トリップ先のあれやこれ
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治療薬をチラつかせ、鷹岡は屋上に来るように要求した。
「気でも違ったのか、鷹岡。防衛省から盗んだ金で殺し屋を雇い、生徒達をウィルスで脅すこの凶行!!」
烏間がそう叫ぶが、鷹岡は少年のように笑う。その顔からは狂気がにじみ出ていた。
「おいおい、俺は至極まともだぜ! これは地球が救える方法なんだ。大人しく三人にその賞金首を持ってこさせりゃ、俺の暗殺計画はスムーズに仕上がったのにな」
鷹岡は本来の計画を嬉々として語り始める。
対先生弾がたっぷり入った部屋のバスタブに、殺せんせーと一緒に茅野を入る。
そして、その上からセメントで生き埋めにする。殺せんせーが対先生弾に触れずに元の姿に戻るには、生徒ごと爆破しなければならない。
しかし、殺せんせーにはそんな事が出来ず、大人しく溶ける。
その計画を聞き、全員が彼に憎悪の眼差しを向けた。
「許されると思いますか? そんな真似が」
顔に青筋を立てて殺せんせーが尋ねる。
「これでも人道的な方さ。お前らが俺にした、非人道的な仕打ちに比べりゃな」
そう言って、鷹岡は語り始める。
中学生に勝負で負けて任務に失敗した話が広まり、ゴミを見るかのような目で見られた事。
渚に突きつけられたナイフが頭の中をチラついて、夜も眠れなくなった事。
「落とした評価は結果で返す。受けた屈辱はそれ以上の屈辱で返す。特に潮田渚と加藤菜々。お前らは絶対に許さん」
完璧な逆恨みだ。
カルマや寺坂が挑発し、他の生徒も鷹岡を睨みつけるが、鷹岡は考えを改めない。
「ジャリどもの意見なんて聞いてねえ!! 俺の指先でジャリが半分減るって事を忘れんな!!」
そう叫んだ鷹岡は、親指を起爆リモコンのスイッチの上に移動させる。
渚と菜々だけでヘリポートに登って来るように要求し、自分は先に登っていった。
クラスメイトに止められるが、渚と菜々は行く事を決意する。
「あれだけ興奮してたら何するか分からない。話を合わせて冷静にさせて、治療薬を壊さないよう、渡してもらうよ」
渚はそう言い、階段を登っていった。菜々も後に続く。
それは無理だろうと思いながら。
二人がヘリポートに登ると、鷹岡は屋上とヘリポートを繋いでいた階段を落とした。
「これでもう、だーれも登ってこれねえ。お前はこれをつけて後ろに下がってろ」
そう言って鷹岡が投げたものを菜々はキャッチした。
彼女の手の中で銀色に輝くものは、よく彼女が目にしているものだった。
手錠を週に一度見ているほど事件に巻き込まれている自分は呪われているのではないかと思いつつ、菜々は後ろに下がって自分の手に手錠をつける。
相手の様子を見て、渚が理性を失わない限り、彼に任せて自分はじっとしておいた方がいいと判断したのだ。
指示に従った菜々を一瞥し、鷹岡は渚に向き直る。
「足元のナイフで俺がやりたい事は分かるな? この前のリターンマッチだ」
「待ってください、鷹岡先生。戦いに来たわけじゃないんです」
渚の言葉を聞いて、鷹岡は邪悪な笑みを浮かべる。
もうだまし討ちは通じないので、渚が負けるのは目に見えている。
そう言った後、鷹岡は要求をした。
「だがな、一瞬で終わっちゃ俺としても気が晴れない。だから戦う前にやる事やってもらわなくちゃな」
そう言うと、彼は地面を指差す。
「謝罪しろ。土下座だ。実力がないから卑怯な手で奇襲した。それについて誠心誠意な」
起爆リモコンをチラつかされ、渚は地面に膝をつく。
「お前もだ」
鷹岡に言われ、菜々も指示に従う。手錠をつけているせいで動きづらい。
「僕は……」
地面に座って渚が謝罪の言葉を述べようとすると、鷹岡が怒鳴り散らす。
「それが土下座かァ!? 馬鹿ガキが!! 頭擦り付けて謝るんだよォ!!」
心の中で悪態をつきながら菜々は渚と一緒に頭を下げた。
小学一年生の頃から頭を下げ続けていた菜々の土下座は神がかっていた。
ちなみに、自分の土下座力は五十三万だと菜々は自負している。
一瞬菜々の土下座に見ほれていた鷹岡だったが、すぐに気を取り戻し、話し始める。
特技の一つが土下座ってどうなんだろ……、と菜々が微妙な気持ちになっていると、渚が鷹岡に頭を踏まれていた。
「ガキの分際で大人に向かって、生徒が教師に向かってだぞ!!」
どうやら、出て行って欲しいと頼んだ事を根に持っているらしい。
「だいたいお前も俺のプライドを踏みにじりやがった!! コイツを片付けたらたっぷりお礼をしてやる」
その後、菜々にも怒鳴り散らす鷹岡。
「ガキの分際で、先生に失礼な事をしてしまい、申し訳ありませんでした。あの時の私はどうかしていました。今ならあの行動の愚かさが分かります」
頭を地面に擦り付け、つらつらと謝罪の言葉を菜々は並べた。
下手な真似はしない方がいい。
菜々の目的は渚に鷹岡を倒してもらい、自分達が無傷で戻る事だ。
逆上した鷹岡に、猫だましを使う条件が揃う前に渚を倒されてしまっては困る。
「ガキのくせに、生徒のくせに、先生に生意気な口を叩いてしまい、すみませんでした。本当にごめんなさい」
渚が続けて謝罪したのを聞いて、鷹岡はニンマリと笑った。
「よーし、やっと本心を言ってくれたな。父ちゃんは嬉しいぞ。褒美にいい事を教えてやろう」
そう言って、鷹岡は踵を返す。
「あのウィルスで死んだ奴がどうなるのかスモッグの奴に画像を見せてもらったんだが……」
そう言いながら治療薬が入っているスーツケースを持ち上げる男を見て、菜々はこれから何が起こるのかを理解した。
「笑えるぜ。全身デキモノだらけ。顔面がブドウみたいに腫れ上がってな。見たいだろ?」
その言葉で、渚は何が起こるのか理解したようだ。
血の気が失せた事を自分で感じつつ、渚は立ち上がる。
目の前の男の動きを止めなくてはならない。
この世のものとは思えない笑みを顔に貼り付けて鷹岡はスーツケースを放り投げる。
「やッ、やめろーッ!!」
烏間の叫び声が鼓膜を揺らすのを感じながら、渚は自分を急かす。
早く彼を止めなくてはならない。
――じゃないと皆は、寺坂君は……。
誰かが時間の流れを変えたのではないかと思った。スローモーションで、映画の一コマ一コマを見ているように、スーツケースが重力に引っ張られているのが見える。
やがて、小さな音が聞こえた。何かを押す音が、確かに目の前の人の形をした化け物の所から。
その刹那、大きな爆発音が響き渡る。
大笑いしている鷹岡以外の、全ての人の顔が引きつった。
