安堵した。
しかし、もしかしたら自分も烏頭と同じ目に遭っていたかもしれない。
いつかバレない程度の嫌がらせを鬼灯にすると菜々は誓った。
やがて、大玉転がしが終わり、最終種目が始まった。
「一休み券を使った人は出てきてください。誰が使ったのか控えてあるのでしらばっくれても無駄ですよ」
鬼灯の説明によると、一度種目を休んだ獄卒は仮装リレーをさせられるらしい。
全身タイツを着て走っている烏頭を見て菜々は、そういえばこの世界に全身黒タイツを持っている犯人っていないんだよな、とどうでもいいことを考えていた。
その後、運動会本番は来週の日曜日であることが告げられた。
*
本番の獄内運動会が終わって少し立った時、唐瓜と茄子は現世をうろつく亡者の回収を行っていた。
鬼灯に案内されて着いたのは、「どっぷり湯」というスーパー銭湯だ。
亡者は死んだら行ってみたかった場所に向かうことが多い。
そんな中、男性霊が特に向かいやすいのが、若い女性客が多い銭湯の女湯だそうだ。
唐瓜と茄子、二人の付き添いである鬼灯は当然、女湯に入ることができないのでお香に亡者の回収を任せていた。
説明をしながら歩いていく鬼灯に小鬼二人もついていく。
すぐにお香が女湯から出てきた。
「おかしいわね。亡者が一人もいないのよ」
こんな事今までなかったんだけど、と不思議がるお香。
鬼灯には心当たりがあった。
携帯電話を取り出し、電話をかける。
電話が終わるとすぐに四人を呼ぶ声が聞こえた。
たくさんの男性霊を連れた菜々だ。
「この後、地獄まで届けようと思っていたんですよ」
そう言い訳をする菜々の髪が濡れていることから、一風呂浴びている事がわかる。
左手には顔に青い痣がいくつかある亡者達をつないでいる縄の端を握っており、右手には漫画を持っている。
この銭湯、入浴代さえ払えば客は風呂上がりに漫画を好きなだけ読むことができるのだ。
「こんなところで何やってたの?」
「亡者回収。亡者はたくさんいるし、漫画は読み放題だし、入浴料は経費で落ちるから週一で来てるよ」
無邪気に尋ねる茄子に菜々は答えた。
「後、亡者の話って結構面白いんだよ。この人、こっぱずかしいポエムが書かれたノートを処分するために家に戻ったら、霊感がある娘さんに気配を感じられて、ノート見つかっちゃったらしいし」
菜々は一人の亡者を指差して言った。
その後、そのポエムを全員に教える菜々。ポエムの内容、話さなければ良かったのに、と唐瓜は思った。
「違うんだ……。俺はただ、少女漫画ファンだっただけで……。後、その話の記録をとってどうするつもりなんだ」
菜々に指をさされていた亡者は床にひれ伏した。
他の亡者達は、菜々に言われて思い直していたが、やっぱり家に戻るのはやめよう、と改めて思った。
「私が笑いたい時に、ノートに書かれた記録を読んで笑うつもりです」
亡者の問いに対する答えを聞いて、そんな理由かよ、と唐瓜は思った。
菜々が鬼灯さん観察日記をつけているのも同じ理由だったりする。
それからなんだかんだあって、菜々と、彼女を今まで化かしていたソラも鬼灯達と行動することになった。
一通り亡者がよくいる場所を回った後、茄子の希望で海に行く事となった。
「それにしても、大丈夫ですかね?」
菜々は本人にしか気づかれないように鬼灯に小声で話しかけた。二人は他の三人から少し離れて歩いている。
「何がですか?」
「殺せんせーですよ。殺せんせー、生徒のゴシップを集めるためにそこらへんを飛び回ってるんです。万が一、茄子君とかに見つかったらどうするんですか? もしくは、あの世に関する会話を殺せんせーに聞かれたりしたら」
「確かに。あの世に関する話は極力しないようにしてください」
最後の言葉を、全員に聞こえるように言ってすぐ、鬼灯は電話をかけた。
「殺せんせー、今のところは海外にいるので大丈夫だそうですよ」
菜々にそう知らせると、唐瓜に呼ばれた鬼灯は彼の元に向かった。
おそらく、倶生神にわざわざ確認したのだろう。
「貝殻とか、砂浜の砂って地獄で売れるかな?」
そんなことを言いながら菜々が茄子が落とした閻魔帳を拾うと、塩椎に偶然出会った。
全員で、せっかくだからと塩椎に龍宮城に連れて行ってもらった。
竜宮城では、菜々が見せた写真が原因で、豊玉姫がうさぎグッズにハマったりしていた。
一方、唐瓜は綺麗な景色の場所にいるのにお香といいムードになっていなかった。
残念に思うべきか喜ぶべきか、烏頭の事もあるので、菜々は複雑な気持ちだった。
*
次の日。地獄では特別会議が行われる。出席するメンバーはいつも通りだ。
もうすぐ六月。殺せんせーの暗殺期限が刻一刻と迫って来ている。
菜々は会議室に向かって廊下を歩いていた。
地獄に部屋が出来てから、彼女は鬼卒道士チャイニーズエンジェルを全巻揃えていた。
他にもフィギアも集めているので部屋が凄いことになっている。
菜々が一昨日発売された最新刊の内容を思い出していると、蓬に声をかけられ、会議室まで彼と一緒に行くことになった。
烏頭がいない事を疑問に思い、尋ねてみると始末書の字が読めないので主任に叱られているらしい。
あの人らしいと菜々は苦笑いした。
この二人が一緒にいると、話題が漫画やアニメの事になるのはいつものことだ。
今回は鬼卒道士チャイニーズエンジェルの新刊の話になった。
「限定版買った?」
「もちろん買いました。漫画も面白くって三回読んじゃいました」
菜々があの世の読み物を現世に持って行くことはない。念には念を入れているらしい。
という事は、彼女は地獄で新刊を読んだ事になる。
鬼灯の話によると昨日、彼女は地獄に来ていなかった。
今は午前七時二十分前。事情を知らない獄卒に不審に思われないよう、触手生物に関係する会議は朝早くに行われるからだ。
学校が終わり、予約していた限定版二つと通常版を買い、保存用の限定版をしまってから新刊を読む。
その後、観賞用の限定版に付いていた付録を飾り、もうふた回り読む。
新刊を受け取ってから菜々が地獄にいた時間は多く見積もって三時間。
しかも、付録は組み立てるのに時間がかかるフィギア。
その時間内にそれだけの事をできるのなら、よっぽど読むのが早いのだろう。
そう、0.2秒で結論づけた蓬は言った。
「読むの早いね」
「そんな事ないですよ。確かに私は、じっくり読む派じゃなくて一度普通に読んでからもう一度読み返す派ですけど、付録のフィギア、自分で作ってないから時間があったんです」
その後、菜々は蓬に茄子というレベルの高いフィギアを作ってくれる友達の事を話した。
話題はこれからのストーリーの考察や一番心に残ったシーンなどに移っていた。
