トリップ先のあれやこれ
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少年は伸びをしながら、朝日によって徐々に輝き始めた海を眺めていた。
頭の中に昨日起こった事件が蘇る。
籏本島に観光に行ったものの定期船に乗り遅れたのが全ての始まりだった。
運の良い事に籏本グループが貸し切っていた豪華客船に乗せてもらったが、そこで殺人事件が発生したのだ。
「それにしてもあの人、何者なんだ?」
コナンはとあるウェイターの行動を思い出して考え込む。
事件が起こっても顔色一つ変えなかった。おまけに人を何人も殺めてきたかのような目をしている。
証拠など何もないが、コナンは死体を見る彼の表情を思い出すだけで身の毛がよだつ。一体どのような経験をすればあのような雰囲気を出せるのだろう。
考えれば考えるほど土壺にはまる。気になってろくに眠れず、こうして日の出の時間から船のデッキに出ているくらいだ。
「どうかしました?」
不意に声をかけられ、コナンは思わず固まった。
地獄の底から響いてくるような声は今しがた彼が考えていた人物のもので間違いない。
「……加々知さん」
顔が引きつるのが自分でも分かる。
「随分と早いんですね」
凶悪な顔に似合わず子供の姿であるコナンにも敬語で話しかけてくる男の手にはライターが握られている。
「タバコ吸ってもいいよ。僕気にしないし」
子供らしさを心がけながら、できる限り無邪気に声を発する。
「それに僕、加々知さんに聞きたい事あるし」
急に眼光が鋭くなる。ここが勝負どころだ。
本能が彼に関わってはいけないと警告を発しているがそれがどうした。この機会を逃せば彼に会う事はないだろう。
探偵とは真実をとことん追い求めたがるものなのだ。
既に太陽が昇り青くなった空に、タバコの煙が混ざっていく。
死体を見ても動じなかったのはなぜなのか。多才なのにウェイターのバイトをしているのはなぜか。
子供だから許される内容の質問ものらりくらりとかわされ、コナンは頭をフル回転させていた。
相手はかなり頭が回るらしく、こちらが知りたい情報を一切与えてくれない。
「それにしても怖いよね。こんな場所でも人が殺されるなんて」
世間話をする事によって相手の警戒を解く計画にシフトチェンジする。
「そうですね。しかし、一番怖いのは人の悪意でもやけに事件が起こる米花町でもありません。警戒できない人ですよ」
「え?」
加々知と名乗る男性が何を言っているのか理解できなかったのか、コナンは間抜けな声を出した。
*
『次のニュースです。またもや異常気象が確認されました』
食堂のテレビから流れてくるアナウンサーの声。工藤新一がコナンになった証拠だと菜々は判断した。
今頃、小さくなった名探偵は黒の組織を追いかけているのだろうが、地獄に住んでいる菜々には関係ない。
「この前の視察なんですが、今すぐにでも解決しなければならない問題が発覚しました」
テレビに一番近い椅子に腰掛けた鬼灯が味噌汁を飲みながら淡々と伝える。
「若返っている人間がいました」
菜々は無言で目を逸らす。
いつかこうなる事は分かっていたが、忙しくてすっかり頭から抜け落ちていた。現世のニュースを見てやっと思い出したところである。
面倒なので前から知っていた事は黙っておく事にして、菜々は鬼灯の話に耳を傾けた。
この前の現世視察で江戸川コナンと名乗る少年に会い、彼の倶生神に一連の流れを聞いたらしい。
「盗一さんの裁判で発覚した、不老不死になれるというパンドラを追っている組織について調べていたせいで、米花町の調査がろくに進んでいなかった事も要因の一つでしょう。これからは米花町の視察とパンドラの調査を同時進行で行います。それと、最終的に新一さんを元の体に戻します」
菜々は思わず胃を抑えた。
米花町の視察が本格的に行われるという事は、米花町に行かなければならないという事だ。
「で、殺せんせー。勝手に人のご飯をつまみ食いするのやめてくれません?」
菜々は話の途中から横にいた黄色い生物に話しかける。超生物化しているので、逃げる準備は万端だ。
「今日は弁当が無い日なんですよ」
「お金とか貰ってないんですか?」
「駄菓子に変わりました」
「じゃあ、食べるなら死神さんのにしてください」
菜々の何気ない一言で殺せんせーと死神の激しい戦いが幕を開けた。
カツ丼定食を取り合っている師弟の事はお構い無しに、鬼灯は話を続ける。
「調べたところ、新一さんは怪しすぎる格好をした男達の取引現場を見てしまい、口封じのために毒薬を飲まされたようです。しかし、何らかの副作用で体が縮んだ」
「まあ、米花町って裏社会の人間がしょっちゅう来ますしね。中には怪しすぎて逆にコスプレだと思われて職質すらされない人もいるぐらいです」
「分かりました。物を壊さず、皆さんにも危害が加わらないように細心の注意を払って決闘しましょう!」
「僕が勝ってもメリットが無いんだけど!?」
縮んだ人間についての話が進んでいくうちに、殺せんせー達は面白そうな事を始めようとしていた。
菜々は野次馬の一人になりたかったが、鬼灯が怖いのでやめておいた。
「もう一つ。本来計画が進められていた、上流階級の人間の視察もしなくてはいけません」
鬼灯が指を一本立てる。
「初めはボディーガードにでもなろうかと考えていたのですが、調べてみたところ新一さんには財閥令嬢の幼馴染がいるそうです。それ経由で大きなパーティーに何度も出席しているとか」
さらに、今コナンが住んでいる家の娘も新一と幼馴染。つまりは財閥令嬢である園子とも幼馴染なのだ。
「ほら、これです」
いつのまにか昼飯を食べ終わっていた鬼灯は立てていた指をテレビに向ける。指差されたテレビ画面は現世のニュースを映していた。
日本のゲーム会社とアメリカのゲーム会社である「シンドラー・カンパニー」が共同開発したゲームのお披露目パーティーがもうすぐ催されるらしい。
「鈴木財閥もゲーム開発に資金援助したみたいですよ」
招待された園子が、幼馴染である蘭や毛利家で預かっているコナンをパーティーに招く可能性が高い。
「コネでこのパーティーの招待状を手に入れれませんか?」
「やってみます」
上流階級の視察と江戸川コナンの観察を同時に行えるに越した事はない。菜々は二つ返事で了承した。
『次のニュースです。女優の磨瀬榛名さんが同性愛好者だという情報が入りました』
鬼灯が食器を片付け始めたのでさっさと食べ終わろうと、菜々が茶碗を手に取った時。
女性のアナウンサーが衝撃的な文章を読み上げた。
思わず手を止め、テレビを凝視する。いつのまにか殺せんせーも横に待機していたが、そんな事はどうでも良かった。
テレビに映し出されるのは、今では国際的な女優になっているあかりと、性別は「渚」だと口を揃えて言われていた男性が手を取り合って顔を近づけている写真。
どう見ても友人同士には見えない雰囲気が写真越しでも伝わってくる。
「なんで同性愛好者?」
「そう言えばあかりちゃんが、渚君と出かけても全くゴシップにならないって不思議がっていたような……」
人前で手を繋いでも二人きりで旅行に行ってもスキャンダルにならなかった理由が発覚した。
別のニュースに切り替わったのを見届けて二人は無言で立ち上がる。
「さりげなくE組全員に集合かけます」
「では私は休みをもぎ取って現世に行く準備を始めます」
「いや、仕事してください」
菜々と殺せんせーが互いの役割を決めていると、低い声が後ろから聞こえて来た。
「鬼灯様!? 今までいなかったのに! ところで今日の食事代だけでも給料前借りできませんか?」
「そんな事だろうと思って家まで作り置きしてあった食事を取りに行ってました」
途中から死神の姿も見えなかった事を踏まえると、彼に送って貰ったのだろう。
「食堂のメニューにしてはどうかと定期的に申請しているのですが中々許可が下りないんです。アドバイスも兼ねてどうぞ」
差し出されたのは、湯気を立てている汁物だった。
