トリップ先のあれやこれ
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演劇発表会が無事に終わったと思ったら大事件が起こった。
茅野が触手持ちである事が発覚したのだ。
菜々はすぐに地獄へ報告に向かった。
国際会議へ向かった閻魔と鬼灯を抜いて日本地獄では緊急会議が開かれたが、明日に支障が出るといけないと言う名目上、菜々は早くに帰される事となった。
明日、茅野が失敗しても殺せそうだったらトドメを刺すようにと言われ、菜々は帰路に着く。
――明日また殺るよ、殺せんせー。
茅野の言葉が繰り返し思い出される。
それと同時にあぐりの不安そうな表情を思い出す。そういえば彼女も早くに帰されていた。
今地獄ではどんな話し合いが行われているのだろう。
茅野が触手を持ったまま死んだ時の対処法だろうか。
それとも殺せんせーが殺され、茅野が暴走した時の対処法か。
どっちにしても雪村あかりの実の姉であり、天国の住人であるあぐりに聴かせられる内容じゃない。
――原作通りに進まなくても私がなんとかする。
菜々は肩にかけていたスクールバッグの持ち手を握りしめた。
*
渚のキスで茅野が殺意を忘れた隙に、殺せんせーが彼女の触手を抜いた。
そのため、言い含めておいた亡者達にポルターガイストを起こしてもらい、その隙に鳩尾に一発かまして気絶させるという無茶苦茶な方法を実行しなくて済んだ事に菜々は安堵した。
一方殺せんせーは過去について問い詰められ、何があったのかを洗いざらい話した。
死神と呼ばれる暗殺者だった事。
弟子に裏切られて捕まり、人体実験をされた事。それによって触手を得た事。
夜の死神の監視役はあぐりだった事。
三日月が七割がた蒸発したのは触手細胞を植え付けられたネズミのせいで、三月十三日にも死神にも同じ事が起こるため、処分が決まった事。
あぐりにそのことを教えられ、脱走した事。
死神を止めようと抱きついたあぐりが致命傷を負ってしまった事。
彼女が死ぬ直前に、死神に残された一年で椚ヶ丘中学校三年E組の生徒達に教えてほしいと頼まれた事。
「先生の過去の話は以上です。なお不明な点や、疑わしい点がある人は指摘してください」
殺せんせーはそう言ったが、疑う者は誰もいなかった。
「もし仮に殺されるなら、他の誰でもない君達に殺してほしいものです」
殺せんせーが呟くのを聞いて、突如皆の頭に殺せんせーとの思い出が駆け巡った。
そして、全員が今まで目を背けてきた事に気がついた。
自分達はこの先生を殺さなくてはいけない。
*
「暇だ」
菜々はベッドに寝転んだ状態で呟いた。
今は冬休み。本来なら勉強の合間に暗殺したり皆で遊んだりする予定だったが、殺せんせーの過去を知ってしまい、皆が色々と考えている。
一方菜々はもともと殺せんせーの過去を知っていたので特に悩まなかった。
暇すぎて冬休みの課題を全て終わらせてしまったし、まだ茅野の見舞いの許可も降りていない。
その上、なぜか家にあった漫画がかなり減っている。無くなっているのはどれも父の漫画なので何も言えないのが痛いところだ。
地獄に行く事も考えたが、向こうもあまり来てほしくないだろう。
殺せんせーについてこちらに話していない事が色々とあるだろうし、この時期は亡者が増えるので忙しい。それもこれも餅のせいだ。
それを踏まえると亡者の回収をするべきなのだろうが、いい加減飽きた。
冬休みが始まってから一日に十五人くらい捕まえているような気がする。
「ソラ、今日も地獄に行ってていいよ」
そう言いながらキャスケットをかぶる。
ソラが菜々と一緒にいるのは、現世の中でもキャスケットがかぶれない場所だけだ。
最近、彼女は外出しているのでソラがつきっきりになっていなくても問題ない。
「分かった。事件に巻き込まれたら連絡してね」
そう言い残して、下手に追求する事もなくソラは出て行った。
「やっぱりあの、やけにたくさん出来た高層ビルが怪しいな」
菜々は今、現世で進められている最終暗殺計画について調べている。
――これから、今回のような事があると思います。自力でなんとかしてください。
最近出来たばかりの高層ビルの一つを見上げていると、死神と接触した後鬼灯に言われた言葉をふと思い出した。
自力で解決しろという事は、情報を与える事が出来ないので自分で調べろという事なのだろう。
迷惑がかからないように、調べる時はソラと別行動をするようにしている。
それにしても、と菜々はため息をついた。
これからどうするべきだろうか。
ビルが関係しているとなると、ビルに見せかけて何かしらの装置を作っている可能性が高い。
しかし、それが分かったところでどうしようもないのだ。
取り敢えず原作知識を思い出そうと頭をひねってみる。
殺せんせーは触手を植え付けられた二代目死神と戦い、なんとか勝ったものの倒れ込んだ。
その隙に皆で体を抑えて渚がとどめを刺した。
――おかしい。
二代目死神が来る前に殺せんせーが逃げればあんな事にならなかったのではないか。
何かを忘れているような気がするので、重要な事を忘れていると仮定してみた。
大規模な装置が作られている可能性が高い事。殺せんせーが逃げなかった事。この場合「逃げられなかった」の方が正しいかもしれない。
そこまで考えて菜々は閃いた。
今作られている装置は殺せんせーを閉じ込めるためのものだ。
しかし、それが分かったところでどうしようもない。
彼女の目的は殺せんせーを自分達で殺す事だし、これ以上情報を得ても仕方がない。
まあ、その時が来ればなんとかなるだろうと菜々は思考を放棄した。
彼女は楽観的だ。そうでなければ、いきなりトリップして普通に生活できるわけがない。
やる事が無くなったので阿笠の家に押しかけようかと考えていると携帯が鳴った。三池からだ。
『もしもし菜々!? 明日の夜空いてる?』
「いきなりどうしたの? 明日はゴロゴロした後ウダウダするつもりだから夜も忙しいと思うけど」
『暇なんだね。私の友達のお母さんが経営しているお店に変なお客さんがいるみたいで……。なんとかしてくれない?』
三池が言うには、転校先で出来た新しい友人の親の店に怪しい客が来るらしい。
警察は事件が起こるまで動いてくれないので、警察関係者に顔が利く菜々に頼もうと思ったようだ。
『冬休みの宿題で、好きな職業についてレポートを書かなくちゃいけないの。その子のお店でインタビューしたり仕事を手伝ったりするつもりだから、菜々が上手いこと紛れ込んで』
「いや、ちょっと待って。特に理由もないのにお邪魔するのは失礼だし、私が行くちゃんとした理由がないと怪しまれると思うけど」
『大丈夫。そこはちゃんと考えてあるよ』
