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<まじっく快斗を知らない人に簡単なキャラ紹介>
・黒羽快斗……二代目怪盗キッド。高校二年生。
・中森青子……中森警部の娘。快斗の幼馴染。
・白馬探……怪盗キッドを捕まえようとしている高校生探偵。探偵甲子園回や「集められた名探偵」にも登場。
・小泉紅子……魔女。上記三人のクラスメイト。
・寺井……怪盗キッドの補佐役であり、ビリヤード場「ブルーパロット」の経営者。
※青山先生によるとコナン界の紅子は魔女ではないらしいですが、この世界には魔女がいるので紅子も魔女になっています。
※また、鬼徹界なので邪神ルシュファーが邪神ルシファーに変更されています。
空の旅から帰ってきた次の日。コナンは学校が終わると少年探偵団の誘いを断ってビリヤード店「ブルーパロット」を訪れた。
「柚嬉さん、こんにちは! このお店の責任者って誰なの?」
「寺井さんっていうおじいさんよ。でも何で?」
酔いつぶれた小五郎を迎えにきた時に知り合ったバーデンダーの女性が不思議そうに尋ねてくる。
「その人の知り合いから伝言を預かってるんだ。ところで、まだ夕方なのになんでバーデンダーの柚嬉さんが?」
適当な嘘をつき、コナンはさりげなく話題を変えた。
「掃除当番なの。それに、もうすぐあの子達がくるはずだから」
「あの子達?」
「寺井さんを待っていれば分かるわよ。寺井さん、あと三十分くらいで来るはずだから。オレンジジュースで良い?」
「うん、ありがとう!」
コナンは子供らしい満面の笑みでお礼を言いながら、カウンター席に座った。
柚嬉がグラスを取り出し、氷を準備する音に耳を傾けながら、コナンは何気なく店内を見渡してみた。
赤みがかかったくすんだ茶色のカウンターはL字型をしている。その奥で動いている柚嬉の背後には、ラベルの向きがきちんと揃えられて種類ごとに分けられたウィスキーが陳列されている。ウィスキーが入れられた瓶にふり注ぐ照明の光が反射し、落ち着いた色合いの棚を照らしていた。
右側に目をやればビリヤード台が二つ置いてあり、壁には宝石が散りばめられたキューが飾ってある。
「この店の内装、大人っぽいのに近寄りがたくないでしょ?」
「うん」
柚嬉がオレンジジュースを差し出しながら、コナンがちょうど考えていたことを口に出した。削られた氷はキラキラと輝き、グラスに付けられた薄いオレンジはみずみずしい。
「だからか、高校生の溜まり場になってるのよ。その中に寺井さんの知り合いの子がいるからだと思うけど。ほら、あの子達」
コナンは柚嬉が指差した方向を確認した。
蘭に似た、まだ幼さが残る少女と、キザなセリフが似合いそうな茶髪の少年が歩いている。
「あ、探偵甲子園の時の……」
「お久しぶりです。コナン君でしたよね?」
「あれ? 知り合い?」
「うん、この前ちょっとね」
濁した言い方に、柚嬉は何かあるのだろうと引き下がる。コナンとしてはありがたかった。
白馬と一緒にいた女子──中森の娘で青子というらしい──と自己紹介をしあった後、自然と彼らがなぜこの店に来たのかという話題になった。
「青子達、怪盗キッドを捕まえるために探偵団を作ったんだ! メンバーは青子と白馬くんの他に、紅子ちゃんていうすっごく美人な子と快斗っていうマジックが得意な青子の幼馴染がいるの」
コロコロと表情を変えて語る青子はコナンの隣に腰掛けており、白馬はその横で注文をしている。
「コナン君ってキッドキラーで有名だよね? 良かったら青子達に力を貸してくれない?」
「良いよ! ところで、紅子姉ちゃんと快斗兄ちゃんはどうしたの?」
「ああ、なんか二人で話しがあるから遅れるって言ってた。もうすぐ来るんじゃない?」
二人の話をした時に少しむくれた青子は、快斗という少年のことが好きなのだろう。自分の気持ちを自覚しているのかどうかは定かではないが。
本人が意識していないにも関わらずコナンの目つきが鋭くなる。推理を始めた証拠だ。
そもそも、コナンがこの店を訪れたのは阿笠の発明品をキッドが使用していたことが発覚したからだ。
今まで考えたことがなかったが、阿笠の発明品は裏社会で出回ったら大変なことになるものばかりだ。昔、菜々が警察上層部の連絡先を教えてきて、一度商談の場を設けたほうがいいと勧めてきたくらいには危険な代物だ。
キッドが発明品を闇市で売りさばいたり人を殺めるために使ったりするとは思えないが、もしも彼以外の人物の手に発明品が渡ったらまずい。
先日キッドが飛行船で使用した小型爆弾を渡したのは寺井黄之助という人物だけだと阿笠から聞き出し、コナンは寺井が経営している店を訪れたのだ。
コナンの目的は、阿笠の発明品が裏社会に出回ることを阻止することとキッドの正体を掴むこと。
阿笠の発明品をキッドが手に入れたことに寺井が関係しているのは間違いない。
その過程の仮説は三つある。
一、寺井が怪盗キッドの協力者である。
二、寺井は相手が怪盗キッド、または彼の協力者だと知らずに何者かに阿笠の発明品を渡している。犯罪の片棒を担いでいることを知っているかどうかは定かではない。
三、寺井自身が怪盗キッドである。
どれが正解だとしても、寺井黄之助はキッドの正体を知るための鍵なのだ。
だからこそ、コナンは寺井に接触することに決めた。
寺井と接触するためにブルーパロットを選んだ理由の一つは、客と経営者という関係なら近づくのが比較的簡単だというもの。
もう一つは、寺井が阿笠の発明品を売りさばいていて、その拠点がブルーパロットである可能性を考えたからだ。
誰でも気軽に入れることを信条にしているため、ブルーパロットは賑わっている。そして、賑やかな場所ほど密談に向いているものだ。
しかし青子との会話から、コナンはこの可能性は低いだろうと考えるようになった。
青子の幼馴染だという黒羽快斗。マジックが得意な江古田高校二年生。青子によると、幼かった頃はコナンと瓜二つだったらしい。寺井とは仲が良く、青子がブルーパロットに度々足を運ぶようになったのも彼にこの店を教えてもらったからだ。
黒羽快斗が怪盗キッドなのだろう。
年齢が合わないが、考えてみれば怪盗キッドは八年間姿を現さなかった。
聞けば黒羽快斗の父親はあの有名な天才マジシャン、黒羽盗一らしい。彼はちょうど八年前、マジックの失敗で死んだはず。
黒羽盗一が初代怪盗キッドで黒羽快斗が二代目なのだ。
そして、黒羽盗一の助手だった寺井は快斗とも繋がりがある。
寺井は怪盗キッドの協力者である可能性が極めて高い。
怪盗キッドの協力者は老人だとか、若い女だとか言われている。老人というのが寺井で、若い女というのは黒羽快斗──怪盗キッドが今一緒にいる紅子という女子だ。
コナンは確信していた。
「青子姉ちゃん、快斗兄ちゃんってどんな人なの?」
情報が多いに越したことはない。
コナンは笑顔を貼り付けて青子に話しかけた。
