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紛らわしいので簡単な補足。
暗殺教室の体育教師…烏間
黒の組織のボス…烏丸
「ヒロの遺品のスマホ、お返しします。やっと届けられたのにすぐ貸していただくことになってすみません」
「いえ。お役に立てたなら何より。ぜひ弟の仇を討ってください。微力ながら私も力添えをさせていただきます」
諸伏高明。三十五歳。長野県警の警部である。
東都大学法学部を首席で卒業したにもかかわらずキャリア試験を受けずにノンキャリアで長野県警に入った変わり者。酔っ払いの演技が上手い。
幼馴染である大和敢助が行方不明になった際、彼を見つけるために管轄外にもかかわらず上司の命令を無視して強引に事件を解決したため所轄署に異動させられた過去を持つ。その後県警に復帰していることは彼の能力の高さを物語っている。
三国志において賢人たちが残した言葉や故事成語を多用するため、そちら方面に明るくないと会話が成り立たないという欠点がある。
脇田は調べ上げた諸伏高明のプロフィールを思い出しながら双眼鏡を覗き込んでいた。
高級ホテル最上階に位置する一面ガラス張りの部屋で、警察庁の仲間たちから処刑命令が出されたバーボンと公安のNOCだったスコッチそっくりな男──彼の兄が何やら話しているのが見える。
脇田がいるのは諸伏たちがいるホテルの向かいに位置する廃ビルの屋上。出入り口は小さな扉一つだけで、周りには飛び降り防止のためか高いフェンスが張り巡らされている。
脇田とは黒の組織ナンバー2であるラムの仮の姿だ。
彼は自分がスコッチの兄の動向を探らなくてはいけない原因を思い、苛立ち、双眼鏡を指でコツコツと叩く。
全てはジンのせいだ。
黒の組織は各国警察機関とも繋がっている。
各国の重役には組織が長らく行なっている研究に投資してもらい、時たま研究の過程でできた副産物を渡している。
研究を進めるのはもちろんだが、その見返りとして組織は人手をもらっている。そう、NOCである。
NOCは黒の組織を倒すべき悪と信じて疑わない。善良で、正義感が強く、優秀な人材を警察はNOCとして送り込んでくるのだ。組織はNOCを死ぬまで使い潰す。
ただし、例外はある。
NOCに知られるとまずい情報を掴まれた時、警察の協力者たちのことがバレそうになった時。これらの場合のみ、組織は泣く泣くNOCを殺すのだ。
黄金神教と黒の組織の関係を掴んで殺されたスコッチは前者、殺害命令が下った降谷は後者だ。
このことはボスである烏丸とラムしか知らない。
だからこそ、何も知らないジンがまだ使えるNOCをバカスカ殺しまくり、組織が人手不足となっているのだ。
この前、他の幹部たちに組織の現状を悟られないためのカモフラージュと赤井秀一を誘き出す罠を兼ねてキュラソーにNOCリストを盗ませた。あの時もジンは指示を仰ぐ前にNOCを殺しまくった。
情報を得なくてはいけないから、あのジンでも殺さず連れて帰ってくるだろうとタカをくくっていたらこれである。
「おのれジンめ。私の仕事を増やして……! せっかく事故に見せかけていろは寿司の店員に大怪我をさせたり、毛利小五郎の財布に当たりの万馬券を仕込んだりして毛利小五郎に近づいたのに。いろは寿司を一度辞めて長野県警付近の寿司屋に再就職。諸伏高明の調査が終わったら理由をつけていろは寿司に戻る。面倒くさいですねえ。本当に彼は何を考えてるのか」
ラムは脇田の顔のままぶつくさ言いながら、双眼鏡を懐にしまう。諸伏高明と公安が繋がっていることは確認した。次はどこまで情報共有がされているのか探らなくてはならない。
「おい、お前! 高明のストーカーだろ!」
怒気を孕んだ声が鼓膜を突き破る。すぐさま振り返ると隻眼の大男がいた。左足が悪いらしく杖をついている。
「敢ちゃん、間違いないわ! この人、やけに諸伏警部を見つめたり、必要以上に話しかけたりしてたもの! 諸伏警部と一緒にいる時、偶然にしては多すぎるほど出くわしたし!」
髪を後ろで結い、前髪を左右に分けて垂らしている女性が手錠を握りしめてまくし立てた。上原由衣。長野県警の刑事である。
「なんのことで」
「うるせえ、ネタは上がってんだ!」
脇田はとぼけようとしたが、大和の怒鳴り声に遮られる。
「お前が覗き込んでたあのホテルの最上階に高明が居ることはわかってる! おおかた、恋人と待ち合わせしてるかもしれないと不安になって覗くことにしたんだろ。お前が高明の部屋に仕掛けた盗聴器も回収済みだ」
「いやちが」
「確保ォ!」
大和が叫ぶと同時に、屋上に通じる唯一の扉が勢いよく開き、刑事たちがなだれ込んでくる。
長野県警は優秀である。脇田は抵抗する間も無く身柄を確保された。
「なんでただのストーカーを公安が引き取りに来たんだ?」
「さあ。ストーカー活動のためにかなり悪どいことにも手を出していたんじゃないか?」
風見と名乗る男が長野県警を去った頃、コーヒー片手に刑事たちは雑談していた。
大和は部屋の隅から、刑事に取り囲まれている諸伏をぼんやりと見つめる。
「敢ちゃん、コーヒー」
「おお、サンキュー」
上原は大和の隣に立ち、自分用のコップに目を落として呟いた。
「これで良かったのかな?」
「ああ。俺たちは何も知らない。脇田とかいう寿司屋はただのストーカーだ」
諸伏の部屋に仕掛けられていた盗聴器は一般人が用意できるようなものではなかったこと。
諸伏の弟が公安に所属していて、潜入捜査中に命を落としたであろうこと。
何かあるのだろうと前から思っていた黒田から諸伏にかかってきた電話。
諸伏が公安が追うような相手に探られているのだろうと容易に想像がついた。
その上で、何も知らないという程を貫き通すことにしたのだ。
*
捜査一課にはほとんど人が居なかった。というよりも佐藤美和子絶対防衛線に所属している刑事たちが揃って姿を消していた。近々何かあるのだろうと簡単に予想できる。高木は大きなため息をついた。
報告書をまとめるために開いていた手帳を何気なしにパラパラとめくっていれば裏表紙が現れた。指輪の痕にそっと触れる。
「彼女に、ナタリーさんに渡したかったな」
「高木君、大丈夫?」
隣の席に腰掛けた佐藤が心配気に覗き込んできた。
「はい、大丈夫……あれ?」
「どうしたの?」
「いや、なんか手帳のカバーに段差があって……」
カバーを外してみると一枚のメモ用紙が挟んであることがわかった。
「RUMって書いてあります。なんでしょう?」
*
日本にいる幹部数名がバーに集まっていた。政治家暗殺の打ち合わせをするらしい。
幹部たちはカウンターに腰掛けて、自分のコードネームの酒を片手に話し合っている。バーテンダーは無言でグラスを拭いていた。
