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作品一覧
公園
公園 三日月図書館 そう。その日はそれはもう、とても風の強い日でございました。 どういうわけか、わたしは家を飛び出して、どうしようどうしようと、公園の前をうろうろしてたのであります。 家からも近くて、わたしもよく知っている公園です。 ぶらぶらと揺れる乗り物があって、ぴゅーと滑る坂があって、ざくざくと穴が掘りやすい砂がある場所であります。 そう。よく知っている公園であります。 なのに、気づいたら様子が違うのです。 どうしようどうしようと、公園の前をうろうろとしていたわたしは、風がやんだことに気づき、足を止めました。 びゅうびゅうと怖い音が消えて、代わりに「やんや、やんや」と歌う賑やかな声が公園の中から聞こえてきます。 わたしはその声が気になって、なかに足を入れました。 するとどうしたことでしょう。 中にはたくさんの犬さん、猫さんがいて、大きなわっかを作るように座り、みんなぺろぺろとちゅーるを舐めております。 わっかの真ん中では、狸さんがぽんぽこぽんと跳び跳ね、狐さんがコンココンと口笛を吹いておりました。 犬さん、猫さん、狸さん、狐さんにばかり目を奪われていると、にゅるりと白い蛇さんがわたしのすぐ横を通りすぎていきます。 首には赤と白の紐みたいな、縄みたいなものが巻かれていました。 わたしがびっくりしたままその様子を見ていると、わたしの後ろからやって来た狸さんに話しかけられました。 太い眉と白い毛が特徴的なお爺な狸さんでした。 「おや。一見さんかい?」 「あ、あの、わたし、【どうしよう、どうしよう】とうろうろしてたら、その、あの、あの」 よく伝わらないわたしの言葉を、狸さんはふむふむと聞いてくれました。 「なーるほど。迷子じゃな」 「まいご……?」 わたしが、迷子? でも、お家の場所は覚えてるし、ここが公園なのもわかるし。 わたしがあわあわとしている間に、狸さんがふむふむと言葉を続けました。 「今日の現世は風が強いからなあ。お主、音にびっくりして、家を飛び出してしまったのだろう。それとも、病院に行くのを嫌がったのかな? それでどうしようとうろうろしてる間に、宴の門が開かれたんじゃ」 「うたげ……?」 「そう、宴じゃ。あちらの神社に住まわれている神様の宴だ」 狸さんがふさふさの尻尾を公園の奥に向けました。 公園の奥には、こんもりとした緑色の森が広がっていて、狸さんが言うにはその中に【かみさま】が住まわれているお屋敷があるそうです。 「あそこの神様は宴が好きな方でな。みんな集まっては、こうして【やんや、やんや】と歌っておるのだ」 「でも、わたし、この公園毎日来てるのに、今日はじめてここへ来ました」 「決まった入り方があるんだ。公園の出入り口の前で、決まった回数うろうろすると、宴へ来れるんだ」 「へえー」と、わたしは言葉を返しました。 もしかして、【どうしよう、どうしよう】とうろうろしている間に決まった回数うろうろしてしまって、うたげに来れたのでしょうか。 「こうして入れたのも神様の縁だ。帰る家は覚えているようだし、そなたも少し歌ってから帰ると良い」 なあに、帰り道を忘れたとしても、神様がわかるから大丈夫だ。 ハッハッハと笑った白い狸さんは、よぼよぼと宴の席へと向かいました。
小鬼は優しいママが欲しい
一枚目『いつかの空』 二枚目『引っ越し初日』 三枚目『期待を裏切らない小鬼』 四枚目『ただし、通勤用』 五枚目『パスケースの出所』 六枚目『パパのお弁当』 七枚目『子どもは未知数』 八枚目『熱を出すとテンションが高くなるものです』 九枚目『問題は点数ではない』 十枚目『小鬼は寂しい』 十一枚目『パパは嬉しい』 十二枚目『早起きはお得なり』 十三枚目『着信あり、記憶はなし』 十四枚目『小鬼の嫌いなもの』 十五枚目『子どもは大人の行く所に行きたがる』 十六枚目『小鬼の散髪』 十七枚目『ただし、五十点満点中である』 十八枚目『鏡あわせ』 十九枚目『夜道二人旅』 二十枚目『世間は狭い』 二一枚目『小鬼は嘘が下手』 