動き回った上に食事を取っていない殺せんせーはすぐに汁物を飲み干した。
「普通に美味しいじゃないですか。食堂に置いてあっても不思議じゃない。ところでこれって何ですか?」
「脳味噌の味噌汁です」
答えを聞いた瞬間、殺せんせーは喉を抑えた。ショックのせいか、触手生物姿から人型に戻ってしまう。
「じゃあ私、カルマ君達に掛け合ってみますね」
死にかけのセミのように床でのたうちまわり始めた殺せんせーを菜々は放って置く事にした。
*
経済産業省を裏で牛耳っていると有名なカルマに頼んだところ、あっさりと了承が出た。
『俺が頼めばコクーン体験者の枠も何個かゲットできるけどどうする? 加藤さんならそのままでも高校生だって押し通せそうだけど。主に胸で』
「この瞬間、私の脳内に存在する痛い目に合わせる奴リストに名前が加わったよ。取り敢えず、一人分確保しておいて」
政治家となった寺坂や国際的な女優であるあかり、最近ノーベル賞を受賞した奥田に加え、大きなグループのトップ層。さらには巻き込まれた事件で知り合った国の権力者達。
コネはいくらでもある菜々が真っ先にカルマに連絡したのには理由があった。
「で、ニュース見た?」
『もちろん。問題はどうやって警戒を抱かせずに会うかだよね』
電話越しに楽しそうな声が聞こえる。E組の赤い悪魔の異名は伊達ではなかった。
渚達をいじる計画をカルマと一通り練った後電話を切った菜々は、その足で桃源郷に向かった。
「白澤さん、体が縮む薬ってありますか?」
漢方薬局である極楽満月の扉を開けて尋ねると、女性を口説く給食当番のような格好をした男が目に飛び込んでくる。
「付き合うわけじゃないよ。ただ単に遊ぶだけさ」
口説いて来たわけを尋ねられて正直に答えた白澤。
何かをひっぱたく音が聞こえたと思ったら、彼の頬に真っ赤な紅葉が浮かび上がっていた。
大股で出て行った女性を頬をさすって見送りながら、白澤は菜々の問いに答える。
「残念ながらウチではそんな薬取り扱ってないよ。魔女の薬には体が縮む物があるけど、悪用されるのを防ぐために作り置きをしていないんだ。しかも材料が貴重だから、注文してから一年くらい待たないと手に入らない」
菜々はがっくりと肩を落とす。
ニュースを見た時から興味があったのだが、どうやら仕事中にコクーンで遊ぶことはできないらしい。
将来の権力者を観察し、あわよくば死後雇えるような人物を見定める、という建前まで用意した後だったので落胆は大きかった。
「それにしても時が経つのは早いな。菜々ちゃんがあの闇鬼神と結婚してから何年だっけ?」
「私が大学を卒業してすぐだったので、四年ですね」
白澤から話を振って来たので、サボる口実ができた。
仕事は殺せんせーにでも押し付けておけばいいだろうと判断して、菜々は勝手に椅子に腰を降ろした。
記者会見で鬼灯が結婚を告げた時は地獄と天界、両方が衝撃のあまり揺れた。
しかも、相手が閻魔大王第一補佐官の直属の部下になると言うのだがら、一部では根も葉もない噂がまことしやかに囁かれた。
曰く、高い地位に就いたのは色仕掛けの賜物なのではないかと。
しかし、「あんな貧相な体と残念な性格で色仕掛けなんかできるわけがない」という意見が圧倒的に多かったため、大した騒ぎにはならなかった。
「あの時は大変でした。なぜか私の気持ちを知っていた知り合いからは両想いだった事に驚かれたし、鬼灯さんのファンクラブの人ともぶつかったし」
菜々は数年前の事を思い出してしみじみと語る。
皆が菜々の気持ちを知っていたのは殺せんせーが言いふらしたせいだ。
何年も前に、いきなり殺せんせーが店を尋ねて来たと思ったら、紙芝居風に菜々の片想いについて語られたという事件があった。
そのため白澤と桃太郎は原因を知っていたが、閻魔殿の屋根に黄色いタコが吊るされる事態は避けたかったので、心の奥底にしまって置く事にした。
「あの事件か。なんでアイツにそんなにも沢山のファンがいたんだろ? 絶対に僕の方がいいのに」
頬を膨らませながらぼやく白澤。桃太郎は久し振りに師匠の判断をありがたく思った。これで殺せんせーがやらかした話にはならないだろう。
「理想を抱いていた人と玉の輿狙いが圧倒的に多かったみたいですよ。本性を知っている人は居ることは居ましたけど、全員マゾっ気がありました」
「そういうことか……」
お茶を注ぎながら桃太郎が半目になる。
確かに、そっちの気もないのにあの男の性格を含めて好感を持つ女性なんて滅多にいないだろう。
「でもさあ、乗り込んで行った菜々ちゃんも相当だよね。しかも『獄卒なら殺す気でかかって来ればいいじゃないですか!』なんて叫ぶなんて」
少し歩けば殺意に巡り合う米花町で何年も過ごし、担任を暗殺する体験までしていた菜々にとって、それが当たり前になっていた。
菜々の行動に言い表せない恐れを抱いた女性獄卒との仲は良いとは言えないが悪いとも言えないものとなっている。
「それ言ったら結婚式も相当ですよ。三々九度の酒が脳みそ汁に変えられてたし」
桃太郎は過去を思い出し、この二人はある意味お似合いなのかもしれないと考え出した。
結局悪霊が逃亡したらしく結婚式が中止され、主役の二人が走り去って行った時はど肝を抜かれた事も思い出す。
プロポーズが昇進を告げられたついでに行われたらしく、「今度こそはまともに進むと思ったのに……」と呟きながら涙を流す殺せんせーが印象的だった。
*
サボっていたことがバレないギリギリのラインを見極めて帰還した菜々は、無事にパーティーに潜り込めることを鬼灯に報告した。
「ここで閻魔大王に報告しないあたり、君が地獄という組織のあり方についてどう考えているかがよく分かるよね……」
地位的には菜々の同僚である死神が花を花瓶に生けながら口を挟んでくる。
「コクーンの体験ですか。未来の権力者の観察ができますし、将来有望な子供がいたらさり気なく勧誘ができるのでできれば誰かに参加して欲しいですね。唐瓜さんとか」
「唐瓜君には厳しいと思いますよ」
サボっていた間に溜まっていた書類を整理しながら菜々は答えた。
「調べてみたらコクーンに優作さんも関わっていました。パーティーにも出るみたいですし、十中八九事件が起きます」
少しでも違和感を感じたら相手のことはおかまいなしに調べてくるのが工藤家の人間だ。下手したらずっと腹の中を探られる事態になりかねない。
さらに言うと、今ではコナンと名乗っている高校生探偵もコクーンの体験をする可能性が高い。
彼にバーチャル世界で鉢合わせてしまった上に興味を持たれでもしたら面倒なことになる。
相手は地獄の鬼だとは露ほども思わないだろう。変な勘違いをされて警戒されたら胃薬がいくらあっても足りない。
工藤家の人間に関わるにはかなりの精神力がいるのである。
「私達行きたい」
「人を見るの、得意だよ」
天井を走って法廷までやってきた座敷童子達が、鬼灯の顔を見上げて提案する。
「菜々さん、コクーン体験者を増やしてもらえるよう頼んでください」
「分かりました。そういうわけなので、私の分の仕事は殺せんせーがやっといてください」
「どういうわけですか!?」
閻魔と一緒に饅頭を食べていた殺せんせーが不満ありげな声をあげたが、菜々は気にしなかった。
「妖怪にもコクーンって使えるのかな……」
「姿かたちが人間っぽいし大丈夫なんじゃないですかね?」
とっくの昔に和解し終えている師弟の会話を聞き流しながら、菜々は携帯電話を手に取った。
*
ゲーム発表会の会場の入り口付近には多くのマスコミが押しかけていた。
日本のトップに君臨する権力者達が一堂に集まる事も考えると、このパーティーの規模がどれほど大きいのかよく分かる。
金属探知機のゲートに引っかかり、昔阿笠に作ってもらった武器を半分くらい没収されてしまって菜々はしょげていたが、豪華な料理を見た瞬間顔つきが変わった。
ワンピースの下に短パンという出で立ちで来たのでいくらでも食べられる。
「ちょっと知り合いに挨拶してきます」
「いや、どう考えても食事を全制覇するつもりですよね」