「その方法だと羊を狩ることになるだろ」
「あら、一般人のことを気にするなんて珍しいわね」
「シュレーディンガーの猫」
「奴が鉄の蛇に乗っているところを狙撃する。キャンティ、できるな?」
「フン、偉そうに」
「ヴォイニッチ手稿。……あ、カフェオレのコーヒー抜きください」
「牛乳ですね」
厨二病が好みそうな言葉を時折呟くことで合いの手を入れていた菜々が注文すると、初めてバーテンダーが口を開いた。
「カルーア、うるさい」
左隣に座っているウォッカに注意される。
「だってマイ、暇なんだもん。あ、コードネームもらったんだし、一人称マイじゃなくてカルーアにしたほうがいいかな?」
「知るか」
本当に暇だ。とりあえずニヒルな笑みを浮かべて「ディスペンパック」と呟いておいた。ウォッカは頭の上に疑問符を浮かべた。
右隣から「おのれ赤井!」という唸り声が聞こえてきたので、牛乳を飲みながら菜々はウォッカに尋ねてみる。赤井秀一について知らないふりをしたほうがいいだろうと判断したのだ。
「そういえば赤井って誰―?」
「コードネームはライ。昔、組織に潜入していたFBIのNOCだ」
「組織って半分くらいNOCで成り立ってるんじゃないの? マイ、まだ若いのに産業スパイがうじゃうじゃいるところに就職しちゃって良かったのかな? 普通の会社なら退職届出せば辞めれるけど、ここは退職しようと思ったら死が待ってるし。……まあいいや。赤井秀一の詳しい特徴は?」
「気になるのか?」
「シェリーを探し求めているジン並みにバーボンが赤井赤井うるさいから」
「すみません、彼女にエル・ディアブロを」
「かしこまりました」
口角を上げながら酒を頼むバーボンの目は笑っていない。彼が頼んだ酒のカクテル言葉は「気をつけて」だが、菜々は気にせずにウォッカの言葉を待つ。
「あいつが組織に入ったのは組織の末端の女性と恋人関係になったからだ。今から思えばハニートラップだったんだろう」
「どうやって出会ったの?」
「宮野明美──奴の恋人だった女──が運転していた車の前に飛び出したらしい。で、病院で目を覚ますと宮野明美を口説いた」
「まじか、それで成功するのか。そんな経緯で組織に入ったのに誰も疑わなかったの?」
「あいつにはストーカー疑惑があった。宮野明美に近づくために車の前に飛び出したんだろうともっぱらの噂だったんだ。ストーカーっぽい顔していたしな」
「それに奴はハゲです。間違いない。ニット帽を取ったところを見たことがありませんから」
バーボンが会話に加わってきた。
赤井はウォッカが尊敬しているジンの天敵だ。バーボンと赤井の悪口で盛り上がるのに時間はかからなかった。
面倒なことになったので、菜々は意味深な表情でバッククロージャーと言っておいた。
それから二日後。バーボンが公安からのNOCであると知れ渡った。
*
革靴の底が床を叩く。
壁には銀色の金属素材が貼られていて、まるで宇宙船の中のようだ。地下にある廊下のため窓はない。等間隔に天井から吊るされている剥き出しの電球が仄暗い光を放っている。近未来的な作りの施設と古臭い電球がひどくミスマッチだ。
「着いたぞ」
無精髭を生やした男が分厚い扉を開けながら放った言葉が沈黙を破った。
降谷は扉の奥に入る。何もない部屋だ。
「それで? 僕を──バーボンをこんな場所に呼び出してどうしようっていうんですか? なんでもボス直々の命令だとか」
「いやなに。ちょっと研究を手伝ってほしくてな」
男はポケットに手を突っ込む。カチリとかすかな音がした。
ポケットに入れてあったスイッチを押したのだと降谷が理解すると同時に、彼の腕が、足が、胴体が締め付けられる。天井から伸びる無数のそれは「触手」としか表現できない。
「カ、ハッ」
透明な液体が降谷の口から飛び出す。男は仄暗い笑みを浮かべて語り始めた。
「バーボン。いや、降谷零。残念ながらお前が警察庁からのNOCであることはわかっている。強靭な肉体に明晰な頭脳。加えて潜入捜査官となった時に痕跡は消されているし、親しい人物は全員他界している。新たな触手生物を生み出すための実験体として申し分ない。恨むならお前を裏切った古巣を恨むんだな」
「……」
「主任。準備が整いました」
部屋に白衣の男が入ってきた。拘束台を引きずっている。
「ああ。竹林か。……他の奴はどうした?」
男は訝しげに眉をひそめた。
同時に、竹林と呼ばれた男性は細身の体からは想像できないほど俊敏に動き、無精髭の男の首筋にスタンガンを押し当てる。男の体は空気が抜けたゴム人形のように崩れ落ちた。
「降谷さん。見張りは奥田さんが催眠ガスで眠らせたそうです。今から拘束を解きます」
「ああ」
奥田と竹林は触手の研究をしているらしい黒の組織から勧誘を受けた。警察上層部が降谷を排除するために組織の研究所に被験体として提供することを決定したという情報を木村が得たため、二人は木村の協力者として研究所に潜り込んだのだ。
降谷はインカムを右耳に取り付け、流れる音声に耳を傾けると、現状を竹林に伝える。
「部下が奥田さんと一緒に研究所の人間を全員確保し終わったようだ」
「わかりました。スイッチを押したので仕掛けた爆弾が十分後に爆発します。建物もろとも触手のデータを破壊できるでしょう」
二人は頷きあい、出口に向かった。
こうして、組織の研究所が一つ壊滅した。
*
「先程の合同会議で決められた内容をもう一度確認するぞ。僕が捕まっていた研究所が壊滅したことを知った烏丸蓮耶は警察組織を切り捨てたはずだ。僕が助かったということは彼らの中にスパイがいることを意味しているからだ。もちろん相手に切り捨てたことは伝えていない。木村が全く怪しまれずに潜入を続行しているし、間違いないだろう。人員をNOCで賄っている組織も切り捨てる。彼の目的を達成するのに組織は必要ない。いや、必要なくなったと言った方が正しい」
全員を代表して降谷が話す。
合同会議が行われているホテルの一室。他の国の捜査官たちが解散した後も公安警察たちは残り、作戦を煮詰めていた。敵がいる警察庁では話し合いができないのだ。
「そして浅野さんは幹部たちに切り捨てられたことは伝わらないだろうと考えている。僕も同意見だ。ダイキリがいるからな。彼はボスに忠誠を誓っている。ジンよりも忠誠心が強いのは確かだ。おそらくダイキリは幹部を一箇所に集める。当然僕ら警察組織は逮捕に乗り出す。その際、タイミングを見計らって建物に火を放ち、適当な焼死体をボスの慣れ果てだと偽る。そうすれば烏丸蓮耶は別人として生きていける」
ダイキリ。警視庁捜査一課に長年潜入している幹部である。
「木村。ダイキリが捜査一課に潜入した理由は?」
