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「がんばれ! 新米サンタくん」。菜々が毎週見ているテレビ番組の一つだ。
彼女がトリップした日から始まっているアニメで、題名と可愛らしいキャラクターデザインとは裏腹に、内容はかなり暗い。
プレゼントを配るため、不法侵入をしたり、プライバシーの侵害をして子供達が欲しがっているものを知るという、犯罪を繰り返しているサンタたち。
そんなサンタの中の一人、新米サンタである三太の物語だ。
今、なぜサンタ達はプレゼントを配るために命を賭けているのかという謎が明かされようとしていた。
菜々とソラがハラハラしながらテレビを見ていると、いきなり画面が変わった。
『臨時ニュースをお伝えします。月が爆発して、七割方蒸発してしまいました!! 我々はもう、一生三日月しか見れないのです!!』
そんなニュースが流れる。
菜々とソラは呆然とした。
「月が七割蒸発!? どうなってるの?」
「実はサンタ達が配っていたプレゼントのゲームをすると、催眠にかかるなんて! サンタ協会の目的はいったいなんなんだろう?」
気にしている内容は全然違うが。
菜々がサンタ協会の目的について考えをめぐらしていると、地獄産の携帯に電話がかかって来た。
鬼灯からの電話で、すぐに地獄に来て欲しいという内容だった。
*
帰るのが遅くなるだろうと思われたのでとりあえず、菜々はソラに身代わりを頼んで地獄に向かった。
閻魔殿に着いてすぐに、緊急事態だと言われてろくに説明もされずに鬼灯に案内され、着いたのは会議室だった。
そこには十王とその補佐官達だけがいた。
おそらく七割方蒸発した月と殺せんせーのことについてだろう。
「えっ!? 菜々ちゃん!」
部屋の奥に居た人物が驚きの声をあげる。
「あぐり先生!?」
予想していたことだったが、菜々も驚いたふりをした。
あぐりは鬼灯からあの世について簡単な説明を受けたらしい。
菜々が簡単に鬼になった経緯を説明すると、あぐりはすぐに納得した。
「死神さんみたいな人もいるんだから、菜々ちゃんが鬼でもおかしくないわね」
いや、おかしいだろ、と突っ込むマメな人はいなかった。
こういう時、突っ込み担当が欲しいな、と菜々は思った。
「ここからは国家機密となることを理解してください。先程あの世に来た何人かの亡者が秦広庁で、来年、地球で月と同じようなことが起こると騒いでいました。話を聞いたところ、柳沢という研究者が反物質の研究をしていたことが事の始まりらしいです」
鬼灯は話し出した。
そんな事、中学生に話すなよと菜々は思いながら耳を傾けた。
世界一の殺し屋と呼ばれている「死神」が、柳沢がしていた研究の実験体にされていたこと。
その過程で死神は人知を超えた破壊の力を手に入れたこと。
死神の細胞を移植された、月で飼われていたネズミが原因で月の七割が消滅したこと。
三月十三日に死神にもネズミと同じことが起こること。
それを知った死神は脱走した事。
菜々は鬼灯の話に驚いたふりをした。
そういえばそんな話だったな、と原作知識を思い出していたが、驚いておかないと怪しまれる。
日本のヨハネスブルグと呼ばれている米花町に住んでいる彼女は、それなりの演技力を身につけていた。
それくらい出来ないとよっぽど運が良くない限り、米花町では生きていけない。
「ここまでは『死神』に殺された研究員の亡者から聞いたことです。彼らは口を揃えて、死神のことを恐ろしい化け物だと言いました。そんな中、唯一彼を庇ったのがあぐりさんです。彼女は死神の監視役を任されていたらしく、一番彼のことを知っている人間です。何があったのか、死神とはどんな人物なのか、詳しいことを彼女から聞いて、我々は今後の方針を決めます。第一、研究員達はまともに証言できるかどうかも怪しい状態でした」
そう言い終わった鬼灯にうながされ、あぐりは話し出した。
死んだと思ったらいきなり、地獄の重役がいる部屋に連れてこられ、鬼である生徒が現れたのだから、まだ少し混乱しているようだ。
あぐりの婚約者である柳沢に、死神の観察役を任されていたこと。
死神は触手を自由自在に操れるようになっていたこと。
三月十三日に死神にもネズミと同じことが起こるため、死神の処分が決まったこと。
あぐりがそのことを死神に話したら、彼が脱走したこと。
死神を止めようとして抱きついたら、触手地雷によって致命傷を負ったこと。
死ぬ直前に、残された一年で椚ヶ丘中学校三年E組の生徒達を教えてほしいと頼んだこと。
「もしもあの人が平和な世界に生まれていたら、ちょっとエッチで、頭はいいのにどこか抜けていて、せこかったり、意地っ張りだったり……そんな人になっていた。あの人は本当は優しい人なんです」
最後にそう言ってあぐりは締めくくった。
「あぐりさんは秦広庁での裁判で天国行きが決まりました。しかし、情報を提供してもらうため、定期的に地獄に来てもらいます」
鬼灯がこれからのことを説明する。
この会議を進めているのは鬼灯だ。さすが地獄の黒幕、と菜々は思った。
「来年、地球がなくなる可能性がある、というのはあの世にとって大変な問題です。なんとしてでもこの一年で死神を殺さなくてはならない」
地球がなくなってもあの世は存在し続けるのか、現代ではわかっていない。
しかし、地球がなくなってからもあの世が存在し続けても、亡者の転生先がなくなるので、どのみちあの世は機能しなくなる。
「浄玻璃鏡と柳沢という人物を担当している倶生神の証言で裏は取れました。超破壊生物がいることは疑いようのない事実です」
鬼灯の言葉で、会議室が騒がしくなる。
「今回の特別会議の議題は、『超破壊生物の暗殺、およびあの世に来てからの対処法』です」
その頃、菜々への注目が集まって来ていた。
鬼灯がそのことに気がつき、紹介する。
「今年の閻魔庁からの新年の挨拶でついて来ていたので、覚えている方もいるでしょう。薄々勘付いている方も多いと思いますが、彼女は椚ヶ丘中学校三年E組の生徒です。あぐりさんの話と浄玻璃鏡で、死神がそのクラスの担任をする、と現世の各国政府に交渉しようとしていることがわかりました。死神は彼女のクラスの担任になる。菜々さんには死神の暗殺と観察をお願いします」
覚えている方もいるでしょう、と鬼灯は言ったが、覚えていない人物がいるとは到底思えない。
鬼灯にまだあどけない顔立ちをしている中学生がついてきた上、なんかメモしている事もあったのだ。
また変なのが来た、と思っただけだったあたり、十王達も鬼灯によって、かなりメンタルが鍛えられているのだろう。
「なんで死神が菜々ちゃんの担任になるなんてわかるの? そんな危ないこと、中学生に任せるかな?」
閻魔の問いに鬼灯は舌打ちをした。
「任せると思いますよ。教師として毎日教室に来るのなら監視ができる。もちろん、生徒たちに危害を加えないと死神に約束させ、高い成功報酬をつけるとは思いますが」
そう言ったのは五道転輪王だ。そういえば、この人聡明なんだっけ、と菜々はかなり失礼なことを考えていた。新年に会った時、ぽやんとしている印象を受けたのだ。
おそらく、現世では足止めのために超生物がE組の担任になる事を認め、世界中の技術を駆使した暗殺を行われるだろうという話になった。
「とにかく、私は各国政府に国際会議を開くように要請します。閻魔大王、後は頼みます」
そう言い残して、鬼灯は会議室を後にした。
それから、菜々とあぐりはさまざまな書類にサインさせられ、会議室から解放された時には日付が変わっていた。
夜遅いため、菜々は地獄に泊まっていくことにした。
それからすぐに、茅野が転校して来た。
*
「現世の各国政府が死神の要求を認めたようですよ」
菜々が地獄に行くと、鬼灯に言われた。
「現世で触手用の武器が開発されたようなので、武器が支給されたらすぐ、地獄に横流ししてもらえませんか?」
国際会議で死神が死んだ場合、魂を日本地獄で引き取ることが決まったらしい。
死神が生まれた地域の管轄のあの世が匙を投げ、現在死神がいる日本が全ての責任を押し付けられたのだ。
鬼灯は閻魔や十王に許可をもらったと言っていたが、あの様子だと閻魔は脅されたのだろうと菜々は思っていた。
超生物用を引き取るとなると、地獄行きが決定した場合、拷問をしなければならない。
普通の武器が効かないことは現世で証明されているので、技術課の獄卒数人に理由を伝え、特別な拷問器具を作らせることになったらしい。
