BL 恋人みたいなふりをして


お地蔵様と迷子の子 3

 ◆  ◆  ◆

 冬場の、美しく眩しい青い色の海面と白い砂浜が広がっている。
 海の色は南国を思わせる緑色ではなく、あざやかな群青色だ。鋭く尖った白い流紋岩は、海を挟んで海岸の正面に並び立ち、冬の雪をまとった姿はますますその白さを増している。ナンブアカマツの緑色が差し色となって、さながら日本庭園のようであり、浄土のようでもある。
 直は、並び立った流紋岩から、美しく広がる現世の浄土を見下ろした。

「現世の人々は、浄土に清浄なイメージを抱きすぎでは?」

 直(あたい)が目にする浄土は、玉砂利が敷き詰められ色濃い霧と耳鳴りが聞こえるほど静まりかえった寂しい場所だ。獄卒の身分でも、なるべくなら踏み入れたくない。
 あの場所は何も無さすぎて、何も無いのが大変畏ろしいのだ。仏や菩薩が居ると言われる場所だが、あの場所に行ける者はほんの一握りで、仏も菩薩も普段は留守にしている。
 直は、ひゅうひゅうと吹き抜ける風から、首のまわりを守るようにコートの襟を寄せた。姿を現して現世を出歩く時は、その時、その時代にあった服装をしている。今の現世は近代化が進み、衣服も洋装が主流となったので、獄卒たちも出歩く時は洋装だ。今日は長袖の上に厚手のセーターを着て、暗い色のジーンズをあわせている。コートも真冬に使うもので、靴も滑り止めがついた冬靴だ。獄卒の癖故か、服も靴も色が黒である。

「さむい……」

「冬だからね」

 朗らかな声音が背後から響く。
 この場に来る事になった現況の声だ。
 直は眉間にしわを寄せながら、振り返った。
 木造の祠の前で、明るい色の髪を持った男がしゃがみこみ、手をあわせている。男の姿も、直と同じような洋装姿だが、コートが白かったり、靴が茶色かったり、ジーンズの色が明るめだったりと色味の差がでていた。首に巻いているマフラーも濃い灰色と白のチェック柄である。
 見た目だけならその辺に居る一般人と変わらないが、彼は間違いなくお地蔵様だ。手元にある錫杖が、男の正体を告げ、異質な雰囲気を漂わせていた。

「もう少し厚着してくればよかったんだよ」

「全国を巡るあなたと違って、私は普段暖かい場所で過ごしているから、冬場の現世の気温を見てもよくわからないんですよ」

 もう少し暖かいかと思ったが、予想に反して寒かった。今年は強めの寒波が入っているからなおさらだ。
 むすりと膨れて見せるが、直に背を向けている男はけらけらと笑うだけだ。
 自分の気がすむまで手を合わせた男は、錫杖を支えにして立ち上がり、浄土と例えられた浜を望む。

「浄土ヶ浜(ここ)は特に問題なさそうだね」

「……行きたい場所ってここですか?」

 現世の閻魔参りを見届けた後、帰りながら寄りたい場所があると言って連れて来られたのが、東北は岩手にある浄土ヶ浜である。三陸を代表する景勝地で、かの有名な宮沢賢治も眺めたといわれる。遠い昔にこの地を訪れた和尚は「極楽浄土のごとし」と感嘆したそうだ。
 お地蔵様が祠に視線を向けるのにならって、直もそちらを見る。
 祠の中には、地蔵が一体置かれている。子安地蔵と呼ばれるそれは、地元の民からは「賽の河原の地蔵さん」と呼び親しまれていた。
 賽の河原にある小石を持って拝むのは、家族の健康と大漁祈願だ。
 獄卒の問いにお地蔵様は色々な感情を含んだ笑みを見せながら「まあね」と答えた。

「答えとしては大正解ってわけではいけど、概ね合ってるよ。十年くらい前からかな。冬から春にかけては、東北を重点的に巡ることにしてるんだ。……なんでだかわかる?」

「十年……」

 具体的な数字を出され、直は一度は傾きかけた首を伸ばし、息を止めた。
 十年以上前、この海を、この国を襲った未曾有の大災害は、直の記憶にも新しい。当時の事を思い出して、唇を固く引き結ぶ。
 答える様子はないが、答えは察した獄卒の様子にお地蔵様は気を良くしたらしく、微笑みを湛えて浄土の海を眺める。
 子安地蔵が見守る、火山岩と白い小石によって外海から隔てられ、穏やかな様子を見せる入り江。
 今は静かな波を見せているが、この場所も大きな被害を受けたのだ。

「弔いに、来てるのですか?」

 直の問いに、お地蔵様は僅かに首を傾けて「どうなんだろうね」とこぼす。

「弔いに来ているのか、懺悔しに来ているのか、私にもわからない。ただね、さがしものはしているよ」

「さがしもの?」

「どうしても、みつけたい〝もの〟があるんだ。もう随分長いことさがしているのだけど、見つからないんだよね」
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