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十二月の初め。沙華と天蓋にいきなり呼びだされた菜々は困惑していた。
彼女が鬼になってからというもの、彼女の記録をまとめるので忙しいのか、ほとんど会っていなかったからだ。
「君に前世の記憶があったことは……」
天蓋にいきなりそう言われ、菜々は身構えた。
それは彼女がずっと心配していたことだったからだ。
最近はいろいろなことがありすぎてすっかり忘れていたが、天蓋の言葉が菜々を現実に引き戻した。
「書かないことにしたよ」
「何で……? ちゃんと書いていないことが知られたら罰を受けるかもしれないんですよ」
菜々は思わず疑問を口にした。
彼女にとって天蓋の言葉は喜ばしいことだ。
倶生神に語った前世の記憶と、地獄で調べられた加藤菜々の前世が食い違っていたため、尋問されるという心配はなくなったのだから。
しかし、そうする事は倶生神にとってどのようなメリットがあるのだろう。
逆にデメリットしかないように思える。
「多くの情報があると混乱しちゃうから、重要な情報以外は書かなくていいんだよ。君が地獄に興味を持ったのは僕たちが見えたからであって、前世の記憶があったせいじゃない。これでいいでしょ?」
「何か私たちでは想像できないような理由があって、それを知られたくなさそうだったし」
天蓋の説明を聞いても、菜々の顔に納得しきれないと書いてあったので沙華が言葉を付け加えた。
菜々は隠しているつもりだったが、倶生神には彼女に秘密があることくらいわかっていた。
どこか遠くを見ていることがよくあったし、初めて殺人事件に巻き込まれた時、ショックは受けていたが、こうなることはわかっていた、という表情を浮かべていた。
「この話は終わり!」
沈黙に耐えきれなくなった天蓋が手を叩いてそう言ったことにより、彼らは世間話に移っていた。
「前、茄子君──小鬼の友達が地獄美術展で金賞とったから、受賞式に行ったんですよ。そしたら鬼灯さんと白澤さんも来て、最終的に喧嘩が始まりました」
「でしょうね……」
倶生神は上司と神獣にあきれ返ると同時に、菜々が楽しくやっていることに喜んでいたが、
「鬼灯さん観察日記がすぐ埋まるので、最近では一覧表とは別々にしています」
その一言で、彼らは凍りついた。
「僕たちのこと、さんざんストーカーとか言っといて、菜々ちゃんの方がよっぽどストーカーじゃん!」
驚きから一瞬停止していた思考回路が回復するのが早かった天蓋が、初めに突っ込んだ。
「鬼灯さん観察日記は、厳密に言えば鬼灯さんの行動じゃなくて、鬼灯さんの周りで起こった面白おかしい出来事を記録してるんです。だからストーカーじゃありません!」
「じゃあ、この写真は何?」
沙華は菜々のスマホをかかえていた。待ち受け画面の写真を持ち主に見せている。
「何で暗証番号わかったんですか!?」
そのスマホは現世産のものだ。
普段はロックをかけてあるので暗証番号を押さないと画面を開けることはできない。また、沙華が暗証番号を知っているわけがない。
ちなみに、地獄では連絡をとったり、インターネットに接続するようなことはできないが、それ以外の操作は大体できる。
「六桁の数字だったら毎回、三井寿って登録しているじゃない」
そう言いながら彼女はスマホの待ち受け画面を見せる。
待ち受け画面は、菜々が地獄美術展で撮ったものだ。
「茄子君が可愛かったので撮っただけです! 決して、鬼灯さんを撮ったわけではありません」
親が息子の写真を撮るような気持ちで撮っただけだと弁解する菜々。
「このタレ目の小鬼が茄子君か。たしかにこの写真は可愛いね」
天蓋がそう言って写真をもう一度見る。
その写真には、茄子が鬼灯の手を握ってブンブン振り回している様子が映っていた。
菜々が鬼灯と白澤の喧嘩の様子を、ビデオで撮っていたことを天蓋が知っていたら、菜々の肩を持つような発言をすることはなかっただろう。
彼女が鬼灯の記録を取ったりしているのは、単に暇な時に見返して笑うためなのだが。
ちなみに地獄の法律は現世の法律よりも厳しくないので、菜々がやっている事は訴えられたりしない。
菜々が資料室に向かったのを見届けてから、沙華は呟いた。
「やっぱりあの子、鬼灯様のことが好きみたいね」
「何でそんなことがわかるの?」
天蓋は聞き返した。観察日記は根拠にならない。
菜々はあの世に送り届けた亡者の記録以外にも、「和伸君と苗子ちゃんをくっつける方法」や「優作さんが関わった事件」というノートを興味本位で作ってきたからだ。
前に、そこらへんの亡者を面白半分で放って置いて、ずっと観察していたこともある。
地獄の黒幕で、いろいろな問題を面白おかしく解決している鬼灯の記録をつけようと彼女が思うことはなんらおかしいことではない。
「ミラーリング効果。好感を寄せている相手のしぐさや表情、動作を無意識に真似してしまうこと。菜々が鬼灯様に会ってから、鬼灯様の癖──首をかしげることが多くなったと思わない?」
「たしかにそうだけど、ミラーリング効果は相手に対する尊敬や好意の気持ちを表現したものとして認識されているよ。菜々ちゃんが鬼灯様に抱いている感情は尊敬でなく、好意だと思った理由は?」
「そんなの、鬼灯様と話している時の顔を見ればすぐにわかるわよ」
そんな話を倶生神がしていた頃、菜々は唐瓜と茄子の資料探しを手伝っていた。
その後、鬼灯が鬼になった経緯を聞き、大焼処の見学に行ったりしていたので、彼女が倶生神の会話を知ることはなかった。
*
十二月二十二日頃。地獄では大掃除が行われていた。
給料は出ないが、菜々も手伝っていた。
面白そうだし、鬼灯に会えるからだ。
彼女は新卒と一緒に大釜を磨くこととなった。
菜々が付喪神の大釜の口に、最近知り合った芥子からもらった芥子味噌を詰め込んでいる時、唐瓜に呼ばれた。
「菜々ちゃんも手伝って……何してんの!?」
「うるさかったから黙らしてる」
亡者にもよくやってきた事なので慣れている。カルマがグリップに対して行っていたことからヒントを得たのは言うまでもない。
この後、付喪神化している大釜の目にも芥子味噌を塗ろうとしたら唐瓜に止められた。
掃除が終わり、柚湯に亡者を入れてから、菜々は茄子の家に行くことになった。
今日は掃除が終わり次第、新卒は解散らしい。
昨日も掃除を唐瓜と一緒に手伝ったが、まだ終わっていないのだ。
「むしろ片付けって必要かな? どこに何を置いたのか覚えて入れば多少散らかっていても問題ないし、すぐに物を出しやすいじゃん」
「菜々ちゃんが来ても全然片付け終わらないから来なくてもいいんだけど」
「唐瓜君ひどくない!?」
そんなことを話しながら彼らは茄子の部屋に向かった。
結局はほとんど唐瓜一人で片付けることになった。
茄子はすぐ遊ぶし、菜々は上の空だ。
彼女に何があったのか気になったが、めんどくさくなりそうだったので、唐瓜は聞かなかった。
──もしよかったら、十王への新年の挨拶について来ます?