鬼灯に突っ込まれたが、菜々は聞かなかったことにした。赤髪の男の元に向かう途中に座敷童子から冷たい視線を送られても気にしなかった。
自然に集まった元E組メンバーが話していると、少年達がサッカーを始めた。
「あんな子供達が未来の日本を背負って立つのか……。寺坂、出世して俺に操られてよ。それしか日本を救う手はない」
「うっせー!」
高級なスーツに身を包んだ寺坂は肩に回された手を払い退けたが、満更でもなさそうだった。
「奥田さん、なんかいたずらグッズ持ってない?」
「おい、彼らは権力者の血縁者だ。下手な真似はしないほうがいい」
今度は嫌がらせをしようと奥田に道具を求めるが烏間に止められる。イリーナも肯定するかのように頷いたので、カルマは拗ねたような目をした。
「じゃあ、わざとこっちに失礼な態度をとらせるように仕向けた後で、保護者が皆を認めている事が分かるように仕向けてみる? あかりちゃんとノーベル賞を取った愛美ちゃんは有名だから除くけど」
カルマは経済産業省の赤い悪魔と呼ばれるほどの手腕だし、寺坂も衆議院議員として結果を残している。イリーナは数々の成果をあげているし、烏間に至っては伝説をいくつも生み出している。
皆が賛成したので誰が出ていくかを話し合っていたが、三十代後半くらいの男が先に叱っていた。
『皆さま、ステージにご注目ください。ただ今コクーンのゲーム・ステージのためにアイディアを提供していただいた工藤優作先生がアメリカからご到着です!』
司会が話し始めたので、皆がステージに注目する。
「ごめん。私もうすぐ行かないと! 特別ゲストとしていくつか質問に答えないといけなくて……」
「あー、正式に婚約発表したばかりだもんね」
あかりが小走りで舞台に向かったのを見届けてから、菜々は再び皿に注目した。彼女は発表会よりも料理のほうが大事だった。
コクーンとは大きな卵のような形の機械に入って行うゲームだ。そのカプセルは人間の五感を司り、触角も匂いも痛みも全て現実のような世界に行くことができるらしい。
『さらに、体に害はありません』
会場が静まり返っているせいか司会の説明がよく聞こえる。
座敷童子はちゃんとコクーンが使えるのだろうかと菜々は一瞬不安になったが深く考えないことにした。この世界は別の世界から見ると漫画の世界なのだし多分大丈夫だろう。
決して小太りの少年が凄い勢いで食事をしているので、こっちもペースを上げるためとかそういうわけではない。
優作が取材を受けている頃、烏間がカルマを止めなかったら一生物のトラウマを植えつけられていたかもしれない少年達がまたもやサッカーを始めた。
その過程で、髪が逆立った赤いスーツを着ている少年がブロンズ像にボールをぶつけ、像が持っていたナイフを落としてしまう。
「秀樹、ここにボールを当てるのはやめなさい」
立派なヒゲを蓄えた男性が軽く注意をする。
「はーい」
秀樹と呼ばれた少年はナイフを元に戻した後、取り巻きの一人に「どうせ安物の像だ」とかのたまっていた。
「注意するのそこじゃないだろ……」
「カエルの子はカエル……」
「やっぱり一度痛い目にあわせたほうがいいんじゃ……」
「地獄は実力がある人がトップに立ってるよ! この書類にサインしてくれれば死後安泰! すぐに終わるから」
元E組も聞こえてきた会話にあきれ返る。一人変なことを言っている奴がいるが、例のごとく無視された。
「でもあの会話で分かった。あの子多分ヒゲじじ……警視副総監の孫だよ」
書類を無理やり押し付けた後、菜々がブロンズ像を眺めていた男の一人を確認して言い放つ。手にはしっかりとチキンが握られていた。
「後で白馬警視総監に言いつけとく」
「前から思っていたんだが、加藤さんの人脈はどうなっているんだ? 君らと会う前、警視庁の人間と一緒に事件に巻き込まれたことがあったが、ほとんどの人間が加藤さんの存在を知っていたぞ」
珍しいことに警視庁の上層部の人間と烏間の上司が旧知の仲だったので、合同訓練でもしようかという話になったらしい。
しかし集まったのが米花町だったため、集まったビルに爆弾が仕掛けられていた。
呼ばれた爆弾処理班がその場で爆弾を解体し始めたのでビルから離れ、やたらと対抗心をむき出しにしてくる鷹岡を適当にあしらっていた時。
烏間の耳に警察関係者の会話が聞こえてきた。
『そういえば、またあの子事件に巻き込まれたらしいぞ。しかも国家が関わっている』
『またか。それにしても大丈夫か? 知ってはならない事を知ってしまったら暗殺とかされるんじゃ……』
『大丈夫だ。前にもそんな事があったが、殺し屋を捕まえてきた。本人はたまたま近くの鉄骨が倒れてきただけだと言っていたが』
『あの子が危険な時に物が倒れたりポルターガイスト現象が起こったりする事多いよな』
『でも今回は殺し屋と仲良くなって連絡先を交換したらしいぜ』
『まあ、菜々ちゃんだしな』
烏間は耳を疑った。彼らの話し方からすると「菜々」はまだ子供。
そんな人間がいるのなら是非とも将来部下に欲しい。
烏間は「菜々」の情報を得るべく、再び耳を傾けた。
結局得た情報といえば少女の伯父が刑事である事だけだった。非常に優秀だそうで大学を出たキャリア組だったらと惜しまれているらしい。
さらに、瞳が緑色だが米花町ではよくある事なので誰からも突っ込まれていない刑事――山田から毎回事件のあらましを聞いて、事件の真相にたどり着く事があるらしい。
一般人、しかも子供に事件の内容をペラペラと話すのはどうなのかと疑問を抱いた烏間だったが、すぐに疑問を捨てた。
米花町は事件の発生率が異常で、世界各国から集まった裏社内の人間がよく目撃されるのだ。
子供といえど何が起こったのか把握しておかないと殺されるかもしれない。事件に関わってしまったのならなおさらだ。それが米花町である。
そこまで考えて、烏間はその場を離れることにした。
加藤菜々は地球外生命体ではないかという仮説が生まれ、刑事達が議論し始めたのでこれ以上有力な情報を得ることはできないと判断したのだ。
昔何が起こったのかを一通り聞いて刑事達に殺意を覚えた後、菜々はローストビーフを飲み込んだ。
ステージではあかりが婚約者について質問を受けているが、顔を赤くしているものの上手いことはぐらかしている。
「裏社会の人間から権力者まで知り合いがいますけど、やっぱり事件を通して知りあった人が多いです。あ、優作さん経由の知り合いも結構いますよ」
そう言い終えた時、菜々と優作の視線がたまたま交わった。面倒な事になる予感がしたので菜々は目を逸らした。
「すみません、通してください!」
黄土色のスーツを着たガタイの良い男性が、サインを貰おうと優作の周りを囲んでいたファンの間を縫って優作に近づく。
男が小声で何かを伝えると優作は目の色を変えた。
「樫村が!? 案内してください!」
先程サッカーをしていた少年達を叱った男の名前が聞こえる。
菜々が殺人だろうとあたりをつけたのと腕を掴まれたのは同時だった。
「優作さん!? 何するんですか!?」
「ちょっと来てくれ」
菜々は助けを求めて元クラスメイトと教師を見るが、慌てたり面白そうに笑ったりため息をついたりしているだけで、誰も助けてくれなかった。
「樫村!!」
「なんで私まで来ないといけないんですか!? やっと全種類の食事を食べ終わったから二周目に行こうと思ってたのに!」
「君は結構頭が切れるからな。だいたい君の胃袋はどうなってるんだ!」
「無料のものは別腹なんですよ!」
優作は分かるとして、なぜか居る菜々に皆が目を点にする。
「樫村さんとは長い付き合いだと聞きました。彼に恨みを持つ者に心当たりはありませんか?」
「目暮警部! 部外者がいますがいいんですか?」
制服姿の警官が尋ねる。今まで散々部外者が事件に関わって来たはずだが、指摘しても無駄なので菜々は口を挟まなかった。
「警視庁だけに止まらず、刑事の間で語り告げられている伝説の一般人と言えば分かるかね?」
重々しい雰囲気で目暮が告げると、白鳥を含めた刑事達は驚愕する。
「まさかあの……!?」
