狐神と、大好きなもの
狐神と、
【大好き】
食卓の上に広がるのは、きらきらと輝くお寿司。そして、狐神が大好きなたまご焼き。お世話係用にいなり寿司も並べられているが、狐神はたまご焼きの方に釘付けだ。
狐神は、お寿司と同じくらい瞳をきらきらとさせて、食卓のお寿司を視界に入れていた。その様子を、お世話係は微笑ましく見守る。
実をいうと、この狐と現世へ越してきてから、なんでもない日にこんなに豪華な食事を用意するのは初めてだ。引っ越してきた初日はお蕎麦で、その後は煮物とか魚料理が続き、途中から中華や洋食を入れてきた気がする。クリスマスにはケーキとチキン、お正月はお節とお餅を用意したが、平日のなんでもない日に並ぶご馳走は、季節の行事とはまた違った特別感がある。
こんなに人の子が食べるようなものを食べさせて大丈夫だろうかと、同居が始まった頃は心配したものだ。狐神は神様……特に五穀豊穣を司る神様なので、人の子と同じものを食べても問題ないのだが、見た目が狐なので、やはり心配にはなる。
「体重管理気を付けないと……塩分にも……」
ぶつぶつと呟くお世話係の声に、狐神は首を傾ける。
それも一瞬の出来事で、ふさふさな尻尾をふりふりと振りながら、狐神は自分用のお味噌汁を準備しているお世話係を見上げた。
「ぜんぶたべていいのか?」
「全部はだめです。狐神様のは今から取り分けてあげるので、少々お待ちください」
そう言って、お世話係は「よいしょ」と腰を下ろしてから、狐神のお皿にたまご焼きを多めにしてマグロとサーモンのお寿司をのせていく。
「どうぞ」と顔の前に置いてあげると、狐神はたまご焼きからかぶり付いた。
「おいしい、おいしい!」と尻尾をふりふりしながら、むしゃむしゃと平らげてく。
一方で、お世話係は噛み締めるようにお寿司のマグロを咀嚼する。
お世話係もお寿司を食べるのは久しぶりなのだ。最後に食べたのはいつだったかと、少々頭を使わないと思い出せないくらいには久しぶりだ。
「ちょっと奮発して正解だったな」
このお寿司だけで、二日分の食費を使った気がする。手痛いとまではいかないが、今後の食費の配分に気を遣わねば、今月は赤字になってしまうだろう。
サーモンに箸を伸ばしたところで、にゅっと狐の小さなお手がお世話係の手に乗せられる。
「どうしました?」
「たまご、おかわり」
「え?」
ぎょっと目を開いて、狐神のお皿を見る。
先ほど取り分けてあげたたまご焼きは跡形もなくなくなり、大皿に残っていた分もなくなっている。残っているのは、お世話係用に残していた分だけだ。
狐神は目をきらきらとさせて訴える。
「残っている分を寄越せ」と。
食べ過ぎ、そして早食い。
これには、お世話係も心を鬼にするしかない。
「だめです」と言い切って、お皿を遠ざける。
狐神は断れないと思っていたのか、あからさまに衝撃を受けた表情を見せた。今にも目が飛び出そうなほど瞼を開いて、顎が外れそうなほど口を開いている。
このまま黙っている狐神ではない。
お世話係は一度箸を置いて、自分の耳を塞ぐ。
子狐の口から大音量が響いたのは、その直ぐ後だった。
「いーやーだーーーー! いやだ、あまねーーーー! たーまーごーーーー!」
「だめなものは、だめです」
「そんなこというと、もうにくきゅうさわらせないぞっ!」
「え⁉」
今度は、お世話係の方が驚く番だった。
狐神の言葉はまだ続く。
「おなかのけも、すわせないぞっ!」
「それは困ります!」
狐神のお腹の毛は、お日様に似たいい匂いがするのだ。落ち込んだ時や、疲れた時に吸うと、気持ちが和らいで落ち着くのである。
子狐のくせに、お世話係の弱い部分を握って、的確に突いてくる。
「一体、どこで覚えたんだ…………?」
狐神にたまご焼きを与えながら、お世話係は首を捻った。
