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クラス全員で行われた暗殺サバイバルで助ける派が勝利した事により、殺せんせーを助ける方法を探すことが決まった。
しかし、烏間が出した期限は今月一杯まで。
E組が暗殺を辞めたとしても殺せんせーを狙う者は大勢いる。
「俺もな、殺すのなら誰でもない君らに殺して欲しいんだ。だから約束してくれ。一月の結果がどうなろうと、二月から先を全力で暗殺に費やすと。生かすも殺すも全力でやると」
「「「「はい!!」」」」
その後、国際宇宙ステーションをハイジャックすることが決まった。
*
「国際宇宙ステーションをハイジャックする? マジですか」
「マジです」
地獄。閻魔庁にある会議室。
会議で殺せんせーについて知っている日本地獄の重役達に、菜々は今月の出来事を報告していた。
「いや、殺せんせーの観察を続けるためにクラスメイト達に疑われるのは避けたいじゃないですか。だから怪しまれないように殺せんせーを助ける方法を真剣に探すフリをします」
弁解したのはいいものの、十王達の顔は険しい。
現世とあの世の存亡に関わる大事件が起こっている最中なので今まであまり口を挟んで来なかったが、あの世の住人が現世で犯罪を犯すのはまずい。
菜々は「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」などとほざいていたが、どう考えても色々とまずい。
「それに、結果がどうであろうと殺せんせーの暗殺依頼が取り消されることはありません。たとえ爆発の危険がゼロだったとしても、殺せんせーが人知を超えた力を持っているのには変わりありませんし。頭では分かっていても動いちゃうんです。もうすぐタイムリミットが近いのに動きがなくって不安で……」
世界規模の最終暗殺計画が進められているのだろうと予想をつけているくせに、菜々は俯いて目に涙を溜めながら言ってのけた。
彼女に最終計画について教えていない事に罪悪感があるのか、十王達の顔に影が差す。
結局、菜々はお咎めなしになった。
国際宇宙ステーションハイジャック計画が無事に終わり、殺せんせーが爆発する可能性は多くても一パーセント以下だと分かった。
しかし国からの暗殺依頼が無くならない限り、暗殺を続ける事にした。
暗殺は彼らの絆であり、使命であり、E組の必須科目だからだ。
*
滑り止めである私立高校の受験結果が返ってきた頃、菜々は廃墟を訪れていた。
まだ昼なので外が明るく、窓から光が差し込んでいるおかげで懐中電灯をつける必要がない。
「ネットの情報によると、ここに髪が伸びる日本人形があるはずなんだけどな……」
菜々が握っているスマホの画面には肝試し実況スレが映っている。
呪いの品を簡単に手に入れる方法をネットで探したところ、このスレが見つかったのだ。
スレとはスレッドの略称であり、インターネット掲示板において特定の話題やトピックに関する投稿が集まったページだ。
要するにこのスレは、男数人が廃墟で肝試しをする様子を実況するものだった。
彼らは冷やかし感覚で今菜々が訪れている廃墟を探索したようだが、本物の呪いの品を見つけてしまったようだ。
勇気のあった一人の男が人形の髪が伸びる様子を撮影して投稿したようだが動画は投稿されていない。
廃墟が米花町にあった事、この廃墟で昔事件が起こった事や怪奇現象が起こっている事から、菜々はこの話が事実だと判断した。
昔事件が起きた米花町にある家で呪いの品が見つかった事から余計に、力のある霊能力者に頼んで米花町全体をお祓いしてもらった方がいいんじゃないかという思いを募らせながら、菜々は歩を進める。
この前市長が税金を横領していた事が判明した。あんな奴の財布を肥やすのに税金を使うよりも、お祓いに使った方がよっぽど有意義だ。
そんな事を考えながらスレに従って部屋の奥にあった扉を開ける。古いせいか扉が軋んだ。
苔が生えた床を踏みしめながら部屋の中央に置いてある木箱に近づき、しゃがみこむ。
見てみるとガタガタと音を立てて木箱が動いている。本物である事を確かめるために蓋に手をかけた時、小さな音が聞こえた。
先ほど聞いた、扉が軋む音だ。
誰がこんな廃墟に訪れたのだろう。
冷やかしなのかホラー好きな人間なのか、はたまたこの世の者でない何かか。
菜々は後者に属するので恐怖は微塵も無いため、果たしてどのパターンだろうかと呑気に考えながらゆっくりと振り返った。
「何やってるの? 綺羅々ちゃん」
「あんたこそ何やってるのよ」
呆れなまこで問い返して来たのはクラスメイトの一人だった。
「呪いの人形探しに来た。綺羅々ちゃんは?」
「私と同じ理由じゃない。バレンタインチョコの材料に呪いの人形の髪を使うのよ」
そう告げると狭間は菜々の横に移動する。
「この箱の中ね?」
「私が先に見つけたんだからこれは私のものだよ。髪が欲しいならあげるけど、そのかわり頼みを聞いてくれないかな?」
しばらく沈黙が訪れる。無言は肯定と捉えて、菜々は頼みを伝えた。
「そのチョコって呪いのチョコだよね? 私に作り方教えて」
気恥ずかしそうに頼んで来た菜々を見て、狭間は狐につままれたかのような顔をした。
菜々が呪いの人形を探していたのは、お礼のお礼のお礼として鬼灯に渡すためだ。
今年の一月十九日――つまり十五歳の誕生日に鬼灯から誕生日プレゼントを貰った。
去年のバレンタインの時に渡したチョコと藁人形のお礼らしい。
お礼のお礼を渡すあたり、日本人の国民性を感じる。
貰った喪服を見て、果たしてこれはどのような意味が込められているのか、もしくは特に意味なんてないのかと菜々が考えこもうとした時、鬼灯が口を開いた。
「どうせこれ以上身長は伸びないでしょうし渡しておきます。このお礼は前回と同じ形でいいです。ただ去年の話から推測すると、チョコは毎年作ってるんですよね? わざわざ買ってもらうのも悪いので、作ったやつでいいですよ」
色々と突っ込む前に鬼灯は踵を返した。多忙な上司をくだらないことで呼び止めるのはどうかと思い、菜々は呼び止める事が出来なかった。
「私の身長はまだ伸びる。渚君を抜かすまでは成長が止まるわけにはいかない」