しかし、地獄にはデータがない。そこで鬼灯は菜々に対触手武器の横流しを頼んだのだ。
一応、菜々は超生物用の拷問器具を作ることとなった獄卒と顔を合わせることになった。
「技術課の主任の人や蓬さんはわかりますけど、なんで烏頭さんなんですか?」
それが、今回特別に作られた「対触手用武器開発班」の面々を見た菜々の第一声だった。
菜々の反応に文句を言う烏頭を無視して、鬼灯は説明した。
「この三人が死神用の武器を開発しています。彼らもこれから特別会議に参加することになります」
「無視すんな!」
烏頭は突っ込んだ。
「烏頭さんはう◯こ送りに二回もされていますが、模範的作業員は馬鹿の発想を超えられないところがあります。超生物という今までに例がない相手に馬鹿の発想は大事かと思いまして」
「たしかに、馬鹿の発想ってすごいですよね」
「お前ら、馬鹿、馬鹿って言うな!」
怒っている烏頭を蓬がなだめていると、鬼灯が付け加えた。
「まあ、如飛虫堕処の鉄の狗開発に携わっていた一人でもありますし。烏頭さんの技術とアイディアは一級品なんですよ。馬鹿ですけど」
烏頭は他の人が思いつかないアイディアをよく出すのだ。
ほとんどが実用性のないアイディアだが、たまに眼を見張るものがある。
それに、烏頭は情報を売るような事はしないだろう。
ミスはするかもしれないが、その時はいつものように蓬が尻拭いをすれば良い。
そんな考えが鬼灯にはあった。
*
地獄では秘密裏に「超破壊生物の暗殺、およびあの世に来てからの対処法」の二回目の会議が開かれていた。
「椚ヶ丘中学校三年E組での暗殺が始まってもうすぐ一ヶ月。現世の各国政府はプロの暗殺者を送り込むことにしたそうです」
会議の進行係である鬼灯がその暗殺者について説明を始める。
会議室には十王とその補佐官、「対触手用武器開発班」の三人、菜々とあぐり、ソラがいる。
また、テレビ電話も置いてあり、その画面に映っているのは菜々がよく知っている人物だ。
倶生神である沙華と天蓋。殺せんせーの記録をとっている。
殺せんせーの監視役として白羽の矢が立ったのが、最近菜々の細かい記録を書き終わったこの二人だった。
菜々の記録をとっていたのだから並大抵のことでは動じないだろう、と言うのが理由らしい。
菜々は納得できなかったが、この件に関わっている日本地獄の人物達は納得していた。
前に、倶生神がいるのだから自分は殺せんせーの観察をしなくてもいいのではないかと菜々が鬼灯に尋ねたことがある。
しかし、今までの観察日記を見ていると、菜々の方が着眼点が鋭い場合があると返された。
ほとんどがくだらないことですけどね、という鬼灯の言葉は聞かなかったことにした。
「イリーナ・イェラビッチ。プロの殺し屋です。美貌に加え、十ヶ国語を操る対話能力を持ち、ガードの固いターゲットにも本人や部下を魅了してたやすく近づき、至近距離から殺す。潜入と接近を高度にこなす暗殺者らしいです」
スクリーンにイリーナの写真が映し出される。
「殺せると思いますか?」
衆合地獄に欲しい、という言葉を飲み込んで鬼灯は菜々に尋ねた。
「たぶん無理だと思います。殺せんせー、すごく速いので」
「私も同意見ですけど、色仕掛けなら効くと思います」
沙華が口を挟んだ。
「殺せんせー、生徒が見ていないところでエロ本読み漁ってますし」
沙華がテレビ画面に、殺せんせーが顔をピンクにして、エロ本を凝視している写真を映す。
そういえば思い当たる節あるかも、とあぐりが呟いた。
「こんな奴が来年地球を滅ぼすかもしれないのか……」
誰かが呟いた。なんとも言えない空気にあたりが包まれる。
結局、イリーナに殺せんせーを殺すのは無理だという結論になり、菜々が今までの暗殺結果を発表することとなった。
今まで試した暗殺方法を全て話した時、会議室はどんよりとした空気になった。
「ハンディキャップ暗殺大会や、身投げでも殺せないのか……」
「毒でツノや羽が生えるって……」
「脱皮や液状化って……」
本当に殺せるのだろうか、と彼らの顔に書いてある。
「殺せんせーは、いざとなったら自殺すると思います。あぐり先生の話や、殺せんせーの行動を見ていると、そう思うんです。逃げずにE組に来たのだって、私たちに教えるためだろうし」
菜々の意見は最もだ。
倶生神やあぐりも賛成したので、重点を置いて考えなければならないのは、殺せんせーがあの世に来た時の対処法ということになった。
いざとなればあの世の住人が人間に見えないよう、地獄の入り口にある特殊な光を浴びていない状態で殺せば良い。
相手には姿が見えないので簡単に殺せるだろう。
現世の出来事に必要以上に関わってはいけないという法律はあるが、日本地獄の法律は他の国と比べるとゆるいので、その点は大丈夫だろう。
「私は殺せんせーを雇えばいいと思います」
鬼灯の意見に全員がど肝を抜かれた。
「生まれた時から倶生神がついていたわけではないので日本式の裁判をすることができません。第一、マッハ20の超生物ですよ! 雇えばめちゃくちゃ便利じゃないですか!」
菜々やあぐりは乗り気だったが、鬼灯の案に積極的でない人物がほとんどだった。
今のところ、危険性があると思われる行動はしていないが、残虐である殺し屋だったのだ。
妖怪やUMAと同じように考えているんじゃないか、という考えを閻魔が顔に出した。
「いきなり雇うと決めるのもどうかと思うので、近いうちに様子を見に行きます」
変な事考えましたね、と言いながら閻魔に金棒を投げて、鬼灯は言った。
*
イリーナがすっかり生徒達と打ち解けたり、中間テストが終わったりした頃。
E組生徒たちは修学旅行の話で持ちきりになっていた。
沙華や殺せんせーに先取りして勉強を教えてもらっていたため、菜々はなんとか五十位以内に入れていたりしたが、彼女にとってそんなことは今、どうでもよかった。
クラスの中で特に仲が良い渚たちと修学旅行の班が同じになったりしたが、そんなことも今はどうでもいい。
問題はクラス全員が注目している男だ。
来るなら事前に連絡して欲しかった、と菜々は思った。
なんでこんなことになったんだっけ、と彼女は今までに起こったことを思い出していた。
殺せんせーが外国へ出かけている隙に、烏間が修学旅行の時にスナイパーを雇うため、狙撃しやすいコースを決めて欲しいと話していた。
体育の授業中だったので生徒は全員ジャージだ。
その時、烏間は身構えた。内容までは聞き取れないが、旧校舎までの道から話し声が聞こえてくる。
気づいていない生徒もいるようだが、ものすごい殺気だ。
暗殺者か? しかし何も聞いていない。
烏間が考えを巡らせていると、イリーナが旧校舎から出てきた。
彼女も並ならぬ殺気に気がついたらしい。
殺気を感じ取った生徒達は不安げに視線を交わす。
渚は確信した。イリーナと同じ暗殺者だと。こんな殺気、普段の生活ではお目にかかれない。
鬼である菜々は身体能力が人間よりも良い。そのため、他の人には聞こえていないようだが、菜々は道から聞こえる声をしっかりと聞き取れた。
「まだ薬ができていない? 納期は今日ですよ。熱があった? 昨日衆合地獄で見かけましたが? 牛丼にしてやろうか、この牛目」
学校のチャイムが鳴ったが、誰も動かない。
やがて電話を切る音を菜々が聞き取ると同時に、さっきの声の主が姿を現した。
黒いシャツにジーパンというラフな格好で、キャスケットをかぶっている。
シャツには大きく墓の絵がプリントされているが、そんなことよりも目立っているのは、常人には到底出すことができないほど大きな殺気だろう。
地獄の底から這い出してきた鬼みたいだ、と渚は呟いた。あながち間違っていないな、と菜々は思った。
ほとんどの人間はその殺気に怯んだ。
そんな中、唯一動いたのが烏間だった。
「聞いていないが新手の暗殺者か? ヤツは今、かき氷を作るために北極まで氷を取りに行っているが、もうすぐ帰ってくると思う。待ってみるか?」
烏間がそう言うと同時に、その男の後ろに黄色いタコのような生き物が現れた。
「そんなに殺気を出していたらターゲットにすぐに気づかれてしまいます。そんなことでは私を殺せませんよ」
ヌルフフフという奇妙な笑い声をあげながら、殺せんせーは触手をうならせた。
「手入れして差し上げましょう」
菜々は今までフリーズしていた頭を動かした。
「殺せんせー、その人暗殺者じゃありません! ていうか何やってるんですか、鬼灯さん」
菜々が立ち上がって叫んだ。
全員の目が点になった。
「一般市民の加々知鬼灯です。なんですか? このエイリアンっぽいの」
あの殺気で一般人?