青子は騙せたようだが、彼女の隣で紅茶をすすっている白馬には目論見がばれている。わずかに弧を描いた口元と、探偵が時折見せる光を宿した瞳がその事を雄弁に語っていた。
*
「それにしても、死んだ人間が生き返ることがあるかなんて、一体どうしたのよ」
正真正銘の魔女である紅子と怪盗キッドである快斗以外に誰もいない教室に、凛とした女性の声が響く。
「ああ、この前死んだはずの親父が現れて……」
「そう。これは私が邪神ルシファーから聞いた話よ。予言をするついでに趣味の話や仕事上の愚痴を勝手に喋ってくるの」
紅子はそう前置きする。
邪神ルシファー、別名サタン。地獄の王と名高い存在に、快斗は興味をひかれた。
「ルシファーの趣味って何だ? それに仕事って魂を食らうとかか?」
「邪神ルシファーはオタクよ」
「オタク……」
「日本のゲームにハマっているしメイド喫茶そのものの生活を謳歌しているらしいわ」
予想外のサタンの生活に、快斗は言葉を失った。
「仕事の愚痴っていうのは主に外交についてよ」
「外交……」
「日本地獄を支配下に置こうとしているらしいんだけど、閻魔大王第一補佐官の鬼に毎回酷い目にあわされているみたい。あと、日本地獄には黄色いタコがいて、金魚の植物があるそうよ。それと、暗殺のために作られた人工知能が日本地獄で働いているみたい」
紅子の口から語られる、衝撃の事実の数々。快斗は情報量の多さに固まった。
「でも、私としては日本地獄に頑張ってもらいたいわ。邪神ルシファーって仕事できなさそうだし、見た目全裸のおっさんだし。死後、お世話になる場所はちゃんとした所がいいもの」
「で、それが俺の質問とどう関係があるんだよ」
半目になって尋ねる快斗に、紅子は一つ息をついた。
「外交という言葉、閻魔大王第一補佐官という地位が存在すること、日本地獄に人工知能があること。これらから導き出される答えは?」
「あの世は国みたいにいくつかに分かれている。で、日本地獄っていうのはおそらく日本人が死んだ時に行く場所。あと、地獄は割と文明が進んでいて、生活水準は俺達がいる世界とあんまり変わらない可能性が高い。ルシファーの価値観も俺達と似通っているみたいだしな」
IQ400である快斗は急な質問にも難なく答えた。
「正解。そして、邪神ルシファーに聞いた話だと、日本地獄で裁判を受けて罪なしと判断され、あの世にとどまることにした亡者は、手続きさえすれば現世──この世界に来ることができるらしいわ」
「やっぱりあれは親父だったのか。ありがとな、紅子!」
「それより、さっさと皆のところに向かいましょう、怪盗キッドさん?」
「別に、俺はキッドじゃねーし」
歩きながら後ろに向かって声をかければ、目をそらしながら快斗が答える。
やはり彼は怪盗キッドなのだと紅子は確信した。
*
数ヶ月前のことだ。
大量の赤いろうそく一つ一つに灯った火が揺らめく薄暗い部屋で、紅子は魔法の鏡に問いかけた。
「鏡よ鏡よ鏡さん。世界で一番美しいのはだぁれ」
紅をさした唇が自然と弧を描く。紅子は鏡の答えを予想していた。
「それは紅子様でございます。世界中の男は皆、紅子様の虜」
ふちに精巧な細工が施された鏡の答えを聞いて高笑いする紅子。側から見るとただの厨二病だが、彼女は立派な魔女だ。
「ある一定の人物達を除いては」
紅子の高笑いがピタリと止まった。
紅子は鏡を殴ろうと拳を振り上げるが、鏡はそれを察知して急に話し始める。
「悪の組織に薬を飲まされて小さくなった名探偵、大阪の探偵、日本が恋人の潜入捜査官、とある女性刑事の恋人と彼女のファンで女性刑事を恋人と別れさせようと暗躍している刑事達、中学生の時に超破壊生物を暗殺した男性達、超破壊生物を暗殺した中学生達のサポートについていた男性、初恋の人がいまだに忘れられない発明家、あ、あと怪盗キッド。これはほんの一部ですが、話し始めると長くなるので次に行きますね」
「つ、次?」
一般人が知ってはいけない情報がいくつか紛れ込んでいた気がするが、紅子は魔女である。その気になれば国家機密だろうと何だろうと知ることができるので気に留めないことにした。
「今度はあの世編です。こちらにも紅子様になびかない男性は多くいますが、特に変人揃いの日本地獄に多いですね。あと、神獣白澤なんかも。あの方は全ての女性を等しく見ているので、『皆可愛い』という精神です。そもそも、男の定義とはなんでしょう?」
「人間の男に決まってるじゃない!」
「内面が女でもついていれば男なのでしょうか? それに、あの世には人間と似通った思考回路をする生き物が沢山います。神や妖怪など」
「神獣や日本地獄とやらの話をしていたくせに今更ね。人型の女性にときめく生き物が私が思う男性よ!」
「では、人間の体液にしか興味はなく、男女がするあれこれには興味がない、生物学上の男は?」
「どんな特殊なパターンよ、それ!?」
「私が昔出会った女性がそのような男性に追いかけられた経験があるらしく……撃退したそうですが」
「あなた、私の元に来るまで何があったの!?」
「霊感がある人間だったはずが、いつのまにか鬼になっていたよくわからん存在に世話になっていたことが……」
「本当に何があったのよ!?」
「私が小さな教会に置かれていた時、その少女とwin-winの関係性を築いていただけです。まあ、教会が潰れて親しくしていた少女からは『うちペット飼えないから……』とフラれ、骨董品屋に買い取られて紅子様と出会ったわけですが……」
紅子は慣れない漫才のような行動に疲れて肩で息をしていた。
そんな中、鏡が話しかける。
「まあ、女性に興味を示さない男性もいますし、特殊な性癖の人間だって沢山います。ぶっちゃけ、世界で一番綺麗云々は人によって答えが違うんですよ。地球上にどれだけの男性がいるか知っていますか? 三十五億」
「古い! そして何慰めモードになってるのよ!?」
こんな感じだったので、紅子は自分に好意を持たないからといって黒羽快斗が怪盗キッドだと決めつけることはできなかったのだ。
*
「あー、やっと来た。快斗遅い!」
「わりーって。ん?」
頬を膨らましている青子に謝っていると、快斗は店に似つかわしくない小学生の姿に気がついた。
「何で小学生が……」
「もしかして青子姉ちゃんが言ってた快斗兄ちゃん? キッドを捕まえるために頑張っているんだよね? 連絡先交換しようよ!」
声を弾ませているが目が笑っていない。コナンの有無を言わせない態度に快斗は冷や汗をかいた。
「あ、そうだ! 僕、寺井さんに用事があるんだ! 確か、あと十分くらいで来るんだよね、柚嬉さん?」
「……ボウズ、日を改めて会わないか?」
「うん! あ、いっけなーい。もうすぐ夕食だから帰って来なさいってメール来ちゃった」
快斗から言質を取ると、携帯電話の画面を覗き込んでわざとらしくコナンは呟いた。
「快斗兄ちゃん、これ僕の連絡先。連絡してね!」
数字が書かれたメモ用紙を快斗に押し付けるコナンは財布を取り出した。