「私は群青の『どうすればいいのかわからない時は一番信用している人の言葉を信じなさい』ですね」
朱色がギリギリキョンシーに捕まり、助けに来た仲間の体が破壊されそうな時、敵に「お前が体を壊せば仲間を助ける」と言われた。
朱色は仲間を助けたいという思いと、本当敵が約束を守ってくれるのかという疑問でどうすればいいのか分からなくなる。
その時、群青が言ったのだ。
「どうすればいいのかわからない時は一番信用している人の言葉を信じなさい。私はこいつらが約束を守るとは思わない。それ以前に朱色と一緒に戦えなくなるなんて絶対嫌。敵は私たちがなんとかするから、あなたは逃げることだけ考えて。私達を信用しているのなら信じて」
菜々がそのシーンを思い出していると、蓬が口を開いた。
しかし、すぐに閉じた。
会議室についたので、私語は慎むべきだと判断したのだろう。
照明が落ち、あたりが暗くなる。
それと同時にスクリーンに女の子が映し出される。
現世では二人の特殊な暗殺者をE組に送り込む事が決まっていた。
「今度の暗殺者はAIらしいです」
鬼灯の言葉にそう来たか、とその場にいる全員が思った。
菜々だけはそういえばそうだったかもしれない、とほとんど残っていない原作知識を思い出していただけだが。
同時に、スクリーンに映し出された映像のカメラが引かれていき、女の子の顔が真っ黒な箱の一部に映し出されていることが分かった。
「ノルウェーで作られた自律思考固定砲台。詳細はさっき配られた資料に書いてあります。生徒として登録されているため、殺せんせーは手を出せません。殺せると思いますか?」
鬼灯はずっと殺せんせーを見て来ている菜々や倶生神達に尋ねた。
「無理だと思います」
「多分改造とかしますよ」
沙華と天蓋が口々に答えたが、誰も落胆しなかった。
その答えは予想していたからだ。
「もう一人の暗殺者は殺せんせーと同じ、柳沢によって改造された人間です。堀部イトナ。彼のことも詳しくはお手元の資料に書いてあります」
今度は会議室が、現世のお通夜のような雰囲気になった。
殺せんせーだけでも厄介なのに、またもや超生物が現れたのだ。
「彼は日本人なので、死後、魂は日本地獄が引き取ることになります。今度の国際会議で、各国に存在は知らせますが、大事になる前に殺せんせーがなんとかすると思うので、おそらく大丈夫でしょう」
新たな触手持ちが現れたことにより、議題は堀部イトナが触手を持ったまま死に、あの世に来た時の対処法に移っていった。
「もう一人いますよ、触手持ち」
ここで菜々が爆弾発言をした。
彼女は最近、あぐりと話した時のことを思い出していた。
「金魚草って可愛いよね」
閻魔庁の中庭にある金魚草畑であぐりが呟いた。
彼女は天国にいる友人から金魚草の話を聞き、菜々に案内してもらってここまで来たのだ。
「あぐり先生のセンスはどうかと思いますけど、金魚草が可愛いのは賛成します」
菜々もあぐりと一緒に金魚草を眺めながら言った。
「菜々ちゃんの好きな人って鬼灯さんでしょ」
しばらく、金魚草について語っていたのだが、あぐりがポツリと呟いた。
菜々は顔を真っ赤にして周りを確認し、誰にも聞かれていないことを確かめた。
彼女は話の矛先を転じるために、しばらく黙っておこうと思っていたことを言った。
「ずっと確認したかったんですけど、この子に見覚えってありません?」
ニヤニヤしていたあぐりだったが、菜々が持っているスマホの画面に写っている写真を見て、驚愕した。
その写真は修学旅行の時に撮ったものだ。
抹茶パフェを友達同士で仲良く食べている写真だが、そこにいるはずのない人物が写っていたのだ。
「あぐり先生の妹の雪村あかりちゃんです」
そう言いながら、菜々は二つの写真を見せる。
一つの写真は緑の髪をツインテールにしている少女の写真。もう一つは、パソコンで「磨瀬榛名」と検索したら出てきた写真だ。
「今は髪型と髪の色、名前を変えて茅野カエデとして生活しています。月が七割蒸発してすぐに転校して来ました。元天才子役だそうです。あぐり先生に確認してすぐ、茅野さんの倶生神さん達に聞いてみたら、触手を持ってるとわかりました」
昔は倶生神から情報を聞き出すため、毎回土下座していた菜々だったが、アルバイトとはいえ獄卒なのでその必要は無くなっていた。
「この資料によると、メンテナンスなしで触手がないかのように振る舞うなんて不可能。ものすごい暗殺者だ」
あぐりにもサンタクロースに間違えられた宋帝王が呟いた。
彼が見ている「試作人体触手兵器の移植被験者に発現する特徴、変化の一覧」によれば、地獄の苦しみが続くはずだ。
表情に出さずに耐えることなんてできるわけがない。
ともかく、二人の触手持ちが現れたことにより、急遽国際会議を開くことが決定した。
閻魔と鬼灯はそちらに向かうため、この会議はお開きとなった。
あぐりは菜々があかりの写真を見せた時から調子が悪そうだった。
理由は明白だ。いずれ分かることだっただろうが、菜々は責任を感じていた。
「茅野さん……あかりちゃんのことですけど」
会議が終わって、菜々はあぐりを天国まで送るという名目のもと、彼女と一緒に歩いていた。
やがて、地獄と天国が繋がっている通路にさしかかり、誰もいないことを確認してから話しかけたのだ。
「あの子はきっと、私が死神さん……殺せんせーに殺されたんだと勘違いしたんだと思うの」
あぐりの、妹への心配と、大切な人同士が敵対していることに対する悲しみが入り混じった表情を見ていると、菜々は苦しくなった。
「あかりちゃんの事は殺せんせーが何とかしてくれます。殺せんせーの他にもあぐり先生の生徒達がいます。もしもの時は絶対に私がなんとかします」
原作通りなら、渚が殺意を忘れさせ、その隙に殺せんせーが触手を引き抜くはずだが、自分というイレギュラーのせいで違うことになったら、菜々はなんとかするつもりだった。
初めは授業中でもかまわず、銃を撃ち続けていたAIだったが、殺せんせーに改造されて愛想が良くなっていた。
律の開発者が暗殺に不必要な物を全て取り去ろうとしたが、律自身の判断で、協調能力の関連ソフトをメモリの隅に隠していた。
「そうして律は無事、クラスに馴染みました」
菜々は対触手用武器対策班の一員である烏頭と蓬に今までの経緯を話していた。
続きが気になるところで話を止め、「続きが気になるのなら十円ください」と交渉しながらだが。
「最近の人工知能と比べても突出している学習能力と学習意欲か。設計図とか見てみたいな」
「烏間さん大変だな。後、二次元の可愛い女の子は興味ある」
この二人らしい感想だな、と菜々は思った。
*
前原の仇討ちに参加して欲しいと頼まれたが、烏間に怒られるだろうと思った菜々は断った。