三池に押し切られ、菜々は彼女の友達の家に行く事になった。
*
次の日。
菜々はソラに化かしてもらっている状態で「居酒屋あずさ」と書かれた小さな居酒屋の扉を叩いた。
「こんにちは、加藤菜々です。苗子ちゃんから聞いていると思いますが、今日から職業体験をさせてもらいます」
「あなたが菜々ちゃんね」
玄関先で挨拶をすると、優しそうな声が聞こえてきた。居酒屋の店主である梓だ。
「蛍ちゃんいますか? お店が営業するまで勉強を教えようと思うんですけど」
「ありがとう。蛍達は二階にいるから勝手に上がって。ごめんね、今手が離せなくて」
見てみると忙しそうに手を動かしている。開店前の下準備をしている最中のようだ。
「おじゃまします」
挨拶をして二階に続く階段に向かいながら菜々は三池が練った作戦を思い出していた。
菜々は将来居酒屋を開きたいという事にする。
冬休みの宿題のために三池はちょくちょく店におじゃましているので、その繋がりで三池が菜々にも手伝いに来させていいか尋ねる。
店主は目が見えないので手伝いが増えると大助かりだろう。
それでも罪悪感があるというなら、三池と同い年の店主の娘の蛍に勉強を教えればいい。
初めはタダ働きをしなければいけないので菜々は渋っていたが、三池に怪しい客とやらの特徴を聞いてそんな考えは吹き飛んだ。
彼女から聞いた客の特徴にはものすごく心当たりがあったのだ。
『これまでのあらすじ。
武闘会で優勝し、王子様と結婚する権利を与えられたシンデレラだったが、王子様が不細工すぎて思わず殴ってしまった。
そのせいで死刑を告げられたがシンデレラは逃走。
時効まであと十六年ーー』
「何これ……」
三池は先ほど菜々に渡されたプリントを見て呟いた。
あらすじの後には長い文章があり、その次に文章読解の問題がある。
「まだこのネタ引きずってたんだ……」
相棒である狐に言われたが菜々は無視した。
「何って問題だよ。始めに私が作った総まとめの問題を解いてもらって、苦手なところを把握しようかなって」
二階にある蛍の部屋では勉強会が開かれていた。
「結構力作だよ。一時間でこれ全部解いてね」
そう言いながら総合問題と大きく書かれたプリントの束を取り出すと、小学生達の顔が引きつった。
大問一は文章読解のようだ。
指名手配犯となったシンデレラが山奥に逃げ込み、修行を始めるまでに何があったのかが書かれており、その後に漢字の問題や心理描写の問題が続いている。
大問二は算数だった。
総合問題ってそういうことか、と納得しながらソラは蛍の問題用紙を覗き込んで読み進めて行く。
『問一、シンデレラは住んでいる山から一番近いスーパーに秒速20mで向かいました。シンデレラの家からスーパーまで5kmあります。シンデレラは10時50分に家を出ました。12時からの特売に間に合うでしょうか。また、何分前もしくは何分後に到着しますか(小数になった場合は四捨五入して整数で答えなさい)』
シンデレラの速さがおかしいし、これなら四分弱で着くんじゃないかと内心でツッコミを入れつつ、ソラは読み進める。
『問二、シンデレラは畑を耕しています。自給自足しないとやってられません。シンデレラは500haのうち5分の1を耕しました。しかし、シンデレラの動きが余りに速すぎて衝撃波が発生し、彼女がまだ耕していない畑の4分の1が吹き飛びました。さて、まだシンデレラが耕さなくてはいけないのは何㎡でしょうか。ただし、衝撃波で吹き飛んだ土地は修復不可能です』
暇の余りこんな変なもんを作ってしまったんだろうなとソラは苦笑した。
この後シンデレラが空を飛んだり、分身したり、身体能力を生かしてバイトでボロ儲けしたりしている。
お前指名手配犯だろ、と思わず突っ込みたくなる。
大門三は理科だった。
『問一、次の図は、シンデレラの血液の流れを表しています。ア~エのうち、最も養分が多い血液はどれでしょう(※ただし、シンデレラは普通の人間と同じ体の作りをしている事とする)』
ここまで読んでソラは突っ込むのをやめた。
滑車の問題でガンダムが出てきたり、振り子の問題で立体機動装置が出てきたりした後、大門四の社会に移る。
シンデレラがタイムスリップしたりしているのを見て、ソラは問題を覗き込むのをやめた。
テストが終わり、休憩を挟んでそれぞれの苦手分野の解説をしていると、開店時間になっていた。
急いで下に降りて梓から指示をもらう。
指示通り菜々が店の奥で力仕事をしていると、賑やかな声が聞こえてきた。客が来たようだ。
「本当か!? 国ですら探し出せないんだぞ」
「ああ、とうとう突き止めたんだ。誰一人知らなかった奴のアジトを」
「でかしたぞシーカー!! プロの殺し屋面目躍如だな!!」
予想が当たったようだと思いながら、菜々は酒瓶の入った段ボール箱を床に下ろす。
「梓さん、頼まれた追加のお酒持って来ましたよ」
段ボール箱から一本の酒瓶を取り出した時視線を感じた。
「あ、加藤菜々です。今日から苗子ちゃんの紹介で手伝いに来ています」
「ああ、苗子ちゃんか。あの子もいい子だよな」
殺し屋達の話を聞き、菜々は大体の状況を把握した。
彼女の予想通り、彼らは殺せんせーを狙っている殺し屋らしい。
目の見えない店主と小学生しかいないこの店は都合が良かったのだろう。
暗殺の話が漏れても芝居の稽古だと言って誤魔化しているようだ。
初めは利用するだけのつもりだったが、今では四人とも梓に惚れており、蛍の事も可愛がっていると菜々はすぐに見抜いた。
しかし、急に中学生が入ってきて彼らは緊張している。この様子だと三池に怪しまれていた事には気がついていないはずだ。
普通の小学生ならまず怪しまないだろう。米花町の小学生が異常すぎるのだ。
やっぱり呪われてる、米花町。
思考が逸れてきたのですぐに考えを中断し、菜々は殺し屋達にだけ聞こえるように囁いた。
「ターゲットはマッハ二十の超生物、ですよね?」
殺し屋達が身構える。一斉に放たれる殺気を感じたが、調子を変える事なく菜々は続けた。
「私は椚ヶ丘中学校三年E組の生徒。殺せんせーの教え子の一人です」
殺し屋達は一瞬固まったものの、その中の一人が口を開いた。
「そういえば学園祭で見たな。ほら、殺し屋っぽい奴と老人のような服装をした若い男の喧嘩の見物料を要求して来た」
他の者が分かっていないようだったのでマリオが付け加えると、三人も思い出したようだ。
「それより、殺せんせーのアジトを突き止めたって本当ですか?」
客は殺し屋達だけであり、彼らは先程注文した酒を飲んでいる。つまり、今は特に仕事が無い。
そのため、菜々はここぞとばかりに殺し屋達だけに聞こえる小さな声で尋ねた。