柚嬉にオレンジジュースの代金を払っている少年を見て、快斗は連絡先が書かれた紙切れを握りしめる。背中に嫌な汗がつたうのを感じた。
*
一通り裁判が終わり、閻魔は休憩する間もなく書類の山を片付けていた。
知識が豊富で何でもできた死神が金魚草の研究のために有給を取ってしまってからというもの、回って来る仕事が増えてしまったのだ。
自分の分の書類はすでに終わらせてしまったらしい鬼灯が隣で見張っているため休憩することもできず、閻魔は何度目かのため息をついた。
「ねえ鬼灯君、いい加減休んでも……」
「駄目です」
「さっき、殺せんせーが出て行ったよ。ワシも休憩したい」
「どうせ衆合地獄をほっつき歩いているか甘味処を巡っているかのどちらかでしょう。殺せんせーの連れ戻しをツッコミの特訓に加えておきます」
「え、なにそれ」
聞きなれない単語に閻魔は反応したが、鬼灯が答えることはなかった。執務室から菜々が出てきたからだ。
彼女が書類仕事を終わらせる時間帯であること、資料だと思われる紙束を握っていることから、閻魔はこれから起こることを予想することができた。
「降谷零。安室透として黒の組織に潜入している公安の人間です。彼は喫茶店ポアロで働いているそうなので、客を装って彼を観察しようと思います。黒ずくめの組織で潜入捜査をしているので、能力や性格などを把握しておく必要がありますし、景光さん達の話から将来獄卒として雇うことも視野に入れるべきかと」
見た目がチャラそうな大学生である潜入捜査官の写真が貼られた紙を菜々が突き出す。でかでかと書かれた「シャバーニ」の文字を閻魔は見なかったことにした。
「なるほど。しかし、彼に生前から唾をつけておく意味は? 愛国心が強いと言ってもそれが日本地獄に適用されるとは限りませんし、進んで拷問をするとも思えません。能力は高いようなのでできなくはないでしょうが、獄卒に向いてはいないかと」
「衆合地獄ってゲイには効果ない所が多いじゃないですか」
「男性が堕ちる場所の誘惑係は女性ですからね。しかし衆合地獄行きの条件を満たしている同性愛好者は多苦悩処か孤地獄行きということで十分対応できています」
多苦悩処。衆合地獄の十六小地獄の一つで、元々は男性同士で性行為を行った者が堕ちる地獄だったが、同性愛が認められた現在は性犯罪を犯した同性愛好者が対象となっている。
「多苦悩処の拷問方法は生前好きだった人が永遠と燃やされるってものなので、好きな人がいなかった亡者は全員孤地獄行きになっているのが現状です。そういった亡者は今後増えていくと予想されます。そこで、男性の誘惑係の導入です」
「そこまでする必要性は?」
「莉桜ちゃんが釣れます」
中村莉桜は、一時期フリーの通訳で生計を立てていたが、今では外交官である。
「莉桜ちゃんならサタンさんを適当にあしらってくれますし、ハデス王と友好を図れます」
浮気者で有名なゼウスの兄であるギリシャ冥界の王は、リリスと一緒に食事をしたことがあることからも分かる通り女好きである。
そのため、美人外交官さえいればハデスと友好を図ることができると鬼灯は確信している。
超生物を暗殺した、悪い意味で有名な米花町で生き抜いてきた、あの世中で色々やばいと有名な鬼灯の妻、などというマイナスイメージが元からあった上、顔を合わせてすぐ素がバレてしまった菜々では無理だったが、中村ならギリシャ冥界との架け橋になってくれるだろう。
「言いたいことは分かりました。ポアロへの視察のために、半日の現世行きの許可が欲しいんですね」
「いえ、一日です」
菜々の答えに、鬼灯は片方の眉をわずかに上げた。
「ポアロに行った後、日本地獄と協力関係にある生者の動向を探ります」
元椚ヶ丘中学校三年E組の面々は地獄の存在を知っている。殺せんせーと死神が元殺し屋だと発表せずに日本地獄は彼らを雇っているため、口封じの意味もあって恩師達の無事を知らせたのだ。その際、現世で事件に巻き込まれた獄卒の容疑を晴らすために協力してもらう約束も取り付けている。
「ただの同窓会ですよね?」
「……そういう見方もできますね」
「そういう見方しかできません」
屁理屈をこねくり回していたが、菜々は「喫茶店でお茶して同窓会を行う」という行動を仕事だと言い張っているだけだ。男性の誘惑係がどうとか言っていたが、実行する気は一切ない。
「他にもやることはあります。日本地獄が所有している現世のマンションの一室の様子を見にいくとか」
「そこらへんは律さんが完璧にこなしているでしょう」
米花町の長期視察を見据えて一室を購入したマンションには至る所に防犯カメラが付いている。米花町では普通だ。
律はその監視カメラの映像に細工し、普段は誰もいない部屋にあたかも人が住んでいて、定期的に出入りしているように見せかけている。これで、警察に調べられても痛くもかゆくもない。
さらに、部屋に置かれた黒い自販機のような機械に、いつもは地獄にいる律が移動し、部屋の手入れを行なっている。
日をまたいで現世の視察を行う補佐官が急遽泊まっても何ら問題ない状態なのだ。
菜々は反論がなくなって押し黙った。
「まあ、視察に行っていいですよ。あなたのことなので何かしらの成果は得てくるでしょうし、盗一さんが修行中のうちはボケキャラが少ない方がいいでしょう」
「私ってどっちかというとツッコミですよね!?」
残念ながら彼女の認識を改めることができる人材はこの場にいない。
「もしかして盗一君ってツッコミの特訓してるの?」
閻魔はずっと気になっていたことを口に出す。本人は意図していなかったが、話題を逸らすことに成功した。
「ええ。唐瓜さんの元で勉強してもらってます」
「ツッコミの……?」
「それ以外に何があると言うのです。正直、死神さんは優秀すぎました。今のうちに手を打っておかないとツッコミ不足になります」
仕事の効率にはツッコミ役の能力が関わっているという説を殺せんせーが唱えていた。
冗談の可能性もあるが、彼は優秀だし確かにツッコミがないとモヤモヤして仕事に手がつかないこともあるだろう。鬼灯はこの説を重く受け止めていた。三徹目にいつかツッコミ課を作るのも良いかもしれないと考え出す程度には真剣だ。
「盗一君と麻殻君が二人掛かりで法廷周辺のツッコミ役を務めればいいんじゃない?」
「駄目です。麻殻さんがいると鬼灯さんがいつもよりはっちゃけて収集がつかなくなります」
閻魔の思いつきに菜々が反論する。心外だと言わんばかりに鬼灯が不服そうな顔をした。
今では十六小地獄の一つの責任者で順当に出世コースを歩んでいるのに衆合地獄で働きたいという要望は通らない唐瓜は、勝手に殺せんせーの捜索を押し付けられていることをまだ知らない。
*
「姉ちゃん、俺達とお茶しない?」
女性が大学生くらいのチャラい見た目の二人組にナンパされている。爆弾が見つかったり人が殺されたりすることがしょっちゅうある米花駅では平和な光景だ。
「いーや、人を待ってるから」
片手で携帯をいじりながら適当にあしらう中村は、柱にもたれかかっている。