「実は地球外生命体だという……」
「怪しげな武器を使用してエイリアンと戦った中学生ですか!?」
「過去に刑事達を破滅寸前まで追い込んだ事があるって本当ですか!?」
「私って刑事さん達になんて言われてるんですか!?」
菜々は根も葉もない噂に思わず突っ込んだ。
「相当尾ひれがついてるな。確かに近所の発明家に武器を作ってもらっていたし、地球外生命体ではないかと囁かれていたが……」
目暮が神妙に呟く。
続けて小五郎が言葉を引き継ぐ。
「だが、刑事達を破滅寸前まで追い込んだ事があるって話は本当だ。警部殿に助けられたから良かったものの、俺もヤバかった」
彼は過去を思い出してやや青ざめていた。
刑事達の間で行われた「菜々はいつ結婚できるのか」という賭け。
お情けで「いつかは結婚できる」に賭けた目暮以外は「結婚できない」やそれと似たような内容に大金を賭けた。
小五郎も同じで、目暮が賭けを辞退してくれなかったら路頭に迷っていただろう。
「全く身に覚えがないですよ!?」
菜々は思わず反論した。小学生の頃は羽目を外していたが、子供だから許されるラインを見極めていたし、人様に迷惑をかけるような事をした覚えはあまりない。
「一緒ではないのですか? あのメガネの少年と」
無実を訴える菜々をなんとかしようと思ったのか優作が小五郎に尋ねる。菜々と口論を始めていた小五郎は優作の問いで我に帰ったらしく、気まずそうな顔をしながら答えた。
「ああ、コナンですか? さっきまでここに居たんですが、キーボードのダイイングメッセージを見た後血相を変えて……」
優作は小五郎の言った通り、キーボードのダイイングメッセージを確認する。
「JTR!?」
被害者のものであろう血が付着したキーの文字を並び替え、優作は驚きをあらわにした。
「なんじゃと!? まさかコナン君、わしのお土産を使ったんじゃ!?」
阿笠の反応で、菜々は何が起こったのかを理解した。
「ジャック・ザ・リッパー!? ゲームの中にヒントがある!?」
「そうだがなぜ君はそんな事を知ってるんだい? ゲームの内容は外部に漏らしてないはずだが」
「阿笠博士とメガネの男の子――おそらくコナン君との会話を聞いたんですよ」
優作は納得したが、目暮と小五郎は雷に打たれたような顔をしていた。
「そういえばあの子、東都大学と肩を並べる東杏大学に現役で合格したんだった……」
「そうか。菜々ちゃんって頭いいのか。いつもの行動のせいですっかり忘れていた……」
今回行われるコクーンの体験では五つのゲームを行うことができる。
そのうちの一つが十九世紀のロンドンに行って謎を解くと言うものらしい。
一方、ジャック・ザ・リッパーとは十九世紀末に実際に存在した殺人鬼で、五人の女性をナイフで殺害したが結局捕まることはなかった。
この二つの情報とダイイングメッセージ。ホームズと一緒にジャック・ザ・リッパーを追うゲームがある事は容易に想像がついた。
「あの、そろそろ私、戻っていいですか?」
ゲームを中止してもらうよう頼みに行こうと目暮と白鳥が話し合っているところに菜々が声をかける。
「一緒に来ている人も居ますし、その中にゲームをする予定の子も居て……」
「そうか。子供を預かってるのか。戻っていいぞ」
目暮の返答に菜々は疑問を覚えた。
「私の子供だとは思わないんですか?」
「だって菜々ちゃんだしな」
「そうですね。第一女かどうかも怪しいのに」
目暮と小五郎を一発ぐらい殴りたくなったが、菜々は一刻も早く鬼灯達と合流したかったので何も言わなかった。
*
『我が名はノアズ・アーク』
鬼灯から、座敷童子達がすでにコクーンに乗ってしまったと菜々が教えられた時、声が会場内に響き渡った。
何事だとどよめきが起こると、鬼灯の携帯が震える。
『鬼灯様! 地獄から電話がかかってきています。緊急のようです!』
携帯画面に律が映る。焦っている事を表しているのか、顔には汗が浮かんでいた。
殺意渦巻く教室を卒業してから何年も経った今、この人工知能はより一層表情豊かになっている。
「繋いでください」
ノアズ・アークと名乗る声が、シミュレーションゲーム「コクーン」を占領したと伝えたため騒ぎ声は大きくなっており、鬼灯が携帯に向かって話している事を気に止める者はいなかった。
『もしもし! ヒロキです!』
地獄に繋がった電話越しに幼い声が聞こえてくる。
鬼灯と菜々は隅に移動することにした。
ヒロキとは、二年前に地獄に来た十歳の少年だ。死因は自殺。
自分の命を粗末にするという罪を犯しているが状況が状況だったしまだ幼いので、裁判を受けるまでもなく賽の河原に行かせてはどうかという意見が有力だった。
しかし、一部の重役は違った。
彼はいわゆる天才少年で、十歳にしてマセチューセッツ工科大学に通う大学院生だった。
しかも、皮膚の血液のデータからその人の祖先を突き止めることができるようにしたり、一年で人間の五歳分成長する人工頭脳を作ったりしている。
そんな天才である。ぜひ技術課に欲しいと鬼灯達が考えるのは明白だった。
『烏頭さんと一緒にシャア専用ザクⅡを作っていた時、座敷童子ちゃん達があなた達と一緒に現世に行ってコクーンをプレーするって聞いたんです。今すぐやめてください!』
「ちょっと待ってください。なんでそんな物作ってるんですか?」
鬼灯の眉間のシワが深くなる。菜々はさり気なく逃げ出そうとしたが、がっしりと腕を掴まれてしまった。
『閻魔大王第一補佐官の直属の部下の方々全員から許可をいただいたんです。確か、あの人達全員の許可をもらえば閻魔大王に申請できるんですよね?』
それに該当するのは殺せんせー、死神、菜々の三人である。
「赤いし大きいしツノあるしいいじゃないですか! あれはどう見ても鬼ですよ!」
「駄目に決まっているでしょう!」
『あの、本当に緊急なんです! 死神さんを買収した殺せんせー達を叱るのは後でいいじゃないですか!』
「ヒロキ君、言わないでよ!」
割と大声で騒いでいるが、ノアズ・アークが日本をリセットするつもりである事が発覚したばかりなので、誰も気に留めていない。
『裁判を受けなかったし、生前にやった事なので言わなくていいと思ってたんですけど、まさかこんな事になるなんて! 僕は自殺する直前、作った人工頭脳をネットに逃しました。名をノアズ・アークと言います』
「ああ、なんか今ゲームを乗っ取ったみたいですね」
『遅かったか!』
ヒロキは歯ぎしりをする。しかし、悔しがっている暇はないと思い直した。
『僕は、金目当てではあるものの僕の面倒を見てくれたシンドラー社長がジャック・ザ・リッパーの子孫だと知ってしまい、命を狙われました』
「そういえばそんな事が、あなたの逝き先を決める会議で使用された資料に書いてありました」
割と重要な事がさらっと暴露される。
シンドラーといえばIT企業の大物であり、今ではシリコンバレーを牛耳っている浅野の最大のライバルだ。
また、コクーンは日本の企業と彼の会社が共同開発したため、この会場にもいる。
先程起こった殺人事件の犯人はシンドラーだと菜々は確信した。同時に、これは劇場版である事にも気がつく。
映画ではしばらく引っ張っていたであろう真実が簡単に分かってしまったが、菜々は気を取り直して鬼灯の耳と携帯電話の間から漏れてくるヒロキの声に集中した。
『子供は親の背中を見て育つ。汚れた政治家の子供は汚れた政治家になるし、金儲けしか考えていない医者の子供は金儲けしか考えない医者になります。僕は一度日本をリセットするべきだと思いました。権力者の子供が一堂に集まるコクーンの発表会を僕が作った人工頭脳――ノアズ・アークに乗っ取ってもらい、試練を出す。子供達を殺す気はありません。ただ、試練を通して自分達が当たり前だと思っていた事は間違っていたのだと気がついてくれればそれでいい。しかし、万が一という事があります』
「なんか、映画を見る前にオチだけ聞いたような気分……」
菜々は呟いた。序盤で知ってしまってはいけない内容のような気がする。
