BL 恋人みたいなふりをして

Day3 かぼちゃ 菩薩の捧げ物

 地蔵菩薩といえば、誰もが知っているお地蔵様だ。閻魔大王と対になる存在、子どものヒーロー。全国各地に地蔵が置かれ、悪霊や疫病を祓う他、縁を結んだり、旅の安全を祈っている。
 とある地域にある地蔵菩薩の祠の屋根に座り、お地蔵様は「うーん」と首を捻った。

「今も覚えてくれてる人が居ることは良いことなんだよね」

 闇が薄まり、人工的に作られた明かりが世を照らす時代において、神や仏の存在を誠に理解して祈りを捧げる者は年々減ってきている。
 そんな中でも、地蔵菩薩に定期的に供物を置いて、願いを込める者はいるのだ。

「まあ、それは良いんだけどさあ」

 祠の前に並ぶ黄色いかぼちゃの集団に視線を落とし、地蔵菩薩の本体とも呼べるお地蔵様は苦い笑いを見せた。

「さすがにこれは多いって」

 かぼちゃだけに限らず、秋の味覚と呼ばれるものがわんさかと置かれている。秋の味覚の中に、流通し始めたばかりの冬の野菜も並んでおり、ちょっとした無人直売所みたいだ。
 お地蔵様に似た容姿の童(わらべ)がわらわらと集まり、この野菜をどうしたものかと困った様子でお地蔵様を見上げる。
 この童は、この地域に置かれた地蔵菩薩の化身たちだ。お地蔵様をここへ呼んだのも、この童たちであった。

「お地蔵様、この供物どうしましょう」

「ぼくたちだけでは消費できません」

「このまま腐らせるのは可哀想です」

「もったいないです」

「お稲荷さんのところは、お菓子がいっぱい届いたそうです。羨ましいです」

 一人の童が口を開いてから、他の童も次々に訴える。
 お地蔵様は再び「うーん」と唸ってから、言葉を放った。

「ひとまず、幾つかはご近所の寺社に分け与えよう。残ったものは……」

 ◆  ◆  ◆

「なんですか、これは」

 十王の一人、五道転輪王が御座す冥府の最後の裁判所で、獄卒課の課長は眉根を寄せた。
 次から次へと、自分宛の段ボールが裁判所の搬入口に届いている。
 品名は、かぼちゃ、さつまいも、柿、葡萄、その他大根や白菜なども入っている。が、量がバカみたいに多い。何だ、この量は。裁判所の食堂でも消費するのに三日はかかるぞ。

「誰がこんなに……亡者への供物は閻魔様の方で消費するはずでは?」

 ぶつぶつと文句を言いながら、差出人欄に視線を移動させると【地蔵菩薩】と書かれている。

「お地蔵様?」

「呼んだ?」

 背後から耳に囁くようにして声が降ってくる。
 課長は秒単位で振り返ると同時に、帯に挟んでいた扇子を引き抜き、振りかぶった。
 顔に当たる寸前で、お地蔵様は持っていた錫杖で扇子を受け止める。

「いきなり攻撃してこないでよー。びっくりするじゃない」

「誰のせいだ、誰の。全く、何を考えているんですか、あなたは。この野菜の山はなんだ⁉」

「現世にいる私の化身たちに、秋の収穫物が届いてね。私たちだけでは食べきれないから、家族が多い君のご実家にお裾分けしようと思ったわけ。何人きょうだいだっけ? 二十人?」

「……二十五人です。その殆どは、嫁に行ったり、嫁を貰ったり、婿に行ったり、人間を近くで見たいとか言って現世に転生したりで、既に家を出ています。今実家に居るのは、十歳と五歳と一歳と……私の四人だけですよ」

 言葉を吐き出しながら、課長は扇子をおろす。

「そもそも、なぜうちにお裾分けなんですか。閻魔様の方が親しいでしょう、あなた」

「いやーだってほら、私、君の恋人だから」

 にこやかに、はなやかに、お地蔵様は言い切る。
 課長は舌を強めに打ち付けた。

「恋人ではなく、恋人のふりでしょう」

「どっちも似たようなものでしょう。私、あの時の事は鮮明に覚えているよ」

 君に縁談を切って欲しいと言われた日のこと。
 お地蔵様の口から、愉しげな声音が溢れ出る。
 その音を聞きながら、課長は苦々しげに表情を歪めた。
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