ゴミ屋敷に住んでいる、競馬の賭け方がみみっちい、世界中からエロ本を集めているなどの殺せんせーの私生活に迫っていると本人がやって来た。
「よっ!! ダンナ方お揃いで!!」
スーツを着て七三分けのカツラをかぶって変装をしているが、不自然に関節が曲がっている。どう見ても怪しい。
殺し屋達の事が無かったとしても三池が怪しむのは当たり前だった。
「テメーはこの店来んなっつただろっ!」
「おやおや、そちらが他所で飲めばいいのに」
「どこにいても殺気をたどってからかいに来るだろーよ!」
殺し屋達が一斉に攻撃を仕掛けるがいとも簡単に避けられる。
「何飲みます、タコさん?」
「んーとねー、取り敢えずカシオレ」
「「「女子か!!」」」
このような会話はいつものことらしい。その証拠に注文を受けた蛍は可笑しそうに笑っている。
頼んだカシオレを待っていた殺せんせーはやっと菜々に気がついた。
「にゅやっ、菜々さんなぜここに?」
「めちゃくちゃ聞き覚えのある特徴の不審人物が、このお店に来るって苗子ちゃんに聞いたんですよ」
どうせならもっと上手く変装しろ、と目で訴える。
「それと、冬休みの宿題ですけど、私の心はもう決まっています。ぶっちゃけやる事がなくて暇なんであと数日このお店には手伝いに来るつもりです」
もともと、怪しい客の正体を突き止めるために、数日店に居座った方がいいと三池に言われていた。
その旨を梓に伝えてしまった以上、約束は守らなくてはならない。
暇だと告げると殺せんせーは声を弾ませて遊びに誘って来た。
せっかくの冬休みなのに教え子達と遊びに行けないのが寂しかったらしい。
「旅行費……先生が出すなら行きます」
思わず殺せんせーと呼びそうになったが、さっきから三池に見られているので言葉を飲み込む。
「知り合い?」
「教師と生徒」
教師って話本当だったんだ、と三池が思わず口走っていると蛍がカシオレを持ってきた。
一口飲んだだけで殺せんせーはベロンベロンに酔っ払う。
隙だらけだったので、暗殺者達と一緒に菜々もナイフを振ったが一度も当てられなかった。
「生徒達と遊びたい……。できれば大人数で」
酒が入ったせいでいきなり泣き出した殺せんせー。
ここに生徒の一人がいるのにこんなに隙だらけでいいのかと、菜々は注文されたツマミを作りながら思っていた。
「そっか、タコさん本業先生だもんね。冬休み中は会えないのか」
その頃菜々は、殺せんせーの様子を撮影するためにスマホを立て掛けていた。
「私に似てるって生徒にも会いたい?」
「ええ、彼も含めて皆に会いたい……」
「彼!? 彼女じゃ無いの!?」
男に似ていると言われていた事にショックを受けている蛍。
「大丈夫だよ。私の同級生が女っぽいだけだから」
「彼女……彼女か。合コンやりたい」
「一応ここに生徒がいますよ」
菜々は忠告したが、殺せんせーは特に気にしている様子がない。
「菜々さんは利害が一致すれば何もしてこないじゃないですか」
「よく分かってますね。要求は後で伝えます」
「なんかこう……女性にモテたいんです」
なんの脈もなく自分の欲望を語り出した殺せんせーは、このメンバーで合コンしたいと言い始めたが、お前と女漁りなんて考えたくもないと拒絶される。
「じゃ、ここでやったら? 合コンごっこ」
梓の提案で、皆で合コンごっこをする事になった。
たけのこニョッキ、リズム四〇〇ゲームなどのよく合コンで行われるのであろうゲームを行なったが、殺せんせーがぶっちぎりで一番だった。
菜々はちゃっかりと二位を取っていた。
*
初めて居酒屋あずさに手伝いに行った次の日に、梓が誘拐されたと菜々が知ったのは三日後だった。
その日は蛍や三池が通っている小学校の出校日で、梓しか家にいない時に連れ去られたようだ。
三池からの電話でその話を聞いた後、梓が無事だった事に安堵しつつ、菜々は殺せんせーに連絡した。
居酒屋の一件の口止め料として高い和菓子を要求するためだ。
菜々はすぐに飛んできた殺せんせーから和菓子を受け取り、今日もついて来なくていいとソラに伝え、キャスケットをかぶって家を出た。
「神崎さん、ごめんね。急に呼び出して」
「全然大丈夫。それよりここ、どうしたの?」
旧校舎のある山の一角にこじんまりとした茶室が建てられていた。冬休み前は無かったはずだ。
土足厳禁と書かれた看板が近くに立っているのを見て神崎は靴を脱ぐ。
今は冬だというのに、茶室の中に入るとかじかんでいた体がほぐれていくように感じた。
暖房でもつけているのだろうかと神崎は思いながら、菜々に勧められるまま彼女と向かい合う位置に腰を下ろす。
「殺せんせーが建てたんだよ。あ、今日は来ないように殺せんせーに言っといたから」
居酒屋で撮影した動画をちらつかせたのだ。
「ま、とりあえず買ってきてもらった和菓子でも食べながら話そっか」
しばらく取り留めのない話をしていたが、用意した温かいお茶が冷めてきた頃、菜々は本題に入った。
「本当にいいの? 茅野……あかりちゃんと渚君のこと」
この前、やっとあかりの面会許可が病院から下りたので都合がついた者で見舞いに行った。
後日、修学旅行でのメンバーで見舞いに行く事になっている。
「菜々ちゃん、気づいてたんだ」
「まあね」
沈黙が訪れる。
直球過ぎただろうか。菜々が次にどう言葉をかけるべきか思案し始めると、神崎が口を開いた。
「そこまでショックは受けてないよ。渚君の事はちょっと気になってる程度だったし。私は茅野さんを応援する」
「そっか」
菜々はお茶をすする。猫舌のせいで冷めるまで飲めなかったのだ。
やはり神崎はよく出来た人間だ。
美人でおしとやかで優しくて。良物件のはずなのに彼女は男運が無い。
よし、杉野君とくっつけよう。
身を引くことを決意して、精神的に弱っているであろうこのタイミングで優しくするように杉野に言っておこうと、菜々が巡らせていた下世話な考えは神崎の言葉に遮られた。
「私のことも下の名前で呼んでくれないかな? 私は菜々ちゃんのこと下の名前で呼んでるし」
誰とも親しくなり過ぎないように、あかりはずっと壁を張っていた。
その壁を無意識に感じ取っていたせいで、菜々は茅野を苗字呼びで呼んでいた。
急にあかりを下の名前で呼び始めたことを気にしたのだろうか。
そんな事を考えながら、菜々は和菓子に手を伸ばした。
*
冬休みが終わり、新学期が始まった。
放課後に渚に声をかけられ、皆が集まってから渚が提案したのは菜々の予想通りの事だった。
「殺せんせーの命を助ける方法を探したいんだ」
倉橋や片岡、原や杉野が渚に同意する中、中村が言い放った。
「こんな空気の中言うのもなんだけど、私は反対」
もしも殺せんせーを助ける方法が見つからないまま卒業を迎えてしまったら?