菜々は、亡者が大釜で煮られているのを見ている時、鬼灯に言われた言葉を脳内でリピートしていた。
十王という偉い人達への挨拶についていけるという喜びと、鬼灯に誘われたことへの喜びを彼女は噛み締めていた。
やはりと言うべきか、菜々の部屋は新年を越した後も散らかっていた。
*
正月が終わってしばらく経った頃。
菜々は停学になっていた。
この前巻き込まれた殺人事件の犯人を殴り飛ばしたら、たまたま椚ヶ丘中学校三年A組の成績優秀な生徒に当たり、受験前なのに全治一ヶ月の怪我を負わせてしまったからだ。
罰として、新学期が始まるまで停学、およびE組行きが決まったのである。
怪我をさせられた生徒には悪いことをしたが、普段からE組生徒や担当教員への侮蔑が酷いことで有名な相手だったので、菜々はあまり気にしていなかった。E組に行くための小細工をする手間が省けてラッキーだとまで思っていた。
彼女は停学を言い渡されて殊勝に反省するでもなく、これ幸いと日中も地獄に入り浸っている。
地獄に着くまでの間、ソラに「加藤菜々」とは似ても似つかない姿に化かしてもらい、閻魔殿の図書室へ来るのが彼女の日課となっていた。
しかし、元の世界に戻る方法は調べていない。どうせ探しても見つからないだろう。菜々が知りたいと思っている内容はEU地獄の禁書とかに書かれている気がする。
今の状況では確かめる事ができないので、菜々はこの事を保留にすることにしていた。
とにかく、毎日のように菜々は閻魔殿の図書室にいるので、鬼灯は彼女が図書室にいるだろうと容易に想像する事が出来た。
「これから、高天原ショッピングモールへ行くんですけど、ついてきます?」
図書室で「無」になりかけていた菜々に鬼灯が声をかけた。
「というか、どうしたんですか?」
目に光が宿っていない菜々に鬼灯が尋ねる。
「読むんじゃなかった……」
菜々が座っていた場所に置かれている本を見て、鬼灯は何があったのか理解した。
彼女は鬼卒道士も、ハリー・ポッターシリーズも、御伽草子も一通り読んでしまい、新しいジャンルに手を出してみた。
そして、オススメの本として、かちかち山と一緒に紹介されていた本を読んでみたことを後悔していた。
ここは地獄であることと、この図書室は基本大人しか使わないことを考えていれば、この本を読むことはなかっただろう。
「まあ、この本は未成年には刺激が強すぎるかもしれないですね」
そう言いながら、鬼灯は菜々が読んでいたマルキ・ド・サドの著書を手に取った。
マルキ・ド・サドの作品は一言で言うとヤバイ作品だ。
著者であるマルキ・ド・サドは、虐待と放蕩の廉で、刑務所と精神病院に入れられた人物だ。
そんな人物が書いた本はとにかくヤバかった。
「誰がこんな作品をオススメ作品にしたんですか……」
「私です」
「でしょうね」
ほんと、何でこの人のこと好きになったんだろう。
菜々は自問自答した。
「さっきの話、聞いてました?」
菜々が首を横に振ると、鬼灯は高天原ショッピングモールに一緒に行かないかと尋ねた。
「行きます!」
菜々は即答した。
彼女が今まで感じていた疑問は頭から吹き飛んだ。
「一度、桃源郷に住んでいる万年発情期野郎に一発かまします」
そう言って、鬼灯は極楽満月に向かった。
菜々が何かをメモしているようだったが、気にしないことにした。
鬼灯が持参した縄で白澤を転ばせ、なんだかんだあって、白澤とお香も高天原ショッピングモールに行くことになった。
鬼灯がお香にかんざしを買っている時、菜々の胸が少し痛んだ。
彼女は自分に、一緒に遭難した仲じゃないか、と言い聞かせた。
お香が見ていたかんざしを買って、プレゼントした鬼灯に対抗意識を持ったのか、白澤はお香に何か買おうとしていた。
「お香ちゃん、遠慮しないで! もっと高いの買ってあげる」
そう言って果物コーナーに向かう白澤。
メロンかドリアンかという選択肢が提示され、お香はドリアンを選んだ。
その頃、菜々は「鬼灯さんVS白澤さん」と表紙に書かれたノートを取り出した。
ちなみに、このノートに「しりあげ足とり一覧」があったりもする。
一方、鬼灯は白澤に買ってきた小説を渡す。
起こっていいのか!? 天国殺人事件。
表紙にはそう書かれており、推理小説だとすぐに分かる。
鬼灯が二巻を渡したため、余計に怒っている白澤を見ながら、菜々はその小説に興味を持った。
どうしてそんなに仲が悪いのかというお香の問いに、男には引っ込みのつかない戦いがあると答える鬼灯。
桃太郎から聞いたくだらない賭けの話を菜々がしている時、鬼灯と白澤は次々と困っている人を助ける金太郎を目撃した。
鬼灯は「起こっていいのか!? 天国殺人事件」の一巻を白澤に渡した。
金太郎を見て反省したと言っていたが、菜々はそうでないと見抜いた。
本に何か書き加えていたようだし、鬼灯がそんな理由で大人になるとは思えないからだ。
「今日は停戦しましょう。帰ります」
そう言い残して戻って行く鬼灯。
菜々は鬼灯について行き、お香も帰ることにしたので白澤は一人になった。
曲がり角を曲がった時、鬼灯は立ち止まった。
「私たちはまだ用事があるので先に帰っていてください」
そうお香に言うと、白澤を盗み見る。菜々も同じようにする。
お香はこれから起こることを察して帰って行った。
「しかたない。読んでや……」
白澤は鬼灯からもらった本を開いた瞬間黙った。
風神カゼノフブキノミコトという名前が丸で囲ってあり、「コイツが犯人」と書かれたふせんが横に貼ってある。
鬼灯が嫌がらせのためにあんなことをしたということを、白澤はすぐに理解できた。
「ちくしょう!」と叫んで白澤が本を投げたと同時に、彼がいるところから少し離れた曲がり角で、ノートのページをめくる音が聞こえた。
一通りの流れを「鬼灯さんVS白澤さん」と表紙に書かれたノートに書き終わった菜々は、自作した一覧表を取り出し、「鬼灯さんあだ名一覧」を開く。
思いつく限りの悪態をついている白澤が鬼灯のあだ名を言うたびに一覧表が埋まっていく。
しばらく、その場では菜々がメモをとる音だけが聞こえた。
白澤がブツブツ言いながら家に帰った後、鬼灯は菜々に話しかけた。
「今日、誕生日ですよね?」
「何で知っているんですか?」
倶生神から聞きました、と答える鬼灯を見て、自分のプライバシーが保護されていないことを菜々は知った。
思い返してみれば、地獄では己の身は己で守るのが鉄則なので、現世ほど法律が厳しくないと沙華が言っていた気がする。
人間は一生倶生神に観察されているわけだし、歴史上の偉人や、おとぎ話の英雄は本人に断りなく、主に現世で一生を書籍化や映像化されているのだ。
