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クラス対抗球技大会。見せしめのために、E組男子は野球部の、女子はバスケ部の選抜チームと戦わされる。
しかし、全校生徒を盛り下げるために、女子は片岡を中心に作戦を練り始めた。
「メグちゃん。E組は何度でも交代できるんなら、始めに私が出て、ボール=人にぶつけるっていう本能を生かして、敵をノックアウト。その後、交代して点を入れるってのはどうかな?」
中学二年生の時に行われた体力テストのハンドボール投げでも、菜々が保健室送りにした生徒は何人かいたのだ。
「わざとだって言われるんじゃない?」
彼女の案は岡野によって却下された。
「じゃあ、愛美ちゃんが作った毒とかで相手を合法的にしばらく動けないようにするとか?」
菜々は危険な案しか出さなかったので、すぐに口出しを禁じられた。
殺せんせーが考えた作戦を教えられ、トレーニングを行っている時、菜々は殺せんせーの手伝いをしていた。
加藤にボールを触らせるな、がE組の鉄の掟になっているからだ。
殺せんせーの手伝いというのは練習をしている女子について回り、殺せんせーが調べ上げた個人的な恥ずかしい話を耳元で囁くというものだった。
クラス対抗球技大会当日。
E組女子はさらし者にされていた。
観客から罵倒されたりしていたが、練習の時に行われた菜々による精神強化のおかげで気にならなかった。
試合開始から十分後、茅野がコートに出たが、女子バスケ部のキャプテンにいいようにやられていたため、E組はタイムアウトをとった。
「敵チームのキャプテンの、私が個人的に調べた黒歴史であろうノートの内容を会場全体に聞こえるように読み上げてこようか?」
菜々の案はすぐに却下された。
それと同時になんでそんな事知ってるのかと質問攻めにされた。
大したことはしていない。買収してソラに取ってきてもらっただけだ。
試合に出るのは難しいので別の事で力になりたかったから調べたと菜々が答えると、そういうことを聞いてるんじゃないという目で見られた。
そんな雰囲気を無くしたのは不破だった。
「誰かがゾーンに入ればいいんじゃない?」
不破の案も却下された。
黒子のバスケよりもスラムダンク派の菜々と不破が「どっちの方が面白いか」と議論をしていると片岡が話を戻した。
「茅野さんの代わりに向こうのキャプテンをマークできる人っている?」
タイムアウトは二分しかないのだ。無駄話をしている暇はない。
「じゃあ、私が出ようか?」
菜々の言葉に全員が驚いた。
できなくはないが、ボールに触る可能性があるので、彼女を試合に出さないと決めたはずだ。
「私は向こうのキャプテンをマークするだけ。ボールには触らないっていうのはどう?」
菜々がそう行った時、タイムアウトをとっけから一分五十秒が経過していた。
相手チームのキャプテンは敵の得点源であり、ディフェンスも上手いため、何度もシュートを防いでいる。
彼女の動きを封じられるとなると、勝つ確率は一気に跳ね上がるだろう。
また、練習の時、女子全員の動きについて回り、殺せんせーから借りたノートを読み上げていた菜々なら、キャプテンの動きにも充分ついていけるだろう。
今は二十三対十六と、E組チームが七点差で負けている。
相手チームには勢いがあり、このままいけば一気に点差が膨れ上がりそうだ。
菜々が相手チームのエースをマークする事で、相手の勢いを無くすしかない。
十秒間でそんな結論を出した片岡は、菜々にコートに入る事を許可した。
菜々が敵キャプテンのマークについてからは、E組チームの快進撃だった。
E組チームは片岡中心に点を入れまくった。
「今日は曇り空。まるで私の心のよう。でも、風である貴方が」
「やめて! てかそれ何で知ってんの!」
菜々はソラに頼んで持ってきてもらった、とある人物のマル秘ノートを本人にだけ聞こえるように読み上げていた。
ソラの買収のために、エンジェル群青のフィギアと同じくらいの値段のケーキを買わなければならなかったのだ。
初めは狐だし、油揚げでいいだろうと考えていた菜々だったが、ソラに狐は肉食動物だと知らされた。
それなら生肉でも用意しようかと思ったら、高級ケーキがいいと言われたのだ。
仕方なくケーキを買いに行ったらまたもや事件に巻き込まれた。
それだけ苦労したのだからノートを使わないはずがない。
そのノートの持ち主は昔、例のノートを変なテンションになった時に書いてしまい、捨てたかったが誰かに見つかるかもしれないという不安のせいで、捨てられていなかったらしい。
犯罪者の心理に似ているな、と菜々は思っていた。
敵キャプテンは集中力をかき乱された事により、ファウルを連発。四ファウルとなった。
後一回ファウルをすれば退場なので敵キャプテンは思うように動けない。
また、E組が相手なので全校生徒の手前、交代も出来ない。
その隙に片岡がシュートを決めまくる。
やがて、ブザーが鳴り響いた。試合終了の合図だ。
「「「ありがとうございました」」」
両チームのコートに出ていた選手が頭を下げる。
女子バスケ部のメンバーの顔は曇っていた。逆にE組女子の顔は晴れ晴れしている。
僅差だが、E組が勝ったのだ。
片岡が四十点以上も入れていたのが大きい。
その後、野球の試合が行われている会場に行った。
殺せんせーと理事長の数々の戦略のぶつかり合いが終わり、最終的にE組が勝った。
*
烏間による暗殺技能テストが終わった時、男がやってきた。
菜々は先日地獄で行われた会議で話を聞いていたため、その男が誰なのか知っていた。
鷹岡明。防衛省の人間で、烏間に強い対抗意識を持っている。
家族のように近い距離で接する一方、暴力的な父親のような独裁体制で、短期間で忠実な精鋭を育てる手法をとる人物だ。
もう七月。日本政府が焦るのは分かるが、こちらの事ももう少し考えて欲しいと菜々は思った。
しかし、各国政府の重役は自分たちが安全なら、E組生徒がどうなってもいいのだろう。
日本地獄はそうではない。
やっぱり、現世よりあの世の方がいいと、この状況ではどうでもいい結論を菜々がだしていると、鷹岡が自己紹介をしていた。
聞いていなかったが、まあいいか、と菜々は開き直った。
鷹岡の事は一ミリも信じていなかった菜々だったが、彼が持ってきた菓子は食べた。
菓子に罪はない。
「鷹岡先生もどうぞ」
菜々は笑顔を作って菓子を差し出した。
米花町でそれなりの演技力は身につけている。
気をぬくと元々顔に出やすい事もあり、考えている事が周りに筒抜けになってしまうという欠点はあるが。
要は気を抜かなければ、大抵の人は騙す事が出来るのだ。
菜々からもらった菓子を食べた鷹岡はトイレにかけて行った。
誰かが奥田がこの前作っていた粉末状のビクトリア・フォールをかけておいたのだろう。
しばらくして戻ってきた鷹岡は笑顔を作っていたが、菜々にはすぐに偽物だと分かった。
表情を読むのは他の人よりも上手いと自負している。
かなりの頻度で犯罪に巻き込まれていた菜々は昔、必殺技が欲しいと考えていた。
ここは漫画の中の世界なんだから、ビームとか出せるんじゃないか、と思った菜々はビームを出そうと練習していた。
倶生神に見つからないように夜にやっていたのが救いだった。
全く出来なかったからだ。今から思えば黒歴史である。
考えてみれば、ここはバトル漫画の世界じゃなかったな、と思い直した菜々は、原作に出てきた技の方が成功率が確実に上がるのではないかという仮説を立ててみた。
そこで目をつけたのがクラップスタナーだった。
人間の意識には「波長」があり、波が「山」に近い時ほど、刺激に対して敏感になる。
相手の意識が最も敏感な「山」の瞬間に、音波の最も強い「山」を当てる。
すると、当分は神経が麻痺して動けなくなるという技だったはずだ。
これなら犯人と遭遇しても一発で倒せるし、技名がカッコいいと思った菜々は対策を練った。
まずは、意識の波長というものを感じ取れるようにしようとしたのだ。
どうすればそんなものが感じ取れるのか分からなかったが、幼少期に渚が母親の顔色を伺っていたことを思い出し、人間観察をするようになった。
結果、クラップスタナーを使えるようにはならなかった。
「波長」とか「山」とか訳が分からないというのが理由である。