接受国で派遣国を代表する外交官という職に就いたというのに金色に染められた髪は昔と変わらない。純日本人国のくせして地毛が水色や赤色の人間がいるので、髪を派手な色に染めていても問題視されないのだ。
「待ってるのって友達? いーじゃん、その人も一緒にお茶しようよ」
「あんたらが今この場で濃厚なキスをしたら考える」
予想外の答えに男二人は固まり、体が動くようになるとすぐにその場を離れていった。
「莉桜ちゃん、本当に良いんだね? まだ駅なんだから引き返すことできるよ」
出会いざま菜々が深刻な顔をして何度目かわからない確認をしてくる。
菜々に電話で米花町に行きたいので案内して欲しいと告げたら、死にたいのかだの人生を諦めるには早すぎるだの悩みがあるのなら相談に乗るだのと騒がれた。
米花町の恐ろしさはよく耳にするので中村も十分心得ている。しかし、彼女は米花町にある喫茶店ポアロにどうしても行きたかった。
ポアロで働いているイケメンに同性の恋人がいるという情報を掴んだのだ。BLが存在するのならどんな危険地帯だろうと向かわなければならない。
「午後からある同窓会だけど、闇鍋するらしいからポアロ出た後スーパー寄ろうよ」
「あー、米花町に売っていたものならそれだけで闇鍋の材料になるわ」
話しながらポアロに向かって歩いている間に、ひったくり犯が走ってきたりスリに遭いかけたり銀行強盗を目撃したりしたが、全員気絶させてその場を後にしてきた。
取り調べとか色々と面倒なのだ。米花町にはほんの一握りしかいない善良な市民が通報してくれるだろう。
「加藤菜々だ! 家に避難しろ!」
「工藤家と同じ危険度SS級か!? しばらく見かけなかったのに……!」
「ママー。あの人危険なの?」
「見ちゃいけません! 事件に巻き込まれるわよ!」
「先輩、いきなりどうしたんスか?」
「そうか、お前はこっちに来て日が浅いもんな。あの人と関わると事件に巻き込まれるから大抵の人は逃げ出すんだ。工藤家や毛利小五郎みたいなもんさ。ああいう連中と付き合えるのは、自分の身は自分で守れる奴か、よっぽどの幸運の持ち主、それかただのアホくらいだよ」
「私がしばらく友達できなかったのって、米花町にこういう風潮があるのも関係してると思う。米花町を出たら出たで『あいつ米花町民だから関わらないでおこうぜ』みたいな態度取られるし……」
中村は米花町ヤベーなと思った。
少し歩くと、人だかりができている場所があった。三件目なので事件現場だと中村は瞬時に判断できた。
チラリと見てみると、なぜか規制テープの向こう側に小学生がいる。しかも、その少年がトリックを見抜き、犯人を追い詰めているようだ。
「なんなんだよ、お前!」
罪を認めた犯人が叫ぶ。
「江戸川コナン、探偵さ!」
「え、米花町って小学生の力借りてるの?」
「やけに頭が切れる一般市民の手を借りないと、迷宮入りする事件が一気に増えるんだよ」
中村は米花町ヤベーなと思った。こう思ったのは何度目かは分からないが、確実に二桁はいっている。
*
注文したメロンソーダとアイスココアを持ってきた梓にお礼を言うと、菜々は中村に向き直り真剣な眼差しで質問した。
「どのコースにする? それぞれ一時間で、相槌だけなら百円、自分の考えも語るなら三百円、全てを完璧にこなしてネタ提供もするなら五百円」
「とりあえず三百円コースで」
菜々がタイマーをセットしている間に中村はメロンソーダを一口味わい、相手の準備が整ったところで口を開いた。
「(話の)ターゲットには彼氏がいる。名はアカイシュウイチ。アメリカ人。アカイの人物像を推測し、どちらがどのポジションなのかを語り合いたい」
声を潜め、第三者が聞いても意味が分からない話し方を心がけている中村に、菜々は舌を巻いた。
彼女の信条は「できるだけ隠れる」らしい。米花駅での出来事について問いただしたいが、「それはそれ、これはこれ」ということなのだろう。
「まず、名前を特定できた経緯を聞いても?」
「見てりゃわかるよ」
菜々は色黒の金髪店員に視線を移した。ハンコとセロリが大好きそうな顔をしている。買い占めていそうだ。
「安室さん。シフトなんですけど、最低でも週一は出て欲しくて……」
「小テストが週二から週一になった、死ぬ……」
「勉強教えるよ。えーと、この問題は円周一メートルだから──」
シュウイチという単語が聞こえるたび、安室は手に握っている物を破壊していた。床に、コップの残骸が今しがた散ったところだ。
「あー、でもあれはどっちかっていうと憎んでいるような……」
黒ずくめの組織について地獄で発覚した際一通り目を通した資料で、降谷零と赤井秀一の確執を知っている菜々はやんわりと否定してみた。
「いいや、たとえ憎み合っていたとしても最終的には付き合う!」
「へー……」
現実逃避のために哲学について考え始めた菜々だったが、彼女の耳は拾って欲しくない音声までしっかりと拾ってしまう。
「見て! この赤いトマトの写真!」
客の話し声と一緒にガラスが割れた音が鼓膜を振動させる。
ポアロに設置された小さなテレビの画面にアメリカ民謡の特集が映ると、「これもFBIの陰謀か! おのれ赤井!」という低い声が聞こえ、その直後になんでもないと誤魔化す人懐っこい声がした。どちらも同じ人間が出している声だとはとても信じられない。
安室は一度寝たほうがいい。
「それで、ターゲットは彼氏に貢がれているみたい。喫茶店の定員と探偵を掛け持ちしている人間には絶対買えない、高い車を乗り回しているらしいから」
中村の迷推理は止まらない。しかし、何も知らなければそう思っても仕方がないだろう。
普通、喫茶店の店員がスポーツカーを乗り回していたら悪目立ちするものだが、誰にも疑問を持たれていないのは米花町だからである。
「本職は探偵なんでしょ? 米花町って指名手配犯が大量に潜伏してるから、探偵なら仕事中に見つけることが多いんじゃない? 手練れなら捕まえた指名手配犯の賞金だけで食べていくこともできるし」
「米花町やっばい……」
「だから引き返したほうがいいって言ったのに……」
その後、中村が五百円コースに変更したので、菜々は撮りためていた写真を売り払った。地獄に勤めるイケメン達と合法ショタ(小鬼)、某神獣は本人達が知らないうちに犠牲になっていた。
*
ポアロでのバイトを終わらせて警察庁に戻るとすぐ、降谷は風見に連絡した。
「安室透について調べているらしい女性二人がポアロに来たんだ。それに、赤井秀一の名前も知っていた」
電話の奥から息を呑む音がする。
「暗号らしき言葉を使っていた。最も出てきた単語は『右』と『左』。それとコースがどうこうとか言ってたな。組織の者ではなさそうだが、頭の中に入れておいてくれ。名前は中村莉桜と加々知菜々」
降谷は、世間話に見せかけて聞き出した名前を告げる。
『加々知菜々ですか?』
「ああ、そうだが?」
『警視庁では有名ですよ。昔、捜査一課に洗いざらい調べられたとか』
「……そうか」
