狐神と、お迎え
自転車に乗って、出前のお皿をお迎えに行く。
それが、まだ高校生で料理が下手な私が出来るお手伝いの一つだ。他に出来るお手伝いは、お店に来たお客様への配膳や片付け等だ。
私の実家は、昔ながらのお寿司屋さんだ。出前もやるし、二階にある座敷では宴会も受け付けている。お料理はお寿司メインだが、うどんやそば等の麺類や天ぷら等の揚げ物も提供している。
食べに来てくれているのは、ご近所の方が多い。次いで多いのは、近くにあるビジネスホテルの宿泊者。そして、ちょっと離れた所に住む町内の人だ。
今日はその町内の人の宅へ、お皿を迎えに行く。最近(と、言っても数ヵ月前だけど)引っ越してきた、若い男の人だ。
〝人〟と表現していいのか、私にはわからない。
なぜなら、その人は──。
「こんにちは、お邪魔します……」
控えめに一声かけて、引き戸型の玄関前に置かれているお皿に手を伸ばす。
その時、若い男の声が耳に入ってきた。
「──様。お買い物に行ってくるので、お留守番お願いします」
誰かに声をかける言葉が投げられている。
その後で、子どもの甲高い声音が聞こえた。
「一緒に行くぞー」
「だーめです。今日は奥さま激安デーで混んでる日なので」
「大人しく、お留守番お願いします」という言葉と共に、がらりと玄関戸が開かれる。
お皿に手を伸ばした状態で聞き耳を立てていた私は、咄嗟に動けずぴたりと固まったまま、その男を視界に入れた。
少年と青年の狭間にある若い顔立ちで、肩よりも少し長く伸びた髪を首の裏で一つに括った男。着ている服は、灰色のパーカーと暗い色のジーンズ。瞳は茶色でも黒でもなく、菫の色に似ている。カラーコンタクトでも入れているのだろうかと思ったが、作り物ではなく自然な色をしているので、本人の色なのだろう。〝人〟と表現して良いものかと戸惑うほど、彼の纏う空気は清らかで、美しい。
私が固まっている間、男の方もぎょっと目を開いて動きを止めている。
な、何か言わねば。
重くなった空気が二人の間に沈む前に口を開きたいのに、彼から視線が外せない。声帯が、人間離れした雰囲気に絡めとられたらしく、唇を動かそうとしても言葉が出てこない。
「あ、えっ……と……」
「…………お寿司屋さんの子?」
首を傾げて問われたので、ぶんぶんと首を縦に強く振る。
「お、皿を、さげに来ました」
ようやく声帯が仕事をして、言葉が出てくる。
彼は私の言葉を聞いて合点がいったらしく「ああ」と優しく頷いた。
「ありがとうございます。ごちそうさまでした」
再び、ぶんぶんと首を縦に動かす。
彼は、慣れた動作で一礼してから、私を追い越して私道に出た。
すれ違い様に見えた横顔。菫色の瞳がある目を囲うまつげは長く、幼さが残る顔立ちながらも、すっとした鼻筋ときりりとした視線の向け方は大人のそれだ。
人と呼ぶには、あまりにも美しすぎる。
私は、塀の影に彼の姿が消えていくのを、ぼんやりと見送ってしまった。
それが、まだ高校生で料理が下手な私が出来るお手伝いの一つだ。他に出来るお手伝いは、お店に来たお客様への配膳や片付け等だ。
私の実家は、昔ながらのお寿司屋さんだ。出前もやるし、二階にある座敷では宴会も受け付けている。お料理はお寿司メインだが、うどんやそば等の麺類や天ぷら等の揚げ物も提供している。
食べに来てくれているのは、ご近所の方が多い。次いで多いのは、近くにあるビジネスホテルの宿泊者。そして、ちょっと離れた所に住む町内の人だ。
今日はその町内の人の宅へ、お皿を迎えに行く。最近(と、言っても数ヵ月前だけど)引っ越してきた、若い男の人だ。
〝人〟と表現していいのか、私にはわからない。
なぜなら、その人は──。
「こんにちは、お邪魔します……」
控えめに一声かけて、引き戸型の玄関前に置かれているお皿に手を伸ばす。
その時、若い男の声が耳に入ってきた。
「──様。お買い物に行ってくるので、お留守番お願いします」
誰かに声をかける言葉が投げられている。
その後で、子どもの甲高い声音が聞こえた。
「一緒に行くぞー」
「だーめです。今日は奥さま激安デーで混んでる日なので」
「大人しく、お留守番お願いします」という言葉と共に、がらりと玄関戸が開かれる。
お皿に手を伸ばした状態で聞き耳を立てていた私は、咄嗟に動けずぴたりと固まったまま、その男を視界に入れた。
少年と青年の狭間にある若い顔立ちで、肩よりも少し長く伸びた髪を首の裏で一つに括った男。着ている服は、灰色のパーカーと暗い色のジーンズ。瞳は茶色でも黒でもなく、菫の色に似ている。カラーコンタクトでも入れているのだろうかと思ったが、作り物ではなく自然な色をしているので、本人の色なのだろう。〝人〟と表現して良いものかと戸惑うほど、彼の纏う空気は清らかで、美しい。
私が固まっている間、男の方もぎょっと目を開いて動きを止めている。
な、何か言わねば。
重くなった空気が二人の間に沈む前に口を開きたいのに、彼から視線が外せない。声帯が、人間離れした雰囲気に絡めとられたらしく、唇を動かそうとしても言葉が出てこない。
「あ、えっ……と……」
「…………お寿司屋さんの子?」
首を傾げて問われたので、ぶんぶんと首を縦に強く振る。
「お、皿を、さげに来ました」
ようやく声帯が仕事をして、言葉が出てくる。
彼は私の言葉を聞いて合点がいったらしく「ああ」と優しく頷いた。
「ありがとうございます。ごちそうさまでした」
再び、ぶんぶんと首を縦に動かす。
彼は、慣れた動作で一礼してから、私を追い越して私道に出た。
すれ違い様に見えた横顔。菫色の瞳がある目を囲うまつげは長く、幼さが残る顔立ちながらも、すっとした鼻筋ときりりとした視線の向け方は大人のそれだ。
人と呼ぶには、あまりにも美しすぎる。
私は、塀の影に彼の姿が消えていくのを、ぼんやりと見送ってしまった。