そう問われて渚は「考える事は無駄じゃない」と反論する。
「ねえ渚君。随分調子乗ってない?」
カルマの冷たい声が響いた。
このクラスで一番の実力者である渚が暗殺を抜ける。それは、モテる女がブスに向かって「たかが男探しに必死になるのやめようよー」と言うのと同じだ。
どんどんと口論がヒートアップしていき、渚とカルマが取っ組み合いの喧嘩を始めている中、渚君が女だったら可愛かったんだろうな、と菜々はどうでもいい事を考えていた。
「中学生の喧嘩、大いに結構!! でも暗殺で始まったクラスです。武器で決めてはどうでしょう?」
最高司令官のコスプレをした喧嘩の原因が仲裁案を出してきた。
二色に分けたペイント弾とインクを仕込んだ対先生ナイフ。チーム分けの旗と腕章を殺せんせーは用意していた。
全員がどちらかの武器を手に取り、助ける派の青チームと殺す派の赤チームがこの山で戦う。
相手チームを全滅か降伏、または敵陣の旗を奪ったチームの意見をクラス全員の総意とする。
殺せんせーの提案に全員が納得した。
「私はイトナ君が初めて教室に来て殺せんせーを倒しそうになった時、殺せんせーを殺すのは自分達がいいって思った。今もその気持ちは変わらない」
菜々は迷わず赤色のインクを手に取った。
全員がどうするかを決めて、作戦会議の時間が設けられた。
「カルマ君。私、やりたい事があるんだけどいいかな?」
「どうせダメって言ってもやるでしょ。加藤さんの場合」
カルマが呆れたかのように答えたのを聞いて、菜々は嬉しさのあまり今朝烏間から受け取った武器を握りしめた。
「ひなたちゃんと木村君、やられちゃったね」
戦闘開始からしばらく経った時、菜々が呟いた。
超体操着の新機能、フードの中に入っている内臓通信機によって味方がやられた事が分かったのだ。
「先走りやがった。描く通りに動かないね。人って奴は」
岩に腰掛けているカルマがため息混じりにこぼす。
「しゃあないねえ。この副官様が決めに行ってやりますか」
中村が寺坂達を盾にして敵の旗まで強行突破すると告げる。
赤チームの戦力は戦闘開始時の半分ほどであり、青チームに至っては戦力が半分を切っている。そろそろ互いの旗を奪う戦略を考えだす頃だ。
「莉桜ちゃんが旗を取りに行く時敵を混乱させるために、凛香ちゃんとイトナ君を倒そうとしている人達のところに行くよ」
そう告げると、菜々はソラに目配せをして肩に乗せてから近くの木に飛び乗った。
菜々が目的地に着くと、既に味方はやられていた。
到着するまでの間聞こえて来た銃声や辺り一面に飛び散っているペンキから考えると、激戦が行われていたのだろうと容易に想像がつく。
残っているのは前原だけのようだ。
偵察で突出した三村でも見つけられなかった渚を含めて、敵はあと二人。
見たところ前原は息があがっている。
ーー今のうちに倒す!!
ソラを木の枝の上に降ろすと、菜々は音を立てないように細心の注意を払いながら枝に手をかけた。
微量ではあるものの、殺気を出してしまうという弱点を殺せんせーに指摘されてから、克服のために努力を重ねてきた。
本職の殺し屋にコツを聞いたり、実践と評して烏頭と一緒に鬼灯にいたずらを仕掛けたり。
鬼灯が本気で怒るギリギリのラインを見分けるのが上手くなっただけで、殺気の量はそこまで変わっていない気がしないでもないが、今回は練習の成果を信じる事にした。
木の枝に腕だけでぶら下がった状態で三六〇度回転する。
それを何回も続けて勢いをつけると、体をひねりながら手を離した。
体が宙に放り出され、回転しながら落ちて行く。
その一瞬で、菜々は両側の腰からぶら下げていた箱型の鞘に入っていた物を取り出した。
今朝烏間から受け取った武器、超硬質ブレード型の対先生ナイフだ。
菜々は立体機動装置を使ってみたかった。
殺せんせーの存在が明らかになってから仕事が忙しくなったのか、烏頭と蓬が時間を取れなくなり、一緒に漫画に出てくる武器について研究する時間がめっきり減ってしまった。
そこで菜々は考えた。
暗殺に使う武器として、立体機動装置の開発を政府に要求すればいいんじゃないかと。
烏間に頼んでみたが、それは無理だとすぐに断られた。
それでも何度も粘り強く頼み込んで、なんとか要求書を上に通してもらった。
しかしすぐに断られたばかりか、「こいつの頭沸いてんじゃね?」と烏間の上司に言われた。
烏間は結果を伝える時その事に触れないでいてくれたが、菜々は浄玻璃鏡で見てしまった。
部下から「そこあど部長」と密かに呼ばれている男を、死後の裁判の時にいじり倒すことをその時決めた。
だが、菜々はめげなかった。
立体機動装置が無理なら、せめて超硬質ブレードは欲しいと考えたのだ。フリーランニングと組み合わせれば巨人討伐ゴッコが出来る。
超硬質ブレードが欲しい。この際金属で出来ていなくてもそれっぽく見えればいい。そして、自分の金は使いたくない。しばらく考えにふけったところ、その条件をクリアする案を思いついた。
対先生ナイフを大きくして、デザインを変えればいいじゃないか。
思いついてから、菜々はひたすら烏間に頼み込んだ。
米花町で培ってきた土下座を何度も披露していたら、ついに烏間が折れた。
なんとか上司を説得してもらい、やっと超硬質ブレード型の対先生ナイフが届いた。丁寧に色も塗ってあった。
回転しながら前原のうなじを狙う。
いきなり現れた菜々を見て矢田が大きく目を見開いた。
「やっぱりそうきたか」
刹那、菜々が目にしたのは得意そうに笑う前原の顔だった。
ベットリと青いペンキが付いている事から、菜々の攻撃を防いだことを物語っている銃で、彼はうなじをガードしていた。
「矢田の表情が変わったからな。寺坂達は人面岩で防衛に回っているからここには来ない。それに、カルマは指揮があるからここに来るのは加藤しかいない」
「私が後ろから攻撃を仕掛けてくるって分かった理由は理解した。でも、なんでピンポイントでうなじを狙ってくるって分かったの?」
「不破が言ってたんだ。加藤が烏間先生から超硬質ブレードを受け取ってるのを見たから絶対うなじを狙ってくるって」
不破の存在を考慮していなかった事を悔やみつつ、菜々は身構えた。
前原は腰にしまっているナイフで攻撃してくるだろう。
自分の武器の方が長いので有利だ。
前原が飛びかかってきたので最小限の動きで避ける。
公開ディープキスの刑にしようと躍起になっている、プロの殺し屋であるイリーナの攻撃を避けながら授業を受けていた菜々はかなりすばしっこい。
その上米花町で銃弾を避けたり、最近よく飛んでくる金棒を避けたりしているのですばしっこさに拍車がかかっていた。
何度かナイフを避けているうちに前原に隙が生まれたので、彼が左手に握っているナイフを叩き落とす。
すかさず足を蹴り、バランスを崩したところで大きく刀を振りかぶった。