信じられなかった。一時間前まで元気だった皆がもう助からないかもしれない。
渚は体の震えを抑えようとしながら、呆然と目の前の化け物を見る。
彼はなんでこんな事が出来るのだろう。
「そう!! その顔が見たかった!!」
高笑いしている鷹岡の顔は人間のものではなかった。
ゆっくりと、渚は振り返り、寺坂を見る。彼はもう助からないかもしれない。
「夏休みの観察日記にしたらどうだ? お友達の顔面がブドウみたいに化けてく様をよ」
そう言って笑い続ける目の前の相手に抱いた感情に渚は身を任せた。
地面に手をつく。これからやろうとしている事のせいか、心臓が大きく脈打った。
――一週間もあれば全身の細胞がグズグズになって死に至る。
――笑えるぜ。全身デキモノだらけ。顔面がブドウみたいに腫れ上がってな。
彼が言った言葉が脳裏を駆け巡る。
「安心しな。お前にはウィルスを盛っていない。なにせお前は今から……」
何かを言いかけた鷹岡だったが、渚を見てニンマリと笑った。
「殺……してやる……」
渚は地面に落ちていたナイフを握っていた。
この前自分を奈落の底に落とした張本人の目に宿ったものを確認して、鷹岡は舌なめずりをする。
「ククク、そうだ。そうこなくちゃ」
気持ちは分かると菜々は思った。
自分は皆の命に関わらないと知っているからこそ理性を保てているが、その事を知らなかったら渚と同じように怒りに身を任せていただろう。
「殺してやる……。よくも皆を」
殺気を放っている渚を、鷹岡はさらに挑発する。
「その意気だ!! 殺しに来なさい、渚君!!」
下で見守っている皆がざわめいている。
誰だって殺したいが、それは犯罪だ。
第一、彼を殺したところでなんのメリットもない。
渚が鷹岡に飛びかかろうとした時、鈍い音が聞こえた。
渚は後頭部に当たったものを確認する。寺坂のスタンガンだった。
「チョーシこいてるんじゃねーぞ、渚ァ!!」
スタンガンの持ち主が叫ぶ。
「薬が爆破された時よ、テメー俺を哀れむような目で見ただろ。いっちょ前に人の心配してんじゃねーぞ、このもやし野郎!! ウィルスなんざ寝てりゃ余裕で治せんだよ!!」
寺坂の言葉を聞いて、全員が彼の様子に気がついたようだ。
寺坂を心配する気持ちが現れると同時に、皆彼が言いたい事を理解できた。
鷹岡を殺して損をするのは渚自身だ。
寺坂の言葉に、殺せんせーも賛成する。
鷹岡を殺してもなんの価値もないし、逆上しても不利になるだけ。
そもそも彼に毒薬の知識なんかないのだから、スモッグに聞いた方がいい。こんな男は気絶で充分。
「その男の命と先生の命。その男の言葉と寺坂君の言葉。それぞれどちらに価値があるのか考えるんです」
そう言われて、渚はどう動くのかを決めた。
菜々は渚の瞳を見て、彼に全て任せれば大丈夫だと判断した。
菜々には暗殺の才能が無いので、彼女が鷹岡を倒すという選択肢は無い。
猫だましは使えるようになったものの、相手を油断させるように動く事が出来ないため、彼女が暗殺で鷹岡を倒す事が出来る確率はかなり低い。
つまり、鷹岡を倒すには戦闘で勝つしかないという事になる。
しかし戦闘で勝ったら、烏間あたりに怪しまれる。
いくら事件に巻き込まれすぎて、何度も死地をくぐり抜けて来たからと言っても、戦闘で中学生が精鋭軍人に勝つなんて怪しすぎるからだ。
それに、原作知識なんてほとんどないため予想だが、この経験を渚がしておかないと後々大変な事になるだろう。
ドラゴンボールで言うと、フリーザと戦わなかったせいで悟空が超サイヤ人になれないまま人造人間達と戦うようなものだと菜々は勝手に思っている。
だったら渚に任せておこうと、菜々は彼が危機に陥らない限り傍観する事に決めた。
「寺坂!!」
考えをまとめていると吉田の叫び声が聞こえた。菜々が振り返ると、寺坂が倒れ込んでいた。
肩で息をし、意識が朦朧としている状態で寺坂が呟く。
「……やれ、渚。死なねぇ範囲でブッ殺せッ」
その言葉を聞いた少年の心臓が大きな音をたてる。
渚は寺坂を見た後、スタンガンを拾った。
しかし、スタンガンはベルトに挟む。
邪魔になるので上着を脱ぎ捨てると、鷹岡が話しかけて来た。
「ナイフ使う気満々だな。安心したぜ。スタンガンはお友達に義理立てして拾ってやったというとこか」
菜々は見当違いな事を言っている鷹岡の方に、目線を戻した。
彼は治療薬の予備をチラつかせた。三本だけだし、作るのに一ヶ月はかかるそうだが最後の希望だ。
渚が本気で殺しに来なかったり、他の生徒が下手に動いたら残りの薬を破壊する。
そう言われて銃を構えていた千葉や、ロープを握って柵に足をかけていた岡野の動きが止まった。
誰が見ても渚が不利だ。
殺し屋は戦闘をしない。
そのため、戦闘になる前に致命傷を与える訓練をE組で行って来た。
まともに戦闘が出来るのはカルマや菜々などの一部の生徒だけだ。
渚が暗殺に持ち込もうとしても、鷹岡にやられる。
皆の予想通り、渚が一方的にやられていた。
鳩尾に強力な蹴りを入れられ、渚が呻く。
うずくまり、腹部を手で押さえていると、鷹岡に話しかけられる。
「おらどうした? 殺すんじゃなかったのか?」
そう言って近づいてくる鷹岡に向かって、全力でナイフを振っても捌かれ、顔面を殴られる。
前回とは違い、鷹岡は最初から戦闘モードだ。どんな奇襲も通じない。
体格、技術、経験。どれを取っても渚が劣っている。
そのため、渚の攻撃は通じず、彼は何度も殴られる。その度に鈍い音が聞こえ、菜々は何度も手を出しかかった。
鷹岡がナイフを取れば渚が勝利すると頭では分かっているが、不安はぬぐいきれない。
もしも渚が動けなくなってから鷹岡が武器を取ったら?
そんな考えで頭の中が埋め尽くされる。
一応あの世の住民なので現世の出来事に必要以上関わってはいけない事など、彼女の頭の中から吹き飛んでいた。
「へばるなよ。今までのは序の口だ。さぁて、そろそろ俺もこれを使うか」
そう言って、鷹岡はナイフを拾い上げた。
これで条件は揃った。菜々は渚が勝つ事を確信し、いつのまにか手を握りしめていた事に気がついた。
握っていた手を開いてみると、爪の跡がくっきり残っていた。
「手足切り落として標本にしてやる。ずっと手元に置いて愛でてやるよ」
米花町には似たような事を言っている輩は何人かいるので菜々は慣れていたが、他の者は鷹岡の言葉に嫌悪感をむき出しにする。
一方、相手を見据えながら渚はロヴロの教えを脳内で反芻していた。
――一つ、武器を二本持っている事!!
――二つ、敵が手練れである事!!
――そして三つ、敵が殺される恐怖を知っている事!!
