BL 恋人みたいなふりをして

お地蔵様と迷子の子 2

「はーい。みんな集まってくださーい」

 お地蔵様がちゃらちゃらと錫杖の遊環(ゆかん)を鳴らすと、教室で思い思いに過ごしていた子どもたちが集まってきた。
 その表情は嬉しそうなものと面倒くさそうなものと様々だが、お行儀よく三角座りや胡座をかいて、お地蔵様を見上げる。
 お地蔵様は、子どもたちの顔を一つ一つ確かめるように視線を移しながら、口を開いた。

「明後日一月十六日は、閻魔賽日(えんまさいじつ)……閻魔参りの日です」

 お地蔵様の話し出しに、秋から冬にかけて冥府にやって来た子どもたちは、きょとんと首を傾げる。
 一方、冥府暮らしが長いことたちは両の手をあげて喜びの声を上げた。

「おやすみだー!」

「授業なーし!」

「石積もなーーーーし!」

 きらきらと目を輝かせる子どもたちと「セーフ!」と手を広げる子どもたちに、お地蔵様は「そうだね」とにこやかに微笑む。

「獄卒くんたちは早い者だと明日から休みです。お盆の時と同じく、君たちを現世に居るご家族のところへ還したいのだけど、残念ながら、現世は一月に死者を迎え入れる準備をしていません」

 閻魔参りの日は、閻魔大王や地獄の鬼たちも休む日だ。地獄の鬼たちが休むということは、彼らから呵責を受けている亡者たちも休みである。寺子屋で子どもたちの世話をしている獄卒たちも同様だ。
 現世の方も、閻魔に詣でる日というころで閻魔大王が鎮座する場所へ行ったり、芝居を観に行ったりと、休日を過ごす日だ。現代社会の現世では殆ど無くなってしまった風習だが、数百年までは確かにそういう日だったのだ。
 地獄の獄卒も世話係も休みで、誰が子どもたちの面倒をみるのか。それは天国で暮らす大神様たちとその侍女たちである。閻魔や獄卒は休みでも、大神たちは休みではない。

「明日からは、大神様や侍女様方がみんなの面倒を見に来てくれます。私も一緒に過ごしたいところですが、現世の方で閻魔参りが行われるので、その様子を見守る為に留守にしないといけません。私がいなくても、みんないい子にしててね」

「はーい!」


「またこんなに散らかして……!」

 美しい顔立ちをした男が、赤紫色の瞳をはめ込んだ目を三角の形にして、腰に手を当てている。現世では、そろそろ日付も変わろうかという時間帯に、男はお地蔵様の部屋へとやって来た。着ている服は、獄卒が着る唐服だ。今日は身頃の部分が黒い生地、襟は赤い生地を使ったものを身につけている。腰には逃げ出す亡者を狩る剣を佩いていて、仕事帰りに寄ってくれたんだろうなというのが一目でわかる装いだ。
 お地蔵様は「ぷんすか怒っていると、顔が般若になってしまうよ」とおどけてみせる。
 男の目尻がさらにつり上がった。ついでに、眉間のしわも深くなっている。
 これ以上は、何も言わない方が良さそうだな。
 彼に気づかれないように苦い笑みをこぼしてから「ごめんごめん」と短く謝った。

「まったく……」

「やれやれ」と呆れた表情を見せて、男はお地蔵様から部屋に散らばる紙の束や着物を拾い上げる。
 その姿を、お地蔵様は書類片手に頬杖を突きながら眺めた。

「片付けながら泊まる準備をしようと思ったんだけど、上手くいかないものだね」

「いくわけないでしょう、そんな器用なこと」

「ただでさえ荷物が多い部屋なのに」と嘆息する彼は、名を直(あたい)という。獄卒課の課長で、十王の一人五道転輪王の嫡男だ。
 冥府には裁判所が十ヶ所あり、裁判官が一人配置されている。その裁判官たちを十王と呼び、有名な閻魔大王もこの内の一人だ。そして、お地蔵様こと地蔵菩薩はこの閻魔大王と対になる仏である。
 亡者の罪を裁く上で欠かせないのが、生前の行いを記録し、時には見るという作業だ。お地蔵様は現世でこの見る作業をしつつ、天命を迎えた魂を冥府へ送り、地獄や餓鬼道に堕ちた亡者たちに度々救いを与えつつ、賽の河原に居る子どもたちを獄卒から守り、疫病が流行らないように目を光らせ、旅の安全を祈る。
 自分が今抱えている仕事を指折り数え、「随分増えたよなあ」と他人事のように呟いた。

「昔はこんなに無かったと思うんだけど」

「時代が進むにつれて、人の子たちの思想も変わっていきましたからね」

 そのせいなのか、本人の性格なのかは不明だが、お地蔵様の部屋は散らかっている事が多い。本棚に入りきらなくなった雑誌や教本は床に積まれ、その上に新しく出た雑誌や新聞も置かれている。物で圧迫された棚(カラーボックス)には、誰から貰ったのかはわからないお地蔵様の置物や色褪せた赤いよだれかけから発色の良いよだれかけ、赤い帽子やマフラーもある。洗濯を終えた着物は、椅子の背もたれに無造作にかけられたまま、仕舞われるのを待っていた。
 今は現世に出張する準備もしているせいか、さらに物が散乱し酷い有り様になっている。出張用のリュックから物がはみ出ているのを見つけて、直の眉がつり上がった。

「全く、お地蔵様というものが、情けない。居ない間に私の方で片付けておきますから、その後からは絶対に散らかさないでくださいよ」

「え? せっかくの休みなんだし、君も一緒に行こうよ」

「は?」

 突飛な誘いに、直はじっとりとした視線を送った。
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