二二枚目『ヒトリニナリタクナイ』 二三枚目『「謝らなくていいんだよ」』 二四枚目『小鬼が戦う日』 二五枚目『二年目の春』 二六枚目『持つべきものは寺の孫』 二七枚目『まずは腹ごしらえ』 二八枚目『小鬼は影で努力したい』 二九枚目『なお、一時間で飽きました』 三十枚目『成長期』 三一枚目『【うつくしい】生き物』 三二枚目『鬼の家に鯖』 三三枚目『会う予定を入れてなかった日』 三四枚目『小鬼は自分の角に自信がない』 三五枚目『親と子の戯れ』 三六枚目『梅雨時憂鬱スーパームーン』 三七枚目『願わくば』 三八枚目『太ったとは言っていない』 三九枚目『「ねえ」』 四十枚目『「君は今」』 四一枚目『「幸せ?」』 完結
紫陽花の君
『紫陽花の君』 「紫陽花って俺に似てるよね」と、親友が呟く。「どこが?」と問えば「全部だよ」と薄く笑われた。目前にいる男は、突然言葉を投げては勝手に満足して会話を終わらせる。一方的に言葉を投げたかと思えば返す場所を無くされて、こちらは疲弊するばかりだ。うん、気分屋だという意味では似ている。涙雨で傘を濡らし静かに佇む姿も、花弁を濡らす紫陽花にそっくりだ。 哀愁が男の背に漂っている。 「何があった?」なんて、無粋なことは聞かない。聞いたところで「なにも」と言って、のらりくらりと逃げていく姿が目に浮かぶ。前言撤回だ。お前は、紫陽花そのものだよ。 「そうでしょう?」と笑うように、男の傘がくるりと回った。
煙雨の恐怖
『煙雨の恐怖』 細い筋が江戸の町を煙らせる。視界は白く濁り、男の歩みを遮ろうとしているようだ。 そんなもので歩みを止められるのなら、男の足は何年も前に止まっている。 差した傘に細い雨粒が重なりあい、ぱたぱたと骨の先から垂れていくのが視界の隅で確認できた。 今日の任務は、男にとっては久しぶりの討伐任務であった。先の戦闘で負った肩の傷はとっくの昔に癒えていたが、傷を負う前の状態に戻ったかといえば否である。でも、男にはまだ右肩が残っている。斬るだけなら問題ないと何度も言っているのに、過保護で心配性な部下たちは「まだ駄目だ」と言って、刀を握る許可を出さなかった。 「困ったな」と男が笑えば、「困るくらいがちょうど良い」と男の妹は笑っていた。笑っていたが、目は怒っていた。 血の繋がりはないはずなのに、その様子が亡き妻の怒った顔によく似ていて、反省する前に懐かしくなったのは内緒だ。 けむる視界の中、ぴちゃぴちゃと足を進めていると、出来たばかりの血だまりを見つける。 男がここに来るまでの間に、任務は始まっていたようだ。 元々、男はここに来る手はずではなかったので当然と言えば当然である。 「屋敷で報告を待っていてください」と右腕に言われ、「絶対に来たらだめですよ!」と娘のような部下に言われたが、ずっと屋敷にいても身が鈍るだけなので、様子を見に来たのだ。 耳を澄ませると、威勢の良い声と金属のぶつかる音が鼓膜を震わせた。 威勢の良い声は男の狗だろう。あの狗は、敵陣へ飛び込む時に腹の底から声を出して、獲物をあの世へと送っていく。 男が足を止めて耳を澄ませていると、左手にあった茶屋から男が二人転がるようにして飛び出してきた。 顔を見れば、恐怖と怒りを顔に貼りつけている。 彼らの手には、その者たちが持つのは許されていない武器が握られていた。 男が見ていることに気づいた男の一人が「桃組だ!」と叫ぶ。 男の羽織りについている桃組の紋が目に入ったのだろうと察した。 敵だとわかるやいなや、男たちは武器を構えて男に突っ込んできた。 傘を差したまま、ひらりひらりと鈍い色の刃をかわし、隙が出来たところで男たちの足を崩し、往なしていく。 手応えがないと思うのは、先日の敵が厄介過ぎたからだろうか。 それとも、休みすぎたせいだろうか。 泥にまみれた男たちを、男は傘の下から冷めた目で見つめる。 傘を差したままの男を、男たちは睨めつける。 向かってくる意思はまだあるらしい。 「大人しく斬られる覚悟はできたか?」 男たちは「否」と解答する。 やはり、大人しく斬られる性分ではないようだ。 肩をすくめると同時に、男たちが再び突っ込んでくる。 数の利では男たちの方が勝っている。──そう思ったのだろう。 「甘いな」 三方向から、武器を携えた者が三人飛び出し、男たちを囲う。 男たちが息を呑む気配がした。 「私の部下は、どこの班よりも、どこの鬼よりも【オニ】なんだ」 さあ──狩りの時間だ。 傘の下で、男は…………オニの加宮班の班長は、口角をつりあげた。