地獄では現世ほどプライバシーが保護されていないと考えて良いだろう。
まあ、そんな風だから菜々の一連の行動は法律違反になっていないのだが。
「誕生日プレゼントです。着物、その作業服しか持っていないでしょう?」
鬼灯は金魚草の柄のついた包装紙に包まれた物を差し出す。
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
どうぞ、と言われたので菜々は包装紙を開けてみる。
どうせこの人のことだから変なものなんだろうな、と思いながら。
「なぜ死装束?」
「鬼になったので着る機会がなくなったでしょう。記念にどうぞ」
悪気があるわけではないだろうが、好きな人から初めてもらったプレゼントが死装束ってどうなんだろう、と菜々は微妙な気持ちになった。
プレゼントをもらったが、お返しとかはいるだろうか、と菜々は考え込んでいた。
本来ならその人の誕生日にプレゼントを渡したりするものなのだろうが、鬼灯の誕生日はわかっていない。
菜々がウンウンうなりながら旧校舎がある山を歩いていると、資料を抱えたあぐりに声をかけられた。
今日は土曜日でE組生徒はいないので、菜々は山に入ってからはソラに別人に化かしてもらっていなかった。
また、私服なのでキャスケットもかぶっている。
「どうしたの? 悩みがあるなら聞こうか? 旧校舎まで来てもらわなくちゃならないけど」
菜々は旧校舎に行く意思を示し、あぐりの荷物を半分持った。また、ソラには席を外してもらうように頼んだ。
ソラに話を聞かれるのは恥ずかしい。
雪村あぐり。椚ヶ丘中学校三年E組の担任だ。
菜々は鬼になって閻魔殿のジムが利用できるようになる前は、旧校舎がある山でランニングをしていた。
その時にあぐりと出会ったのだ。
今では下の名前で呼び合ったり、電話番号を交換していたりするくらい仲良くなっていた。
もちろん菜々は彼女がもうすぐ死ぬことを、原作知識のおかげで知っている。
黒の組織のメンバーすら全員覚えておらず、「暗殺教室」と「名探偵コナン」の原作知識は登場人物の恋愛模様くらいしかない菜々だったが、あぐりほど重要なキャラクターのことは覚えていた。
死神との恋愛模様と、雪村あかりの姉である事くらいしか覚えていないが。
死ぬことを知っていても、菜々はあぐりを助けるつもりはなかった。
いつ死んだのか覚えていなし、死神が関わっていたのだろうとは思うが死んだ原因すら忘れている。
第一、自分は子供なので思い通りに動けないし、あぐりが死んで死神が殺せんせーとなり、三年E組に来ければ原作にあった出会いがなくなる。
殺せんせーが作った暗殺教室は様々な縁を作ったのだ。
それに、原作の流れを大きく変えて、地球が滅びても困る。
どうせ原作通りに行けば、殺せんせーとあぐりはあの世で会うことができるのだ。
あぐりを助けたとしてもその先幸せになれる保証はない。
また、死神の出身地が分からないのではっきりとは言えないが、今までしてきた事を考えると、彼が地獄行きになる可能性が高い。
それよりも殺せんせーとなり、一年間だけでも善業を積んで欲しいものだと菜々は考えている。
結果、何もしない事に決めているのだ。
そんなことを菜々が考えていると旧校舎についていた。
あぐりは本校舎から持ってきた教材を抱えている。
菜々が半分持っていなかったら、ここまで運んで来れなかっただろうと思えるほどたくさんの教材だ。
休日なので、旧校舎には誰もいなかった。
教材を教室に運んだ後、菜々は職員室に通された。
手頃な椅子を持ってきて二人で腰かける。
「どうしたの? 何でもいいから言ってみて」
「全然大したことじゃないんですけど、とある人に誕生日プレゼントもらったんです。どうすればいいと思います?」
「そういえば、菜々ちゃんの誕生日っていつ?」
「一月十九日です」
「それって昨日じゃん!」
そう言うと、あぐりは鞄を漁りだした。
「これ、ストラップ。急だったから包装とかしてないけど……」
そう言ってストラップを渡してくる。
「私の愛用ブランド、Rotten Mantenの商品よ」
菜々に渡されたストラップは、溶けかけた「6」の丸の中にはなまるが書かれた、なんとも言えないものだった。
あぐり曰く、Rotten Mantenのロゴらしい。
鬼灯と同じで悪気はないだろうと思った菜々は、お礼を言ってもらった。
「それで、誕生日プレゼントをもらったからどうすればいいか、だっけ? 一度お礼を言って、その人の誕生日に何かプレゼントしてみたら?」
「その人の誕生日、わからないんですよ」
誕生日プレゼントをもらい、どうすればいいのか悩むということは、その相手との関係は友達ではないし、そこまで親しくもないと言う事。
また、変なことをして嫌われたくないという思いも感じられる。
「もしかして、誕生日プレゼントをくれたのって、菜々ちゃんの好きな人?」
あぐりは目を輝かせて尋ねた。
しばらく固まっていたが、小さくうなずいた菜々を見て、あぐりは嬉しくなった。
生徒に恋愛相談をされるほど仲良くなれた、と。
「じゃあ、思い切って誕生日を聞いてみたら? もっとその人と仲良くなれるかもしれないよ」
菜々は一瞬困ったような顔をして言った。
「その人、孤児で誕生日がわかってないんです」
鬼灯から、生い立ちを触れてもらっても構わないと言われていたので、菜々は正直に言った。
「私の好きな人の誕生日もわかってないのよ」
あぐりは話し始めた。菜々にはそれが誰のことなのか分かった。
「私は、その人と会った日に誕生日プレゼントを送ろうと思ってるの。菜々ちゃんもそうしてみたら?」
「私がその人と出会ったのって春休みなんですよ」
「かなり時間が空いちゃうか。じゃあ、バレンタインにチョコと一緒に何かしらのプレゼントを渡してみたら? あくまでお礼ってことで告白はしなくていいけど、意識してもらえるんじゃない?」
「そうします」
意識してはもらえないだろうが、お礼をすることは出来るだろう。何より、チョコを渡す良い言い訳ができた。
授業の準備もあるようだし、もうそろそろ帰ろうかと思っていた時、菜々は目をキラキラさせたあぐりに引き止められた。
「菜々ちゃんの好きな人ってどんな人?」
もうすぐ彼女が鬼灯に会うであろうことを知っている菜々は誤魔化そうとしたが、最終的に特徴を言わされた。
*
二月に入った頃。停学を食らっている菜々は地獄で巻物を運んでいた。
基本的に一緒に行動している唐瓜と茄子も同じように巻物を抱えている。