通話を終了し、溜まった仕事を片付けるために降谷は机に向かった。あの二人には何かあると降谷の勘が告げていた。
・黒羽快斗……二代目怪盗キッド。高校二年生。
・中森青子……中森警部の娘。快斗の幼馴染。
・白馬探……怪盗キッドを捕まえようとしている高校生探偵。探偵甲子園回や「集められた名探偵」にも登場。
・小泉紅子……魔女。上記三人のクラスメイト。
・寺井……怪盗キッドの補佐役であり、ビリヤード場「ブルーパロット」の経営者。
※青山先生によるとコナン界の紅子は魔女ではないらしいですが、この世界には魔女がいるので紅子も魔女になっています。
※また、鬼徹界なので邪神ルシュファーが邪神ルシファーに変更されています。
空の旅から帰ってきた次の日。コナンは学校が終わると少年探偵団の誘いを断ってビリヤード店「ブルーパロット」を訪れた。
「柚嬉さん、こんにちは! このお店の責任者って誰なの?」
「寺井さんっていうおじいさんよ。でも何で?」
酔いつぶれた小五郎を迎えにきた時に知り合ったバーデンダーの女性が不思議そうに尋ねてくる。
「その人の知り合いから伝言を預かってるんだ。ところで、まだ夕方なのになんでバーデンダーの柚嬉さんが?」
適当な嘘をつき、コナンはさりげなく話題を変えた。
「掃除当番なの。それに、もうすぐあの子達がくるはずだから」
「あの子達?」
「寺井さんを待っていれば分かるわよ。寺井さん、あと三十分くらいで来るはずだから。オレンジジュースで良い?」
「うん、ありがとう!」
コナンは子供らしい満面の笑みでお礼を言いながら、カウンター席に座った。
柚嬉がグラスを取り出し、氷を準備する音に耳を傾けながら、コナンは何気なく店内を見渡してみた。
赤みがかかったくすんだ茶色のカウンターはL字型をしている。その奥で動いている柚嬉の背後には、ラベルの向きがきちんと揃えられて種類ごとに分けられたウィスキーが陳列されている。ウィスキーが入れられた瓶にふり注ぐ照明の光が反射し、落ち着いた色合いの棚を照らしていた。
右側に目をやればビリヤード台が二つ置いてあり、壁には宝石が散りばめられたキューが飾ってある。
「この店の内装、大人っぽいのに近寄りがたくないでしょ?」
「うん」
柚嬉がオレンジジュースを差し出しながら、コナンがちょうど考えていたことを口に出した。削られた氷はキラキラと輝き、グラスに付けられた薄いオレンジはみずみずしい。
「だからか、高校生の溜まり場になってるのよ。その中に寺井さんの知り合いの子がいるからだと思うけど。ほら、あの子達」
コナンは柚嬉が指差した方向を確認した。
蘭に似た、まだ幼さが残る少女と、キザなセリフが似合いそうな茶髪の少年が歩いている。
「あ、探偵甲子園の時の……」
「お久しぶりです。コナン君でしたよね?」
「あれ? 知り合い?」
「うん、この前ちょっとね」
濁した言い方に、柚嬉は何かあるのだろうと引き下がる。コナンとしてはありがたかった。
白馬と一緒にいた女子──中森の娘で青子というらしい──と自己紹介をしあった後、自然と彼らがなぜこの店に来たのかという話題になった。
「青子達、怪盗キッドを捕まえるために探偵団を作ったんだ! メンバーは青子と白馬くんの他に、紅子ちゃんていうすっごく美人な子と快斗っていうマジックが得意な青子の幼馴染がいるの」
コロコロと表情を変えて語る青子はコナンの隣に腰掛けており、白馬はその横で注文をしている。
「コナン君ってキッドキラーで有名だよね? 良かったら青子達に力を貸してくれない?」
「良いよ! ところで、紅子姉ちゃんと快斗兄ちゃんはどうしたの?」
「ああ、なんか二人で話しがあるから遅れるって言ってた。もうすぐ来るんじゃない?」
二人の話をした時に少しむくれた青子は、快斗という少年のことが好きなのだろう。自分の気持ちを自覚しているのかどうかは定かではないが。
本人が意識していないにも関わらずコナンの目つきが鋭くなる。推理を始めた証拠だ。
そもそも、コナンがこの店を訪れたのは阿笠の発明品をキッドが使用していたことが発覚したからだ。
今まで考えたことがなかったが、阿笠の発明品は裏社会で出回ったら大変なことになるものばかりだ。昔、菜々が警察上層部の連絡先を教えてきて、一度商談の場を設けたほうがいいと勧めてきたくらいには危険な代物だ。
キッドが発明品を闇市で売りさばいたり人を殺めるために使ったりするとは思えないが、もしも彼以外の人物の手に発明品が渡ったらまずい。
先日キッドが飛行船で使用した小型爆弾を渡したのは寺井黄之助という人物だけだと阿笠から聞き出し、コナンは寺井が経営している店を訪れたのだ。
コナンの目的は、阿笠の発明品が裏社会に出回ることを阻止することとキッドの正体を掴むこと。
阿笠の発明品をキッドが手に入れたことに寺井が関係しているのは間違いない。
その過程の仮説は三つある。
一、寺井が怪盗キッドの協力者である。
二、寺井は相手が怪盗キッド、または彼の協力者だと知らずに何者かに阿笠の発明品を渡している。犯罪の片棒を担いでいることを知っているかどうかは定かではない。
三、寺井自身が怪盗キッドである。
どれが正解だとしても、寺井黄之助はキッドの正体を知るための鍵なのだ。
だからこそ、コナンは寺井に接触することに決めた。
寺井と接触するためにブルーパロットを選んだ理由の一つは、客と経営者という関係なら近づくのが比較的簡単だというもの。
もう一つは、寺井が阿笠の発明品を売りさばいていて、その拠点がブルーパロットである可能性を考えたからだ。
誰でも気軽に入れることを信条にしているため、ブルーパロットは賑わっている。そして、賑やかな場所ほど密談に向いているものだ。
しかし青子との会話から、コナンはこの可能性は低いだろうと考えるようになった。
青子の幼馴染だという黒羽快斗。マジックが得意な江古田高校二年生。青子によると、幼かった頃はコナンと瓜二つだったらしい。寺井とは仲が良く、青子がブルーパロットに度々足を運ぶようになったのも彼にこの店を教えてもらったからだ。
黒羽快斗が怪盗キッドなのだろう。
年齢が合わないが、考えてみれば怪盗キッドは八年間姿を現さなかった。
聞けば黒羽快斗の父親はあの有名な天才マジシャン、黒羽盗一らしい。彼はちょうど八年前、マジックの失敗で死んだはず。
黒羽盗一が初代怪盗キッドで黒羽快斗が二代目なのだ。
そして、黒羽盗一の助手だった寺井は快斗とも繋がりがある。
寺井は怪盗キッドの協力者である可能性が極めて高い。
怪盗キッドの協力者は老人だとか、若い女だとか言われている。老人というのが寺井で、若い女というのは黒羽快斗──怪盗キッドが今一緒にいる紅子という女子だ。
コナンは確信していた。
「青子姉ちゃん、快斗兄ちゃんってどんな人なの?」
情報が多いに越したことはない。
コナンは笑顔を貼り付けて青子に話しかけた。
青子は騙せたようだが、彼女の隣で紅茶をすすっている白馬には目論見がばれている。わずかに弧を描いた口元と、探偵が時折見せる光を宿した瞳がその事を雄弁に語っていた。