花嫁が持つ花
玄関を開けると、白い色がぱっと目に入る。下駄箱の上にあるのは、白い紫陽花の造花。姉が貰って来たそうで「誕生日プレゼントだって」と言って、目を細めた。慈しむような笑みに、誰から貰ったのか自ずと察した。姉が家を出る日はそう遠くないのかもしれない。ぽっかりと空いた胸を白南風が吹き抜けた。
飛べない烏
俺の頭上はいつの間にか厚い雲に覆われていた。日差しがあっても、世界は薄暗いまま。視界も水に濡れた窓のように滲み、色も消えた。霧雨が小止みなく降る世界に取り残された気分をいつまで抱えればいいのか。幾度息を吐いても止まない淫雨は、凛乎とした少女が現れるまで、烏の羽根を濡らしていた。
花は色水、空はキャンパス
お空に一滴たらしましょう。お花と同じ色の水。春は桃、夏は朝顔、秋は秋桜、冬はパンジー。小瓶にしっかり詰め込んで、雲の絨毯でひとっとび。青いお空にたらしましょう。お花と同じ色の水。ぴちゃんと広がる花の色。ふわりと薫る花の匂い。今日も小瓶にお水を詰めて、広げて魅せよう、空の色。
Vent de Rafale ━烏が鳴いた日━
Vent de Rafale ━烏が鳴いた日━ 一枚目『烏の唄を聴け』 二枚目『本題が流れるのはいつものことです』 三枚目『来る未来』 四枚目『部活の存在忘れんな』 五枚目『試合前か』 六枚目『あんな化け物を相手にするのか』 七枚目『そして、何れは俺たちも』
直哉と世にも奇妙なエナガちゃん
#バズリンアイドル #バズリン_ハロフェス21 Twitterで連載したものです。 『直哉と世にも奇妙なエナガちゃん』
くじらに乗ったペンギン 冒頭
ざぶん、ざぶんと、白波が氷の山に打ち付ける。 海に散らばる氷を揺らして、ざぶんざぶんと白い波がやって来る。 真っ黒な姿をした鳥は、でこぼことした氷の上に立ち、ざぶんざぶんと揺らされながら押し寄せる波の向こう側に鋭く突き刺す視線を向けていた。 餌を求めて海に来たはずが、【あれ】を見かけるといつも食欲を忘れて眺めてしまう。 鳥の視線の先にあるのは、白くて大きな山であった。 この山、驚くべきことに自分で動けるのである。 波に流されるでもなく、潮に流されるでもなく、自分の力で自分の行きたい方向へ。まるでフリッパーを使って海の中を泳ぐ、自分たち黒い鳥のように。 海と空が接する場所からゆらりと現れたと思えば、またゆらりと消えていなくなってしまうあの白くて大きな山。 どうしても気になってしまって、黒い鳥は群れの中で一番物知りな白い鳥に尋ねたことがある。 自分たちの同じ姿をしているのに、羽毛は氷と同じ色で、瞳は夕焼けの色をしたその物知りな鳥は、『あれは船と呼ばれるモノだ』と教えてくれた。 『ふね?』 『ここで言う氷みたいなものだ。この海の遠く遠くそのまた遠くから、人間を運んでやってくるんだ。不用意に近づいてはいけないよ』 『我らとは違う世界に運ばれてしまうからね』と釘を刺されたのをよく覚えている。 今思えば、物知りな鳥は神の遣いだったのかもしれない。 自分たちと同じ姿をしているわりには羽毛の色が明るく、とても長生きであった。 氷の上から白い山を眺めながら、黒い鳥は波の向こう側に思いを寄せる。 白い鳥は、あの波の向こうに大きな白い山が沢山泳いでいると言っていた。 そして、その白い山には人間がたくさん乗っていて、彼らは普段大きな土の上で暮らしていると。 黒い鳥が住む場所にも土はあるが、殆ど氷と雪に覆われている。 彼らは土の上で何をしているのか。 あの波の向こう側に広がる世界には何があるのか。 黒い鳥は一大決心をして、海の中に飛び込んだ。
大人になるにはほど遠い
