始まりの日常
ベットの横に椅子を持ってきて気を失っている天音の顔を見つめる。
脈拍も正常。本当に気を失っているだけだそうだ。
先生も貧血だって言ってたし、大丈夫だよね。天音の手を掴んで、私が離れなきゃよかったって何回も思った。友達のピンチに近くに居ないなんて最低だ。もう少し教室に長くいればよかった。他愛ない話して二人漫才繰り広げて二人で笑って、職員室も二人で行けばそのまま帰れたのに。……とか言ったら、天音は「重すぎ!」って笑うかな。貧血で倒れただけなのにもう目を覚まさないのかと思った。八雲先生のあの行動が本当に、死にかけてる人に接するような、……正直ちょっと怖かった。みんなの注目の的である八雲先生だもん、そんなこと思うの私くらいだよね。私がおかしいんだ。でも……
「
自分の世界に浸っていると急に声が響く。唐突な乱入に驚き現実に引き戻される。後ろを振り返ると、保健室の先生が立っていた。
「
先ほどまで電話をしていた相手はやっぱり天音のお母さんだったらしい。
「そう、ですか。ありがとうございます。えっと……」
「
先生がにっこりと笑う。七宮先生。今年から赴任した新人の先生だ。
着任式で見たことがあるが、名前までは憶えていなかった。
他にも数名新しい先生が居たが私のクラスに直接かかわる先生はいなかったし、保健室なんて滅多に来ないものだから保健室の先生の名前どころかこの高校の半分の先生は憶えていない。
半分は少し盛ったかも。3,4割は憶えていない。
なんて考えながら教室にバックを取りに戻っている。
天音の家族が迎えに来る前に先生に任せて、逃げるように教室へ来た。
保健室は職員室の下。階段を上がって長い廊下を進むが、明かりがなかったら歩けないくらいに暗かった。
色々あったせいか、気が落ち着かないことが重なったせいか、やけに暗く感じる。
早く帰ろう……。
教室の電気が付いている。
そういえば
入口に視線をやると、一瞬黒い人影が見えた。
ギョッとして立ち止まるが、「いや、八雲先生がいるってい自分で言ったじゃん……」八雲先生だろう。そう自分に言い聞かせた。
入口の扉を横にスライドさせる。
見えた光景は、窓側のカーテンを全て閉めている八雲先生だった。
分かってはいたが多少ホッとした。私は間違っていなかった。
お化けとかだったらどうしようかと。
「どう、されたんですか?」
八雲先生が驚いた顔をしている。
「あ、いや、バック忘れてて……」
用件を伝える。
電灯の明かりの影響なのか教室は少し生ぬるかった。
視線を合わせることも出来ずに自身の机の横からバックを取り、帰ろうと……。
「あ」
少し体を傾けた際に前の席が見える。天音のバックも掛かったままだった。
「
私の行動の一部始終を見ていた八雲先生が私に問いかける。
思わず「そうですね。持っていきますね」と早口で告げていそいそと教室を出ようとする。
「優しいですね。ありがとうございます」
ぐ……。その良い声で褒められるとは思わなかった……。
今とても恥ずかしい顔をしているだろうから八雲先生を一切見ずに「せ、先生も、きれいな髪色ですね…!」吐き捨てるように言って教室を後にする。
雑魚キャラの負け犬の遠吠えってこんな感じで言うよね。
滑りの悪いスライド式のドアをガラガラと言わせ、閉める。そして走る。階段を下って下駄箱。靴を取り出すとき側面にぶち当てながら取り出し、上履きを投げ入れるかのように放り込む。靴を2秒で履いてすぐに下校。
校門を出たところらへんから、気持ちが多少落ち着きはじめ歩き出す。
「告白ですか⁉」
下校生徒のいない暗がりの中、声を押しつぶして小さく叫ぶ。
奇麗な髪色ですね、て……はっず。
褒められ慣れていないのが良く分かる行動だった。
特に気になっている先生でもない。が、イケメンは目に余る。誰でもキョドるって
損をした訳ではないが、はぁ、とため息。明日社会あるし軽く鬱だった。
帰り際に横を車が通り去っていった。黒の普通車。見覚えがあった。
「天音のお母さんの車」
迎えが来たのだろう。私と入れ違いで保健室に来たのかもしれない。
何気なく見上げた街灯に小さい蛾が集まり、すばしっこく飛び続けている。目的があるから飛んでいるのか。毎日飛び続けて大変だろうな。
この道、いつもは天音と帰ってるんだっけ。
明日、天音来るかな。とか考えながら歩く帰路は少し寒くて、簡素に見えた。
「あ、バック渡すの忘れてた」
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