トリップ特典とかあってもいいんじゃないか、と菜々はいるのか分からない自分をトリップさせた神に、心の中で文句を言っていた。
クラップスタナーは使えるようにならなかったが、人の顔色を伺って、相手が何を考えているのかくらいは分かるようになった。
事件の捜査などには役に立つので良いのだが、クラップスタナーは使えるようになりたかったというのが本音だ。
トリップ前にクラップスタナーの練習をひそかにしていたくらい、使えるようになりたかったのだ。
話は逸れたが、そんな理由で、菜々は表情を読むのが得意なのだ。
次の日。烏間に代わり、鷹岡が体育の授業を受け持っていた。
鷹岡がクラス全員に配った時間割はめちゃくちゃなものだった。
主要科目の授業がほとんどない代わりに、訓練が夜九時まである。
こうなる事は予想していたが、ムカついた菜々は鷹岡が話している時、ソラに小声で頼んでみた。
「あいつの頭にう◯こ乗せてくれない? 見えてないんだから簡単でしょ」
すぐに断られた。
さまざまな方法で説得していると、大きな音がした。
何事だろう、と菜々が音をした方を見てみると、前原がうずくまっていた。
菜々は見ていなかったが、誰の仕業かはすぐに分かった。
スクワット三百回をするようにと、笑いながら言う鷹岡。
「う◯こがダメならせめて顔に落書きしてくれない?」
菜々がソラにそう言っていると、鷹岡は三村と神崎の首に手を回していた。
「鷹岡さん、それセクハラですよ」
菜々は思わず口をはさんだ。
「まだ分かっていないようだな。父ちゃんは絶対だぞ。文句があるなら拳と拳で語り合うか? そっちの方が父ちゃんは得意だぞ?」
鷹岡は笑顔で言った。
「あ、私もそっちの方が得意なのでありがたいです」
菜々がそう言って構えると、烏間が来た。
「やめろ鷹岡!」
彼は前原と三村、神崎にかけ寄り、異常がないか確かめる。
「ちゃんと手加減してるさ、烏間。大事な俺の家族なんだから当然だろう」
鷹岡を孤地獄に落とす事を菜々は決めた。
菜々が孤地獄の内容を真剣に考えていると、鷹岡と殺せんせーの口論が始まっていた。
しかし、殺せんせーが言い負かされてしまう。
菜々はスクワットをしながら、これからどうするべきか考えていた。
三村が首を絞められて怒られている。
万が一のことが起こった場合のために、一応手は打っておいたが、その前に渚がどうにかしてくれるのが一番良い。
とりあえず、死後の裁判でとことんいじめてやろう、と菜々は決めた。
普通の人間に菜々の嫌がらせはきついはずだ。
菜々がそう思っていると倉橋が烏間に助けを求めた。
それを聞いた鷹岡が彼女を殴ろうと腕を振り上げた時、烏間がその腕を掴んだ。
「それ以上、生徒達に手荒くするな」
とっさに、鷹岡のキン◯マを蹴る体勢に入っていた菜々は動きを止めた。
菜々が後ろに迫っていたことに気がついていない鷹岡は、とある提案をした。
烏間が選んだ一人の生徒と、鷹岡が戦う。
その生徒が一度でも素手で戦う彼にナイフを当てられたら、鷹岡は出て行く。
そのかわり、鷹岡が勝てばいっさい口出しはさせない。
ただし、生徒は本物のナイフを使うこと。
烏間は悩んだ。生徒に本物のナイフを使わせて良いのだろうかと。
しかし、わずかに可能性がありそうな生徒が二人いる。
一人は加藤菜々。
いつもは隠そうとしているが、戦闘慣れしている。
本人に理由を尋ねたところ、世界屈指の犯罪都市米花町に住んでいて、幼い頃からさまざまな事件に巻き込まれているらしい。
そのため、何度も命が危険にさらされている状況に陥っていたようだ。
そのせいか肝が座っており、状況を冷静に判断できる。
彼女なら迷いなくナイフを使うだろう。
しかし、彼女を選ぶ事は出来ない。
彼女が得意とするのは戦闘だ。
戦闘力の高さに鷹岡が初っ端から本気を出す可能性が高い。
確かに彼女は強いが、本気を出した鷹岡に勝てるかどうかは分からない。
この勝負において、必要なのは戦闘ではない。
だとすると、候補は一人だけだ。
この前、得体の知れない恐怖を自分に感じさせた生徒。
「渚君、やる気はあるか?」
烏間は渚にナイフを差し出した。
ほとんど全員が驚いた。
鷹岡は烏間の判断を鼻で笑った。
さっき突っかかってきた女子生徒なら少しは見込みがあったが、こいつなら絶対に勝てる。
「見る目がないな、烏間」
鷹岡が呟くのとほぼ同時に渚がナイフを受け取った。
渚は本物のナイフを手に、どう動けばいいのか少し迷ったが、烏間のアドバイスを思い出した。
殺せば勝ちなんだ。
そう気がつくと、彼は笑って、普通に歩いて近づいた。
全員が思いもよらない行動に目を見開く。
渚は構えていた鷹岡の腕にぶつかり、表情を変えずにナイフを振りかぶった。
その時始めて、鷹岡は自分が殺されかけていることに気がついた。
体勢を崩した鷹岡の重心が後ろに傾いたので、渚は服を引っ張って転ばせた。
正面からだと防がれるので、背後から回って仕留める。ミネ打ちだ。
「捕まえた」
渚がそう呟くのを見て、烏間は渚の才能に気がついた。
殺せんせーが勝負が終わったことを告げ、渚から取り上げたナイフを食べる。
立ち上がった渚の周りにクラスメイトが集まった。
生徒達が喜んでいると鷹岡が立ち上がった。
もう一回戦えと要求する鷹岡に、出て行って欲しいと渚は頼んだ。
その瞬間、鷹岡は拳を振り上げるが、烏間にあごを肘で殴られ、倒れる。
自分一人でE組の授業を受け持つことができるよう、上と交渉すると言う烏間。
鷹岡がなんか言っていると、學峯がやってきて、その必要はないと言った。
「教育に恐怖は必要です。一流の教育者は恐怖を巧みに使いこなすが、暴力でしか恐怖を与えることができないなら、その教師は三流以下だ」
菜々はその様子を写真に撮った。
學峯は顎クイをして話しているのだ。
そのため、彼女は腐っていないが、そう言う内容が好きな人に売りつけられるかもしれないと考えた。
鷹岡は解雇通知を口に押し込まれた。
「それと加藤さん。その写真は消しなさい」
立ち去る時、學峯は言った。
頭の中で警報が鳴り響いていたので彼女は素直に頷いた。
鷹岡は怒りから解雇通知を食べ、立ち去った。
授業時間が終わり、制服に着替えてから菜々達は、烏間のおごりで街にスイーツを食べに行った。
授業をサボっていたカルマもちゃっかりついてきている。
「それにしても思いがけない人に会ったな」
カルマの独り言を聞いた者は一人もいなかった。
午後三時頃、カルマは裏山にある崖の近くに座り込んでいた。
この辺りは木がないうえに、あまり人が来ないので重宝している。
今は六時間目の授業が行われている時間だが彼がこんな場所にいるのは、今日から烏間ではなく、鷹岡が教えることになっているのが理由だ。
あの男はなんか信用できない。
そう感じたので堂々とサボっているのである。
それにしても暇だ、とぼんやりと空を見上げていると声をかけられた。
「サボりですか?」
何度か聞いたことのある声が後ろから聞こえたので、カルマは振り返った。
「アンタこそ仕事とかないの? 加々知さん」
鬼灯はカルマの隣に座る。
今日も半袖シャツとジーパンという格好だ。もちろんキャスケットで耳とツノを隠している。
シャツにはリアルなジバクアリがプリントされている。
「昨日、急いで半休とったんですよ。菜々さんから面白い話を聞きまして。新しく防衛省から派遣された人が矯正のし甲斐がありそうだと」
「そんな話になってるならサボらなきゃよかった」
カルマは少し後悔した。鬼灯が鷹岡のところへ行ってしまえばまた、暇を持て余すことになる。
「俺も加々知さんと一緒に行こうかな」
「私はすぐに行くつもりではないですよ。部外者が手を出すのはあまり良いとは思えないですし。万が一の事になったら、菜々さんと一緒に拷問するつもりです」
カルマが何気なく呟くと、かなり恐ろしい答えが返ってきた。
しかし、矯正のし甲斐がある人を見ると燃えると言っていた人だと思い直し、カルマは話を続けた。
「サボってるのにとがめたりしないんだ。もしかして加々知さんも昔はこうだったとか?」
カルマが何気なく尋ねてみると、鬼灯は視線をそらした。
「えっ、マジで!? どんな感じだったの? 喧嘩とかしてた?」
思わぬ情報を手に入れたカルマは嬉々として尋ねる。
隙が無いこの男の弱みを握ってみたいとでも思ったのだろう。
