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「私には安室さんがいるから」
「ごめんなさい、私は安室さんを信仰してるから」
「チャラそうに見えて実は誠実な安室さんの方がいい」
「つり目よりタレ目派。安室さんみたいな」
現世に行っていつも通りナンパしたら、四回も連続で既視感のある断られ方をした白澤は元凶に喧嘩を売りに行った。
小学生から老人まで幅広い女性層に人気があるらしい安室透が勤めている喫茶店ポアロには、ほとんど客がいなかった。お昼時はとっくに過ぎているからだろう。
喫茶店にいるのは白澤を除くと五人。そのうち客は三人で、一見全員男に見えるが一人は女子高生だと白澤は瞬時に見抜いた。店員は二人。可愛い女性店員を誘った後、白澤は元凶を睨みつけた。
「安室透。お前は僕を怒らせた!」
「はあ……」
降谷は曖昧に返事をした。白澤が乗り込んできた理由がわかってからというもの、店内はなんとも言えない空気になっている。
「大体、喫茶店のアルバイトを副業でしてる二十九歳ってなに? 本職探偵だけど収入が安定しないから働いてるってお先真っ暗じゃん! 結婚したら悲惨なことになるの確定じゃん! なんでモテてるんだよ!? 漢方薬局経営してる僕の方が絶対良いのに!」
未来計画を見直しはじめた世良をよそに、カルマが口を挟む。
「えーでもさー、売り上げの八割くらい交際費に消えてるんじゃない?」
「失礼な! 交際費は七割だけだよ!」
すかさず反論する白澤。彼は誰かに突っ込まれる前にメモ用紙を取り出した。
「僕が聞き込みを行ったところ、やっぱり僕の方が良いっていう結論になった!」
白澤の様子を見るに、彼は調査結果を説明するつもりらしい。
オロオロする梓、色々と諦めた木村以外は頭をフル回転させる。
世良はバーボンである安室透について、さらに黒の組織について何か分かるかもしれないと考え、白澤の話を聞くことにした。
カルマは面白そうだし、木村の反応から、彼と喫茶店店員が名前を言ってはいけない部署に所属している警察官の可能性を導き出したので、白澤の話に耳を傾けることにした。
降谷は鬼灯と白澤の顔立ちが似通っていることに目をつけた。血縁関係の可能性が高い。
そして、景光の携帯に入っていたデータとネットに流れている情報によると、加々知鬼灯は「生贄予定者」であった。ここで言う生贄とは引き取った身寄りのない子供のことだ。子供たちは、信者に生贄と説明して非合法な実験を行うためのモルモットとして使用されていた。
ここで浮かぶ可能性は四つ。
一つ目はただの他人の空似であるという説。
二つ目は鬼灯と血縁関係はあるものの彼の存在を知らないという説。
三つ目は鬼灯の状況を知っているという説。この可能性が一番高い。どこまで知っているのか推測するのは難しいが、探りを入れても悪いことはないだろう。
そして、最も低い可能性ではあるが、大前提が間違っているという説。すなわち、黒の組織に保管してあったというデータとネットに流れているデータは全て偽造であるという話だ。しかし、偽造をする必要性があり、厳重に守られている黒の組織のパソコンをハッキングできる人材がいる状況なんて限りなくゼロに近い。
ともかく、白澤に探りを入れるべきなのだ。そして、探る相手の機嫌を損ねるわけにはいかない。降谷は穏便に済ませるべく、今は反論しないことにした。
降谷が不名誉きわまりない憶測をしているとはつゆ知らず、白澤は降谷の目を見据えて語り始める。
「お前はレシートを捕まえてニヤついていたという証言がある。どっからどう見てもストーカーだろ」
「違います。あれは子供達が誘拐されて……」
降谷が反論するが、白澤の話は続く。
曰く、白昼堂々とピッキングしていた。道路ではない場所を車で走っていた。橋の下から顔を出しては引っ込めるという意味不明な動きを繰り返していた。
全て事実だった。行動を開始してから数時間でこれほどの情報を集められたことに降谷は舌を巻く。ここは何をしても事件に巻き込まれる米花町である。数時間もあれば一回から五回ほど巻き込まれる。そんな中、ここまで情報を集めるのは不可能に近い。
驚愕しながらも顔に出さず、降谷は反論した。
「ピッキングや車の件は事件が起こったのでやむおえずしたことですし、橋についてはただの筋トレです」
「いや、それ以前になんでピッキングできるんだよ」
「白澤さん、あんたもボク達と来なよ。ピッキングができるくらいで突っ込んでいるレベルだったら間違いなく米花町から出ることなく死ぬよ」
見かねた世良が声をかける。
「へー、セロリって得るカロリーより消化に使われるカロリーの方が多いから食べ続けると餓死するんだ。へー」
木村はスマホを片手に現実逃避を始めていた。
*
降谷の倶生神が誤解を解いたおかげですぐさま態度を変えて謝り倒した白澤は、一瞬で女だと見抜いた世良にホイホイついて行った。
白澤がいきなり謝ったことを訝しんだ世良は、目的地に向かって歩きながら探りを入れてみることにした。とある賭けの後、相手の性別を見分ける特訓をしたのだと話していた男を警戒する必要は無い気がするが万が一ということもある。
なにしろ、安室透は彼を探っていたのだ。どちらかというと、彼が口にした「ある奴」の方に興味を示していたようだが。
「ねえ、安室さんに見せてた写真ってどんなのなんだ?」
バーボンが警戒しているらしい男の情報を得ようと尋ねたとき、白澤が件の男の名前を一度も口にしていないことに気がつく。世良は考えをおくびにも出さず、人懐っこい笑顔を浮かべた。
「ムカつく奴と自撮り対決した時の写真だよ。ホラ、どう見ても僕が撮った奴の方が上手いでしょ? あいつは写真撮るときも無表情だし」
「いや、あんたが撮った写真ぶれてるけど……」
白澤が見せた写真の片方に映っているのは無表情の男だ。白澤と顔立ちが似ているので兄弟かもしれないと世良は考えた。
頭の中を整理し終わる前に目的地に着いてしまい、世良は思考を中断する。
「ここが護身道具を作ってくれる人の家だよ。ここに住んでいる人の発明品が凄すぎるから、この家の人に危害を加えようとした人は米花町民全員から敵視されるんだ。この町には加害者か被害者しかいないことからも分かる通り事件が起こりまくるから、護身道具を失ったらすぐに死ぬ。だからみんな必死なんだよ」
世良が一通り説明すると、カルマが顔を引きつらせていた。
木村が「改めて言葉にするとやばいな……」と呟いているなか、白澤は目的地の隣にそびえ立っている豪邸に目を向けた。
表札には工藤と書かれている。工藤新一の家で間違いない。
気になるのは工藤邸の庭に狐がいることだ。動物の性別も瞬時に見分けられるようになっている白澤は狐がメスだということに気がつく。しかも稲荷の狐だし地位も高そうだ。
米花町の事件の多さ、もっと正確にいうならば工藤家の事件遭遇率の高さの元凶だと白澤は直感した。
*
「カルマ、話ってなんだ? しかも家で話そうだなんて……」