*
「それにしても、死んだ人間が生き返ることがあるかなんて、一体どうしたのよ」
正真正銘の魔女である紅子と怪盗キッドである快斗以外に誰もいない教室に、凛とした女性の声が響く。
「ああ、この前死んだはずの親父が現れて……」
「そう。これは私が邪神ルシファーから聞いた話よ。予言をするついでに趣味の話や仕事上の愚痴を勝手に喋ってくるの」
紅子はそう前置きする。
邪神ルシファー、別名サタン。地獄の王と名高い存在に、快斗は興味をひかれた。
「ルシファーの趣味って何だ? それに仕事って魂を食らうとかか?」
「邪神ルシファーはオタクよ」
「オタク……」
「日本のゲームにハマっているしメイド喫茶そのものの生活を謳歌しているらしいわ」
予想外のサタンの生活に、快斗は言葉を失った。
「仕事の愚痴っていうのは主に外交についてよ」
「外交……」
「日本地獄を支配下に置こうとしているらしいんだけど、閻魔大王第一補佐官の鬼に毎回酷い目にあわされているみたい。あと、日本地獄には黄色いタコがいて、金魚の植物があるそうよ。それと、暗殺のために作られた人工知能が日本地獄で働いているみたい」
紅子の口から語られる、衝撃の事実の数々。快斗は情報量の多さに固まった。
「でも、私としては日本地獄に頑張ってもらいたいわ。邪神ルシファーって仕事できなさそうだし、見た目全裸のおっさんだし。死後、お世話になる場所はちゃんとした所がいいもの」
「で、それが俺の質問とどう関係があるんだよ」
半目になって尋ねる快斗に、紅子は一つ息をついた。
「外交という言葉、閻魔大王第一補佐官という地位が存在すること、日本地獄に人工知能があること。これらから導き出される答えは?」
「あの世は国みたいにいくつかに分かれている。で、日本地獄っていうのはおそらく日本人が死んだ時に行く場所。あと、地獄は割と文明が進んでいて、生活水準は俺達がいる世界とあんまり変わらない可能性が高い。ルシファーの価値観も俺達と似通っているみたいだしな」
IQ400である快斗は急な質問にも難なく答えた。
「正解。そして、邪神ルシファーに聞いた話だと、日本地獄で裁判を受けて罪なしと判断され、あの世にとどまることにした亡者は、手続きさえすれば現世──この世界に来ることができるらしいわ」
「やっぱりあれは親父だったのか。ありがとな、紅子!」
「それより、さっさと皆のところに向かいましょう、怪盗キッドさん?」
「別に、俺はキッドじゃねーし」
歩きながら後ろに向かって声をかければ、目をそらしながら快斗が答える。
やはり彼は怪盗キッドなのだと紅子は確信した。
*
数ヶ月前のことだ。
大量の赤いろうそく一つ一つに灯った火が揺らめく薄暗い部屋で、紅子は魔法の鏡に問いかけた。
「鏡よ鏡よ鏡さん。世界で一番美しいのはだぁれ」
紅をさした唇が自然と弧を描く。紅子は鏡の答えを予想していた。
「それは紅子様でございます。世界中の男は皆、紅子様の虜」
ふちに精巧な細工が施された鏡の答えを聞いて高笑いする紅子。側から見るとただの厨二病だが、彼女は立派な魔女だ。
「ある一定の人物達を除いては」
紅子の高笑いがピタリと止まった。
紅子は鏡を殴ろうと拳を振り上げるが、鏡はそれを察知して急に話し始める。
「悪の組織に薬を飲まされて小さくなった名探偵、大阪の探偵、日本が恋人の潜入捜査官、とある女性刑事の恋人と彼女のファンで女性刑事を恋人と別れさせようと暗躍している刑事達、中学生の時に超破壊生物を暗殺した男性達、超破壊生物を暗殺した中学生達のサポートについていた男性、初恋の人がいまだに忘れられない発明家、あ、あと怪盗キッド。これはほんの一部ですが、話し始めると長くなるので次に行きますね」
「つ、次?」
一般人が知ってはいけない情報がいくつか紛れ込んでいた気がするが、紅子は魔女である。その気になれば国家機密だろうと何だろうと知ることができるので気に留めないことにした。
「今度はあの世編です。こちらにも紅子様になびかない男性は多くいますが、特に変人揃いの日本地獄に多いですね。あと、神獣白澤なんかも。あの方は全ての女性を等しく見ているので、『皆可愛い』という精神です。そもそも、男の定義とはなんでしょう?」
「人間の男に決まってるじゃない!」
「内面が女でもついていれば男なのでしょうか? それに、あの世には人間と似通った思考回路をする生き物が沢山います。神や妖怪など」
「神獣や日本地獄とやらの話をしていたくせに今更ね。人型の女性にときめく生き物が私が思う男性よ!」
「では、人間の体液にしか興味はなく、男女がするあれこれには興味がない、生物学上の男は?」
「どんな特殊なパターンよ、それ!?」
「私が昔出会った女性がそのような男性に追いかけられた経験があるらしく……撃退したそうですが」
「あなた、私の元に来るまで何があったの!?」
「霊感がある人間だったはずが、いつのまにか鬼になっていたよくわからん存在に世話になっていたことが……」
「本当に何があったのよ!?」
「私が小さな教会に置かれていた時、その少女とwin-winの関係性を築いていただけです。まあ、教会が潰れて親しくしていた少女からは『うちペット飼えないから……』とフラれ、骨董品屋に買い取られて紅子様と出会ったわけですが……」
紅子は慣れない漫才のような行動に疲れて肩で息をしていた。
そんな中、鏡が話しかける。
「まあ、女性に興味を示さない男性もいますし、特殊な性癖の人間だって沢山います。ぶっちゃけ、世界で一番綺麗云々は人によって答えが違うんですよ。地球上にどれだけの男性がいるか知っていますか? 三十五億」
「古い! そして何慰めモードになってるのよ!?」
こんな感じだったので、紅子は自分に好意を持たないからといって黒羽快斗が怪盗キッドだと決めつけることはできなかったのだ。
*
「あー、やっと来た。快斗遅い!」
「わりーって。ん?」
頬を膨らましている青子に謝っていると、快斗は店に似つかわしくない小学生の姿に気がついた。
「何で小学生が……」
「もしかして青子姉ちゃんが言ってた快斗兄ちゃん? キッドを捕まえるために頑張っているんだよね? 連絡先交換しようよ!」
声を弾ませているが目が笑っていない。コナンの有無を言わせない態度に快斗は冷や汗をかいた。
「あ、そうだ! 僕、寺井さんに用事があるんだ! 確か、あと十分くらいで来るんだよね、柚嬉さん?」
「……ボウズ、日を改めて会わないか?」
「うん! あ、いっけなーい。もうすぐ夕食だから帰って来なさいってメール来ちゃった」
快斗から言質を取ると、携帯電話の画面を覗き込んでわざとらしくコナンは呟いた。
「快斗兄ちゃん、これ僕の連絡先。連絡してね!」
数字が書かれたメモ用紙を快斗に押し付けるコナンは財布を取り出した。
柚嬉にオレンジジュースの代金を払っている少年を見て、快斗は連絡先が書かれた紙切れを握りしめる。背中に嫌な汗がつたうのを感じた。
