トリップ先のあれやこれ
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月日は流れ、菜々は小学四年生になっていた。
霊感に目覚めるのは寿命まじかに良くあることだと「鬼灯の冷徹」で言われていたが、彼女はまだ生きている。
トリップしてから少し経ちその事に安堵していた時、この世界は「暗殺教室」の世界でもあると気がついた。
子役である磨瀬榛名や、椚ヶ丘中学校の存在を知ったのが主な理由だ。
言われてみれば、日本人なのに地毛が水色やピンク、赤などのありえない色をした人間を何度か見たことがある。
また、磨瀬榛名と菜々は同年代だった。つまり、その気になれば椚ヶ丘中学校三年E組に入って暗殺の技術を身に付けることができる。
二日に一回事件が起こる米花町に住んでいる以上、身を守る術を多くつけておくことに越したことはない。
勉強机に座った菜々は今までの事に想いを馳せながらぼんやりと窓の外を眺めていた。
彼女の家があるのは住宅街なので特に珍しいのもは見えない。子供達が道路で遊んでいる様子が見えるだけだ。
どこでも目にする日常。菜々はその日常を体験した事がなかった。
元の世界に戻る時、この世界の人に情が移りすぎると困る。わざと嫌われるようにと本来のものよりも高い精神年齢を隠していないため、不気味がられるから誰とも仲良くなってなくて当然。
そんな風に心の中で言っているが、要するにぼっちなだけだ。
もうすぐクリスマスだが、当然予定はない。
菜々は窓から目を逸らし、机の上に座っている倶生神達に目を向ける。
今日も彼らに勉強を教わっている。と言っても教えるのは同生で、同名は雑用をしたり同生をなだめたりしている。
同生がなだめられているのは彼女の授業がスパルタだからだ。
ムラっ気もあるし飽きっぽいものの、自分に被害が及ぶ可能性がある場合のみ根気強くなる菜々ですら何度も根を上げそうになった。
そんな様子を見て、同名は同生の夢を菜々に教えた。
彼女は教師になりたかったが、倶生神は人間の一生の記録をしなければならないという暗黙のルールのせいで教員免許は取ったものの就職先が見つからず、記録課に入ったらしい。
その話を聞いてから、菜々は真面目に勉強に取り組んでいた。
「河童などの複数いる妖怪にはそれぞれ名前があるのよ」
「その話、十回くらい聞きましたよ」
菜々から「同生のパシリ」認定されている同名が、菜々が解いたテストの丸つけをさせられている今は休憩中だ。
やがて、同名の丸をつける音が聞こえなくなり、菜々の目の前に解答用紙が突き出される。
「いくつか漢字を間違えてたよ」
見てみると十六小地獄の名前をいくつか間違えている。
難しすぎる漢字を使っているのが悪い、と心の中で悪態をつきながら間違えた問題を確認している菜々の目は赤ペンで書かれた文字を映した。僕ら倶生神も複数いるよ。
彼女は同生が同じ話を繰り返している意味がやっと分かった。
同名に目をやると、口に立てた人差し指をあてている。
「そういえば同生さんの名前は何ですか?」
同生は沙華、同名は天蓋という名前らしい。
菜々がようやく名前を尋ねてくれたので同生──沙華の機嫌は良くなった。
よって、いつもなら真面目に答えてくれないような質問にも答えてくれた。
「ぶっちゃけ、閻魔大王よりも第一補佐官の鬼灯さんの方が実権握ってるんじゃないですか?」
菜々はトリップする前は鬼灯のことを様付けで呼んでいたが、さすがに少し会っただけという設定の人を様付けで呼ぶのは倶生神の手前どうかと思い、さん付けにしていた。
菜々の問いに沙華はしぶしぶ頷いた。
「なんでそう思ったの?」
天蓋は顔を引きつらせて尋ねた。実際、菜々の言う通りだと思っているのだろう。
「呼び方です。閻魔大王は様付けじゃないのに、鬼灯さんは様付けで呼ばれてるじゃないですか」
そんなことを話していた日、菜々は両親にクリスマスに外食に行くと告げられた。
*
米花町にある店に外食に行くと聞いた時、菜々は嫌な予感がしたがとりあえず楽しむことにした。
菜々は店に着いた途端、クリスマスを祝うための外食なのになんで中華料理屋なんだ、と突っ込みたくなったがぐっと堪える。連れてきてもらった手前、文句を言うのは憚られるし、他人の金で食べるものは何でも好きだ。
聞いた話によるとこの中華料理屋は一階は店で、二階と三階は店長の家族の生活場所になっているらしい。
建物は塀に囲まれていて、出入り口から見て右側に小さな庭と裏門がある。
雪が積もっているせいで外が寒かったため、暖房が良く効いている店内に入った菜々はジワジワと体が温まっていくのを感じた。
店の中はけっこう豪華だった。赤を基調とした大広間に、回転テーブルがいくつか置いてある。また、壁に龍の絵が飾ってあり、高価そうな骨董品が壁際に飾ってある。「防犯カメラ作動中」と書かれた貼り紙が店内の雰囲気から浮いていた。
どうやら繁盛しているようで、テーブルがほとんど埋まっている。
店員の説明によると、回転テーブルがいくつか置いてあるこの部屋を進むと個室がいくつかあるらしい。
菜々たちが回転テーブルの一つについてしばらく経ち、料理が来た頃に何人かの客が入ってきた。
そのうちの一人の男が菜々の父親に気がつき、挨拶をした。男は七三分けの茶髪でメガネをかけている。彼らの会話からその男が父親の知り合いだと察する。
彼もテーブルの数の関係で菜々達と一緒のテーブルにつくこととなった。