「喧嘩ですか。親がいない事をバカにしてくる輩を締めていたくらいですね」
顎に手を当てて答える鬼灯にカルマは質問を浴びせた。
「それってどんなふうに? やっぱり鼻にワサビとか入れてた?」
話が弾み、鬼灯は言うつもりがなかった事まで話してしまった。
「岩は砂です。根気よく力を与え続ければいかなるものもいずれは砂になるんです」
洞窟に閉じ込められ、穴を防いだ岩に五日間頭突きをして外に出た時の話を聞いた時、カルマはその「いかなるもの」になりたくないと思った。
「それでどうしたの? 文句言ったら喧嘩になったりしなかった?」
「もちろんなりました。数だけの雑魚は落とし穴で減らしました」
そう言って、鬼灯は地面に簡単な落とし穴の図を描く。
カルマは落とし穴のクオリティーに舌を巻いた。
高い場所から岩を落とす機械があり、その下にある落とし穴の側面には油が塗ってあるので、掴もうとしても手が滑るだけだ。
落とし穴の下にはう◯こが敷き詰めてある。
しかも、これを作ったのは小学生くらいの時らしい。
「殺せんせーにも似たようなやつ仕掛けない?」
カルマは提案してみた。この人とならいいところまで追い詰められるかもしれないと思ったからだ。
鬼灯は承知し、二人で暗殺方法を考えていると、鬼灯の電話が鳴った。
彼は少し話すと電話を切った。
「菜々さんからです。鷹岡さんが渚さんに撃退されたようですよ」
カルマは思いもよらない名前が出てきた事に驚いた。
「と言う事で加藤さんも計画に参加してくれない?」
烏間のおごりでクレープを食べている時、カルマは菜々に今まであったことを話した。
「いいけど、なんで私?」
話を聞くと、高度な技術を使う予定らしい。それなら菜々よりも鵜飼あたりに頼んだ方が良さそうだ。
「なんでって加々知さんがいるからじゃん」
殺せんせーの影響なのか、カルマも下世話だった。
「やっぱり知ってたんだ……」
「クラス中が知ってるよ」
菜々のつぶやきにカルマが答える。
思い返せば、修学旅行の時、女子全員がクラスの中なら誰を彼氏にしたいと思うか、一人ずつ名前を挙げていた時、菜々はスルーされた。
また、菅谷はメヘンディアートをする時、どんな柄がいいか聞かずに、ホオズキをモチーフにした絵を菜々の腕に描いてきた。
自分の気持ちが周りに筒抜けだった事に軽くショックを受けた菜々だったが、思考を暗殺の話に切り替えた。
「暗殺のことだけど、具体的にはどうするの?」
おこぼれをもらおうとついて来た殺せんせーがいるので、ここでは詳しく話さない方が良いという事になり、二人は後日集まる約束をした。
*
クーラーがないため、夏の旧校舎は暑い。
三村が地獄と評していたが、地獄はもっと暑い。
それはさておき、いまだに狐の姿であるソラを見て、いい加減人型になればいいのに、と菜々が考えていると、裏山にある小さな沢に行く事になっていた。
やがて、殺せんせーが泳げないことが発覚し、カルマは今進めている暗殺計画を見直す事を決めた。
放課後。片岡は泳ぎの練習をしていた。
渚と茅野とその様子を見ていると、片岡に多川心菜という人物からメールが届いた。
その時の片岡の表情が気にかかり、殺せんせーを含む四人で尾行をする事にした。
「殺せんせー、変装道具持ってきてください」
渚達がサングラスをかけて尾行しようとしていたが、怪しかったので菜々が手直しする事になった。
菅谷がいればもっとクオリティーの高い変装ができるのだろうが、呼ぶ時間がない。
「渚ちゃん、この前の授業ヤバくなかった?」
片岡達が入ったサイベリアに入り、様子を伺っている時、菜々が言った。
話す内容を思いつかなかったのでとりあえず「ヤバイ」を連発している。
ヤバイと言う言葉だけで話すことが出来るからだ。
時間がなかったので、変装の方は制服の着方と髪型をいつもと変えただけだ。
菜々達は友達で仲良く話しているふりをする。
殺せんせーに至っては怪しすぎるので店に入れなかった。
「なんで僕、女装させられてるの!?」
「そっちの方がバレないよ」
小声で尋ねる渚に、菜々は親指を立てて良い笑顔で言った。
渚は髪を下ろしており、なぜか殺せんせーが持っていた制服のスカートを履いている。(取り敢えず、殺せんせーがスカートを持っていた事が発覚した時、菜々は一通りの罵倒をしておいた。)
また、殺せんせーが調達してきた、度が入っていないメガネをかけているので、よく見ないと渚だと分からない。
茅野はブレザーを脱ぎ、リボンをネクタイとして使っている。
その上、髪はおろしていて、殺せんせーがたまに使っているベレー帽をかぶっているので、茅野だと分からないどころか、椚ヶ丘の生徒だともぱっと見分からない。
あぐりとの約束があるため、菜々は保険をかけておく事にした。
茅野が髪を下ろした姿に殺せんせーが違和感を覚えるかもしれない。
違和感を感じて調べ、雪村あぐりの妹だと知れば触手を持っていることも容易に予想できるだろう。
殺せんせーが事前に情報を得ていれば、茅野を助けられる確率が高くなる。
かなり遠回しな方法だが、菜々は獄卒という立場のため、表立った行動ができないのだ。
殺せる機会があるのなら殺すという地獄の方針に背く事は出来ない。
言い訳ができる方法でサインを送るしかない。
菜々も服装は茅野と同じで、髪は下の方で二つに結んでいる。
こちらも菜々だとは分かりにくい。
側から見ればこの三人は、仲のいい女友達が集まっているようにしか見えない。
「髪型と服装を変えるだけで結構変わるものだよ」
「なんでそんなに尾行なれしてるの!?」
渚の突っ込みに、小さい頃から事件に首を突っ込んでいたからと答えた菜々を見て、二人は事件体質者の恐ろしさを感じた。
事件体質者とは事件に巻き込まれやすい人のことだ。
特に米花町の住人が多く、有名な例を挙げると工藤優作。
この事は米花町の住人以外のほとんどの人が知っている。
菜々達はうまく変装していたが、片岡に見つかった殺せんせーが三人の事を話してしまった。
殺せんせーの発案の多川心菜拉致計画に菜々は加わった。
二日後、プールが壊されていた。殺せんせーがマッハで直していたので大事にはならなかったが。
「浄玻璃鏡借りてもいいですか?」
菜々は地獄に来て早々、そう言った。
理由を尋ねられ、菜々はプールが壊されていた事、犯人は寺坂だと思う事を説明した。
「なんか寺坂君の行動って、誰かに操られて犯行をした殺人犯に似てるんですよ」
例はよく分からなかったが、何かありそうだという事だろうと解釈した鬼灯は浄玻璃鏡を使う許可を出した。
柳沢が関わっていることが分かったので、なにかが起こると踏み、裁判を中止して浄玻璃鏡で見張ることが決まった。
「だから浄玻璃鏡で交代で見張るようにって言われたのか」
技術課に顔を出した菜々から話を聞き、烏頭は納得した。
触手生物の存在を知らされている獄卒が交代で浄玻璃鏡で寺坂竜馬の行動を見張るようにという指示があったのだ。
今は人気のない廊下に移動している。
「それとこれ、寺坂君が持ってたスプレー缶です。寺坂君の倶生神さんに聞いて、中に入っていたのは触手生物の感覚を鈍らす効果があるものだと分かりました。まだ残ってるか分からないですけど、一応どうぞ」
そう言って、菜々はスプレー缶を差し出した。
微量だがスプレーが残っていたため、成分を分析すれば同じものが作れる可能性が高いとのことだった。
菜々は寺坂に協力するため、プールにナイフを持って入っていた。
これから何が起こるのか知っているので、ソラにはプールの外で化かして欲しいと頼んである。
殺せんせーに向けたピストルの引き金を寺坂が引いた途端、プールの堰が爆破された。
険しい岩場に向かって流されている時、菜々は近くにあった岩に掴まった。
なんとか体勢を立て直すと、殺せんせーに岸に運ばれた。
カルマが寺坂を殴っているのを見て、菜々がとりあえず自分も殴っておこうと寺坂のそばに行こうとしたら、イトナが現れた。
殺せんせーは水に叩きつけられ、さらに水を吸って動きが遅くなる。
しかも、触手の射程圏内に三人の生徒がいるので力を発揮できていない。
寺坂の言葉により、カルマが彼に指示することになった。
触手生物の感覚を鈍らす効果があるスプレーを至近距離で浴びた寺坂のシャツを、寺坂がイトナの触手をわざと受けて巻きつける。