「はい。警視庁の人間を組織に勧誘したり、捜査一課の動きを把握したりするためですが、一番の目的は組織について探っている加藤文弘という刑事の動向を監視することでした。彼の父親は烏丸が人体実験を行うとき隠れ蓑にするために創った新興宗教、黄金神教を探っていた公安刑事でした。母親は彼の協力者です。そして、組織にとって都合が悪い情報を掴んだ二人は殺された。しかも警察組織は二人の殺害を事故として扱うことを決定。二人の能力を危険視した、組織とつながる上層部に消されたからでしょう。加藤文弘は両親の様子から父親がそういった部署に所属していること、黄金神教を探っているであろうことを予想していたみたいです。彼は状況を正確に判断し、両親を切り捨てた警察組織と黄金神教関係者に復讐を誓いましたが、親戚があてにならなかったため幼い弟を育てる必要がありました。そこで高校を卒業してすぐ警察学校に入り、警視庁捜査一課の刑事を目指しました」
警視庁捜査一課に配属されれば米花町で起こった殺人事件を担当することになる。
裏社会の人間が最も立ち寄る町としても名高い米花町の殺人事件を扱っていれば、両親を殺した犯人にたどり着くことができると考えたのだろう。
「そして、加藤文弘の弟の娘──つまり姪は加々知菜々。カルーア・ミルクとして組織に潜入している防衛省諜報部の一員です。俺の中学のときのクラスメイトでもあります。ダイキリは加藤──加々知のことですが──彼女のファンを名乗り、刑事連中に彼女がいつ結婚できるか賭けさせ、彼氏ができたという情報が入ったら彼らを使って探っていました。今から思えば要注意人物の姪が何か不審な行動をとっていないか、組織に対する手がかりをみつけていないかを探るための行動だったのでしょう」
「加藤文弘は他界しているんだったな?」
「はい。数年前に。ですが、他界する前に後輩刑事に両親の死について調べた内容を託しているようです」
「託した相手の名前は?」
「えーと……」
木村は手帳をめくり、該当するメモを探す。
「ありました。伊達航という刑事です。彼もすでに他界しています」
国際サミット予定地の爆破テロにより、降谷の部下であり風見の同僚である人間が何人か殉職した。彼らの欠員が補充しきれていないため公安は人手不足である。
組織壊滅作戦にあたって、一般人の避難誘導や構成員確保のために警視庁のSATや交通課にも協力を仰ぐべきではないかと話し合っていたところで、風見は叫んだ。
「降谷さん!」
烏丸蓮耶の命令でダイキリが取る行動に思い至ったのだ。
「ラムは無事でしょうか? 烏丸が別人として生きていくためには彼の秘密を知っている人物を口封じのために殺す必要があります。ダイキリは裏切らないでしょうが、ラムとベルモットは……」
「ラムは厳重な警備の元拘束している。見張りに気がつかれずにラムが逃げ出すことも、何者かがラムを殺すこともできないはずだ」
しかし、降谷の予想に反してラムが殺された。防衛省の人間によると触手生物の犯行で間違いないらしい。
この結果は、ダイキリが触手を移植したことを示していた。
*
「高木巡査部長。佐藤警部補。そのUSBメモリを渡してもらおう。わかっているとは思うが、内容は他言しないように」
風見が威圧感を放って告げる。
埃が舞う警視庁の空き部屋には風見、佐藤、高木の三人しかいない。
佐藤は唇を噛み締めた。従いたくないが、保存されていたデータの内容が内容なので風見が出てくるのも頷ける。あの件は公安が担当するべきなのだろう。頭ではわかっているが心が認めたくないと叫ぶ。
佐藤が理性を総動員させて風見に刃向かわないようにしている横で、高木が声を張り上げた。
「嫌です!」
「ちょっと、高木君!?」
「その案件が、僕たちが関われる範疇を超えていることは分かっています。でも、伊達さんに託されたんです!」
伊達航。彼の名前が出たときの上司の顔を風見は思い出す。
降谷零にあのような顔をさせる人間が捜査を託したという高木の話を聞いてみてもいいかもしれない。
「何があったのか、話してみろ」
「は、はい!」
高木は話した。
伊達が事故に遭い、息をひきとる直前に手帳を託されたこと。
最近、託された手帳に「RUM」と書かれた紙が挟まっていたことに気がついたこと。
「ラム!?」
「あ、違うんです。実はUじゃなくて、数学記号の∪だったんです。それにRとMの上にそれぞれ短い線が一本ずつ、R∪Mの上に長い線が一本引いてありました。これは『RでありMである』って意味になります」
慌てて訂正する高木に佐藤が続く。
「そしてRは赤、Mは警視庁を英語にした時の頭文字です。この二つの条件に当てはまるのは赤バッチしかありません。伊達さんは亡くなる前に張り込みをしていたため刑事だとバレないように赤バッチを外してロッカーにしまっていました。そして、事件が起きすぎて伊達さんのロッカーを整理する時間がある人がいなかったせいでロッカーがほったらかしになっていたので、赤バッチは残っていました。こうして赤バッチの裏に刻まれたUSBメモリの保管場所を確認したんです」
「なるほど。USBメモリを手に入れた経緯はわかった。……あれを見ても関わりたいと言えるのか? 多分、君たちが想像しているよりもことは大きい」
高木と佐藤はUSBメモリに保存されていたデータの内容を思い出す。黄金神教の創立者である烏丸蓮耶が作った国際的な組織についてのものだった。ありとあらゆる犯罪を網羅しているらしい。
「今現在、公安は人手不足だから君たちの手を借りられるのなら借りたい。だが、かなり危険だし情報はほとんど渡せない。それでもいいのか?」
「「もちろんです!」」
*
木村は警察庁の人間。風見は警視庁の人間。木村の方が立場は上だが、二人とも降谷の手足となって働いているので感覚としては同僚のようなものだ。
木村は年上である風見に敬語を使っているし、風見は後輩である木村にタメ口で話す。
異常なほど事件が起こる米花町を調べるために(上層部の本当の狙いはそこではないだろうが表向きはそういうことになっている)地域企画課の人間として振舞っている木村は警視庁で風見を見かけて声をかけた。
警視庁に勤めている男性の九割が所属しているという佐藤美和子絶対防衛線の野外活動が行われているらしく、警視庁にはほとんど人がいない。
取り付けられている監視カメラの映像は律が取り替えてくれるので、木村は本業の話をしても大丈夫そうだと判断する。
「そうだ、風見さん。長野県警と大阪県警の協力を得られることが決定しました」
「そうか。日本にある組織の支部を潰す目処がたったな。外国のほうは他の諜報機関が頑張っているようだし」