気になることがあったので、彼への挨拶は簡単に済ませて、父の知り合いと同じタイミングで入ってきた夫婦を凝視する。夫のほうは二日に一度殺人事件を解決している男。妻のほうは伝説の女優。
この店で殺人事件が起こることを菜々は悟った。
菜々の父親の知人であり、YASASHISA SEIMEIの次期社長である亜久妙隆と食事を始めてけっこう経った。
猿脳という猿の脳みその料理を菜々が頬張っている時、耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。
すぐさま優作が悲鳴が聞こえた方向に走っていく。
彼が的確な指示を出したおかげですぐに警察が呼ばれた。
この店には個室がいくつか存在する。
個室に料理を届けに行った店員が遺体と、その側に佇む男を発見したらしい。
その個室はもともと物置として使われていたがほとんど物がなかったため真ん中で区切り、片方を店の個室としてもう片方を物置として使われていた。部屋の両端に扉があったため、出入りに問題はない。
物置といっても最近、しまわれていた壺や絵を店内に飾ったため物はほとんどなかった。
遺体の側に佇んでいた男はトイレから帰ってきた瞬間、カーテンの向こう側にいた犯人が発砲したと証言した。
また、犯人が発砲したと思われる部屋の掃除をしていた店員が気絶しており、意識を取り戻してすぐ「銃を撃つ人影を見た」と証言した。
確認したところカーテンには焦げた跡があり、客がいなかった現場の隣の部屋から犯人が発砲したことが証明された。
そんな内容を刑事に説明している優作を眺めながら、今回は土下座しなくても良さそうだな、と菜々は考えていた。
彼女は藍木が死んでから週に一回のペースで事件に巻き込まれていた。
事件といっても殺人事件だけではなく、指名手配犯を目撃したり、人質にされたりしたときもある。
殺人事件の被害者の亡者の大半は「自分を殺した奴が捕まるのを見届けるまであの世に行かない」というようなことを言い張った。
菜々は推理力を少しでもつけるために、江戸川乱歩全集やシャーロックホームズシリーズ、アガサクリスティの著書など、思いつく限りの推理小説を読みあさっていたが、そんなことで推理力がつくわけがない。
もちろん、優作や新一などの例は除く。
とにかく、亡者をあの世へ送るためには事件を解かなければならなかった。
こんな話を聞くと、倶生神にお迎え課に連絡してもらって後のことは全て任せればいいと思うだろうが、菜々にはそれができなかった。
地獄に恩を売るためには自力で亡者を説得しておいた方がいいはずだ。
それに、そんなことをしても事件はすぐに解決できない。
日本の警察は優秀なので事件は解決されるだろうが、被害が多くなる前に食い止めたい。
重要な手がかりを知ることが出来るのだからできる限りのことはしたい、と菜々は思っていた。
初めは土下座することに抵抗があったが、連続殺人事件の時に一度土下座をしてから彼女はいろいろと吹っ切れた。
いくらあの世が存在すると言っても残された人たちは悲しむし、被害者が転生してしまったら二度と会えない。
まだ殺されない未成年のうちに事件を解決して新一と関わる可能性を上げ、準レギュラー以上になっておけば殺されないという算段もあったりするが。
そんな理由で事件をすぐに解決するために事件に巻き込まれるたびに土下座をしてきた菜々は土下座がうまくなっていた。
また、顔見知りの刑事も増えた。
「あなたが殺害現場を目撃した山岸昭博さんですね?」
現場に来た刑事である目暮が尋ねる。
この人が事件現場に来る確率高いな、と菜々は思っていた。
ほぼ毎回東京で殺人事件が起こった時に来る刑事は目暮だ。もっと他に刑事はいるはずなのに。コナン七不思議の一つだと菜々は思っている。
「はい。僕がトイレから帰って来た時発砲音がして、社長が倒れました。僕は思わず社長を抱き起こそうと……」
「なぜあなたは犯人を追おうとしなかったんですか?」
「相手は拳銃を持っているようだったし、社長が死んだとは思わなかったのでまずは介抱しようと」
そんなやりとりに口を挟んだ人物がいた。
「嘘つけ。俺が撃たれた時お前はいなかったぞ。お前が犯人だろう」
亡者となった、被害者である新倉健輔だ。
首根っこを掴んで、彼を人気のない廊下まで引っ張っていき、菜々はいつも通り話してみた。
「死後の裁判があるのであの世に行ってください」
初めは菜々に自分が見えていることに驚く新倉だったがすぐに拒否した。
「山岸の今後ははっきり言ってどうでもいい。俺は行きたい場所がたくさんある。女湯とか」
そう言った瞬間、新倉はうずくまった。
新倉がうずくまったのは菜々が藍木に教えられた技、玉宝粉砕を使ったからだ。
ただキン◯マを思い切り蹴るだけだがかなり効く。
男性からしたら恐ろしい技だが、女である菜々は恐ろしさを知らないので躊躇なく使う。
新倉がうずくまった隙に菜々はリュックに入れてあった縄で彼をすばやく縛り上げた。
このリュックはかなり大きい。証拠品を見つからないように回収するときは役立つ。
しかし、今回は菜々が動かなくても優作がいるため、被害が広がる前に事件は解決するだろう。
沙華が呼んだお迎え課が到着するまで、菜々は彼をトイレの掃除道具入れにでも入れておくことにした。お迎え課の獄卒が到着するまで三十分ほどかかるらしい。
天蓋はいまだに痛がっている新倉を見て青い顔をしていた。彼は新倉に心から同情していた。
菜々が大広間に戻ると刑事や優作はいなくなっていた。
とりあえず有希子にサインをもらい、あたりを見渡してみる。
亜久妙隆の自慢話を聞かされそうだったので両親の元には戻らないことにしたのだ。