【大好き】
食卓の上に広がるのは、きらきらと輝くお寿司。そして、狐神が大好きなたまご焼き。お世話係用にいなり寿司も並べられているが、狐神はたまご焼きの方に釘付けだ。
狐神は、お寿司と同じくらい瞳をきらきらとさせて、食卓のお寿司を視界に入れていた。その様子を、お世話係は微笑ましく見守る。
実をいうと、この狐と現世へ越してきてから、なんでもない日にこんなに豪華な食事を用意するのは初めてだ。引っ越してきた初日はお蕎麦で、その後は煮物とか魚料理が続き、途中から中華や洋食を入れてきた気がする。クリスマスにはケーキとチキン、お正月はお節とお餅を用意したが、平日のなんでもない日に並ぶご馳走は、季節の行事とはまた違った特別感がある。
こんなに人の子が食べるようなものを食べさせて大丈夫だろうかと、同居が始まった頃は心配したものだ。狐神は神様……特に五穀豊穣を司る神様なので、人の子と同じものを食べても問題ないのだが、見た目が狐なので、やはり心配にはなる。
「体重管理気を付けないと……塩分にも……」
ぶつぶつと呟くお世話係の声に、狐神は首を傾ける。
それも一瞬の出来事で、ふさふさな尻尾をふりふりと振りながら、狐神は自分用のお味噌汁を準備しているお世話係を見上げた。
「ぜんぶたべていいのか?」
「全部はだめです。狐神様のは今から取り分けてあげるので、少々お待ちください」
そう言って、お世話係は「よいしょ」と腰を下ろしてから、狐神のお皿にたまご焼きを多めにしてマグロとサーモンのお寿司をのせていく。
「どうぞ」と顔の前に置いてあげると、狐神はたまご焼きからかぶり付いた。
「おいしい、おいしい!」と尻尾をふりふりしながら、むしゃむしゃと平らげてく。
一方で、お世話係は噛み締めるようにお寿司のマグロを咀嚼する。
お世話係もお寿司を食べるのは久しぶりなのだ。最後に食べたのはいつだったかと、少々頭を使わないと思い出せないくらいには久しぶりだ。
「ちょっと奮発して正解だったな」
このお寿司だけで、二日分の食費を使った気がする。手痛いとまではいかないが、今後の食費の配分に気を遣わねば、今月は赤字になってしまうだろう。
サーモンに箸を伸ばしたところで、にゅっと狐の小さなお手がお世話係の手に乗せられる。
「どうしました?」
「たまご、おかわり」
「え?」
ぎょっと目を開いて、狐神のお皿を見る。
先ほど取り分けてあげたたまご焼きは跡形もなくなくなり、大皿に残っていた分もなくなっている。残っているのは、お世話係用に残していた分だけだ。
狐神は目をきらきらとさせて訴える。
「残っている分を寄越せ」と。
食べ過ぎ、そして早食い。
これには、お世話係も心を鬼にするしかない。
「だめです」と言い切って、お皿を遠ざける。
狐神は断れないと思っていたのか、あからさまに衝撃を受けた表情を見せた。今にも目が飛び出そうなほど瞼を開いて、顎が外れそうなほど口を開いている。
このまま黙っている狐神ではない。
お世話係は一度箸を置いて、自分の耳を塞ぐ。
子狐の口から大音量が響いたのは、その直ぐ後だった。
「いーやーだーーーー! いやだ、あまねーーーー! たーまーごーーーー!」
「だめなものは、だめです」
「そんなこというと、もうにくきゅうさわらせないぞっ!」
「え⁉」
今度は、お世話係の方が驚く番だった。
狐神の言葉はまだ続く。
「おなかのけも、すわせないぞっ!」
「それは困ります!」
狐神のお腹の毛は、お日様に似たいい匂いがするのだ。落ち込んだ時や、疲れた時に吸うと、気持ちが和らいで落ち着くのである。
子狐のくせに、お世話係の弱い部分を握って、的確に突いてくる。
「一体、どこで覚えたんだ…………?」
狐神にたまご焼きを与えながら、お世話係は首を捻った。