しかし、どんなことをするのかという興味はあったので、こっそり跡をつけて観察していた。
とりあえず、奥田から余った「ビクトリア・フォール」を分けてもらったりしていたら、ロヴロがやってきた。
偶然盗み聞きをしてしまい、ロヴロとイリーナの殺し比べが明日行われることを知った菜々は、烏頭や閻魔など、賭けに応じやすそうな人に賭けを提案した。
彼女の予想通り、彼らは賭けに賛成。
大多数がロヴロが勝つ、もしくはどちらも殺せないに賭けた。
菜々はもちろんイリーナに賭けた。
原作でどうなっていたかは覚えてないが、イリーナが教師を続けていたような気がするので、彼女が原作で勝っていたと考えて良いのだろうと判断したのだ。
賭けでそれなりに儲けたので菜々が喜んでいた時、柳沢がイトナを連れてやってきた。
シロって名乗ってたけど、元桃太郎のお供のシロ君と被ってややこしいな、と菜々が考えていると放課後になっていた。
放課後に行われたイトナの暗殺は風変わりなものだった。
机で囲まれた範囲から出たら死ぬ。そんなルールが設けられていたのだ。
皆で決めたルールを破ると教師としての信用を失う。
そのため、殺せんせーは約束を守るだろう。
観客に危害を加えた場合も負けだと言うルールも追加され、試合が始まった。
「暗殺……開始」
柳沢が手を振り下ろして言うと同時に、殺せんせーの腕が切り落とされた。
その時、観客の目は一箇所に釘付けになった。
切り落とされた殺せんせーの腕ではなく、イトナの頭から生えた触手にだ。
その隙に、ソラは切り落とされた殺せんせーの触手を回収した。
これがあれば、万が一の時のために地獄で進めている、触手生物の研究の役に立つだろう。
彼女は、菜々のそばに戻ってくるとギョッとした。
菜々が今にも泣き出しそうな顔をしていたのだ。
「どうしたの?」
声をかけてみるが、反応がない。
皆がイトナの触手を見つめている中、殺せんせーを凝視している菜々を見て、ソラは彼女の気持ちを察した。
これだけは菜々が自分で答えを見つけるしかない。自分で解決しないといけないからだ。
ソラは見守る事しか出来ない。
菜々は、個人的にはまだ殺せんせーに死んで欲しくない。
この暗殺教室で過ごすうちに、殺せんせーを殺すのは自分たちが良いと思い始めているからだ。
しかし、菜々は殺せんせーが負けそうになっても助ける事は出来ない。
獄卒としては殺せる時に殺しておくべきだからだ。
私はどうすれば良いんだろう?
菜々が悩んでいるうちに、殺せんせーは不利になっていた。
どんどんと明かされていく殺せんせーの弱点。
柳沢が持っていた圧力光線、脱皮直後や再生直後。
殺せんせーはいくつもの触手を失っていた。
柳沢に対し、一つ計算に入れ忘れている事があると言う殺せんせー。
「無いね。私の計画は完璧だから」
そう言うと、柳沢はイトナに命令した。
「殺れ、イトナ」
イトナは飛び上がり、殺せんせーに触手を叩きつける。
しかし、イトナの触手が溶けていた。
「おやおや。落し物を踏んづけてしまったようですねぇ」
そう言いながら、ハンカチをヒラヒラと振る殺せんせー。
イトナが床を見ると、対先生ナイフが置かれていた。
「え? あ!」
渚が握っていたはずのナイフが無いことに気がついて声を上げる。
いつの間に、と思っている渚を見て、菜々は自分も対先生ナイフを握っている事に気がついた。
さらに、殺せんせーを殺すためではなく、助けるために握っていたと気がつき、戸惑った。
自分は殺せんせーの監視と暗殺を命令された獄卒だ。
鬼灯が問題を解決している姿を初めて見てから、彼の元で働きたい、助けになりたいと思い続けてきた。
それは、恋愛感情云々以前の、下心の無い純粋な思いだったはずだ。
殺せんせーを殺す事で、その願いが叶うのに自分は躊躇している。
菜々は自分がどうするべきなのか、ますます分からなくなった。
殺せんせーは、触手を失った事で動揺したイトナを、自分の皮で包んで場外に放り投げた。
「先生の勝ちですねぇ。ルールに照らせば君は死刑。もう二度と先生を殺せませんねぇ」
黄色と緑の縞模様を顔に浮かべて、言い放つ殺せんせー。舐めている証拠だ。
生き返りたいのならこのクラスで学ぶようにと言う殺せんせーだったが、逆効果だった。
怒りに身を任せてイトナが襲いかかってきたのだ。
黒くなった触手を振り回しながら、イトナが襲いかかってくる。
菜々は寺坂達が渚に自爆テロをさせた時の事を思い出した。
あの時の殺せんせーは、イトナの触手と同じくらい黒かったはずだ。
クラスメイト達に何かあった時にすぐに動けるよう、菜々は身構えた。
しかし、柳沢によってイトナが気絶させられ、事無きを得る。
登校出来る精神状態では無いため、しばらくイトナを休学させると言いながら、彼を担ぐ柳沢。
「待ちなさい! 担任としてその生徒は放っておけません。一度E組に入ったからには卒業するまで面倒を見ます」
それでも柳沢は立ち止まらない。
「それにシロさん。あなたにも聞きたい事が山ほどある」
「いやだね、帰るよ。力ずくで止めてみるかい?」
挑発された殺せんせーは、柳沢の肩に触手を置いたが、すぐに溶けた。
溶けた触手を手で払いながら、自分の服は対先生繊維で出来ていると説明する柳沢。
自分が責任を持って家庭教師をした上で、イトナをすぐに復学させると言い残し、柳沢は旧校舎を後にした。
菜々はしばらく呆然としていたが、とりあえず交渉に行った。
自分はどうするべきなのか考えなければいけないが、それは後回しだ。
菜々の利点の一つは、頭の切り替えが早い事だ。
よく事件に巻き込まれる以上、一つの事をウジウジ考えて周囲の警戒を怠ると、死ぬ確率が上がる。
絶体絶命の状況に何度も陥り、根性で乗り切ってきた菜々は、荒治療の結果頭の切り替えが早くなっていた。
「旧校舎って土足厳禁ですよ。なのに土足で上がったのはどうかと思います。お詫びに圧力光線か対先生繊維をください」
柳沢に追いついてすぐ、圧力光線か対先生用繊維が欲しいと頼んでみたが、断られた。
しょうがなく旧校舎に戻ると、そんなに簡単に武器をもらえるわけがないと突っ込まれた。
「殺せんせーはどういう理由で生まれてきて、何を思ってE組に来たの?」
渚の質問に、自分を殺せばいくらでも真実を知る機会を得ることが出来ると殺せんせーは答える。
その答えを聞き、生徒たちは烏間がいるグラウンドに向かった。
自分達で殺せんせーを殺したいから、もっと暗殺の技術を教えて欲しいと磯貝がクラスを代表して頼む。
放課後に追加で訓練を行うことを許可した烏間。
菜々も時間があるときは訓練を受けるようにしようと決めた。