風見は缶コーヒーのブルタブを上げながら言った。木村は壁にもたれかかる。
「ええ。アメリカは信用できるCIAやFBIの人間が、イギリスはメアリーさんの仲間が上層部を掃除するそうです。帝丹小学校の教師としてコナン君を探っていた捜査官とも協力関係を結びましたし、組織と繋がっている各国の重役をどうにかする準備は整いました」
「あれだけの人物たちの力を削いでも混乱が起こらないようにする作戦。よく思いついたよな」
「俺が中学の時の担任が考えた、『各国の重役が悪事を働いていたときの対処法』を元に、工藤優作さんと理事長が考えた作戦ですよね。あの三人の頭の中がどうなっているのか未だに謎です。それにしてもあの冊子の内容が役に立つ日が来るとは……」
「殺せんせー、か」
「ええ。良い教師でした。俺たちは全員、あの先生に救われた」
沈黙が訪れる。防衛省の人間の態度といい、木村や浅野學峯の態度といい、地球を破滅の危機に追いやったと言われている超生物の真の姿が垣間見えるとき、風見は胸にモヤが広がるのを感じる。
何も知らない人間から好き勝手言われるのは嫌なものだ。風見は公安となってから、見当違いなことを言われても本当のことを告げられない歯がゆさを嫌という程味わっている。彼らは中学生の頃そのような目に遭ったのだ。
気まずさを打ち破るため、風見は話題を変えた。
「ああ、そういえば。高木刑事と佐藤刑事の協力を得られることになった。一般人の避難誘導を手伝ってもらう」
「そうですか。SATの協力も必要ですよね。上層部に気が付かれないように力を貸してもらい、無断であれだけのことをしてもSATの人たちが罪を問われない方法か。……俺、もうそろそろ仕事に戻ります」
「そうだな。俺も仕事に戻る」
風見は木村に別れを告げた。窓からはいびつな形をした月が見えた。
*
「それにしても、カルーアがNOCだったなんてね。焼肉行った時も全くそんな素振り見せなかったのに」
「組織焼肉行くんですか。楽しそうですね」
キャメルが意外そうに言った。
「いや、俺がいた時はそんなに和気藹々としていなかったぞ」
赤井が横から口を出す。
本堂はあっけらかんと答えた。
「焼肉行ったのは女性陣だけよ。ちょうどベルモットがカルバドスから焼肉無料券もらったし」
カルバドスは死んだはずだ。少し考え込み、もしかして父親がカルバドスとして生活しているのではないかと赤井は思い至った。
「それでは最終打ち合わせを行います」
黒田が英語で告げた。駄弁っていた三人は席に着き、背筋を正す。
「すでに複数の支部は潰しました。残るは幹部たちの一斉逮捕、鷹岡がいると思われる研究所の壊滅、ボスの確保だけ。本堂捜査官、加々知捜査官によれば次々と支部が潰されていることは一切幹部たちに知られていないようです。やはりボスが組織を切り捨て、ダイキリがボスを死んだことにするための準備を始めているのだと思われます。組織と繋がっていた各国の人間は、ほとんどは放っておいて大丈夫です。今は大黒連太郎として生活している烏丸蓮耶を抑えれば何もできなくなるでしょう。能力が高く、第二の烏丸になりそうな人物は工藤さんと浅野さんの作戦通りに対処します。次はMI6に所属している赤井務武捜査官の手引きで日本警察と司法取引を交わすことが決定したベルモットについて。烏間さん、ダイキリに狙われているベルモットを保護する作戦を聞いても?」
「ええ。この作戦はカルーア・ミルクとして潜入中の加々知が考えたものなのですが──」
ジョディは唇を噛みしめる。両親の仇である彼女に復讐することを原動力に生きてきた。ベルモットがFBIの手から逃れることを許せるはずがない。
しかし、ハリウッドの大スターが犯罪組織の幹部であると世間に知られるわけにはいかないことも、私怨で動くべきではないことも理解している。
降谷零も本堂瑛海も、E組関係者も、ここにいる全員が何かしらのわだかまりを抱えているのだ。
それに、ジョディ・スターリングはFBI捜査官だ。アメリカ国民と国家の安全のために働いている。
いくら憎くても、ベルモットが公安と司法取引を交わしたのならそれまでだ。
しかし、ジョディは烏間からベルモットを保護するための作戦を聞いた後、彼女に同情することとなる。
*
記者である荒木鉄平は物思いにふけっていた。
ミステリートレインで思わぬ再会をした中学の時の同級生、加藤菜々。彼女は工藤有希子の浮気現場を抑えようとしていた荒木にクリス・ヴィンヤードの熱愛情報を渡してきたばかりか、記事を発表するタイミングを指示してきた。
騒ぎが大きくなるからだと説明されたが、荒木は納得していない。どうせなにか企んでいるのだろうと考えている。
それでも、奴の思惑にのってやるのも一興だと思う。
「記事にするのは喫茶店店員の話だけ。銀髪の男──ジンのことは僕の胸にしまっておこう」
荒木は呟くと、取材を続けるうちに明らかになった事実に想いを馳せた。
ジンとウオツカは男同士で交際している。大変仲睦まじいようだ。ペアルックで遊園地に行ったという情報を得ているし間違いない。
しかし男同士。
苦難は多かったのだろう。
ある日、ウオツカは恋人が白い目で見られることに耐えかねて別れを告げた。
ジンはウオツカがどう思っているのかを知らず、自分が捨てられたのだと思い込む。
それから程なくして大女優であるクリス・ヴィンヤードと交際を始めるが心の隙間は埋まらない。
恋愛映画のCMのような映像が荒木の頭の中を流れる。
「わかっていたわ。あなたの心には誰かがいて、私が入り込むことはできないって」
今にも泣き出しそうな顔で微笑むクリス。
「クリス、僕じゃダメですか?」
クリスのことを一途に愛する探偵。
「愛しい愛しいコイビトさ」
ジンの恋人を名乗る男性。
首都高速から墜落した車が爆発した事件が起こったとき、荒木は不健康そうなニット帽の男に会った。
喫茶店店員でありクリスの恋人である安室透と過去にバンドを組んでいた男の特徴と一致していたため、荒木は彼に声をかけた。
酒がどうとかぶつくさ言った後(きっとアル中なのだろう。そんなような顔をしていた)、彼は尋ねてきた。
「俺に何を聞きたい?」
「……もしかして、ジンという男を知っていたりするか?」
「ホー。……彼は愛しい愛しいコイビトさ」
意味深に笑いながら告げるニット帽。
ジンが思っているのはウオツカただ一人のはずである。荒木は悟った。こいつジンのストーカーだ。
*
菜々は首を傾げていた。
荒木に連絡を取ったら真実の愛がどうのこうのと言っていたのだ。
とんでもない勘違いが起こっているような気がするが、目論見通りにことは運んでいるので気にしないことにする。