「大丈夫です。一子と二子はちゃんとノアズ・アークを勧誘してきてくれるはずです!」
『そこ!?』
鬼灯の答えにヒロキは思わず突っ込んだ。
頭の中に昨日起こった事件が蘇る。
籏本島に観光に行ったものの定期船に乗り遅れたのが全ての始まりだった。
運の良い事に籏本グループが貸し切っていた豪華客船に乗せてもらったが、そこで殺人事件が発生したのだ。
「それにしてもあの人、何者なんだ?」
コナンはとあるウェイターの行動を思い出して考え込む。
事件が起こっても顔色一つ変えなかった。おまけに人を何人も殺めてきたかのような目をしている。
証拠など何もないが、コナンは死体を見る彼の表情を思い出すだけで身の毛がよだつ。一体どのような経験をすればあのような雰囲気を出せるのだろう。
考えれば考えるほど土壺にはまる。気になってろくに眠れず、こうして日の出の時間から船のデッキに出ているくらいだ。
「どうかしました?」
不意に声をかけられ、コナンは思わず固まった。
地獄の底から響いてくるような声は今しがた彼が考えていた人物のもので間違いない。
「……加々知さん」
顔が引きつるのが自分でも分かる。
「随分と早いんですね」
凶悪な顔に似合わず子供の姿であるコナンにも敬語で話しかけてくる男の手にはライターが握られている。
「タバコ吸ってもいいよ。僕気にしないし」
子供らしさを心がけながら、できる限り無邪気に声を発する。
「それに僕、加々知さんに聞きたい事あるし」
急に眼光が鋭くなる。ここが勝負どころだ。
本能が彼に関わってはいけないと警告を発しているがそれがどうした。この機会を逃せば彼に会う事はないだろう。
探偵とは真実をとことん追い求めたがるものなのだ。
既に太陽が昇り青くなった空に、タバコの煙が混ざっていく。
死体を見ても動じなかったのはなぜなのか。多才なのにウェイターのバイトをしているのはなぜか。
子供だから許される内容の質問ものらりくらりとかわされ、コナンは頭をフル回転させていた。
相手はかなり頭が回るらしく、こちらが知りたい情報を一切与えてくれない。
「それにしても怖いよね。こんな場所でも人が殺されるなんて」
世間話をする事によって相手の警戒を解く計画にシフトチェンジする。
「そうですね。しかし、一番怖いのは人の悪意でもやけに事件が起こる米花町でもありません。警戒できない人ですよ」
「え?」
加々知と名乗る男性が何を言っているのか理解できなかったのか、コナンは間抜けな声を出した。
*
『次のニュースです。またもや異常気象が確認されました』
食堂のテレビから流れてくるアナウンサーの声。工藤新一がコナンになった証拠だと菜々は判断した。
今頃、小さくなった名探偵は黒の組織を追いかけているのだろうが、地獄に住んでいる菜々には関係ない。
「この前の視察なんですが、今すぐにでも解決しなければならない問題が発覚しました」
テレビに一番近い椅子に腰掛けた鬼灯が味噌汁を飲みながら淡々と伝える。
「若返っている人間がいました」
菜々は無言で目を逸らす。
いつかこうなる事は分かっていたが、忙しくてすっかり頭から抜け落ちていた。現世のニュースを見てやっと思い出したところである。
面倒なので前から知っていた事は黙っておく事にして、菜々は鬼灯の話に耳を傾けた。
この前の現世視察で江戸川コナンと名乗る少年に会い、彼の倶生神に一連の流れを聞いたらしい。
「盗一さんの裁判で発覚した、不老不死になれるというパンドラを追っている組織について調べていたせいで、米花町の調査がろくに進んでいなかった事も要因の一つでしょう。これからは米花町の視察とパンドラの調査を同時進行で行います。それと、最終的に新一さんを元の体に戻します」
菜々は思わず胃を抑えた。
米花町の視察が本格的に行われるという事は、米花町に行かなければならないという事だ。
「で、殺せんせー。勝手に人のご飯をつまみ食いするのやめてくれません?」
菜々は話の途中から横にいた黄色い生物に話しかける。超生物化しているので、逃げる準備は万端だ。
「今日は弁当が無い日なんですよ」
「お金とか貰ってないんですか?」
「駄菓子に変わりました」
「じゃあ、食べるなら死神さんのにしてください」
菜々の何気ない一言で殺せんせーと死神の激しい戦いが幕を開けた。
カツ丼定食を取り合っている師弟の事はお構い無しに、鬼灯は話を続ける。
「調べたところ、新一さんは怪しすぎる格好をした男達の取引現場を見てしまい、口封じのために毒薬を飲まされたようです。しかし、何らかの副作用で体が縮んだ」
「まあ、米花町って裏社会の人間がしょっちゅう来ますしね。中には怪しすぎて逆にコスプレだと思われて職質すらされない人もいるぐらいです」
「分かりました。物を壊さず、皆さんにも危害が加わらないように細心の注意を払って決闘しましょう!」
「僕が勝ってもメリットが無いんだけど!?」
縮んだ人間についての話が進んでいくうちに、殺せんせー達は面白そうな事を始めようとしていた。
菜々は野次馬の一人になりたかったが、鬼灯が怖いのでやめておいた。
「もう一つ。本来計画が進められていた、上流階級の人間の視察もしなくてはいけません」
鬼灯が指を一本立てる。
「初めはボディーガードにでもなろうかと考えていたのですが、調べてみたところ新一さんには財閥令嬢の幼馴染がいるそうです。それ経由で大きなパーティーに何度も出席しているとか」
さらに、今コナンが住んでいる家の娘も新一と幼馴染。つまりは財閥令嬢である園子とも幼馴染なのだ。
「ほら、これです」
いつのまにか昼飯を食べ終わっていた鬼灯は立てていた指をテレビに向ける。指差されたテレビ画面は現世のニュースを映していた。
日本のゲーム会社とアメリカのゲーム会社である「シンドラー・カンパニー」が共同開発したゲームのお披露目パーティーがもうすぐ催されるらしい。
「鈴木財閥もゲーム開発に資金援助したみたいですよ」
招待された園子が、幼馴染である蘭や毛利家で預かっているコナンをパーティーに招く可能性が高い。
「コネでこのパーティーの招待状を手に入れれませんか?」
「やってみます」
上流階級の視察と江戸川コナンの観察を同時に行えるに越した事はない。菜々は二つ返事で了承した。
『次のニュースです。女優の磨瀬榛名さんが同性愛好者だという情報が入りました』
鬼灯が食器を片付け始めたのでさっさと食べ終わろうと、菜々が茶碗を手に取った時。
女性のアナウンサーが衝撃的な文章を読み上げた。
思わず手を止め、テレビを凝視する。いつのまにか殺せんせーも横に待機していたが、そんな事はどうでも良かった。
テレビに映し出されるのは、今では国際的な女優になっているあかりと、性別は「渚」だと口を揃えて言われていた男性が手を取り合って顔を近づけている写真。
どう見ても友人同士には見えない雰囲気が写真越しでも伝わってくる。
「なんで同性愛好者?」
「そう言えばあかりちゃんが、渚君と出かけても全くゴシップにならないって不思議がっていたような……」
人前で手を繋いでも二人きりで旅行に行ってもスキャンダルにならなかった理由が発覚した。
別のニュースに切り替わったのを見届けて二人は無言で立ち上がる。
「さりげなくE組全員に集合かけます」
「では私は休みをもぎ取って現世に行く準備を始めます」
「いや、仕事してください」
菜々と殺せんせーが互いの役割を決めていると、低い声が後ろから聞こえて来た。
「鬼灯様!? 今までいなかったのに! ところで今日の食事代だけでも給料前借りできませんか?」
「そんな事だろうと思って家まで作り置きしてあった食事を取りに行ってました」
途中から死神の姿も見えなかった事を踏まえると、彼に送って貰ったのだろう。
「食堂のメニューにしてはどうかと定期的に申請しているのですが中々許可が下りないんです。アドバイスも兼ねてどうぞ」
差し出されたのは、湯気を立てている汁物だった。
動き回った上に食事を取っていない殺せんせーはすぐに汁物を飲み干した。
「普通に美味しいじゃないですか。食堂に置いてあっても不思議じゃない。ところでこれって何ですか?」