なんであんたは殺せんせーを見ても普通に自己紹介してるんだ!
カガチってホオズキの古称だろ。珍しい名前だな。
この場にいる人間達の頭に、突如、そんな突っ込みや疑問が駆け巡った。
しかし、一番に考えなければならないのは自称だが、一般人に国家機密を見られてしまったということだった。
殺せんせーが生徒達に怒られたりけなされたりしている時、烏間は何が起こっているのかを鬼灯に説明していた。
この事は他言しない、と言われて烏間は息をついた。
「ところで、あなたと加藤さんの関係は?」
「廃墟巡り仲間です」
鬼灯の答えで、その場の空気が凍りついた。
もっと良い言い訳はなかったのだろうか、と菜々は思った。
たまに、亡者を回収するために立ち寄った廃墟で、視察中の鬼灯に出くわすので間違ってはいないが。
「そのタコの暗殺、私も加わっても良いですか? あと、暗殺者に間違われたのかなり心外なんですけど」
「並々ならぬ殺気と、凶悪な顔のせいだと思いますよ」
そう言った菜々に、E組一同は尊敬の眼差しを向けた。
誰もが思っていたが怖くて言い出せなかったことをよく言ってくれた、と目が語っていた。
殺せんせーの暗殺に鬼灯が加わることに烏間が許可を出したとき、E組の関心は鬼灯に集まっていた。
「菜々ちゃんとどんな関係? 何気に下の名前で呼ばれてたけど」
倉橋の問いに全員が鬼灯に注目する。
「だから廃墟巡り仲間ですって」
そう返した鬼灯に中村が本当にそれだけなのかと詰め寄る。
烏間と話している時、旧校舎に来たのは最近の菜々の様子がおかしいのを疑問に思ったからだと言っていたので、そう思うのは当然だろう。
「莉桜ちゃん。一つ言っとくけど、私にボール=人にぶつけるっていう本能移したの、鬼灯さんだから」
菜々の言葉でE組一同は今までのことを思い出した。
クラス替えがあってすぐ。
自己紹介の時に菜々は言った。
「私にはボール=人にぶつけるという本能があるので気をつけてください」
この頃は誰も本気にしていなかった。
まだ殺せんせーが体育の授業を受け持っていた頃、体力テストをした。
ハンドボール投げで菜々が投げたボールが九十度近く曲がり、岡島の顔に直撃。
彼は一日中目を覚まさなかった。
この時、自己紹介の時の菜々の言葉は本当だったと全員が知った。
渋っていた菜々を、暗殺バドミントンに参加させたとき。
菜々がボールに触れた瞬間、ボールが縦横無尽に動き回り、一瞬で菜々以外のコートにいた人は床にひれ伏していた。
射撃の練習をしていた時。
菜々が打った球は全て的に当たらず、近くにいた人間に当たった。
彼女いわく、対先生BB弾も球型のため、ボールと認識されるらしい。
確か、前に菜々は言っていた。
「私のこの本能、元からあったわけじゃなくて人から移ったものだから」
そんな風邪のようなものなのかと全員で突っ込んだ時、どんな人から移ったのか渚が尋ね、菜々はなんと答えただろうか。
「絶対に逆らわない方がいい人」と答えていた気がする。
その場にいた者は、彼女の青ざめた顔を覚えている。
「この人が、絶対に逆らわない方がいい人か……」
磯貝が呟いた。
カルマでさえ、あの菜々がそう言っていた事を思い出して鬼灯のことを警戒した。
今まで鬼灯に群がっていた生徒達は、菜々に質問することにした。
「加々知さんって何歳?」
「あの人孤児で、ちゃんとした年齢わかっていないみたいだよ」
菜々の答えに、何気なく尋ねた岡野はなんとも言えない気持ちになった。
「特に気にしていないらしいから大丈夫だよ。言ってしまったが最後、命を狙われるとか全然ないから」
「菜々ちゃんの中で加々知さんってなんなの!?」
渚は思わず突っ込んだ。
「加々知さんって彼女とかいるの?」
「桃花ちゃん、鬼灯さんはやめときなさい。あの人、基本的にズレてるから」
殺せんせーの暗殺に加わる理由が、好きなだけ呪いをかけられる実験体が欲しかったからという人だったな、と全員が思い出した。
「菜々ちゃん、加々知さんのこと好きでしょ」
中村はふざけ半分で聞いたのだが、菜々は真っ赤になっていた。
それを見て、全員が彼女の気持ちを察した。
ソラにもバレたか、と菜々が彼女を見てみると、生暖かい目で見られていた。
だいぶ前から菜々の気持ちに気がついていたらしい。
奥田などの、鈍い部類に入る人間でも察した。
「思わぬ収穫ですねぇ」
聞き慣れた声がしたので振り返ると、顔をピンク色にした殺せんせーがいた。
「社会人に恋する菜々さん。 三学期に出版予定の『実録!! E組に渦巻く恋の嵐密着三百日』の第二章にしましょう」
そう言うと、すぐに殺せんせーは飛び立って行った。
「杉野君。三学期までにあのタコ殺すよ。第一章はたぶん君だ」
菜々は自分も似たような事をやっているくせにそう言った。
菜々と杉野の仲が深まった。
結局、鬼灯はすぐに帰って行った。
「来るなら事前に連絡くださいよ。というか、殺せんせーと関わったら徹底的に調べられますよ。戸籍ないのにどうするんですか」
授業が終わり、地獄についてすぐ、菜々は鬼灯に文句を言った。
最近では、殺せんせーがいるせいで地獄に来づらくなっている事もあり、菜々は鬼灯が来ると知らされていなかった。
多忙な鬼灯のことなので、顔を合わせた時に言えばいいと思っていたのだろう。
「戸籍の方は大丈夫です。偽装工作はちゃんとしてあります。それと殺せんせーは、獄卒として雇っても問題ないと判断しました」
鬼灯への気持ちを知られてしまった菜々には問題しかないが、反論することができなかった。
「修学旅行で偶然会うことになりますが、よろしくお願いします」
この後行われた会議で、殺せんせーを死後、獄卒として雇うことが決定された。
*
修学旅行。一日目はクラス全員で観光名所を回った。
宿泊先であるさびれや旅館についた時、殺せんせーは瀕死状態だった。
岡野と菜々でナイフを当てようとしたが避けられた。
寝室で休んだらどうかと岡野が提案したが、殺せんせーは断った。
「いえ、ご心配なく。先生これから一度東京に戻りますし。枕を忘れてしまいまして」
殺せんせーの横には大きなリュックがある。
トイレットペーパーやリコーダー、こんにゃくなどどう考えてもいらないものがたくさん入っているようだ。
「あれだけ荷物あって忘れ物ですか?」
低いバリトンボイスが聞こえた。
つい最近、この場にいる全員が聞いた声だ。振り返ってみると考えていた通りの人物がいた。
「なんでいるんだよ!!」
誰かが突っ込んだ。
「烏間さんに頼んだら許可をもらえました」
「この旅館に修学旅行生が泊まったら出るという噂があるらしい。弱みを握られているし許可するしかなかった」
ぬけぬけと言う鬼灯に烏間が付け加えた。
怪談が苦手な生徒は顔を青くした。
次の日。
菜々たち四班のメンバーは祇園の奥に来ていた。
暗殺の決行をここに決めた時、不良が現れた。
不良たちの話から、女子生徒達を拉致しようとしていることが分かり、すぐにカルマが不良を一人倒すが、隠れていた不良に鉄パイプで殴られてしまう。
いつもの菜々ならこんな不良達、簡単に倒すことができたが、今日、菜々はものすごく疲れていた。
昨日、幽霊が出るという噂の部屋で鬼灯と興味本位で付いて来た狭間と、一緒に夜を明かしたのだ。
しかも狭間は勘が良いし、鬼灯が怪しい言動ばかりするので、菜々は神経をすり減らしていた。
結果、菜々は神崎と茅野と一緒に捕まった。
男子達を気絶させてすぐ、不良達は捕まえた女子の手を縛り、車に詰め込んだ。
車のナンバーが隠してあったし、多分盗車だろう。
しかもどこにでもある車種だ。
菜々は不良達が犯罪慣れしていると見抜いた。
不良達が何か言っていたが、菜々は眠かったので寝ることにした。
廃墟など、人目につかないところに着くまで何もしないだろうと判断したからだ。
十分後、菜々が目を覚ますと呑気に寝ていた事に周りから呆れられた。
よく犯罪者と命を賭けた鬼ごっこをしていたせいか、感覚が狂ってきている気がすると菜々はぼんやりと思った。
不良の話を聞き流しながら菜々が不良達にあだ名をつけていると、不良その一(菜々命名)が去年の夏頃にゲームセンターで見かけた神崎の写真を見せてきた。
こんな話、原作にあったっけ?