木村は大きな窓から外をちらりと見る。空は真っ暗で、星とは対照的に地上に散らばるネオンはきらびやかだ。登庁しなくてもいいと言われているが同僚の手伝いをしたいので、できることならもうすぐ警察庁に足を運びたい。
「ああ、盗聴器はないよ。心配ならこれで確認して」
カルマの家に招かれて困惑している木村に、家主は盗聴器発見器を押し付ける。
「コーヒーと紅茶どっちがいい? あ、公安は人が準備したものは口にできないってほんと?」
「……なんでそれを」
「分かりやすかったよ。安室さんって人もそうでしょ。しかも木村の上司で地位も高そうだ。そして加々知さんと加藤さんを探っている」
木村は大きく息をつく。相手は確信している。誤魔化すのは無理だろう。
「なんで分かったんだよ」
「烏間先生から黒の組織について聞いた時の反応。あと、安室さんが加々知さんを探ってるのは見え見えだったし、木村と安室さんの会話から、訓練に来るかもしれなかった同級生と接触できたかどうかを伝えているんじゃないかって思ったんだ。加々知さんについて探っているなら加藤さんについての可能性が高い」
木村は勧められるがまま椅子に座り、カルマを油断なく見つめた。
「で、ただの好奇心で俺が公安だってことを指摘したわけじゃないだろ?」
「もちろん。木村は柳沢の後ろにいたのは何なのか分かってるでしょ?」
「国」
簡潔な答えにカルマの唇は弧を描く。
「俺、ある程度の地位を手に入れた時から政界を探ってたんだ。その結果、結構な数のお偉いさんが黒だった。木村の方はどう?」
「詳しいことは分からない。ただ、黒の組織にはかなりのNOCがいるんだ。それなのに長年組織の実態がつかめていなかった。上層部が情報を握りつぶしているとみて間違いない」
「やっぱりそうか。木村、俺と手を組まない?」
「加藤や律には協力してもらわないのか? そうすれば一瞬で誰が黒いのか分かるし証拠も手に入る」
「いいや、何も話さない。律が黒の組織の件で地獄も動いているって教えてくれたんだ。普通なら現世のテロ組織なんて放っておくはずなのに、地獄は黒の組織を壊滅すべきだと判断した」
「殺せんせーの時のように地球が滅亡する可能性がある。黒の組織が触手の研究をしているらしいし、その可能性が高いんじゃ……」
「それもあると思うけど……。コクーンって覚えてる?」
いきなり話が飛んだが、何かあるのだろうと判断して木村は頷く。
「バーチャルリアリティゲームだろ? お披露目パーティーで行われた体験会で、ゲームを人工知能に乗っ取られたから生産中止になったやつ」
「そう、それ。そのパーティーに加藤さんたちもいたんだ。ただの視察って言われればそれまでなんだけど、俺はそれだけとは思えない。そして、やけに大人びている子供を発見した。しかも行方不明の工藤新一とそっくり。当然烏間先生に調べてもらうよね」
「幼児化も知ってたのかよ。俺たちはつい最近知ったのに」
文句を垂れた後、木村は復元されたデータに入っていた人体実験の結果、組織と黄金神教の繋がりについて話した。
「ん? ってことはまさか……。組織は昔から若返りやそれに近い研究をしていて、多くの権力者が組織と繋がっている。全員が全員、金や権力が目的だとは思えない」
「組織の研究に投資しているってことであってると思うよ。やけに組織に流す金額が多いし」
地獄が動いているのは、人間の寿命が操作される恐れがあるからだ。もしかすると、すでに時間の流れを捻じ曲げてしまった人間はいるかもしれない。
「地獄は組織を壊滅させて、触手や若返りに関する研究データを破壊するのが目的だ。逆に言えば、それ以外のことをやる必要がない。それに、死後の裁判をする者が生者に必要以上に関わって良いはずがない。加藤さんや律が抜け穴を探すのも限界がある」
「分かった。これは俺たちでやろう」
「うん。後で寺坂も巻き込むよ。まあ、ポカしそうだからしばらく説明する気は無いけど」
情報を伝え合い、木村は公安に、カルマは政界に探りを入れることを取り決め終わった時、木村が呟いた。
「ところでさ、上司が加々知さんと黒の組織との繋がりを疑っているんだ。しかも、加藤と中村が俺の上司でBLについて話していたら、上司が何かの暗号かと勘違いした。どうすればいいと思う?」
「うわ、何それ面倒。烏間先生に丸投げしとけば?」
「加藤にも同じこと言われた……」
*
名頃鹿雄。咄嗟に自分を殺してしまった初恋の人が心配で五年間浮遊霊をやっていた人物だ。そんな彼は、コナンと平次からあらぬ疑いをかけられていた。
テレビ局爆破と矢島殺害を行なったのは関根だと考えていたコナンと平次だったが、その関根が狙われたのだ。関根が乗っていた車が爆発した。助かるかどうかは五分五分だという話だ。
そこで、容疑者として浮上したのが名頃だった。皐月会を逆恨みしている可能性が高いと阿知波が話し、殺された矢島は名頃会の解散を主張していた。そして、車が爆発した関根と、その爆発に巻き込まれた紅葉は名頃の弟子で、名頃失踪後に名頃会から皐月会に移ったという。
また、犯行直前に被害者宛に送られていたメールも発覚した。
テレビ局爆破予告の紙にもカルタ札が印刷されていたことや、矢島の殺害現場にカルタ札があったことが分かった。矢島の場合は、カルタ札を見て名頃の犯行だと思った関根が偽装したのだろう。
メールで送られた札、矢島が握っていた札は、名頃の得意札である紅葉の情景を詠った六枚の札のどれかだ。
確認すれば紅葉にも名頃の得意札の写真のメールが届いていたことが発覚した。
真犯人は名頃である。コナン達はそう確信していた。
*
矢島が握っていた札が判明したことと、名頃が犯人だと思われることを伝えるコナンからの電話を切った後、學峯は一つ息をついた。
星がちらほらとくすんだ光を放つ中、球体に近づいてきたもののいくつかの不恰好な塊に分かれている月が存在感を放っている。
學峯は一人の教師を思い出していた。彼は良い教師だった。生徒達に今でも慕われているのがその証拠だ。
そして、関根が目を覚ましたと聞いて駆けつけた病院で見た光景を思い出す。名頃の教え子達を見る限り、名頃が犯人だとはどうしても思えなかった。
「わざわざすまんなぁ。明日試合なのに」
「何言うてるんですか。関根さんのこと、心配しとったんですよ!?」
「ハハ、すまんなぁ」
しばらく沈黙が続いた。
関根に話を聞こうと病室の前まで来たのに、部外者が入ってはいけない空気を感じ取り、學峯は足を止めて聞き耳を立てていた。盗み聞きは良くないのだが、この会話を聞かなければならないと本能が訴えていたのだ。
「「名頃先生、今どうしてるんやろ」」
紅葉と関根、二人が同時に呟いた。
「言いたいこと、たくさんあるのに」
「また、先生の写真撮りたいなぁ」
涙声になってきたところで學峯は静かに立ち去った。あそこまで教え子に慕われている人物が、生徒を危険に晒すだろうか。
慕われているのは良い教師の証だ。良い教師は生徒の命を狙うはずがない。むしろ、何があっても守ろうとするだろう。かつての三年E組の担任がそうだったように。
*
菜々は遠い目で燃えている建物を見た。ここは米花町ではないのに高い建物が燃えている。やはりコナンが居るのがいけないのだろうか。