殺せんせーが殺されるようなピンチに陥る前に力をつけて、自分達で殺す。
それが菜々が出した答えだった。
菜々は聞き返した。最近は八寒地獄で行われた雪合戦に参加したり、修学旅行に行ったりしていて、忙しかったので休みたかったが、そうはいかないらしい。
「毎年行ってるんだよ。去年から鬼灯君が大会実行委員長になっちゃたから過酷になってるんだけど、参加してもらえない? 日曜日に行われるんだけど」
「嫌です」
菜々は閻魔の頼みをきっぱりと断った。
「鬼灯さんが大会実行委員長なんて嫌な予感しかしません。出場せずに見学するだけなら喜んで行きますけど」
今、閻魔は書類仕事をやっている時間のはずだ。
「サボってるの、鬼灯さんにバレても知りませんよ」
菜々はそう言い、さっさとずらかろうとした。逃げるが勝ち、と判断したからだ。
しかし、菜々の目論見通りにはいかなかった。
鬼灯が視察から帰ってきてしまったのだ。
鬼灯にも運動会に参加するように言われ、菜々は反論した。
「私はアルバイトであって正式な獄卒ではありません。運動会に参加しなくても問題ないはずです」
「いえ、問題があるんです。殺せんせーが死んだ時、監視役だったあなたをマスコミに紹介することとなります。その時、運動会に参加する資格がないほど、下っ端の従業員を重要な任務につけていたと世間に思われると、閻魔庁の信用はガタ落ちするかもしれません」
菜々は言葉に詰まり、結局運動会に出ることになった。
「そういえば、殺せんせーに関する特別任務ってどれくらいもらえるんですか?」
菜々は何気なく尋ねてみた。
「暗殺に成功すれば、現世から百億もらえるでしょう?」
「私が暗殺に関わらない可能性もあります。その場合、殺せんせーの監視分の給料はどうなるんですか?」
「なんでそんなに金を気にするんですか?」
鬼灯は思わず尋ねた。
菜々は学生だし、亡者の回収で結構稼いでいるので金に不自由しているとは思えない。
「私、鬼なのでずっと現世で暮らすわけにはいかないじゃないですか。いつか地獄に来なければいけないけど、その時の偽装工作用にたくさんお金がいると思うんですよ」
なんの偽装工作もなしに、外国に行くと嘘をつくにしても、地獄にいたら現世と連絡がとれなくなる。
親が心配して警察に捜索願いを出したら、外国に行っていないことがバレてしまう。
EU地獄などにコネを作って、偽装工作に協力してもらわなければならないのだ。
「それなら、私がなんとかします」
菜々に超生物監視用の給料を払うとなると、思わぬ出費になる。
対触手用の武器の開発にかけた金もバカにならないし、地球を壊す可能性があった超生物を地獄で雇うとなると、住民に納得してもらうために何かしらの対策をとらなければならない。
その対策にも金がかかるのは目に見えている。
いくら、超生物の人体改造の責任者が居るためという名目で、殺せんせーの後始末を引き受けた時に、たんまり補償金をもらったとはいえ、節約できるところは節約したほうがいい。
菜々は身構えた。鬼灯が無条件で都合が良い条件を提案してくるとは思えない。
「どんな裏があるんですか?」
「あなた、私をなんだと思ってるんですか」
そんな会話をしていたが、鬼灯に契約書を書いてもらい、この話は終わった。
菜々が鬼灯に協力してもらえるなら、給料をもらって自分でなんとかするよりも良い結果になるだろうと思ったからだ。
*
獄内運動会。通称、精神的運動会の練習日。
ほとんどの獄卒が青い顔をしていた。今年の大会実行委員長も鬼灯だという噂が流れていたからだ。
大会に出場しなくても良い選手や、何も知らされていない新卒、能天気な茄子などは普通の表情だったが。
去年の運動会の様子を知っている者の大半は大荷物を持ってきていた。
前回行われた種目の対策用だ。
「本当に何も持ってこなくて良かったのか? 玉入れ用にゴム手袋とレインコートは必須だろ?」
「鬼灯さんのことだから、その裏をついてくるんじゃないかと思って」
話しかけてきた唐瓜に、菜々は返した。彼も荷物をたくさん持ってきている。
種目は前回とほとんど変わっていないようだが、鬼灯のことなので、内容は大幅に変えて、準備をしてきた獄卒達を落ち込ませようとするだろう、というのが菜々の見解だった。
彼女が持っているのはノートと筆記用具だけだ。
記録はちゃんととるつもりである。
空砲が鳴り、閻魔の演説が行われた。
今日は土曜日ってことは、これはリハーサルか。
菜々は閻魔に聞いた話を思い出していた。
その後の鬼灯により、各種目で一位になると、他の種目を一つ休むことができると説明された。
第一種目は借り物競争だ。
菜々や茄子が出る種目だが、唐瓜は出ないことにしていた。去年の二の舞は御免だ。
コートの横にバズーカを持った鬼が現れた瞬間、去年の運動会の内容を知っている鬼達は持参した耳栓をつけたが、菜々は動かなかった。
バズーカを持った鬼が、さっき取り出したスマホを体の後ろに隠したからだ。
今からバズーカを撃つという時にそんなことをするのはおかしい。
だとすると、バズーカはフェイクだと考えるべきだろう。
菜々の推理力と観察眼は米花町で少し鍛えられていた。
菜々の予想は当たり、バズーカは打たれずスマホから音が聞こえてきた。
彼女は一目散に走り出した。
「なんであの子走ってるんだ?」
「さあ」
観客席からそんな会話が聞こえてくる。
耳栓をしていた獄卒ばかりか、耳栓をしていなかった者まで何が起こったのか分かっていないようだ。
よくわからないまま、獄卒達が耳栓をとった頃、鬼灯がアナウンスを流した。
『スタートの合図はもうなっていますよ。さっきのは若者だけに聞こえる音。無料アプリなので、スマホで簡単にゲットできます』
耳栓をしていなかった獄卒が音が聞こえなかった事に地味に落ち込んでいる時、借り物競走に参加している獄卒達がようやくスタートした。
その頃、菜々は一つ目のお題が書いてある紙が置いてある場所についていた。
今回の借り物競争は、四箇所に置いてある紙に書かれた物を全て集めてゴールしなければならない。
また、お題を持っていないと紙が置かれた場所を通過できないので、全ての紙を取ってからお題を探すことはできない。
菜々の一つ目のお題は、「とんでもない黒歴史がある人」だった。
彼女は迷わず、救護席にいた桃太郎の腕を引っ張っていった。
お題を桃太郎に見せると文句を言われたが、どうせ獄卒で知らない人はいないだろうと説得し、菜々は次の地点にある紙を拾った。
「スケコマシ」と書かれていたので、菜々は救護席に戻って白澤の首根っこを掴み、引っ張っていった。
この紙を作ったのが鬼灯だとしたら、白澤が選ばれる事を期待していたのだろう。