良かった、全部揃ってる。
渚はそう思って微笑む。
菜々は彼の後ろに死神を見たような気がした。死神と言ってもお迎え課の鬼ではなく、現世でメジャーなローブを着た骸骨の方の死神だ。
鷹岡先生、実験台になってください。
そう心の中で話しかけ、渚は歩き出した。
微笑みながら歩いてくる渚を見て、鷹岡は身構える。
前回の失敗を踏まえて、相手の一挙一動をよく見る。
渚はナイフの間合いのわずか外まで鷹岡に近づき、ナイフを置くように捨てる。
鷹岡は重力に引っ張られていくナイフを、思わず目で追ってしまう。
時間を空けず、渚は両手を目の前に突き出し、手のひらを叩いた。
パァンと言う音が夜空に響き渡るのと同時に、鷹岡の頭が真っ白になる。
その隙に、渚はスタンガンを敵に当て、電気を流した。
糸が切れた操り人形のように、鷹岡は座り込んだ。
「とどめ刺せ、渚。首あたりにたっぷり流しゃ気絶する」
寺坂の言葉を聞いて渚は鷹岡の顎にスタンガンをつける。
荒い息を整えながら、これからするべき事を考える。
彼から様々な事を教わった。
抱いちゃいけない殺意、その殺意から引き戻してくれる友達の大切さ。
殴られる痛みを、実践の恐怖を目の前の男からたくさん教わった。
彼がやって来たこととは別に、感謝はちゃんと伝えなくてはならないと思った。
感謝をするなら、そういう顔をするべきだと思った。
「鷹岡先生、ありがとうございました」
渚が微笑んでそう言うと、鷹岡は顔を引きつらせた。
抵抗する気力も力もなく、すぐに電流を流され、彼は意識を刈り取られる。
あれを素でやっているから怖い、と菜々は思った。
「「よっしゃああ、元凶撃破!!」」
そんな歓声が下から聞こえてくる。
梯子をかけてもらい、渚と菜々は屋上に降りた。
素手でも破壊できるが、ドン引きされるのは目に見えているので、菜々は鷹岡が持っていた鍵で手錠を外した。
「よくやってくれました、渚君」
殺せんせーは渚を褒めた。
しかし、鷹岡を倒す際に残りの薬が入っていた瓶が割れてしまっていた。
「とにかくここを脱出する。ヘリを呼んだから君らはここで待機だ。俺が毒使いの男を連れてくる」
携帯を取り出して烏間が言うと、後ろから声が聞こえてきた。
「フン、てめーらに薬なんぞ必要ねえ。ガキども、このまま生きて帰れると思ったかい?」
声の主であるガストロは銃を舐めている。
他に、スモッグとグリップもいる事を確認し、全員が構えた。
銃やスタンガン、ナイフを構えるのは分かるが、カルマがチューブ型の練りわさびとからしを握っている理由が菜々には分からなかった。いや、なんとなく予想はつくが分かりたくない。
すぐに殺し屋達の方に目線を戻し、菜々はついさっき自分の腕についていた手錠をポケットにしまい、ボールペン型のスタンガンを握りしめる。
敵ではないと頭では分かっているが、癖で構えてしまったのだ。
「お前らの雇い主は既に倒した。戦う理由はもう無いはずだ。俺は充分回復したし、生徒達も充分強い。これ以上互いに被害が出る事はやめにしないか?」
「ん、いーよ」
烏間の提案に、ガストロがあっさりと賛同した事に全員が面食らった。
ボスの敵討ちは契約に含まれていないと説明される。
「それに言ったろ? そもそもお前らに薬なんざ必要ねーって」
全員が頭の上にはてなマークを浮かべているのを見て、スモッグが詳しく説明する。
E組の生徒に盛ったのは鷹岡に指示された毒薬でなく、食中毒菌を改良したものらしい。
後三時間は猛威を振るうが、その後急速に活性を失って無毒となる。
それに、鷹岡が設定した交渉時間は一時間。殺すウィルスでなくても取引できると事前に三人で話し合ったようだ。
「でもそれって、鷹岡の命令に逆らってたって事だよね? 金もらってるのにそんな事していいの?」
岡野が質問するが、ガストロに一蹴される。
「アホか。プロが何でも金で動くと思ったら大間違いだ」
もちろん依頼者の意に沿うように最善は尽くす。
しかし、鷹岡には薬を渡す気はさらさら無かった。
中学生を大量に殺した実行犯になるか、命令違反がバレる事でプロとしての評価を落とすか、どちらの方がリスクが高いか三人で話し合ったらしい。
「ま、そんなわけでお前らは残念ながら誰も死なない。その栄養剤、患者に飲ませて寝かしてやりな。『倒れる前よりも元気になった』って手紙が届くほどだ」
そう言って、スモッグは錠剤を放り投げる。
生徒達の回復を確認しない事には信用できないため、しばらく拘束すると烏間は殺し屋達に告げる。
彼が呼んだヘリが大きな音をたてて近づいて来ていた。
ヘリから降りて来た防衛省の人間によって、鷹岡やその部下達が連れていかれる。
「なーんだ、リベンジマッチやらないんだ。おじさんぬ、俺の事殺したいほど恨んでないの?」
そう尋ねて、握っていた練りわさびとからしを相手に見せるカルマ。
グリップは誰かがカルマを殺す依頼を出さない事には殺さないと返す。
やがて、彼らなりのエールを残して殺し屋達は去って行った。
少し経ってから到着した別のヘリで菜々達は帰ることとなった。
ホテルに着いてすぐ、もう大丈夫な事を皆に伝えてから、全員が泥のように眠った。
*
目を覚ましたのは次の日の夕方だった。
菜々は目をこすりながら皆がいる、海が見下ろせる小さな丘に行く。他に客がいないので皆ジャージだ。
海には昨日まで無かった、大きなコンクリートの塊が設置されていた。
聞いた話によると、完全防御形態のままの殺せんせーを対先生用BB弾が敷き詰められた中に入れ、鉄板の上からコンクリートで固めたものらしい。
しかも、烏間が不眠不休で指揮をとっているようだ。
「いいなと思った人は追いかけて、ダメだと思った奴は追い越して。多分それの繰り返しなんだろーな、大人になってくって」
そんな話をしていたら、大きな音が響き渡った。
見てみると、殺せんせーが中にいるはずのコンクリートに大きな穴が空いていた。
「爆発したぞ!!」
「殺れたか?」
そんな声が飛び交う。
しかし、全員結果はうすうす分かっていた。
後ろを振り返った烏間がため息をつく。
「先生のふがいなさから苦労させてしまいました。ですが皆さん。敵と戦い、ウイルスと戦い、本当によく頑張りました!」
声の主はうねる触手を生徒の頭に置く。
振り返ってみると、いつも通りの描きやすそうな顔をした担任が居た。
「おはようございます、殺せんせー。やっぱり先生は触手がなくっちゃね」
渚はそう言ったが、とっくに日が暮れて、辺りは暗くなっていた。
明日は帰るだけだとぼやく生徒に、夜だから良いと殺せんせーは返す。
「真夏の夜にやる事は一つですねえ」
死装束に早着替えした殺せんせーは、「暗殺 肝試し」と書かれた看板を持っていた。
殺せんせーが提案したのは、お化け役をしている殺せんせーに暗殺を試みながら進んで行く肝試しだった。