食事中散々聞かされていたのだから、今は逃げても問題ないだろう。
菜々は見覚えのある子供を見つけた。小学一年生くらいだろう。ツインテールで猫目の可愛い女の子だ。
しばらく考えてやっと思い出した。三池苗子。名探偵コナンに出てくる婦警だ。
確か彼女は千葉のことが好きだったはずだ。
暗殺教室にも千葉が出てきたような気がする。ややこしい。
そんなことを考えながら菜々は三池に近づいていった。
未来の警察関係者とコネを作りたいという思いや、ただ単に興味があるという思いで菜々は三池に声をかけた。
しかし一番の理由は仲良くなりたかったからだ。元の世界に戻る方法が見つかるまでは波風を立てないように過ごしたい菜々にとって、「脱ぼっち」は重要だった。ぼっちだと下手に目立ったりいじめの対象になったりするのだ。
三池と話しているうちに、彼女は家族で店に来たと分かった。
その頃、「なんで帰れないんだ」という声が上がってきたこともあり、店内は騒がしくなってきた。
有希子が客をなだめている時、菜々と三池はすっかり打ち解けていた。
トリップ前もトリップ後もぼっち人生を満喫していた菜々が打ち解けられたのは三池の性格が良かったからだろう。
打算で声をかけたことを菜々は心の中で謝った。
「クリスマスなのになんで中華料理屋さんなんだろうね」
「洋食屋さんは予約でいっぱいだったんじゃない?」
そんなことを話していると何人かの刑事と優作、山岸が戻ってきた。
山岸は今まで個室で取り調べを受けていたのだろう。
菜々は違和感を感じた。山岸の歩き方が少しおかしい気がする。
「犯人は外に逃げたんだろ? なんで帰っちゃいけないんだ」
亜久妙隆が文句を言った。彼につられて他の客たちも文句を言いはじめる。
「犯人が外に逃げたと言われているのは犯人が居たと思われる部屋の窓が開いていて、そこから足跡が続いていたからですよね?」
優作が説明し始めたのを見て菜々は疑問に思った。ここは刑事が説明するところではないだろうか。
今まで文句を言っていた客たちは口をつぐんだ。
「窓の真下はコンクリートだったので飛び降りた跡は付いていませんでしたが、その先から足跡が始まっているし、窓が開いたままになっている。また、いろいろな品が雪の上に散らばっていました。コートや帽子。手袋に拳銃。コートや帽子は気絶させられていた店員さんの証言に一致しました。一瞬犯人を見たそうです。犯人が犯行当時、身につけていたもので間違いないでしょう」
犯人の遺留品には指紋などの手がかりは残されてなかった。
「ここまで聞くと犯人は外に逃げたように思えますが、それだといくつか矛盾が生じます。一つ目は足跡が残っていたことです。建物の周りはコンクリート敷になっている。そこをつたっていけば裏門に続いている石段があります。石段があるのは犯人が飛び降りたと思われる場所から一メートルほど進んだ場所でした。たいした手間ではないはずなのになぜ石段を通らなかったのか」
犯人は足跡をわざと見せたことになる。外部犯に見せかけた内部犯だろうか。いつもの癖で菜々は考え込んだ。
「二つ目の矛盾は証拠品が落ちていたことです。いくら手がかりを残さないようにしたとしても、現場から離れた場所で始末したいと思うのが自然ではないでしょうか。第三の矛盾は裏門がしまっていたことです。内側から掛け金を掛けられたままになっていました」
「犯人は裏門を乗り越えたんじゃないか? 塀よりも門の方が低くて乗り越しやすいからな」
「それが第四の矛盾ですよ」
優作は尋ねてきた目暮に返す。
内容を知らされていないのによく今まで口を挟まなかったな、と菜々は思った。それだけ優作のことを信頼しているのだろう。
「裏門に乗り越した痕はありませんでした」
「じゃあ、門から出た後になんらかの方法で内側に掛け金を掛けたんだろう」
客の一人が反論するが、「あれだけ証拠を残しているのだから、そんなことをする必要がない」と返された。
つまり、犯人はこの中にいます。優作がそう言い放った途端に店内が騒がしくなる。
「山岸さん。あなたは取り調べの時、社長と一緒に店に来たと言いましたよね? 店員さんに確認したところ、新倉さんが到着して少し経ってから店に着いたと聞きました」
山岸は優作の鋭くなっている目を見て青ざめた。
「少し遅れただけなのでわざわざ言う必要はないかと……」
おそらくそのような事情聴取は菜々が新倉をトイレの掃除用具入れに押し込んでいるときに行われたのだろう。
「あなたの行動はこうだ。前もって足跡を雪につけておき、足跡をつけるために履いた靴を隠してから、なに食わぬ顔で新倉さんが待っている個室に入る。しばらくしたらトイレに行くと嘘をつき、用意しておいた服を着てカーテンの向こう側に回り込んだ。その時、掃除をしていた店員さんを気絶させた。彼は掃除定期的に掃除をしているそうですね。あなたはそれを知っていて犯行におよんだ。犯人の目撃者を作るためにね。その後、窓から着ていたコートや帽子、拳銃と手袋を捨て、現場に戻った。違いますか?」
「証拠はありますか?」
山岸は恐怖に顔を引きつらせながら尋ねる。
「あなたが足跡を残すために使った靴です。今、刑事さんたちに探してもらっています。あなたが犯行後、一歩も店から出ていないことを考えると、店のどこかに隠してあるんじゃないですか?」
事件は解決されたかのように思われた。
「どこにもありません!」
そんな時、血相を変えた刑事が大広間に飛び込んできた。
菜々には思い当たる節があった。