第三地点に着いた菜々は、「苦しい」とわめいている白澤の後ろ襟を握っていた手を離した。
第三地点の紙には「良い歳のくせに馬鹿な人」と書かれていたので、桃太郎と白澤にはここで待っているように言って、烏頭の元に向かった。
とうとう最後のお題となり、菜々が拾った紙には「好きな異性」と書かれていた。
去年の唐瓜再来かと思われたが、彼女は唐瓜から話を聞いた時から対策を考えていた。
シロを抱きかかえてゴールに向かう。シロは雄だし、菜々は彼のことが好きだ。likeの方だが。
今まで集めた三人も何だかんだ言って着いてきた。
結局、ゴールできたのは菜々と茄子しかいなかったが、菜々の方が茄子よりも一足早かった。
一休み券というものが渡され、見てみるとこの券を使うと一種目休むことができると説明が書いてあった。
また、人に譲っても良いらしい。
一方、ゴール出来なかった獄卒達は大玉転がしの人質になる事が決まった。
菜々は、第二種目「もふもふ動物大集合! アニマルパニック!」に出場した芥子を応援しつつ、烏頭の借り物競争の時のことの文句をBGMがわりにしつつ、今までの記録をとっていた。
しかし、烏頭の文句がBGMにしてはしつこかったので、菜々はお詫びとして彼に一休み券を渡した。
鬼灯のことなので、何か裏があるのだろうと思ったからだ。
第四十八種目の騎馬戦は、菜々が最後に出る種目だ。
去年は武器の使用が認められていただけだったのが、今回は会場にいくつものトラップが仕掛けられていた。
そのトラップは対触手生物用の拷問道具の試作品らしい。
出場者はランダムにチームに分けられる。最後に残った一チームが優勝だ。
この種目、会場内から出てはいけないというルールと、地面に足がついたら負けというルールしかないので、出場していた菜々は如飛虫堕処の鉄の狗にまたがっていた。
鬼が馬役をやるものだという先入観があった者がほとんどで、菜々と同じような事をしているのは一人しかいなかった。
自作したのであろう、フリーザが乗っていたポッドに乗っている烏頭を見て菜々はため息をついた。
あんなものを作るお金、どこから持ってきたんだろう。そんな疑問を持ったのだ。
あれは完全に自腹だろう。
閻魔庁の経費であれの制作費を払うなんて、鬼灯が許すはずがない。
見たところ、烏頭が乗っているポッドは空が飛べるようだ。
地面での移動しかできない鉄の狗にまたがっている自分は圧倒的に不利だと判断し、菜々は会場の端に移動した。
前もって拝借しておいた精霊馬を物陰から取り出す。
「んなもん盗んでたのか!」
「盗んでません! 借りてるだけです!」
きゅうりの精霊馬にまたがった菜々は烏頭に言い返した。
騎馬戦では、勝ち残った一チーム以外にはペナルティがある。
閻魔が漏らした話によると、対触手生物用の拷問道具の実験体にされるらしい。
会場内にも拷問道具の試作品は仕掛けてあるが、仕掛けきれなかった試作品は負けた獄卒達に試させる予定のようだ。
菜々と烏頭は違うチームなので、相手を倒さない限り地獄を見る事になる。
そんなペナルティがあるのなら参加しなかったのに、と菜々は後悔していた。
とりあえず、菜々と烏頭は飛び上がった。
烏頭が動く様子はないので、下の様子を見下ろしながら菜々は考え事をしていた。
ペナルティがあるのだったら、一休み券を使った方が良かっただろうか?
しかし、すぐに首を横に振る。
最終種目が極秘になっているし、嫌な予感しかしない。
残っている選手が菜々と烏頭だけになった時、菜々は戦う体勢に入った。
その時が来るまで、相手に手の内を見せたくなかったので、味方を守るだけで競技に参加していなかったが、烏頭も身構える。
手始めに菜々は懐に入れていたナイフを投げる。
殺せんせーの暗殺でよくナイフを投げているせいか、動きに無駄がなかった。
烏頭は避けきれず、思い切り体に当たったが、かすり傷しか負わなかった。
鬼の体の作りが丈夫だからだろう。
銃などの飛び道具を持っていないので、勝ちたかったら接近戦に持ち込むしかない。
そう判断して、菜々は烏頭に近づいた。
その刹那、あたりが眩い光に包まれ、大きな音が聞こえた。
一年に一度のペースで、菜々が聞いている音だ。
米花町では一年に一度のペースで高い建物が爆破されている。そして、菜々は毎度その事件に関わってしまう。
それが爆発音であると気がついた時、菜々は爆風に吹き飛ばされていた。
とっさに受け身を取り、怪我はしなかったようだが、地面に落ちてしまったので負けたのだろう。
彼女はそう思ったものの、自分が勝っている可能性がある事に気がついた。
あの爆発はどう考えても烏頭が乗っていたもののせいだろう。
制作費をケチったかなんかであんな事になってしまった可能性が高い。
一番近くで爆発に巻き込まれたので、彼が菜々より先に地面に落ちたかもしれない。
その前に烏頭のせいでこんな事になったのだから、失格になる可能性だってある。
そこまで考えて、菜々は他の事について考える事にした。
普通、あんな事になったら、服がボロボロになるはずだ。
しかし、菜々の服は多少煤けてはいるのもの、無傷に近い。
これならまだ使えるなと思うと同時に、彼女は漫画の補正力のすごさを思い知った。
結局、烏頭と菜々は始末書を書かされる事になった。
精霊馬を無断で持ち出したのは悪いと思っているが、壊れたのは烏頭のせいなので菜々は納得できなかった。
また、空中で爆発したので地上にはほとんど被害がなかったため、運動会はすぐに再開された。
『二人とも同時に落ちたので引き分けとなります。あの中に入ってください』
そう、スピーカー越しに言った鬼灯は黒い布で覆われた一角を指した。
「嫌だぞ! どう考えてもあそこに拷問道具の試作品とかがあるんだろ! だいたい、引き分けでも勝ってるじゃないか!」
文句を言う烏頭を見て、鬼灯はため息を吐いた。
『私は最後に残った 一チーム以外にペナルティがあると言ったのです』
烏頭はガックリと肩を落とした。
菜々は渋々布で覆われている場所に入った。
上司の命令には逆らえない。
布の中はカーテンで区切った個室に分かれているようだ。
一人一人別々の個室に通されたので拷問の内容は違うのだろう。
菜々が個室に足を踏み入れると同時に、あらゆる方向からナイフが飛び出してきたが、痛みはなかった。
しばらくして、ナイフが対先生用物質で出来ているので、実害はないのだと彼女は気がついた。
害がないと分かっていて入れたのだろうかと菜々が思い始めていると、烏頭の叫び声が聞こえてきた。
自分は運が良かっただけだと悟った菜々は、思わぬ幸運に安堵した。
しかし、もしかしたら自分も烏頭と同じ目に遭っていたかもしれない。