そんな疑問が真っ先に浮かんできた事からも分かるように、菜々が持っている原作知識はほとんどなかった。
神崎さんと工藤有希子さんって下の名前同じだよな。というか漢字も同じじゃん。このままだと私、神崎さんのこと、一生下の名前で呼べないのでは?
菜々が割とどうでもいいことを考えているうちに廃墟に着いた。
「ここなら騒いでも誰も来ねえな」
リュウキが言った。菜々が車の中で「不良その一さん」と呼んだら怒りながらも名前を教えてくれたのだ。
年上だからちゃんと、さん付けしたじゃないですか、と菜々が怒られたことに文句を言ったら、「こいつの頭、俺たちが教えなくても台無しなんじゃね?」と一人の不良が言った。
菜々は彼の顔をしっかりと覚えた。
死後の裁判で無駄にプレッシャーをかけてやろう、と心に決めた。
事件に巻き込まれすぎて感覚が麻痺しているのは認めるが、頭が残念なんて認めない。
「遊ぶんならギャラリーが多い方がいいだろう」
その後もリュウキはブツブツ言っていたが、菜々は聞き流した。
リュウキの演説が終わり、不良達が一服している時、茅野が神崎に話しかけた。
「そういえばちょっと意外、さっきの写真。真面目な神崎さんにもああいう時期があったんだね」
神崎がああなった経緯を話し、自分の居場所がわからないと言った時、菜々は話しかけた。
「神崎さんの気持ち、ちょっとわかるかも。私も自分の居場所がわからなくなった時があったんだ。でも最近、やりたいことが見つかったかな」
「やりたい事?」
神崎が聞き返した時、リュウキが話に割り込んできた。
「勝ち組みたいな偉そうな女には……」
リュウキの演説の途中で、大きな音がした。
「おっ、来た来た。うちの撮影スタッフのご到着だぜ」
そう言ったリュウキだったがおかしいことに気がつく。
音がしたのは建物の中だった。
「誰だ!!」
そう叫ぶと、リュウキは立ち上がった。
「誰って、観光客ですけど」
「何やってるんですか、鬼灯さん」
「この廃墟、出るって有名なんですよ」
「立ち入り禁止ですよ、ここ」
そんな呑気な会話を鬼灯と菜々が繰り広げていると、今まで固まっていた不良達がわめき始めた。
「どこの誰だが知らねえが、こっちには人質が」
そう言いながら坊主のため、菜々にハゲと心の中で呼ばれているマコトが菜々達を振り返ったが、言葉を詰まらせた。
よく犯罪に巻き込まれている菜々は対処法として、手を縛られる時縄を握っていた。
そのため、不良達はしっかりと縛ったつもりでも、菜々が握っている縄を離せば、縄は緩くなったのだ。
ちなみに、金田一少年の事件簿知識である。
解放された菜々は、神崎と茅野の縄をほどき終わったところだった。
「まあいい。やっちまえ!」
リュウキがそう叫んだが、誰も動かなかった。否、動けなかった。
不良は全員、うずくまっていた。
毎度お馴染み、菜々の玉宝粉砕である。
「毎回よくできるね……」
ソラは呆れ顔だ。
残ったリュウキは鬼灯に殴り飛ばされて気絶した。
「これ、始末書とかにはならないんですか?」
「バレなきゃいいんですよ」
鬼灯と菜々がいろいろと突っ込みたくなるような会話をしている時、気絶させられた不良と一緒に、他の四班メンバーが来た。
「あれ? もう終わっちゃった?」
カルマが心底残念そうな顔をした時、別の部屋にいた不良がやってきた。
「なんでここがわかった!?」
髭が生えている不良こと、シンヤがドスの効いた声で叫んだが、誰もひるまなかった。
初めてE組に来た時の鬼灯と比べたら全然怖くない。
その時、なんだかんだ言って自己紹介してくれたし、この人達意外と良い人なのかな、と菜々は考えていた。
その後、渚が修学旅行のしおりに書いてあったことを読み上げたら、不良達の目が点になった。
カルマが挑発し、不良が仲間を呼んでおいたと脅している時、菜々は扉の裏側に近づいた。
扉が開き、殺せんせーと彼に手入れされた不良が入ってくる。
いまだにやられていない不良が飛びかかるが、返り討ちにあう。
「学校や肩書きなど関係ない。清流に棲もうが、ドブ川に棲もうが、前に泳げば美しく育つのです」
そう言った後、殺せんせーの合図で、渚達がしおりで不良を殴ってトドメをさした。
その後、気配を消して扉の後ろに隠れていた菜々が暗殺を試みたが失敗に終わった。
昨日と同じように、菜々は旅館に着いてすぐ女湯にいる亡者を回収して、お迎え課の獄卒に引き渡した。
菜々が神崎がゲームをやっているところを見ている時、うっかり鬼灯を卓球に誘ってしまった三村が痛い目をみていた。
「そういえばうやむやになっちゃたけど、菜々ちゃんのやりたいことって何?」
ゲームを終えた神崎に聞かれ、菜々は答えた。
「今はまだ詳しくは言えないけど、追いつきたい人がいるんだよ。難しいことなんだけど、その人の役に立ちたいんだよね」
そう言いながら、菜々は男子達がいるところを見ていた。
殺せんせーの入浴シーンを見逃したりしながら、菜々は大部屋に向かった。
「気になる女子ランキングですか」
男子部屋にいきなり鬼灯が現れた。
「毎回いきなり出てくるのやめてください」
ズバリと言った渚は、鬼灯は滅多なことでは怒らないと気がついている。
「すみません。気配消すの得意なんですよ。誰が誰のことを好きなのか知って、からかおうかと。後、個人的にカルマさんと奥田さんにはくっついてもらいたいです」
「「あんたも一緒にいたずらするつもりだろ」」
何人かが同時に突っ込んだ。
「そういう加々知さんは好きな人とかいないんですか?」
杉野はからかい半分で尋ねてみた。菜々のために情報を仕入れてやろうと思ったのだ。
こいつのコミュ力すげー、と思った人間は少なくない。
いませんね、と真顔で答える鬼灯に悪ノリしやすい前原が尋ねた。
「好みくらいはあるっしょ」
矯正しがいのある人を見ると燃えるとか、自分が作った脳みそみそ汁を笑顔で飲める女性がいたら結婚してもいいだとか聞かされて、全員の顔が青くなった。
その後、窓に張り付いていた殺せんせーを追いかけて、大半の男子が廊下に出た。
女子部屋で、イリーナが今までの体験談を話そうとしていた時、殺せんせーが紛れ込んでいたのが発覚した。
「菜々さん。加々知さんはやめときなさい。というかあの人、本当に一般人ですか? どう見てもヤのつく人にしか見えないんですけど」
そう言った殺せんせーだったが、中村に過去を追及されて逃げた。
廊下で殺せんせーが追いかけられている時、菜々は部屋に残って今までの記録をつけていた。
地獄での会議と同時進行で書いているため、誰かに見られるとまずいので、現世では人目がないところで書いているのだ。
ソラからは呆れた目で見られているが、気にしないことにしている。
殺せんせーは烏間の部屋に逃げ込み、置いてあったまんじゅうを完食した。
しばらく経ったため、もう生徒を撒くことができただろうと思い、殺せんせーは烏間の部屋から出た。
障子の間に挟んであったボールが落ちて来たが、殺せんせーは烏間の部屋にあったタオル越しにキャッチする。
「対先生BB弾を埋め込んだボールですか。杉野君のものですね。にゅやッ」
殺せんせーが叫んだ瞬間、斧が落ちてきた。その斧には菅谷にもらった、対先生BB弾を粉状にしたものを含む塗料が塗ってある。
間一髪で避けた殺せんせー。
「やはりギロチンではダメでしたか。昔、先生に仕掛けた時も失敗しましたし」
「とりあえずいくつか突っ込ませろ」
さらっと、昔も教師に同じことをやったことを暴露しながら、今まで隠れていた鬼灯が出てきた。
「なんで斧なんて持ってるんですか?」
ノートにメモし終わり、暇だったのでぶらぶらしていた菜々が突っ込む。
「それに、昔先生に仕掛けたってなんだ?」
烏間も突っ込むがうやむやに終わった。
殺せんせーを見つけた生徒達が向かって来たのだ。
生徒がナイフを振り、銃を撃っているうちに夜はふけていった。
彼女がトリップした日から始まっているアニメで、題名と可愛らしいキャラクターデザインとは裏腹に、内容はかなり暗い。
プレゼントを配るため、不法侵入をしたり、プライバシーの侵害をして子供達が欲しがっているものを知るという、犯罪を繰り返しているサンタたち。
そんなサンタの中の一人、新米サンタである三太の物語だ。