地面に後ろから倒れていく前原の動きが、映像をスローモーションで見ているかのように見える。
大きく横に振りかぶった刀を前原に向かって振った瞬間、彼が菜々の視界から消えた。
「えっ?」
思わずすっとんきょうな声をあげる。
腹に赤色のペンキがつけられていた。
菜々は一見血のように見えるペンキを一目見た瞬間、自分の失敗に気がついた。
長い武器は懐に入られたらおしまいだ。
疲れを隠しきれていないものの嬉しそうに笑う前原を見て、菜々は息をついた。その顔はやけに清々しかった。
その後、前原はカルマにあっさりとやられ、そのカルマは渚に降参した。
茅野が触手持ちである事が発覚したのだ。
菜々はすぐに地獄へ報告に向かった。
国際会議へ向かった閻魔と鬼灯を抜いて日本地獄では緊急会議が開かれたが、明日に支障が出るといけないと言う名目上、菜々は早くに帰される事となった。
明日、茅野が失敗しても殺せそうだったらトドメを刺すようにと言われ、菜々は帰路に着く。
――明日また殺るよ、殺せんせー。
茅野の言葉が繰り返し思い出される。
それと同時にあぐりの不安そうな表情を思い出す。そういえば彼女も早くに帰されていた。
今地獄ではどんな話し合いが行われているのだろう。
茅野が触手を持ったまま死んだ時の対処法だろうか。
それとも殺せんせーが殺され、茅野が暴走した時の対処法か。
どっちにしても雪村あかりの実の姉であり、天国の住人であるあぐりに聴かせられる内容じゃない。
――原作通りに進まなくても私がなんとかする。
菜々は肩にかけていたスクールバッグの持ち手を握りしめた。
*
渚のキスで茅野が殺意を忘れた隙に、殺せんせーが彼女の触手を抜いた。
そのため、言い含めておいた亡者達にポルターガイストを起こしてもらい、その隙に鳩尾に一発かまして気絶させるという無茶苦茶な方法を実行しなくて済んだ事に菜々は安堵した。
一方殺せんせーは過去について問い詰められ、何があったのかを洗いざらい話した。
死神と呼ばれる暗殺者だった事。
弟子に裏切られて捕まり、人体実験をされた事。それによって触手を得た事。
夜の死神の監視役はあぐりだった事。
三日月が七割がた蒸発したのは触手細胞を植え付けられたネズミのせいで、三月十三日にも死神にも同じ事が起こるため、処分が決まった事。
あぐりにそのことを教えられ、脱走した事。
死神を止めようと抱きついたあぐりが致命傷を負ってしまった事。
彼女が死ぬ直前に、死神に残された一年で椚ヶ丘中学校三年E組の生徒達に教えてほしいと頼まれた事。
「先生の過去の話は以上です。なお不明な点や、疑わしい点がある人は指摘してください」
殺せんせーはそう言ったが、疑う者は誰もいなかった。
「もし仮に殺されるなら、他の誰でもない君達に殺してほしいものです」
殺せんせーが呟くのを聞いて、突如皆の頭に殺せんせーとの思い出が駆け巡った。
そして、全員が今まで目を背けてきた事に気がついた。
自分達はこの先生を殺さなくてはいけない。
*
「暇だ」
菜々はベッドに寝転んだ状態で呟いた。
今は冬休み。本来なら勉強の合間に暗殺したり皆で遊んだりする予定だったが、殺せんせーの過去を知ってしまい、皆が色々と考えている。
一方菜々はもともと殺せんせーの過去を知っていたので特に悩まなかった。
暇すぎて冬休みの課題を全て終わらせてしまったし、まだ茅野の見舞いの許可も降りていない。
その上、なぜか家にあった漫画がかなり減っている。無くなっているのはどれも父の漫画なので何も言えないのが痛いところだ。
地獄に行く事も考えたが、向こうもあまり来てほしくないだろう。
殺せんせーについてこちらに話していない事が色々とあるだろうし、この時期は亡者が増えるので忙しい。それもこれも餅のせいだ。
それを踏まえると亡者の回収をするべきなのだろうが、いい加減飽きた。
冬休みが始まってから一日に十五人くらい捕まえているような気がする。
「ソラ、今日も地獄に行ってていいよ」
そう言いながらキャスケットをかぶる。
ソラが菜々と一緒にいるのは、現世の中でもキャスケットがかぶれない場所だけだ。
最近、彼女は外出しているのでソラがつきっきりになっていなくても問題ない。
「分かった。事件に巻き込まれたら連絡してね」
そう言い残して、下手に追求する事もなくソラは出て行った。
「やっぱりあの、やけにたくさん出来た高層ビルが怪しいな」
菜々は今、現世で進められている最終暗殺計画について調べている。
――これから、今回のような事があると思います。自力でなんとかしてください。
最近出来たばかりの高層ビルの一つを見上げていると、死神と接触した後鬼灯に言われた言葉をふと思い出した。
自力で解決しろという事は、情報を与える事が出来ないので自分で調べろという事なのだろう。
迷惑がかからないように、調べる時はソラと別行動をするようにしている。
それにしても、と菜々はため息をついた。
これからどうするべきだろうか。
ビルが関係しているとなると、ビルに見せかけて何かしらの装置を作っている可能性が高い。
しかし、それが分かったところでどうしようもないのだ。
取り敢えず原作知識を思い出そうと頭をひねってみる。
殺せんせーは触手を植え付けられた二代目死神と戦い、なんとか勝ったものの倒れ込んだ。
その隙に皆で体を抑えて渚がとどめを刺した。
――おかしい。
二代目死神が来る前に殺せんせーが逃げればあんな事にならなかったのではないか。
何かを忘れているような気がするので、重要な事を忘れていると仮定してみた。
大規模な装置が作られている可能性が高い事。殺せんせーが逃げなかった事。この場合「逃げられなかった」の方が正しいかもしれない。
そこまで考えて菜々は閃いた。
今作られている装置は殺せんせーを閉じ込めるためのものだ。
しかし、それが分かったところでどうしようもない。
彼女の目的は殺せんせーを自分達で殺す事だし、これ以上情報を得ても仕方がない。
まあ、その時が来ればなんとかなるだろうと菜々は思考を放棄した。
彼女は楽観的だ。そうでなければ、いきなりトリップして普通に生活できるわけがない。
やる事が無くなったので阿笠の家に押しかけようかと考えていると携帯が鳴った。三池からだ。
『もしもし菜々!? 明日の夜空いてる?』
「いきなりどうしたの? 明日はゴロゴロした後ウダウダするつもりだから夜も忙しいと思うけど」
『暇なんだね。私の友達のお母さんが経営しているお店に変なお客さんがいるみたいで……。なんとかしてくれない?』
三池が言うには、転校先で出来た新しい友人の親の店に怪しい客が来るらしい。
警察は事件が起こるまで動いてくれないので、警察関係者に顔が利く菜々に頼もうと思ったようだ。
『冬休みの宿題で、好きな職業についてレポートを書かなくちゃいけないの。その子のお店でインタビューしたり仕事を手伝ったりするつもりだから、菜々が上手いこと紛れ込んで』