「いや、もう伸びないでしょ。155cmってそこまで小さいわけでもないし別にいいんじゃない?」
この前の出来事を思い出して、菜々がブツブツ言っていたら狭間に突っ込まれた。
「で、なんで呪いのチョコなんて作りたいと思ったの?」
「普通のチョコだと面白みがないじゃん」
菜々がキャスケットをかぶっているため今この場にいない狐がいたら、突っ込まれていただろう。
*
二月十四日の夜。菜々は盗聴していた。
前原が岡野にチョコを貰おうと頑張っていたり、渚の件で中村が身を引く事にしたりとかなり色々な出来事があった中、菜々は烏間に盗聴器を仕掛けておいた。
阿笠の発明品である、シャー芯型盗聴器を烏間のシャー芯入れに紛れ込ませて置いたのだ。GPSが付いており、スマホで位置を確認できる優れものであるため、烏間の現在位置を簡単に割り出すことが出来た。
今菜々は烏間とイリーナがいる完全個室のある高級ディナー店が見えるビルの屋上にいる。
盗聴器とセットになっているイヤホンで彼女は烏間達の会話を盗み聞きしていた。
さすがに冷えると思いながら、かじかんだ手に息をかける。手袋くらい持ってこればよかった。
いつもならソラで暖をとっているのだが、今はそれが出来ない。
ソラの責任問題にならないよう、同行を拒否したからだ。
今菜々が聞き出そうとしているのは、地獄から知らされていない殺せんせーの暗殺についての情報だ。
『暗殺の話。地球が爆発する確率が一パーセントに下がりました、で終わるとは思えないけど』
始めのうちは低俗な話をしていたイリーナが本題に入る。
『そうだな。お前には話しておこうと思っていた。今の俺の主な仕事はE組の暗殺の指示のみだ。したがって俺はまだ作戦の全貌を知らされていないが、超国家間でとてつもない暗殺計画が動いているのは間違いない』
結局、新しい情報は得られなかった。
「そううまくいくはずもないか」とため息をつきながら菜々は別の事を考え始める。
――閻魔大王は大丈夫だろうか。
学校が終わってすぐ鬼灯にチョコを渡したところ、心なしか嬉々として閻魔に試すと言っていた。
しかし、すぐに思考を放棄する。
そんな事より、烏間の言葉の方が重要だ。
『分からないか? 俺の家の近所に教会はないぞ』
これは皆に知らせるべきか自分の胸にしまっておくべきか。そちらの問題の方が菜々にとって閻魔の安否よりも重要だった。
*
最後の進路相談が行われた日の夕方、異変が起こった。
E組の旧校舎がある山がバリアで覆われたのだ。
椚ヶ丘中学校から離れた場所に住んでいる菜々は渚から連絡を受けた。
急いで学校に行こうとしたが烏間から自宅待機するようにとメールが届く。
やきもきしながらテレビをつけてみると、殺せんせーの事が世間に発表されていた。ただし、かなり情報が操作されている。当たり前の事だ。自分の地位を守るため、各国の権力者はE組くらい簡単に切り捨てる。
とにかくクラスメイト達と連絡を取るために携帯を取り出すと、菜々は三池から連絡が来ている事に気がついた。
『今は忙しいだろうし、言えない事もあるだろうから何も聞かない。ただ、やる事が終わったら桜子と一緒に会いにいくから』
メールを読みおえて携帯をポケットにしまい、学校に向かうために窓から出ようと窓枠に足をかけたところで菜々は動きを止めた。
どうやって誤魔化そうかとソラを見る。
「観察対象の最期を見届けないといけないでしょ。早く行こうよ」
「うん。ありがと」
笑顔を見せて窓から飛び降り、近くの木に飛び移る。今は学校に早く着く事が肝要だ。人目を気にしている場合ではない。
皆と合流して一目散に旧校舎に向かったが、しばらく走った頃立ち止まざるをえなかった。
旧校舎がある山を囲むように軍人が配置されていたのだ。
通してもらうように頼んでいると、烏間が現れた。
殺せんせーに脅されていたと口裏を合わせるように言われるが、納得出来ないと皆が反論する。
しばらく揉めていると、マスコミに囲まれた。
「ご覧ください!! あちらにいるのが怪物の教師に脅されていた生徒達でしょうか?」
「すみません、今の気持ちは?」
「怪物が捕獲された安堵の心境を一言ください!!」
マスコミに突っかかる者、軍人に通せと怒鳴る者、危険じゃないと訴える者。
「言われているような悪い先生じゃないんだからー」
そんな中、倉橋が泣き叫ぶ。
「君、そう言えってあの怪物に言われてたの? 辛かったでしょ。もう正直に言っていいのよ」
しかし全く話を聞いてもらえないばかりか、マスコミは勝手に解釈して見当違いな事を述べる。
信じてもらえるわけがない。いくら訴えたとしても「まだ子供だから」「脅されていた」。そんな言葉で終わってしまう。
菜々は唇を噛んだ。ほのかに鉄の味がする。
「皆、一旦帰ろう」
磯貝の指示に従い、嫌という程自分の無力さを思い知りながら皆はその場を離れた。
マスコミ達を巻いてから人目につかない場所に移動し、これからどうするべきかを話し合う。
「とにかくちゃんと現状を把握したいよ。何も情報聞かされてないんだから」
「よし、手分けしてバリア周囲や発生装置を偵察に行こう。夜にまたここに集まって作戦会議だ」
委員長コンビの指示に従って役割分担し、四散する。
今まで習って来た事全てを駆使して情報を集める。この行動が最善なのかは分からないが、このまま終わっていいはずがないと皆が思っていた。
「皆の偵察をまとめると、バリアの周囲は隙間なく見張りがいるって事だな」
「野次馬、マスコミ、テロリスト。殺せんせーと外部の接触を遮断したいのは確かだろうね」
しかも各地の基地で増援の準備をしている事も分かった。明日になればどうあがいてもバリアの中に入る事が出来なくなるのは明白だ。
「強行突破でしょ。今夜のうちにでも」
「そうだな」
カルマに磯貝が同意する。
「その後で世間にちゃんと説明しようよ。私達がどんな気持ちで」
矢田の言葉はこれ以上続かなかった。
一瞬のうちに全員が捕らえられてしまったのだ。
*
全員が私服を没収された上、一つの部屋に閉じ込められた。
自販機やテレビ、ソファーなどは用意されてはいるものの、囚人に等しい待遇だ。
菜々は捕らえられた時の事を思い返していた。