今、なぜサンタ達はプレゼントを配るために命を賭けているのかという謎が明かされようとしていた。
菜々とソラがハラハラしながらテレビを見ていると、いきなり画面が変わった。
『臨時ニュースをお伝えします。月が爆発して、七割方蒸発してしまいました!! 我々はもう、一生三日月しか見れないのです!!』
そんなニュースが流れる。
菜々とソラは呆然とした。
「月が七割蒸発!? どうなってるの?」
「実はサンタ達が配っていたプレゼントのゲームをすると、催眠にかかるなんて! サンタ協会の目的はいったいなんなんだろう?」
気にしている内容は全然違うが。
菜々がサンタ協会の目的について考えをめぐらしていると、地獄産の携帯に電話がかかって来た。
鬼灯からの電話で、すぐに地獄に来て欲しいという内容だった。
*
帰るのが遅くなるだろうと思われたのでとりあえず、菜々はソラに身代わりを頼んで地獄に向かった。
閻魔殿に着いてすぐに、緊急事態だと言われてろくに説明もされずに鬼灯に案内され、着いたのは会議室だった。
そこには十王とその補佐官達だけがいた。
おそらく七割方蒸発した月と殺せんせーのことについてだろう。
「えっ!? 菜々ちゃん!」
部屋の奥に居た人物が驚きの声をあげる。
「あぐり先生!?」
予想していたことだったが、菜々も驚いたふりをした。
あぐりは鬼灯からあの世について簡単な説明を受けたらしい。
菜々が簡単に鬼になった経緯を説明すると、あぐりはすぐに納得した。
「死神さんみたいな人もいるんだから、菜々ちゃんが鬼でもおかしくないわね」
いや、おかしいだろ、と突っ込むマメな人はいなかった。
こういう時、突っ込み担当が欲しいな、と菜々は思った。
「ここからは国家機密となることを理解してください。先程あの世に来た何人かの亡者が秦広庁で、来年、地球で月と同じようなことが起こると騒いでいました。話を聞いたところ、柳沢という研究者が反物質の研究をしていたことが事の始まりらしいです」
鬼灯は話し出した。
そんな事、中学生に話すなよと菜々は思いながら耳を傾けた。
世界一の殺し屋と呼ばれている「死神」が、柳沢がしていた研究の実験体にされていたこと。
その過程で死神は人知を超えた破壊の力を手に入れたこと。
死神の細胞を移植された、月で飼われていたネズミが原因で月の七割が消滅したこと。
三月十三日に死神にもネズミと同じことが起こること。
それを知った死神は脱走した事。
菜々は鬼灯の話に驚いたふりをした。
そういえばそんな話だったな、と原作知識を思い出していたが、驚いておかないと怪しまれる。
日本のヨハネスブルグと呼ばれている米花町に住んでいる彼女は、それなりの演技力を身につけていた。
それくらい出来ないとよっぽど運が良くない限り、米花町では生きていけない。
「ここまでは『死神』に殺された研究員の亡者から聞いたことです。彼らは口を揃えて、死神のことを恐ろしい化け物だと言いました。そんな中、唯一彼を庇ったのがあぐりさんです。彼女は死神の監視役を任されていたらしく、一番彼のことを知っている人間です。何があったのか、死神とはどんな人物なのか、詳しいことを彼女から聞いて、我々は今後の方針を決めます。第一、研究員達はまともに証言できるかどうかも怪しい状態でした」
そう言い終わった鬼灯にうながされ、あぐりは話し出した。
死んだと思ったらいきなり、地獄の重役がいる部屋に連れてこられ、鬼である生徒が現れたのだから、まだ少し混乱しているようだ。
あぐりの婚約者である柳沢に、死神の観察役を任されていたこと。
死神は触手を自由自在に操れるようになっていたこと。
三月十三日に死神にもネズミと同じことが起こるため、死神の処分が決まったこと。
あぐりがそのことを死神に話したら、彼が脱走したこと。
死神を止めようとして抱きついたら、触手地雷によって致命傷を負ったこと。
死ぬ直前に、残された一年で椚ヶ丘中学校三年E組の生徒達を教えてほしいと頼んだこと。
「もしもあの人が平和な世界に生まれていたら、ちょっとエッチで、頭はいいのにどこか抜けていて、せこかったり、意地っ張りだったり……そんな人になっていた。あの人は本当は優しい人なんです」
最後にそう言ってあぐりは締めくくった。
「あぐりさんは秦広庁での裁判で天国行きが決まりました。しかし、情報を提供してもらうため、定期的に地獄に来てもらいます」
鬼灯がこれからのことを説明する。
この会議を進めているのは鬼灯だ。さすが地獄の黒幕、と菜々は思った。
「来年、地球がなくなる可能性がある、というのはあの世にとって大変な問題です。なんとしてでもこの一年で死神を殺さなくてはならない」
地球がなくなってもあの世は存在し続けるのか、現代ではわかっていない。
しかし、地球がなくなってからもあの世が存在し続けても、亡者の転生先がなくなるので、どのみちあの世は機能しなくなる。
「浄玻璃鏡と柳沢という人物を担当している倶生神の証言で裏は取れました。超破壊生物がいることは疑いようのない事実です」
鬼灯の言葉で、会議室が騒がしくなる。
「今回の特別会議の議題は、『超破壊生物の暗殺、およびあの世に来てからの対処法』です」
その頃、菜々への注目が集まって来ていた。
鬼灯がそのことに気がつき、紹介する。
「今年の閻魔庁からの新年の挨拶でついて来ていたので、覚えている方もいるでしょう。薄々勘付いている方も多いと思いますが、彼女は椚ヶ丘中学校三年E組の生徒です。あぐりさんの話と浄玻璃鏡で、死神がそのクラスの担任をする、と現世の各国政府に交渉しようとしていることがわかりました。死神は彼女のクラスの担任になる。菜々さんには死神の暗殺と観察をお願いします」
覚えている方もいるでしょう、と鬼灯は言ったが、覚えていない人物がいるとは到底思えない。
鬼灯にまだあどけない顔立ちをしている中学生がついてきた上、なんかメモしている事もあったのだ。
また変なのが来た、と思っただけだったあたり、十王達も鬼灯によって、かなりメンタルが鍛えられているのだろう。
「なんで死神が菜々ちゃんの担任になるなんてわかるの? そんな危ないこと、中学生に任せるかな?」
閻魔の問いに鬼灯は舌打ちをした。
「任せると思いますよ。教師として毎日教室に来るのなら監視ができる。もちろん、生徒たちに危害を加えないと死神に約束させ、高い成功報酬をつけるとは思いますが」
そう言ったのは五道転輪王だ。そういえば、この人聡明なんだっけ、と菜々はかなり失礼なことを考えていた。新年に会った時、ぽやんとしている印象を受けたのだ。
おそらく、現世では足止めのために超生物がE組の担任になる事を認め、世界中の技術を駆使した暗殺を行われるだろうという話になった。
「とにかく、私は各国政府に国際会議を開くように要請します。閻魔大王、後は頼みます」
そう言い残して、鬼灯は会議室を後にした。
それから、菜々とあぐりはさまざまな書類にサインさせられ、会議室から解放された時には日付が変わっていた。
夜遅いため、菜々は地獄に泊まっていくことにした。
それからすぐに、茅野が転校して来た。
*
「現世の各国政府が死神の要求を認めたようですよ」
菜々が地獄に行くと、鬼灯に言われた。
「現世で触手用の武器が開発されたようなので、武器が支給されたらすぐ、地獄に横流ししてもらえませんか?」
国際会議で死神が死んだ場合、魂を日本地獄で引き取ることが決まったらしい。
死神が生まれた地域の管轄のあの世が匙を投げ、現在死神がいる日本が全ての責任を押し付けられたのだ。
鬼灯は閻魔や十王に許可をもらったと言っていたが、あの様子だと閻魔は脅されたのだろうと菜々は思っていた。
超生物用を引き取るとなると、地獄行きが決定した場合、拷問をしなければならない。
普通の武器が効かないことは現世で証明されているので、技術課の獄卒数人に理由を伝え、特別な拷問器具を作らせることになったらしい。
しかし、地獄にはデータがない。そこで鬼灯は菜々に対触手武器の横流しを頼んだのだ。
一応、菜々は超生物用の拷問器具を作ることとなった獄卒と顔を合わせることになった。
「技術課の主任の人や蓬さんはわかりますけど、なんで烏頭さんなんですか?」
それが、今回特別に作られた「対触手用武器開発班」の面々を見た菜々の第一声だった。