「いや、ちょっと待って。特に理由もないのにお邪魔するのは失礼だし、私が行くちゃんとした理由がないと怪しまれると思うけど」
『大丈夫。そこはちゃんと考えてあるよ』
三池に押し切られ、菜々は彼女の友達の家に行く事になった。
*
次の日。
菜々はソラに化かしてもらっている状態で「居酒屋あずさ」と書かれた小さな居酒屋の扉を叩いた。
「こんにちは、加藤菜々です。苗子ちゃんから聞いていると思いますが、今日から職業体験をさせてもらいます」
「あなたが菜々ちゃんね」
玄関先で挨拶をすると、優しそうな声が聞こえてきた。居酒屋の店主である梓だ。
「蛍ちゃんいますか? お店が営業するまで勉強を教えようと思うんですけど」
「ありがとう。蛍達は二階にいるから勝手に上がって。ごめんね、今手が離せなくて」
見てみると忙しそうに手を動かしている。開店前の下準備をしている最中のようだ。
「おじゃまします」
挨拶をして二階に続く階段に向かいながら菜々は三池が練った作戦を思い出していた。
菜々は将来居酒屋を開きたいという事にする。
冬休みの宿題のために三池はちょくちょく店におじゃましているので、その繋がりで三池が菜々にも手伝いに来させていいか尋ねる。
店主は目が見えないので手伝いが増えると大助かりだろう。
それでも罪悪感があるというなら、三池と同い年の店主の娘の蛍に勉強を教えればいい。
初めはタダ働きをしなければいけないので菜々は渋っていたが、三池に怪しい客とやらの特徴を聞いてそんな考えは吹き飛んだ。
彼女から聞いた客の特徴にはものすごく心当たりがあったのだ。
『これまでのあらすじ。
武闘会で優勝し、王子様と結婚する権利を与えられたシンデレラだったが、王子様が不細工すぎて思わず殴ってしまった。
そのせいで死刑を告げられたがシンデレラは逃走。
時効まであと十六年ーー』
「何これ……」
三池は先ほど菜々に渡されたプリントを見て呟いた。
あらすじの後には長い文章があり、その次に文章読解の問題がある。
「まだこのネタ引きずってたんだ……」
相棒である狐に言われたが菜々は無視した。
「何って問題だよ。始めに私が作った総まとめの問題を解いてもらって、苦手なところを把握しようかなって」
二階にある蛍の部屋では勉強会が開かれていた。
「結構力作だよ。一時間でこれ全部解いてね」
そう言いながら総合問題と大きく書かれたプリントの束を取り出すと、小学生達の顔が引きつった。
大問一は文章読解のようだ。
指名手配犯となったシンデレラが山奥に逃げ込み、修行を始めるまでに何があったのかが書かれており、その後に漢字の問題や心理描写の問題が続いている。
大問二は算数だった。
総合問題ってそういうことか、と納得しながらソラは蛍の問題用紙を覗き込んで読み進めて行く。
『問一、シンデレラは住んでいる山から一番近いスーパーに秒速20mで向かいました。シンデレラの家からスーパーまで5kmあります。シンデレラは10時50分に家を出ました。12時からの特売に間に合うでしょうか。また、何分前もしくは何分後に到着しますか(小数になった場合は四捨五入して整数で答えなさい)』
シンデレラの速さがおかしいし、これなら四分弱で着くんじゃないかと内心でツッコミを入れつつ、ソラは読み進める。
『問二、シンデレラは畑を耕しています。自給自足しないとやってられません。シンデレラは500haのうち5分の1を耕しました。しかし、シンデレラの動きが余りに速すぎて衝撃波が発生し、彼女がまだ耕していない畑の4分の1が吹き飛びました。さて、まだシンデレラが耕さなくてはいけないのは何㎡でしょうか。ただし、衝撃波で吹き飛んだ土地は修復不可能です』
暇の余りこんな変なもんを作ってしまったんだろうなとソラは苦笑した。
この後シンデレラが空を飛んだり、分身したり、身体能力を生かしてバイトでボロ儲けしたりしている。
お前指名手配犯だろ、と思わず突っ込みたくなる。
大門三は理科だった。
『問一、次の図は、シンデレラの血液の流れを表しています。ア~エのうち、最も養分が多い血液はどれでしょう(※ただし、シンデレラは普通の人間と同じ体の作りをしている事とする)』
ここまで読んでソラは突っ込むのをやめた。
滑車の問題でガンダムが出てきたり、振り子の問題で立体機動装置が出てきたりした後、大門四の社会に移る。
シンデレラがタイムスリップしたりしているのを見て、ソラは問題を覗き込むのをやめた。
テストが終わり、休憩を挟んでそれぞれの苦手分野の解説をしていると、開店時間になっていた。
急いで下に降りて梓から指示をもらう。
指示通り菜々が店の奥で力仕事をしていると、賑やかな声が聞こえてきた。客が来たようだ。
「本当か!? 国ですら探し出せないんだぞ」
「ああ、とうとう突き止めたんだ。誰一人知らなかった奴のアジトを」
「でかしたぞシーカー!! プロの殺し屋面目躍如だな!!」
予想が当たったようだと思いながら、菜々は酒瓶の入った段ボール箱を床に下ろす。
「梓さん、頼まれた追加のお酒持って来ましたよ」
段ボール箱から一本の酒瓶を取り出した時視線を感じた。
「あ、加藤菜々です。今日から苗子ちゃんの紹介で手伝いに来ています」
「ああ、苗子ちゃんか。あの子もいい子だよな」
殺し屋達の話を聞き、菜々は大体の状況を把握した。
彼女の予想通り、彼らは殺せんせーを狙っている殺し屋らしい。
目の見えない店主と小学生しかいないこの店は都合が良かったのだろう。
暗殺の話が漏れても芝居の稽古だと言って誤魔化しているようだ。
初めは利用するだけのつもりだったが、今では四人とも梓に惚れており、蛍の事も可愛がっていると菜々はすぐに見抜いた。
しかし、急に中学生が入ってきて彼らは緊張している。この様子だと三池に怪しまれていた事には気がついていないはずだ。
普通の小学生ならまず怪しまないだろう。米花町の小学生が異常すぎるのだ。
やっぱり呪われてる、米花町。
思考が逸れてきたのですぐに考えを中断し、菜々は殺し屋達にだけ聞こえるように囁いた。
「ターゲットはマッハ二十の超生物、ですよね?」
殺し屋達が身構える。一斉に放たれる殺気を感じたが、調子を変える事なく菜々は続けた。
「私は椚ヶ丘中学校三年E組の生徒。殺せんせーの教え子の一人です」
殺し屋達は一瞬固まったものの、その中の一人が口を開いた。
「そういえば学園祭で見たな。ほら、殺し屋っぽい奴と老人のような服装をした若い男の喧嘩の見物料を要求して来た」
他の者が分かっていないようだったのでマリオが付け加えると、三人も思い出したようだ。
「それより、殺せんせーのアジトを突き止めたって本当ですか?」
客は殺し屋達だけであり、彼らは先程注文した酒を飲んでいる。つまり、今は特に仕事が無い。