捕まるまで敵の存在に全く気がつかなかった。社会的に無力であると思い知ったばかりなのに、肉体的にも無力であると思い知った。
ズボンの裾を握りしめ、歯ぎしりをする。
いくら中身は見た目よりも歳をとっていると言っても大した人生経験は無い。その上見た目は中学生。
今までの常識が音をたてて崩れていく。
菜々は自分が強いと錯覚していた。
合気道を極めた上に鬼の怪力もあいまって、大抵の者には勝てると驕っていた。
それがなんだ。隙を突かれれば自分は無力に等しい。反撃する暇も与えられず、簡単に自由を奪われる。
警察関係者や世界的に有名な推理小説家、殺し屋達と交流がある。ロヴロとは特に仲が良く、孫へのプレゼント選びを手伝ったこともある。また日本地獄の黒幕からも目をかけられており、将来どこかの庁の役人として働くのはほぼ決定している。
それがどうした。自分には世論を動かす力もなければ、重要な情報も与えられていなかった。
今までの自分を笑い飛ばしたくなる。
いい歳して馬鹿な勘違いをしていたものだ。
『子供達には深刻なトラウマが残るでしょう。早急な心のケアが望まれます』
『可哀想……。何も分からない子供達になんて可哀想な事をさせる奴なの?』
本当に自分は馬鹿で無力だった。その証拠に、見ず知らずの大人達から「可哀想」扱いされている。
彼らの考えは間違っていると訴える気になれなかった。テレビ画面に映っている彼らに文句を言う気になれなかった。
しかし、だからどうした。菜々は自分自身を鼓舞する。
今無力だと気がつけたのなら、これから変わっていけばいいだけの話だ。
慢心する事なく、日々努力を重ねていつか彼に追いつく。
何もない天井を見上げて大きく息を吸う。今まで立ち込めていた霧は綺麗さっぱり無くなっていた。
扉が開く音が聞こえ、振り返ってみると烏間が訪れた事が分かった。
皆の顔が明るくなる。
「お願いです。出してください。行かせてください、学校に」
代表として渚が頼む。
烏間の後ろにいる軍人がすぐさま首を振る。烏間はそれを一瞥し、目を閉じて思案する。
「君達が焦って動いて睨まれた結果がこの監禁だ。こうなっては俺も何もしてやれない。行きたければむしろ待つべきだったな。警備の配置が完了して持ち場が定まれば、人の動きも少なくなり兵の間で油断が生じる。五日目まで待っていれば包囲を突破できたかもしれない」
烏間の言う通りだ。菜々は一字一句聞き逃すまいと神経を集中させる。彼が自分達に情報を与えようとしている事に気がついたのだ。
ふもとの囲いを抜けられたとしても、山の中には恐ろしい敵がいる。
「群狼」の名で知れ渡る傭兵集団。ゲリラ戦や破壊工作のエキスパートだ。
三十人にも満たないが、少人数で広い山中を防衛するにはまさに適任。
そんな猛者達のリーダーが「神兵」の二つ名を持つクレイグ・ホウジョウ。彼は素手でライオンを引きちぎる程の戦闘力に加え、地球上のあらゆる戦場で培ってきた経験がある。
彼に姿を見られれば勝ち目はない。
「だからもう諦めろ」
「嫌です!!」
食ってかかった渚の胸ぐらを掴み、流れるような動きで烏間は渚を床に叩きつける。
「出せない。これは国の方針だ」
胸ぐらを掴んでいた腕を起こし、渚を引っ張り上げる。
「よく聞け渚君。俺を困らせるな。分かったか?」
渚は目を見開いた。
三日ほど頭を冷やすようにと言い残して、烏間は部屋を後にした。
扉が閉められる時低く太い音がして、外の音がパタリと途切れた。
寺坂は近くにあったソファーを怒りに任せて蹴り上げる。
「寺坂君。烏間先生は今、俺を困らせるなってはっきり言った」
「だからなんだよ」
頭の上に疑問符を浮かべている寺坂に、渚は淡々と告げる。
「こうも言った。五日目以降は外の警備に隙が生じる。山の中には少人数の新鋭が潜んでいる。そのリーダーは烏間先生の三倍は強い」
全員が渚の言わんとすることに気がついたようだ。
「だから皆で考えて整理しようよ。僕らがどうしたいのか。僕らに何が出来るのか。……殺せんせーがどうして欲しいのか」
*
殺せんせーに本心から死んで欲しいと思う者はいない。それは聞くまでもないことだった。
あの世が存在し、死んだ後も割と楽しく過ごす事が出来ると知っている菜々も同じだった。
恩師を見殺しにする、もしくは殺すなんて出来るわけがない。
もしも殺せんせーが死んだら、黒いドロドロしたものが全身を満たしてしまうような気がした。
最悪の結果を考えただけで胸をえぐり取られたかのような気分になる。
出来る事なら目を背けたかった。いつものように現実逃避をしたかった。
しかし、目の前の事に向き合わなければならないと何かが告げていた。それは自分の潜在意識なのか、世間で神と呼ばれているものなのか、菜々は分からなかった。
「殺せんせーに会いたい。どうするかはその後考える」
菜々が呟いた言葉に皆が大きく頷く。会わなければ何も終わらない。
「気持ちを抑えて今は待とうよ」
烏間の言葉の裏を読めば、三日待ってもレーザー発射には充分間に合う。
不破の意見に従って、皆動き出した。
今は考えるべきだ。もしもここを出られた時に備えて、あらゆる作戦を立てておく。
*
レーザー発射日になったが、脱出する機会は今まで一度もなかった。
皆が目を伏せる。考えたくないのに最悪の事態がありありと思い浮かぶ。
その時、重々しい音を立てて扉が開いた。
「いいか、本当に顔を見るだけだぞ。こんなの上にバレたらどうなるか」
「分かってるわよ。一目見れば安心だから」
肝を冷やしておるのであろう軍人に艶やかな声が答える。
軍人たちの監視の下部屋に入ってきたと思ったら、イリーナは竹林の頭をがっしりと掴んだ。
反応する暇もなく、竹林は唇を奪われる。
皆が面食らっている隙に、イリーナは他の生徒にもキスを仕掛ける。
その生徒達は全員、何かが起こっても冷静に対処できる者だった。
「皆元気? 元気なら良ーし。じゃ帰るわ」
「ほ、ほらもういいだろ」
イリーナの行動に面食らって思考が停止していたが、我に帰った軍人の一人が急かす。
「もーお、外に見張りいるんだからビビらないでよ。またね、ガキ共」
イリーナは帰り際に振り返り、投げキッスを放り投げる仕草をした。
「な、何しにきたの、ビッチ先生!?」