その隙に殺せんせーが原を助け、クラス全員が飛び降りる。
その時に出来た水しぶきを浴びて、イトナの触手はふやけた。
自分達が勝つには生徒を皆殺しにするしかないが、殺せんせーの反物質臓がどう暴走するか分からない。
そう判断した柳沢は引き上げた。
寺坂がクラスに馴染んできたのを菜々が感じていると、ソラが彼女が目を背けてきた事を言った。
「菜々は暗殺教室の生徒であると同時に、地球が壊されないように地獄から派遣された獄卒でもあるんだよ。あの世からすれば、ここで殺せんせーが殺された方が都合が良かった。学校が終わるまでに言い訳を考えといた方がいいと思う」
菜々は殺せんせーを殺すのは自分達がいいと思っている。
しかし、あの世にとって、他の暗殺者が殺せんせーを殺すのを邪魔するのはデメリットしかない。
椚ヶ丘中学校三年E組の生徒と、獄卒。
二つの立場に置かれているため、菜々は自分がどうすればいいのか分からなくなることがあった。
とりあえず、今回殺せんせーを助けたのは、もしも殺せんせーが負けていたら、自分の情けなさに嫌気がさして自暴自棄になっていた可能性が高いからだと言い訳したため、問題にはならなかった。
殺せんせーは毎朝、HR前に校舎裏でくつろぐ。
そのため、菜々達はそこに落とし穴を仕掛けることにした。
落とし穴の下にはう◯この代わりに対先生BB弾が敷き詰めてあり、側面には油を塗る代わりに防衛省に頼んで用意してもらった対触手繊維が貼ってある。
茂みに隠してあるが、落とし穴の近くにはホースが何本かあり、水と対先生BB弾が出てくるようになっている。
「落とし穴を作ったはいいけどどうやっておびき寄せる?」
そう尋ねたのはカルマだ。
「落とし穴の上にエロ本でも置いておけばいいんじゃない?」
「今まで殺せんせーがやってきた恥ずかしいことの画像を流しておけば急いで止めにくるんじゃないですか?」
鬼灯の案が採用され、決行の日を迎えた。
マッハ20でインドに寄って買ってきたマンゴーラッシーを飲みながら、殺せんせーは校舎裏に来た。
「修学旅行で行われた気になる女子の投票で、磯貝君が片岡さんに票を入れてましたね。委員長コンビをどうにかくっつけられないものか」
ヌルフフフと笑いながら下世話な事を考えていた殺せんせーはスマホを見つけた。
誰かがうっかり落としたわけではないことは明白だ。
殺せんせーが顔をピンク色にして、ファンレターを書いている映像が流れているからだ。
『やっぱり、あなたを見ると私の触手が大変元気になるのです、の方がいいですかね。是非とも私に手ブラならぬ触手ブラをさせてほしいものです』
だらしない顔をしながら、セクハラまがいのファンレターを書いている自分の映像を見て、殺せんせーは顔を真っ赤にした。
心なしか、煙も出ている気がする。
誰にも見られないうちに急いで映像を消そうと殺せんせーが触手を伸ばした途端、彼は浮遊感を感じた。
彼は映像に気を取られていたせいで、背後に回った菜々に気がつかなかったのだろう。
菜々に地面に向かって蹴り飛ばされた、大きな影が着地した先の地面が崩れた。
それが穴に落ちていった瞬間、カルマと鬼灯がホースをつかむ。
落とし穴の中に水と対先生用BB弾を注ぐ。
殺せんせーに逃げ場はないと思われたが、ヌルフフフという笑い声が菜々の横から聞こえた。
「落とし穴とは考えましたね。しかし、菜々さんの動きは私にとって遅かった。殺気も少し漏れていたので、脱皮した皮を身代わりにして難を逃れました」
しかしアイディアは素晴らしかったですと褒める殺せんせー。
「動きが遅いのと殺気が漏れてしまうのは克服します。あと、殺せなかった事の八つ当たりでさっきの映像、クラス中に見せます」
いい笑顔で菜々は言った。
焦りながらアイスを渡し、買収しようとする殺せんせー。
「カルマ君と加々知さんも黙っててください」
そう言いながら二人にも一本八十円のアイスを渡す殺せんせー。
「それと暗殺ですが、落ち込むことはありません。詳しいことは今度話しますが、期末テストで頑張ればハンデをあげるつもりです」
殺せんせーが職員室に向かったのを見届けてから、鬼灯は職場に行くといって去っていった。
この人、仕事しなくていいのかとカルマは疑問に思った。
*
期末テストが近づいて来たので、E組の授業はテストに向けたものが多かった。
今は気分転換のため、外で授業を受けている。
例によって殺せんせーの分身に菜々は教えられていた。
殺せんせーの監視をしている沙華と天蓋は、わざわざ同じところを殺せんせーと一緒に動き回る気はないので、菜々の近くで殺せんせーを観察している。
殺せんせーを見ているといっても、ずっと分身しながら生徒に勉強を教えているだけなので、気を張って見張っている必要はないと倶生神は判断していた。
そんな倶生神――主に沙華がやることは、菜々が人間だった時と変わらなかった。
菜々に勉強を教えるのだ。
「加藤さんは勉強の進みが早いですね。試験範囲以外のところも勉強して見ましょう」
殺せんせーはそう言って、高校生用の教科書を取り出した。
菜々は倶生神に簡単にだが、高校生レベルの勉強まで教わっているのだ。
七年以上も時間があったのに勉強の進みが遅いと思われるかもしれないが、彼女は地獄の勉強を主にしていた。
倶生神に語った第一目標は、死後の裁判の抜け道を探す事だったので、地獄法などのあの世の法律を覚えるのが先だった。
また、十六小地獄の暗記だけでなく、世界各国のあの世や神、妖怪なども張り切った沙華が教えていたが、地獄の勉強が多かった一番の原因は、あの世の常識と現世の常識が違ったためだろう。
さらに事件に巻き込まれたりしてたんだし、普通の勉強はそこまで進んでいないのはしょうがない、と菜々は心の中で言い訳をしていた。
中身が二十歳を超えていることを考えれば勉強の進みは遅いが、中学三年生としてみればかなり進んでいる方だ。
「加藤さんはかなり勉強が進んでいる反面、ポカミスが多い。見直しの癖をつけましょう。しかし、椚ヶ丘のテストは問題数が多すぎて見直しの時間が取れない。一発で正解できるように、問題に慣れてください」
殺せんせーの評価もそんな感じだ。
授業が終わりに差しかかった時、渚が尋ねた。
「殺せんせー、また今回も全員五十位以内を目標にするの?」
殺せんせーは否定し、生徒が得意な教科の成績を評価に入れると言った。
また、教科ごとに学年一位をとった生徒に答案の返却時、触手一本を破壊する権利を与えると宣言した。
「カルマ君達には、この前の暗殺でほのめかしていましたね」
最後に殺せんせーは最後にそう言った。
一教科限定なら成績上位の生徒はE組にも結構いるので、俄然やる気になった生徒が多いようだ。
菜々が地獄に殺せんせーの出した条件を報告しに言っている時、図書室でA組とE組が賭けをしていた。
ルールは、五教科でより多く学年トップを取ったクラスが、負けたクラスにどんなことでも命令できるというものだ。
「ソラ、テストの時カンペ見せてくれない?」
菜々は閻魔殿にある図書室に向かいながら尋ねてみた。
殺せんせーが地球を破壊する気がないという結論が出ているが、絶対とは言い切れない。
そのため、出来る事ならなるべく早く暗殺したいというのがあの世の意見だ。
触手を一本でも破壊できるのなら、暗殺できる確率は一気に高くなる。
また、A組との賭けがある。
菜々は浅野が何か企んでいると感じていた。
E組の秘密に感づいて、賭けに勝ったら正直に答えさせようとしているのだと予想できる。
これ以上殺せんせーの存在が知られると、あの世の住民にも知られる可能性が上がるので都合が悪い。
それらの理由から、E組は一教科でも多く一位を取り、賭けに勝つ必要がある。
そう結論付けたので菜々はダメ元でソラに頼んでみたのだ。
菜々は予想通りソラに断られた上、沙華に告げ口されたので勉強がハードになった。
楽をしようと痛い目を見るという事を菜々は学んだ。
テスト返しの日。
英語では中村が、社会で磯貝、理科で奥田が一位を取った。
また、数学では菜々と浅野が同点で一位を取った。
菜々は数学以外の主要科目で、漢字ミスやスペルミスをしてしまっていたため、満点には届かなかった。
しかし、主要科目は全て五位以内、総合点は二位である事を考えると大健闘だと言えるだろう。
菜々は自分の精神年齢が二十二歳だという事は考えないことにしていた。