そのため、菜々はここぞとばかりに殺し屋達だけに聞こえる小さな声で尋ねた。
ゴミ屋敷に住んでいる、競馬の賭け方がみみっちい、世界中からエロ本を集めているなどの殺せんせーの私生活に迫っていると本人がやって来た。
「よっ!! ダンナ方お揃いで!!」
スーツを着て七三分けのカツラをかぶって変装をしているが、不自然に関節が曲がっている。どう見ても怪しい。
殺し屋達の事が無かったとしても三池が怪しむのは当たり前だった。
「テメーはこの店来んなっつただろっ!」
「おやおや、そちらが他所で飲めばいいのに」
「どこにいても殺気をたどってからかいに来るだろーよ!」
殺し屋達が一斉に攻撃を仕掛けるがいとも簡単に避けられる。
「何飲みます、タコさん?」
「んーとねー、取り敢えずカシオレ」
「「「女子か!!」」」
このような会話はいつものことらしい。その証拠に注文を受けた蛍は可笑しそうに笑っている。
頼んだカシオレを待っていた殺せんせーはやっと菜々に気がついた。
「にゅやっ、菜々さんなぜここに?」
「めちゃくちゃ聞き覚えのある特徴の不審人物が、このお店に来るって苗子ちゃんに聞いたんですよ」
どうせならもっと上手く変装しろ、と目で訴える。
「それと、冬休みの宿題ですけど、私の心はもう決まっています。ぶっちゃけやる事がなくて暇なんであと数日このお店には手伝いに来るつもりです」
もともと、怪しい客の正体を突き止めるために、数日店に居座った方がいいと三池に言われていた。
その旨を梓に伝えてしまった以上、約束は守らなくてはならない。
暇だと告げると殺せんせーは声を弾ませて遊びに誘って来た。
せっかくの冬休みなのに教え子達と遊びに行けないのが寂しかったらしい。
「旅行費……先生が出すなら行きます」
思わず殺せんせーと呼びそうになったが、さっきから三池に見られているので言葉を飲み込む。
「知り合い?」
「教師と生徒」
教師って話本当だったんだ、と三池が思わず口走っていると蛍がカシオレを持ってきた。
一口飲んだだけで殺せんせーはベロンベロンに酔っ払う。
隙だらけだったので、暗殺者達と一緒に菜々もナイフを振ったが一度も当てられなかった。
「生徒達と遊びたい……。できれば大人数で」
酒が入ったせいでいきなり泣き出した殺せんせー。
ここに生徒の一人がいるのにこんなに隙だらけでいいのかと、菜々は注文されたツマミを作りながら思っていた。
「そっか、タコさん本業先生だもんね。冬休み中は会えないのか」
その頃菜々は、殺せんせーの様子を撮影するためにスマホを立て掛けていた。
「私に似てるって生徒にも会いたい?」
「ええ、彼も含めて皆に会いたい……」
「彼!? 彼女じゃ無いの!?」
男に似ていると言われていた事にショックを受けている蛍。
「大丈夫だよ。私の同級生が女っぽいだけだから」
「彼女……彼女か。合コンやりたい」
「一応ここに生徒がいますよ」
菜々は忠告したが、殺せんせーは特に気にしている様子がない。
「菜々さんは利害が一致すれば何もしてこないじゃないですか」
「よく分かってますね。要求は後で伝えます」
「なんかこう……女性にモテたいんです」
なんの脈もなく自分の欲望を語り出した殺せんせーは、このメンバーで合コンしたいと言い始めたが、お前と女漁りなんて考えたくもないと拒絶される。
「じゃ、ここでやったら? 合コンごっこ」
梓の提案で、皆で合コンごっこをする事になった。
たけのこニョッキ、リズム四〇〇ゲームなどのよく合コンで行われるのであろうゲームを行なったが、殺せんせーがぶっちぎりで一番だった。
菜々はちゃっかりと二位を取っていた。
*
初めて居酒屋あずさに手伝いに行った次の日に、梓が誘拐されたと菜々が知ったのは三日後だった。
その日は蛍や三池が通っている小学校の出校日で、梓しか家にいない時に連れ去られたようだ。
三池からの電話でその話を聞いた後、梓が無事だった事に安堵しつつ、菜々は殺せんせーに連絡した。
居酒屋の一件の口止め料として高い和菓子を要求するためだ。
菜々はすぐに飛んできた殺せんせーから和菓子を受け取り、今日もついて来なくていいとソラに伝え、キャスケットをかぶって家を出た。
「神崎さん、ごめんね。急に呼び出して」
「全然大丈夫。それよりここ、どうしたの?」
旧校舎のある山の一角にこじんまりとした茶室が建てられていた。冬休み前は無かったはずだ。
土足厳禁と書かれた看板が近くに立っているのを見て神崎は靴を脱ぐ。
今は冬だというのに、茶室の中に入るとかじかんでいた体がほぐれていくように感じた。
暖房でもつけているのだろうかと神崎は思いながら、菜々に勧められるまま彼女と向かい合う位置に腰を下ろす。
「殺せんせーが建てたんだよ。あ、今日は来ないように殺せんせーに言っといたから」
居酒屋で撮影した動画をちらつかせたのだ。
「ま、とりあえず買ってきてもらった和菓子でも食べながら話そっか」
しばらく取り留めのない話をしていたが、用意した温かいお茶が冷めてきた頃、菜々は本題に入った。
「本当にいいの? 茅野……あかりちゃんと渚君のこと」
この前、やっとあかりの面会許可が病院から下りたので都合がついた者で見舞いに行った。
後日、修学旅行でのメンバーで見舞いに行く事になっている。
「菜々ちゃん、気づいてたんだ」
「まあね」
沈黙が訪れる。
直球過ぎただろうか。菜々が次にどう言葉をかけるべきか思案し始めると、神崎が口を開いた。
「そこまでショックは受けてないよ。渚君の事はちょっと気になってる程度だったし。私は茅野さんを応援する」
「そっか」
菜々はお茶をすする。猫舌のせいで冷めるまで飲めなかったのだ。
やはり神崎はよく出来た人間だ。
美人でおしとやかで優しくて。良物件のはずなのに彼女は男運が無い。
よし、杉野君とくっつけよう。
身を引くことを決意して、精神的に弱っているであろうこのタイミングで優しくするように杉野に言っておこうと、菜々が巡らせていた下世話な考えは神崎の言葉に遮られた。
「私のことも下の名前で呼んでくれないかな? 私は菜々ちゃんのこと下の名前で呼んでるし」
誰とも親しくなり過ぎないように、あかりはずっと壁を張っていた。
その壁を無意識に感じ取っていたせいで、菜々は茅野を苗字呼びで呼んでいた。
急にあかりを下の名前で呼び始めたことを気にしたのだろうか。
そんな事を考えながら、菜々は和菓子に手を伸ばした。
*
冬休みが終わり、新学期が始まった。
放課後に渚に声をかけられ、皆が集まってから渚が提案したのは菜々の予想通りの事だった。
「殺せんせーの命を助ける方法を探したいんだ」
倉橋や片岡、原や杉野が渚に同意する中、中村が言い放った。
「こんな空気の中言うのもなんだけど、私は反対」
もしも殺せんせーを助ける方法が見つからないまま卒業を迎えてしまったら?