面白そうだと盛り上がっている生徒を、嬉しそうに見ている殺せんせーの後頭部には「カップル成立!!」と書かれていた。
またなんか企んでるな、と菜々が思っていると、鬼灯が現れた。殺せんせーが連れて来たらしい。
またもや胃薬が欲しくなって来たと菜々が思っていると、殺せんせーが説明を始める。
三百メートルの海底洞窟を男女ペアで抜けると言う簡単なルールがあるそうだ。
女子よりも男子の方が多いのに鬼灯さんを連れてくる理由は一つしかないよな、と思いつつ、菜々は鬼灯と洞窟に入る。
殺せんせーが期待しているような事は起こらないのは明白だ。この二人は、肝試しで吊り橋効果が期待できるようなペアじゃない。
それ以前に、鬼灯は精神が仕事モードの時にどんなにきっかけをばら撒かれようと、無の境地にいるので効果はない。
最も、南の島のホテルに宿泊する事が本当に仕事なのだろうかと菜々は疑っているが。
少し歩くと、三線の音が聞こえてきた。
菜々達の目の前に、高そうだがボロボロな琉球衣装を着た殺せんせーが現れる。
「ここは血塗られた悲劇の洞窟。琉球――かつての沖縄で、戦いに敗れた王族達が非業の死を遂げた場所です。決して二人離れぬよう。一人になればさまよえる霊に取り殺されます」
「霊見てみたいんでここから別行動しません?」
殺せんせーが話し終わった後、鬼灯が提案する。
「いいですよ」
「ちょっ、何言ってるんですか!?」
この後、別行動しようとする鬼灯と菜々を、殺せんせーは必死に止めた。
「お願いします。一緒に進んでください」
最終的に、殺せんせーは土下座までしていた。
「全然美しくない! 腕はこう! 目力はこう! 魂はこう!!」
「た、魂!?」
菜々は身振り手振りを交えてダメ出しを始めた。彼女は土下座を極めているせいで、やけに土下座に厳しかった。
そんなやりとりをしばらくしていたが、このままだと菜々の土下座講座が延々と続くことを察した鬼灯が殺せんせーの要求を受け入れる形で会話を終わらせた。
「落ちのびた者の中には夫婦もいました。ですが追っ手が迫り……椅子の上で寄り添いながら自害しました」
しばらく歩くと閉ざされた扉があり、すかさず殺せんせーが現れる。
「その椅子がこれです」
もったいぶって殺せんせーが指したのは、ハート形があしらわれたカップルベンチだった。
「なるほど。そういう事ですか」
薄々勘付いてはいたが、鬼灯は殺せんせーの企みに気がつく。
「琉球伝統のカップルベンチです。ここで二人で一分座ると呪いの扉が開きます」
そう言われて菜々はベンチに座る。
めんどくさそうなので、さっさと座って扉を開けた方が良い。
「会話を弾ませて!!」
二人が座ると同時に、殺せんせーが要求してくる。
正直ウザい。
「とりあえず、今までの殺せんせーの問題行動について語ります?」
「別にやましい事なんて何もないし? 世界中のエロ本集めたりなんてしてないし?」
菜々の発言に対して、口笛を吹きながらそんな事を言っている殺せんせーは無視された。
「カルマ君の食べかけのジェラートを舐めると発言した事があるんですよ。このタコ」
「生徒に手を出すと堂々と発言したんですか……。しかも男子。いや、別に同性愛好者に偏見があるわけじゃないんですよ。ただ、今までの行動を思い返してみると……」
二人の話を殺せんせーの分身は必死に否定する。
しかし、焼け石に水。二人は耳を貸さなかった。
一分後、殺せんせーは瀕死状態だった。
「なんで私がゲイでロリコンで生徒に手を出している事になってるんですか……」
「それより一分経ったんで扉開けてください」
菜々は殺せんせーの問いには答えず、ナイフを振りながら言う。
渋々だったが、殺せんせーに扉を開けてもらい、少し進むと障子が設置してあった。
ツノが生えた、やけに顔の丸いシルエットが映し出され、シュッシュッという、刃物を研ぐ音が聞こえる。
「血が見たい」
今まで研いでいた包丁を握りしめ、そのシルエットが口を開く。
声からそのシルエットは殺せんせーのものだと分かる。
「同胞を殺されたこの恨み……血を見ねばおさまらぬ。血、もしくはイチャイチャするカップルが見たい。どっちか見ればワシ満足」
安い恨みだ。
「目論見が分かりやすすぎるんですけど。どうせならもっと上手くやれば良いものを」
「出来ないんですよ。きっと」
鬼灯と菜々は殺せんせーを無視して先に進む。
呼び止める声が聞こえるような気がするが知った事じゃない。
コンニャクが仕掛けてある場所を通り過ぎ、少し歩くと沢山の骸骨が吊り下げてある場所に着いた。
「立てこもり、飢えた我々は一本の骨を奪い合って喰らうまでに落ちぶれた。お前たちにも同じ事をしてもらうぞ」
そんな声が聞こえた後、紐で吊るされた細長い棒状のものが現れた。
「さあ、両端から喰っていけ」
どう見てもポッキーだった。ご丁寧に見本の写真まである。
まだ諦めてなかったのか、と思いながら菜々は殺せんせーに無言で銃口を向けた。
一方鬼灯は「簡単に出来る世界の呪い、トップ100」と書かれた本を取り出した。
身の危険を感じた殺せんせーは別のチームの元へ向かった。
ターゲットが姿を消してしまったので二人は進む事にした。
意中の人と二人きりで肝試しをしていたら大抵の女性はわざと怖がったりするものだが、菜々は全くそんなそぶりを見せない。
そんな彼女を見て、ソラはため息をついた。
空気を読んで気配を消しているというのに全く良い雰囲気にならないからだ。
あの子の女子力がほぼゼロなのも原因の一つなんだよな、とソラが考えていると、音楽が聞こえてきた。
シートと「琉球名物 ツイスターゲーム」と書かれた看板が見えてくる。
「ついに生き延びた人間はただ一人になった。最後に残された彼は……」
話している途中で殺せんせーの顔が四角くなった。
「もしかして、原因これですかね?」
鬼灯が針が何本か刺された人形を取り出す。
さっき本を見ながら人形に針刺してたな。だいたい、なんで人形とか針とか持ってるんだろう。
菜々がそんな事を思っていると、自分の顔を触って状況を理解した殺せんせーが悲鳴をあげた。
「丸い顔は先生のチャームポイントの一つなのに……」
しばらく落ち込んでいた殺せんせーだったが、気を取り直してほかのペアの元に向かう。
その後、殺せんせーがビビりまくったお陰で脅かし役がいなくなり、皆すぐに洞窟を抜けることが出来た。
「要するに、怖がらせて吊り橋効果でカップル成立を狙ってたと」
前原が殺せんせーの言い分を一言でまとめた。
洞窟から出てきてすぐ地面に寝転んだ殺せんせーは、どういう事だと生徒達に詰め寄られ、自分の目論見を全てを話したのだ。
呆れ顔で皆が突っ込む。
「結果を急ぎすぎなんだよ」
「怖がらせる前にくっつける方に入ってるから狙いがバレバレ!!」
「だ、だって見たかったんだもん! 手ェつないで照れる二人とか見てニヤニヤしたいじゃないですか!!」