渚もイリーナの餌食になっていたので、怒りをあらわにして誰にでもなく問いかけたあかりだったが、渚の様子がおかしい事に気がついた。
渚は目を見開いて口を押さえている。
やがて、彼と同じように次々と数人の生徒が口の中のものを取り出す。
コードや筒など。イリーナがキスの際に口の中に入れていったのだろう。
「僕の爆薬一式だ」
竹林の口は弧を描いていた。
夜になり、裏口を爆破して音を立てないように細心の注意を払いながらE組全員が外に出る。
「遅いわよ。私の完璧な脱出マップがありながら」
声で建物の壁にもたれかかっている人影はイリーナだと分かった。
彼女の近くに全員分の靴が用意してある。皆が靴を履いていると、レーザー発射は日付が変わる直前だと知らされる。
「どんな結果になるのか私は知らない。でも明日は卒業式なんでしょ? 最後の授業よ。存分に受けていらっしゃい」
「「「「はい!!」」」」
笑顔を見せ、生徒達は計画の最終チェックに取り掛かる。
まずは各自帰宅して準備だ。
家の前に着き、菜々が二階にある自分の部屋の窓を見上げると、窓が閉まっている事が分かった。
三日前学校に行こうとした時に開けたままにしておいたはずなので、親が閉めたのだろう。
ヤモリのように窓の近くに生えている木によじ登る。
比較的太い木の枝を渡って、窓枠に一段近づいたところで飛び上がる。
窓べりに手をかけると腕の力を使って体を引っ張り上げる。
「ソラ、お願い」
一言声をかけると、菜々の肩の上に乗っていた狐が窓を通り抜け、部屋の中から鍵を開ける。
霊体とは便利なものだと思いながら、菜々は壁に足をかけてよじ登り、部屋の中に入った。
床に散らばっている雑誌で上手いこと隠してある超体操着に着替え終わった時、物音が聞こえた。
両親だった。大きなサツマイモが空を飛んでいるとでも言って気をそらそうかと、菜々がアホな事を考え始めると、凛とした声が部屋に響いた。
「大変な事になってるんだろう。早く行きなさい」
「ただし、全てが終わったらこの一年で何があったのかちゃんと話してね」
「ありがとう」
自分を信頼してくれた両親に一言伝えると、阿笠に貰った数々の発明品と言う名の危険物が入っている筆箱を掴み、菜々は窓から飛び出した。
準備を終えて全員が一箇所に集まった時、菜々が口を開いた。
「全てが終わったら皆に話したい事があるんだ。卒業式の後、時間をくれないかな?」
なぜ彼女は今こんな事を言ったのか。
裏に込められたメッセージを読み取り、皆が強く頷く。全員無事に卒業式を迎えると伝えるかのように。
「山の外周の警備で突破できそうなのは、隣町から山ひとつ越えるこのルートだけ」
イトナが作ったドローンと律を合体させて偵察した結果だ。
「一時間後、この入り口に全員集合!!」
ハンドサインに従って、皆が走り始めた。
殺せんせーの暗殺期限まで、後三時間。
*
カルマの明確な指揮により、E組生徒は次々と敵を倒していった。この学び舎だけに場所を限れば、彼らは世界最恐の暗殺集団だ。
戦闘のスイッチを入れられる前に群狼のリーダーであるホウジョウも倒し、殺せんせーの元に向かう。
「音だけでも、恐ろしい強敵を仕留めた事が分かりました。成長しましたね、皆さん」
「「「殺せんせー!!」」」
大好きな教師に再び出会えて、喜ぶ者、早速暗殺を仕掛ける者がいた。中には泣きながら銃を撃っている者もいる。
その頃一瞬バリアの片隅が開き、すぐに閉じた。殺せんせー暗殺期限まで後九十分。
空を見上げてみると、レーザーの光が今にもこぼれ落ちそうな雫のように輝いていた。
あれでは完全防御携帯ですら役に立たないだろう。
打つ手なしだ。生徒達が人質になっても、奇跡的に殺せんせーが爆発する可能性がゼロパーセントになったとしても、暗殺は実行される。
たった一パーセントだ。なんで殺せんせーが殺されなくてはならないのか。
生徒達が疑問を零すと殺せんせーが触手で彼らの頬を叩いた。
大きなアカデミックドレスと三日月をあしらったネクタイに身を包み、触手をうねらせている超生物。
世間でなんと言われていようが、皆の大好きな先生だ。
「皆さん、先生からアドバイスをあげましょう」
この先、強大な社会の壁に阻まれて望んだ結果が出せない時が必ずあるだろう。その時社会に原因を求めてはいけない。社会を否定してはいけない。
そんな事時間の無駄遣いだ。
「世の中そんなもんだ」と悔しい気持ちをなんとかやり過ごす事。
社会の激流が自分を翻弄するのなら、その中で自分はどうやって泳いで行くべきなのか。やり過ごした後で考えればいい。
いつも正面から向かわなくていい。
避難して隠れてもいい。反則でなければ奇襲をしてもいい。常識はずれの武器を使ってもいい。
「ところで中村さん。山中の激戦でも君の足音はおとなしかったですね。しかも甘い匂いがするようですが?」
授業をした後、殺せんせーは中村のポケットを指す。
「月が爆破してからちょうど今日で一年でしょ? 確か雪村先生は今日を殺せんせーの誕生日にしたんだよね?」
そう言って中村はケーキを取り出す。
よだれを垂らして今にも一口で食べてしまいそうな殺せんせーをたしなめ、ケーキに蝋燭をさす。
誕生日を祝う歌が学び舎の空気に溶けて行く。
到着したばかりの烏間とイリーナはその様子を見て目元を緩くした。
歌が終わり、殺せんせーが蝋燭を消そうと大きく息を吸い込んだ瞬間、辺り一面に衝撃が走った。
突如現れた真っ黒な柱によってケーキが粉々になる。
「ハッピーバースデー」
何事かと皆が目を見開いた時、冷たい声が全員の鼓膜を振動させた。
聞き覚えのある嫌な声だ。
「シ……いや、柳沢!!」
「機は熟した。世界一残酷な死をプレゼントしよう」
「先生、僕が誰か分かるよね」
いつも通り対触手繊維で出来た服を着込んでいる柳沢の横に佇んでいる奴が問いかけた。
顔まで覆う真っ黒な服を着ているので顔は見えなかったが、皆奴の正体を声から察した。
「……黒タイツじゃない。まさか旧式の犯人!?」
菜々は無視された。
「改めて生徒達に紹介しようか。彼がそのタコから『死神』の名を奪った男だ。そして今日からは彼が新しい『殺せんせー』だ」
全身を覆っている死神の服が弾き飛び、その実態が明らかになった。