いつかバレない程度の嫌がらせを鬼灯にすると菜々は誓った。
やがて、大玉転がしが終わり、最終種目が始まった。
「一休み券を使った人は出てきてください。誰が使ったのか控えてあるのでしらばっくれても無駄ですよ」
鬼灯の説明によると、一度種目を休んだ獄卒は仮装リレーをさせられるらしい。
全身タイツを着て走っている烏頭を見て菜々は、そういえばこの世界に全身黒タイツを持っている犯人っていないんだよな、とどうでもいいことを考えていた。
その後、運動会本番は来週の日曜日であることが告げられた。
*
本番の獄内運動会が終わって少し立った時、唐瓜と茄子は現世をうろつく亡者の回収を行っていた。
鬼灯に案内されて着いたのは、「どっぷり湯」というスーパー銭湯だ。
亡者は死んだら行ってみたかった場所に向かうことが多い。
そんな中、男性霊が特に向かいやすいのが、若い女性客が多い銭湯の女湯だそうだ。
唐瓜と茄子、二人の付き添いである鬼灯は当然、女湯に入ることができないのでお香に亡者の回収を任せていた。
説明をしながら歩いていく鬼灯に小鬼二人もついていく。
すぐにお香が女湯から出てきた。
「おかしいわね。亡者が一人もいないのよ」
こんな事今までなかったんだけど、と不思議がるお香。
鬼灯には心当たりがあった。
携帯電話を取り出し、電話をかける。
電話が終わるとすぐに四人を呼ぶ声が聞こえた。
たくさんの男性霊を連れた菜々だ。
「この後、地獄まで届けようと思っていたんですよ」
そう言い訳をする菜々の髪が濡れていることから、一風呂浴びている事がわかる。
左手には顔に青い痣がいくつかある亡者達をつないでいる縄の端を握っており、右手には漫画を持っている。
この銭湯、入浴代さえ払えば客は風呂上がりに漫画を好きなだけ読むことができるのだ。
「こんなところで何やってたの?」
「亡者回収。亡者はたくさんいるし、漫画は読み放題だし、入浴料は経費で落ちるから週一で来てるよ」
無邪気に尋ねる茄子に菜々は答えた。
「後、亡者の話って結構面白いんだよ。この人、こっぱずかしいポエムが書かれたノートを処分するために家に戻ったら、霊感がある娘さんに気配を感じられて、ノート見つかっちゃったらしいし」
菜々は一人の亡者を指差して言った。
その後、そのポエムを全員に教える菜々。ポエムの内容、話さなければ良かったのに、と唐瓜は思った。
「違うんだ……。俺はただ、少女漫画ファンだっただけで……。後、その話の記録をとってどうするつもりなんだ」
菜々に指をさされていた亡者は床にひれ伏した。
他の亡者達は、菜々に言われて思い直していたが、やっぱり家に戻るのはやめよう、と改めて思った。
「私が笑いたい時に、ノートに書かれた記録を読んで笑うつもりです」
亡者の問いに対する答えを聞いて、そんな理由かよ、と唐瓜は思った。
菜々が鬼灯さん観察日記をつけているのも同じ理由だったりする。
それからなんだかんだあって、菜々と、彼女を今まで化かしていたソラも鬼灯達と行動することになった。
一通り亡者がよくいる場所を回った後、茄子の希望で海に行く事となった。
「それにしても、大丈夫ですかね?」
菜々は本人にしか気づかれないように鬼灯に小声で話しかけた。二人は他の三人から少し離れて歩いている。
「何がですか?」
「殺せんせーですよ。殺せんせー、生徒のゴシップを集めるためにそこらへんを飛び回ってるんです。万が一、茄子君とかに見つかったらどうするんですか? もしくは、あの世に関する会話を殺せんせーに聞かれたりしたら」
「確かに。あの世に関する話は極力しないようにしてください」
最後の言葉を、全員に聞こえるように言ってすぐ、鬼灯は電話をかけた。
「殺せんせー、今のところは海外にいるので大丈夫だそうですよ」
菜々にそう知らせると、唐瓜に呼ばれた鬼灯は彼の元に向かった。
おそらく、倶生神にわざわざ確認したのだろう。
「貝殻とか、砂浜の砂って地獄で売れるかな?」
そんなことを言いながら菜々が茄子が落とした閻魔帳を拾うと、塩椎に偶然出会った。
全員で、せっかくだからと塩椎に龍宮城に連れて行ってもらった。
竜宮城では、菜々が見せた写真が原因で、豊玉姫がうさぎグッズにハマったりしていた。
一方、唐瓜は綺麗な景色の場所にいるのにお香といいムードになっていなかった。
残念に思うべきか喜ぶべきか、烏頭の事もあるので、菜々は複雑な気持ちだった。
*
次の日。地獄では特別会議が行われる。出席するメンバーはいつも通りだ。
もうすぐ六月。殺せんせーの暗殺期限が刻一刻と迫って来ている。
菜々は会議室に向かって廊下を歩いていた。
地獄に部屋が出来てから、彼女は鬼卒道士チャイニーズエンジェルを全巻揃えていた。
他にもフィギアも集めているので部屋が凄いことになっている。
菜々が一昨日発売された最新刊の内容を思い出していると、蓬に声をかけられ、会議室まで彼と一緒に行くことになった。
烏頭がいない事を疑問に思い、尋ねてみると始末書の字が読めないので主任に叱られているらしい。
あの人らしいと菜々は苦笑いした。
この二人が一緒にいると、話題が漫画やアニメの事になるのはいつものことだ。
今回は鬼卒道士チャイニーズエンジェルの新刊の話になった。
「限定版買った?」
「もちろん買いました。漫画も面白くって三回読んじゃいました」
菜々があの世の読み物を現世に持って行くことはない。念には念を入れているらしい。
という事は、彼女は地獄で新刊を読んだ事になる。
鬼灯の話によると昨日、彼女は地獄に来ていなかった。
今は午前七時二十分前。事情を知らない獄卒に不審に思われないよう、触手生物に関係する会議は朝早くに行われるからだ。
学校が終わり、予約していた限定版二つと通常版を買い、保存用の限定版をしまってから新刊を読む。
その後、観賞用の限定版に付いていた付録を飾り、もうふた回り読む。
新刊を受け取ってから菜々が地獄にいた時間は多く見積もって三時間。
しかも、付録は組み立てるのに時間がかかるフィギア。
その時間内にそれだけの事をできるのなら、よっぽど読むのが早いのだろう。
そう、0.2秒で結論づけた蓬は言った。
「読むの早いね」
「そんな事ないですよ。確かに私は、じっくり読む派じゃなくて一度普通に読んでからもう一度読み返す派ですけど、付録のフィギア、自分で作ってないから時間があったんです」
その後、菜々は蓬に茄子というレベルの高いフィギアを作ってくれる友達の事を話した。
話題はこれからのストーリーの考察や一番心に残ったシーンなどに移っていた。
「私は群青の『どうすればいいのかわからない時は一番信用している人の言葉を信じなさい』ですね」