「脳味噌の味噌汁です」
答えを聞いた瞬間、殺せんせーは喉を抑えた。ショックのせいか、触手生物姿から人型に戻ってしまう。
「じゃあ私、カルマ君達に掛け合ってみますね」
死にかけのセミのように床でのたうちまわり始めた殺せんせーを菜々は放って置く事にした。
*
経済産業省を裏で牛耳っていると有名なカルマに頼んだところ、あっさりと了承が出た。
『俺が頼めばコクーン体験者の枠も何個かゲットできるけどどうする? 加藤さんならそのままでも高校生だって押し通せそうだけど。主に胸で』
「この瞬間、私の脳内に存在する痛い目に合わせる奴リストに名前が加わったよ。取り敢えず、一人分確保しておいて」
政治家となった寺坂や国際的な女優であるあかり、最近ノーベル賞を受賞した奥田に加え、大きなグループのトップ層。さらには巻き込まれた事件で知り合った国の権力者達。
コネはいくらでもある菜々が真っ先にカルマに連絡したのには理由があった。
「で、ニュース見た?」
『もちろん。問題はどうやって警戒を抱かせずに会うかだよね』
電話越しに楽しそうな声が聞こえる。E組の赤い悪魔の異名は伊達ではなかった。
渚達をいじる計画をカルマと一通り練った後電話を切った菜々は、その足で桃源郷に向かった。
「白澤さん、体が縮む薬ってありますか?」
漢方薬局である極楽満月の扉を開けて尋ねると、女性を口説く給食当番のような格好をした男が目に飛び込んでくる。
「付き合うわけじゃないよ。ただ単に遊ぶだけさ」
口説いて来たわけを尋ねられて正直に答えた白澤。
何かをひっぱたく音が聞こえたと思ったら、彼の頬に真っ赤な紅葉が浮かび上がっていた。
大股で出て行った女性を頬をさすって見送りながら、白澤は菜々の問いに答える。
「残念ながらウチではそんな薬取り扱ってないよ。魔女の薬には体が縮む物があるけど、悪用されるのを防ぐために作り置きをしていないんだ。しかも材料が貴重だから、注文してから一年くらい待たないと手に入らない」
菜々はがっくりと肩を落とす。
ニュースを見た時から興味があったのだが、どうやら仕事中にコクーンで遊ぶことはできないらしい。
将来の権力者を観察し、あわよくば死後雇えるような人物を見定める、という建前まで用意した後だったので落胆は大きかった。
「それにしても時が経つのは早いな。菜々ちゃんがあの闇鬼神と結婚してから何年だっけ?」
「私が大学を卒業してすぐだったので、四年ですね」
白澤から話を振って来たので、サボる口実ができた。
仕事は殺せんせーにでも押し付けておけばいいだろうと判断して、菜々は勝手に椅子に腰を降ろした。
記者会見で鬼灯が結婚を告げた時は地獄と天界、両方が衝撃のあまり揺れた。
しかも、相手が閻魔大王第一補佐官の直属の部下になると言うのだがら、一部では根も葉もない噂がまことしやかに囁かれた。
曰く、高い地位に就いたのは色仕掛けの賜物なのではないかと。
しかし、「あんな貧相な体と残念な性格で色仕掛けなんかできるわけがない」という意見が圧倒的に多かったため、大した騒ぎにはならなかった。
「あの時は大変でした。なぜか私の気持ちを知っていた知り合いからは両想いだった事に驚かれたし、鬼灯さんのファンクラブの人ともぶつかったし」
菜々は数年前の事を思い出してしみじみと語る。
皆が菜々の気持ちを知っていたのは殺せんせーが言いふらしたせいだ。
何年も前に、いきなり殺せんせーが店を尋ねて来たと思ったら、紙芝居風に菜々の片想いについて語られたという事件があった。
そのため白澤と桃太郎は原因を知っていたが、閻魔殿の屋根に黄色いタコが吊るされる事態は避けたかったので、心の奥底にしまって置く事にした。
「あの事件か。なんでアイツにそんなにも沢山のファンがいたんだろ? 絶対に僕の方がいいのに」
頬を膨らませながらぼやく白澤。桃太郎は久し振りに師匠の判断をありがたく思った。これで殺せんせーがやらかした話にはならないだろう。
「理想を抱いていた人と玉の輿狙いが圧倒的に多かったみたいですよ。本性を知っている人は居ることは居ましたけど、全員マゾっ気がありました」
「そういうことか……」
お茶を注ぎながら桃太郎が半目になる。
確かに、そっちの気もないのにあの男の性格を含めて好感を持つ女性なんて滅多にいないだろう。
「でもさあ、乗り込んで行った菜々ちゃんも相当だよね。しかも『獄卒なら殺す気でかかって来ればいいじゃないですか!』なんて叫ぶなんて」
少し歩けば殺意に巡り合う米花町で何年も過ごし、担任を暗殺する体験までしていた菜々にとって、それが当たり前になっていた。
菜々の行動に言い表せない恐れを抱いた女性獄卒との仲は良いとは言えないが悪いとも言えないものとなっている。
「それ言ったら結婚式も相当ですよ。三々九度の酒が脳みそ汁に変えられてたし」
桃太郎は過去を思い出し、この二人はある意味お似合いなのかもしれないと考え出した。
結局悪霊が逃亡したらしく結婚式が中止され、主役の二人が走り去って行った時はど肝を抜かれた事も思い出す。
プロポーズが昇進を告げられたついでに行われたらしく、「今度こそはまともに進むと思ったのに……」と呟きながら涙を流す殺せんせーが印象的だった。
*
サボっていたことがバレないギリギリのラインを見極めて帰還した菜々は、無事にパーティーに潜り込めることを鬼灯に報告した。
「ここで閻魔大王に報告しないあたり、君が地獄という組織のあり方についてどう考えているかがよく分かるよね……」
地位的には菜々の同僚である死神が花を花瓶に生けながら口を挟んでくる。
「コクーンの体験ですか。未来の権力者の観察ができますし、将来有望な子供がいたらさり気なく勧誘ができるのでできれば誰かに参加して欲しいですね。唐瓜さんとか」
「唐瓜君には厳しいと思いますよ」
サボっていた間に溜まっていた書類を整理しながら菜々は答えた。
「調べてみたらコクーンに優作さんも関わっていました。パーティーにも出るみたいですし、十中八九事件が起きます」
少しでも違和感を感じたら相手のことはおかまいなしに調べてくるのが工藤家の人間だ。下手したらずっと腹の中を探られる事態になりかねない。
さらに言うと、今ではコナンと名乗っている高校生探偵もコクーンの体験をする可能性が高い。
彼にバーチャル世界で鉢合わせてしまった上に興味を持たれでもしたら面倒なことになる。
相手は地獄の鬼だとは露ほども思わないだろう。変な勘違いをされて警戒されたら胃薬がいくらあっても足りない。
工藤家の人間に関わるにはかなりの精神力がいるのである。
「私達行きたい」
「人を見るの、得意だよ」
天井を走って法廷までやってきた座敷童子達が、鬼灯の顔を見上げて提案する。
「菜々さん、コクーン体験者を増やしてもらえるよう頼んでください」
「分かりました。そういうわけなので、私の分の仕事は殺せんせーがやっといてください」
「どういうわけですか!?」
閻魔と一緒に饅頭を食べていた殺せんせーが不満ありげな声をあげたが、菜々は気にしなかった。
「妖怪にもコクーンって使えるのかな……」
「姿かたちが人間っぽいし大丈夫なんじゃないですかね?」
とっくの昔に和解し終えている師弟の会話を聞き流しながら、菜々は携帯電話を手に取った。
*
ゲーム発表会の会場の入り口付近には多くのマスコミが押しかけていた。
日本のトップに君臨する権力者達が一堂に集まる事も考えると、このパーティーの規模がどれほど大きいのかよく分かる。
金属探知機のゲートに引っかかり、昔阿笠に作ってもらった武器を半分くらい没収されてしまって菜々はしょげていたが、豪華な料理を見た瞬間顔つきが変わった。
ワンピースの下に短パンという出で立ちで来たのでいくらでも食べられる。
「ちょっと知り合いに挨拶してきます」
「いや、どう考えても食事を全制覇するつもりですよね」
鬼灯に突っ込まれたが、菜々は聞かなかったことにした。赤髪の男の元に向かう途中に座敷童子から冷たい視線を送られても気にしなかった。
