始まりの日常
と言うことは周辺にい”居る”はずだ。
俺は彼女を抱えながらあたりを見渡し、人が隠れそうな場所や不自然な所を探す。教壇の裏?掃除用具入れのロッカー?カーテンに包まっている?もう逃げたり……と考えるが一番不可思議な大きく開いた窓に注目する。
ここは2階。普通の人間なら良くて足を痛める。飛び降りたか……?それならうめき声か何か聞こえても可笑しくないが……。
それより一般人の安全保護が優先だ。
抱えている彼女を一瞥する。外傷は無さそうだ。
少しして息を切らしてやってきた斉木さんの友人である
少し離れた間に友人が気を失って教室が荒れているのだ。無理もないが、ここに居ても何も始まらない。頭を働かせるために「先生を呼んできてくれ」と話しかける。
我に返ったのか、目を丸くして気絶した友人を見ていた視線は俺を見て口から何か言葉を紡ごうとするが声は出ず、バタバタと職員室へ向かう。
足音が遠くなって行くのを確認してもう一度窓を見て数秒止まり「逃げられたか」と教室の隅にギリギリ届く小さな声で呟く。斉木さんを抱え、片手でカチャリと教室のドア両方のロックを持っている鍵で閉める。
ネクタイに隠した小さなマイクに「ロッカーだ。逃げないよう窓を見張れ。鍵は閉めてある」と伝え、一切無音だった片耳のイヤホンからザザザと雑音が聞こえたのを確認し、遠くに見える初音さんの後を追うように歩いてゆく。
廊下は暗く、職員室の明かりが眩く、出口へ向かっているような感覚に陥る。
まだ解決ではないが、その糸口を見つけた
……なんて、カッコつけた言葉をアイツらに言ったら笑われるだろうな。
やがて、向かいから数人の職員と初音さんが来るのを確認して女性教師に斉木さんを預ける。急な重力に逆らえずアワアワと斉木さんを落としそうになり、屈んで受け取る状態で落ち着いた。
彼女は細見と言っても16歳の人間だ。さらに気絶しているとなると、それなりに重さはある。
真を置かずに「貧血かもしれないですね。教室は誰も居なかったので机だけ戻しておきます」と言うと「八雲先生が言うなら……」と一人の若い先生が言う。
受け取った女性教師が斉木さんを背負って1階の保健室へ初音さんと共に階段を降りて行った。
その女性教師は2人の担任だ。彼女を軽く調べたが任せて大丈夫だろう。
他の職員たちは「保護者に連絡を……」「学年主任に……」「明日の職員朝礼で……」と職員室へ戻る。
心配そうではあるが彼らも暇ではない。例え1人の生徒が気絶したとて授業はあるし準備もある。
ただ、職員の反応は斉木さんの評判が分かるものであった。
見ていた俺でも分かるが、天真爛漫で友人思いの彼女は良い子なのだ。
さて、そんな彼女を貧血だと言ったが職員や初音さんに通るだろうか。
だが教室に誰も居ないのは本当だし、何より初音さんがその現場を見ていた。
そう言える程度には机が動いてはおらず、”貧血で倒れた際に机が多少動いた”のであれば「そんな気がする」と言える範囲内だろう。
スグに向きを変えて教室へ戻る。何度目の廊下往復だろうか。
秋の夕暮れはすぐに居なくなり薄暗い夕闇が学校を大きく包む。中庭から見える範囲の教室は教科の準備室が2,3教室ほど明かりがついている程度で電気なしでは真っ暗に近かった。
先ほどの騒ぎもあり、職員が慌てて付けたであろう廊下の電灯が該当の教室へ一本の道を作っていた。
その教室入口の電灯だけ、必要な場所を示すかのように電球がチカチカと揺らめく。目に悪い。秋風を受け窓がガタガタと震えるように音を立てた。
教室の片方の鍵を開けると、計3名の男がそこに居た。
1人、教室後ろの備え付け棚上に座っていた水色髪で短髪の人間が八雲に「おっつー」と話しかける。
1人、ガタガタと机を奇麗に戻しながら「居たぞ、ロッカーに」と茶髪に深緑のロングコートをした人間がぶっきらぼうに話しかける。
1人、その場に正座をして縄をぐるぐる巻きにされた小太りの男が水色髪の男の前に正座でシクシクと涙を流して俯いていた。
そして教室の角にある閉まっていたハズのロッカーは開いていた。
予想的中。というかまあ、あの状況どう考えてもロッカーしか隠れる場所はなかったが。
捕まえられた男を横目に再び教室の鍵を内側から閉めつつ「縄ってお前……」
あまりに古典的すぎる捕まえ方に思わずツッコむ。
「御用だ!逮捕だ!お縄につけー!でしょ。普通」
水色髪の男はふふん、と得意げに鼻を鳴らし紐の切れ端をひらひらさせる。紐の先には小太りの男。非常にむかつく。
「ライトが張り切ってたので止めるのもやぶさかかなと」
最後の机を整え終わった茶髪の男は”自分は悪くない”と言わんばかりに先に言い訳をする。
「はい先生ぇ、イロハスも楽しんでました」
水色髪の男、
「ソイツ結ぶのに必死で机片付けンのも手伝わなかったくせにな」
イロハスと呼ばれた茶髪の男、
コートからはみ出ているブーツは
唯一ふんわりとした頭に茶髪と、キリっとしているが何だか腑抜けている紫の目がその恐怖を多少和らげている。
「逃げないようにするの大事でしょーがー!」
ぶつくさと棚の上から講義をするライトを無視して「それ、依頼があった男だ。名前を本人から聞いた」とイロハが小太りの男を指さす。「