逆ギレした殺せんせーに、菜々は何も言い返せなかった。自分も同じ事を考えているからだ。
殺せんせーが中村に諭されていると、声が聞こえてきた。
「何よ、結局誰も居ないじゃない!! 怖がって歩いて損したわ!!」
振り返ってみると、イリーナが烏間の腕に抱きついているような状態で、二人が洞窟から出てきたところだった。
「だからくっつくだけ無駄だと言っただろう。徹夜明けにはいいお荷物だ」
「うるさいわね、男でしょ!? 美女がいたら優しくエスコートしなさいよ!?」
そう言うとイリーナは烏間の表情を伺ったが、彼が顔色一つ変えていないのを知って寂しそうに目を伏せた。
「なあ、うすうす思ってたんだけど、ビッチ先生って……」
「……うん」
誰かが呟いた。
「帰るまで時間はあるし、くっつけようか」
菜々の言葉によって、今後の方針が決定された。
「気でも違ったのか、鷹岡。防衛省から盗んだ金で殺し屋を雇い、生徒達をウィルスで脅すこの凶行!!」
烏間がそう叫ぶが、鷹岡は少年のように笑う。その顔からは狂気がにじみ出ていた。
「おいおい、俺は至極まともだぜ! これは地球が救える方法なんだ。大人しく三人にその賞金首を持ってこさせりゃ、俺の暗殺計画はスムーズに仕上がったのにな」
鷹岡は本来の計画を嬉々として語り始める。
対先生弾がたっぷり入った部屋のバスタブに、殺せんせーと一緒に茅野を入る。
そして、その上からセメントで生き埋めにする。殺せんせーが対先生弾に触れずに元の姿に戻るには、生徒ごと爆破しなければならない。
しかし、殺せんせーにはそんな事が出来ず、大人しく溶ける。
その計画を聞き、全員が彼に憎悪の眼差しを向けた。
「許されると思いますか? そんな真似が」
顔に青筋を立てて殺せんせーが尋ねる。
「これでも人道的な方さ。お前らが俺にした、非人道的な仕打ちに比べりゃな」
そう言って、鷹岡は語り始める。
中学生に勝負で負けて任務に失敗した話が広まり、ゴミを見るかのような目で見られた事。
渚に突きつけられたナイフが頭の中をチラついて、夜も眠れなくなった事。
「落とした評価は結果で返す。受けた屈辱はそれ以上の屈辱で返す。特に潮田渚と加藤菜々。お前らは絶対に許さん」
完璧な逆恨みだ。
カルマや寺坂が挑発し、他の生徒も鷹岡を睨みつけるが、鷹岡は考えを改めない。
「ジャリどもの意見なんて聞いてねえ!! 俺の指先でジャリが半分減るって事を忘れんな!!」
そう叫んだ鷹岡は、親指を起爆リモコンのスイッチの上に移動させる。
渚と菜々だけでヘリポートに登って来るように要求し、自分は先に登っていった。
クラスメイトに止められるが、渚と菜々は行く事を決意する。
「あれだけ興奮してたら何するか分からない。話を合わせて冷静にさせて、治療薬を壊さないよう、渡してもらうよ」
渚はそう言い、階段を登っていった。菜々も後に続く。
それは無理だろうと思いながら。
二人がヘリポートに登ると、鷹岡は屋上とヘリポートを繋いでいた階段を落とした。
「これでもう、だーれも登ってこれねえ。お前はこれをつけて後ろに下がってろ」
そう言って鷹岡が投げたものを菜々はキャッチした。
彼女の手の中で銀色に輝くものは、よく彼女が目にしているものだった。
手錠を週に一度見ているほど事件に巻き込まれている自分は呪われているのではないかと思いつつ、菜々は後ろに下がって自分の手に手錠をつける。
相手の様子を見て、渚が理性を失わない限り、彼に任せて自分はじっとしておいた方がいいと判断したのだ。
指示に従った菜々を一瞥し、鷹岡は渚に向き直る。
「足元のナイフで俺がやりたい事は分かるな? この前のリターンマッチだ」
「待ってください、鷹岡先生。戦いに来たわけじゃないんです」
渚の言葉を聞いて、鷹岡は邪悪な笑みを浮かべる。
もうだまし討ちは通じないので、渚が負けるのは目に見えている。
そう言った後、鷹岡は要求をした。
「だがな、一瞬で終わっちゃ俺としても気が晴れない。だから戦う前にやる事やってもらわなくちゃな」
そう言うと、彼は地面を指差す。
「謝罪しろ。土下座だ。実力がないから卑怯な手で奇襲した。それについて誠心誠意な」
起爆リモコンをチラつかされ、渚は地面に膝をつく。
「お前もだ」
鷹岡に言われ、菜々も指示に従う。手錠をつけているせいで動きづらい。
「僕は……」
地面に座って渚が謝罪の言葉を述べようとすると、鷹岡が怒鳴り散らす。
「それが土下座かァ!? 馬鹿ガキが!! 頭擦り付けて謝るんだよォ!!」
心の中で悪態をつきながら菜々は渚と一緒に頭を下げた。
小学一年生の頃から頭を下げ続けていた菜々の土下座は神がかっていた。
ちなみに、自分の土下座力は五十三万だと菜々は自負している。
一瞬菜々の土下座に見ほれていた鷹岡だったが、すぐに気を取り戻し、話し始める。
特技の一つが土下座ってどうなんだろ……、と菜々が微妙な気持ちになっていると、渚が鷹岡に頭を踏まれていた。
「ガキの分際で大人に向かって、生徒が教師に向かってだぞ!!」
どうやら、出て行って欲しいと頼んだ事を根に持っているらしい。
「だいたいお前も俺のプライドを踏みにじりやがった!! コイツを片付けたらたっぷりお礼をしてやる」
その後、菜々にも怒鳴り散らす鷹岡。
「ガキの分際で、先生に失礼な事をしてしまい、申し訳ありませんでした。あの時の私はどうかしていました。今ならあの行動の愚かさが分かります」
頭を地面に擦り付け、つらつらと謝罪の言葉を菜々は並べた。
下手な真似はしない方がいい。
菜々の目的は渚に鷹岡を倒してもらい、自分達が無傷で戻る事だ。
逆上した鷹岡に、猫だましを使う条件が揃う前に渚を倒されてしまっては困る。
「ガキのくせに、生徒のくせに、先生に生意気な口を叩いてしまい、すみませんでした。本当にごめんなさい」
渚が続けて謝罪したのを聞いて、鷹岡はニンマリと笑った。
「よーし、やっと本心を言ってくれたな。父ちゃんは嬉しいぞ。褒美にいい事を教えてやろう」
そう言って、鷹岡は踵を返す。
「あのウィルスで死んだ奴がどうなるのかスモッグの奴に画像を見せてもらったんだが……」
そう言いながら治療薬が入っているスーツケースを持ち上げる男を見て、菜々はこれから何が起こるのかを理解した。
「笑えるぜ。全身デキモノだらけ。顔面がブドウみたいに腫れ上がってな。見たいだろ?」
その言葉で、渚は何が起こるのか理解したようだ。
血の気が失せた事を自分で感じつつ、渚は立ち上がる。
目の前の男の動きを止めなくてはならない。
この世のものとは思えない笑みを顔に貼り付けて鷹岡はスーツケースを放り投げる。
「やッ、やめろーッ!!」
烏間の叫び声が鼓膜を揺らすのを感じながら、渚は自分を急かす。
早く彼を止めなくてはならない。
――じゃないと皆は、寺坂君は……。
誰かが時間の流れを変えたのではないかと思った。スローモーションで、映画の一コマ一コマを見ているように、スーツケースが重力に引っ張られているのが見える。