「正直に話した方がいいよ」
天蓋に勧められ、菜々はおずおずと前に出た。
「その靴、私が持ってます」
刑事の目が点になった。
二十分前。菜々は捕まえた新倉を男子トイレと女子トイレ、どっちの掃除道具入れにしまうか考えていた。
「どっちがいいと思います?」
倶生神に尋ねてみる。
新倉は男性だが、菜々は彼をしまうために男子トイレに入るのが嫌だった。
しかし、沙華に説得され、結局男子トイレにしまうこととなった。
「なんか箱が邪魔なんですけど」
新倉を掃除道具入れに押し込もうとしたが、箱が邪魔で入らなかった。
トイレ掃除道具入れにある謎の箱を触るのは嫌だったが、ぐずぐずしていると沙華に怒られるので菜々はおそるおそる箱に触れた。
新倉を押し込み、興味が湧いたので出した箱を観察する。
ダンボール製だ。蓋を開けてみると靴が入っていた。
今まで事件に巻き込まれた時に身につけた勘で、重要なものだと分かったので菜々はリュックにしまった。
「どこにあったのかな?」
「男子トイレの掃除用具入れの中です」
なんで菜々が男子トイレにいたのか刑事は聞かないことにした。誰にでも聞かれたくないことはある。
「それがなんだって言うんだ!」
山岸が怒鳴った。靴が見つかっても持ち主が分かるはずがないと思っているのだろう。
「足、怪我してるんじゃないですか?」
菜々の問いに山岸は固まった。ずっと歩き方がおかしいと思っていたのだ。
「もしも血が靴についていたらDNA鑑定ができますね」
刑事の言葉に山岸はがっくりとうなだれ、語り始めた。
「脅されていたんだ。あいつにいくらむしり取られたことか……。もう限界だった。だから殺した。それだけだ」
その後、彼が話した内容によると、彼はこの店の常連だったらしい。そのため、物置部屋のことを知っていたし、店長の家族が出かけているから足跡をつけるところを目撃されないだろうと思っていたようだ。
足の怪我は、先週ガラスを踏んだ時に負ったもの。雪で濡れた靴下を履き替えようとした時、貼っていた絆創膏が剥がれてしまったらしい。
また、店内に設置されていた防犯カメラに、彼が箱を抱えてトイレに向かう様子が映っていた。
事件が解決し山岸が刑事に連れていかれ、菜々が優作にサインをもらったり、三池とまた遊ぶ約束をしているうちにお迎え課の鬼たちが到着した。
「ここにサインしてください」
人気がない廊下で、菜々はいつも持ち歩いているノートの一点を指差した。
ノートに書かれている内容は新倉健輔の大まかな記録と、彼女が彼を足止めしていたと言う内容だった。
鬼たちは何も尋ねず、サインをした。
お迎え課では、捕まえたりあの世へ送り届けた亡者の記録をとっている女の子がいるという話は有名だからだ。
なんでも、霊感があっても普通は見えないはずの倶生神が見えているらしい。
裁判で減刑してもらうのが目的らしいというのがもっぱらの噂だ。
獄卒になりたい理由と裁判の時に獄卒に推薦してほしいことを簡単に伝え、「加藤菜々に清き一票を」といつも通りの挨拶で鬼たちを見送った菜々は家族の元に戻った。
次の日。中華料理屋で起こった殺人事件が新聞の一面になっていた。
「またもや黄金神事件による悲劇」という見出しが目に留まり、菜々は読んでみた。
十三年前に起こった黄金神事件。一人の大富豪が開いた宗教、黄金神教が元になった事件である。
黄金神教とは、黄金神という神に祈りを捧げ、山の中で信者たちが集団生活を送って精神を高めるという教えだ。
それらの事は信教の自由の範疇とされていたが、しばらく経って信者が「殉教」の名のもと、次々と自殺をしていることが判明。マスコミに取り上げられて社会問題となり、警察が介入することになった。
やがて、孤児院から引き取った子供達を「生贄」として殺害していたこと、幹部たちが法外な寄付金を使って贅沢な暮らしをしていたことが判明した。
それからと言うもの、黄金神教に関わっていたというだけで世間体が悪くなり、就職が難しくなるなどの問題が起こった。
山岸は新倉に昔、黄金神教の信者だったことを知られて脅されていたため犯行におよんだ。
そのようなことが書かれていた。
部堂道場からの帰り道、菜々は阿笠から修理してもらったターボエンジン付き自転車を受け取った。
部堂道場に入った本来の目的の「阿笠博士と仲良くなって道具を無料で作ってもらう」事は達成出来ていた。今では家族ぐるみで付き合いがある。
昨日、三池のことをすぐに思い出させなかった時から気づいていたが、原作知識がだんだん薄れてきている。
本当はトリップしたと分かってすぐに記録を残したがったが、倶生神の目があって出来なかった。
どうしよう。まあ何とかなるだろう。と楽観的に考えていると買い物から帰ってきた工藤夫妻とばったり出会い、家に招かれた。
前回の事件で目暮に話を聞き、興味を持たれたらしい。
優作たちとは良好な関係を築きたかった菜々はおじゃますることにした。
「私、米花町が呪われていると思うんです」
出してもらった紅茶を飲みながら、菜々は工藤夫婦と世間話に花を咲かせていた。
「二日に一回事件が起きてるし。週一で殺人事件に巻き込まれるのが嫌だったんで何度かお祓いしてもらおうとしたんですけど、米花町に住んでいるって言った途端うちでは無理だって追い返されるんですよ」
優作と有希子は笑い飛ばしていたが、米花町の事件発生率は異常だと菜々は未だに思っていた。
よくよく考えてみれば、米花町で起こった事件のほとんどに優作が関わっていたような気がする。
本当に呪われているのは米花町ではなくて優作ではないかと菜々は思った。