朱色がギリギリキョンシーに捕まり、助けに来た仲間の体が破壊されそうな時、敵に「お前が体を壊せば仲間を助ける」と言われた。
朱色は仲間を助けたいという思いと、本当敵が約束を守ってくれるのかという疑問でどうすればいいのか分からなくなる。
その時、群青が言ったのだ。
「どうすればいいのかわからない時は一番信用している人の言葉を信じなさい。私はこいつらが約束を守るとは思わない。それ以前に朱色と一緒に戦えなくなるなんて絶対嫌。敵は私たちがなんとかするから、あなたは逃げることだけ考えて。私達を信用しているのなら信じて」
菜々がそのシーンを思い出していると、蓬が口を開いた。
しかし、すぐに閉じた。
会議室についたので、私語は慎むべきだと判断したのだろう。
照明が落ち、あたりが暗くなる。
それと同時にスクリーンに女の子が映し出される。
現世では二人の特殊な暗殺者をE組に送り込む事が決まっていた。
「今度の暗殺者はAIらしいです」
鬼灯の言葉にそう来たか、とその場にいる全員が思った。
菜々だけはそういえばそうだったかもしれない、とほとんど残っていない原作知識を思い出していただけだが。
同時に、スクリーンに映し出された映像のカメラが引かれていき、女の子の顔が真っ黒な箱の一部に映し出されていることが分かった。
「ノルウェーで作られた自律思考固定砲台。詳細はさっき配られた資料に書いてあります。生徒として登録されているため、殺せんせーは手を出せません。殺せると思いますか?」
鬼灯はずっと殺せんせーを見て来ている菜々や倶生神達に尋ねた。
「無理だと思います」
「多分改造とかしますよ」
沙華と天蓋が口々に答えたが、誰も落胆しなかった。
その答えは予想していたからだ。
「もう一人の暗殺者は殺せんせーと同じ、柳沢によって改造された人間です。堀部イトナ。彼のことも詳しくはお手元の資料に書いてあります」
今度は会議室が、現世のお通夜のような雰囲気になった。
殺せんせーだけでも厄介なのに、またもや超生物が現れたのだ。
「彼は日本人なので、死後、魂は日本地獄が引き取ることになります。今度の国際会議で、各国に存在は知らせますが、大事になる前に殺せんせーがなんとかすると思うので、おそらく大丈夫でしょう」
新たな触手持ちが現れたことにより、議題は堀部イトナが触手を持ったまま死に、あの世に来た時の対処法に移っていった。
「もう一人いますよ、触手持ち」
ここで菜々が爆弾発言をした。
彼女は最近、あぐりと話した時のことを思い出していた。
「金魚草って可愛いよね」
閻魔庁の中庭にある金魚草畑であぐりが呟いた。
彼女は天国にいる友人から金魚草の話を聞き、菜々に案内してもらってここまで来たのだ。
「あぐり先生のセンスはどうかと思いますけど、金魚草が可愛いのは賛成します」
菜々もあぐりと一緒に金魚草を眺めながら言った。
「菜々ちゃんの好きな人って鬼灯さんでしょ」
しばらく、金魚草について語っていたのだが、あぐりがポツリと呟いた。
菜々は顔を真っ赤にして周りを確認し、誰にも聞かれていないことを確かめた。
彼女は話の矛先を転じるために、しばらく黙っておこうと思っていたことを言った。
「ずっと確認したかったんですけど、この子に見覚えってありません?」
ニヤニヤしていたあぐりだったが、菜々が持っているスマホの画面に写っている写真を見て、驚愕した。
その写真は修学旅行の時に撮ったものだ。
抹茶パフェを友達同士で仲良く食べている写真だが、そこにいるはずのない人物が写っていたのだ。
「あぐり先生の妹の雪村あかりちゃんです」
そう言いながら、菜々は二つの写真を見せる。
一つの写真は緑の髪をツインテールにしている少女の写真。もう一つは、パソコンで「磨瀬榛名」と検索したら出てきた写真だ。
「今は髪型と髪の色、名前を変えて茅野カエデとして生活しています。月が七割蒸発してすぐに転校して来ました。元天才子役だそうです。あぐり先生に確認してすぐ、茅野さんの倶生神さん達に聞いてみたら、触手を持ってるとわかりました」
昔は倶生神から情報を聞き出すため、毎回土下座していた菜々だったが、アルバイトとはいえ獄卒なのでその必要は無くなっていた。
「この資料によると、メンテナンスなしで触手がないかのように振る舞うなんて不可能。ものすごい暗殺者だ」
あぐりにもサンタクロースに間違えられた宋帝王が呟いた。
彼が見ている「試作人体触手兵器の移植被験者に発現する特徴、変化の一覧」によれば、地獄の苦しみが続くはずだ。
表情に出さずに耐えることなんてできるわけがない。
ともかく、二人の触手持ちが現れたことにより、急遽国際会議を開くことが決定した。
閻魔と鬼灯はそちらに向かうため、この会議はお開きとなった。
あぐりは菜々があかりの写真を見せた時から調子が悪そうだった。
理由は明白だ。いずれ分かることだっただろうが、菜々は責任を感じていた。
「茅野さん……あかりちゃんのことですけど」
会議が終わって、菜々はあぐりを天国まで送るという名目のもと、彼女と一緒に歩いていた。
やがて、地獄と天国が繋がっている通路にさしかかり、誰もいないことを確認してから話しかけたのだ。
「あの子はきっと、私が死神さん……殺せんせーに殺されたんだと勘違いしたんだと思うの」
あぐりの、妹への心配と、大切な人同士が敵対していることに対する悲しみが入り混じった表情を見ていると、菜々は苦しくなった。
「あかりちゃんの事は殺せんせーが何とかしてくれます。殺せんせーの他にもあぐり先生の生徒達がいます。もしもの時は絶対に私がなんとかします」
原作通りなら、渚が殺意を忘れさせ、その隙に殺せんせーが触手を引き抜くはずだが、自分というイレギュラーのせいで違うことになったら、菜々はなんとかするつもりだった。
初めは授業中でもかまわず、銃を撃ち続けていたAIだったが、殺せんせーに改造されて愛想が良くなっていた。
律の開発者が暗殺に不必要な物を全て取り去ろうとしたが、律自身の判断で、協調能力の関連ソフトをメモリの隅に隠していた。
「そうして律は無事、クラスに馴染みました」
菜々は対触手用武器対策班の一員である烏頭と蓬に今までの経緯を話していた。
続きが気になるところで話を止め、「続きが気になるのなら十円ください」と交渉しながらだが。
「最近の人工知能と比べても突出している学習能力と学習意欲か。設計図とか見てみたいな」
「烏間さん大変だな。後、二次元の可愛い女の子は興味ある」
この二人らしい感想だな、と菜々は思った。
*
前原の仇討ちに参加して欲しいと頼まれたが、烏間に怒られるだろうと思った菜々は断った。
しかし、どんなことをするのかという興味はあったので、こっそり跡をつけて観察していた。