全身を覆う真っ黒な触手。大人三人分以上の身長。ギラギラと光る眼。まさしく化け物だ。
しかし、烏間が出した期限は今月一杯まで。
E組が暗殺を辞めたとしても殺せんせーを狙う者は大勢いる。
「俺もな、殺すのなら誰でもない君らに殺して欲しいんだ。だから約束してくれ。一月の結果がどうなろうと、二月から先を全力で暗殺に費やすと。生かすも殺すも全力でやると」
「「「「はい!!」」」」
その後、国際宇宙ステーションをハイジャックすることが決まった。
*
「国際宇宙ステーションをハイジャックする? マジですか」
「マジです」
地獄。閻魔庁にある会議室。
会議で殺せんせーについて知っている日本地獄の重役達に、菜々は今月の出来事を報告していた。
「いや、殺せんせーの観察を続けるためにクラスメイト達に疑われるのは避けたいじゃないですか。だから怪しまれないように殺せんせーを助ける方法を真剣に探すフリをします」
弁解したのはいいものの、十王達の顔は険しい。
現世とあの世の存亡に関わる大事件が起こっている最中なので今まであまり口を挟んで来なかったが、あの世の住人が現世で犯罪を犯すのはまずい。
菜々は「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」などとほざいていたが、どう考えても色々とまずい。
「それに、結果がどうであろうと殺せんせーの暗殺依頼が取り消されることはありません。たとえ爆発の危険がゼロだったとしても、殺せんせーが人知を超えた力を持っているのには変わりありませんし。頭では分かっていても動いちゃうんです。もうすぐタイムリミットが近いのに動きがなくって不安で……」
世界規模の最終暗殺計画が進められているのだろうと予想をつけているくせに、菜々は俯いて目に涙を溜めながら言ってのけた。
彼女に最終計画について教えていない事に罪悪感があるのか、十王達の顔に影が差す。
結局、菜々はお咎めなしになった。
国際宇宙ステーションハイジャック計画が無事に終わり、殺せんせーが爆発する可能性は多くても一パーセント以下だと分かった。
しかし国からの暗殺依頼が無くならない限り、暗殺を続ける事にした。
暗殺は彼らの絆であり、使命であり、E組の必須科目だからだ。
*
滑り止めである私立高校の受験結果が返ってきた頃、菜々は廃墟を訪れていた。
まだ昼なので外が明るく、窓から光が差し込んでいるおかげで懐中電灯をつける必要がない。
「ネットの情報によると、ここに髪が伸びる日本人形があるはずなんだけどな……」
菜々が握っているスマホの画面には肝試し実況スレが映っている。
呪いの品を簡単に手に入れる方法をネットで探したところ、このスレが見つかったのだ。
スレとはスレッドの略称であり、インターネット掲示板において特定の話題やトピックに関する投稿が集まったページだ。
要するにこのスレは、男数人が廃墟で肝試しをする様子を実況するものだった。
彼らは冷やかし感覚で今菜々が訪れている廃墟を探索したようだが、本物の呪いの品を見つけてしまったようだ。
勇気のあった一人の男が人形の髪が伸びる様子を撮影して投稿したようだが動画は投稿されていない。
廃墟が米花町にあった事、この廃墟で昔事件が起こった事や怪奇現象が起こっている事から、菜々はこの話が事実だと判断した。
昔事件が起きた米花町にある家で呪いの品が見つかった事から余計に、力のある霊能力者に頼んで米花町全体をお祓いしてもらった方がいいんじゃないかという思いを募らせながら、菜々は歩を進める。
この前市長が税金を横領していた事が判明した。あんな奴の財布を肥やすのに税金を使うよりも、お祓いに使った方がよっぽど有意義だ。
そんな事を考えながらスレに従って部屋の奥にあった扉を開ける。古いせいか扉が軋んだ。
苔が生えた床を踏みしめながら部屋の中央に置いてある木箱に近づき、しゃがみこむ。
見てみるとガタガタと音を立てて木箱が動いている。本物である事を確かめるために蓋に手をかけた時、小さな音が聞こえた。
先ほど聞いた、扉が軋む音だ。
誰がこんな廃墟に訪れたのだろう。
冷やかしなのかホラー好きな人間なのか、はたまたこの世の者でない何かか。
菜々は後者に属するので恐怖は微塵も無いため、果たしてどのパターンだろうかと呑気に考えながらゆっくりと振り返った。
「何やってるの? 綺羅々ちゃん」
「あんたこそ何やってるのよ」
呆れなまこで問い返して来たのはクラスメイトの一人だった。
「呪いの人形探しに来た。綺羅々ちゃんは?」
「私と同じ理由じゃない。バレンタインチョコの材料に呪いの人形の髪を使うのよ」
そう告げると狭間は菜々の横に移動する。
「この箱の中ね?」
「私が先に見つけたんだからこれは私のものだよ。髪が欲しいならあげるけど、そのかわり頼みを聞いてくれないかな?」
しばらく沈黙が訪れる。無言は肯定と捉えて、菜々は頼みを伝えた。
「そのチョコって呪いのチョコだよね? 私に作り方教えて」
気恥ずかしそうに頼んで来た菜々を見て、狭間は狐につままれたかのような顔をした。
菜々が呪いの人形を探していたのは、お礼のお礼のお礼として鬼灯に渡すためだ。
今年の一月十九日――つまり十五歳の誕生日に鬼灯から誕生日プレゼントを貰った。
去年のバレンタインの時に渡したチョコと藁人形のお礼らしい。
お礼のお礼を渡すあたり、日本人の国民性を感じる。
貰った喪服を見て、果たしてこれはどのような意味が込められているのか、もしくは特に意味なんてないのかと菜々が考えこもうとした時、鬼灯が口を開いた。
「どうせこれ以上身長は伸びないでしょうし渡しておきます。このお礼は前回と同じ形でいいです。ただ去年の話から推測すると、チョコは毎年作ってるんですよね? わざわざ買ってもらうのも悪いので、作ったやつでいいですよ」
色々と突っ込む前に鬼灯は踵を返した。多忙な上司をくだらないことで呼び止めるのはどうかと思い、菜々は呼び止める事が出来なかった。
「私の身長はまだ伸びる。渚君を抜かすまでは成長が止まるわけにはいかない」
「いや、もう伸びないでしょ。155cmってそこまで小さいわけでもないし別にいいんじゃない?」