彼女が開いている現世の新聞には「クリス・ヴィンヤード、喫茶店店員と熱愛疑惑!」という文字が踊っていた。
暗殺教室の体育教師…烏間
黒の組織のボス…烏丸
「ヒロの遺品のスマホ、お返しします。やっと届けられたのにすぐ貸していただくことになってすみません」
「いえ。お役に立てたなら何より。ぜひ弟の仇を討ってください。微力ながら私も力添えをさせていただきます」
諸伏高明。三十五歳。長野県警の警部である。
東都大学法学部を首席で卒業したにもかかわらずキャリア試験を受けずにノンキャリアで長野県警に入った変わり者。酔っ払いの演技が上手い。
幼馴染である大和敢助が行方不明になった際、彼を見つけるために管轄外にもかかわらず上司の命令を無視して強引に事件を解決したため所轄署に異動させられた過去を持つ。その後県警に復帰していることは彼の能力の高さを物語っている。
三国志において賢人たちが残した言葉や故事成語を多用するため、そちら方面に明るくないと会話が成り立たないという欠点がある。
脇田は調べ上げた諸伏高明のプロフィールを思い出しながら双眼鏡を覗き込んでいた。
高級ホテル最上階に位置する一面ガラス張りの部屋で、警察庁の仲間たちから処刑命令が出されたバーボンと公安のNOCだったスコッチそっくりな男──彼の兄が何やら話しているのが見える。
脇田がいるのは諸伏たちがいるホテルの向かいに位置する廃ビルの屋上。出入り口は小さな扉一つだけで、周りには飛び降り防止のためか高いフェンスが張り巡らされている。
脇田とは黒の組織ナンバー2であるラムの仮の姿だ。
彼は自分がスコッチの兄の動向を探らなくてはいけない原因を思い、苛立ち、双眼鏡を指でコツコツと叩く。
全てはジンのせいだ。
黒の組織は各国警察機関とも繋がっている。
各国の重役には組織が長らく行なっている研究に投資してもらい、時たま研究の過程でできた副産物を渡している。
研究を進めるのはもちろんだが、その見返りとして組織は人手をもらっている。そう、NOCである。
NOCは黒の組織を倒すべき悪と信じて疑わない。善良で、正義感が強く、優秀な人材を警察はNOCとして送り込んでくるのだ。組織はNOCを死ぬまで使い潰す。
ただし、例外はある。
NOCに知られるとまずい情報を掴まれた時、警察の協力者たちのことがバレそうになった時。これらの場合のみ、組織は泣く泣くNOCを殺すのだ。
黄金神教と黒の組織の関係を掴んで殺されたスコッチは前者、殺害命令が下った降谷は後者だ。
このことはボスである烏丸とラムしか知らない。
だからこそ、何も知らないジンがまだ使えるNOCをバカスカ殺しまくり、組織が人手不足となっているのだ。
この前、他の幹部たちに組織の現状を悟られないためのカモフラージュと赤井秀一を誘き出す罠を兼ねてキュラソーにNOCリストを盗ませた。あの時もジンは指示を仰ぐ前にNOCを殺しまくった。
情報を得なくてはいけないから、あのジンでも殺さず連れて帰ってくるだろうとタカをくくっていたらこれである。
「おのれジンめ。私の仕事を増やして……! せっかく事故に見せかけていろは寿司の店員に大怪我をさせたり、毛利小五郎の財布に当たりの万馬券を仕込んだりして毛利小五郎に近づいたのに。いろは寿司を一度辞めて長野県警付近の寿司屋に再就職。諸伏高明の調査が終わったら理由をつけていろは寿司に戻る。面倒くさいですねえ。本当に彼は何を考えてるのか」
ラムは脇田の顔のままぶつくさ言いながら、双眼鏡を懐にしまう。諸伏高明と公安が繋がっていることは確認した。次はどこまで情報共有がされているのか探らなくてはならない。
「おい、お前! 高明のストーカーだろ!」
怒気を孕んだ声が鼓膜を突き破る。すぐさま振り返ると隻眼の大男がいた。左足が悪いらしく杖をついている。
「敢ちゃん、間違いないわ! この人、やけに諸伏警部を見つめたり、必要以上に話しかけたりしてたもの! 諸伏警部と一緒にいる時、偶然にしては多すぎるほど出くわしたし!」
髪を後ろで結い、前髪を左右に分けて垂らしている女性が手錠を握りしめてまくし立てた。上原由衣。長野県警の刑事である。
「なんのことで」
「うるせえ、ネタは上がってんだ!」
脇田はとぼけようとしたが、大和の怒鳴り声に遮られる。
「お前が覗き込んでたあのホテルの最上階に高明が居ることはわかってる! おおかた、恋人と待ち合わせしてるかもしれないと不安になって覗くことにしたんだろ。お前が高明の部屋に仕掛けた盗聴器も回収済みだ」
「いやちが」
「確保ォ!」
大和が叫ぶと同時に、屋上に通じる唯一の扉が勢いよく開き、刑事たちがなだれ込んでくる。
長野県警は優秀である。脇田は抵抗する間も無く身柄を確保された。
「なんでただのストーカーを公安が引き取りに来たんだ?」
「さあ。ストーカー活動のためにかなり悪どいことにも手を出していたんじゃないか?」
風見と名乗る男が長野県警を去った頃、コーヒー片手に刑事たちは雑談していた。
大和は部屋の隅から、刑事に取り囲まれている諸伏をぼんやりと見つめる。
「敢ちゃん、コーヒー」
「おお、サンキュー」
上原は大和の隣に立ち、自分用のコップに目を落として呟いた。
「これで良かったのかな?」
「ああ。俺たちは何も知らない。脇田とかいう寿司屋はただのストーカーだ」
諸伏の部屋に仕掛けられていた盗聴器は一般人が用意できるようなものではなかったこと。
諸伏の弟が公安に所属していて、潜入捜査中に命を落としたであろうこと。
何かあるのだろうと前から思っていた黒田から諸伏にかかってきた電話。
諸伏が公安が追うような相手に探られているのだろうと容易に想像がついた。
その上で、何も知らないという程を貫き通すことにしたのだ。
*
捜査一課にはほとんど人が居なかった。というよりも佐藤美和子絶対防衛線に所属している刑事たちが揃って姿を消していた。近々何かあるのだろうと簡単に予想できる。高木は大きなため息をついた。
報告書をまとめるために開いていた手帳を何気なしにパラパラとめくっていれば裏表紙が現れた。指輪の痕にそっと触れる。
「彼女に、ナタリーさんに渡したかったな」
「高木君、大丈夫?」
隣の席に腰掛けた佐藤が心配気に覗き込んできた。
「はい、大丈夫……あれ?」
「どうしたの?」
「いや、なんか手帳のカバーに段差があって……」
カバーを外してみると一枚のメモ用紙が挟んであることがわかった。
「RUMって書いてあります。なんでしょう?」
*
日本にいる幹部数名がバーに集まっていた。政治家暗殺の打ち合わせをするらしい。
幹部たちはカウンターに腰掛けて、自分のコードネームの酒を片手に話し合っている。バーテンダーは無言でグラスを拭いていた。