皐月堂。阿知波が亡くなった妻の皐月を思い、崖の途中に建てた建物だ。すぐ横には大きな滝がある。
皐月堂は皐月杯の決勝戦で使われる。登ることができるのは一年に一回。しかも、それは読み手の阿知波と決勝戦まで進んだ二人のみだ。
試合の動向は川を隔てた観戦専用の施設のスクリーンに映る映像で見ることができる。マイクもあるので声も聞こえるらしい。
空調システムや防音壁まである。
米花町にある建物だったら、間違いなく爆発すると言い切れる代物だ。ここは大阪だし一度テレビ局が爆発しているので無事に終わる可能性がワンチャンあるかと思っていたのだが、千件以上の事件を解決している高校生探偵と米花町の死神の事件吸引力には勝てなかったらしい。
「なんや!? 何であんなに勢いよく燃えてんのや!?」
「なんか燃料に引火したんやと思われます!」
「消防はまだ来ィひんのか?」
「園内は道が狭うて消防車が入ってこられへんとのことで……」
刑事達が揉めているのを聴きながら、菜々はことのあらましを思い出していた。
ホテルのロビーで鬼灯が白澤に電話をしていたら、蘭にカルタ大会を見に行かないかと誘われた。そして、事件に巻き込まれた。それだけだ。
爆発が起こり、現場に残されていた指輪から真犯人が阿知波だと気がついた高校生探偵二人が皐月堂にバイクで向かったりしているが、探偵による派手なアクションは米花町ではよく見られるので大したことではない。
問題は、やけに見覚えのある男性が目の前にいることなのだ。
「理事長?」
「はい」
恐る恐る尋ねてみると、予想通りの答えが返ってきた。間違いであって欲しかったが、學峯の姿は菜々の記憶と全く変わらない。
「時間がないので余計な質問はしないでくれ」
そう前置すると、學峯は菜々の隣にいる鬼灯に話しかけた。
「実は、加藤さんが結婚できたという話が息子のげぼ……友人達の間で広まっているんです」
「今下僕って言いかけましたよね?」
「相手は二次元説、脳内にいる旦那説、ついに妄想と現実の区別がつかなくなった説など、様々な憶測が飛び交っているのですが……。まさかとは思いますが、あなたが噂の人物ですか?」
「そうです」
菜々は文句を言おうと口を開いたが、彼女が言葉を発する前に學峯がまくし立てる。
「だとすると、あなた多分相当アレな方ですよね? 女性一人、あの皐月堂まで投げれますか?」
「あれ? なんか嫌な予感がする」
「大丈夫さ。君の格好は、私に催眠術を学びに来ていた高校生の時と似ている。そして加藤さんは学生の頃、米花町の至る所に爆弾が散らばっている関係で、燃えにくい洋服を身につけていた。つまり、加藤さんが着ているのは燃えにくい素材の服である可能性が極めて高い。皐月堂に投げ込まれても燃えないだろう」
「怪我する心配とかないんですか!? それ以前に教え子を燃え盛っている建物に投げ込もうとするのはどうなんですか!?」
「この事件の犯人は阿知波さんだ。動機は妻である皐月さんが名頃さんを殺害したことの隠蔽」
學峯は事件のあらましについて簡潔にまとめて聞かせた。
マスコミまで巻き込んで皐月との試合を取り付けた名頃は、試合前日に皐月の元を訪れた。
一足早い試合を申し込んで見事勝利した名頃だったが、会の存亡を賭けた試合で負けることを恐れた皐月に殺されてしまう。
その時、皐月はカルタを名頃の血がついた手で触ってしまった。そのカルタこそ皐月杯の決勝戦で使われるカルタであり、テレビ局爆破の日にテレビ局に持ち込まれていたカルタである。
注目すべきは名頃と紅葉の得意札が同じだという点と、矢島は殺される直前に決勝戦で戦う紅葉のビデオを見ていた点。
皐月が犯行直後に触ってしまった時と、紅葉が決勝戦で取った札の順番とが似ていた可能性がある。矢島はそれに気がついたのだろう。だから殺された。
関根が狙われたのは、名頃の犯行に見せるため。とうの名頃の遺体は皐月堂に隠してある。
「そして、重要なのは名頃さんはわざわざ皐月さんへの当てつけのために試合を申し込む人物ではないこと。彼はそんな人物ではない。加藤さんに頼みたいのは二つ。皐月堂にいる全員の救出と、名頃さんの遺体を運び出すことだ。あと、大阪県警本部長の息子さんとキッドキラーの少年が向かったようだから、二人の安全も確保しておいてくれ」
「えー、あの二人が行ったんなら大丈夫ですよ」
菜々は食い下がる。キャスケットを死守しなくてはならないので投げられるのは避けたいし、自分が行くとラブコメ展開を潰してしまう予感がするのだ。
「仕方がない。建前は置いといて本音を言おう」
「建前!?」
「いや、まあ、さっきの話は本心でもあるが、加藤さんに行ってもらいたい一番の理由があるんだ。テレビ局見学ツアーの時、周りに男性しかいなかったせいで逆ハー臭が凄かった。絶対にありえないしむしろ女と認識されていない可能性しかないと頭では分かっていても、蕁麻疹が治らないんだ」
「なるほど分かりましたぶん投げます」
「鬼灯さん!?」
突っ込もうとした菜々だったが、体の重心が傾く。とっさにキャスケット帽を左手で抑えると、掴まれた右腕を持ち上げられ、一本背負いのような動きで投げられた。
*
和葉と紅葉が神経を研ぎ澄まし、相手よりも早く動き早く札を取るために全神経を使っていると、皐月堂が揺れた。何事かと和葉たちが外に出てみると、一人の女性がいた。しかも皐月堂が燃えていた。
「説明は後! 取り敢えず降りるよ!」
そう叫ぶと、瞬きをする間に菜々は阿知波の懐に潜り込み、鳩尾を殴った。意識を飛ばす阿知波。
起こったことが理解できず、和葉たちが呆けていると、今度はバイクが突っ込んできた。
「なんやの!? なんでこんなにありえへんことが……って平次君!?」
「平次の近くにいるとよくあることやで。学校行事のスキー合宿で、どこの誰かわからない相手と推理対決した後くらいから、やけに事件に遭遇するようになったんや」
「ウチ、家の関係で誘拐とかされたことありますけど、さすがにこんなことは初めてです!」
「慣れやで慣れ。慣れれば殺人現場で恋バナできるようになるんや」
やけに悟っている和葉に紅葉が常識的な意見を言っている間に、コナンは阿笠の発明品で皐月堂の火を消した。巨大に膨らませたサッカーボールで滝の水の流れを変えたのだ。
「で、なんで犯人である阿知波さんが気を失ってるの!? どう考えても菜々さんの仕業だよね!? 推理ショーは!?」
「こんな状況なんだしうるさくなりそうな人は眠らせておいたほうがよくない? とにかく、コナン君は阿知波さんと一緒にエレベーターに乗って!」
自分一人では阿知波を運べないとコナンが主張するので、紅葉もエレベーターに乗ることになった。
「服部! エレベーターには三人しか乗れないから先に行くけど、やばそうだったら菜々をおいてバイクで逃げていいからな! こいつは飛び降りるか崖を伝って降りるかするから! それくらいやっても死なない奴だから!」
コナンが叫びながらエレベーターのドアを閉めた。
コナン達が無事脱出し、池に浮かび上がっている一方で、皐月堂が崩れ始める。