これから、週に一度事件現場で優作に会うようになることを菜々はまだ知らない。
霊感に目覚めるのは寿命まじかに良くあることだと「鬼灯の冷徹」で言われていたが、彼女はまだ生きている。
トリップしてから少し経ちその事に安堵していた時、この世界は「暗殺教室」の世界でもあると気がついた。
子役である磨瀬榛名や、椚ヶ丘中学校の存在を知ったのが主な理由だ。
言われてみれば、日本人なのに地毛が水色やピンク、赤などのありえない色をした人間を何度か見たことがある。
また、磨瀬榛名と菜々は同年代だった。つまり、その気になれば椚ヶ丘中学校三年E組に入って暗殺の技術を身に付けることができる。
二日に一回事件が起こる米花町に住んでいる以上、身を守る術を多くつけておくことに越したことはない。
勉強机に座った菜々は今までの事に想いを馳せながらぼんやりと窓の外を眺めていた。
彼女の家があるのは住宅街なので特に珍しいのもは見えない。子供達が道路で遊んでいる様子が見えるだけだ。
どこでも目にする日常。菜々はその日常を体験した事がなかった。
元の世界に戻る時、この世界の人に情が移りすぎると困る。わざと嫌われるようにと本来のものよりも高い精神年齢を隠していないため、不気味がられるから誰とも仲良くなってなくて当然。
そんな風に心の中で言っているが、要するにぼっちなだけだ。
もうすぐクリスマスだが、当然予定はない。
菜々は窓から目を逸らし、机の上に座っている倶生神達に目を向ける。
今日も彼らに勉強を教わっている。と言っても教えるのは同生で、同名は雑用をしたり同生をなだめたりしている。
同生がなだめられているのは彼女の授業がスパルタだからだ。
ムラっ気もあるし飽きっぽいものの、自分に被害が及ぶ可能性がある場合のみ根気強くなる菜々ですら何度も根を上げそうになった。
そんな様子を見て、同名は同生の夢を菜々に教えた。
彼女は教師になりたかったが、倶生神は人間の一生の記録をしなければならないという暗黙のルールのせいで教員免許は取ったものの就職先が見つからず、記録課に入ったらしい。
その話を聞いてから、菜々は真面目に勉強に取り組んでいた。
「河童などの複数いる妖怪にはそれぞれ名前があるのよ」
「その話、十回くらい聞きましたよ」
菜々から「同生のパシリ」認定されている同名が、菜々が解いたテストの丸つけをさせられている今は休憩中だ。
やがて、同名の丸をつける音が聞こえなくなり、菜々の目の前に解答用紙が突き出される。
「いくつか漢字を間違えてたよ」
見てみると十六小地獄の名前をいくつか間違えている。
難しすぎる漢字を使っているのが悪い、と心の中で悪態をつきながら間違えた問題を確認している菜々の目は赤ペンで書かれた文字を映した。僕ら倶生神も複数いるよ。
彼女は同生が同じ話を繰り返している意味がやっと分かった。
同名に目をやると、口に立てた人差し指をあてている。
「そういえば同生さんの名前は何ですか?」
同生は沙華、同名は天蓋という名前らしい。
菜々がようやく名前を尋ねてくれたので同生──沙華の機嫌は良くなった。
よって、いつもなら真面目に答えてくれないような質問にも答えてくれた。
「ぶっちゃけ、閻魔大王よりも第一補佐官の鬼灯さんの方が実権握ってるんじゃないですか?」
菜々はトリップする前は鬼灯のことを様付けで呼んでいたが、さすがに少し会っただけという設定の人を様付けで呼ぶのは倶生神の手前どうかと思い、さん付けにしていた。
菜々の問いに沙華はしぶしぶ頷いた。
「なんでそう思ったの?」
天蓋は顔を引きつらせて尋ねた。実際、菜々の言う通りだと思っているのだろう。
「呼び方です。閻魔大王は様付けじゃないのに、鬼灯さんは様付けで呼ばれてるじゃないですか」
そんなことを話していた日、菜々は両親にクリスマスに外食に行くと告げられた。
*
米花町にある店に外食に行くと聞いた時、菜々は嫌な予感がしたがとりあえず楽しむことにした。
菜々は店に着いた途端、クリスマスを祝うための外食なのになんで中華料理屋なんだ、と突っ込みたくなったがぐっと堪える。連れてきてもらった手前、文句を言うのは憚られるし、他人の金で食べるものは何でも好きだ。
聞いた話によるとこの中華料理屋は一階は店で、二階と三階は店長の家族の生活場所になっているらしい。
建物は塀に囲まれていて、出入り口から見て右側に小さな庭と裏門がある。
雪が積もっているせいで外が寒かったため、暖房が良く効いている店内に入った菜々はジワジワと体が温まっていくのを感じた。
店の中はけっこう豪華だった。赤を基調とした大広間に、回転テーブルがいくつか置いてある。また、壁に龍の絵が飾ってあり、高価そうな骨董品が壁際に飾ってある。「防犯カメラ作動中」と書かれた貼り紙が店内の雰囲気から浮いていた。
どうやら繁盛しているようで、テーブルがほとんど埋まっている。
店員の説明によると、回転テーブルがいくつか置いてあるこの部屋を進むと個室がいくつかあるらしい。
菜々たちが回転テーブルの一つについてしばらく経ち、料理が来た頃に何人かの客が入ってきた。
そのうちの一人の男が菜々の父親に気がつき、挨拶をした。男は七三分けの茶髪でメガネをかけている。彼らの会話からその男が父親の知り合いだと察する。
彼もテーブルの数の関係で菜々達と一緒のテーブルにつくこととなった。
気になることがあったので、彼への挨拶は簡単に済ませて、父の知り合いと同じタイミングで入ってきた夫婦を凝視する。夫のほうは二日に一度殺人事件を解決している男。妻のほうは伝説の女優。