「その方法だと羊を狩ることになるだろ」
「あら、一般人のことを気にするなんて珍しいわね」
「シュレーディンガーの猫」
「奴が鉄の蛇に乗っているところを狙撃する。キャンティ、できるな?」
「フン、偉そうに」
「ヴォイニッチ手稿。……あ、カフェオレのコーヒー抜きください」
「牛乳ですね」
厨二病が好みそうな言葉を時折呟くことで合いの手を入れていた菜々が注文すると、初めてバーテンダーが口を開いた。
「カルーア、うるさい」
左隣に座っているウォッカに注意される。
「だってマイ、暇なんだもん。あ、コードネームもらったんだし、一人称マイじゃなくてカルーアにしたほうがいいかな?」
「知るか」
本当に暇だ。とりあえずニヒルな笑みを浮かべて「ディスペンパック」と呟いておいた。ウォッカは頭の上に疑問符を浮かべた。
右隣から「おのれ赤井!」という唸り声が聞こえてきたので、牛乳を飲みながら菜々はウォッカに尋ねてみる。赤井秀一について知らないふりをしたほうがいいだろうと判断したのだ。
「そういえば赤井って誰―?」
「コードネームはライ。昔、組織に潜入していたFBIのNOCだ」
「組織って半分くらいNOCで成り立ってるんじゃないの? マイ、まだ若いのに産業スパイがうじゃうじゃいるところに就職しちゃって良かったのかな? 普通の会社なら退職届出せば辞めれるけど、ここは退職しようと思ったら死が待ってるし。……まあいいや。赤井秀一の詳しい特徴は?」
「気になるのか?」
「シェリーを探し求めているジン並みにバーボンが赤井赤井うるさいから」
「すみません、彼女にエル・ディアブロを」
「かしこまりました」
口角を上げながら酒を頼むバーボンの目は笑っていない。彼が頼んだ酒のカクテル言葉は「気をつけて」だが、菜々は気にせずにウォッカの言葉を待つ。
「あいつが組織に入ったのは組織の末端の女性と恋人関係になったからだ。今から思えばハニートラップだったんだろう」
「どうやって出会ったの?」
「宮野明美──奴の恋人だった女──が運転していた車の前に飛び出したらしい。で、病院で目を覚ますと宮野明美を口説いた」
「まじか、それで成功するのか。そんな経緯で組織に入ったのに誰も疑わなかったの?」
「あいつにはストーカー疑惑があった。宮野明美に近づくために車の前に飛び出したんだろうともっぱらの噂だったんだ。ストーカーっぽい顔していたしな」
「それに奴はハゲです。間違いない。ニット帽を取ったところを見たことがありませんから」
バーボンが会話に加わってきた。
赤井はウォッカが尊敬しているジンの天敵だ。バーボンと赤井の悪口で盛り上がるのに時間はかからなかった。
面倒なことになったので、菜々は意味深な表情でバッククロージャーと言っておいた。
それから二日後。バーボンが公安からのNOCであると知れ渡った。
*
革靴の底が床を叩く。
壁には銀色の金属素材が貼られていて、まるで宇宙船の中のようだ。地下にある廊下のため窓はない。等間隔に天井から吊るされている剥き出しの電球が仄暗い光を放っている。近未来的な作りの施設と古臭い電球がひどくミスマッチだ。
「着いたぞ」
無精髭を生やした男が分厚い扉を開けながら放った言葉が沈黙を破った。
降谷は扉の奥に入る。何もない部屋だ。
「それで? 僕を──バーボンをこんな場所に呼び出してどうしようっていうんですか? なんでもボス直々の命令だとか」
「いやなに。ちょっと研究を手伝ってほしくてな」
男はポケットに手を突っ込む。カチリとかすかな音がした。
ポケットに入れてあったスイッチを押したのだと降谷が理解すると同時に、彼の腕が、足が、胴体が締め付けられる。天井から伸びる無数のそれは「触手」としか表現できない。
「カ、ハッ」
透明な液体が降谷の口から飛び出す。男は仄暗い笑みを浮かべて語り始めた。
「バーボン。いや、降谷零。残念ながらお前が警察庁からのNOCであることはわかっている。強靭な肉体に明晰な頭脳。加えて潜入捜査官となった時に痕跡は消されているし、親しい人物は全員他界している。新たな触手生物を生み出すための実験体として申し分ない。恨むならお前を裏切った古巣を恨むんだな」
「……」
「主任。準備が整いました」
部屋に白衣の男が入ってきた。拘束台を引きずっている。
「ああ。竹林か。……他の奴はどうした?」
男は訝しげに眉をひそめた。
同時に、竹林と呼ばれた男性は細身の体からは想像できないほど俊敏に動き、無精髭の男の首筋にスタンガンを押し当てる。男の体は空気が抜けたゴム人形のように崩れ落ちた。
「降谷さん。見張りは奥田さんが催眠ガスで眠らせたそうです。今から拘束を解きます」
「ああ」
奥田と竹林は触手の研究をしているらしい黒の組織から勧誘を受けた。警察上層部が降谷を排除するために組織の研究所に被験体として提供することを決定したという情報を木村が得たため、二人は木村の協力者として研究所に潜り込んだのだ。
降谷はインカムを右耳に取り付け、流れる音声に耳を傾けると、現状を竹林に伝える。
「部下が奥田さんと一緒に研究所の人間を全員確保し終わったようだ」
「わかりました。スイッチを押したので仕掛けた爆弾が十分後に爆発します。建物もろとも触手のデータを破壊できるでしょう」
二人は頷きあい、出口に向かった。
こうして、組織の研究所が一つ壊滅した。
*
「先程の合同会議で決められた内容をもう一度確認するぞ。僕が捕まっていた研究所が壊滅したことを知った烏丸蓮耶は警察組織を切り捨てたはずだ。僕が助かったということは彼らの中にスパイがいることを意味しているからだ。もちろん相手に切り捨てたことは伝えていない。木村が全く怪しまれずに潜入を続行しているし、間違いないだろう。人員をNOCで賄っている組織も切り捨てる。彼の目的を達成するのに組織は必要ない。いや、必要なくなったと言った方が正しい」
全員を代表して降谷が話す。
合同会議が行われているホテルの一室。他の国の捜査官たちが解散した後も公安警察たちは残り、作戦を煮詰めていた。敵がいる警察庁では話し合いができないのだ。
「そして浅野さんは幹部たちに切り捨てられたことは伝わらないだろうと考えている。僕も同意見だ。ダイキリがいるからな。彼はボスに忠誠を誓っている。ジンよりも忠誠心が強いのは確かだ。おそらくダイキリは幹部を一箇所に集める。当然僕ら警察組織は逮捕に乗り出す。その際、タイミングを見計らって建物に火を放ち、適当な焼死体をボスの慣れ果てだと偽る。そうすれば烏丸蓮耶は別人として生きていける」
ダイキリ。警視庁捜査一課に長年潜入している幹部である。
「木村。ダイキリが捜査一課に潜入した理由は?」