巻き込まれる可能性を考え、救助ヘリは離れていった。
「和葉! 乗れ!」
平次が怒鳴る。
コナンは人を死なせないことをモットーにしている。そんな彼が放っておいても大丈夫だと断言した女性は自力で逃げるだろう。だから、平次は自分と和葉が逃げることのみを考えることにした。
菜々は骨だけとなった名頃を探し出し、頭蓋骨だけを左手に抱えて走る。床が傾いていることを物ともせず、皐月堂の端まで来ると大きく飛び上がった。
急に浮く体。目の前に迫る崖。崖の突起を右手で掴むと、体をひねって軌道を変え、崖にぶつかるのを回避する。昔よくやっていたように、突起に手をかけて勢いを殺しながら落ちていく。崖から出た太い枝に着地すると、救助ヘリを待つことにした。
平次と和葉が爆弾を利用して加速し、皐月堂から向こう岸にある池まで飛び移っているのが見える。
*
無事救助され、特に怪我がなかったのですぐに解放された菜々は、學峯と向き合っていた。
「無茶苦茶な頼みを聞いてくれてありがとう」
「私に拒否権なかったですよね!? それはそうと、なんであそこまで名頃さんに肩入れしていたんですか?」
名頃の性格を断言したり、皐月堂が崩壊した後でもできるであろう名頃の遺体の回収を頼んだりと、學峯にしては珍しい行動だった。
「始めは、浅野塾の良い宣伝となるはずだったテレビ番組の収録を邪魔された怒りから事件に関わったんだが、途中からは名頃さんの冤罪を晴らすために動いていた。なんでか分かるかい?」
菜々は首を振る。
學峯は何かを懐かしむような目をして口を開いた。
「名頃さんは弟子に慕われていたようだよ。同じ人に教える者同士、思うところがあってね」
名頃が閻魔庁で裁判を受けるまで一ヶ月ほどある。菜々には彼に伝えないといけないことができた。
*
「白豚からの報告によると、米花町に呪いがかかっているのは間違いないらしいです。ただ、呪いから神気のようなものが感じられるそうです」
米花町に呪いをかけているのは神の類で間違いない。
そして、注目するべきは犯罪件数が急激に増えた時期が二回あること。おそらく呪いがかけ直されたなり、呪いをかけた者が米花町を訪れたことで呪いが強まったなりしたのだろう。
犯罪件数が増えたのは十三年前と今年。十三年前といえば、菜々が地獄に迷い込んだり鬼になったりした年でもある。
「心当たりがあるような……」
「そして白豚は稲荷の狐を工藤邸で発見しました。あなたもよく知っている相手です」
「やっぱりソラですか!」
鬼灯の話を聞いた時から予想はついていたが、菜々は思わず叫んでしまった。
鬼になっても菜々が学生時代を現世で過ごせたのは空狐であるソラが化かしてくれていたからだ。
そんな相手が、変質者出現スポットでの悪夢のような実戦や、ドキドキ☆犯罪者との追いかけっこ、動機あるある第一位・逆恨みの元凶だった。長い間行動を同じくしていたのに、鬼灯の話を聞くまで予想だにしていなかったことに、菜々は少なからずショックを受ける。
「なんでソラは米花町を呪ってたんですか」
菜々はひとまず状況を理解しようと質問することにした。
「正確に言うと、呪っていたのは工藤家の人間です。昔、荼枳尼天の祟りで死んだ人間を見て、『神なんているわけがない。これは殺人事件だ』と工藤家の祖先が発言した時から祟っているとか。空狐は妖狐の二番手ですが、妖力については最上位とされています。しかも稲荷空狐は神狐でもあります」
ソラにとって何世代にも渡る呪いをかけるのは難しくないということだ。
「じゃあ、ことあるごとに小五郎さんの友達が被害者か殺人鬼になるのも、米花町の恋人が破局したら殺し合いに発展するのも、米花町に露出狂の亡者が多いのも、和伸君が苗子ちゃんが近くにいることに気がつかないのも、柳沢が変態なのも全部ソラのせいってことですか?」
「正確に言うと工藤家にかけられた呪いは、工藤家と関わった人物に心の奥底に眠っている殺意を認識させることで、事件を起こしやすくするというものです。あといくつかは冤罪です」
鬼灯の説明によると、ソラは米花町を窓が割れていないスラム街にするつもりはなかったらしい。ただ単に工藤家のフットワークが軽すぎたのと、米花町でトラブルが絶えなかったのが原因のようだ。
そして黒の組織が壊滅した暁には、呪いを解く約束も取り付けたとか。事件を解くのが生きがいになっているのだから事件に巡り合わないようにしてやれば良いじゃないか、という思惑が感じられるが、呪いが解けるのは万々歳なので菜々はスルーした。
*
部屋を照らす温かで柔らかい光が、重圧感が漂う机に反射する。どっしりとした大きな椅子に前のめりになるようにして腰かけている黒田兵衛は、目の前の男を見つめた。
鋭い目つきにスーツの上からでも鍛えられていることがわかる身体。防衛省の室長を務め、数々の伝説を残している男、烏間惟臣だ。彼に呼ばれたため、黒田はこうして防衛省までやってきたのである。
「ご足労いただきありがとうございます。黒田さん、あなたには正義のために全てを投げ捨てる覚悟はありますか?」
獲物を見定める肉食獣のような目。黒田は生唾を飲み込み、喉を上下させたのち答える。
「もちろんです」
強い意志に裏打ちされた響きだ。事前に調べた通りの人格なのだろうと考え、烏間は全てを打ち明けることにした。
「なるほど。非公式に黒の組織を追っている各国諜報機関の捜査官が集まり、情報を共有し、組織を壊滅させる、ですか。確かにこの状態だとそうするほかないですね」
「ええ。ただし、理由が理由とはいえ無断でこれだけのことをやるとなると処罰は免れないでしょう。それでもやっていただけますか?」
「もちろん。私の部下も何人か──と言っても三人だけですが──この作戦に組み込めます。……ところで烏間さん、提案とお願いがあります」
烏間は黒田の言葉を待った。
「最近起こったエッジ・オブ・オーシャンでのIoTテロでこの件に関われるだけの能力を持つ公安刑事が何人も殉職しました。公安は人手不足です。そこで新たに協力者を得て、彼らを使いたい。新たな協力者とは工藤優作と浅野學峯。工藤優作の方は息子のことがあるので協力者になってもらえるでしょうが、浅野學峯とは連絡をつけるのすら難しい」
「なるほど。私への頼みとは、超破壊生物暗殺計画で面識がある浅野學峯と連絡を取ってもらいたいというものですね」
「ええ。よろしくお願いします」
口角を上げて手を固く握り合った彼らの瞳にはギラギラとした闘志が宿っていた。
*
警視庁では非公式の団体・佐藤美和子絶対防衛線による内部分裂が起こっていた。会長の座を白鳥から譲り受けた山田に佐藤への愛が無いのではないかという疑惑が出てきたため、人一倍活動に勤しんでいる藤巻学を会長にという声が高まってきたのだ。
同時刻、荒木鉄平は考えていた。
「愛しい愛しい宿敵さ」
クリス・ヴィンヤードとの交際疑惑がある男の聞き込みをしている時に聞いた、不健康そうな男からの答えだ。確かに恋人と言っていた。
もしかしてアイツ、黒澤陣のストーカーなんじゃないだろうかと荒木は思う。
そして、とある施設では女性が取り乱していた。