とりあえず、奥田から余った「ビクトリア・フォール」を分けてもらったりしていたら、ロヴロがやってきた。
偶然盗み聞きをしてしまい、ロヴロとイリーナの殺し比べが明日行われることを知った菜々は、烏頭や閻魔など、賭けに応じやすそうな人に賭けを提案した。
彼女の予想通り、彼らは賭けに賛成。
大多数がロヴロが勝つ、もしくはどちらも殺せないに賭けた。
菜々はもちろんイリーナに賭けた。
原作でどうなっていたかは覚えてないが、イリーナが教師を続けていたような気がするので、彼女が原作で勝っていたと考えて良いのだろうと判断したのだ。
賭けでそれなりに儲けたので菜々が喜んでいた時、柳沢がイトナを連れてやってきた。
シロって名乗ってたけど、元桃太郎のお供のシロ君と被ってややこしいな、と菜々が考えていると放課後になっていた。
放課後に行われたイトナの暗殺は風変わりなものだった。
机で囲まれた範囲から出たら死ぬ。そんなルールが設けられていたのだ。
皆で決めたルールを破ると教師としての信用を失う。
そのため、殺せんせーは約束を守るだろう。
観客に危害を加えた場合も負けだと言うルールも追加され、試合が始まった。
「暗殺……開始」
柳沢が手を振り下ろして言うと同時に、殺せんせーの腕が切り落とされた。
その時、観客の目は一箇所に釘付けになった。
切り落とされた殺せんせーの腕ではなく、イトナの頭から生えた触手にだ。
その隙に、ソラは切り落とされた殺せんせーの触手を回収した。
これがあれば、万が一の時のために地獄で進めている、触手生物の研究の役に立つだろう。
彼女は、菜々のそばに戻ってくるとギョッとした。
菜々が今にも泣き出しそうな顔をしていたのだ。
「どうしたの?」
声をかけてみるが、反応がない。
皆がイトナの触手を見つめている中、殺せんせーを凝視している菜々を見て、ソラは彼女の気持ちを察した。
これだけは菜々が自分で答えを見つけるしかない。自分で解決しないといけないからだ。
ソラは見守る事しか出来ない。
菜々は、個人的にはまだ殺せんせーに死んで欲しくない。
この暗殺教室で過ごすうちに、殺せんせーを殺すのは自分たちが良いと思い始めているからだ。
しかし、菜々は殺せんせーが負けそうになっても助ける事は出来ない。
獄卒としては殺せる時に殺しておくべきだからだ。
私はどうすれば良いんだろう?
菜々が悩んでいるうちに、殺せんせーは不利になっていた。
どんどんと明かされていく殺せんせーの弱点。
柳沢が持っていた圧力光線、脱皮直後や再生直後。
殺せんせーはいくつもの触手を失っていた。
柳沢に対し、一つ計算に入れ忘れている事があると言う殺せんせー。
「無いね。私の計画は完璧だから」
そう言うと、柳沢はイトナに命令した。
「殺れ、イトナ」
イトナは飛び上がり、殺せんせーに触手を叩きつける。
しかし、イトナの触手が溶けていた。
「おやおや。落し物を踏んづけてしまったようですねぇ」
そう言いながら、ハンカチをヒラヒラと振る殺せんせー。
イトナが床を見ると、対先生ナイフが置かれていた。
「え? あ!」
渚が握っていたはずのナイフが無いことに気がついて声を上げる。
いつの間に、と思っている渚を見て、菜々は自分も対先生ナイフを握っている事に気がついた。
さらに、殺せんせーを殺すためではなく、助けるために握っていたと気がつき、戸惑った。
自分は殺せんせーの監視と暗殺を命令された獄卒だ。
鬼灯が問題を解決している姿を初めて見てから、彼の元で働きたい、助けになりたいと思い続けてきた。
それは、恋愛感情云々以前の、下心の無い純粋な思いだったはずだ。
殺せんせーを殺す事で、その願いが叶うのに自分は躊躇している。
菜々は自分がどうするべきなのか、ますます分からなくなった。
殺せんせーは、触手を失った事で動揺したイトナを、自分の皮で包んで場外に放り投げた。
「先生の勝ちですねぇ。ルールに照らせば君は死刑。もう二度と先生を殺せませんねぇ」
黄色と緑の縞模様を顔に浮かべて、言い放つ殺せんせー。舐めている証拠だ。
生き返りたいのならこのクラスで学ぶようにと言う殺せんせーだったが、逆効果だった。
怒りに身を任せてイトナが襲いかかってきたのだ。
黒くなった触手を振り回しながら、イトナが襲いかかってくる。
菜々は寺坂達が渚に自爆テロをさせた時の事を思い出した。
あの時の殺せんせーは、イトナの触手と同じくらい黒かったはずだ。
クラスメイト達に何かあった時にすぐに動けるよう、菜々は身構えた。
しかし、柳沢によってイトナが気絶させられ、事無きを得る。
登校出来る精神状態では無いため、しばらくイトナを休学させると言いながら、彼を担ぐ柳沢。
「待ちなさい! 担任としてその生徒は放っておけません。一度E組に入ったからには卒業するまで面倒を見ます」
それでも柳沢は立ち止まらない。
「それにシロさん。あなたにも聞きたい事が山ほどある」
「いやだね、帰るよ。力ずくで止めてみるかい?」
挑発された殺せんせーは、柳沢の肩に触手を置いたが、すぐに溶けた。
溶けた触手を手で払いながら、自分の服は対先生繊維で出来ていると説明する柳沢。
自分が責任を持って家庭教師をした上で、イトナをすぐに復学させると言い残し、柳沢は旧校舎を後にした。
菜々はしばらく呆然としていたが、とりあえず交渉に行った。
自分はどうするべきなのか考えなければいけないが、それは後回しだ。
菜々の利点の一つは、頭の切り替えが早い事だ。
よく事件に巻き込まれる以上、一つの事をウジウジ考えて周囲の警戒を怠ると、死ぬ確率が上がる。
絶体絶命の状況に何度も陥り、根性で乗り切ってきた菜々は、荒治療の結果頭の切り替えが早くなっていた。
「旧校舎って土足厳禁ですよ。なのに土足で上がったのはどうかと思います。お詫びに圧力光線か対先生繊維をください」
柳沢に追いついてすぐ、圧力光線か対先生用繊維が欲しいと頼んでみたが、断られた。
しょうがなく旧校舎に戻ると、そんなに簡単に武器をもらえるわけがないと突っ込まれた。
「殺せんせーはどういう理由で生まれてきて、何を思ってE組に来たの?」
渚の質問に、自分を殺せばいくらでも真実を知る機会を得ることが出来ると殺せんせーは答える。
その答えを聞き、生徒たちは烏間がいるグラウンドに向かった。
自分達で殺せんせーを殺したいから、もっと暗殺の技術を教えて欲しいと磯貝がクラスを代表して頼む。
放課後に追加で訓練を行うことを許可した烏間。
菜々も時間があるときは訓練を受けるようにしようと決めた。
殺せんせーが殺されるようなピンチに陥る前に力をつけて、自分達で殺す。
それが菜々が出した答えだった。