先輩獄卒と節分とバレンタインの話をしていると、鬼灯が来た。
職場内のチョコレートは賄賂の可能性があるため、基本的に禁止だと知って菜々は落ち込んだ。
「もう、チョコ作っちゃったんですけど」
この前、三池や桜子と一緒に作ったのだ。また、鬼灯にチョコと一緒に渡すプレゼントも手に入れた。
菜々の言葉に、チョコをもらえるかもしれないという期待を込める唐瓜。
本命でなく、友チョコだろうがもらえるのなら嬉しいのだろう。
「そのチョコ頂戴!」
「唐瓜君や茄子君にお礼としてあげるつもりで作ったんだけど、禁止されてるなら渡せないかな?」
茄子に言われたが、禁止されているのに渡すべきかどうか悩む菜々。
唐瓜と茄子がチョコをもらう予定だったと知り、裏切り者を見るような目で彼らを見てから先輩獄卒達は去っていった。
鬼灯は自動販売機で飲み物を買っていた。
「なんでそんな物買ってるんですか? というかなんで売ってるんですか?」
菜々は鬼灯が買った「スープシリーズ ラーメンつゆ」と書かれた缶を見て突っ込んだ。
地獄では現世では考えられないようなものが売っているが、閻魔殿の自動販売機に売っている飲み物は特に変わったものが多い。
牛の目がゆで卵感覚で売っていたりする地獄だが、これは鬼でも飲まないんじゃないか、と思うようなものが閻魔殿の自動販売機には多くある。
そのため、菜々の一覧表にはもちろん「閻魔殿に売っている謎の飲みもの一覧」というものがあったりする。
「私が手配しているからです」
鬼灯の答えは菜々の予想通りだった。
いまだに八寒地獄で遭難した時しか、彼がまともな飲み物を飲んでいるところを見たことがなかったからだ。
菜々は、自作の一覧表にある「閻魔殿に売っている謎の飲みもの一覧」にチェックを入れた。
この一覧に書いてある飲みものを、鬼灯が飲んでいるところを確認したら、チェックを入れていくのもいいかもしれないと思ったからだ。
多分、この一覧に書いてある飲みものは鬼灯しか飲まないだろう。
菜々は鬼になった今でも、飲むのをためらってしまうものが多い。
その後、バレンタインにイベントをすることが決まった。
鬼灯の提案なのでろくなことではないだろうが、面白そうだ、と菜々は不安と期待を感じた。
バレンタイン当日。
閻魔殿ではカカオ撒き大会が行われていた。
獄卒が動き回り、カカオ豆が飛び交っているため、騒がしい。
菜々はここぞとばかりに亡者にカカオ豆をぶつけていた。
ボール=人にぶつけるという本能がある菜々が投げた、球状のカカオは百発百中だった。
しかも、亡者にしか当たらない。
ジムでボールを投げた時も閻魔にしか当たらなかったことを考えると、当てる対象をある程度はコントロールできるらしい。
この様子では鬼灯にチョコを渡せないだろうと菜々が諦めかけていた時、イワ姫が来た。
彼女が鬼灯にチョコを渡したことをきっかけに、女性獄卒達が閻魔の机に持って来ていたチョコを投げ始めた。
お賽銭のようにチョコを投げて渡される鬼灯を見て、男性獄卒達の気持ちは一つになった。
鬼灯様、そりゃないよ、と。
そのどさくさに紛れて、菜々は唐瓜と茄子にチョコを渡すことに成功した。
大量のチョコを抱えている鬼灯を盗み見てみる。
あとで渡そう、と菜々は決めた。
これはあくまでこの間のお礼。賄賂でもなければ、特別な意味があるわけでもない。
菜々はそう、自分に言い聞かせていた。今は元物置小屋である、閻魔殿の自室にいる。
初めは、チョコを渡すためにシロ達から聞いて鬼灯の部屋の前に行ったのだが、女性獄卒達がたくさんいたので引き返した。
今、鬼灯はデスクワークをしていたが、女性が群がっている。
すぐに渡せそうになかったので、カカオ撒きが終わってから、菜々は烏頭や蓬、お香などの知り合いにチョコを渡しに行った。
倶生神にはかなり迷ったが、小さなチョコを一つ渡した。彼らにとっては充分大きい。
今までそんなことはなかったのに、どういう風の吹きまわしだと聞かれなかったのはありがたかった。
この前、三池や桜子に質問責めにされたからだ。
ただし、倶生神だけでなくソラもだが、何も聞かない代わりに、やけに生暖かい目で見てきた。
一通りチョコを配り終わってから確認してみたが、鬼灯はまだ忙しそうだ。
チョコを渡せる雰囲気ではないことは確かなので、いったん、菜々は自室に芥子からチョコの代わりにもらった芥子味噌を置きに行った。
拷問に使ってください、とのことだ。
閻魔殿の自室でしばらく考えてみたが、今日中に直接チョコを渡すのは無理だろう。
ずっと待っていると遅くなってしまいそうだったので、菜々はチョコを置いておくことにした。
しかし、鬼灯の机や自室の前にこっそり置いておくと、「鬼灯様ファンクラブ」の過激派の獄卒達に見つかって処分される可能性が高い。
菜々は、鬼灯だけが気づくようなところにチョコを置いておくことにした。
あんな性格なのになんでファンクラブなんてあるんだ? みんな本性を知らないのか。
と、失礼なことを考えながら彼女は、現世の不思議グッズから呪法に使われたものまで収納してある部屋に向かった。
この部屋は鬼灯の趣味で集めているものがほとんどであり、彼以外は滅多に入らない。
ここなら鬼灯以外、気がつかないだろうと思った菜々はその部屋に入った。
壱──参という札がある部屋に入り、丑の刻参りセレクションの一角に、ラッピングされたチョコとプレゼントを置き、簡単なメモを添える。
手作りじゃないから重くない、と自分に言い聞かせながら彼女は部屋を出た。
『ちゃんと渡せた?』
次の日、授業が終わってすぐ、あぐりが菜々に電話をかけて来て尋ねた。
「停学中の生徒が出かけていたのに、とがめないんですか?」
菜々はそう言いつつ、ちゃんと渡しました、と律儀に報告した。
『プレゼントってどんなの渡したの?』
「そこらへんの木に打ちつけてあった藁人形です」
そう返すと、驚いたあぐりの声が聞こえる。
「その人、そういうの集めるのが好きなんですよ。後、藁人形はあぐり先生のチョイスほど悪くないと思います」
その後、菜々がもらったプレゼントというのは死装束だと伝えると、あぐりは納得した。
世界屈指の犯罪都市である米花町では悪意の一つや二つ、探せば見つけられる。
藁人形を見かけることなんて、米花町ではよくあることなのだ。
彼女が鬼になってからというもの、彼女の記録をまとめるので忙しいのか、ほとんど会っていなかったからだ。
「君に前世の記憶があったことは……」
天蓋にいきなりそう言われ、菜々は身構えた。
それは彼女がずっと心配していたことだったからだ。