「柳沢さん、柳沢さん!? 嘘……息してない……」
「ごめんなさい、私は安室さんを信仰してるから」
「チャラそうに見えて実は誠実な安室さんの方がいい」
「つり目よりタレ目派。安室さんみたいな」
現世に行っていつも通りナンパしたら、四回も連続で既視感のある断られ方をした白澤は元凶に喧嘩を売りに行った。
小学生から老人まで幅広い女性層に人気があるらしい安室透が勤めている喫茶店ポアロには、ほとんど客がいなかった。お昼時はとっくに過ぎているからだろう。
喫茶店にいるのは白澤を除くと五人。そのうち客は三人で、一見全員男に見えるが一人は女子高生だと白澤は瞬時に見抜いた。店員は二人。可愛い女性店員を誘った後、白澤は元凶を睨みつけた。
「安室透。お前は僕を怒らせた!」
「はあ……」
降谷は曖昧に返事をした。白澤が乗り込んできた理由がわかってからというもの、店内はなんとも言えない空気になっている。
「大体、喫茶店のアルバイトを副業でしてる二十九歳ってなに? 本職探偵だけど収入が安定しないから働いてるってお先真っ暗じゃん! 結婚したら悲惨なことになるの確定じゃん! なんでモテてるんだよ!? 漢方薬局経営してる僕の方が絶対良いのに!」
未来計画を見直しはじめた世良をよそに、カルマが口を挟む。
「えーでもさー、売り上げの八割くらい交際費に消えてるんじゃない?」
「失礼な! 交際費は七割だけだよ!」
すかさず反論する白澤。彼は誰かに突っ込まれる前にメモ用紙を取り出した。
「僕が聞き込みを行ったところ、やっぱり僕の方が良いっていう結論になった!」
白澤の様子を見るに、彼は調査結果を説明するつもりらしい。
オロオロする梓、色々と諦めた木村以外は頭をフル回転させる。
世良はバーボンである安室透について、さらに黒の組織について何か分かるかもしれないと考え、白澤の話を聞くことにした。
カルマは面白そうだし、木村の反応から、彼と喫茶店店員が名前を言ってはいけない部署に所属している警察官の可能性を導き出したので、白澤の話に耳を傾けることにした。
降谷は鬼灯と白澤の顔立ちが似通っていることに目をつけた。血縁関係の可能性が高い。
そして、景光の携帯に入っていたデータとネットに流れている情報によると、加々知鬼灯は「生贄予定者」であった。ここで言う生贄とは引き取った身寄りのない子供のことだ。子供たちは、信者に生贄と説明して非合法な実験を行うためのモルモットとして使用されていた。
ここで浮かぶ可能性は四つ。
一つ目はただの他人の空似であるという説。
二つ目は鬼灯と血縁関係はあるものの彼の存在を知らないという説。
三つ目は鬼灯の状況を知っているという説。この可能性が一番高い。どこまで知っているのか推測するのは難しいが、探りを入れても悪いことはないだろう。
そして、最も低い可能性ではあるが、大前提が間違っているという説。すなわち、黒の組織に保管してあったというデータとネットに流れているデータは全て偽造であるという話だ。しかし、偽造をする必要性があり、厳重に守られている黒の組織のパソコンをハッキングできる人材がいる状況なんて限りなくゼロに近い。
ともかく、白澤に探りを入れるべきなのだ。そして、探る相手の機嫌を損ねるわけにはいかない。降谷は穏便に済ませるべく、今は反論しないことにした。
降谷が不名誉きわまりない憶測をしているとはつゆ知らず、白澤は降谷の目を見据えて語り始める。
「お前はレシートを捕まえてニヤついていたという証言がある。どっからどう見てもストーカーだろ」
「違います。あれは子供達が誘拐されて……」
降谷が反論するが、白澤の話は続く。
曰く、白昼堂々とピッキングしていた。道路ではない場所を車で走っていた。橋の下から顔を出しては引っ込めるという意味不明な動きを繰り返していた。
全て事実だった。行動を開始してから数時間でこれほどの情報を集められたことに降谷は舌を巻く。ここは何をしても事件に巻き込まれる米花町である。数時間もあれば一回から五回ほど巻き込まれる。そんな中、ここまで情報を集めるのは不可能に近い。
驚愕しながらも顔に出さず、降谷は反論した。
「ピッキングや車の件は事件が起こったのでやむおえずしたことですし、橋についてはただの筋トレです」
「いや、それ以前になんでピッキングできるんだよ」
「白澤さん、あんたもボク達と来なよ。ピッキングができるくらいで突っ込んでいるレベルだったら間違いなく米花町から出ることなく死ぬよ」
見かねた世良が声をかける。
「へー、セロリって得るカロリーより消化に使われるカロリーの方が多いから食べ続けると餓死するんだ。へー」
木村はスマホを片手に現実逃避を始めていた。
*
降谷の倶生神が誤解を解いたおかげですぐさま態度を変えて謝り倒した白澤は、一瞬で女だと見抜いた世良にホイホイついて行った。
白澤がいきなり謝ったことを訝しんだ世良は、目的地に向かって歩きながら探りを入れてみることにした。とある賭けの後、相手の性別を見分ける特訓をしたのだと話していた男を警戒する必要は無い気がするが万が一ということもある。
なにしろ、安室透は彼を探っていたのだ。どちらかというと、彼が口にした「ある奴」の方に興味を示していたようだが。
「ねえ、安室さんに見せてた写真ってどんなのなんだ?」
バーボンが警戒しているらしい男の情報を得ようと尋ねたとき、白澤が件の男の名前を一度も口にしていないことに気がつく。世良は考えをおくびにも出さず、人懐っこい笑顔を浮かべた。
「ムカつく奴と自撮り対決した時の写真だよ。ホラ、どう見ても僕が撮った奴の方が上手いでしょ? あいつは写真撮るときも無表情だし」
「いや、あんたが撮った写真ぶれてるけど……」
白澤が見せた写真の片方に映っているのは無表情の男だ。白澤と顔立ちが似ているので兄弟かもしれないと世良は考えた。
頭の中を整理し終わる前に目的地に着いてしまい、世良は思考を中断する。
「ここが護身道具を作ってくれる人の家だよ。ここに住んでいる人の発明品が凄すぎるから、この家の人に危害を加えようとした人は米花町民全員から敵視されるんだ。この町には加害者か被害者しかいないことからも分かる通り事件が起こりまくるから、護身道具を失ったらすぐに死ぬ。だからみんな必死なんだよ」
世良が一通り説明すると、カルマが顔を引きつらせていた。
木村が「改めて言葉にするとやばいな……」と呟いているなか、白澤は目的地の隣にそびえ立っている豪邸に目を向けた。
表札には工藤と書かれている。工藤新一の家で間違いない。
気になるのは工藤邸の庭に狐がいることだ。動物の性別も瞬時に見分けられるようになっている白澤は狐がメスだということに気がつく。しかも稲荷の狐だし地位も高そうだ。
米花町の事件の多さ、もっと正確にいうならば工藤家の事件遭遇率の高さの元凶だと白澤は直感した。
*
「カルマ、話ってなんだ? しかも家で話そうだなんて……」
木村は大きな窓から外をちらりと見る。空は真っ暗で、星とは対照的に地上に散らばるネオンはきらびやかだ。登庁しなくてもいいと言われているが同僚の手伝いをしたいので、できることならもうすぐ警察庁に足を運びたい。