*
一通り裁判が終わり、閻魔は休憩する間もなく書類の山を片付けていた。
知識が豊富で何でもできた死神が金魚草の研究のために有給を取ってしまってからというもの、回って来る仕事が増えてしまったのだ。
自分の分の書類はすでに終わらせてしまったらしい鬼灯が隣で見張っているため休憩することもできず、閻魔は何度目かのため息をついた。
「ねえ鬼灯君、いい加減休んでも……」
「駄目です」
「さっき、殺せんせーが出て行ったよ。ワシも休憩したい」
「どうせ衆合地獄をほっつき歩いているか甘味処を巡っているかのどちらかでしょう。殺せんせーの連れ戻しをツッコミの特訓に加えておきます」
「え、なにそれ」
聞きなれない単語に閻魔は反応したが、鬼灯が答えることはなかった。執務室から菜々が出てきたからだ。
彼女が書類仕事を終わらせる時間帯であること、資料だと思われる紙束を握っていることから、閻魔はこれから起こることを予想することができた。
「降谷零。安室透として黒の組織に潜入している公安の人間です。彼は喫茶店ポアロで働いているそうなので、客を装って彼を観察しようと思います。黒ずくめの組織で潜入捜査をしているので、能力や性格などを把握しておく必要がありますし、景光さん達の話から将来獄卒として雇うことも視野に入れるべきかと」
見た目がチャラそうな大学生である潜入捜査官の写真が貼られた紙を菜々が突き出す。でかでかと書かれた「シャバーニ」の文字を閻魔は見なかったことにした。
「なるほど。しかし、彼に生前から唾をつけておく意味は? 愛国心が強いと言ってもそれが日本地獄に適用されるとは限りませんし、進んで拷問をするとも思えません。能力は高いようなのでできなくはないでしょうが、獄卒に向いてはいないかと」
「衆合地獄ってゲイには効果ない所が多いじゃないですか」
「男性が堕ちる場所の誘惑係は女性ですからね。しかし衆合地獄行きの条件を満たしている同性愛好者は多苦悩処か孤地獄行きということで十分対応できています」
多苦悩処。衆合地獄の十六小地獄の一つで、元々は男性同士で性行為を行った者が堕ちる地獄だったが、同性愛が認められた現在は性犯罪を犯した同性愛好者が対象となっている。
「多苦悩処の拷問方法は生前好きだった人が永遠と燃やされるってものなので、好きな人がいなかった亡者は全員孤地獄行きになっているのが現状です。そういった亡者は今後増えていくと予想されます。そこで、男性の誘惑係の導入です」
「そこまでする必要性は?」
「莉桜ちゃんが釣れます」
中村莉桜は、一時期フリーの通訳で生計を立てていたが、今では外交官である。
「莉桜ちゃんならサタンさんを適当にあしらってくれますし、ハデス王と友好を図れます」
浮気者で有名なゼウスの兄であるギリシャ冥界の王は、リリスと一緒に食事をしたことがあることからも分かる通り女好きである。
そのため、美人外交官さえいればハデスと友好を図ることができると鬼灯は確信している。
超生物を暗殺した、悪い意味で有名な米花町で生き抜いてきた、あの世中で色々やばいと有名な鬼灯の妻、などというマイナスイメージが元からあった上、顔を合わせてすぐ素がバレてしまった菜々では無理だったが、中村ならギリシャ冥界との架け橋になってくれるだろう。
「言いたいことは分かりました。ポアロへの視察のために、半日の現世行きの許可が欲しいんですね」
「いえ、一日です」
菜々の答えに、鬼灯は片方の眉をわずかに上げた。
「ポアロに行った後、日本地獄と協力関係にある生者の動向を探ります」
元椚ヶ丘中学校三年E組の面々は地獄の存在を知っている。殺せんせーと死神が元殺し屋だと発表せずに日本地獄は彼らを雇っているため、口封じの意味もあって恩師達の無事を知らせたのだ。その際、現世で事件に巻き込まれた獄卒の容疑を晴らすために協力してもらう約束も取り付けている。
「ただの同窓会ですよね?」
「……そういう見方もできますね」
「そういう見方しかできません」
屁理屈をこねくり回していたが、菜々は「喫茶店でお茶して同窓会を行う」という行動を仕事だと言い張っているだけだ。男性の誘惑係がどうとか言っていたが、実行する気は一切ない。
「他にもやることはあります。日本地獄が所有している現世のマンションの一室の様子を見にいくとか」
「そこらへんは律さんが完璧にこなしているでしょう」
米花町の長期視察を見据えて一室を購入したマンションには至る所に防犯カメラが付いている。米花町では普通だ。
律はその監視カメラの映像に細工し、普段は誰もいない部屋にあたかも人が住んでいて、定期的に出入りしているように見せかけている。これで、警察に調べられても痛くもかゆくもない。
さらに、部屋に置かれた黒い自販機のような機械に、いつもは地獄にいる律が移動し、部屋の手入れを行なっている。
日をまたいで現世の視察を行う補佐官が急遽泊まっても何ら問題ない状態なのだ。
菜々は反論がなくなって押し黙った。
「まあ、視察に行っていいですよ。あなたのことなので何かしらの成果は得てくるでしょうし、盗一さんが修行中のうちはボケキャラが少ない方がいいでしょう」
「私ってどっちかというとツッコミですよね!?」
残念ながら彼女の認識を改めることができる人材はこの場にいない。
「もしかして盗一君ってツッコミの特訓してるの?」
閻魔はずっと気になっていたことを口に出す。本人は意図していなかったが、話題を逸らすことに成功した。
「ええ。唐瓜さんの元で勉強してもらってます」
「ツッコミの……?」
「それ以外に何があると言うのです。正直、死神さんは優秀すぎました。今のうちに手を打っておかないとツッコミ不足になります」
仕事の効率にはツッコミ役の能力が関わっているという説を殺せんせーが唱えていた。
冗談の可能性もあるが、彼は優秀だし確かにツッコミがないとモヤモヤして仕事に手がつかないこともあるだろう。鬼灯はこの説を重く受け止めていた。三徹目にいつかツッコミ課を作るのも良いかもしれないと考え出す程度には真剣だ。
「盗一君と麻殻君が二人掛かりで法廷周辺のツッコミ役を務めればいいんじゃない?」
「駄目です。麻殻さんがいると鬼灯さんがいつもよりはっちゃけて収集がつかなくなります」
閻魔の思いつきに菜々が反論する。心外だと言わんばかりに鬼灯が不服そうな顔をした。
今では十六小地獄の一つの責任者で順当に出世コースを歩んでいるのに衆合地獄で働きたいという要望は通らない唐瓜は、勝手に殺せんせーの捜索を押し付けられていることをまだ知らない。
*
「姉ちゃん、俺達とお茶しない?」
女性が大学生くらいのチャラい見た目の二人組にナンパされている。爆弾が見つかったり人が殺されたりすることがしょっちゅうある米花駅では平和な光景だ。
「いーや、人を待ってるから」
片手で携帯をいじりながら適当にあしらう中村は、柱にもたれかかっている。
