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作品一覧
故郷
画像内 文章 眩しい程の日差しを浴びつつ、国の境目にある門を潜る。 久しぶりに潜った故郷の門を背に、一つ息を吐き出した。 頬や額に玉粒になって現れた汗を手の甲で拭い、道の先にあるぱっくりと口を開けたアーケードを眺める。 道の両脇に並ぶレンガ造りの商店と道の頭上には、雨を避ける為の屋根がある。道の上にある屋根はガラス製で、天から降り注ぐ光りが道を照らしていた。 その道を、自分と同じように大きな荷物を背負った者。荷馬車を牽く馬とそれに付き添う者。戻った者に駆け寄る者と、旅立つ者を見送る者が行き来していた。 人々が集まった国境の付近は、いつ来ても賑やかだ。 「変わらないなあ」と呟きながら、止めていた足を再び動かし、アーケードの中へと身体を進めた。 商店の店員が客を集める声を耳に入れつつ、アーケードを通り抜ける。 また一息吐いて、背負っている荷物を背負い直してから、正面を見た。 白い壁と青い屋根が特徴的な城が、道の先にある。 外から帰って来た国民を迎えているようだ。 旅先で幾つもの城を見たが、母国の城が一番美しいと帰る度に思う。 暑くて熱くてたまらない日差しも、城を前にすると天から城を包み込む金色のベールに見えた。 足を進めよう。 母国に帰って来てからは、やりたいことがたくさんある。 まずは家に戻って汗を流した後、馴染みの食堂に顔を出そう。 お腹を満たした後は国を横断する川に行き、夕涼みだ。 川沿いには、夕涼みが出来る川床が幾つもあるのだ。 家に向かおうと一歩踏み出した時に、真っ先にやることをやっていない事に気づいて、足を止める。 城に視線を向けて、口を開いた。 「ただいま」
太陽と月と海の神 黄昏
画像内 文章 西の空が赤く燃える。 山肌を焦がすように。 田畑を焼き尽くすように。 赤く赤く燃え上がる。 全てを焼き尽くさんとする、強く赤い火の玉が、西の空を赤に染め上げる。 その光景を改めて目の当たりにして、畏しいと思った。 あの火の玉には神が宿っているのだ。 女神と言われているが、時に男神の姿を見せる、畏しくも美しい神が。 その神が一日の役目を終えてから、女神の弟が現れる。 冷たく凛と冴えた光を放つ男神が地上を支配するのだ。 ああ、全く……。畏しい姉と兄である。
夜という単語を使わずに夜を表現する
画像内 文章 昼間よりも暗く、狭まった視界に、眉間にしわを寄せた。 斜面にある足を慎重に平らな場所へ下ろし、一息吐く。 汚れた手のひらを軽く叩き合わせて泥を落としてから、篭を背負い直して、てくてくと歩き出した。 急に山菜が食べたくなって午後に家を出た。 遅い帰りになるかもと想定し、直ぐに山を出れるように大きな通り沿いで山菜を採っていたのだ。 今日はふきを使って、何か作ろう。 調理するものを考えながら、惹き付けられるようにして東の空を見る。 月はまだ出ていないが、光の粒が一つ輝いている。 あれは、一番星と呼ばれている星だろうか。
雨上がり
画像内 文章 空一面に広がっていた灰色の雲に一つ二つと亀裂が入り、風に乗って少しずつ切り離されていく。 たった一つの雲が切り刻まれて、少しずつ数を増やして旅立つ姿は、親からの巣立ちを見ているようだ。 それとも、人生からの巣立ちかな。 朝は開いていた傘を今は閉じて、鳥居から一歩足を踏み出す。 ぴちゃんと、水が弾ける音が耳に届いた。
初雪
画像内 文章 初雪が、灰色の空から舞い降りている。 寝る前に見た景色は、夜の光を水面に照らす雨模様だったのだが、一晩明けるとすっかり白一色だ。 水たまりも雪に隠れて、もう光を反射する事はないだろう。 音も吸収されてしまったのか、とても静かだ。 寒い。 一つ呟いて、手袋越しに手を擦り合わせる。 頬で手を包んでみれば、冷たい空気に触れているせいか氷みたいに冷たい。 でも、このひんやりとした温度は嫌いではない。 むしろ、好きなほう。 あたたかい熱を吸いとられる感覚がして、たまらなく気持ちがいい。
対峙