「ああ、盗聴器はないよ。心配ならこれで確認して」
カルマの家に招かれて困惑している木村に、家主は盗聴器発見器を押し付ける。
「コーヒーと紅茶どっちがいい? あ、公安は人が準備したものは口にできないってほんと?」
「……なんでそれを」
「分かりやすかったよ。安室さんって人もそうでしょ。しかも木村の上司で地位も高そうだ。そして加々知さんと加藤さんを探っている」
木村は大きく息をつく。相手は確信している。誤魔化すのは無理だろう。
「なんで分かったんだよ」
「烏間先生から黒の組織について聞いた時の反応。あと、安室さんが加々知さんを探ってるのは見え見えだったし、木村と安室さんの会話から、訓練に来るかもしれなかった同級生と接触できたかどうかを伝えているんじゃないかって思ったんだ。加々知さんについて探っているなら加藤さんについての可能性が高い」
木村は勧められるがまま椅子に座り、カルマを油断なく見つめた。
「で、ただの好奇心で俺が公安だってことを指摘したわけじゃないだろ?」
「もちろん。木村は柳沢の後ろにいたのは何なのか分かってるでしょ?」
「国」
簡潔な答えにカルマの唇は弧を描く。
「俺、ある程度の地位を手に入れた時から政界を探ってたんだ。その結果、結構な数のお偉いさんが黒だった。木村の方はどう?」
「詳しいことは分からない。ただ、黒の組織にはかなりのNOCがいるんだ。それなのに長年組織の実態がつかめていなかった。上層部が情報を握りつぶしているとみて間違いない」
「やっぱりそうか。木村、俺と手を組まない?」
「加藤や律には協力してもらわないのか? そうすれば一瞬で誰が黒いのか分かるし証拠も手に入る」
「いいや、何も話さない。律が黒の組織の件で地獄も動いているって教えてくれたんだ。普通なら現世のテロ組織なんて放っておくはずなのに、地獄は黒の組織を壊滅すべきだと判断した」
「殺せんせーの時のように地球が滅亡する可能性がある。黒の組織が触手の研究をしているらしいし、その可能性が高いんじゃ……」
「それもあると思うけど……。コクーンって覚えてる?」
いきなり話が飛んだが、何かあるのだろうと判断して木村は頷く。
「バーチャルリアリティゲームだろ? お披露目パーティーで行われた体験会で、ゲームを人工知能に乗っ取られたから生産中止になったやつ」
「そう、それ。そのパーティーに加藤さんたちもいたんだ。ただの視察って言われればそれまでなんだけど、俺はそれだけとは思えない。そして、やけに大人びている子供を発見した。しかも行方不明の工藤新一とそっくり。当然烏間先生に調べてもらうよね」
「幼児化も知ってたのかよ。俺たちはつい最近知ったのに」
文句を垂れた後、木村は復元されたデータに入っていた人体実験の結果、組織と黄金神教の繋がりについて話した。
「ん? ってことはまさか……。組織は昔から若返りやそれに近い研究をしていて、多くの権力者が組織と繋がっている。全員が全員、金や権力が目的だとは思えない」
「組織の研究に投資しているってことであってると思うよ。やけに組織に流す金額が多いし」
地獄が動いているのは、人間の寿命が操作される恐れがあるからだ。もしかすると、すでに時間の流れを捻じ曲げてしまった人間はいるかもしれない。
「地獄は組織を壊滅させて、触手や若返りに関する研究データを破壊するのが目的だ。逆に言えば、それ以外のことをやる必要がない。それに、死後の裁判をする者が生者に必要以上に関わって良いはずがない。加藤さんや律が抜け穴を探すのも限界がある」
「分かった。これは俺たちでやろう」
「うん。後で寺坂も巻き込むよ。まあ、ポカしそうだからしばらく説明する気は無いけど」
情報を伝え合い、木村は公安に、カルマは政界に探りを入れることを取り決め終わった時、木村が呟いた。
「ところでさ、上司が加々知さんと黒の組織との繋がりを疑っているんだ。しかも、加藤と中村が俺の上司でBLについて話していたら、上司が何かの暗号かと勘違いした。どうすればいいと思う?」
「うわ、何それ面倒。烏間先生に丸投げしとけば?」
「加藤にも同じこと言われた……」
*
名頃鹿雄。咄嗟に自分を殺してしまった初恋の人が心配で五年間浮遊霊をやっていた人物だ。そんな彼は、コナンと平次からあらぬ疑いをかけられていた。
テレビ局爆破と矢島殺害を行なったのは関根だと考えていたコナンと平次だったが、その関根が狙われたのだ。関根が乗っていた車が爆発した。助かるかどうかは五分五分だという話だ。
そこで、容疑者として浮上したのが名頃だった。皐月会を逆恨みしている可能性が高いと阿知波が話し、殺された矢島は名頃会の解散を主張していた。そして、車が爆発した関根と、その爆発に巻き込まれた紅葉は名頃の弟子で、名頃失踪後に名頃会から皐月会に移ったという。
また、犯行直前に被害者宛に送られていたメールも発覚した。
テレビ局爆破予告の紙にもカルタ札が印刷されていたことや、矢島の殺害現場にカルタ札があったことが分かった。矢島の場合は、カルタ札を見て名頃の犯行だと思った関根が偽装したのだろう。
メールで送られた札、矢島が握っていた札は、名頃の得意札である紅葉の情景を詠った六枚の札のどれかだ。
確認すれば紅葉にも名頃の得意札の写真のメールが届いていたことが発覚した。
真犯人は名頃である。コナン達はそう確信していた。
*
矢島が握っていた札が判明したことと、名頃が犯人だと思われることを伝えるコナンからの電話を切った後、學峯は一つ息をついた。
星がちらほらとくすんだ光を放つ中、球体に近づいてきたもののいくつかの不恰好な塊に分かれている月が存在感を放っている。
學峯は一人の教師を思い出していた。彼は良い教師だった。生徒達に今でも慕われているのがその証拠だ。
そして、関根が目を覚ましたと聞いて駆けつけた病院で見た光景を思い出す。名頃の教え子達を見る限り、名頃が犯人だとはどうしても思えなかった。
「わざわざすまんなぁ。明日試合なのに」
「何言うてるんですか。関根さんのこと、心配しとったんですよ!?」
「ハハ、すまんなぁ」
しばらく沈黙が続いた。
関根に話を聞こうと病室の前まで来たのに、部外者が入ってはいけない空気を感じ取り、學峯は足を止めて聞き耳を立てていた。盗み聞きは良くないのだが、この会話を聞かなければならないと本能が訴えていたのだ。
「「名頃先生、今どうしてるんやろ」」
紅葉と関根、二人が同時に呟いた。
「言いたいこと、たくさんあるのに」
「また、先生の写真撮りたいなぁ」
涙声になってきたところで學峯は静かに立ち去った。あそこまで教え子に慕われている人物が、生徒を危険に晒すだろうか。
慕われているのは良い教師の証だ。良い教師は生徒の命を狙うはずがない。むしろ、何があっても守ろうとするだろう。かつての三年E組の担任がそうだったように。
*
菜々は遠い目で燃えている建物を見た。ここは米花町ではないのに高い建物が燃えている。やはりコナンが居るのがいけないのだろうか。
