象に乗りし菩薩
象に乗りし菩薩
「ふーむ」と、麗しい男は天を仰いだ。
ここ数日、ある場所を目指してゆるゆると移動しているのだが、いっこうに着く気配がしない。
「おかしいな……道は合っているはずなのに……」
ふむふむと首を傾げつつ、懐から一枚の紙を取り出す。
紙に描かれたのは、みみずがのたくったような線が幾筋も描かれている。家を出る前に、男自ら描いた目的地までの地図だ。
再び懐に手を突っ込んで、懐中時計を取り出す。時刻だけでなく、日付も表示されているやつだ。時刻は昼を過ぎた頃。頭上にある日の神が頂点で神々しい光を降り注いでいる。
「まずい」と、男は顔をしかめる。
集まりは今日だったはずだ。司会をする奴が夕方からと言っていたからまだ猶予はあるが、このまま迷い続ければ遅刻してしまう。
「くそぉおー。これだから、見知らぬ土地は嫌なのだ」
これまでと同じく、浄土に集まってひっそりこっそりとやればいいものを。気分転換をしたかったのかなんなのか、地獄にある温泉街ですると言い出したものだから、出席する立場のこちらは一から場所から道順やらを調べねばならぬ事になった。
むむむと唸っていると、男を背に乗せていた白い象が「ぱおーん」と不安げな鳴き声を上げる。白い象は六つの牙を持ち、垂れた目は優しげだ。
男は「うん」と頷いてから、象の頭に手を伸ばし、安心させるように動かした。
「なあに、大丈夫だ。問題ない。我は、普賢菩薩だぞ。普く賢い者の我が道に迷う等あり得ぬ」
「こっちの道に進めばよい」と、象の耳裏を軽く叩いて、ゆるゆるゆらゆらと歩ませる。
この時、象はとてもとても大きなため息を吐きたくて仕方なかった。
かれこれこの数日、同じ場所を歩いている気がする。
石造りの建物がずらずらと並び建つ場所ばかり視界に入るし、道行く者たちが珍しげに小さくて平べったい箱を向けている。その箱からたまに強い光が出て、象はできるだけ早くこの場から移動したくなる。背中に大事な主人が居るから走れないが、象一頭だけなら今ごろ走り出していた。
「主人よ……」
「お、あそこに居るのは日の本の神ではないか? 白よ、ちと寄ってみてくれ」
「うう……」
西より来る仏の散歩は、迎えが来るまで続いたという。
「ふーむ」と、麗しい男は天を仰いだ。
ここ数日、ある場所を目指してゆるゆると移動しているのだが、いっこうに着く気配がしない。
「おかしいな……道は合っているはずなのに……」
ふむふむと首を傾げつつ、懐から一枚の紙を取り出す。
紙に描かれたのは、みみずがのたくったような線が幾筋も描かれている。家を出る前に、男自ら描いた目的地までの地図だ。
再び懐に手を突っ込んで、懐中時計を取り出す。時刻だけでなく、日付も表示されているやつだ。時刻は昼を過ぎた頃。頭上にある日の神が頂点で神々しい光を降り注いでいる。
「まずい」と、男は顔をしかめる。
集まりは今日だったはずだ。司会をする奴が夕方からと言っていたからまだ猶予はあるが、このまま迷い続ければ遅刻してしまう。
「くそぉおー。これだから、見知らぬ土地は嫌なのだ」
これまでと同じく、浄土に集まってひっそりこっそりとやればいいものを。気分転換をしたかったのかなんなのか、地獄にある温泉街ですると言い出したものだから、出席する立場のこちらは一から場所から道順やらを調べねばならぬ事になった。
むむむと唸っていると、男を背に乗せていた白い象が「ぱおーん」と不安げな鳴き声を上げる。白い象は六つの牙を持ち、垂れた目は優しげだ。
男は「うん」と頷いてから、象の頭に手を伸ばし、安心させるように動かした。
「なあに、大丈夫だ。問題ない。我は、普賢菩薩だぞ。普く賢い者の我が道に迷う等あり得ぬ」
「こっちの道に進めばよい」と、象の耳裏を軽く叩いて、ゆるゆるゆらゆらと歩ませる。
この時、象はとてもとても大きなため息を吐きたくて仕方なかった。
かれこれこの数日、同じ場所を歩いている気がする。
石造りの建物がずらずらと並び建つ場所ばかり視界に入るし、道行く者たちが珍しげに小さくて平べったい箱を向けている。その箱からたまに強い光が出て、象はできるだけ早くこの場から移動したくなる。背中に大事な主人が居るから走れないが、象一頭だけなら今ごろ走り出していた。
「主人よ……」
「お、あそこに居るのは日の本の神ではないか? 白よ、ちと寄ってみてくれ」
「うう……」
西より来る仏の散歩は、迎えが来るまで続いたという。