BL 恋人みたいなふりをして


Day2 屋上

「お地蔵さまー」と、女の子三人が歩み寄ってきたのは、「みんなで読書をしましょう」と設けた時間帯であった。
 女の子の顔ぶれを見ると、先日知恵の輪を外してほしいと頼んできた子達である。
 膝に年少さんの男の子を乗せて、園児クラスの子たちに竹取物語の絵本を読み聞かせていた地蔵菩薩は「どしましたか?」とにこやかに彼女たちを迎え入れた。

「ねえ。お地蔵様ー。なんで、寺子屋には屋上がないのー?」

「大きいお兄ちゃんお姉ちゃんたちの方にはあるのにー」

「このままじゃ、楽しい学校生活ができないよー」

 屋上でお友だちとお弁当を食べたりとか。
 どっきどきな告白をしたり受けたりとか。
 秘密のキスをしたりとか。
 女の子たちの訴えに、菩薩は「えっとー」と言葉を詰まらせる。
 寺子屋は平屋建ての茅葺き屋根だ。屋根はもちろん三角の形をしていて、彼女たちが求める屋上はない。
 一体どこから、屋上で繰り広げられる学生たちの行事みたいな知識を覚えてきたのか。
 女の子たちに聞いてみると、「これだよー」と言って、少女漫画を見せられる。今日持ち込んだ絵本の中に入っていたそうだ。誰だ、入れた奴は。今日の分は、あの世と現世の境にある学校から寄贈されたと聞いているが、在校生の誰かがいらない本もついでに紛れ込まされたか。

「漫画も絵本といえば絵本ではあるけれど」と、ぱらぱらと中を確認してみる。キラキラとした絵によって、初な少女たちがドキドキとするような展開が散りばめられている。
 どれもこれも中学生や高校生のお話。小学校中学年の彼女たちにはいささか早いような気もしたが、出版社と掲載雑誌を確認すると小学生をメインターゲットにしているから驚きだ。
 最近の子どもはこういうお話を読んで育っているのかと戦慄しながら、漫画を少女たちに返した。

「お地蔵様ー、屋上作ってー」

「ごめんねえ。こればかりは、私だけでは決められないな。獄卒の偉い人と話してみないと」

「じゃあ話してよー」

「お願いお地蔵様ー」

「寺子屋も、もうボロだよ、ボロー」

「台風来たら飛んでっちゃうよー」

「冥府に台風は来ないから大丈夫だよ」

 子どもたちの声を聞きながら、地蔵菩薩は室内に視線を向ける。
 頻繁に破れて、張り替えるのを諦めた障子。擦りきれた畳と座布団。穴の空いた壁を隠すように設置された一枚板。傷や落書きが目立って来た文机。子どもたちも年々増えて、部屋も手狭になってきている。
 屋上云々は置いておいて、建て替えを検討しても良い頃合いだ。
 なんせこの寺子屋は、江戸城が建てられた頃に出来たものなのだから。

 ◆  ◆  ◆

「寺子屋を建て替えたい?」

 亡者の記録が書かれた巻物片手に、彼が言葉を返す。
 寺子屋であった話を聞かせると、彼は眉根を寄せた。

「なんですか、その欲に満ちたお願いは」

「お願いとは、欲に満ちたものだと思うけど? まあ、切羽詰まったものもあるけどさ」

「まあ、願い事の内容はともかく……。あの寺子屋は、賽の河原で石積みをする子どもたちに教育を施す為に設置されたものです。あなたもよく覚えていると思いますが、設立当時、生きていた頃は手習いが出来なかった子が多かった為、閻魔大王が心を砕いて、読み書きに触れる機会を与えたのですよ。中には秘めた才能を発揮して、冥府にある省庁の役人に引き抜かれた子もいます。遊びだけの場ではないんです」

 最小限の息継ぎでずらっと並べられた言葉に、「わあーー……」としか返せない。

「まあ、建物が古くなっているのは私も気になっていたところなので、こちらに関しては十王と閻魔王太子様にお伝えしておきますよ。そのうち、予算を組んでくださることでしょう」

「助かるよー。さすが、獄卒一課の課長さんだね」

「褒めても、何も出ません」

 言いながら、広げた巻物をてきぱきとくるんで、紐で結び留める。
 口調は怖いけど、動きは優雅だよなあと、私の頬が緩んだ。
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