寺坂達四人が家庭科で満点を取っていたため、破壊できる触手は八本となった。
しかし、全校生徒を盛り下げるために、女子は片岡を中心に作戦を練り始めた。
「メグちゃん。E組は何度でも交代できるんなら、始めに私が出て、ボール=人にぶつけるっていう本能を生かして、敵をノックアウト。その後、交代して点を入れるってのはどうかな?」
中学二年生の時に行われた体力テストのハンドボール投げでも、菜々が保健室送りにした生徒は何人かいたのだ。
「わざとだって言われるんじゃない?」
彼女の案は岡野によって却下された。
「じゃあ、愛美ちゃんが作った毒とかで相手を合法的にしばらく動けないようにするとか?」
菜々は危険な案しか出さなかったので、すぐに口出しを禁じられた。
殺せんせーが考えた作戦を教えられ、トレーニングを行っている時、菜々は殺せんせーの手伝いをしていた。
加藤にボールを触らせるな、がE組の鉄の掟になっているからだ。
殺せんせーの手伝いというのは練習をしている女子について回り、殺せんせーが調べ上げた個人的な恥ずかしい話を耳元で囁くというものだった。
クラス対抗球技大会当日。
E組女子はさらし者にされていた。
観客から罵倒されたりしていたが、練習の時に行われた菜々による精神強化のおかげで気にならなかった。
試合開始から十分後、茅野がコートに出たが、女子バスケ部のキャプテンにいいようにやられていたため、E組はタイムアウトをとった。
「敵チームのキャプテンの、私が個人的に調べた黒歴史であろうノートの内容を会場全体に聞こえるように読み上げてこようか?」
菜々の案はすぐに却下された。
それと同時になんでそんな事知ってるのかと質問攻めにされた。
大したことはしていない。買収してソラに取ってきてもらっただけだ。
試合に出るのは難しいので別の事で力になりたかったから調べたと菜々が答えると、そういうことを聞いてるんじゃないという目で見られた。
そんな雰囲気を無くしたのは不破だった。
「誰かがゾーンに入ればいいんじゃない?」
不破の案も却下された。
黒子のバスケよりもスラムダンク派の菜々と不破が「どっちの方が面白いか」と議論をしていると片岡が話を戻した。
「茅野さんの代わりに向こうのキャプテンをマークできる人っている?」
タイムアウトは二分しかないのだ。無駄話をしている暇はない。
「じゃあ、私が出ようか?」
菜々の言葉に全員が驚いた。
できなくはないが、ボールに触る可能性があるので、彼女を試合に出さないと決めたはずだ。
「私は向こうのキャプテンをマークするだけ。ボールには触らないっていうのはどう?」
菜々がそう行った時、タイムアウトをとっけから一分五十秒が経過していた。
相手チームのキャプテンは敵の得点源であり、ディフェンスも上手いため、何度もシュートを防いでいる。
彼女の動きを封じられるとなると、勝つ確率は一気に跳ね上がるだろう。
また、練習の時、女子全員の動きについて回り、殺せんせーから借りたノートを読み上げていた菜々なら、キャプテンの動きにも充分ついていけるだろう。
今は二十三対十六と、E組チームが七点差で負けている。
相手チームには勢いがあり、このままいけば一気に点差が膨れ上がりそうだ。
菜々が相手チームのエースをマークする事で、相手の勢いを無くすしかない。
十秒間でそんな結論を出した片岡は、菜々にコートに入る事を許可した。
菜々が敵キャプテンのマークについてからは、E組チームの快進撃だった。
E組チームは片岡中心に点を入れまくった。
「今日は曇り空。まるで私の心のよう。でも、風である貴方が」
「やめて! てかそれ何で知ってんの!」
菜々はソラに頼んで持ってきてもらった、とある人物のマル秘ノートを本人にだけ聞こえるように読み上げていた。
ソラの買収のために、エンジェル群青のフィギアと同じくらいの値段のケーキを買わなければならなかったのだ。
初めは狐だし、油揚げでいいだろうと考えていた菜々だったが、ソラに狐は肉食動物だと知らされた。
それなら生肉でも用意しようかと思ったら、高級ケーキがいいと言われたのだ。
仕方なくケーキを買いに行ったらまたもや事件に巻き込まれた。
それだけ苦労したのだからノートを使わないはずがない。
そのノートの持ち主は昔、例のノートを変なテンションになった時に書いてしまい、捨てたかったが誰かに見つかるかもしれないという不安のせいで、捨てられていなかったらしい。
犯罪者の心理に似ているな、と菜々は思っていた。
敵キャプテンは集中力をかき乱された事により、ファウルを連発。四ファウルとなった。
後一回ファウルをすれば退場なので敵キャプテンは思うように動けない。
また、E組が相手なので全校生徒の手前、交代も出来ない。
その隙に片岡がシュートを決めまくる。
やがて、ブザーが鳴り響いた。試合終了の合図だ。
「「「ありがとうございました」」」
両チームのコートに出ていた選手が頭を下げる。
女子バスケ部のメンバーの顔は曇っていた。逆にE組女子の顔は晴れ晴れしている。
僅差だが、E組が勝ったのだ。
片岡が四十点以上も入れていたのが大きい。
その後、野球の試合が行われている会場に行った。
殺せんせーと理事長の数々の戦略のぶつかり合いが終わり、最終的にE組が勝った。
*
烏間による暗殺技能テストが終わった時、男がやってきた。
菜々は先日地獄で行われた会議で話を聞いていたため、その男が誰なのか知っていた。
鷹岡明。防衛省の人間で、烏間に強い対抗意識を持っている。
家族のように近い距離で接する一方、暴力的な父親のような独裁体制で、短期間で忠実な精鋭を育てる手法をとる人物だ。
もう七月。日本政府が焦るのは分かるが、こちらの事ももう少し考えて欲しいと菜々は思った。
しかし、各国政府の重役は自分たちが安全なら、E組生徒がどうなってもいいのだろう。
日本地獄はそうではない。
やっぱり、現世よりあの世の方がいいと、この状況ではどうでもいい結論を菜々がだしていると、鷹岡が自己紹介をしていた。
聞いていなかったが、まあいいか、と菜々は開き直った。
鷹岡の事は一ミリも信じていなかった菜々だったが、彼が持ってきた菓子は食べた。
菓子に罪はない。
「鷹岡先生もどうぞ」
菜々は笑顔を作って菓子を差し出した。
米花町でそれなりの演技力は身につけている。
気をぬくと元々顔に出やすい事もあり、考えている事が周りに筒抜けになってしまうという欠点はあるが。
要は気を抜かなければ、大抵の人は騙す事が出来るのだ。
菜々からもらった菓子を食べた鷹岡はトイレにかけて行った。
誰かが奥田がこの前作っていた粉末状のビクトリア・フォールをかけておいたのだろう。
しばらくして戻ってきた鷹岡は笑顔を作っていたが、菜々にはすぐに偽物だと分かった。
表情を読むのは他の人よりも上手いと自負している。
かなりの頻度で犯罪に巻き込まれていた菜々は昔、必殺技が欲しいと考えていた。
ここは漫画の中の世界なんだから、ビームとか出せるんじゃないか、と思った菜々はビームを出そうと練習していた。
倶生神に見つからないように夜にやっていたのが救いだった。
全く出来なかったからだ。今から思えば黒歴史である。
考えてみれば、ここはバトル漫画の世界じゃなかったな、と思い直した菜々は、原作に出てきた技の方が成功率が確実に上がるのではないかという仮説を立ててみた。
そこで目をつけたのがクラップスタナーだった。
人間の意識には「波長」があり、波が「山」に近い時ほど、刺激に対して敏感になる。
相手の意識が最も敏感な「山」の瞬間に、音波の最も強い「山」を当てる。
すると、当分は神経が麻痺して動けなくなるという技だったはずだ。
これなら犯人と遭遇しても一発で倒せるし、技名がカッコいいと思った菜々は対策を練った。
まずは、意識の波長というものを感じ取れるようにしようとしたのだ。
どうすればそんなものが感じ取れるのか分からなかったが、幼少期に渚が母親の顔色を伺っていたことを思い出し、人間観察をするようになった。
結果、クラップスタナーを使えるようにはならなかった。
「波長」とか「山」とか訳が分からないというのが理由である。
トリップ特典とかあってもいいんじゃないか、と菜々はいるのか分からない自分をトリップさせた神に、心の中で文句を言っていた。
