くじらに乗ったペンギン 冒頭
ざぶん、ざぶんと、白波が氷の山に打ち付ける。
海に散らばる氷を揺らして、ざぶんざぶんと白い波がやって来る。
真っ黒な姿をした鳥は、でこぼことした氷の上に立ち、ざぶんざぶんと揺らされながら押し寄せる波の向こう側に鋭く突き刺す視線を向けていた。
餌を求めて海に来たはずが、【あれ】を見かけるといつも食欲を忘れて眺めてしまう。
鳥の視線の先にあるのは、白くて大きな山であった。
この山、驚くべきことに自分で動けるのである。
波に流されるでもなく、潮に流されるでもなく、自分の力で自分の行きたい方向へ。まるでフリッパーを使って海の中を泳ぐ、自分たち黒い鳥のように。
海と空が接する場所からゆらりと現れたと思えば、またゆらりと消えていなくなってしまうあの白くて大きな山。
どうしても気になってしまって、黒い鳥は群れの中で一番物知りな白い鳥に尋ねたことがある。
自分たちの同じ姿をしているのに、羽毛は氷と同じ色で、瞳は夕焼けの色をしたその物知りな鳥は、『あれは船と呼ばれるモノだ』と教えてくれた。
『ふね?』
『ここで言う氷みたいなものだ。この海の遠く遠くそのまた遠くから、人間を運んでやってくるんだ。不用意に近づいてはいけないよ』
『我らとは違う世界に運ばれてしまうからね』と釘を刺されたのをよく覚えている。
今思えば、物知りな鳥は神の遣いだったのかもしれない。
自分たちと同じ姿をしているわりには羽毛の色が明るく、とても長生きであった。
氷の上から白い山を眺めながら、黒い鳥は波の向こう側に思いを寄せる。
白い鳥は、あの波の向こうに大きな白い山が沢山泳いでいると言っていた。
そして、その白い山には人間がたくさん乗っていて、彼らは普段大きな土の上で暮らしていると。
黒い鳥が住む場所にも土はあるが、殆ど氷と雪に覆われている。
彼らは土の上で何をしているのか。
あの波の向こう側に広がる世界には何があるのか。
黒い鳥は一大決心をして、海の中に飛び込んだ。