菜々の反応に文句を言う烏頭を無視して、鬼灯は説明した。
「この三人が死神用の武器を開発しています。彼らもこれから特別会議に参加することになります」
「無視すんな!」
烏頭は突っ込んだ。
「烏頭さんはう◯こ送りに二回もされていますが、模範的作業員は馬鹿の発想を超えられないところがあります。超生物という今までに例がない相手に馬鹿の発想は大事かと思いまして」
「たしかに、馬鹿の発想ってすごいですよね」
「お前ら、馬鹿、馬鹿って言うな!」
怒っている烏頭を蓬がなだめていると、鬼灯が付け加えた。
「まあ、如飛虫堕処の鉄の狗開発に携わっていた一人でもありますし。烏頭さんの技術とアイディアは一級品なんですよ。馬鹿ですけど」
烏頭は他の人が思いつかないアイディアをよく出すのだ。
ほとんどが実用性のないアイディアだが、たまに眼を見張るものがある。
それに、烏頭は情報を売るような事はしないだろう。
ミスはするかもしれないが、その時はいつものように蓬が尻拭いをすれば良い。
そんな考えが鬼灯にはあった。
*
地獄では秘密裏に「超破壊生物の暗殺、およびあの世に来てからの対処法」の二回目の会議が開かれていた。
「椚ヶ丘中学校三年E組での暗殺が始まってもうすぐ一ヶ月。現世の各国政府はプロの暗殺者を送り込むことにしたそうです」
会議の進行係である鬼灯がその暗殺者について説明を始める。
会議室には十王とその補佐官、「対触手用武器開発班」の三人、菜々とあぐり、ソラがいる。
また、テレビ電話も置いてあり、その画面に映っているのは菜々がよく知っている人物だ。
倶生神である沙華と天蓋。殺せんせーの記録をとっている。
殺せんせーの監視役として白羽の矢が立ったのが、最近菜々の細かい記録を書き終わったこの二人だった。
菜々の記録をとっていたのだから並大抵のことでは動じないだろう、と言うのが理由らしい。
菜々は納得できなかったが、この件に関わっている日本地獄の人物達は納得していた。
前に、倶生神がいるのだから自分は殺せんせーの観察をしなくてもいいのではないかと菜々が鬼灯に尋ねたことがある。
しかし、今までの観察日記を見ていると、菜々の方が着眼点が鋭い場合があると返された。
ほとんどがくだらないことですけどね、という鬼灯の言葉は聞かなかったことにした。
「イリーナ・イェラビッチ。プロの殺し屋です。美貌に加え、十ヶ国語を操る対話能力を持ち、ガードの固いターゲットにも本人や部下を魅了してたやすく近づき、至近距離から殺す。潜入と接近を高度にこなす暗殺者らしいです」
スクリーンにイリーナの写真が映し出される。
「殺せると思いますか?」
衆合地獄に欲しい、という言葉を飲み込んで鬼灯は菜々に尋ねた。
「たぶん無理だと思います。殺せんせー、すごく速いので」
「私も同意見ですけど、色仕掛けなら効くと思います」
沙華が口を挟んだ。
「殺せんせー、生徒が見ていないところでエロ本読み漁ってますし」
沙華がテレビ画面に、殺せんせーが顔をピンクにして、エロ本を凝視している写真を映す。
そういえば思い当たる節あるかも、とあぐりが呟いた。
「こんな奴が来年地球を滅ぼすかもしれないのか……」
誰かが呟いた。なんとも言えない空気にあたりが包まれる。
結局、イリーナに殺せんせーを殺すのは無理だという結論になり、菜々が今までの暗殺結果を発表することとなった。
今まで試した暗殺方法を全て話した時、会議室はどんよりとした空気になった。
「ハンディキャップ暗殺大会や、身投げでも殺せないのか……」
「毒でツノや羽が生えるって……」
「脱皮や液状化って……」
本当に殺せるのだろうか、と彼らの顔に書いてある。
「殺せんせーは、いざとなったら自殺すると思います。あぐり先生の話や、殺せんせーの行動を見ていると、そう思うんです。逃げずにE組に来たのだって、私たちに教えるためだろうし」
菜々の意見は最もだ。
倶生神やあぐりも賛成したので、重点を置いて考えなければならないのは、殺せんせーがあの世に来た時の対処法ということになった。
いざとなればあの世の住人が人間に見えないよう、地獄の入り口にある特殊な光を浴びていない状態で殺せば良い。
相手には姿が見えないので簡単に殺せるだろう。
現世の出来事に必要以上に関わってはいけないという法律はあるが、日本地獄の法律は他の国と比べるとゆるいので、その点は大丈夫だろう。
「私は殺せんせーを雇えばいいと思います」
鬼灯の意見に全員がど肝を抜かれた。
「生まれた時から倶生神がついていたわけではないので日本式の裁判をすることができません。第一、マッハ20の超生物ですよ! 雇えばめちゃくちゃ便利じゃないですか!」
菜々やあぐりは乗り気だったが、鬼灯の案に積極的でない人物がほとんどだった。
今のところ、危険性があると思われる行動はしていないが、残虐である殺し屋だったのだ。
妖怪やUMAと同じように考えているんじゃないか、という考えを閻魔が顔に出した。
「いきなり雇うと決めるのもどうかと思うので、近いうちに様子を見に行きます」
変な事考えましたね、と言いながら閻魔に金棒を投げて、鬼灯は言った。
*
イリーナがすっかり生徒達と打ち解けたり、中間テストが終わったりした頃。
E組生徒たちは修学旅行の話で持ちきりになっていた。
沙華や殺せんせーに先取りして勉強を教えてもらっていたため、菜々はなんとか五十位以内に入れていたりしたが、彼女にとってそんなことは今、どうでもよかった。
クラスの中で特に仲が良い渚たちと修学旅行の班が同じになったりしたが、そんなことも今はどうでもいい。
問題はクラス全員が注目している男だ。
来るなら事前に連絡して欲しかった、と菜々は思った。
なんでこんなことになったんだっけ、と彼女は今までに起こったことを思い出していた。
殺せんせーが外国へ出かけている隙に、烏間が修学旅行の時にスナイパーを雇うため、狙撃しやすいコースを決めて欲しいと話していた。
体育の授業中だったので生徒は全員ジャージだ。
その時、烏間は身構えた。内容までは聞き取れないが、旧校舎までの道から話し声が聞こえてくる。
気づいていない生徒もいるようだが、ものすごい殺気だ。
暗殺者か? しかし何も聞いていない。
烏間が考えを巡らせていると、イリーナが旧校舎から出てきた。
彼女も並ならぬ殺気に気がついたらしい。
殺気を感じ取った生徒達は不安げに視線を交わす。
渚は確信した。イリーナと同じ暗殺者だと。こんな殺気、普段の生活ではお目にかかれない。
鬼である菜々は身体能力が人間よりも良い。そのため、他の人には聞こえていないようだが、菜々は道から聞こえる声をしっかりと聞き取れた。
「まだ薬ができていない? 納期は今日ですよ。熱があった? 昨日衆合地獄で見かけましたが? 牛丼にしてやろうか、この牛目」
学校のチャイムが鳴ったが、誰も動かない。
やがて電話を切る音を菜々が聞き取ると同時に、さっきの声の主が姿を現した。
黒いシャツにジーパンというラフな格好で、キャスケットをかぶっている。
シャツには大きく墓の絵がプリントされているが、そんなことよりも目立っているのは、常人には到底出すことができないほど大きな殺気だろう。
地獄の底から這い出してきた鬼みたいだ、と渚は呟いた。あながち間違っていないな、と菜々は思った。
ほとんどの人間はその殺気に怯んだ。
そんな中、唯一動いたのが烏間だった。
「聞いていないが新手の暗殺者か? ヤツは今、かき氷を作るために北極まで氷を取りに行っているが、もうすぐ帰ってくると思う。待ってみるか?」
烏間がそう言うと同時に、その男の後ろに黄色いタコのような生き物が現れた。
「そんなに殺気を出していたらターゲットにすぐに気づかれてしまいます。そんなことでは私を殺せませんよ」
ヌルフフフという奇妙な笑い声をあげながら、殺せんせーは触手をうならせた。
「手入れして差し上げましょう」
菜々は今までフリーズしていた頭を動かした。
「殺せんせー、その人暗殺者じゃありません! ていうか何やってるんですか、鬼灯さん」
菜々が立ち上がって叫んだ。
全員の目が点になった。
「一般市民の加々知鬼灯です。なんですか? このエイリアンっぽいの」
あの殺気で一般人?