最近はいろいろなことがありすぎてすっかり忘れていたが、天蓋の言葉が菜々を現実に引き戻した。
「書かないことにしたよ」
「何で……? ちゃんと書いていないことが知られたら罰を受けるかもしれないんですよ」
菜々は思わず疑問を口にした。
彼女にとって天蓋の言葉は喜ばしいことだ。
倶生神に語った前世の記憶と、地獄で調べられた加藤菜々の前世が食い違っていたため、尋問されるという心配はなくなったのだから。
しかし、そうする事は倶生神にとってどのようなメリットがあるのだろう。
逆にデメリットしかないように思える。
「多くの情報があると混乱しちゃうから、重要な情報以外は書かなくていいんだよ。君が地獄に興味を持ったのは僕たちが見えたからであって、前世の記憶があったせいじゃない。これでいいでしょ?」
「何か私たちでは想像できないような理由があって、それを知られたくなさそうだったし」
天蓋の説明を聞いても、菜々の顔に納得しきれないと書いてあったので沙華が言葉を付け加えた。
菜々は隠しているつもりだったが、倶生神には彼女に秘密があることくらいわかっていた。
どこか遠くを見ていることがよくあったし、初めて殺人事件に巻き込まれた時、ショックは受けていたが、こうなることはわかっていた、という表情を浮かべていた。
「この話は終わり!」
沈黙に耐えきれなくなった天蓋が手を叩いてそう言ったことにより、彼らは世間話に移っていた。
「前、茄子君──小鬼の友達が地獄美術展で金賞とったから、受賞式に行ったんですよ。そしたら鬼灯さんと白澤さんも来て、最終的に喧嘩が始まりました」
「でしょうね……」
倶生神は上司と神獣にあきれ返ると同時に、菜々が楽しくやっていることに喜んでいたが、
「鬼灯さん観察日記がすぐ埋まるので、最近では一覧表とは別々にしています」
その一言で、彼らは凍りついた。
「僕たちのこと、さんざんストーカーとか言っといて、菜々ちゃんの方がよっぽどストーカーじゃん!」
驚きから一瞬停止していた思考回路が回復するのが早かった天蓋が、初めに突っ込んだ。
「鬼灯さん観察日記は、厳密に言えば鬼灯さんの行動じゃなくて、鬼灯さんの周りで起こった面白おかしい出来事を記録してるんです。だからストーカーじゃありません!」
「じゃあ、この写真は何?」
沙華は菜々のスマホをかかえていた。待ち受け画面の写真を持ち主に見せている。
「何で暗証番号わかったんですか!?」
そのスマホは現世産のものだ。
普段はロックをかけてあるので暗証番号を押さないと画面を開けることはできない。また、沙華が暗証番号を知っているわけがない。
ちなみに、地獄では連絡をとったり、インターネットに接続するようなことはできないが、それ以外の操作は大体できる。
「六桁の数字だったら毎回、三井寿って登録しているじゃない」
そう言いながら彼女はスマホの待ち受け画面を見せる。
待ち受け画面は、菜々が地獄美術展で撮ったものだ。
「茄子君が可愛かったので撮っただけです! 決して、鬼灯さんを撮ったわけではありません」
親が息子の写真を撮るような気持ちで撮っただけだと弁解する菜々。
「このタレ目の小鬼が茄子君か。たしかにこの写真は可愛いね」
天蓋がそう言って写真をもう一度見る。
その写真には、茄子が鬼灯の手を握ってブンブン振り回している様子が映っていた。
菜々が鬼灯と白澤の喧嘩の様子を、ビデオで撮っていたことを天蓋が知っていたら、菜々の肩を持つような発言をすることはなかっただろう。
彼女が鬼灯の記録を取ったりしているのは、単に暇な時に見返して笑うためなのだが。
ちなみに地獄の法律は現世の法律よりも厳しくないので、菜々がやっている事は訴えられたりしない。
菜々が資料室に向かったのを見届けてから、沙華は呟いた。
「やっぱりあの子、鬼灯様のことが好きみたいね」
「何でそんなことがわかるの?」
天蓋は聞き返した。観察日記は根拠にならない。
菜々はあの世に送り届けた亡者の記録以外にも、「和伸君と苗子ちゃんをくっつける方法」や「優作さんが関わった事件」というノートを興味本位で作ってきたからだ。
前に、そこらへんの亡者を面白半分で放って置いて、ずっと観察していたこともある。
地獄の黒幕で、いろいろな問題を面白おかしく解決している鬼灯の記録をつけようと彼女が思うことはなんらおかしいことではない。
「ミラーリング効果。好感を寄せている相手のしぐさや表情、動作を無意識に真似してしまうこと。菜々が鬼灯様に会ってから、鬼灯様の癖──首をかしげることが多くなったと思わない?」
「たしかにそうだけど、ミラーリング効果は相手に対する尊敬や好意の気持ちを表現したものとして認識されているよ。菜々ちゃんが鬼灯様に抱いている感情は尊敬でなく、好意だと思った理由は?」
「そんなの、鬼灯様と話している時の顔を見ればすぐにわかるわよ」
そんな話を倶生神がしていた頃、菜々は唐瓜と茄子の資料探しを手伝っていた。
その後、鬼灯が鬼になった経緯を聞き、大焼処の見学に行ったりしていたので、彼女が倶生神の会話を知ることはなかった。
*
十二月二十二日頃。地獄では大掃除が行われていた。
給料は出ないが、菜々も手伝っていた。
面白そうだし、鬼灯に会えるからだ。
彼女は新卒と一緒に大釜を磨くこととなった。
菜々が付喪神の大釜の口に、最近知り合った芥子からもらった芥子味噌を詰め込んでいる時、唐瓜に呼ばれた。
「菜々ちゃんも手伝って……何してんの!?」
「うるさかったから黙らしてる」
亡者にもよくやってきた事なので慣れている。カルマがグリップに対して行っていたことからヒントを得たのは言うまでもない。
この後、付喪神化している大釜の目にも芥子味噌を塗ろうとしたら唐瓜に止められた。
掃除が終わり、柚湯に亡者を入れてから、菜々は茄子の家に行くことになった。
今日は掃除が終わり次第、新卒は解散らしい。
昨日も掃除を唐瓜と一緒に手伝ったが、まだ終わっていないのだ。
「むしろ片付けって必要かな? どこに何を置いたのか覚えて入れば多少散らかっていても問題ないし、すぐに物を出しやすいじゃん」
「菜々ちゃんが来ても全然片付け終わらないから来なくてもいいんだけど」
「唐瓜君ひどくない!?」
そんなことを話しながら彼らは茄子の部屋に向かった。
結局はほとんど唐瓜一人で片付けることになった。
茄子はすぐ遊ぶし、菜々は上の空だ。
彼女に何があったのか気になったが、めんどくさくなりそうだったので、唐瓜は聞かなかった。
──もしよかったら、十王への新年の挨拶について来ます?