クラップスタナーは使えるようにならなかったが、人の顔色を伺って、相手が何を考えているのかくらいは分かるようになった。
事件の捜査などには役に立つので良いのだが、クラップスタナーは使えるようになりたかったというのが本音だ。
トリップ前にクラップスタナーの練習をひそかにしていたくらい、使えるようになりたかったのだ。
話は逸れたが、そんな理由で、菜々は表情を読むのが得意なのだ。
次の日。烏間に代わり、鷹岡が体育の授業を受け持っていた。
鷹岡がクラス全員に配った時間割はめちゃくちゃなものだった。
主要科目の授業がほとんどない代わりに、訓練が夜九時まである。
こうなる事は予想していたが、ムカついた菜々は鷹岡が話している時、ソラに小声で頼んでみた。
「あいつの頭にう◯こ乗せてくれない? 見えてないんだから簡単でしょ」
すぐに断られた。
さまざまな方法で説得していると、大きな音がした。
何事だろう、と菜々が音をした方を見てみると、前原がうずくまっていた。
菜々は見ていなかったが、誰の仕業かはすぐに分かった。
スクワット三百回をするようにと、笑いながら言う鷹岡。
「う◯こがダメならせめて顔に落書きしてくれない?」
菜々がソラにそう言っていると、鷹岡は三村と神崎の首に手を回していた。
「鷹岡さん、それセクハラですよ」
菜々は思わず口をはさんだ。
「まだ分かっていないようだな。父ちゃんは絶対だぞ。文句があるなら拳と拳で語り合うか? そっちの方が父ちゃんは得意だぞ?」
鷹岡は笑顔で言った。
「あ、私もそっちの方が得意なのでありがたいです」
菜々がそう言って構えると、烏間が来た。
「やめろ鷹岡!」
彼は前原と三村、神崎にかけ寄り、異常がないか確かめる。
「ちゃんと手加減してるさ、烏間。大事な俺の家族なんだから当然だろう」
鷹岡を孤地獄に落とす事を菜々は決めた。
菜々が孤地獄の内容を真剣に考えていると、鷹岡と殺せんせーの口論が始まっていた。
しかし、殺せんせーが言い負かされてしまう。
菜々はスクワットをしながら、これからどうするべきか考えていた。
三村が首を絞められて怒られている。
万が一のことが起こった場合のために、一応手は打っておいたが、その前に渚がどうにかしてくれるのが一番良い。
とりあえず、死後の裁判でとことんいじめてやろう、と菜々は決めた。
普通の人間に菜々の嫌がらせはきついはずだ。
菜々がそう思っていると倉橋が烏間に助けを求めた。
それを聞いた鷹岡が彼女を殴ろうと腕を振り上げた時、烏間がその腕を掴んだ。
「それ以上、生徒達に手荒くするな」
とっさに、鷹岡のキン◯マを蹴る体勢に入っていた菜々は動きを止めた。
菜々が後ろに迫っていたことに気がついていない鷹岡は、とある提案をした。
烏間が選んだ一人の生徒と、鷹岡が戦う。
その生徒が一度でも素手で戦う彼にナイフを当てられたら、鷹岡は出て行く。
そのかわり、鷹岡が勝てばいっさい口出しはさせない。
ただし、生徒は本物のナイフを使うこと。
烏間は悩んだ。生徒に本物のナイフを使わせて良いのだろうかと。
しかし、わずかに可能性がありそうな生徒が二人いる。
一人は加藤菜々。
いつもは隠そうとしているが、戦闘慣れしている。
本人に理由を尋ねたところ、世界屈指の犯罪都市米花町に住んでいて、幼い頃からさまざまな事件に巻き込まれているらしい。
そのため、何度も命が危険にさらされている状況に陥っていたようだ。
そのせいか肝が座っており、状況を冷静に判断できる。
彼女なら迷いなくナイフを使うだろう。
しかし、彼女を選ぶ事は出来ない。
彼女が得意とするのは戦闘だ。
戦闘力の高さに鷹岡が初っ端から本気を出す可能性が高い。
確かに彼女は強いが、本気を出した鷹岡に勝てるかどうかは分からない。
この勝負において、必要なのは戦闘ではない。
だとすると、候補は一人だけだ。
この前、得体の知れない恐怖を自分に感じさせた生徒。
「渚君、やる気はあるか?」
烏間は渚にナイフを差し出した。
ほとんど全員が驚いた。
鷹岡は烏間の判断を鼻で笑った。
さっき突っかかってきた女子生徒なら少しは見込みがあったが、こいつなら絶対に勝てる。
「見る目がないな、烏間」
鷹岡が呟くのとほぼ同時に渚がナイフを受け取った。
渚は本物のナイフを手に、どう動けばいいのか少し迷ったが、烏間のアドバイスを思い出した。
殺せば勝ちなんだ。
そう気がつくと、彼は笑って、普通に歩いて近づいた。
全員が思いもよらない行動に目を見開く。
渚は構えていた鷹岡の腕にぶつかり、表情を変えずにナイフを振りかぶった。
その時始めて、鷹岡は自分が殺されかけていることに気がついた。
体勢を崩した鷹岡の重心が後ろに傾いたので、渚は服を引っ張って転ばせた。
正面からだと防がれるので、背後から回って仕留める。ミネ打ちだ。
「捕まえた」
渚がそう呟くのを見て、烏間は渚の才能に気がついた。
殺せんせーが勝負が終わったことを告げ、渚から取り上げたナイフを食べる。
立ち上がった渚の周りにクラスメイトが集まった。
生徒達が喜んでいると鷹岡が立ち上がった。
もう一回戦えと要求する鷹岡に、出て行って欲しいと渚は頼んだ。
その瞬間、鷹岡は拳を振り上げるが、烏間にあごを肘で殴られ、倒れる。
自分一人でE組の授業を受け持つことができるよう、上と交渉すると言う烏間。
鷹岡がなんか言っていると、學峯がやってきて、その必要はないと言った。
「教育に恐怖は必要です。一流の教育者は恐怖を巧みに使いこなすが、暴力でしか恐怖を与えることができないなら、その教師は三流以下だ」
菜々はその様子を写真に撮った。
學峯は顎クイをして話しているのだ。
そのため、彼女は腐っていないが、そう言う内容が好きな人に売りつけられるかもしれないと考えた。
鷹岡は解雇通知を口に押し込まれた。
「それと加藤さん。その写真は消しなさい」
立ち去る時、學峯は言った。
頭の中で警報が鳴り響いていたので彼女は素直に頷いた。
鷹岡は怒りから解雇通知を食べ、立ち去った。
授業時間が終わり、制服に着替えてから菜々達は、烏間のおごりで街にスイーツを食べに行った。
授業をサボっていたカルマもちゃっかりついてきている。
「それにしても思いがけない人に会ったな」
カルマの独り言を聞いた者は一人もいなかった。
午後三時頃、カルマは裏山にある崖の近くに座り込んでいた。
この辺りは木がないうえに、あまり人が来ないので重宝している。
今は六時間目の授業が行われている時間だが彼がこんな場所にいるのは、今日から烏間ではなく、鷹岡が教えることになっているのが理由だ。
あの男はなんか信用できない。
そう感じたので堂々とサボっているのである。
それにしても暇だ、とぼんやりと空を見上げていると声をかけられた。
「サボりですか?」
何度か聞いたことのある声が後ろから聞こえたので、カルマは振り返った。
「アンタこそ仕事とかないの? 加々知さん」
鬼灯はカルマの隣に座る。
今日も半袖シャツとジーパンという格好だ。もちろんキャスケットで耳とツノを隠している。
シャツにはリアルなジバクアリがプリントされている。
「昨日、急いで半休とったんですよ。菜々さんから面白い話を聞きまして。新しく防衛省から派遣された人が矯正のし甲斐がありそうだと」
「そんな話になってるならサボらなきゃよかった」
カルマは少し後悔した。鬼灯が鷹岡のところへ行ってしまえばまた、暇を持て余すことになる。
「俺も加々知さんと一緒に行こうかな」
「私はすぐに行くつもりではないですよ。部外者が手を出すのはあまり良いとは思えないですし。万が一の事になったら、菜々さんと一緒に拷問するつもりです」
カルマが何気なく呟くと、かなり恐ろしい答えが返ってきた。
しかし、矯正のし甲斐がある人を見ると燃えると言っていた人だと思い直し、カルマは話を続けた。
「サボってるのにとがめたりしないんだ。もしかして加々知さんも昔はこうだったとか?」
カルマが何気なく尋ねてみると、鬼灯は視線をそらした。
「えっ、マジで!? どんな感じだったの? 喧嘩とかしてた?」
思わぬ情報を手に入れたカルマは嬉々として尋ねる。
隙が無いこの男の弱みを握ってみたいとでも思ったのだろう。
「喧嘩ですか。親がいない事をバカにしてくる輩を締めていたくらいですね」
顎に手を当てて答える鬼灯にカルマは質問を浴びせた。