この前の出来事を思い出して、菜々がブツブツ言っていたら狭間に突っ込まれた。
「で、なんで呪いのチョコなんて作りたいと思ったの?」
「普通のチョコだと面白みがないじゃん」
菜々がキャスケットをかぶっているため今この場にいない狐がいたら、突っ込まれていただろう。
*
二月十四日の夜。菜々は盗聴していた。
前原が岡野にチョコを貰おうと頑張っていたり、渚の件で中村が身を引く事にしたりとかなり色々な出来事があった中、菜々は烏間に盗聴器を仕掛けておいた。
阿笠の発明品である、シャー芯型盗聴器を烏間のシャー芯入れに紛れ込ませて置いたのだ。GPSが付いており、スマホで位置を確認できる優れものであるため、烏間の現在位置を簡単に割り出すことが出来た。
今菜々は烏間とイリーナがいる完全個室のある高級ディナー店が見えるビルの屋上にいる。
盗聴器とセットになっているイヤホンで彼女は烏間達の会話を盗み聞きしていた。
さすがに冷えると思いながら、かじかんだ手に息をかける。手袋くらい持ってこればよかった。
いつもならソラで暖をとっているのだが、今はそれが出来ない。
ソラの責任問題にならないよう、同行を拒否したからだ。
今菜々が聞き出そうとしているのは、地獄から知らされていない殺せんせーの暗殺についての情報だ。
『暗殺の話。地球が爆発する確率が一パーセントに下がりました、で終わるとは思えないけど』
始めのうちは低俗な話をしていたイリーナが本題に入る。
『そうだな。お前には話しておこうと思っていた。今の俺の主な仕事はE組の暗殺の指示のみだ。したがって俺はまだ作戦の全貌を知らされていないが、超国家間でとてつもない暗殺計画が動いているのは間違いない』
結局、新しい情報は得られなかった。
「そううまくいくはずもないか」とため息をつきながら菜々は別の事を考え始める。
――閻魔大王は大丈夫だろうか。
学校が終わってすぐ鬼灯にチョコを渡したところ、心なしか嬉々として閻魔に試すと言っていた。
しかし、すぐに思考を放棄する。
そんな事より、烏間の言葉の方が重要だ。
『分からないか? 俺の家の近所に教会はないぞ』
これは皆に知らせるべきか自分の胸にしまっておくべきか。そちらの問題の方が菜々にとって閻魔の安否よりも重要だった。
*
最後の進路相談が行われた日の夕方、異変が起こった。
E組の旧校舎がある山がバリアで覆われたのだ。
椚ヶ丘中学校から離れた場所に住んでいる菜々は渚から連絡を受けた。
急いで学校に行こうとしたが烏間から自宅待機するようにとメールが届く。
やきもきしながらテレビをつけてみると、殺せんせーの事が世間に発表されていた。ただし、かなり情報が操作されている。当たり前の事だ。自分の地位を守るため、各国の権力者はE組くらい簡単に切り捨てる。
とにかくクラスメイト達と連絡を取るために携帯を取り出すと、菜々は三池から連絡が来ている事に気がついた。
『今は忙しいだろうし、言えない事もあるだろうから何も聞かない。ただ、やる事が終わったら桜子と一緒に会いにいくから』
メールを読みおえて携帯をポケットにしまい、学校に向かうために窓から出ようと窓枠に足をかけたところで菜々は動きを止めた。
どうやって誤魔化そうかとソラを見る。
「観察対象の最期を見届けないといけないでしょ。早く行こうよ」
「うん。ありがと」
笑顔を見せて窓から飛び降り、近くの木に飛び移る。今は学校に早く着く事が肝要だ。人目を気にしている場合ではない。
皆と合流して一目散に旧校舎に向かったが、しばらく走った頃立ち止まざるをえなかった。
旧校舎がある山を囲むように軍人が配置されていたのだ。
通してもらうように頼んでいると、烏間が現れた。
殺せんせーに脅されていたと口裏を合わせるように言われるが、納得出来ないと皆が反論する。
しばらく揉めていると、マスコミに囲まれた。
「ご覧ください!! あちらにいるのが怪物の教師に脅されていた生徒達でしょうか?」
「すみません、今の気持ちは?」
「怪物が捕獲された安堵の心境を一言ください!!」
マスコミに突っかかる者、軍人に通せと怒鳴る者、危険じゃないと訴える者。
「言われているような悪い先生じゃないんだからー」
そんな中、倉橋が泣き叫ぶ。
「君、そう言えってあの怪物に言われてたの? 辛かったでしょ。もう正直に言っていいのよ」
しかし全く話を聞いてもらえないばかりか、マスコミは勝手に解釈して見当違いな事を述べる。
信じてもらえるわけがない。いくら訴えたとしても「まだ子供だから」「脅されていた」。そんな言葉で終わってしまう。
菜々は唇を噛んだ。ほのかに鉄の味がする。
「皆、一旦帰ろう」
磯貝の指示に従い、嫌という程自分の無力さを思い知りながら皆はその場を離れた。
マスコミ達を巻いてから人目につかない場所に移動し、これからどうするべきかを話し合う。
「とにかくちゃんと現状を把握したいよ。何も情報聞かされてないんだから」
「よし、手分けしてバリア周囲や発生装置を偵察に行こう。夜にまたここに集まって作戦会議だ」
委員長コンビの指示に従って役割分担し、四散する。
今まで習って来た事全てを駆使して情報を集める。この行動が最善なのかは分からないが、このまま終わっていいはずがないと皆が思っていた。
「皆の偵察をまとめると、バリアの周囲は隙間なく見張りがいるって事だな」
「野次馬、マスコミ、テロリスト。殺せんせーと外部の接触を遮断したいのは確かだろうね」
しかも各地の基地で増援の準備をしている事も分かった。明日になればどうあがいてもバリアの中に入る事が出来なくなるのは明白だ。
「強行突破でしょ。今夜のうちにでも」
「そうだな」
カルマに磯貝が同意する。
「その後で世間にちゃんと説明しようよ。私達がどんな気持ちで」
矢田の言葉はこれ以上続かなかった。
一瞬のうちに全員が捕らえられてしまったのだ。
*
全員が私服を没収された上、一つの部屋に閉じ込められた。
自販機やテレビ、ソファーなどは用意されてはいるものの、囚人に等しい待遇だ。
菜々は捕らえられた時の事を思い返していた。
捕まるまで敵の存在に全く気がつかなかった。社会的に無力であると思い知ったばかりなのに、肉体的にも無力であると思い知った。