菜々は、亡者が大釜で煮られているのを見ている時、鬼灯に言われた言葉を脳内でリピートしていた。
十王という偉い人達への挨拶についていけるという喜びと、鬼灯に誘われたことへの喜びを彼女は噛み締めていた。
やはりと言うべきか、菜々の部屋は新年を越した後も散らかっていた。
*
正月が終わってしばらく経った頃。
菜々は停学になっていた。
この前巻き込まれた殺人事件の犯人を殴り飛ばしたら、たまたま椚ヶ丘中学校三年A組の成績優秀な生徒に当たり、受験前なのに全治一ヶ月の怪我を負わせてしまったからだ。
罰として、新学期が始まるまで停学、およびE組行きが決まったのである。
怪我をさせられた生徒には悪いことをしたが、普段からE組生徒や担当教員への侮蔑が酷いことで有名な相手だったので、菜々はあまり気にしていなかった。E組に行くための小細工をする手間が省けてラッキーだとまで思っていた。
彼女は停学を言い渡されて殊勝に反省するでもなく、これ幸いと日中も地獄に入り浸っている。
地獄に着くまでの間、ソラに「加藤菜々」とは似ても似つかない姿に化かしてもらい、閻魔殿の図書室へ来るのが彼女の日課となっていた。
しかし、元の世界に戻る方法は調べていない。どうせ探しても見つからないだろう。菜々が知りたいと思っている内容はEU地獄の禁書とかに書かれている気がする。
今の状況では確かめる事ができないので、菜々はこの事を保留にすることにしていた。
とにかく、毎日のように菜々は閻魔殿の図書室にいるので、鬼灯は彼女が図書室にいるだろうと容易に想像する事が出来た。
「これから、高天原ショッピングモールへ行くんですけど、ついてきます?」
図書室で「無」になりかけていた菜々に鬼灯が声をかけた。
「というか、どうしたんですか?」
目に光が宿っていない菜々に鬼灯が尋ねる。
「読むんじゃなかった……」
菜々が座っていた場所に置かれている本を見て、鬼灯は何があったのか理解した。
彼女は鬼卒道士も、ハリー・ポッターシリーズも、御伽草子も一通り読んでしまい、新しいジャンルに手を出してみた。
そして、オススメの本として、かちかち山と一緒に紹介されていた本を読んでみたことを後悔していた。
ここは地獄であることと、この図書室は基本大人しか使わないことを考えていれば、この本を読むことはなかっただろう。
「まあ、この本は未成年には刺激が強すぎるかもしれないですね」
そう言いながら、鬼灯は菜々が読んでいたマルキ・ド・サドの著書を手に取った。
マルキ・ド・サドの作品は一言で言うとヤバイ作品だ。
著者であるマルキ・ド・サドは、虐待と放蕩の廉で、刑務所と精神病院に入れられた人物だ。
そんな人物が書いた本はとにかくヤバかった。
「誰がこんな作品をオススメ作品にしたんですか……」
「私です」
「でしょうね」
ほんと、何でこの人のこと好きになったんだろう。
菜々は自問自答した。
「さっきの話、聞いてました?」
菜々が首を横に振ると、鬼灯は高天原ショッピングモールに一緒に行かないかと尋ねた。
「行きます!」
菜々は即答した。
彼女が今まで感じていた疑問は頭から吹き飛んだ。
「一度、桃源郷に住んでいる万年発情期野郎に一発かまします」
そう言って、鬼灯は極楽満月に向かった。
菜々が何かをメモしているようだったが、気にしないことにした。
鬼灯が持参した縄で白澤を転ばせ、なんだかんだあって、白澤とお香も高天原ショッピングモールに行くことになった。
鬼灯がお香にかんざしを買っている時、菜々の胸が少し痛んだ。
彼女は自分に、一緒に遭難した仲じゃないか、と言い聞かせた。
お香が見ていたかんざしを買って、プレゼントした鬼灯に対抗意識を持ったのか、白澤はお香に何か買おうとしていた。
「お香ちゃん、遠慮しないで! もっと高いの買ってあげる」
そう言って果物コーナーに向かう白澤。
メロンかドリアンかという選択肢が提示され、お香はドリアンを選んだ。
その頃、菜々は「鬼灯さんVS白澤さん」と表紙に書かれたノートを取り出した。
ちなみに、このノートに「しりあげ足とり一覧」があったりもする。
一方、鬼灯は白澤に買ってきた小説を渡す。
起こっていいのか!? 天国殺人事件。
表紙にはそう書かれており、推理小説だとすぐに分かる。
鬼灯が二巻を渡したため、余計に怒っている白澤を見ながら、菜々はその小説に興味を持った。
どうしてそんなに仲が悪いのかというお香の問いに、男には引っ込みのつかない戦いがあると答える鬼灯。
桃太郎から聞いたくだらない賭けの話を菜々がしている時、鬼灯と白澤は次々と困っている人を助ける金太郎を目撃した。
鬼灯は「起こっていいのか!? 天国殺人事件」の一巻を白澤に渡した。
金太郎を見て反省したと言っていたが、菜々はそうでないと見抜いた。
本に何か書き加えていたようだし、鬼灯がそんな理由で大人になるとは思えないからだ。
「今日は停戦しましょう。帰ります」
そう言い残して戻って行く鬼灯。
菜々は鬼灯について行き、お香も帰ることにしたので白澤は一人になった。
曲がり角を曲がった時、鬼灯は立ち止まった。
「私たちはまだ用事があるので先に帰っていてください」
そうお香に言うと、白澤を盗み見る。菜々も同じようにする。
お香はこれから起こることを察して帰って行った。
「しかたない。読んでや……」
白澤は鬼灯からもらった本を開いた瞬間黙った。
風神カゼノフブキノミコトという名前が丸で囲ってあり、「コイツが犯人」と書かれたふせんが横に貼ってある。
鬼灯が嫌がらせのためにあんなことをしたということを、白澤はすぐに理解できた。
「ちくしょう!」と叫んで白澤が本を投げたと同時に、彼がいるところから少し離れた曲がり角で、ノートのページをめくる音が聞こえた。
一通りの流れを「鬼灯さんVS白澤さん」と表紙に書かれたノートに書き終わった菜々は、自作した一覧表を取り出し、「鬼灯さんあだ名一覧」を開く。
思いつく限りの悪態をついている白澤が鬼灯のあだ名を言うたびに一覧表が埋まっていく。
しばらく、その場では菜々がメモをとる音だけが聞こえた。
白澤がブツブツ言いながら家に帰った後、鬼灯は菜々に話しかけた。
「今日、誕生日ですよね?」
「何で知っているんですか?」
倶生神から聞きました、と答える鬼灯を見て、自分のプライバシーが保護されていないことを菜々は知った。
思い返してみれば、地獄では己の身は己で守るのが鉄則なので、現世ほど法律が厳しくないと沙華が言っていた気がする。