やがて、小さな音が聞こえた。何かを押す音が、確かに目の前の人の形をした化け物の所から。
その刹那、大きな爆発音が響き渡る。
大笑いしている鷹岡以外の、全ての人の顔が引きつった。
信じられなかった。一時間前まで元気だった皆がもう助からないかもしれない。
渚は体の震えを抑えようとしながら、呆然と目の前の化け物を見る。
彼はなんでこんな事が出来るのだろう。
「そう!! その顔が見たかった!!」
高笑いしている鷹岡の顔は人間のものではなかった。
ゆっくりと、渚は振り返り、寺坂を見る。彼はもう助からないかもしれない。
「夏休みの観察日記にしたらどうだ? お友達の顔面がブドウみたいに化けてく様をよ」
そう言って笑い続ける目の前の相手に抱いた感情に渚は身を任せた。
地面に手をつく。これからやろうとしている事のせいか、心臓が大きく脈打った。
――一週間もあれば全身の細胞がグズグズになって死に至る。
――笑えるぜ。全身デキモノだらけ。顔面がブドウみたいに腫れ上がってな。
彼が言った言葉が脳裏を駆け巡る。
「安心しな。お前にはウィルスを盛っていない。なにせお前は今から……」
何かを言いかけた鷹岡だったが、渚を見てニンマリと笑った。
「殺……してやる……」
渚は地面に落ちていたナイフを握っていた。
この前自分を奈落の底に落とした張本人の目に宿ったものを確認して、鷹岡は舌なめずりをする。
「ククク、そうだ。そうこなくちゃ」
気持ちは分かると菜々は思った。
自分は皆の命に関わらないと知っているからこそ理性を保てているが、その事を知らなかったら渚と同じように怒りに身を任せていただろう。
「殺してやる……。よくも皆を」
殺気を放っている渚を、鷹岡はさらに挑発する。
「その意気だ!! 殺しに来なさい、渚君!!」
下で見守っている皆がざわめいている。
誰だって殺したいが、それは犯罪だ。
第一、彼を殺したところでなんのメリットもない。
渚が鷹岡に飛びかかろうとした時、鈍い音が聞こえた。
渚は後頭部に当たったものを確認する。寺坂のスタンガンだった。
「チョーシこいてるんじゃねーぞ、渚ァ!!」
スタンガンの持ち主が叫ぶ。
「薬が爆破された時よ、テメー俺を哀れむような目で見ただろ。いっちょ前に人の心配してんじゃねーぞ、このもやし野郎!! ウィルスなんざ寝てりゃ余裕で治せんだよ!!」
寺坂の言葉を聞いて、全員が彼の様子に気がついたようだ。
寺坂を心配する気持ちが現れると同時に、皆彼が言いたい事を理解できた。
鷹岡を殺して損をするのは渚自身だ。
寺坂の言葉に、殺せんせーも賛成する。
鷹岡を殺してもなんの価値もないし、逆上しても不利になるだけ。
そもそも彼に毒薬の知識なんかないのだから、スモッグに聞いた方がいい。こんな男は気絶で充分。
「その男の命と先生の命。その男の言葉と寺坂君の言葉。それぞれどちらに価値があるのか考えるんです」
そう言われて、渚はどう動くのかを決めた。
菜々は渚の瞳を見て、彼に全て任せれば大丈夫だと判断した。
菜々には暗殺の才能が無いので、彼女が鷹岡を倒すという選択肢は無い。
猫だましは使えるようになったものの、相手を油断させるように動く事が出来ないため、彼女が暗殺で鷹岡を倒す事が出来る確率はかなり低い。
つまり、鷹岡を倒すには戦闘で勝つしかないという事になる。
しかし戦闘で勝ったら、烏間あたりに怪しまれる。
いくら事件に巻き込まれすぎて、何度も死地をくぐり抜けて来たからと言っても、戦闘で中学生が精鋭軍人に勝つなんて怪しすぎるからだ。
それに、原作知識なんてほとんどないため予想だが、この経験を渚がしておかないと後々大変な事になるだろう。
ドラゴンボールで言うと、フリーザと戦わなかったせいで悟空が超サイヤ人になれないまま人造人間達と戦うようなものだと菜々は勝手に思っている。
だったら渚に任せておこうと、菜々は彼が危機に陥らない限り傍観する事に決めた。
「寺坂!!」
考えをまとめていると吉田の叫び声が聞こえた。菜々が振り返ると、寺坂が倒れ込んでいた。
肩で息をし、意識が朦朧としている状態で寺坂が呟く。
「……やれ、渚。死なねぇ範囲でブッ殺せッ」
その言葉を聞いた少年の心臓が大きな音をたてる。
渚は寺坂を見た後、スタンガンを拾った。
しかし、スタンガンはベルトに挟む。
邪魔になるので上着を脱ぎ捨てると、鷹岡が話しかけて来た。
「ナイフ使う気満々だな。安心したぜ。スタンガンはお友達に義理立てして拾ってやったというとこか」
菜々は見当違いな事を言っている鷹岡の方に、目線を戻した。
彼は治療薬の予備をチラつかせた。三本だけだし、作るのに一ヶ月はかかるそうだが最後の希望だ。
渚が本気で殺しに来なかったり、他の生徒が下手に動いたら残りの薬を破壊する。
そう言われて銃を構えていた千葉や、ロープを握って柵に足をかけていた岡野の動きが止まった。
誰が見ても渚が不利だ。
殺し屋は戦闘をしない。
そのため、戦闘になる前に致命傷を与える訓練をE組で行って来た。
まともに戦闘が出来るのはカルマや菜々などの一部の生徒だけだ。
渚が暗殺に持ち込もうとしても、鷹岡にやられる。
皆の予想通り、渚が一方的にやられていた。
鳩尾に強力な蹴りを入れられ、渚が呻く。
うずくまり、腹部を手で押さえていると、鷹岡に話しかけられる。
「おらどうした? 殺すんじゃなかったのか?」
そう言って近づいてくる鷹岡に向かって、全力でナイフを振っても捌かれ、顔面を殴られる。
前回とは違い、鷹岡は最初から戦闘モードだ。どんな奇襲も通じない。
体格、技術、経験。どれを取っても渚が劣っている。
そのため、渚の攻撃は通じず、彼は何度も殴られる。その度に鈍い音が聞こえ、菜々は何度も手を出しかかった。
鷹岡がナイフを取れば渚が勝利すると頭では分かっているが、不安はぬぐいきれない。
もしも渚が動けなくなってから鷹岡が武器を取ったら?
そんな考えで頭の中が埋め尽くされる。
一応あの世の住民なので現世の出来事に必要以上関わってはいけない事など、彼女の頭の中から吹き飛んでいた。
「へばるなよ。今までのは序の口だ。さぁて、そろそろ俺もこれを使うか」
そう言って、鷹岡はナイフを拾い上げた。
これで条件は揃った。菜々は渚が勝つ事を確信し、いつのまにか手を握りしめていた事に気がついた。
握っていた手を開いてみると、爪の跡がくっきり残っていた。
「手足切り落として標本にしてやる。ずっと手元に置いて愛でてやるよ」
米花町には似たような事を言っている輩は何人かいるので菜々は慣れていたが、他の者は鷹岡の言葉に嫌悪感をむき出しにする。
一方、相手を見据えながら渚はロヴロの教えを脳内で反芻していた。
――一つ、武器を二本持っている事!!
――二つ、敵が手練れである事!!
――そして三つ、敵が殺される恐怖を知っている事!!