「はい。警視庁の人間を組織に勧誘したり、捜査一課の動きを把握したりするためですが、一番の目的は組織について探っている加藤文弘という刑事の動向を監視することでした。彼の父親は烏丸が人体実験を行うとき隠れ蓑にするために創った新興宗教、黄金神教を探っていた公安刑事でした。母親は彼の協力者です。そして、組織にとって都合が悪い情報を掴んだ二人は殺された。しかも警察組織は二人の殺害を事故として扱うことを決定。二人の能力を危険視した、組織とつながる上層部に消されたからでしょう。加藤文弘は両親の様子から父親がそういった部署に所属していること、黄金神教を探っているであろうことを予想していたみたいです。彼は状況を正確に判断し、両親を切り捨てた警察組織と黄金神教関係者に復讐を誓いましたが、親戚があてにならなかったため幼い弟を育てる必要がありました。そこで高校を卒業してすぐ警察学校に入り、警視庁捜査一課の刑事を目指しました」
警視庁捜査一課に配属されれば米花町で起こった殺人事件を担当することになる。
裏社会の人間が最も立ち寄る町としても名高い米花町の殺人事件を扱っていれば、両親を殺した犯人にたどり着くことができると考えたのだろう。
「そして、加藤文弘の弟の娘──つまり姪は加々知菜々。カルーア・ミルクとして組織に潜入している防衛省諜報部の一員です。俺の中学のときのクラスメイトでもあります。ダイキリは加藤──加々知のことですが──彼女のファンを名乗り、刑事連中に彼女がいつ結婚できるか賭けさせ、彼氏ができたという情報が入ったら彼らを使って探っていました。今から思えば要注意人物の姪が何か不審な行動をとっていないか、組織に対する手がかりをみつけていないかを探るための行動だったのでしょう」
「加藤文弘は他界しているんだったな?」
「はい。数年前に。ですが、他界する前に後輩刑事に両親の死について調べた内容を託しているようです」
「託した相手の名前は?」
「えーと……」
木村は手帳をめくり、該当するメモを探す。
「ありました。伊達航という刑事です。彼もすでに他界しています」
国際サミット予定地の爆破テロにより、降谷の部下であり風見の同僚である人間が何人か殉職した。彼らの欠員が補充しきれていないため公安は人手不足である。
組織壊滅作戦にあたって、一般人の避難誘導や構成員確保のために警視庁のSATや交通課にも協力を仰ぐべきではないかと話し合っていたところで、風見は叫んだ。
「降谷さん!」
烏丸蓮耶の命令でダイキリが取る行動に思い至ったのだ。
「ラムは無事でしょうか? 烏丸が別人として生きていくためには彼の秘密を知っている人物を口封じのために殺す必要があります。ダイキリは裏切らないでしょうが、ラムとベルモットは……」
「ラムは厳重な警備の元拘束している。見張りに気がつかれずにラムが逃げ出すことも、何者かがラムを殺すこともできないはずだ」
しかし、降谷の予想に反してラムが殺された。防衛省の人間によると触手生物の犯行で間違いないらしい。
この結果は、ダイキリが触手を移植したことを示していた。
*
「高木巡査部長。佐藤警部補。そのUSBメモリを渡してもらおう。わかっているとは思うが、内容は他言しないように」
風見が威圧感を放って告げる。
埃が舞う警視庁の空き部屋には風見、佐藤、高木の三人しかいない。
佐藤は唇を噛み締めた。従いたくないが、保存されていたデータの内容が内容なので風見が出てくるのも頷ける。あの件は公安が担当するべきなのだろう。頭ではわかっているが心が認めたくないと叫ぶ。
佐藤が理性を総動員させて風見に刃向かわないようにしている横で、高木が声を張り上げた。
「嫌です!」
「ちょっと、高木君!?」
「その案件が、僕たちが関われる範疇を超えていることは分かっています。でも、伊達さんに託されたんです!」
伊達航。彼の名前が出たときの上司の顔を風見は思い出す。
降谷零にあのような顔をさせる人間が捜査を託したという高木の話を聞いてみてもいいかもしれない。
「何があったのか、話してみろ」
「は、はい!」
高木は話した。
伊達が事故に遭い、息をひきとる直前に手帳を託されたこと。
最近、託された手帳に「RUM」と書かれた紙が挟まっていたことに気がついたこと。
「ラム!?」
「あ、違うんです。実はUじゃなくて、数学記号の∪だったんです。それにRとMの上にそれぞれ短い線が一本ずつ、R∪Mの上に長い線が一本引いてありました。これは『RでありMである』って意味になります」
慌てて訂正する高木に佐藤が続く。
「そしてRは赤、Mは警視庁を英語にした時の頭文字です。この二つの条件に当てはまるのは赤バッチしかありません。伊達さんは亡くなる前に張り込みをしていたため刑事だとバレないように赤バッチを外してロッカーにしまっていました。そして、事件が起きすぎて伊達さんのロッカーを整理する時間がある人がいなかったせいでロッカーがほったらかしになっていたので、赤バッチは残っていました。こうして赤バッチの裏に刻まれたUSBメモリの保管場所を確認したんです」
「なるほど。USBメモリを手に入れた経緯はわかった。……あれを見ても関わりたいと言えるのか? 多分、君たちが想像しているよりもことは大きい」
高木と佐藤はUSBメモリに保存されていたデータの内容を思い出す。黄金神教の創立者である烏丸蓮耶が作った国際的な組織についてのものだった。ありとあらゆる犯罪を網羅しているらしい。
「今現在、公安は人手不足だから君たちの手を借りられるのなら借りたい。だが、かなり危険だし情報はほとんど渡せない。それでもいいのか?」
「「もちろんです!」」
*
木村は警察庁の人間。風見は警視庁の人間。木村の方が立場は上だが、二人とも降谷の手足となって働いているので感覚としては同僚のようなものだ。
木村は年上である風見に敬語を使っているし、風見は後輩である木村にタメ口で話す。
異常なほど事件が起こる米花町を調べるために(上層部の本当の狙いはそこではないだろうが表向きはそういうことになっている)地域企画課の人間として振舞っている木村は警視庁で風見を見かけて声をかけた。
警視庁に勤めている男性の九割が所属しているという佐藤美和子絶対防衛線の野外活動が行われているらしく、警視庁にはほとんど人がいない。
取り付けられている監視カメラの映像は律が取り替えてくれるので、木村は本業の話をしても大丈夫そうだと判断する。
「そうだ、風見さん。長野県警と大阪県警の協力を得られることが決定しました」
「そうか。日本にある組織の支部を潰す目処がたったな。外国のほうは他の諜報機関が頑張っているようだし」
風見は缶コーヒーのブルタブを上げながら言った。木村は壁にもたれかかる。