自販機の前で一度躊躇いを入れてから、微糖のコーヒーを選んだ。 子どもは、苦いものよりも甘いものの方が好き。いつもコーヒーを飲む時は、砂糖もミルクもたっぷりと入った物を選ぶ。 でも、最近はそうしないように頑張っている。 先日。父親代わりのマネージャーとプロデューサーの自宅へお邪魔した時に、マネージャーには温かいブラックのコーヒーが。子どもの方には砂糖とミルクをこれでもかと添えられたアイスティーが出された。 苦いものは苦手だと言う前に、当然のように甘いものを出されて、なんだかちょっとだけ悔しくて、情けなくなったのである。 せめて砂糖とミルクの量を減らそうと、大人には内緒で決意した。 一緒に仕事をしているユニットメンバーに「ブラックのコーヒーを呑めるようにする」と告げたら、寺の孫から「性格が既にブラックなのに?」と突っ込みを受けた。そいつは、正拳一発腹に入れて黙らせといた。 ごとんと落ちてきた缶コーヒーをじっと見つめてから、かちんとプルタブを開けて、おそるおそる中身を口に流し込んだ。 舌にほんの僅か液体が触れただけで、「あ、これ無理だ」と悟る。 マネージャー(パパ)は何でこんな苦い物が飲めるんだ? 苦さに顔をしかめていると、二つ年上のアイドルの先輩が缶コーヒーの表面に映り込んでいることに気づいた。 クスクスと笑いを噛み殺して、肩を震わせている。 とりあえず、こいつにも正拳突きしておこう。 缶コーヒーのイメージキャラクターをしているオジサンもニヤリと笑った気がしたが、きっと気のせいだ。
港の夜
日が落ちても、港の周辺は人で賑わっていた。 吊り下げられたランタンが人々の顔を照らし、揺蕩う煙が腹の虫を起こす。 きゃらきゃらと笑う子どもの声。わっと広がる、大人の喧騒。 この港を拠点にする海賊でも来ているのか、それとも大きな宝物を抱えた探検隊が帰って来たのか。 色々な音を聞きながら、向こう岸へと繋ぐ石畳の橋を一人てくてくと歩いていく。 今日一日、港を探索して足が疲れている。 橋を渡りきった所で一つ息を吐き出すと、ちらほらと人が集まっているのが視界に入った。 何かあるのだろうか。 ゆっくりと足を進めて、人が集まっていた場所へ立ってみる。 目に入ったのは、光に包まれた港の夜だった。
2022年ポスカカレンダー 1月2月
2022年1月2月 小高い丘から、がらんごろんと鈴の音が響く。 敷き詰められた玉砂利を、艶やかな着物で着飾った者と、新品の服を身につけた者、いつも通りの装いで訪れる者が踏みしめる。 鮮やかな紅ののぼり旗が参道に沿うようにして並び立ち、腹の虫を起こす肉の匂いと、粉もんのソースの匂いが丘一体に立ち込める。 白い狐は、一の鳥居から自身の住処を見下ろしながらふむと頷いた。 「本年も、上々な滑り出しである」
2022年ポスカカレンダー 3月4月
2022年3月4月 どっさりと言うほどではありませんが、今年のお茶会も様々なお菓子が出揃いました。 薔薇の花を模したイチゴ味のマドレーヌ。 年輪模様が美しいバームクーヘン。 ポリポリとした食感が楽しい、辛味のある小粒の揚げ餅。 そして、宝石のように美しいチョコレートたち。 お菓子だけでは喉が乾くので、もちろん多種多様のお茶も用意しております。 さてと、準備が一段落したところでようやく腰を休める事が出来ました。懐の時計はもうおやつの時間を告げています。 本日のお客様が穴に落ちるまで、あと──分です。 どういうわけか。 今日は朝から身体がふわふわとしていて、頭もなんだかぼーっとしていた。 そんな状態なのに、私は見知らぬ駅で電車を降りて、見知らぬ土地なのに迷うことなく足は動いて、気づいたら大きな木の側に立っていた。 木の根本には大きな穴があって、真っ暗な口を開けている。 いつもならただ覗き込むだけで終わるのに、今日は頭から突っ込んでみたくなったの。 変でしょう? この後どうなるかなんて、ちょっと考えればわかるのにね。
2022年ポスカカレンダー 5月6月
2022年5月6月 お空に一滴たらしましょう。お花と同じ色の水。春は桃、夏は朝顔、秋は秋桜、冬はパンジー。小瓶にしっかり詰め込んで、雲の絨毯でひとっとび。青いお空にたらしましょう。お花と同じ色の水。ぴちゃんと広がる花の色。ふわりと薫る花の匂い。今日も小瓶にお水を詰めて、広げて魅せよう、空の色。