なんであんたは殺せんせーを見ても普通に自己紹介してるんだ!
カガチってホオズキの古称だろ。珍しい名前だな。
この場にいる人間達の頭に、突如、そんな突っ込みや疑問が駆け巡った。
しかし、一番に考えなければならないのは自称だが、一般人に国家機密を見られてしまったということだった。
殺せんせーが生徒達に怒られたりけなされたりしている時、烏間は何が起こっているのかを鬼灯に説明していた。
この事は他言しない、と言われて烏間は息をついた。
「ところで、あなたと加藤さんの関係は?」
「廃墟巡り仲間です」
鬼灯の答えで、その場の空気が凍りついた。
もっと良い言い訳はなかったのだろうか、と菜々は思った。
たまに、亡者を回収するために立ち寄った廃墟で、視察中の鬼灯に出くわすので間違ってはいないが。
「そのタコの暗殺、私も加わっても良いですか? あと、暗殺者に間違われたのかなり心外なんですけど」
「並々ならぬ殺気と、凶悪な顔のせいだと思いますよ」
そう言った菜々に、E組一同は尊敬の眼差しを向けた。
誰もが思っていたが怖くて言い出せなかったことをよく言ってくれた、と目が語っていた。
殺せんせーの暗殺に鬼灯が加わることに烏間が許可を出したとき、E組の関心は鬼灯に集まっていた。
「菜々ちゃんとどんな関係? 何気に下の名前で呼ばれてたけど」
倉橋の問いに全員が鬼灯に注目する。
「だから廃墟巡り仲間ですって」
そう返した鬼灯に中村が本当にそれだけなのかと詰め寄る。
烏間と話している時、旧校舎に来たのは最近の菜々の様子がおかしいのを疑問に思ったからだと言っていたので、そう思うのは当然だろう。
「莉桜ちゃん。一つ言っとくけど、私にボール=人にぶつけるっていう本能移したの、鬼灯さんだから」
菜々の言葉でE組一同は今までのことを思い出した。
クラス替えがあってすぐ。
自己紹介の時に菜々は言った。
「私にはボール=人にぶつけるという本能があるので気をつけてください」
この頃は誰も本気にしていなかった。
まだ殺せんせーが体育の授業を受け持っていた頃、体力テストをした。
ハンドボール投げで菜々が投げたボールが九十度近く曲がり、岡島の顔に直撃。
彼は一日中目を覚まさなかった。
この時、自己紹介の時の菜々の言葉は本当だったと全員が知った。
渋っていた菜々を、暗殺バドミントンに参加させたとき。
菜々がボールに触れた瞬間、ボールが縦横無尽に動き回り、一瞬で菜々以外のコートにいた人は床にひれ伏していた。
射撃の練習をしていた時。
菜々が打った球は全て的に当たらず、近くにいた人間に当たった。
彼女いわく、対先生BB弾も球型のため、ボールと認識されるらしい。
確か、前に菜々は言っていた。
「私のこの本能、元からあったわけじゃなくて人から移ったものだから」
そんな風邪のようなものなのかと全員で突っ込んだ時、どんな人から移ったのか渚が尋ね、菜々はなんと答えただろうか。
「絶対に逆らわない方がいい人」と答えていた気がする。
その場にいた者は、彼女の青ざめた顔を覚えている。
「この人が、絶対に逆らわない方がいい人か……」
磯貝が呟いた。
カルマでさえ、あの菜々がそう言っていた事を思い出して鬼灯のことを警戒した。
今まで鬼灯に群がっていた生徒達は、菜々に質問することにした。
「加々知さんって何歳?」
「あの人孤児で、ちゃんとした年齢わかっていないみたいだよ」
菜々の答えに、何気なく尋ねた岡野はなんとも言えない気持ちになった。
「特に気にしていないらしいから大丈夫だよ。言ってしまったが最後、命を狙われるとか全然ないから」
「菜々ちゃんの中で加々知さんってなんなの!?」
渚は思わず突っ込んだ。
「加々知さんって彼女とかいるの?」
「桃花ちゃん、鬼灯さんはやめときなさい。あの人、基本的にズレてるから」
殺せんせーの暗殺に加わる理由が、好きなだけ呪いをかけられる実験体が欲しかったからという人だったな、と全員が思い出した。
「菜々ちゃん、加々知さんのこと好きでしょ」
中村はふざけ半分で聞いたのだが、菜々は真っ赤になっていた。
それを見て、全員が彼女の気持ちを察した。
ソラにもバレたか、と菜々が彼女を見てみると、生暖かい目で見られていた。
だいぶ前から菜々の気持ちに気がついていたらしい。
奥田などの、鈍い部類に入る人間でも察した。
「思わぬ収穫ですねぇ」
聞き慣れた声がしたので振り返ると、顔をピンク色にした殺せんせーがいた。
「社会人に恋する菜々さん。 三学期に出版予定の『実録!! E組に渦巻く恋の嵐密着三百日』の第二章にしましょう」
そう言うと、すぐに殺せんせーは飛び立って行った。
「杉野君。三学期までにあのタコ殺すよ。第一章はたぶん君だ」
菜々は自分も似たような事をやっているくせにそう言った。
菜々と杉野の仲が深まった。
結局、鬼灯はすぐに帰って行った。
「来るなら事前に連絡くださいよ。というか、殺せんせーと関わったら徹底的に調べられますよ。戸籍ないのにどうするんですか」
授業が終わり、地獄についてすぐ、菜々は鬼灯に文句を言った。
最近では、殺せんせーがいるせいで地獄に来づらくなっている事もあり、菜々は鬼灯が来ると知らされていなかった。
多忙な鬼灯のことなので、顔を合わせた時に言えばいいと思っていたのだろう。
「戸籍の方は大丈夫です。偽装工作はちゃんとしてあります。それと殺せんせーは、獄卒として雇っても問題ないと判断しました」
鬼灯への気持ちを知られてしまった菜々には問題しかないが、反論することができなかった。
「修学旅行で偶然会うことになりますが、よろしくお願いします」
この後行われた会議で、殺せんせーを死後、獄卒として雇うことが決定された。
*
修学旅行。一日目はクラス全員で観光名所を回った。
宿泊先であるさびれや旅館についた時、殺せんせーは瀕死状態だった。
岡野と菜々でナイフを当てようとしたが避けられた。
寝室で休んだらどうかと岡野が提案したが、殺せんせーは断った。
「いえ、ご心配なく。先生これから一度東京に戻りますし。枕を忘れてしまいまして」
殺せんせーの横には大きなリュックがある。
トイレットペーパーやリコーダー、こんにゃくなどどう考えてもいらないものがたくさん入っているようだ。
「あれだけ荷物あって忘れ物ですか?」
低いバリトンボイスが聞こえた。
つい最近、この場にいる全員が聞いた声だ。振り返ってみると考えていた通りの人物がいた。
「なんでいるんだよ!!」
誰かが突っ込んだ。
「烏間さんに頼んだら許可をもらえました」
「この旅館に修学旅行生が泊まったら出るという噂があるらしい。弱みを握られているし許可するしかなかった」
ぬけぬけと言う鬼灯に烏間が付け加えた。
怪談が苦手な生徒は顔を青くした。
次の日。
菜々たち四班のメンバーは祇園の奥に来ていた。
暗殺の決行をここに決めた時、不良が現れた。
不良たちの話から、女子生徒達を拉致しようとしていることが分かり、すぐにカルマが不良を一人倒すが、隠れていた不良に鉄パイプで殴られてしまう。
いつもの菜々ならこんな不良達、簡単に倒すことができたが、今日、菜々はものすごく疲れていた。
昨日、幽霊が出るという噂の部屋で鬼灯と興味本位で付いて来た狭間と、一緒に夜を明かしたのだ。
しかも狭間は勘が良いし、鬼灯が怪しい言動ばかりするので、菜々は神経をすり減らしていた。
結果、菜々は神崎と茅野と一緒に捕まった。
男子達を気絶させてすぐ、不良達は捕まえた女子の手を縛り、車に詰め込んだ。
車のナンバーが隠してあったし、多分盗車だろう。
しかもどこにでもある車種だ。
菜々は不良達が犯罪慣れしていると見抜いた。
不良達が何か言っていたが、菜々は眠かったので寝ることにした。
廃墟など、人目につかないところに着くまで何もしないだろうと判断したからだ。
十分後、菜々が目を覚ますと呑気に寝ていた事に周りから呆れられた。
よく犯罪者と命を賭けた鬼ごっこをしていたせいか、感覚が狂ってきている気がすると菜々はぼんやりと思った。
不良の話を聞き流しながら菜々が不良達にあだ名をつけていると、不良その一(菜々命名)が去年の夏頃にゲームセンターで見かけた神崎の写真を見せてきた。
こんな話、原作にあったっけ?