「ええ。アメリカは信用できるCIAやFBIの人間が、イギリスはメアリーさんの仲間が上層部を掃除するそうです。帝丹小学校の教師としてコナン君を探っていた捜査官とも協力関係を結びましたし、組織と繋がっている各国の重役をどうにかする準備は整いました」
「あれだけの人物たちの力を削いでも混乱が起こらないようにする作戦。よく思いついたよな」
「俺が中学の時の担任が考えた、『各国の重役が悪事を働いていたときの対処法』を元に、工藤優作さんと理事長が考えた作戦ですよね。あの三人の頭の中がどうなっているのか未だに謎です。それにしてもあの冊子の内容が役に立つ日が来るとは……」
「殺せんせー、か」
「ええ。良い教師でした。俺たちは全員、あの先生に救われた」
沈黙が訪れる。防衛省の人間の態度といい、木村や浅野學峯の態度といい、地球を破滅の危機に追いやったと言われている超生物の真の姿が垣間見えるとき、風見は胸にモヤが広がるのを感じる。
何も知らない人間から好き勝手言われるのは嫌なものだ。風見は公安となってから、見当違いなことを言われても本当のことを告げられない歯がゆさを嫌という程味わっている。彼らは中学生の頃そのような目に遭ったのだ。
気まずさを打ち破るため、風見は話題を変えた。
「ああ、そういえば。高木刑事と佐藤刑事の協力を得られることになった。一般人の避難誘導を手伝ってもらう」
「そうですか。SATの協力も必要ですよね。上層部に気が付かれないように力を貸してもらい、無断であれだけのことをしてもSATの人たちが罪を問われない方法か。……俺、もうそろそろ仕事に戻ります」
「そうだな。俺も仕事に戻る」
風見は木村に別れを告げた。窓からはいびつな形をした月が見えた。
*
「それにしても、カルーアがNOCだったなんてね。焼肉行った時も全くそんな素振り見せなかったのに」
「組織焼肉行くんですか。楽しそうですね」
キャメルが意外そうに言った。
「いや、俺がいた時はそんなに和気藹々としていなかったぞ」
赤井が横から口を出す。
本堂はあっけらかんと答えた。
「焼肉行ったのは女性陣だけよ。ちょうどベルモットがカルバドスから焼肉無料券もらったし」
カルバドスは死んだはずだ。少し考え込み、もしかして父親がカルバドスとして生活しているのではないかと赤井は思い至った。
「それでは最終打ち合わせを行います」
黒田が英語で告げた。駄弁っていた三人は席に着き、背筋を正す。
「すでに複数の支部は潰しました。残るは幹部たちの一斉逮捕、鷹岡がいると思われる研究所の壊滅、ボスの確保だけ。本堂捜査官、加々知捜査官によれば次々と支部が潰されていることは一切幹部たちに知られていないようです。やはりボスが組織を切り捨て、ダイキリがボスを死んだことにするための準備を始めているのだと思われます。組織と繋がっていた各国の人間は、ほとんどは放っておいて大丈夫です。今は大黒連太郎として生活している烏丸蓮耶を抑えれば何もできなくなるでしょう。能力が高く、第二の烏丸になりそうな人物は工藤さんと浅野さんの作戦通りに対処します。次はMI6に所属している赤井務武捜査官の手引きで日本警察と司法取引を交わすことが決定したベルモットについて。烏間さん、ダイキリに狙われているベルモットを保護する作戦を聞いても?」
「ええ。この作戦はカルーア・ミルクとして潜入中の加々知が考えたものなのですが──」
ジョディは唇を噛みしめる。両親の仇である彼女に復讐することを原動力に生きてきた。ベルモットがFBIの手から逃れることを許せるはずがない。
しかし、ハリウッドの大スターが犯罪組織の幹部であると世間に知られるわけにはいかないことも、私怨で動くべきではないことも理解している。
降谷零も本堂瑛海も、E組関係者も、ここにいる全員が何かしらのわだかまりを抱えているのだ。
それに、ジョディ・スターリングはFBI捜査官だ。アメリカ国民と国家の安全のために働いている。
いくら憎くても、ベルモットが公安と司法取引を交わしたのならそれまでだ。
しかし、ジョディは烏間からベルモットを保護するための作戦を聞いた後、彼女に同情することとなる。
*
記者である荒木鉄平は物思いにふけっていた。
ミステリートレインで思わぬ再会をした中学の時の同級生、加藤菜々。彼女は工藤有希子の浮気現場を抑えようとしていた荒木にクリス・ヴィンヤードの熱愛情報を渡してきたばかりか、記事を発表するタイミングを指示してきた。
騒ぎが大きくなるからだと説明されたが、荒木は納得していない。どうせなにか企んでいるのだろうと考えている。
それでも、奴の思惑にのってやるのも一興だと思う。
「記事にするのは喫茶店店員の話だけ。銀髪の男──ジンのことは僕の胸にしまっておこう」
荒木は呟くと、取材を続けるうちに明らかになった事実に想いを馳せた。
ジンとウオツカは男同士で交際している。大変仲睦まじいようだ。ペアルックで遊園地に行ったという情報を得ているし間違いない。
しかし男同士。
苦難は多かったのだろう。
ある日、ウオツカは恋人が白い目で見られることに耐えかねて別れを告げた。
ジンはウオツカがどう思っているのかを知らず、自分が捨てられたのだと思い込む。
それから程なくして大女優であるクリス・ヴィンヤードと交際を始めるが心の隙間は埋まらない。
恋愛映画のCMのような映像が荒木の頭の中を流れる。
「わかっていたわ。あなたの心には誰かがいて、私が入り込むことはできないって」
今にも泣き出しそうな顔で微笑むクリス。
「クリス、僕じゃダメですか?」
クリスのことを一途に愛する探偵。
「愛しい愛しいコイビトさ」
ジンの恋人を名乗る男性。
首都高速から墜落した車が爆発した事件が起こったとき、荒木は不健康そうなニット帽の男に会った。
喫茶店店員でありクリスの恋人である安室透と過去にバンドを組んでいた男の特徴と一致していたため、荒木は彼に声をかけた。
酒がどうとかぶつくさ言った後(きっとアル中なのだろう。そんなような顔をしていた)、彼は尋ねてきた。
「俺に何を聞きたい?」
「……もしかして、ジンという男を知っていたりするか?」
「ホー。……彼は愛しい愛しいコイビトさ」
意味深に笑いながら告げるニット帽。
ジンが思っているのはウオツカただ一人のはずである。荒木は悟った。こいつジンのストーカーだ。
*
菜々は首を傾げていた。
荒木に連絡を取ったら真実の愛がどうのこうのと言っていたのだ。
とんでもない勘違いが起こっているような気がするが、目論見通りにことは運んでいるので気にしないことにする。
彼女が開いている現世の新聞には「クリス・ヴィンヤード、喫茶店店員と熱愛疑惑!」という文字が踊っていた。