人間は一生倶生神に観察されているわけだし、歴史上の偉人や、おとぎ話の英雄は本人に断りなく、主に現世で一生を書籍化や映像化されているのだ。
地獄では現世ほどプライバシーが保護されていないと考えて良いだろう。
まあ、そんな風だから菜々の一連の行動は法律違反になっていないのだが。
「誕生日プレゼントです。着物、その作業服しか持っていないでしょう?」
鬼灯は金魚草の柄のついた包装紙に包まれた物を差し出す。
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
どうぞ、と言われたので菜々は包装紙を開けてみる。
どうせこの人のことだから変なものなんだろうな、と思いながら。
「なぜ死装束?」
「鬼になったので着る機会がなくなったでしょう。記念にどうぞ」
悪気があるわけではないだろうが、好きな人から初めてもらったプレゼントが死装束ってどうなんだろう、と菜々は微妙な気持ちになった。
プレゼントをもらったが、お返しとかはいるだろうか、と菜々は考え込んでいた。
本来ならその人の誕生日にプレゼントを渡したりするものなのだろうが、鬼灯の誕生日はわかっていない。
菜々がウンウンうなりながら旧校舎がある山を歩いていると、資料を抱えたあぐりに声をかけられた。
今日は土曜日でE組生徒はいないので、菜々は山に入ってからはソラに別人に化かしてもらっていなかった。
また、私服なのでキャスケットもかぶっている。
「どうしたの? 悩みがあるなら聞こうか? 旧校舎まで来てもらわなくちゃならないけど」
菜々は旧校舎に行く意思を示し、あぐりの荷物を半分持った。また、ソラには席を外してもらうように頼んだ。
ソラに話を聞かれるのは恥ずかしい。
雪村あぐり。椚ヶ丘中学校三年E組の担任だ。
菜々は鬼になって閻魔殿のジムが利用できるようになる前は、旧校舎がある山でランニングをしていた。
その時にあぐりと出会ったのだ。
今では下の名前で呼び合ったり、電話番号を交換していたりするくらい仲良くなっていた。
もちろん菜々は彼女がもうすぐ死ぬことを、原作知識のおかげで知っている。
黒の組織のメンバーすら全員覚えておらず、「暗殺教室」と「名探偵コナン」の原作知識は登場人物の恋愛模様くらいしかない菜々だったが、あぐりほど重要なキャラクターのことは覚えていた。
死神との恋愛模様と、雪村あかりの姉である事くらいしか覚えていないが。
死ぬことを知っていても、菜々はあぐりを助けるつもりはなかった。
いつ死んだのか覚えていなし、死神が関わっていたのだろうとは思うが死んだ原因すら忘れている。
第一、自分は子供なので思い通りに動けないし、あぐりが死んで死神が殺せんせーとなり、三年E組に来ければ原作にあった出会いがなくなる。
殺せんせーが作った暗殺教室は様々な縁を作ったのだ。
それに、原作の流れを大きく変えて、地球が滅びても困る。
どうせ原作通りに行けば、殺せんせーとあぐりはあの世で会うことができるのだ。
あぐりを助けたとしてもその先幸せになれる保証はない。
また、死神の出身地が分からないのではっきりとは言えないが、今までしてきた事を考えると、彼が地獄行きになる可能性が高い。
それよりも殺せんせーとなり、一年間だけでも善業を積んで欲しいものだと菜々は考えている。
結果、何もしない事に決めているのだ。
そんなことを菜々が考えていると旧校舎についていた。
あぐりは本校舎から持ってきた教材を抱えている。
菜々が半分持っていなかったら、ここまで運んで来れなかっただろうと思えるほどたくさんの教材だ。
休日なので、旧校舎には誰もいなかった。
教材を教室に運んだ後、菜々は職員室に通された。
手頃な椅子を持ってきて二人で腰かける。
「どうしたの? 何でもいいから言ってみて」
「全然大したことじゃないんですけど、とある人に誕生日プレゼントもらったんです。どうすればいいと思います?」
「そういえば、菜々ちゃんの誕生日っていつ?」
「一月十九日です」
「それって昨日じゃん!」
そう言うと、あぐりは鞄を漁りだした。
「これ、ストラップ。急だったから包装とかしてないけど……」
そう言ってストラップを渡してくる。
「私の愛用ブランド、Rotten Mantenの商品よ」
菜々に渡されたストラップは、溶けかけた「6」の丸の中にはなまるが書かれた、なんとも言えないものだった。
あぐり曰く、Rotten Mantenのロゴらしい。
鬼灯と同じで悪気はないだろうと思った菜々は、お礼を言ってもらった。
「それで、誕生日プレゼントをもらったからどうすればいいか、だっけ? 一度お礼を言って、その人の誕生日に何かプレゼントしてみたら?」
「その人の誕生日、わからないんですよ」
誕生日プレゼントをもらい、どうすればいいのか悩むということは、その相手との関係は友達ではないし、そこまで親しくもないと言う事。
また、変なことをして嫌われたくないという思いも感じられる。
「もしかして、誕生日プレゼントをくれたのって、菜々ちゃんの好きな人?」
あぐりは目を輝かせて尋ねた。
しばらく固まっていたが、小さくうなずいた菜々を見て、あぐりは嬉しくなった。
生徒に恋愛相談をされるほど仲良くなれた、と。
「じゃあ、思い切って誕生日を聞いてみたら? もっとその人と仲良くなれるかもしれないよ」
菜々は一瞬困ったような顔をして言った。
「その人、孤児で誕生日がわかってないんです」
鬼灯から、生い立ちを触れてもらっても構わないと言われていたので、菜々は正直に言った。
「私の好きな人の誕生日もわかってないのよ」
あぐりは話し始めた。菜々にはそれが誰のことなのか分かった。
「私は、その人と会った日に誕生日プレゼントを送ろうと思ってるの。菜々ちゃんもそうしてみたら?」
「私がその人と出会ったのって春休みなんですよ」
「かなり時間が空いちゃうか。じゃあ、バレンタインにチョコと一緒に何かしらのプレゼントを渡してみたら? あくまでお礼ってことで告白はしなくていいけど、意識してもらえるんじゃない?」
「そうします」
意識してはもらえないだろうが、お礼をすることは出来るだろう。何より、チョコを渡す良い言い訳ができた。
授業の準備もあるようだし、もうそろそろ帰ろうかと思っていた時、菜々は目をキラキラさせたあぐりに引き止められた。
「菜々ちゃんの好きな人ってどんな人?」
もうすぐ彼女が鬼灯に会うであろうことを知っている菜々は誤魔化そうとしたが、最終的に特徴を言わされた。