ズボンの裾を握りしめ、歯ぎしりをする。
いくら中身は見た目よりも歳をとっていると言っても大した人生経験は無い。その上見た目は中学生。
今までの常識が音をたてて崩れていく。
菜々は自分が強いと錯覚していた。
合気道を極めた上に鬼の怪力もあいまって、大抵の者には勝てると驕っていた。
それがなんだ。隙を突かれれば自分は無力に等しい。反撃する暇も与えられず、簡単に自由を奪われる。
警察関係者や世界的に有名な推理小説家、殺し屋達と交流がある。ロヴロとは特に仲が良く、孫へのプレゼント選びを手伝ったこともある。また日本地獄の黒幕からも目をかけられており、将来どこかの庁の役人として働くのはほぼ決定している。
それがどうした。自分には世論を動かす力もなければ、重要な情報も与えられていなかった。
今までの自分を笑い飛ばしたくなる。
いい歳して馬鹿な勘違いをしていたものだ。
『子供達には深刻なトラウマが残るでしょう。早急な心のケアが望まれます』
『可哀想……。何も分からない子供達になんて可哀想な事をさせる奴なの?』
本当に自分は馬鹿で無力だった。その証拠に、見ず知らずの大人達から「可哀想」扱いされている。
彼らの考えは間違っていると訴える気になれなかった。テレビ画面に映っている彼らに文句を言う気になれなかった。
しかし、だからどうした。菜々は自分自身を鼓舞する。
今無力だと気がつけたのなら、これから変わっていけばいいだけの話だ。
慢心する事なく、日々努力を重ねていつか彼に追いつく。
何もない天井を見上げて大きく息を吸う。今まで立ち込めていた霧は綺麗さっぱり無くなっていた。
扉が開く音が聞こえ、振り返ってみると烏間が訪れた事が分かった。
皆の顔が明るくなる。
「お願いです。出してください。行かせてください、学校に」
代表として渚が頼む。
烏間の後ろにいる軍人がすぐさま首を振る。烏間はそれを一瞥し、目を閉じて思案する。
「君達が焦って動いて睨まれた結果がこの監禁だ。こうなっては俺も何もしてやれない。行きたければむしろ待つべきだったな。警備の配置が完了して持ち場が定まれば、人の動きも少なくなり兵の間で油断が生じる。五日目まで待っていれば包囲を突破できたかもしれない」
烏間の言う通りだ。菜々は一字一句聞き逃すまいと神経を集中させる。彼が自分達に情報を与えようとしている事に気がついたのだ。
ふもとの囲いを抜けられたとしても、山の中には恐ろしい敵がいる。
「群狼」の名で知れ渡る傭兵集団。ゲリラ戦や破壊工作のエキスパートだ。
三十人にも満たないが、少人数で広い山中を防衛するにはまさに適任。
そんな猛者達のリーダーが「神兵」の二つ名を持つクレイグ・ホウジョウ。彼は素手でライオンを引きちぎる程の戦闘力に加え、地球上のあらゆる戦場で培ってきた経験がある。
彼に姿を見られれば勝ち目はない。
「だからもう諦めろ」
「嫌です!!」
食ってかかった渚の胸ぐらを掴み、流れるような動きで烏間は渚を床に叩きつける。
「出せない。これは国の方針だ」
胸ぐらを掴んでいた腕を起こし、渚を引っ張り上げる。
「よく聞け渚君。俺を困らせるな。分かったか?」
渚は目を見開いた。
三日ほど頭を冷やすようにと言い残して、烏間は部屋を後にした。
扉が閉められる時低く太い音がして、外の音がパタリと途切れた。
寺坂は近くにあったソファーを怒りに任せて蹴り上げる。
「寺坂君。烏間先生は今、俺を困らせるなってはっきり言った」
「だからなんだよ」
頭の上に疑問符を浮かべている寺坂に、渚は淡々と告げる。
「こうも言った。五日目以降は外の警備に隙が生じる。山の中には少人数の新鋭が潜んでいる。そのリーダーは烏間先生の三倍は強い」
全員が渚の言わんとすることに気がついたようだ。
「だから皆で考えて整理しようよ。僕らがどうしたいのか。僕らに何が出来るのか。……殺せんせーがどうして欲しいのか」
*
殺せんせーに本心から死んで欲しいと思う者はいない。それは聞くまでもないことだった。
あの世が存在し、死んだ後も割と楽しく過ごす事が出来ると知っている菜々も同じだった。
恩師を見殺しにする、もしくは殺すなんて出来るわけがない。
もしも殺せんせーが死んだら、黒いドロドロしたものが全身を満たしてしまうような気がした。
最悪の結果を考えただけで胸をえぐり取られたかのような気分になる。
出来る事なら目を背けたかった。いつものように現実逃避をしたかった。
しかし、目の前の事に向き合わなければならないと何かが告げていた。それは自分の潜在意識なのか、世間で神と呼ばれているものなのか、菜々は分からなかった。
「殺せんせーに会いたい。どうするかはその後考える」
菜々が呟いた言葉に皆が大きく頷く。会わなければ何も終わらない。
「気持ちを抑えて今は待とうよ」
烏間の言葉の裏を読めば、三日待ってもレーザー発射には充分間に合う。
不破の意見に従って、皆動き出した。
今は考えるべきだ。もしもここを出られた時に備えて、あらゆる作戦を立てておく。
*
レーザー発射日になったが、脱出する機会は今まで一度もなかった。
皆が目を伏せる。考えたくないのに最悪の事態がありありと思い浮かぶ。
その時、重々しい音を立てて扉が開いた。
「いいか、本当に顔を見るだけだぞ。こんなの上にバレたらどうなるか」
「分かってるわよ。一目見れば安心だから」
肝を冷やしておるのであろう軍人に艶やかな声が答える。
軍人たちの監視の下部屋に入ってきたと思ったら、イリーナは竹林の頭をがっしりと掴んだ。
反応する暇もなく、竹林は唇を奪われる。
皆が面食らっている隙に、イリーナは他の生徒にもキスを仕掛ける。
その生徒達は全員、何かが起こっても冷静に対処できる者だった。
「皆元気? 元気なら良ーし。じゃ帰るわ」
「ほ、ほらもういいだろ」
イリーナの行動に面食らって思考が停止していたが、我に帰った軍人の一人が急かす。
「もーお、外に見張りいるんだからビビらないでよ。またね、ガキ共」
イリーナは帰り際に振り返り、投げキッスを放り投げる仕草をした。
「な、何しにきたの、ビッチ先生!?」
渚もイリーナの餌食になっていたので、怒りをあらわにして誰にでもなく問いかけたあかりだったが、渚の様子がおかしい事に気がついた。