接受国で派遣国を代表する外交官という職に就いたというのに金色に染められた髪は昔と変わらない。純日本人国のくせして地毛が水色や赤色の人間がいるので、髪を派手な色に染めていても問題視されないのだ。
「待ってるのって友達? いーじゃん、その人も一緒にお茶しようよ」
「あんたらが今この場で濃厚なキスをしたら考える」
予想外の答えに男二人は固まり、体が動くようになるとすぐにその場を離れていった。
「莉桜ちゃん、本当に良いんだね? まだ駅なんだから引き返すことできるよ」
出会いざま菜々が深刻な顔をして何度目かわからない確認をしてくる。
菜々に電話で米花町に行きたいので案内して欲しいと告げたら、死にたいのかだの人生を諦めるには早すぎるだの悩みがあるのなら相談に乗るだのと騒がれた。
米花町の恐ろしさはよく耳にするので中村も十分心得ている。しかし、彼女は米花町にある喫茶店ポアロにどうしても行きたかった。
ポアロで働いているイケメンに同性の恋人がいるという情報を掴んだのだ。BLが存在するのならどんな危険地帯だろうと向かわなければならない。
「午後からある同窓会だけど、闇鍋するらしいからポアロ出た後スーパー寄ろうよ」
「あー、米花町に売っていたものならそれだけで闇鍋の材料になるわ」
話しながらポアロに向かって歩いている間に、ひったくり犯が走ってきたりスリに遭いかけたり銀行強盗を目撃したりしたが、全員気絶させてその場を後にしてきた。
取り調べとか色々と面倒なのだ。米花町にはほんの一握りしかいない善良な市民が通報してくれるだろう。
「加藤菜々だ! 家に避難しろ!」
「工藤家と同じ危険度SS級か!? しばらく見かけなかったのに……!」
「ママー。あの人危険なの?」
「見ちゃいけません! 事件に巻き込まれるわよ!」
「先輩、いきなりどうしたんスか?」
「そうか、お前はこっちに来て日が浅いもんな。あの人と関わると事件に巻き込まれるから大抵の人は逃げ出すんだ。工藤家や毛利小五郎みたいなもんさ。ああいう連中と付き合えるのは、自分の身は自分で守れる奴か、よっぽどの幸運の持ち主、それかただのアホくらいだよ」
「私がしばらく友達できなかったのって、米花町にこういう風潮があるのも関係してると思う。米花町を出たら出たで『あいつ米花町民だから関わらないでおこうぜ』みたいな態度取られるし……」
中村は米花町ヤベーなと思った。
少し歩くと、人だかりができている場所があった。三件目なので事件現場だと中村は瞬時に判断できた。
チラリと見てみると、なぜか規制テープの向こう側に小学生がいる。しかも、その少年がトリックを見抜き、犯人を追い詰めているようだ。
「なんなんだよ、お前!」
罪を認めた犯人が叫ぶ。
「江戸川コナン、探偵さ!」
「え、米花町って小学生の力借りてるの?」
「やけに頭が切れる一般市民の手を借りないと、迷宮入りする事件が一気に増えるんだよ」
中村は米花町ヤベーなと思った。こう思ったのは何度目かは分からないが、確実に二桁はいっている。
*
注文したメロンソーダとアイスココアを持ってきた梓にお礼を言うと、菜々は中村に向き直り真剣な眼差しで質問した。
「どのコースにする? それぞれ一時間で、相槌だけなら百円、自分の考えも語るなら三百円、全てを完璧にこなしてネタ提供もするなら五百円」
「とりあえず三百円コースで」
菜々がタイマーをセットしている間に中村はメロンソーダを一口味わい、相手の準備が整ったところで口を開いた。
「(話の)ターゲットには彼氏がいる。名はアカイシュウイチ。アメリカ人。アカイの人物像を推測し、どちらがどのポジションなのかを語り合いたい」
声を潜め、第三者が聞いても意味が分からない話し方を心がけている中村に、菜々は舌を巻いた。
彼女の信条は「できるだけ隠れる」らしい。米花駅での出来事について問いただしたいが、「それはそれ、これはこれ」ということなのだろう。
「まず、名前を特定できた経緯を聞いても?」
「見てりゃわかるよ」
菜々は色黒の金髪店員に視線を移した。ハンコとセロリが大好きそうな顔をしている。買い占めていそうだ。
「安室さん。シフトなんですけど、最低でも週一は出て欲しくて……」
「小テストが週二から週一になった、死ぬ……」
「勉強教えるよ。えーと、この問題は円周一メートルだから──」
シュウイチという単語が聞こえるたび、安室は手に握っている物を破壊していた。床に、コップの残骸が今しがた散ったところだ。
「あー、でもあれはどっちかっていうと憎んでいるような……」
黒ずくめの組織について地獄で発覚した際一通り目を通した資料で、降谷零と赤井秀一の確執を知っている菜々はやんわりと否定してみた。
「いいや、たとえ憎み合っていたとしても最終的には付き合う!」
「へー……」
現実逃避のために哲学について考え始めた菜々だったが、彼女の耳は拾って欲しくない音声までしっかりと拾ってしまう。
「見て! この赤いトマトの写真!」
客の話し声と一緒にガラスが割れた音が鼓膜を振動させる。
ポアロに設置された小さなテレビの画面にアメリカ民謡の特集が映ると、「これもFBIの陰謀か! おのれ赤井!」という低い声が聞こえ、その直後になんでもないと誤魔化す人懐っこい声がした。どちらも同じ人間が出している声だとはとても信じられない。
安室は一度寝たほうがいい。
「それで、ターゲットは彼氏に貢がれているみたい。喫茶店の定員と探偵を掛け持ちしている人間には絶対買えない、高い車を乗り回しているらしいから」
中村の迷推理は止まらない。しかし、何も知らなければそう思っても仕方がないだろう。
普通、喫茶店の店員がスポーツカーを乗り回していたら悪目立ちするものだが、誰にも疑問を持たれていないのは米花町だからである。
「本職は探偵なんでしょ? 米花町って指名手配犯が大量に潜伏してるから、探偵なら仕事中に見つけることが多いんじゃない? 手練れなら捕まえた指名手配犯の賞金だけで食べていくこともできるし」
「米花町やっばい……」
「だから引き返したほうがいいって言ったのに……」
その後、中村が五百円コースに変更したので、菜々は撮りためていた写真を売り払った。地獄に勤めるイケメン達と合法ショタ(小鬼)、某神獣は本人達が知らないうちに犠牲になっていた。
*
ポアロでのバイトを終わらせて警察庁に戻るとすぐ、降谷は風見に連絡した。
「安室透について調べているらしい女性二人がポアロに来たんだ。それに、赤井秀一の名前も知っていた」
電話の奥から息を呑む音がする。
「暗号らしき言葉を使っていた。最も出てきた単語は『右』と『左』。それとコースがどうこうとか言ってたな。組織の者ではなさそうだが、頭の中に入れておいてくれ。名前は中村莉桜と加々知菜々」
降谷は、世間話に見せかけて聞き出した名前を告げる。
『加々知菜々ですか?』
「ああ、そうだが?」
『警視庁では有名ですよ。昔、捜査一課に洗いざらい調べられたとか』
「……そうか」
通話を終了し、溜まった仕事を片付けるために降谷は机に向かった。あの二人には何かあると降谷の勘が告げていた。