皐月堂。阿知波が亡くなった妻の皐月を思い、崖の途中に建てた建物だ。すぐ横には大きな滝がある。
皐月堂は皐月杯の決勝戦で使われる。登ることができるのは一年に一回。しかも、それは読み手の阿知波と決勝戦まで進んだ二人のみだ。
試合の動向は川を隔てた観戦専用の施設のスクリーンに映る映像で見ることができる。マイクもあるので声も聞こえるらしい。
空調システムや防音壁まである。
米花町にある建物だったら、間違いなく爆発すると言い切れる代物だ。ここは大阪だし一度テレビ局が爆発しているので無事に終わる可能性がワンチャンあるかと思っていたのだが、千件以上の事件を解決している高校生探偵と米花町の死神の事件吸引力には勝てなかったらしい。
「なんや!? 何であんなに勢いよく燃えてんのや!?」
「なんか燃料に引火したんやと思われます!」
「消防はまだ来ィひんのか?」
「園内は道が狭うて消防車が入ってこられへんとのことで……」
刑事達が揉めているのを聴きながら、菜々はことのあらましを思い出していた。
ホテルのロビーで鬼灯が白澤に電話をしていたら、蘭にカルタ大会を見に行かないかと誘われた。そして、事件に巻き込まれた。それだけだ。
爆発が起こり、現場に残されていた指輪から真犯人が阿知波だと気がついた高校生探偵二人が皐月堂にバイクで向かったりしているが、探偵による派手なアクションは米花町ではよく見られるので大したことではない。
問題は、やけに見覚えのある男性が目の前にいることなのだ。
「理事長?」
「はい」
恐る恐る尋ねてみると、予想通りの答えが返ってきた。間違いであって欲しかったが、學峯の姿は菜々の記憶と全く変わらない。
「時間がないので余計な質問はしないでくれ」
そう前置すると、學峯は菜々の隣にいる鬼灯に話しかけた。
「実は、加藤さんが結婚できたという話が息子のげぼ……友人達の間で広まっているんです」
「今下僕って言いかけましたよね?」
「相手は二次元説、脳内にいる旦那説、ついに妄想と現実の区別がつかなくなった説など、様々な憶測が飛び交っているのですが……。まさかとは思いますが、あなたが噂の人物ですか?」
「そうです」
菜々は文句を言おうと口を開いたが、彼女が言葉を発する前に學峯がまくし立てる。
「だとすると、あなた多分相当アレな方ですよね? 女性一人、あの皐月堂まで投げれますか?」
「あれ? なんか嫌な予感がする」
「大丈夫さ。君の格好は、私に催眠術を学びに来ていた高校生の時と似ている。そして加藤さんは学生の頃、米花町の至る所に爆弾が散らばっている関係で、燃えにくい洋服を身につけていた。つまり、加藤さんが着ているのは燃えにくい素材の服である可能性が極めて高い。皐月堂に投げ込まれても燃えないだろう」
「怪我する心配とかないんですか!? それ以前に教え子を燃え盛っている建物に投げ込もうとするのはどうなんですか!?」
「この事件の犯人は阿知波さんだ。動機は妻である皐月さんが名頃さんを殺害したことの隠蔽」
學峯は事件のあらましについて簡潔にまとめて聞かせた。
マスコミまで巻き込んで皐月との試合を取り付けた名頃は、試合前日に皐月の元を訪れた。
一足早い試合を申し込んで見事勝利した名頃だったが、会の存亡を賭けた試合で負けることを恐れた皐月に殺されてしまう。
その時、皐月はカルタを名頃の血がついた手で触ってしまった。そのカルタこそ皐月杯の決勝戦で使われるカルタであり、テレビ局爆破の日にテレビ局に持ち込まれていたカルタである。
注目すべきは名頃と紅葉の得意札が同じだという点と、矢島は殺される直前に決勝戦で戦う紅葉のビデオを見ていた点。
皐月が犯行直後に触ってしまった時と、紅葉が決勝戦で取った札の順番とが似ていた可能性がある。矢島はそれに気がついたのだろう。だから殺された。
関根が狙われたのは、名頃の犯行に見せるため。とうの名頃の遺体は皐月堂に隠してある。
「そして、重要なのは名頃さんはわざわざ皐月さんへの当てつけのために試合を申し込む人物ではないこと。彼はそんな人物ではない。加藤さんに頼みたいのは二つ。皐月堂にいる全員の救出と、名頃さんの遺体を運び出すことだ。あと、大阪県警本部長の息子さんとキッドキラーの少年が向かったようだから、二人の安全も確保しておいてくれ」
「えー、あの二人が行ったんなら大丈夫ですよ」
菜々は食い下がる。キャスケットを死守しなくてはならないので投げられるのは避けたいし、自分が行くとラブコメ展開を潰してしまう予感がするのだ。
「仕方がない。建前は置いといて本音を言おう」
「建前!?」
「いや、まあ、さっきの話は本心でもあるが、加藤さんに行ってもらいたい一番の理由があるんだ。テレビ局見学ツアーの時、周りに男性しかいなかったせいで逆ハー臭が凄かった。絶対にありえないしむしろ女と認識されていない可能性しかないと頭では分かっていても、蕁麻疹が治らないんだ」
「なるほど分かりましたぶん投げます」
「鬼灯さん!?」
突っ込もうとした菜々だったが、体の重心が傾く。とっさにキャスケット帽を左手で抑えると、掴まれた右腕を持ち上げられ、一本背負いのような動きで投げられた。
*
和葉と紅葉が神経を研ぎ澄まし、相手よりも早く動き早く札を取るために全神経を使っていると、皐月堂が揺れた。何事かと和葉たちが外に出てみると、一人の女性がいた。しかも皐月堂が燃えていた。
「説明は後! 取り敢えず降りるよ!」
そう叫ぶと、瞬きをする間に菜々は阿知波の懐に潜り込み、鳩尾を殴った。意識を飛ばす阿知波。
起こったことが理解できず、和葉たちが呆けていると、今度はバイクが突っ込んできた。
「なんやの!? なんでこんなにありえへんことが……って平次君!?」
「平次の近くにいるとよくあることやで。学校行事のスキー合宿で、どこの誰かわからない相手と推理対決した後くらいから、やけに事件に遭遇するようになったんや」
「ウチ、家の関係で誘拐とかされたことありますけど、さすがにこんなことは初めてです!」
「慣れやで慣れ。慣れれば殺人現場で恋バナできるようになるんや」
やけに悟っている和葉に紅葉が常識的な意見を言っている間に、コナンは阿笠の発明品で皐月堂の火を消した。巨大に膨らませたサッカーボールで滝の水の流れを変えたのだ。
「で、なんで犯人である阿知波さんが気を失ってるの!? どう考えても菜々さんの仕業だよね!? 推理ショーは!?」
「こんな状況なんだしうるさくなりそうな人は眠らせておいたほうがよくない? とにかく、コナン君は阿知波さんと一緒にエレベーターに乗って!」
自分一人では阿知波を運べないとコナンが主張するので、紅葉もエレベーターに乗ることになった。
「服部! エレベーターには三人しか乗れないから先に行くけど、やばそうだったら菜々をおいてバイクで逃げていいからな! こいつは飛び降りるか崖を伝って降りるかするから! それくらいやっても死なない奴だから!」
コナンが叫びながらエレベーターのドアを閉めた。
コナン達が無事脱出し、池に浮かび上がっている一方で、皐月堂が崩れ始める。
巻き込まれる可能性を考え、救助ヘリは離れていった。