自然に集まった元E組メンバーが話していると、少年達がサッカーを始めた。
「あんな子供達が未来の日本を背負って立つのか……。寺坂、出世して俺に操られてよ。それしか日本を救う手はない」
「うっせー!」
高級なスーツに身を包んだ寺坂は肩に回された手を払い退けたが、満更でもなさそうだった。
「奥田さん、なんかいたずらグッズ持ってない?」
「おい、彼らは権力者の血縁者だ。下手な真似はしないほうがいい」
今度は嫌がらせをしようと奥田に道具を求めるが烏間に止められる。イリーナも肯定するかのように頷いたので、カルマは拗ねたような目をした。
「じゃあ、わざとこっちに失礼な態度をとらせるように仕向けた後で、保護者が皆を認めている事が分かるように仕向けてみる? あかりちゃんとノーベル賞を取った愛美ちゃんは有名だから除くけど」
カルマは経済産業省の赤い悪魔と呼ばれるほどの手腕だし、寺坂も衆議院議員として結果を残している。イリーナは数々の成果をあげているし、烏間に至っては伝説をいくつも生み出している。
皆が賛成したので誰が出ていくかを話し合っていたが、三十代後半くらいの男が先に叱っていた。
『皆さま、ステージにご注目ください。ただ今コクーンのゲーム・ステージのためにアイディアを提供していただいた工藤優作先生がアメリカからご到着です!』
司会が話し始めたので、皆がステージに注目する。
「ごめん。私もうすぐ行かないと! 特別ゲストとしていくつか質問に答えないといけなくて……」
「あー、正式に婚約発表したばかりだもんね」
あかりが小走りで舞台に向かったのを見届けてから、菜々は再び皿に注目した。彼女は発表会よりも料理のほうが大事だった。
コクーンとは大きな卵のような形の機械に入って行うゲームだ。そのカプセルは人間の五感を司り、触角も匂いも痛みも全て現実のような世界に行くことができるらしい。
『さらに、体に害はありません』
会場が静まり返っているせいか司会の説明がよく聞こえる。
座敷童子はちゃんとコクーンが使えるのだろうかと菜々は一瞬不安になったが深く考えないことにした。この世界は別の世界から見ると漫画の世界なのだし多分大丈夫だろう。
決して小太りの少年が凄い勢いで食事をしているので、こっちもペースを上げるためとかそういうわけではない。
優作が取材を受けている頃、烏間がカルマを止めなかったら一生物のトラウマを植えつけられていたかもしれない少年達がまたもやサッカーを始めた。
その過程で、髪が逆立った赤いスーツを着ている少年がブロンズ像にボールをぶつけ、像が持っていたナイフを落としてしまう。
「秀樹、ここにボールを当てるのはやめなさい」
立派なヒゲを蓄えた男性が軽く注意をする。
「はーい」
秀樹と呼ばれた少年はナイフを元に戻した後、取り巻きの一人に「どうせ安物の像だ」とかのたまっていた。
「注意するのそこじゃないだろ……」
「カエルの子はカエル……」
「やっぱり一度痛い目にあわせたほうがいいんじゃ……」
「地獄は実力がある人がトップに立ってるよ! この書類にサインしてくれれば死後安泰! すぐに終わるから」
元E組も聞こえてきた会話にあきれ返る。一人変なことを言っている奴がいるが、例のごとく無視された。
「でもあの会話で分かった。あの子多分ヒゲじじ……警視副総監の孫だよ」
書類を無理やり押し付けた後、菜々がブロンズ像を眺めていた男の一人を確認して言い放つ。手にはしっかりとチキンが握られていた。
「後で白馬警視総監に言いつけとく」
「前から思っていたんだが、加藤さんの人脈はどうなっているんだ? 君らと会う前、警視庁の人間と一緒に事件に巻き込まれたことがあったが、ほとんどの人間が加藤さんの存在を知っていたぞ」
珍しいことに警視庁の上層部の人間と烏間の上司が旧知の仲だったので、合同訓練でもしようかという話になったらしい。
しかし集まったのが米花町だったため、集まったビルに爆弾が仕掛けられていた。
呼ばれた爆弾処理班がその場で爆弾を解体し始めたのでビルから離れ、やたらと対抗心をむき出しにしてくる鷹岡を適当にあしらっていた時。
烏間の耳に警察関係者の会話が聞こえてきた。
『そういえば、またあの子事件に巻き込まれたらしいぞ。しかも国家が関わっている』
『またか。それにしても大丈夫か? 知ってはならない事を知ってしまったら暗殺とかされるんじゃ……』
『大丈夫だ。前にもそんな事があったが、殺し屋を捕まえてきた。本人はたまたま近くの鉄骨が倒れてきただけだと言っていたが』
『あの子が危険な時に物が倒れたりポルターガイスト現象が起こったりする事多いよな』
『でも今回は殺し屋と仲良くなって連絡先を交換したらしいぜ』
『まあ、菜々ちゃんだしな』
烏間は耳を疑った。彼らの話し方からすると「菜々」はまだ子供。
そんな人間がいるのなら是非とも将来部下に欲しい。
烏間は「菜々」の情報を得るべく、再び耳を傾けた。
結局得た情報といえば少女の伯父が刑事である事だけだった。非常に優秀だそうで大学を出たキャリア組だったらと惜しまれているらしい。
さらに、瞳が緑色だが米花町ではよくある事なので誰からも突っ込まれていない刑事――山田から毎回事件のあらましを聞いて、事件の真相にたどり着く事があるらしい。
一般人、しかも子供に事件の内容をペラペラと話すのはどうなのかと疑問を抱いた烏間だったが、すぐに疑問を捨てた。
米花町は事件の発生率が異常で、世界各国から集まった裏社内の人間がよく目撃されるのだ。
子供といえど何が起こったのか把握しておかないと殺されるかもしれない。事件に関わってしまったのならなおさらだ。それが米花町である。
そこまで考えて、烏間はその場を離れることにした。
加藤菜々は地球外生命体ではないかという仮説が生まれ、刑事達が議論し始めたのでこれ以上有力な情報を得ることはできないと判断したのだ。
昔何が起こったのかを一通り聞いて刑事達に殺意を覚えた後、菜々はローストビーフを飲み込んだ。
ステージではあかりが婚約者について質問を受けているが、顔を赤くしているものの上手いことはぐらかしている。
「裏社会の人間から権力者まで知り合いがいますけど、やっぱり事件を通して知りあった人が多いです。あ、優作さん経由の知り合いも結構いますよ」
そう言い終えた時、菜々と優作の視線がたまたま交わった。面倒な事になる予感がしたので菜々は目を逸らした。
「すみません、通してください!」
黄土色のスーツを着たガタイの良い男性が、サインを貰おうと優作の周りを囲んでいたファンの間を縫って優作に近づく。
男が小声で何かを伝えると優作は目の色を変えた。
「樫村が!? 案内してください!」
先程サッカーをしていた少年達を叱った男の名前が聞こえる。
菜々が殺人だろうとあたりをつけたのと腕を掴まれたのは同時だった。
「優作さん!? 何するんですか!?」
「ちょっと来てくれ」
菜々は助けを求めて元クラスメイトと教師を見るが、慌てたり面白そうに笑ったりため息をついたりしているだけで、誰も助けてくれなかった。
「樫村!!」
「なんで私まで来ないといけないんですか!? やっと全種類の食事を食べ終わったから二周目に行こうと思ってたのに!」
「君は結構頭が切れるからな。だいたい君の胃袋はどうなってるんだ!」
「無料のものは別腹なんですよ!」
優作は分かるとして、なぜか居る菜々に皆が目を点にする。
「樫村さんとは長い付き合いだと聞きました。彼に恨みを持つ者に心当たりはありませんか?」
「目暮警部! 部外者がいますがいいんですか?」
制服姿の警官が尋ねる。今まで散々部外者が事件に関わって来たはずだが、指摘しても無駄なので菜々は口を挟まなかった。
「警視庁だけに止まらず、刑事の間で語り告げられている伝説の一般人と言えば分かるかね?」
重々しい雰囲気で目暮が告げると、白鳥を含めた刑事達は驚愕する。
「まさかあの……!?」
「実は地球外生命体だという……」
「怪しげな武器を使用してエイリアンと戦った中学生ですか!?」