良かった、全部揃ってる。
渚はそう思って微笑む。
菜々は彼の後ろに死神を見たような気がした。死神と言ってもお迎え課の鬼ではなく、現世でメジャーなローブを着た骸骨の方の死神だ。
鷹岡先生、実験台になってください。
そう心の中で話しかけ、渚は歩き出した。
微笑みながら歩いてくる渚を見て、鷹岡は身構える。
前回の失敗を踏まえて、相手の一挙一動をよく見る。
渚はナイフの間合いのわずか外まで鷹岡に近づき、ナイフを置くように捨てる。
鷹岡は重力に引っ張られていくナイフを、思わず目で追ってしまう。
時間を空けず、渚は両手を目の前に突き出し、手のひらを叩いた。
パァンと言う音が夜空に響き渡るのと同時に、鷹岡の頭が真っ白になる。
その隙に、渚はスタンガンを敵に当て、電気を流した。
糸が切れた操り人形のように、鷹岡は座り込んだ。
「とどめ刺せ、渚。首あたりにたっぷり流しゃ気絶する」
寺坂の言葉を聞いて渚は鷹岡の顎にスタンガンをつける。
荒い息を整えながら、これからするべき事を考える。
彼から様々な事を教わった。
抱いちゃいけない殺意、その殺意から引き戻してくれる友達の大切さ。
殴られる痛みを、実践の恐怖を目の前の男からたくさん教わった。
彼がやって来たこととは別に、感謝はちゃんと伝えなくてはならないと思った。
感謝をするなら、そういう顔をするべきだと思った。
「鷹岡先生、ありがとうございました」
渚が微笑んでそう言うと、鷹岡は顔を引きつらせた。
抵抗する気力も力もなく、すぐに電流を流され、彼は意識を刈り取られる。
あれを素でやっているから怖い、と菜々は思った。
「「よっしゃああ、元凶撃破!!」」
そんな歓声が下から聞こえてくる。
梯子をかけてもらい、渚と菜々は屋上に降りた。
素手でも破壊できるが、ドン引きされるのは目に見えているので、菜々は鷹岡が持っていた鍵で手錠を外した。
「よくやってくれました、渚君」
殺せんせーは渚を褒めた。
しかし、鷹岡を倒す際に残りの薬が入っていた瓶が割れてしまっていた。
「とにかくここを脱出する。ヘリを呼んだから君らはここで待機だ。俺が毒使いの男を連れてくる」
携帯を取り出して烏間が言うと、後ろから声が聞こえてきた。
「フン、てめーらに薬なんぞ必要ねえ。ガキども、このまま生きて帰れると思ったかい?」
声の主であるガストロは銃を舐めている。
他に、スモッグとグリップもいる事を確認し、全員が構えた。
銃やスタンガン、ナイフを構えるのは分かるが、カルマがチューブ型の練りわさびとからしを握っている理由が菜々には分からなかった。いや、なんとなく予想はつくが分かりたくない。
すぐに殺し屋達の方に目線を戻し、菜々はついさっき自分の腕についていた手錠をポケットにしまい、ボールペン型のスタンガンを握りしめる。
敵ではないと頭では分かっているが、癖で構えてしまったのだ。
「お前らの雇い主は既に倒した。戦う理由はもう無いはずだ。俺は充分回復したし、生徒達も充分強い。これ以上互いに被害が出る事はやめにしないか?」
「ん、いーよ」
烏間の提案に、ガストロがあっさりと賛同した事に全員が面食らった。
ボスの敵討ちは契約に含まれていないと説明される。
「それに言ったろ? そもそもお前らに薬なんざ必要ねーって」
全員が頭の上にはてなマークを浮かべているのを見て、スモッグが詳しく説明する。
E組の生徒に盛ったのは鷹岡に指示された毒薬でなく、食中毒菌を改良したものらしい。
後三時間は猛威を振るうが、その後急速に活性を失って無毒となる。
それに、鷹岡が設定した交渉時間は一時間。殺すウィルスでなくても取引できると事前に三人で話し合ったようだ。
「でもそれって、鷹岡の命令に逆らってたって事だよね? 金もらってるのにそんな事していいの?」
岡野が質問するが、ガストロに一蹴される。
「アホか。プロが何でも金で動くと思ったら大間違いだ」
もちろん依頼者の意に沿うように最善は尽くす。
しかし、鷹岡には薬を渡す気はさらさら無かった。
中学生を大量に殺した実行犯になるか、命令違反がバレる事でプロとしての評価を落とすか、どちらの方がリスクが高いか三人で話し合ったらしい。
「ま、そんなわけでお前らは残念ながら誰も死なない。その栄養剤、患者に飲ませて寝かしてやりな。『倒れる前よりも元気になった』って手紙が届くほどだ」
そう言って、スモッグは錠剤を放り投げる。
生徒達の回復を確認しない事には信用できないため、しばらく拘束すると烏間は殺し屋達に告げる。
彼が呼んだヘリが大きな音をたてて近づいて来ていた。
ヘリから降りて来た防衛省の人間によって、鷹岡やその部下達が連れていかれる。
「なーんだ、リベンジマッチやらないんだ。おじさんぬ、俺の事殺したいほど恨んでないの?」
そう尋ねて、握っていた練りわさびとからしを相手に見せるカルマ。
グリップは誰かがカルマを殺す依頼を出さない事には殺さないと返す。
やがて、彼らなりのエールを残して殺し屋達は去って行った。
少し経ってから到着した別のヘリで菜々達は帰ることとなった。
ホテルに着いてすぐ、もう大丈夫な事を皆に伝えてから、全員が泥のように眠った。
*
目を覚ましたのは次の日の夕方だった。
菜々は目をこすりながら皆がいる、海が見下ろせる小さな丘に行く。他に客がいないので皆ジャージだ。
海には昨日まで無かった、大きなコンクリートの塊が設置されていた。
聞いた話によると、完全防御形態のままの殺せんせーを対先生用BB弾が敷き詰められた中に入れ、鉄板の上からコンクリートで固めたものらしい。
しかも、烏間が不眠不休で指揮をとっているようだ。
「いいなと思った人は追いかけて、ダメだと思った奴は追い越して。多分それの繰り返しなんだろーな、大人になってくって」
そんな話をしていたら、大きな音が響き渡った。
見てみると、殺せんせーが中にいるはずのコンクリートに大きな穴が空いていた。
「爆発したぞ!!」
「殺れたか?」
そんな声が飛び交う。
しかし、全員結果はうすうす分かっていた。
後ろを振り返った烏間がため息をつく。
「先生のふがいなさから苦労させてしまいました。ですが皆さん。敵と戦い、ウイルスと戦い、本当によく頑張りました!」
声の主はうねる触手を生徒の頭に置く。
振り返ってみると、いつも通りの描きやすそうな顔をした担任が居た。
「おはようございます、殺せんせー。やっぱり先生は触手がなくっちゃね」
渚はそう言ったが、とっくに日が暮れて、辺りは暗くなっていた。
明日は帰るだけだとぼやく生徒に、夜だから良いと殺せんせーは返す。
「真夏の夜にやる事は一つですねえ」
死装束に早着替えした殺せんせーは、「暗殺 肝試し」と書かれた看板を持っていた。
殺せんせーが提案したのは、お化け役をしている殺せんせーに暗殺を試みながら進んで行く肝試しだった。
面白そうだと盛り上がっている生徒を、嬉しそうに見ている殺せんせーの後頭部には「カップル成立!!」と書かれていた。
またなんか企んでるな、と菜々が思っていると、鬼灯が現れた。殺せんせーが連れて来たらしい。
またもや胃薬が欲しくなって来たと菜々が思っていると、殺せんせーが説明を始める。
三百メートルの海底洞窟を男女ペアで抜けると言う簡単なルールがあるそうだ。