この店で殺人事件が起こることを菜々は悟った。
菜々の父親の知人であり、YASASHISA SEIMEIの次期社長である亜久妙隆と食事を始めてけっこう経った。
猿脳という猿の脳みその料理を菜々が頬張っている時、耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。
すぐさま優作が悲鳴が聞こえた方向に走っていく。
彼が的確な指示を出したおかげですぐに警察が呼ばれた。
この店には個室がいくつか存在する。
個室に料理を届けに行った店員が遺体と、その側に佇む男を発見したらしい。
その個室はもともと物置として使われていたがほとんど物がなかったため真ん中で区切り、片方を店の個室としてもう片方を物置として使われていた。部屋の両端に扉があったため、出入りに問題はない。
物置といっても最近、しまわれていた壺や絵を店内に飾ったため物はほとんどなかった。
遺体の側に佇んでいた男はトイレから帰ってきた瞬間、カーテンの向こう側にいた犯人が発砲したと証言した。
また、犯人が発砲したと思われる部屋の掃除をしていた店員が気絶しており、意識を取り戻してすぐ「銃を撃つ人影を見た」と証言した。
確認したところカーテンには焦げた跡があり、客がいなかった現場の隣の部屋から犯人が発砲したことが証明された。
そんな内容を刑事に説明している優作を眺めながら、今回は土下座しなくても良さそうだな、と菜々は考えていた。
彼女は藍木が死んでから週に一回のペースで事件に巻き込まれていた。
事件といっても殺人事件だけではなく、指名手配犯を目撃したり、人質にされたりしたときもある。
殺人事件の被害者の亡者の大半は「自分を殺した奴が捕まるのを見届けるまであの世に行かない」というようなことを言い張った。
菜々は推理力を少しでもつけるために、江戸川乱歩全集やシャーロックホームズシリーズ、アガサクリスティの著書など、思いつく限りの推理小説を読みあさっていたが、そんなことで推理力がつくわけがない。
もちろん、優作や新一などの例は除く。
とにかく、亡者をあの世へ送るためには事件を解かなければならなかった。
こんな話を聞くと、倶生神にお迎え課に連絡してもらって後のことは全て任せればいいと思うだろうが、菜々にはそれができなかった。
地獄に恩を売るためには自力で亡者を説得しておいた方がいいはずだ。
それに、そんなことをしても事件はすぐに解決できない。
日本の警察は優秀なので事件は解決されるだろうが、被害が多くなる前に食い止めたい。
重要な手がかりを知ることが出来るのだからできる限りのことはしたい、と菜々は思っていた。
初めは土下座することに抵抗があったが、連続殺人事件の時に一度土下座をしてから彼女はいろいろと吹っ切れた。
いくらあの世が存在すると言っても残された人たちは悲しむし、被害者が転生してしまったら二度と会えない。
まだ殺されない未成年のうちに事件を解決して新一と関わる可能性を上げ、準レギュラー以上になっておけば殺されないという算段もあったりするが。
そんな理由で事件をすぐに解決するために事件に巻き込まれるたびに土下座をしてきた菜々は土下座がうまくなっていた。
また、顔見知りの刑事も増えた。
「あなたが殺害現場を目撃した山岸昭博さんですね?」
現場に来た刑事である目暮が尋ねる。
この人が事件現場に来る確率高いな、と菜々は思っていた。
ほぼ毎回東京で殺人事件が起こった時に来る刑事は目暮だ。もっと他に刑事はいるはずなのに。コナン七不思議の一つだと菜々は思っている。
「はい。僕がトイレから帰って来た時発砲音がして、社長が倒れました。僕は思わず社長を抱き起こそうと……」
「なぜあなたは犯人を追おうとしなかったんですか?」
「相手は拳銃を持っているようだったし、社長が死んだとは思わなかったのでまずは介抱しようと」
そんなやりとりに口を挟んだ人物がいた。
「嘘つけ。俺が撃たれた時お前はいなかったぞ。お前が犯人だろう」
亡者となった、被害者である新倉健輔だ。
首根っこを掴んで、彼を人気のない廊下まで引っ張っていき、菜々はいつも通り話してみた。
「死後の裁判があるのであの世に行ってください」
初めは菜々に自分が見えていることに驚く新倉だったがすぐに拒否した。
「山岸の今後ははっきり言ってどうでもいい。俺は行きたい場所がたくさんある。女湯とか」
そう言った瞬間、新倉はうずくまった。
新倉がうずくまったのは菜々が藍木に教えられた技、玉宝粉砕を使ったからだ。
ただキン◯マを思い切り蹴るだけだがかなり効く。
男性からしたら恐ろしい技だが、女である菜々は恐ろしさを知らないので躊躇なく使う。
新倉がうずくまった隙に菜々はリュックに入れてあった縄で彼をすばやく縛り上げた。
このリュックはかなり大きい。証拠品を見つからないように回収するときは役立つ。
しかし、今回は菜々が動かなくても優作がいるため、被害が広がる前に事件は解決するだろう。
沙華が呼んだお迎え課が到着するまで、菜々は彼をトイレの掃除道具入れにでも入れておくことにした。お迎え課の獄卒が到着するまで三十分ほどかかるらしい。
天蓋はいまだに痛がっている新倉を見て青い顔をしていた。彼は新倉に心から同情していた。
菜々が大広間に戻ると刑事や優作はいなくなっていた。
とりあえず有希子にサインをもらい、あたりを見渡してみる。
亜久妙隆の自慢話を聞かされそうだったので両親の元には戻らないことにしたのだ。
食事中散々聞かされていたのだから、今は逃げても問題ないだろう。