「過去に刑事達を破滅寸前まで追い込んだ事があるって本当ですか!?」
「私って刑事さん達になんて言われてるんですか!?」
菜々は根も葉もない噂に思わず突っ込んだ。
「相当尾ひれがついてるな。確かに近所の発明家に武器を作ってもらっていたし、地球外生命体ではないかと囁かれていたが……」
目暮が神妙に呟く。
続けて小五郎が言葉を引き継ぐ。
「だが、刑事達を破滅寸前まで追い込んだ事があるって話は本当だ。警部殿に助けられたから良かったものの、俺もヤバかった」
彼は過去を思い出してやや青ざめていた。
刑事達の間で行われた「菜々はいつ結婚できるのか」という賭け。
お情けで「いつかは結婚できる」に賭けた目暮以外は「結婚できない」やそれと似たような内容に大金を賭けた。
小五郎も同じで、目暮が賭けを辞退してくれなかったら路頭に迷っていただろう。
「全く身に覚えがないですよ!?」
菜々は思わず反論した。小学生の頃は羽目を外していたが、子供だから許されるラインを見極めていたし、人様に迷惑をかけるような事をした覚えはあまりない。
「一緒ではないのですか? あのメガネの少年と」
無実を訴える菜々をなんとかしようと思ったのか優作が小五郎に尋ねる。菜々と口論を始めていた小五郎は優作の問いで我に帰ったらしく、気まずそうな顔をしながら答えた。
「ああ、コナンですか? さっきまでここに居たんですが、キーボードのダイイングメッセージを見た後血相を変えて……」
優作は小五郎の言った通り、キーボードのダイイングメッセージを確認する。
「JTR!?」
被害者のものであろう血が付着したキーの文字を並び替え、優作は驚きをあらわにした。
「なんじゃと!? まさかコナン君、わしのお土産を使ったんじゃ!?」
阿笠の反応で、菜々は何が起こったのかを理解した。
「ジャック・ザ・リッパー!? ゲームの中にヒントがある!?」
「そうだがなぜ君はそんな事を知ってるんだい? ゲームの内容は外部に漏らしてないはずだが」
「阿笠博士とメガネの男の子――おそらくコナン君との会話を聞いたんですよ」
優作は納得したが、目暮と小五郎は雷に打たれたような顔をしていた。
「そういえばあの子、東都大学と肩を並べる東杏大学に現役で合格したんだった……」
「そうか。菜々ちゃんって頭いいのか。いつもの行動のせいですっかり忘れていた……」
今回行われるコクーンの体験では五つのゲームを行うことができる。
そのうちの一つが十九世紀のロンドンに行って謎を解くと言うものらしい。
一方、ジャック・ザ・リッパーとは十九世紀末に実際に存在した殺人鬼で、五人の女性をナイフで殺害したが結局捕まることはなかった。
この二つの情報とダイイングメッセージ。ホームズと一緒にジャック・ザ・リッパーを追うゲームがある事は容易に想像がついた。
「あの、そろそろ私、戻っていいですか?」
ゲームを中止してもらうよう頼みに行こうと目暮と白鳥が話し合っているところに菜々が声をかける。
「一緒に来ている人も居ますし、その中にゲームをする予定の子も居て……」
「そうか。子供を預かってるのか。戻っていいぞ」
目暮の返答に菜々は疑問を覚えた。
「私の子供だとは思わないんですか?」
「だって菜々ちゃんだしな」
「そうですね。第一女かどうかも怪しいのに」
目暮と小五郎を一発ぐらい殴りたくなったが、菜々は一刻も早く鬼灯達と合流したかったので何も言わなかった。
*
『我が名はノアズ・アーク』
鬼灯から、座敷童子達がすでにコクーンに乗ってしまったと菜々が教えられた時、声が会場内に響き渡った。
何事だとどよめきが起こると、鬼灯の携帯が震える。
『鬼灯様! 地獄から電話がかかってきています。緊急のようです!』
携帯画面に律が映る。焦っている事を表しているのか、顔には汗が浮かんでいた。
殺意渦巻く教室を卒業してから何年も経った今、この人工知能はより一層表情豊かになっている。
「繋いでください」
ノアズ・アークと名乗る声が、シミュレーションゲーム「コクーン」を占領したと伝えたため騒ぎ声は大きくなっており、鬼灯が携帯に向かって話している事を気に止める者はいなかった。
『もしもし! ヒロキです!』
地獄に繋がった電話越しに幼い声が聞こえてくる。
鬼灯と菜々は隅に移動することにした。
ヒロキとは、二年前に地獄に来た十歳の少年だ。死因は自殺。
自分の命を粗末にするという罪を犯しているが状況が状況だったしまだ幼いので、裁判を受けるまでもなく賽の河原に行かせてはどうかという意見が有力だった。
しかし、一部の重役は違った。
彼はいわゆる天才少年で、十歳にしてマセチューセッツ工科大学に通う大学院生だった。
しかも、皮膚の血液のデータからその人の祖先を突き止めることができるようにしたり、一年で人間の五歳分成長する人工頭脳を作ったりしている。
そんな天才である。ぜひ技術課に欲しいと鬼灯達が考えるのは明白だった。
『烏頭さんと一緒にシャア専用ザクⅡを作っていた時、座敷童子ちゃん達があなた達と一緒に現世に行ってコクーンをプレーするって聞いたんです。今すぐやめてください!』
「ちょっと待ってください。なんでそんな物作ってるんですか?」
鬼灯の眉間のシワが深くなる。菜々はさり気なく逃げ出そうとしたが、がっしりと腕を掴まれてしまった。
『閻魔大王第一補佐官の直属の部下の方々全員から許可をいただいたんです。確か、あの人達全員の許可をもらえば閻魔大王に申請できるんですよね?』
それに該当するのは殺せんせー、死神、菜々の三人である。
「赤いし大きいしツノあるしいいじゃないですか! あれはどう見ても鬼ですよ!」
「駄目に決まっているでしょう!」
『あの、本当に緊急なんです! 死神さんを買収した殺せんせー達を叱るのは後でいいじゃないですか!』
「ヒロキ君、言わないでよ!」
割と大声で騒いでいるが、ノアズ・アークが日本をリセットするつもりである事が発覚したばかりなので、誰も気に留めていない。
『裁判を受けなかったし、生前にやった事なので言わなくていいと思ってたんですけど、まさかこんな事になるなんて! 僕は自殺する直前、作った人工頭脳をネットに逃しました。名をノアズ・アークと言います』
「ああ、なんか今ゲームを乗っ取ったみたいですね」
『遅かったか!』
ヒロキは歯ぎしりをする。しかし、悔しがっている暇はないと思い直した。
『僕は、金目当てではあるものの僕の面倒を見てくれたシンドラー社長がジャック・ザ・リッパーの子孫だと知ってしまい、命を狙われました』
「そういえばそんな事が、あなたの逝き先を決める会議で使用された資料に書いてありました」
割と重要な事がさらっと暴露される。
シンドラーといえばIT企業の大物であり、今ではシリコンバレーを牛耳っている浅野の最大のライバルだ。
また、コクーンは日本の企業と彼の会社が共同開発したため、この会場にもいる。
先程起こった殺人事件の犯人はシンドラーだと菜々は確信した。同時に、これは劇場版である事にも気がつく。
映画ではしばらく引っ張っていたであろう真実が簡単に分かってしまったが、菜々は気を取り直して鬼灯の耳と携帯電話の間から漏れてくるヒロキの声に集中した。
『子供は親の背中を見て育つ。汚れた政治家の子供は汚れた政治家になるし、金儲けしか考えていない医者の子供は金儲けしか考えない医者になります。僕は一度日本をリセットするべきだと思いました。権力者の子供が一堂に集まるコクーンの発表会を僕が作った人工頭脳――ノアズ・アークに乗っ取ってもらい、試練を出す。子供達を殺す気はありません。ただ、試練を通して自分達が当たり前だと思っていた事は間違っていたのだと気がついてくれればそれでいい。しかし、万が一という事があります』
「なんか、映画を見る前にオチだけ聞いたような気分……」
菜々は呟いた。序盤で知ってしまってはいけない内容のような気がする。
「大丈夫です。一子と二子はちゃんとノアズ・アークを勧誘してきてくれるはずです!」
『そこ!?』
鬼灯の答えにヒロキは思わず突っ込んだ。