渚は目を見開いて口を押さえている。
やがて、彼と同じように次々と数人の生徒が口の中のものを取り出す。
コードや筒など。イリーナがキスの際に口の中に入れていったのだろう。
「僕の爆薬一式だ」
竹林の口は弧を描いていた。
夜になり、裏口を爆破して音を立てないように細心の注意を払いながらE組全員が外に出る。
「遅いわよ。私の完璧な脱出マップがありながら」
声で建物の壁にもたれかかっている人影はイリーナだと分かった。
彼女の近くに全員分の靴が用意してある。皆が靴を履いていると、レーザー発射は日付が変わる直前だと知らされる。
「どんな結果になるのか私は知らない。でも明日は卒業式なんでしょ? 最後の授業よ。存分に受けていらっしゃい」
「「「「はい!!」」」」
笑顔を見せ、生徒達は計画の最終チェックに取り掛かる。
まずは各自帰宅して準備だ。
家の前に着き、菜々が二階にある自分の部屋の窓を見上げると、窓が閉まっている事が分かった。
三日前学校に行こうとした時に開けたままにしておいたはずなので、親が閉めたのだろう。
ヤモリのように窓の近くに生えている木によじ登る。
比較的太い木の枝を渡って、窓枠に一段近づいたところで飛び上がる。
窓べりに手をかけると腕の力を使って体を引っ張り上げる。
「ソラ、お願い」
一言声をかけると、菜々の肩の上に乗っていた狐が窓を通り抜け、部屋の中から鍵を開ける。
霊体とは便利なものだと思いながら、菜々は壁に足をかけてよじ登り、部屋の中に入った。
床に散らばっている雑誌で上手いこと隠してある超体操着に着替え終わった時、物音が聞こえた。
両親だった。大きなサツマイモが空を飛んでいるとでも言って気をそらそうかと、菜々がアホな事を考え始めると、凛とした声が部屋に響いた。
「大変な事になってるんだろう。早く行きなさい」
「ただし、全てが終わったらこの一年で何があったのかちゃんと話してね」
「ありがとう」
自分を信頼してくれた両親に一言伝えると、阿笠に貰った数々の発明品と言う名の危険物が入っている筆箱を掴み、菜々は窓から飛び出した。
準備を終えて全員が一箇所に集まった時、菜々が口を開いた。
「全てが終わったら皆に話したい事があるんだ。卒業式の後、時間をくれないかな?」
なぜ彼女は今こんな事を言ったのか。
裏に込められたメッセージを読み取り、皆が強く頷く。全員無事に卒業式を迎えると伝えるかのように。
「山の外周の警備で突破できそうなのは、隣町から山ひとつ越えるこのルートだけ」
イトナが作ったドローンと律を合体させて偵察した結果だ。
「一時間後、この入り口に全員集合!!」
ハンドサインに従って、皆が走り始めた。
殺せんせーの暗殺期限まで、後三時間。
*
カルマの明確な指揮により、E組生徒は次々と敵を倒していった。この学び舎だけに場所を限れば、彼らは世界最恐の暗殺集団だ。
戦闘のスイッチを入れられる前に群狼のリーダーであるホウジョウも倒し、殺せんせーの元に向かう。
「音だけでも、恐ろしい強敵を仕留めた事が分かりました。成長しましたね、皆さん」
「「「殺せんせー!!」」」
大好きな教師に再び出会えて、喜ぶ者、早速暗殺を仕掛ける者がいた。中には泣きながら銃を撃っている者もいる。
その頃一瞬バリアの片隅が開き、すぐに閉じた。殺せんせー暗殺期限まで後九十分。
空を見上げてみると、レーザーの光が今にもこぼれ落ちそうな雫のように輝いていた。
あれでは完全防御携帯ですら役に立たないだろう。
打つ手なしだ。生徒達が人質になっても、奇跡的に殺せんせーが爆発する可能性がゼロパーセントになったとしても、暗殺は実行される。
たった一パーセントだ。なんで殺せんせーが殺されなくてはならないのか。
生徒達が疑問を零すと殺せんせーが触手で彼らの頬を叩いた。
大きなアカデミックドレスと三日月をあしらったネクタイに身を包み、触手をうねらせている超生物。
世間でなんと言われていようが、皆の大好きな先生だ。
「皆さん、先生からアドバイスをあげましょう」
この先、強大な社会の壁に阻まれて望んだ結果が出せない時が必ずあるだろう。その時社会に原因を求めてはいけない。社会を否定してはいけない。
そんな事時間の無駄遣いだ。
「世の中そんなもんだ」と悔しい気持ちをなんとかやり過ごす事。
社会の激流が自分を翻弄するのなら、その中で自分はどうやって泳いで行くべきなのか。やり過ごした後で考えればいい。
いつも正面から向かわなくていい。
避難して隠れてもいい。反則でなければ奇襲をしてもいい。常識はずれの武器を使ってもいい。
「ところで中村さん。山中の激戦でも君の足音はおとなしかったですね。しかも甘い匂いがするようですが?」
授業をした後、殺せんせーは中村のポケットを指す。
「月が爆破してからちょうど今日で一年でしょ? 確か雪村先生は今日を殺せんせーの誕生日にしたんだよね?」
そう言って中村はケーキを取り出す。
よだれを垂らして今にも一口で食べてしまいそうな殺せんせーをたしなめ、ケーキに蝋燭をさす。
誕生日を祝う歌が学び舎の空気に溶けて行く。
到着したばかりの烏間とイリーナはその様子を見て目元を緩くした。
歌が終わり、殺せんせーが蝋燭を消そうと大きく息を吸い込んだ瞬間、辺り一面に衝撃が走った。
突如現れた真っ黒な柱によってケーキが粉々になる。
「ハッピーバースデー」
何事かと皆が目を見開いた時、冷たい声が全員の鼓膜を振動させた。
聞き覚えのある嫌な声だ。
「シ……いや、柳沢!!」
「機は熟した。世界一残酷な死をプレゼントしよう」
「先生、僕が誰か分かるよね」
いつも通り対触手繊維で出来た服を着込んでいる柳沢の横に佇んでいる奴が問いかけた。
顔まで覆う真っ黒な服を着ているので顔は見えなかったが、皆奴の正体を声から察した。
「……黒タイツじゃない。まさか旧式の犯人!?」
菜々は無視された。
「改めて生徒達に紹介しようか。彼がそのタコから『死神』の名を奪った男だ。そして今日からは彼が新しい『殺せんせー』だ」
全身を覆っている死神の服が弾き飛び、その実態が明らかになった。
全身を覆う真っ黒な触手。大人三人分以上の身長。ギラギラと光る眼。まさしく化け物だ。