菜々は見覚えのある子供を見つけた。小学一年生くらいだろう。ツインテールで猫目の可愛い女の子だ。
しばらく考えてやっと思い出した。三池苗子。名探偵コナンに出てくる婦警だ。
確か彼女は千葉のことが好きだったはずだ。
暗殺教室にも千葉が出てきたような気がする。ややこしい。
そんなことを考えながら菜々は三池に近づいていった。
未来の警察関係者とコネを作りたいという思いや、ただ単に興味があるという思いで菜々は三池に声をかけた。
しかし一番の理由は仲良くなりたかったからだ。元の世界に戻る方法が見つかるまでは波風を立てないように過ごしたい菜々にとって、「脱ぼっち」は重要だった。ぼっちだと下手に目立ったりいじめの対象になったりするのだ。
三池と話しているうちに、彼女は家族で店に来たと分かった。
その頃、「なんで帰れないんだ」という声が上がってきたこともあり、店内は騒がしくなってきた。
有希子が客をなだめている時、菜々と三池はすっかり打ち解けていた。
トリップ前もトリップ後もぼっち人生を満喫していた菜々が打ち解けられたのは三池の性格が良かったからだろう。
打算で声をかけたことを菜々は心の中で謝った。
「クリスマスなのになんで中華料理屋さんなんだろうね」
「洋食屋さんは予約でいっぱいだったんじゃない?」
そんなことを話していると何人かの刑事と優作、山岸が戻ってきた。
山岸は今まで個室で取り調べを受けていたのだろう。
菜々は違和感を感じた。山岸の歩き方が少しおかしい気がする。
「犯人は外に逃げたんだろ? なんで帰っちゃいけないんだ」
亜久妙隆が文句を言った。彼につられて他の客たちも文句を言いはじめる。
「犯人が外に逃げたと言われているのは犯人が居たと思われる部屋の窓が開いていて、そこから足跡が続いていたからですよね?」
優作が説明し始めたのを見て菜々は疑問に思った。ここは刑事が説明するところではないだろうか。
今まで文句を言っていた客たちは口をつぐんだ。
「窓の真下はコンクリートだったので飛び降りた跡は付いていませんでしたが、その先から足跡が始まっているし、窓が開いたままになっている。また、いろいろな品が雪の上に散らばっていました。コートや帽子。手袋に拳銃。コートや帽子は気絶させられていた店員さんの証言に一致しました。一瞬犯人を見たそうです。犯人が犯行当時、身につけていたもので間違いないでしょう」
犯人の遺留品には指紋などの手がかりは残されてなかった。
「ここまで聞くと犯人は外に逃げたように思えますが、それだといくつか矛盾が生じます。一つ目は足跡が残っていたことです。建物の周りはコンクリート敷になっている。そこをつたっていけば裏門に続いている石段があります。石段があるのは犯人が飛び降りたと思われる場所から一メートルほど進んだ場所でした。たいした手間ではないはずなのになぜ石段を通らなかったのか」
犯人は足跡をわざと見せたことになる。外部犯に見せかけた内部犯だろうか。いつもの癖で菜々は考え込んだ。
「二つ目の矛盾は証拠品が落ちていたことです。いくら手がかりを残さないようにしたとしても、現場から離れた場所で始末したいと思うのが自然ではないでしょうか。第三の矛盾は裏門がしまっていたことです。内側から掛け金を掛けられたままになっていました」
「犯人は裏門を乗り越えたんじゃないか? 塀よりも門の方が低くて乗り越しやすいからな」
「それが第四の矛盾ですよ」
優作は尋ねてきた目暮に返す。
内容を知らされていないのによく今まで口を挟まなかったな、と菜々は思った。それだけ優作のことを信頼しているのだろう。
「裏門に乗り越した痕はありませんでした」
「じゃあ、門から出た後になんらかの方法で内側に掛け金を掛けたんだろう」
客の一人が反論するが、「あれだけ証拠を残しているのだから、そんなことをする必要がない」と返された。
つまり、犯人はこの中にいます。優作がそう言い放った途端に店内が騒がしくなる。
「山岸さん。あなたは取り調べの時、社長と一緒に店に来たと言いましたよね? 店員さんに確認したところ、新倉さんが到着して少し経ってから店に着いたと聞きました」
山岸は優作の鋭くなっている目を見て青ざめた。
「少し遅れただけなのでわざわざ言う必要はないかと……」
おそらくそのような事情聴取は菜々が新倉をトイレの掃除用具入れに押し込んでいるときに行われたのだろう。
「あなたの行動はこうだ。前もって足跡を雪につけておき、足跡をつけるために履いた靴を隠してから、なに食わぬ顔で新倉さんが待っている個室に入る。しばらくしたらトイレに行くと嘘をつき、用意しておいた服を着てカーテンの向こう側に回り込んだ。その時、掃除をしていた店員さんを気絶させた。彼は掃除定期的に掃除をしているそうですね。あなたはそれを知っていて犯行におよんだ。犯人の目撃者を作るためにね。その後、窓から着ていたコートや帽子、拳銃と手袋を捨て、現場に戻った。違いますか?」
「証拠はありますか?」
山岸は恐怖に顔を引きつらせながら尋ねる。
「あなたが足跡を残すために使った靴です。今、刑事さんたちに探してもらっています。あなたが犯行後、一歩も店から出ていないことを考えると、店のどこかに隠してあるんじゃないですか?」
事件は解決されたかのように思われた。
「どこにもありません!」
そんな時、血相を変えた刑事が大広間に飛び込んできた。
菜々には思い当たる節があった。
「正直に話した方がいいよ」
天蓋に勧められ、菜々はおずおずと前に出た。
「その靴、私が持ってます」