指を指された男は名前を呼ばれてビクッと身震いをし、脂汗を額に滲ませる。
「いや、あのぉ……」俯いたままの
「コイツの盗撮カメラも設置されてた全教室回収したぜ」
と、小脇にあったB5ほどの段ボールを持ち上げるライトは何も悪気はなさそうだ。彼の直感が山下心を許さないのだろう。
段ボールからはジャラジャラと音がする。
ライトから段ボールを受け取る際に流れるように「足」と言うと
「おっと、ごめんよ母さん」とお茶らけるので、片手でわき腹を指先をスコップのようにして刺す。
「っで!」うめき声が聞こえるが聞こえない。
足はすぐに退けた。
山下こ心はすぐに頭を上げ「お前ら、何者だ」と俺とライトを見る。イロハは教室の前に行き黒板に落書きをしていた。
「んー、何でも屋?」即答するライトを呆れたと言わんばかりの視線で見ると「えっ、言っちゃダメとか知らないし!!」また攻撃されると思ったのか首を振り両手を前に出して、今のは無意識だと弁明。
「何でも屋……最近この近くにできた怪しい店か」
聞いたことあるようで、山下は驚いている。あやしいと言われたらまあ、確かに。
まあ、この時代に何でも屋なんて漫画やアニメのフィクションでしかない。調べてみれば割とあるが、信用に値するかと言われたら『あやしい』と誰でも答えるだろう。この男のように。
「有名な先生が、何でも屋とは。実習生しながらこんなことしてたんだな、
山下が俺を見上げる。
「俺を警察に突き出したらどうなるんだろうな。この学校でヒーローか?今もチヤホヤされているイケメン男がヒーローとは、おめでたいことで」
精一杯、くく、と笑うがライトの適当なぐるぐる巻きの紐であまり体が動かずその笑いも数秒で途絶える。縄が食い込んで痛いようだ。
「やくも、しゅり?」
棚から軽く降りたライトが首をかしげる。
その発言に山下もクエスチョンマークを浮かべる。
正面で黒板を2回ノックする音が聞こえ、皆がそちらに視線を移す。イロハが教卓に手をついて「やっくんの名前だよ」と、HRの先生気取りで話を繋げる。黒板に「八雲 朱里」の白文字。消せ。
ライトが「あー、今回の名前のしゅりちゃんか」と思い出したのか何度もうなずく。
山下は眉を寄せて自然と瞬きの回数が増えている。
理解が追い付いていないのだろう。教える義理もないが。
そんな話は今どうでもいい。
話を戻すかのように、自身ネクタイの位置を確認し、山下に向き直る。
「『山下心、41歳。お前はこの学校の事務員として7年間務めてきたが、その間に女子生徒が溜まる場所を把握し、それぞれ監視カメラを設置。その数、計24個。』ここまでは間違いないか」
男はバツが悪そうな表情を浮かべるが逃げも隠れもできない。
口を開く。「……証拠がないね」
往生際の悪い奴だ。
「ここで白状しないなら罪は重くなるが。家宅捜査でも入ってもらうか?」
「俺がやりました」
「チョロ」
八雲の脅しに一発どころか一瞬で屈した山下に思わずライトが言葉を零す。
「『その盗撮を有料サイトで配信し、収益を得ていた。また映像が欲しいというリスナーに高額で販売した。詳しい情報が欲しいと要望があった場合は学校の事務員という職権を使用してオプションで更に高額な値段で販売した。』」
「……そうです」
全てがバレている状況に多少の戸惑いがあったが、人生が終わったという踏ん切りでも付いたのか素直に返事をする。
見つかるという考えはなったのか、金に眩んだのか、はたまた自己満足か。どれであろうと許される行為ではない。
「では、その中にこの娘の情報が欲しいという人間が居なかったか」
八雲の声が強くなる。
胸ポケットから取り出した1枚の写真を男に見せるが、近すぎるため焦点が合わず、首を後ろにやろうと離れた瞬間バランスを崩して後ろに倒れる。いつの間にか教室後ろに戻ってきていたイロハが山下を見下ろす形になり、大型の男に見下ろされ「ヒエ」と声が漏れる。が八雲は止まらない。
「この娘だ。5年前、ここを卒業する予定だった生徒だ」
仰向けに倒れている男に近寄り、瞳孔は大きく開き「知っていると答えろ」と言わんばかりの圧力をかける。写真を見せる。見せつける。しかし男は八雲から視線を離せない。離したら殺される気がしていた。開けた口は何か言おうとしているが「あ、あ、」と八雲の威圧感に圧倒されて頭が働いていない。
「やっくん、近いよ」
見かねたライトが声をかけるが耳に入っていない。八雲の指に力が入り写真がクシャと音を出す。
「
男の胸ぐらをつかむ。
先ほどの冷静な態度など欠片もない形相で山下を睨み、感情のままに叫ぶ。
「やっくん」
ゴツ、と頭を段ボールで叩かれる。
後ろを見るとライトが段ボールを持って立っていた。
多少困ったかのような、邪魔をして悪かったと言いたげな、何とも言えない表情をしている。
ライトの手には段ボール。それはジャラジャラと音が鳴っている。先ほどまで持っていたカメラの入った段ボールだ。
ライトに持たせた、のか、たぶん。記憶がない。
感情が先走った。一番良くないな。……本当に。
「落ち着け。場所を変えよう」
イロハが教室の入り口から廊下を見、言葉を続ける。
「八雲先生、生徒が来てるぜ」
奥の廊下から、茶髪の女子生徒が歩いてくるのが見えた。