「それってどんなふうに? やっぱり鼻にワサビとか入れてた?」
話が弾み、鬼灯は言うつもりがなかった事まで話してしまった。
「岩は砂です。根気よく力を与え続ければいかなるものもいずれは砂になるんです」
洞窟に閉じ込められ、穴を防いだ岩に五日間頭突きをして外に出た時の話を聞いた時、カルマはその「いかなるもの」になりたくないと思った。
「それでどうしたの? 文句言ったら喧嘩になったりしなかった?」
「もちろんなりました。数だけの雑魚は落とし穴で減らしました」
そう言って、鬼灯は地面に簡単な落とし穴の図を描く。
カルマは落とし穴のクオリティーに舌を巻いた。
高い場所から岩を落とす機械があり、その下にある落とし穴の側面には油が塗ってあるので、掴もうとしても手が滑るだけだ。
落とし穴の下にはう◯こが敷き詰めてある。
しかも、これを作ったのは小学生くらいの時らしい。
「殺せんせーにも似たようなやつ仕掛けない?」
カルマは提案してみた。この人とならいいところまで追い詰められるかもしれないと思ったからだ。
鬼灯は承知し、二人で暗殺方法を考えていると、鬼灯の電話が鳴った。
彼は少し話すと電話を切った。
「菜々さんからです。鷹岡さんが渚さんに撃退されたようですよ」
カルマは思いもよらない名前が出てきた事に驚いた。
「と言う事で加藤さんも計画に参加してくれない?」
烏間のおごりでクレープを食べている時、カルマは菜々に今まであったことを話した。
「いいけど、なんで私?」
話を聞くと、高度な技術を使う予定らしい。それなら菜々よりも鵜飼あたりに頼んだ方が良さそうだ。
「なんでって加々知さんがいるからじゃん」
殺せんせーの影響なのか、カルマも下世話だった。
「やっぱり知ってたんだ……」
「クラス中が知ってるよ」
菜々のつぶやきにカルマが答える。
思い返せば、修学旅行の時、女子全員がクラスの中なら誰を彼氏にしたいと思うか、一人ずつ名前を挙げていた時、菜々はスルーされた。
また、菅谷はメヘンディアートをする時、どんな柄がいいか聞かずに、ホオズキをモチーフにした絵を菜々の腕に描いてきた。
自分の気持ちが周りに筒抜けだった事に軽くショックを受けた菜々だったが、思考を暗殺の話に切り替えた。
「暗殺のことだけど、具体的にはどうするの?」
おこぼれをもらおうとついて来た殺せんせーがいるので、ここでは詳しく話さない方が良いという事になり、二人は後日集まる約束をした。
*
クーラーがないため、夏の旧校舎は暑い。
三村が地獄と評していたが、地獄はもっと暑い。
それはさておき、いまだに狐の姿であるソラを見て、いい加減人型になればいいのに、と菜々が考えていると、裏山にある小さな沢に行く事になっていた。
やがて、殺せんせーが泳げないことが発覚し、カルマは今進めている暗殺計画を見直す事を決めた。
放課後。片岡は泳ぎの練習をしていた。
渚と茅野とその様子を見ていると、片岡に多川心菜という人物からメールが届いた。
その時の片岡の表情が気にかかり、殺せんせーを含む四人で尾行をする事にした。
「殺せんせー、変装道具持ってきてください」
渚達がサングラスをかけて尾行しようとしていたが、怪しかったので菜々が手直しする事になった。
菅谷がいればもっとクオリティーの高い変装ができるのだろうが、呼ぶ時間がない。
「渚ちゃん、この前の授業ヤバくなかった?」
片岡達が入ったサイベリアに入り、様子を伺っている時、菜々が言った。
話す内容を思いつかなかったのでとりあえず「ヤバイ」を連発している。
ヤバイと言う言葉だけで話すことが出来るからだ。
時間がなかったので、変装の方は制服の着方と髪型をいつもと変えただけだ。
菜々達は友達で仲良く話しているふりをする。
殺せんせーに至っては怪しすぎるので店に入れなかった。
「なんで僕、女装させられてるの!?」
「そっちの方がバレないよ」
小声で尋ねる渚に、菜々は親指を立てて良い笑顔で言った。
渚は髪を下ろしており、なぜか殺せんせーが持っていた制服のスカートを履いている。(取り敢えず、殺せんせーがスカートを持っていた事が発覚した時、菜々は一通りの罵倒をしておいた。)
また、殺せんせーが調達してきた、度が入っていないメガネをかけているので、よく見ないと渚だと分からない。
茅野はブレザーを脱ぎ、リボンをネクタイとして使っている。
その上、髪はおろしていて、殺せんせーがたまに使っているベレー帽をかぶっているので、茅野だと分からないどころか、椚ヶ丘の生徒だともぱっと見分からない。
あぐりとの約束があるため、菜々は保険をかけておく事にした。
茅野が髪を下ろした姿に殺せんせーが違和感を覚えるかもしれない。
違和感を感じて調べ、雪村あぐりの妹だと知れば触手を持っていることも容易に予想できるだろう。
殺せんせーが事前に情報を得ていれば、茅野を助けられる確率が高くなる。
かなり遠回しな方法だが、菜々は獄卒という立場のため、表立った行動ができないのだ。
殺せる機会があるのなら殺すという地獄の方針に背く事は出来ない。
言い訳ができる方法でサインを送るしかない。
菜々も服装は茅野と同じで、髪は下の方で二つに結んでいる。
こちらも菜々だとは分かりにくい。
側から見ればこの三人は、仲のいい女友達が集まっているようにしか見えない。
「髪型と服装を変えるだけで結構変わるものだよ」
「なんでそんなに尾行なれしてるの!?」
渚の突っ込みに、小さい頃から事件に首を突っ込んでいたからと答えた菜々を見て、二人は事件体質者の恐ろしさを感じた。
事件体質者とは事件に巻き込まれやすい人のことだ。
特に米花町の住人が多く、有名な例を挙げると工藤優作。
この事は米花町の住人以外のほとんどの人が知っている。
菜々達はうまく変装していたが、片岡に見つかった殺せんせーが三人の事を話してしまった。
殺せんせーの発案の多川心菜拉致計画に菜々は加わった。
二日後、プールが壊されていた。殺せんせーがマッハで直していたので大事にはならなかったが。
「浄玻璃鏡借りてもいいですか?」
菜々は地獄に来て早々、そう言った。
理由を尋ねられ、菜々はプールが壊されていた事、犯人は寺坂だと思う事を説明した。
「なんか寺坂君の行動って、誰かに操られて犯行をした殺人犯に似てるんですよ」
例はよく分からなかったが、何かありそうだという事だろうと解釈した鬼灯は浄玻璃鏡を使う許可を出した。
柳沢が関わっていることが分かったので、なにかが起こると踏み、裁判を中止して浄玻璃鏡で見張ることが決まった。
「だから浄玻璃鏡で交代で見張るようにって言われたのか」
技術課に顔を出した菜々から話を聞き、烏頭は納得した。
触手生物の存在を知らされている獄卒が交代で浄玻璃鏡で寺坂竜馬の行動を見張るようにという指示があったのだ。
今は人気のない廊下に移動している。
「それとこれ、寺坂君が持ってたスプレー缶です。寺坂君の倶生神さんに聞いて、中に入っていたのは触手生物の感覚を鈍らす効果があるものだと分かりました。まだ残ってるか分からないですけど、一応どうぞ」
そう言って、菜々はスプレー缶を差し出した。
微量だがスプレーが残っていたため、成分を分析すれば同じものが作れる可能性が高いとのことだった。
菜々は寺坂に協力するため、プールにナイフを持って入っていた。
これから何が起こるのか知っているので、ソラにはプールの外で化かして欲しいと頼んである。
殺せんせーに向けたピストルの引き金を寺坂が引いた途端、プールの堰が爆破された。
険しい岩場に向かって流されている時、菜々は近くにあった岩に掴まった。
なんとか体勢を立て直すと、殺せんせーに岸に運ばれた。
カルマが寺坂を殴っているのを見て、菜々がとりあえず自分も殴っておこうと寺坂のそばに行こうとしたら、イトナが現れた。
殺せんせーは水に叩きつけられ、さらに水を吸って動きが遅くなる。
しかも、触手の射程圏内に三人の生徒がいるので力を発揮できていない。
寺坂の言葉により、カルマが彼に指示することになった。
触手生物の感覚を鈍らす効果があるスプレーを至近距離で浴びた寺坂のシャツを、寺坂がイトナの触手をわざと受けて巻きつける。
その隙に殺せんせーが原を助け、クラス全員が飛び降りる。
その時に出来た水しぶきを浴びて、イトナの触手はふやけた。