画像内 文章 こつり、こつり。 石畳の床を叩く二人分の足音が、耳に響く。 獲物と円を描くようにゆっくりと歩を進めている間も、視線は外さない。 利き手を腰にある刀の柄に置き、息を一つ二つと吐きながら、その時が来るのを待つ。 飛びかかるにはまだ早い。 もう少し……、あと少し。 獲物から送られる鋭く尖った視線が、肌をピリピリと刺激する。 ちょっと怖いな。でも、楽しみでもある。 この人は、どうやって私を痛めつけてくるのだろう。 どういう手を繰り出してくるのだろう。 私の兄と同じで容赦がないのか。自分の兄を真似て、手を抜いてくるのか。 ……後者は有り得ないな。 自分で出した結論に、思わず笑みがこぼれた。 「余裕だな」と、獲物が語りかける。 笑顔をみせたまま、私は獲物に言葉を返した。 「だって、余裕だもん」 敵の眼光が鋭くなった気がする。 それと同時に、獲物に絡んでいた茨に似た空気が緩む。 その機会を逃さず、私は獲物を狩る為に駆け出した。 (初めて戦った日から、もう一度戦ってみたいと思っていた)
月夜
画像内 文章 ぱきぱきと、足元から不吉な音がする。 朝方に薄く積もった雪が、日中顔を出していた太陽に溶かされて、道路に薄い水の膜を張った。 そのまま乾かしてくれればいいのに、太陽はバカなやつだ。 溶かすだけ溶かして、乾かさずに沈んでしまった。 冷えた空気に触れた膜は瞬く間に凍りついて、人の行く手を阻む。 気を抜けば、足が滑る。 滑れば腰を打ち付け、とても痛いだろう。 痛いのは嫌いだ。 痛い思いをしないように足元に集中して、下ばかり見た。 上を見る暇はなかった。 乾いていた路面に辿り着き、ようやく胸を撫で下ろす。 家までまだ距離はあるけれど、乾いた路面があったのは幸いだ。 余裕が出てきて、下ばかり見てた視線を上に移す。 見えた月に、息を呑んだ。 地上を照らす丸い月は、太陽と同じあたたかい色をしていた。 氷を溶かす力はないけれど、夜道を見守るには十分な仄々しい灯りだ。
死を使わないで死を表現する
画像内 文章 なあに、君がいなくてもこっちは大丈夫だよ。君がしていたように、朝ごはんはちゃんとベーコンを焼いて目玉焼きも作るし、トーストも綺麗な狐色になるように焼くよ。忘れ物しないように、次の日の支度は前日に済ませるし、子どもたちが行きたい所にも連れていく。 だから……君は安心して、向こうに行くといい。 途中の山道や裁判がとても大変みたいだけど、ここで過ごした君ならきっと大丈夫だよ。
河童
画像内 文章 バチャンと、音を立てた川に視線を戻す。 緩やかな波だけがあった川岸に近い場所の水面(みなも)に、波紋が広がっている。 その中央にある緑色の顔を視界に入れて、目を大きく見開いた。 頭にあるお皿が、光を反射してキラリと光る。 見られていることを気にしていないのか。それとも、気づいていないのか。 川から現れた緑色の顔の持ち主は「よっこらせ」と地面に身体を上げた。 唖然としながら、その生き物の動きを見守る。 あの生き物は。見間違いでなければ、あの生き物は。 河童だ。 「相変わらず餓鬼が多いな」とか、「外来種が多くて嫌になるわ」とかぼやいているが、よく聞く姿の、河童だ。 見られていることにようやく気づいたのか、河童がこちらを見る。 口をへの字に曲げて、河童は口を開いた。 「見せもんじゃねえぞ」
夕方
画像内 文章 どんな夕方が好き? お祭りの最終日。 遠くから聞こえる笛の音と太鼓の音。 日中歩き疲れて重くなった足を叱咤して、夜の神輿徒御を迎えに行く。祭りの終わりを意識する。淡い桃色と橙色が空を包み、少しだけ寂しさが漂い始めた、夏の夕暮れ。
生きる者へ
画像内 文章 罪を犯した者は、その場で斬り捨てよう。 向かってくるならば、その場で叩き斬ろう。 生きたいと願うなら、刀を抜け。 抜かない奴は、私の知らない所で死んで行け。 生きることをやめた奴は、私の見えない所で死んで行け。 俺のものに手を出した奴は、誰であろうと首を飛ばす。
自由
画像内 文章 「主文。被告を死刑に処する」 裁判長に言い渡された己への罰に、思わず笑いそうになってしまった。 否。裁判などする前から、己は笑っていた。 己の記憶が正しければ、一人しか人間を殺していない。その場合は、無期懲役か終身刑がオーソドックスな判決だ。 なのに、検察に送検されてから、増えるわ増えるわ、殺した数が。 自分の者ではない被害者の数が。 どうやら、自分の殺人現場の近くで幼女の連続殺人があったそうだ。 犯人は大貴族のどら息子。 息子の罪を、偶々近くで殺人をした己に押し付けて、大貴族は家族一緒に外の国へ逃げてしまった。 笑ってしまった。 弁護士の前で、検察官の前で。 ケラケラと笑ってしまった。 この国の奴らは、自分可愛さに人を売る。人の生を弄ぶ。 己も変わらず、一人の生を終わらせた。 蟲壷の中にいたみたいだ。 生き残る為に、食い殺し続けるイカれた世界。 その蓋が今外されて、まぁーるく切り取った空が見えた。 「自由だ」 裁判長が、己に死刑を言い渡した。 これで晴れて、己は自由になるのだ。