そんな疑問が真っ先に浮かんできた事からも分かるように、菜々が持っている原作知識はほとんどなかった。
神崎さんと工藤有希子さんって下の名前同じだよな。というか漢字も同じじゃん。このままだと私、神崎さんのこと、一生下の名前で呼べないのでは?
菜々が割とどうでもいいことを考えているうちに廃墟に着いた。
「ここなら騒いでも誰も来ねえな」
リュウキが言った。菜々が車の中で「不良その一さん」と呼んだら怒りながらも名前を教えてくれたのだ。
年上だからちゃんと、さん付けしたじゃないですか、と菜々が怒られたことに文句を言ったら、「こいつの頭、俺たちが教えなくても台無しなんじゃね?」と一人の不良が言った。
菜々は彼の顔をしっかりと覚えた。
死後の裁判で無駄にプレッシャーをかけてやろう、と心に決めた。
事件に巻き込まれすぎて感覚が麻痺しているのは認めるが、頭が残念なんて認めない。
「遊ぶんならギャラリーが多い方がいいだろう」
その後もリュウキはブツブツ言っていたが、菜々は聞き流した。
リュウキの演説が終わり、不良達が一服している時、茅野が神崎に話しかけた。
「そういえばちょっと意外、さっきの写真。真面目な神崎さんにもああいう時期があったんだね」
神崎がああなった経緯を話し、自分の居場所がわからないと言った時、菜々は話しかけた。
「神崎さんの気持ち、ちょっとわかるかも。私も自分の居場所がわからなくなった時があったんだ。でも最近、やりたいことが見つかったかな」
「やりたい事?」
神崎が聞き返した時、リュウキが話に割り込んできた。
「勝ち組みたいな偉そうな女には……」
リュウキの演説の途中で、大きな音がした。
「おっ、来た来た。うちの撮影スタッフのご到着だぜ」
そう言ったリュウキだったがおかしいことに気がつく。
音がしたのは建物の中だった。
「誰だ!!」
そう叫ぶと、リュウキは立ち上がった。
「誰って、観光客ですけど」
「何やってるんですか、鬼灯さん」
「この廃墟、出るって有名なんですよ」
「立ち入り禁止ですよ、ここ」
そんな呑気な会話を鬼灯と菜々が繰り広げていると、今まで固まっていた不良達がわめき始めた。
「どこの誰だが知らねえが、こっちには人質が」
そう言いながら坊主のため、菜々にハゲと心の中で呼ばれているマコトが菜々達を振り返ったが、言葉を詰まらせた。
よく犯罪に巻き込まれている菜々は対処法として、手を縛られる時縄を握っていた。
そのため、不良達はしっかりと縛ったつもりでも、菜々が握っている縄を離せば、縄は緩くなったのだ。
ちなみに、金田一少年の事件簿知識である。
解放された菜々は、神崎と茅野の縄をほどき終わったところだった。
「まあいい。やっちまえ!」
リュウキがそう叫んだが、誰も動かなかった。否、動けなかった。
不良は全員、うずくまっていた。
毎度お馴染み、菜々の玉宝粉砕である。
「毎回よくできるね……」
ソラは呆れ顔だ。
残ったリュウキは鬼灯に殴り飛ばされて気絶した。
「これ、始末書とかにはならないんですか?」
「バレなきゃいいんですよ」
鬼灯と菜々がいろいろと突っ込みたくなるような会話をしている時、気絶させられた不良と一緒に、他の四班メンバーが来た。
「あれ? もう終わっちゃった?」
カルマが心底残念そうな顔をした時、別の部屋にいた不良がやってきた。
「なんでここがわかった!?」
髭が生えている不良こと、シンヤがドスの効いた声で叫んだが、誰もひるまなかった。
初めてE組に来た時の鬼灯と比べたら全然怖くない。
その時、なんだかんだ言って自己紹介してくれたし、この人達意外と良い人なのかな、と菜々は考えていた。
その後、渚が修学旅行のしおりに書いてあったことを読み上げたら、不良達の目が点になった。
カルマが挑発し、不良が仲間を呼んでおいたと脅している時、菜々は扉の裏側に近づいた。
扉が開き、殺せんせーと彼に手入れされた不良が入ってくる。
いまだにやられていない不良が飛びかかるが、返り討ちにあう。
「学校や肩書きなど関係ない。清流に棲もうが、ドブ川に棲もうが、前に泳げば美しく育つのです」
そう言った後、殺せんせーの合図で、渚達がしおりで不良を殴ってトドメをさした。
その後、気配を消して扉の後ろに隠れていた菜々が暗殺を試みたが失敗に終わった。
昨日と同じように、菜々は旅館に着いてすぐ女湯にいる亡者を回収して、お迎え課の獄卒に引き渡した。
菜々が神崎がゲームをやっているところを見ている時、うっかり鬼灯を卓球に誘ってしまった三村が痛い目をみていた。
「そういえばうやむやになっちゃたけど、菜々ちゃんのやりたいことって何?」
ゲームを終えた神崎に聞かれ、菜々は答えた。
「今はまだ詳しくは言えないけど、追いつきたい人がいるんだよ。難しいことなんだけど、その人の役に立ちたいんだよね」
そう言いながら、菜々は男子達がいるところを見ていた。
殺せんせーの入浴シーンを見逃したりしながら、菜々は大部屋に向かった。
「気になる女子ランキングですか」
男子部屋にいきなり鬼灯が現れた。
「毎回いきなり出てくるのやめてください」
ズバリと言った渚は、鬼灯は滅多なことでは怒らないと気がついている。
「すみません。気配消すの得意なんですよ。誰が誰のことを好きなのか知って、からかおうかと。後、個人的にカルマさんと奥田さんにはくっついてもらいたいです」
「「あんたも一緒にいたずらするつもりだろ」」
何人かが同時に突っ込んだ。
「そういう加々知さんは好きな人とかいないんですか?」
杉野はからかい半分で尋ねてみた。菜々のために情報を仕入れてやろうと思ったのだ。
こいつのコミュ力すげー、と思った人間は少なくない。
いませんね、と真顔で答える鬼灯に悪ノリしやすい前原が尋ねた。
「好みくらいはあるっしょ」
矯正しがいのある人を見ると燃えるとか、自分が作った脳みそみそ汁を笑顔で飲める女性がいたら結婚してもいいだとか聞かされて、全員の顔が青くなった。
その後、窓に張り付いていた殺せんせーを追いかけて、大半の男子が廊下に出た。
女子部屋で、イリーナが今までの体験談を話そうとしていた時、殺せんせーが紛れ込んでいたのが発覚した。
「菜々さん。加々知さんはやめときなさい。というかあの人、本当に一般人ですか? どう見てもヤのつく人にしか見えないんですけど」
そう言った殺せんせーだったが、中村に過去を追及されて逃げた。
廊下で殺せんせーが追いかけられている時、菜々は部屋に残って今までの記録をつけていた。
地獄での会議と同時進行で書いているため、誰かに見られるとまずいので、現世では人目がないところで書いているのだ。
ソラからは呆れた目で見られているが、気にしないことにしている。
殺せんせーは烏間の部屋に逃げ込み、置いてあったまんじゅうを完食した。
しばらく経ったため、もう生徒を撒くことができただろうと思い、殺せんせーは烏間の部屋から出た。
障子の間に挟んであったボールが落ちて来たが、殺せんせーは烏間の部屋にあったタオル越しにキャッチする。
「対先生BB弾を埋め込んだボールですか。杉野君のものですね。にゅやッ」
殺せんせーが叫んだ瞬間、斧が落ちてきた。その斧には菅谷にもらった、対先生BB弾を粉状にしたものを含む塗料が塗ってある。
間一髪で避けた殺せんせー。
「やはりギロチンではダメでしたか。昔、先生に仕掛けた時も失敗しましたし」
「とりあえずいくつか突っ込ませろ」
さらっと、昔も教師に同じことをやったことを暴露しながら、今まで隠れていた鬼灯が出てきた。
「なんで斧なんて持ってるんですか?」
ノートにメモし終わり、暇だったのでぶらぶらしていた菜々が突っ込む。
「それに、昔先生に仕掛けたってなんだ?」
烏間も突っ込むがうやむやに終わった。
殺せんせーを見つけた生徒達が向かって来たのだ。
生徒がナイフを振り、銃を撃っているうちに夜はふけていった。