自分達が勝つには生徒を皆殺しにするしかないが、殺せんせーの反物質臓がどう暴走するか分からない。
そう判断した柳沢は引き上げた。
寺坂がクラスに馴染んできたのを菜々が感じていると、ソラが彼女が目を背けてきた事を言った。
「菜々は暗殺教室の生徒であると同時に、地球が壊されないように地獄から派遣された獄卒でもあるんだよ。あの世からすれば、ここで殺せんせーが殺された方が都合が良かった。学校が終わるまでに言い訳を考えといた方がいいと思う」
菜々は殺せんせーを殺すのは自分達がいいと思っている。
しかし、あの世にとって、他の暗殺者が殺せんせーを殺すのを邪魔するのはデメリットしかない。
椚ヶ丘中学校三年E組の生徒と、獄卒。
二つの立場に置かれているため、菜々は自分がどうすればいいのか分からなくなることがあった。
とりあえず、今回殺せんせーを助けたのは、もしも殺せんせーが負けていたら、自分の情けなさに嫌気がさして自暴自棄になっていた可能性が高いからだと言い訳したため、問題にはならなかった。
殺せんせーは毎朝、HR前に校舎裏でくつろぐ。
そのため、菜々達はそこに落とし穴を仕掛けることにした。
落とし穴の下にはう◯この代わりに対先生BB弾が敷き詰めてあり、側面には油を塗る代わりに防衛省に頼んで用意してもらった対触手繊維が貼ってある。
茂みに隠してあるが、落とし穴の近くにはホースが何本かあり、水と対先生BB弾が出てくるようになっている。
「落とし穴を作ったはいいけどどうやっておびき寄せる?」
そう尋ねたのはカルマだ。
「落とし穴の上にエロ本でも置いておけばいいんじゃない?」
「今まで殺せんせーがやってきた恥ずかしいことの画像を流しておけば急いで止めにくるんじゃないですか?」
鬼灯の案が採用され、決行の日を迎えた。
マッハ20でインドに寄って買ってきたマンゴーラッシーを飲みながら、殺せんせーは校舎裏に来た。
「修学旅行で行われた気になる女子の投票で、磯貝君が片岡さんに票を入れてましたね。委員長コンビをどうにかくっつけられないものか」
ヌルフフフと笑いながら下世話な事を考えていた殺せんせーはスマホを見つけた。
誰かがうっかり落としたわけではないことは明白だ。
殺せんせーが顔をピンク色にして、ファンレターを書いている映像が流れているからだ。
『やっぱり、あなたを見ると私の触手が大変元気になるのです、の方がいいですかね。是非とも私に手ブラならぬ触手ブラをさせてほしいものです』
だらしない顔をしながら、セクハラまがいのファンレターを書いている自分の映像を見て、殺せんせーは顔を真っ赤にした。
心なしか、煙も出ている気がする。
誰にも見られないうちに急いで映像を消そうと殺せんせーが触手を伸ばした途端、彼は浮遊感を感じた。
彼は映像に気を取られていたせいで、背後に回った菜々に気がつかなかったのだろう。
菜々に地面に向かって蹴り飛ばされた、大きな影が着地した先の地面が崩れた。
それが穴に落ちていった瞬間、カルマと鬼灯がホースをつかむ。
落とし穴の中に水と対先生用BB弾を注ぐ。
殺せんせーに逃げ場はないと思われたが、ヌルフフフという笑い声が菜々の横から聞こえた。
「落とし穴とは考えましたね。しかし、菜々さんの動きは私にとって遅かった。殺気も少し漏れていたので、脱皮した皮を身代わりにして難を逃れました」
しかしアイディアは素晴らしかったですと褒める殺せんせー。
「動きが遅いのと殺気が漏れてしまうのは克服します。あと、殺せなかった事の八つ当たりでさっきの映像、クラス中に見せます」
いい笑顔で菜々は言った。
焦りながらアイスを渡し、買収しようとする殺せんせー。
「カルマ君と加々知さんも黙っててください」
そう言いながら二人にも一本八十円のアイスを渡す殺せんせー。
「それと暗殺ですが、落ち込むことはありません。詳しいことは今度話しますが、期末テストで頑張ればハンデをあげるつもりです」
殺せんせーが職員室に向かったのを見届けてから、鬼灯は職場に行くといって去っていった。
この人、仕事しなくていいのかとカルマは疑問に思った。
*
期末テストが近づいて来たので、E組の授業はテストに向けたものが多かった。
今は気分転換のため、外で授業を受けている。
例によって殺せんせーの分身に菜々は教えられていた。
殺せんせーの監視をしている沙華と天蓋は、わざわざ同じところを殺せんせーと一緒に動き回る気はないので、菜々の近くで殺せんせーを観察している。
殺せんせーを見ているといっても、ずっと分身しながら生徒に勉強を教えているだけなので、気を張って見張っている必要はないと倶生神は判断していた。
そんな倶生神――主に沙華がやることは、菜々が人間だった時と変わらなかった。
菜々に勉強を教えるのだ。
「加藤さんは勉強の進みが早いですね。試験範囲以外のところも勉強して見ましょう」
殺せんせーはそう言って、高校生用の教科書を取り出した。
菜々は倶生神に簡単にだが、高校生レベルの勉強まで教わっているのだ。
七年以上も時間があったのに勉強の進みが遅いと思われるかもしれないが、彼女は地獄の勉強を主にしていた。
倶生神に語った第一目標は、死後の裁判の抜け道を探す事だったので、地獄法などのあの世の法律を覚えるのが先だった。
また、十六小地獄の暗記だけでなく、世界各国のあの世や神、妖怪なども張り切った沙華が教えていたが、地獄の勉強が多かった一番の原因は、あの世の常識と現世の常識が違ったためだろう。
さらに事件に巻き込まれたりしてたんだし、普通の勉強はそこまで進んでいないのはしょうがない、と菜々は心の中で言い訳をしていた。
中身が二十歳を超えていることを考えれば勉強の進みは遅いが、中学三年生としてみればかなり進んでいる方だ。
「加藤さんはかなり勉強が進んでいる反面、ポカミスが多い。見直しの癖をつけましょう。しかし、椚ヶ丘のテストは問題数が多すぎて見直しの時間が取れない。一発で正解できるように、問題に慣れてください」
殺せんせーの評価もそんな感じだ。
授業が終わりに差しかかった時、渚が尋ねた。
「殺せんせー、また今回も全員五十位以内を目標にするの?」
殺せんせーは否定し、生徒が得意な教科の成績を評価に入れると言った。
また、教科ごとに学年一位をとった生徒に答案の返却時、触手一本を破壊する権利を与えると宣言した。
「カルマ君達には、この前の暗殺でほのめかしていましたね」
最後に殺せんせーは最後にそう言った。
一教科限定なら成績上位の生徒はE組にも結構いるので、俄然やる気になった生徒が多いようだ。
菜々が地獄に殺せんせーの出した条件を報告しに言っている時、図書室でA組とE組が賭けをしていた。
ルールは、五教科でより多く学年トップを取ったクラスが、負けたクラスにどんなことでも命令できるというものだ。
「ソラ、テストの時カンペ見せてくれない?」
菜々は閻魔殿にある図書室に向かいながら尋ねてみた。
殺せんせーが地球を破壊する気がないという結論が出ているが、絶対とは言い切れない。
そのため、出来る事ならなるべく早く暗殺したいというのがあの世の意見だ。
触手を一本でも破壊できるのなら、暗殺できる確率は一気に高くなる。
また、A組との賭けがある。
菜々は浅野が何か企んでいると感じていた。
E組の秘密に感づいて、賭けに勝ったら正直に答えさせようとしているのだと予想できる。
これ以上殺せんせーの存在が知られると、あの世の住民にも知られる可能性が上がるので都合が悪い。
それらの理由から、E組は一教科でも多く一位を取り、賭けに勝つ必要がある。
そう結論付けたので菜々はダメ元でソラに頼んでみたのだ。
菜々は予想通りソラに断られた上、沙華に告げ口されたので勉強がハードになった。
楽をしようと痛い目を見るという事を菜々は学んだ。
テスト返しの日。
英語では中村が、社会で磯貝、理科で奥田が一位を取った。
また、数学では菜々と浅野が同点で一位を取った。
菜々は数学以外の主要科目で、漢字ミスやスペルミスをしてしまっていたため、満点には届かなかった。
しかし、主要科目は全て五位以内、総合点は二位である事を考えると大健闘だと言えるだろう。
菜々は自分の精神年齢が二十二歳だという事は考えないことにしていた。
寺坂達四人が家庭科で満点を取っていたため、破壊できる触手は八本となった。