*
二月に入った頃。停学を食らっている菜々は地獄で巻物を運んでいた。
基本的に一緒に行動している唐瓜と茄子も同じように巻物を抱えている。
先輩獄卒と節分とバレンタインの話をしていると、鬼灯が来た。
職場内のチョコレートは賄賂の可能性があるため、基本的に禁止だと知って菜々は落ち込んだ。
「もう、チョコ作っちゃったんですけど」
この前、三池や桜子と一緒に作ったのだ。また、鬼灯にチョコと一緒に渡すプレゼントも手に入れた。
菜々の言葉に、チョコをもらえるかもしれないという期待を込める唐瓜。
本命でなく、友チョコだろうがもらえるのなら嬉しいのだろう。
「そのチョコ頂戴!」
「唐瓜君や茄子君にお礼としてあげるつもりで作ったんだけど、禁止されてるなら渡せないかな?」
茄子に言われたが、禁止されているのに渡すべきかどうか悩む菜々。
唐瓜と茄子がチョコをもらう予定だったと知り、裏切り者を見るような目で彼らを見てから先輩獄卒達は去っていった。
鬼灯は自動販売機で飲み物を買っていた。
「なんでそんな物買ってるんですか? というかなんで売ってるんですか?」
菜々は鬼灯が買った「スープシリーズ ラーメンつゆ」と書かれた缶を見て突っ込んだ。
地獄では現世では考えられないようなものが売っているが、閻魔殿の自動販売機に売っている飲み物は特に変わったものが多い。
牛の目がゆで卵感覚で売っていたりする地獄だが、これは鬼でも飲まないんじゃないか、と思うようなものが閻魔殿の自動販売機には多くある。
そのため、菜々の一覧表にはもちろん「閻魔殿に売っている謎の飲みもの一覧」というものがあったりする。
「私が手配しているからです」
鬼灯の答えは菜々の予想通りだった。
いまだに八寒地獄で遭難した時しか、彼がまともな飲み物を飲んでいるところを見たことがなかったからだ。
菜々は、自作の一覧表にある「閻魔殿に売っている謎の飲みもの一覧」にチェックを入れた。
この一覧に書いてある飲みものを、鬼灯が飲んでいるところを確認したら、チェックを入れていくのもいいかもしれないと思ったからだ。
多分、この一覧に書いてある飲みものは鬼灯しか飲まないだろう。
菜々は鬼になった今でも、飲むのをためらってしまうものが多い。
その後、バレンタインにイベントをすることが決まった。
鬼灯の提案なのでろくなことではないだろうが、面白そうだ、と菜々は不安と期待を感じた。
バレンタイン当日。
閻魔殿ではカカオ撒き大会が行われていた。
獄卒が動き回り、カカオ豆が飛び交っているため、騒がしい。
菜々はここぞとばかりに亡者にカカオ豆をぶつけていた。
ボール=人にぶつけるという本能がある菜々が投げた、球状のカカオは百発百中だった。
しかも、亡者にしか当たらない。
ジムでボールを投げた時も閻魔にしか当たらなかったことを考えると、当てる対象をある程度はコントロールできるらしい。
この様子では鬼灯にチョコを渡せないだろうと菜々が諦めかけていた時、イワ姫が来た。
彼女が鬼灯にチョコを渡したことをきっかけに、女性獄卒達が閻魔の机に持って来ていたチョコを投げ始めた。
お賽銭のようにチョコを投げて渡される鬼灯を見て、男性獄卒達の気持ちは一つになった。
鬼灯様、そりゃないよ、と。
そのどさくさに紛れて、菜々は唐瓜と茄子にチョコを渡すことに成功した。
大量のチョコを抱えている鬼灯を盗み見てみる。
あとで渡そう、と菜々は決めた。
これはあくまでこの間のお礼。賄賂でもなければ、特別な意味があるわけでもない。
菜々はそう、自分に言い聞かせていた。今は元物置小屋である、閻魔殿の自室にいる。
初めは、チョコを渡すためにシロ達から聞いて鬼灯の部屋の前に行ったのだが、女性獄卒達がたくさんいたので引き返した。
今、鬼灯はデスクワークをしていたが、女性が群がっている。
すぐに渡せそうになかったので、カカオ撒きが終わってから、菜々は烏頭や蓬、お香などの知り合いにチョコを渡しに行った。
倶生神にはかなり迷ったが、小さなチョコを一つ渡した。彼らにとっては充分大きい。
今までそんなことはなかったのに、どういう風の吹きまわしだと聞かれなかったのはありがたかった。
この前、三池や桜子に質問責めにされたからだ。
ただし、倶生神だけでなくソラもだが、何も聞かない代わりに、やけに生暖かい目で見てきた。
一通りチョコを配り終わってから確認してみたが、鬼灯はまだ忙しそうだ。
チョコを渡せる雰囲気ではないことは確かなので、いったん、菜々は自室に芥子からチョコの代わりにもらった芥子味噌を置きに行った。
拷問に使ってください、とのことだ。
閻魔殿の自室でしばらく考えてみたが、今日中に直接チョコを渡すのは無理だろう。
ずっと待っていると遅くなってしまいそうだったので、菜々はチョコを置いておくことにした。
しかし、鬼灯の机や自室の前にこっそり置いておくと、「鬼灯様ファンクラブ」の過激派の獄卒達に見つかって処分される可能性が高い。
菜々は、鬼灯だけが気づくようなところにチョコを置いておくことにした。
あんな性格なのになんでファンクラブなんてあるんだ? みんな本性を知らないのか。
と、失礼なことを考えながら彼女は、現世の不思議グッズから呪法に使われたものまで収納してある部屋に向かった。
この部屋は鬼灯の趣味で集めているものがほとんどであり、彼以外は滅多に入らない。
ここなら鬼灯以外、気がつかないだろうと思った菜々はその部屋に入った。
壱──参という札がある部屋に入り、丑の刻参りセレクションの一角に、ラッピングされたチョコとプレゼントを置き、簡単なメモを添える。
手作りじゃないから重くない、と自分に言い聞かせながら彼女は部屋を出た。
『ちゃんと渡せた?』
次の日、授業が終わってすぐ、あぐりが菜々に電話をかけて来て尋ねた。
「停学中の生徒が出かけていたのに、とがめないんですか?」
菜々はそう言いつつ、ちゃんと渡しました、と律儀に報告した。
『プレゼントってどんなの渡したの?』
「そこらへんの木に打ちつけてあった藁人形です」
そう返すと、驚いたあぐりの声が聞こえる。
「その人、そういうの集めるのが好きなんですよ。後、藁人形はあぐり先生のチョイスほど悪くないと思います」
その後、菜々がもらったプレゼントというのは死装束だと伝えると、あぐりは納得した。
世界屈指の犯罪都市である米花町では悪意の一つや二つ、探せば見つけられる。
藁人形を見かけることなんて、米花町ではよくあることなのだ。