そう問われて渚は「考える事は無駄じゃない」と反論する。
「ねえ渚君。随分調子乗ってない?」
カルマの冷たい声が響いた。
このクラスで一番の実力者である渚が暗殺を抜ける。それは、モテる女がブスに向かって「たかが男探しに必死になるのやめようよー」と言うのと同じだ。
どんどんと口論がヒートアップしていき、渚とカルマが取っ組み合いの喧嘩を始めている中、渚君が女だったら可愛かったんだろうな、と菜々はどうでもいい事を考えていた。
「中学生の喧嘩、大いに結構!! でも暗殺で始まったクラスです。武器で決めてはどうでしょう?」
最高司令官のコスプレをした喧嘩の原因が仲裁案を出してきた。
二色に分けたペイント弾とインクを仕込んだ対先生ナイフ。チーム分けの旗と腕章を殺せんせーは用意していた。
全員がどちらかの武器を手に取り、助ける派の青チームと殺す派の赤チームがこの山で戦う。
相手チームを全滅か降伏、または敵陣の旗を奪ったチームの意見をクラス全員の総意とする。
殺せんせーの提案に全員が納得した。
「私はイトナ君が初めて教室に来て殺せんせーを倒しそうになった時、殺せんせーを殺すのは自分達がいいって思った。今もその気持ちは変わらない」
菜々は迷わず赤色のインクを手に取った。
全員がどうするかを決めて、作戦会議の時間が設けられた。
「カルマ君。私、やりたい事があるんだけどいいかな?」
「どうせダメって言ってもやるでしょ。加藤さんの場合」
カルマが呆れたかのように答えたのを聞いて、菜々は嬉しさのあまり今朝烏間から受け取った武器を握りしめた。
「ひなたちゃんと木村君、やられちゃったね」
戦闘開始からしばらく経った時、菜々が呟いた。
超体操着の新機能、フードの中に入っている内臓通信機によって味方がやられた事が分かったのだ。
「先走りやがった。描く通りに動かないね。人って奴は」
岩に腰掛けているカルマがため息混じりにこぼす。
「しゃあないねえ。この副官様が決めに行ってやりますか」
中村が寺坂達を盾にして敵の旗まで強行突破すると告げる。
赤チームの戦力は戦闘開始時の半分ほどであり、青チームに至っては戦力が半分を切っている。そろそろ互いの旗を奪う戦略を考えだす頃だ。
「莉桜ちゃんが旗を取りに行く時敵を混乱させるために、凛香ちゃんとイトナ君を倒そうとしている人達のところに行くよ」
そう告げると、菜々はソラに目配せをして肩に乗せてから近くの木に飛び乗った。
菜々が目的地に着くと、既に味方はやられていた。
到着するまでの間聞こえて来た銃声や辺り一面に飛び散っているペンキから考えると、激戦が行われていたのだろうと容易に想像がつく。
残っているのは前原だけのようだ。
偵察で突出した三村でも見つけられなかった渚を含めて、敵はあと二人。
見たところ前原は息があがっている。
ーー今のうちに倒す!!
ソラを木の枝の上に降ろすと、菜々は音を立てないように細心の注意を払いながら枝に手をかけた。
微量ではあるものの、殺気を出してしまうという弱点を殺せんせーに指摘されてから、克服のために努力を重ねてきた。
本職の殺し屋にコツを聞いたり、実践と評して烏頭と一緒に鬼灯にいたずらを仕掛けたり。
鬼灯が本気で怒るギリギリのラインを見分けるのが上手くなっただけで、殺気の量はそこまで変わっていない気がしないでもないが、今回は練習の成果を信じる事にした。
木の枝に腕だけでぶら下がった状態で三六〇度回転する。
それを何回も続けて勢いをつけると、体をひねりながら手を離した。
体が宙に放り出され、回転しながら落ちて行く。
その一瞬で、菜々は両側の腰からぶら下げていた箱型の鞘に入っていた物を取り出した。
今朝烏間から受け取った武器、超硬質ブレード型の対先生ナイフだ。
菜々は立体機動装置を使ってみたかった。
殺せんせーの存在が明らかになってから仕事が忙しくなったのか、烏頭と蓬が時間を取れなくなり、一緒に漫画に出てくる武器について研究する時間がめっきり減ってしまった。
そこで菜々は考えた。
暗殺に使う武器として、立体機動装置の開発を政府に要求すればいいんじゃないかと。
烏間に頼んでみたが、それは無理だとすぐに断られた。
それでも何度も粘り強く頼み込んで、なんとか要求書を上に通してもらった。
しかしすぐに断られたばかりか、「こいつの頭沸いてんじゃね?」と烏間の上司に言われた。
烏間は結果を伝える時その事に触れないでいてくれたが、菜々は浄玻璃鏡で見てしまった。
部下から「そこあど部長」と密かに呼ばれている男を、死後の裁判の時にいじり倒すことをその時決めた。
だが、菜々はめげなかった。
立体機動装置が無理なら、せめて超硬質ブレードは欲しいと考えたのだ。フリーランニングと組み合わせれば巨人討伐ゴッコが出来る。
超硬質ブレードが欲しい。この際金属で出来ていなくてもそれっぽく見えればいい。そして、自分の金は使いたくない。しばらく考えにふけったところ、その条件をクリアする案を思いついた。
対先生ナイフを大きくして、デザインを変えればいいじゃないか。
思いついてから、菜々はひたすら烏間に頼み込んだ。
米花町で培ってきた土下座を何度も披露していたら、ついに烏間が折れた。
なんとか上司を説得してもらい、やっと超硬質ブレード型の対先生ナイフが届いた。丁寧に色も塗ってあった。
回転しながら前原のうなじを狙う。
いきなり現れた菜々を見て矢田が大きく目を見開いた。
「やっぱりそうきたか」
刹那、菜々が目にしたのは得意そうに笑う前原の顔だった。
ベットリと青いペンキが付いている事から、菜々の攻撃を防いだことを物語っている銃で、彼はうなじをガードしていた。
「矢田の表情が変わったからな。寺坂達は人面岩で防衛に回っているからここには来ない。それに、カルマは指揮があるからここに来るのは加藤しかいない」
「私が後ろから攻撃を仕掛けてくるって分かった理由は理解した。でも、なんでピンポイントでうなじを狙ってくるって分かったの?」
「不破が言ってたんだ。加藤が烏間先生から超硬質ブレードを受け取ってるのを見たから絶対うなじを狙ってくるって」
不破の存在を考慮していなかった事を悔やみつつ、菜々は身構えた。
前原は腰にしまっているナイフで攻撃してくるだろう。
自分の武器の方が長いので有利だ。
前原が飛びかかってきたので最小限の動きで避ける。
公開ディープキスの刑にしようと躍起になっている、プロの殺し屋であるイリーナの攻撃を避けながら授業を受けていた菜々はかなりすばしっこい。
その上米花町で銃弾を避けたり、最近よく飛んでくる金棒を避けたりしているのですばしっこさに拍車がかかっていた。
何度かナイフを避けているうちに前原に隙が生まれたので、彼が左手に握っているナイフを叩き落とす。
すかさず足を蹴り、バランスを崩したところで大きく刀を振りかぶった。
地面に後ろから倒れていく前原の動きが、映像をスローモーションで見ているかのように見える。
大きく横に振りかぶった刀を前原に向かって振った瞬間、彼が菜々の視界から消えた。
「えっ?」
思わずすっとんきょうな声をあげる。
腹に赤色のペンキがつけられていた。
菜々は一見血のように見えるペンキを一目見た瞬間、自分の失敗に気がついた。
長い武器は懐に入られたらおしまいだ。
疲れを隠しきれていないものの嬉しそうに笑う前原を見て、菜々は息をついた。その顔はやけに清々しかった。
その後、前原はカルマにあっさりとやられ、そのカルマは渚に降参した。