女子よりも男子の方が多いのに鬼灯さんを連れてくる理由は一つしかないよな、と思いつつ、菜々は鬼灯と洞窟に入る。
殺せんせーが期待しているような事は起こらないのは明白だ。この二人は、肝試しで吊り橋効果が期待できるようなペアじゃない。
それ以前に、鬼灯は精神が仕事モードの時にどんなにきっかけをばら撒かれようと、無の境地にいるので効果はない。
最も、南の島のホテルに宿泊する事が本当に仕事なのだろうかと菜々は疑っているが。
少し歩くと、三線の音が聞こえてきた。
菜々達の目の前に、高そうだがボロボロな琉球衣装を着た殺せんせーが現れる。
「ここは血塗られた悲劇の洞窟。琉球――かつての沖縄で、戦いに敗れた王族達が非業の死を遂げた場所です。決して二人離れぬよう。一人になればさまよえる霊に取り殺されます」
「霊見てみたいんでここから別行動しません?」
殺せんせーが話し終わった後、鬼灯が提案する。
「いいですよ」
「ちょっ、何言ってるんですか!?」
この後、別行動しようとする鬼灯と菜々を、殺せんせーは必死に止めた。
「お願いします。一緒に進んでください」
最終的に、殺せんせーは土下座までしていた。
「全然美しくない! 腕はこう! 目力はこう! 魂はこう!!」
「た、魂!?」
菜々は身振り手振りを交えてダメ出しを始めた。彼女は土下座を極めているせいで、やけに土下座に厳しかった。
そんなやりとりをしばらくしていたが、このままだと菜々の土下座講座が延々と続くことを察した鬼灯が殺せんせーの要求を受け入れる形で会話を終わらせた。
「落ちのびた者の中には夫婦もいました。ですが追っ手が迫り……椅子の上で寄り添いながら自害しました」
しばらく歩くと閉ざされた扉があり、すかさず殺せんせーが現れる。
「その椅子がこれです」
もったいぶって殺せんせーが指したのは、ハート形があしらわれたカップルベンチだった。
「なるほど。そういう事ですか」
薄々勘付いてはいたが、鬼灯は殺せんせーの企みに気がつく。
「琉球伝統のカップルベンチです。ここで二人で一分座ると呪いの扉が開きます」
そう言われて菜々はベンチに座る。
めんどくさそうなので、さっさと座って扉を開けた方が良い。
「会話を弾ませて!!」
二人が座ると同時に、殺せんせーが要求してくる。
正直ウザい。
「とりあえず、今までの殺せんせーの問題行動について語ります?」
「別にやましい事なんて何もないし? 世界中のエロ本集めたりなんてしてないし?」
菜々の発言に対して、口笛を吹きながらそんな事を言っている殺せんせーは無視された。
「カルマ君の食べかけのジェラートを舐めると発言した事があるんですよ。このタコ」
「生徒に手を出すと堂々と発言したんですか……。しかも男子。いや、別に同性愛好者に偏見があるわけじゃないんですよ。ただ、今までの行動を思い返してみると……」
二人の話を殺せんせーの分身は必死に否定する。
しかし、焼け石に水。二人は耳を貸さなかった。
一分後、殺せんせーは瀕死状態だった。
「なんで私がゲイでロリコンで生徒に手を出している事になってるんですか……」
「それより一分経ったんで扉開けてください」
菜々は殺せんせーの問いには答えず、ナイフを振りながら言う。
渋々だったが、殺せんせーに扉を開けてもらい、少し進むと障子が設置してあった。
ツノが生えた、やけに顔の丸いシルエットが映し出され、シュッシュッという、刃物を研ぐ音が聞こえる。
「血が見たい」
今まで研いでいた包丁を握りしめ、そのシルエットが口を開く。
声からそのシルエットは殺せんせーのものだと分かる。
「同胞を殺されたこの恨み……血を見ねばおさまらぬ。血、もしくはイチャイチャするカップルが見たい。どっちか見ればワシ満足」
安い恨みだ。
「目論見が分かりやすすぎるんですけど。どうせならもっと上手くやれば良いものを」
「出来ないんですよ。きっと」
鬼灯と菜々は殺せんせーを無視して先に進む。
呼び止める声が聞こえるような気がするが知った事じゃない。
コンニャクが仕掛けてある場所を通り過ぎ、少し歩くと沢山の骸骨が吊り下げてある場所に着いた。
「立てこもり、飢えた我々は一本の骨を奪い合って喰らうまでに落ちぶれた。お前たちにも同じ事をしてもらうぞ」
そんな声が聞こえた後、紐で吊るされた細長い棒状のものが現れた。
「さあ、両端から喰っていけ」
どう見てもポッキーだった。ご丁寧に見本の写真まである。
まだ諦めてなかったのか、と思いながら菜々は殺せんせーに無言で銃口を向けた。
一方鬼灯は「簡単に出来る世界の呪い、トップ100」と書かれた本を取り出した。
身の危険を感じた殺せんせーは別のチームの元へ向かった。
ターゲットが姿を消してしまったので二人は進む事にした。
意中の人と二人きりで肝試しをしていたら大抵の女性はわざと怖がったりするものだが、菜々は全くそんなそぶりを見せない。
そんな彼女を見て、ソラはため息をついた。
空気を読んで気配を消しているというのに全く良い雰囲気にならないからだ。
あの子の女子力がほぼゼロなのも原因の一つなんだよな、とソラが考えていると、音楽が聞こえてきた。
シートと「琉球名物 ツイスターゲーム」と書かれた看板が見えてくる。
「ついに生き延びた人間はただ一人になった。最後に残された彼は……」
話している途中で殺せんせーの顔が四角くなった。
「もしかして、原因これですかね?」
鬼灯が針が何本か刺された人形を取り出す。
さっき本を見ながら人形に針刺してたな。だいたい、なんで人形とか針とか持ってるんだろう。
菜々がそんな事を思っていると、自分の顔を触って状況を理解した殺せんせーが悲鳴をあげた。
「丸い顔は先生のチャームポイントの一つなのに……」
しばらく落ち込んでいた殺せんせーだったが、気を取り直してほかのペアの元に向かう。
その後、殺せんせーがビビりまくったお陰で脅かし役がいなくなり、皆すぐに洞窟を抜けることが出来た。
「要するに、怖がらせて吊り橋効果でカップル成立を狙ってたと」
前原が殺せんせーの言い分を一言でまとめた。
洞窟から出てきてすぐ地面に寝転んだ殺せんせーは、どういう事だと生徒達に詰め寄られ、自分の目論見を全てを話したのだ。
呆れ顔で皆が突っ込む。
「結果を急ぎすぎなんだよ」
「怖がらせる前にくっつける方に入ってるから狙いがバレバレ!!」
「だ、だって見たかったんだもん! 手ェつないで照れる二人とか見てニヤニヤしたいじゃないですか!!」
逆ギレした殺せんせーに、菜々は何も言い返せなかった。自分も同じ事を考えているからだ。
殺せんせーが中村に諭されていると、声が聞こえてきた。
「何よ、結局誰も居ないじゃない!! 怖がって歩いて損したわ!!」
振り返ってみると、イリーナが烏間の腕に抱きついているような状態で、二人が洞窟から出てきたところだった。
「だからくっつくだけ無駄だと言っただろう。徹夜明けにはいいお荷物だ」
「うるさいわね、男でしょ!? 美女がいたら優しくエスコートしなさいよ!?」
そう言うとイリーナは烏間の表情を伺ったが、彼が顔色一つ変えていないのを知って寂しそうに目を伏せた。
「なあ、うすうす思ってたんだけど、ビッチ先生って……」
「……うん」
誰かが呟いた。
「帰るまで時間はあるし、くっつけようか」
菜々の言葉によって、今後の方針が決定された。