刑事の目が点になった。
二十分前。菜々は捕まえた新倉を男子トイレと女子トイレ、どっちの掃除道具入れにしまうか考えていた。
「どっちがいいと思います?」
倶生神に尋ねてみる。
新倉は男性だが、菜々は彼をしまうために男子トイレに入るのが嫌だった。
しかし、沙華に説得され、結局男子トイレにしまうこととなった。
「なんか箱が邪魔なんですけど」
新倉を掃除道具入れに押し込もうとしたが、箱が邪魔で入らなかった。
トイレ掃除道具入れにある謎の箱を触るのは嫌だったが、ぐずぐずしていると沙華に怒られるので菜々はおそるおそる箱に触れた。
新倉を押し込み、興味が湧いたので出した箱を観察する。
ダンボール製だ。蓋を開けてみると靴が入っていた。
今まで事件に巻き込まれた時に身につけた勘で、重要なものだと分かったので菜々はリュックにしまった。
「どこにあったのかな?」
「男子トイレの掃除用具入れの中です」
なんで菜々が男子トイレにいたのか刑事は聞かないことにした。誰にでも聞かれたくないことはある。
「それがなんだって言うんだ!」
山岸が怒鳴った。靴が見つかっても持ち主が分かるはずがないと思っているのだろう。
「足、怪我してるんじゃないですか?」
菜々の問いに山岸は固まった。ずっと歩き方がおかしいと思っていたのだ。
「もしも血が靴についていたらDNA鑑定ができますね」
刑事の言葉に山岸はがっくりとうなだれ、語り始めた。
「脅されていたんだ。あいつにいくらむしり取られたことか……。もう限界だった。だから殺した。それだけだ」
その後、彼が話した内容によると、彼はこの店の常連だったらしい。そのため、物置部屋のことを知っていたし、店長の家族が出かけているから足跡をつけるところを目撃されないだろうと思っていたようだ。
足の怪我は、先週ガラスを踏んだ時に負ったもの。雪で濡れた靴下を履き替えようとした時、貼っていた絆創膏が剥がれてしまったらしい。
また、店内に設置されていた防犯カメラに、彼が箱を抱えてトイレに向かう様子が映っていた。
事件が解決し山岸が刑事に連れていかれ、菜々が優作にサインをもらったり、三池とまた遊ぶ約束をしているうちにお迎え課の鬼たちが到着した。
「ここにサインしてください」
人気がない廊下で、菜々はいつも持ち歩いているノートの一点を指差した。
ノートに書かれている内容は新倉健輔の大まかな記録と、彼女が彼を足止めしていたと言う内容だった。
鬼たちは何も尋ねず、サインをした。
お迎え課では、捕まえたりあの世へ送り届けた亡者の記録をとっている女の子がいるという話は有名だからだ。
なんでも、霊感があっても普通は見えないはずの倶生神が見えているらしい。
裁判で減刑してもらうのが目的らしいというのがもっぱらの噂だ。
獄卒になりたい理由と裁判の時に獄卒に推薦してほしいことを簡単に伝え、「加藤菜々に清き一票を」といつも通りの挨拶で鬼たちを見送った菜々は家族の元に戻った。
次の日。中華料理屋で起こった殺人事件が新聞の一面になっていた。
「またもや黄金神事件による悲劇」という見出しが目に留まり、菜々は読んでみた。
十三年前に起こった黄金神事件。一人の大富豪が開いた宗教、黄金神教が元になった事件である。
黄金神教とは、黄金神という神に祈りを捧げ、山の中で信者たちが集団生活を送って精神を高めるという教えだ。
それらの事は信教の自由の範疇とされていたが、しばらく経って信者が「殉教」の名のもと、次々と自殺をしていることが判明。マスコミに取り上げられて社会問題となり、警察が介入することになった。
やがて、孤児院から引き取った子供達を「生贄」として殺害していたこと、幹部たちが法外な寄付金を使って贅沢な暮らしをしていたことが判明した。
それからと言うもの、黄金神教に関わっていたというだけで世間体が悪くなり、就職が難しくなるなどの問題が起こった。
山岸は新倉に昔、黄金神教の信者だったことを知られて脅されていたため犯行におよんだ。
そのようなことが書かれていた。
部堂道場からの帰り道、菜々は阿笠から修理してもらったターボエンジン付き自転車を受け取った。
部堂道場に入った本来の目的の「阿笠博士と仲良くなって道具を無料で作ってもらう」事は達成出来ていた。今では家族ぐるみで付き合いがある。
昨日、三池のことをすぐに思い出させなかった時から気づいていたが、原作知識がだんだん薄れてきている。
本当はトリップしたと分かってすぐに記録を残したがったが、倶生神の目があって出来なかった。
どうしよう。まあ何とかなるだろう。と楽観的に考えていると買い物から帰ってきた工藤夫妻とばったり出会い、家に招かれた。
前回の事件で目暮に話を聞き、興味を持たれたらしい。
優作たちとは良好な関係を築きたかった菜々はおじゃますることにした。
「私、米花町が呪われていると思うんです」
出してもらった紅茶を飲みながら、菜々は工藤夫婦と世間話に花を咲かせていた。
「二日に一回事件が起きてるし。週一で殺人事件に巻き込まれるのが嫌だったんで何度かお祓いしてもらおうとしたんですけど、米花町に住んでいるって言った途端うちでは無理だって追い返されるんですよ」
優作と有希子は笑い飛ばしていたが、米花町の事件発生率は異常だと菜々は未だに思っていた。
よくよく考えてみれば、米花町で起こった事件のほとんどに優作が関わっていたような気がする。
本当に呪われているのは米花町ではなくて優作ではないかと菜々は思った。
これから、週に一度事件現場で優作に会うようになることを菜々はまだ知らない。