「和葉! 乗れ!」
平次が怒鳴る。
コナンは人を死なせないことをモットーにしている。そんな彼が放っておいても大丈夫だと断言した女性は自力で逃げるだろう。だから、平次は自分と和葉が逃げることのみを考えることにした。
菜々は骨だけとなった名頃を探し出し、頭蓋骨だけを左手に抱えて走る。床が傾いていることを物ともせず、皐月堂の端まで来ると大きく飛び上がった。
急に浮く体。目の前に迫る崖。崖の突起を右手で掴むと、体をひねって軌道を変え、崖にぶつかるのを回避する。昔よくやっていたように、突起に手をかけて勢いを殺しながら落ちていく。崖から出た太い枝に着地すると、救助ヘリを待つことにした。
平次と和葉が爆弾を利用して加速し、皐月堂から向こう岸にある池まで飛び移っているのが見える。
*
無事救助され、特に怪我がなかったのですぐに解放された菜々は、學峯と向き合っていた。
「無茶苦茶な頼みを聞いてくれてありがとう」
「私に拒否権なかったですよね!? それはそうと、なんであそこまで名頃さんに肩入れしていたんですか?」
名頃の性格を断言したり、皐月堂が崩壊した後でもできるであろう名頃の遺体の回収を頼んだりと、學峯にしては珍しい行動だった。
「始めは、浅野塾の良い宣伝となるはずだったテレビ番組の収録を邪魔された怒りから事件に関わったんだが、途中からは名頃さんの冤罪を晴らすために動いていた。なんでか分かるかい?」
菜々は首を振る。
學峯は何かを懐かしむような目をして口を開いた。
「名頃さんは弟子に慕われていたようだよ。同じ人に教える者同士、思うところがあってね」
名頃が閻魔庁で裁判を受けるまで一ヶ月ほどある。菜々には彼に伝えないといけないことができた。
*
「白豚からの報告によると、米花町に呪いがかかっているのは間違いないらしいです。ただ、呪いから神気のようなものが感じられるそうです」
米花町に呪いをかけているのは神の類で間違いない。
そして、注目するべきは犯罪件数が急激に増えた時期が二回あること。おそらく呪いがかけ直されたなり、呪いをかけた者が米花町を訪れたことで呪いが強まったなりしたのだろう。
犯罪件数が増えたのは十三年前と今年。十三年前といえば、菜々が地獄に迷い込んだり鬼になったりした年でもある。
「心当たりがあるような……」
「そして白豚は稲荷の狐を工藤邸で発見しました。あなたもよく知っている相手です」
「やっぱりソラですか!」
鬼灯の話を聞いた時から予想はついていたが、菜々は思わず叫んでしまった。
鬼になっても菜々が学生時代を現世で過ごせたのは空狐であるソラが化かしてくれていたからだ。
そんな相手が、変質者出現スポットでの悪夢のような実戦や、ドキドキ☆犯罪者との追いかけっこ、動機あるある第一位・逆恨みの元凶だった。長い間行動を同じくしていたのに、鬼灯の話を聞くまで予想だにしていなかったことに、菜々は少なからずショックを受ける。
「なんでソラは米花町を呪ってたんですか」
菜々はひとまず状況を理解しようと質問することにした。
「正確に言うと、呪っていたのは工藤家の人間です。昔、荼枳尼天の祟りで死んだ人間を見て、『神なんているわけがない。これは殺人事件だ』と工藤家の祖先が発言した時から祟っているとか。空狐は妖狐の二番手ですが、妖力については最上位とされています。しかも稲荷空狐は神狐でもあります」
ソラにとって何世代にも渡る呪いをかけるのは難しくないということだ。
「じゃあ、ことあるごとに小五郎さんの友達が被害者か殺人鬼になるのも、米花町の恋人が破局したら殺し合いに発展するのも、米花町に露出狂の亡者が多いのも、和伸君が苗子ちゃんが近くにいることに気がつかないのも、柳沢が変態なのも全部ソラのせいってことですか?」
「正確に言うと工藤家にかけられた呪いは、工藤家と関わった人物に心の奥底に眠っている殺意を認識させることで、事件を起こしやすくするというものです。あといくつかは冤罪です」
鬼灯の説明によると、ソラは米花町を窓が割れていないスラム街にするつもりはなかったらしい。ただ単に工藤家のフットワークが軽すぎたのと、米花町でトラブルが絶えなかったのが原因のようだ。
そして黒の組織が壊滅した暁には、呪いを解く約束も取り付けたとか。事件を解くのが生きがいになっているのだから事件に巡り合わないようにしてやれば良いじゃないか、という思惑が感じられるが、呪いが解けるのは万々歳なので菜々はスルーした。
*
部屋を照らす温かで柔らかい光が、重圧感が漂う机に反射する。どっしりとした大きな椅子に前のめりになるようにして腰かけている黒田兵衛は、目の前の男を見つめた。
鋭い目つきにスーツの上からでも鍛えられていることがわかる身体。防衛省の室長を務め、数々の伝説を残している男、烏間惟臣だ。彼に呼ばれたため、黒田はこうして防衛省までやってきたのである。
「ご足労いただきありがとうございます。黒田さん、あなたには正義のために全てを投げ捨てる覚悟はありますか?」
獲物を見定める肉食獣のような目。黒田は生唾を飲み込み、喉を上下させたのち答える。
「もちろんです」
強い意志に裏打ちされた響きだ。事前に調べた通りの人格なのだろうと考え、烏間は全てを打ち明けることにした。
「なるほど。非公式に黒の組織を追っている各国諜報機関の捜査官が集まり、情報を共有し、組織を壊滅させる、ですか。確かにこの状態だとそうするほかないですね」
「ええ。ただし、理由が理由とはいえ無断でこれだけのことをやるとなると処罰は免れないでしょう。それでもやっていただけますか?」
「もちろん。私の部下も何人か──と言っても三人だけですが──この作戦に組み込めます。……ところで烏間さん、提案とお願いがあります」
烏間は黒田の言葉を待った。
「最近起こったエッジ・オブ・オーシャンでのIoTテロでこの件に関われるだけの能力を持つ公安刑事が何人も殉職しました。公安は人手不足です。そこで新たに協力者を得て、彼らを使いたい。新たな協力者とは工藤優作と浅野學峯。工藤優作の方は息子のことがあるので協力者になってもらえるでしょうが、浅野學峯とは連絡をつけるのすら難しい」
「なるほど。私への頼みとは、超破壊生物暗殺計画で面識がある浅野學峯と連絡を取ってもらいたいというものですね」
「ええ。よろしくお願いします」
口角を上げて手を固く握り合った彼らの瞳にはギラギラとした闘志が宿っていた。
*
警視庁では非公式の団体・佐藤美和子絶対防衛線による内部分裂が起こっていた。会長の座を白鳥から譲り受けた山田に佐藤への愛が無いのではないかという疑惑が出てきたため、人一倍活動に勤しんでいる藤巻学を会長にという声が高まってきたのだ。
同時刻、荒木鉄平は考えていた。
「愛しい愛しい宿敵さ」
クリス・ヴィンヤードとの交際疑惑がある男の聞き込みをしている時に聞いた、不健康そうな男からの答えだ。確かに恋人と言っていた。
もしかしてアイツ、黒澤陣のストーカーなんじゃないだろうかと荒木は思う。
そして、とある施設では女性が取り乱していた。
「柳沢さん、柳沢さん!? 嘘……息してない……」