BL 恋人みたいなふりをして

Day18 旬 お地蔵様のサプライズ

「子どもたちがそんな事を言っていたんですか?」

 直(あたい)は、寝台の上で上体を起こし、お地蔵様から寺子屋での出来事を聞く。
 お地蔵様は、包帯で覆われた彼の姿をじっくりと観察してから「うん」と頷いた。

「みんな吃驚してたし、心配してたよ」

「それは……大変申し訳ないことをしてしまいましたね」

 寝台と背中に挟んだクッションの固まりに背を預け、直が息を吐き出す。
 喋りは以前と変わらないが、体力がやや衰え始めている。
 それでも、傷の治りは早い方だと彼の母親から聞いた。
 閻魔王太子から譲ってもらった呪符が効いているそうだ。

「今さらだけど、起きてて大丈夫なのかい?」

「こっちの方が腰が楽なんです。それに、寝てると丹桂(たんけい)が腹の上に乗って来てしまって……七キロを腹に乗せて寝るのはいささかキツい……」

「いささかどころではなさそうだけどね」

 笑みをこぼして、お地蔵様は直の傍らで丸くなっている猫又に視線を落とす。
 獄卒の猫又こと丹桂は、猫又なだけあって普通の猫よりも大きな体を持っている。体は伸縮自在らしく、獄卒の腕に抱かれる時は一般的な猫と変わらぬ大きさに、出歩く時は元の大きさに戻って行動している。
 猫又は、直が療養を始めてからずっと側にいるそうだ。離れる時は、ご飯かトイレの時くらいなものであると、直が言っていた。
 自分の話題に気づいた猫又が、のんびりとした動作で顔を上げて「にゃあ」と鳴く。
 ふかふかとした掛け布団の上に居た丹桂は、転ばないように慎重に立ち上がり、自分の二本の尻尾を追いかけるようにして一度回った後、獄卒(しゅじん)の太ももの上へ移動した。
 そして、またごろんと丸くなると、お地蔵様を見上げて「何か言いたいことでもある?」と見上げてくる。

「にゃぁあーー」

 訳、獄卒は療養中の身なり。ここは丹桂に任せて、早く去られるがよろし。
 お地蔵様の顔から、微笑みがすっと音を立てて消えた。
 バチバチと、お地蔵様と猫又の間で火花が散る。
 獄卒は一人と一匹の異変を感じ取って「どうしたのです?」と首を傾げる。
 目を呪符と包帯で隠している為、二人の表情を見ることは叶わないが、空気を感じとることはできるのだ。

「なんだか、猫又くんに嫌われてる気がして」

「丹桂、お地蔵様を威嚇してはいけませんよ」

「にゃあー、にゃああ」

 訳、威嚇ではない。丹桂は獄卒の為にお帰りを願っているのだ。

「お帰りを願う目付きしてないけど? たんたんくん」

「にゃぁああう」

 訳、【たんたん】ではない。【丹桂】である。

 ふーふーっと、丹桂は牙を剥き出す。
 直は、丹桂の逆立つ毛に手を伸ばし、よしよしと毛並みに沿って撫でながら落ち着かせる。

「お地蔵様も、丹桂相手にむきにならないでください」

「むきになんかなってないよ。仲良くしたいだけだよ?」

 ぞわりと、丹桂の背筋に寒気が走り、ぶるぶると身体を震わせる。

「にゃああ!」

 訳、獄卒。この菩薩、なんか怖いこと言ってないか⁉

「落ち着きなさい。その男の言葉に耳をかしてはいけませんよ、丹桂」

「たんたんくん、そろそろおやつの時間じゃないかな? 直くんの妹さんがおやつの準備をしていたよ」

「にゃぁあ?」

 訳、おやつ?

「大好きなちゅーるが、君を待っているよ。今日は何味かなー?」

「部屋から出してあげるから、こっちへおいで」と、お地蔵様は部屋の扉へと歩み寄り、丹桂が通りやすいように戸を開けてやる。
 おやつと聞いた丹桂は、お地蔵様と火花を散らしていたことも忘れて、すとんと床に降りた。
 直が呼び止める間もなく、猫又は二本の尾を嬉しそうに揺らして、部屋から駆け出ていく。
 猫又がするりと抜け出たのを確認してから、お地蔵様はぴしゃりと戸を閉めた。
 直の方へ戻れば、恨みがましい視線を向ける彼の姿が目に入る。

「純粋な猫ちゃんだね」

 微笑みながら寝台に腰かければ、直が苦いという表情を見せた。

「今日はおやつおやすみの日なんですよ」

 今ごろ、居間で暴れているか、悲しくて鳴いているかのどちらかだ。

「まあまあ、そう怒らないでよ。今日は寺子屋を代表して、君を元気にする為に来たんだからさ」

「人選ミスですね」

「酷いなあ、もう」

 直の辛辣な言葉も笑って返し、お地蔵様は懐から紅白の珠が交互に並んだ数珠を取り出す。
 寺子屋で、子どもたちの願いが込められた数珠だ。
 獄卒の手を引っ張り、数珠を持たせ、お地蔵様の手を被せる。
 包帯越しでも、ほわほわとした温もりが感じられる。よかった。今日もちゃんと生きてるね。
「ちょっと!」という抗議の声は無視した。

「な、何ですか……?」

「いいからいいから。数珠をぎゅっと握って目を閉じてごらんよ。変なことはしないからさ。大丈夫、お地蔵様(わたし)を信じて?」

 瞼が動かせる状態なら、今ごろぱちぱちと瞬いているんだろうな。
 直は逡巡した後で、控えめに数珠を握る。

「ぎゅっとでいいのにー」

「うるさい」

「まあいっか」

 被せていた手に力を込めて、二人で数珠を握り締める。
 数珠から、満月の色に似た光がふわふわと零れ、蛍の燐光に似た光の玉が宙を漂う。
 お地蔵様には聞こえないが、直の方には子どもたちの「元気になぁれ」という願いが耳に届き、開けない瞼の裏には願いを込める子どもたちの姿が映っているはずだ。

「どう? 子どもたちの姿が見えるかい?」

「はい」

「早く元気になってね」

「はい。…………あ」

 返事をしてから、直は暫し固まる。
 そして、珍しく肩を震わせながら、笑い声を噛み殺した。

「どうしたんだい?」

「いえ…………。一人だけ、甘栗を食べたいと言っている子がいて」

 甘栗の他に、カボチャパイやアップルパイ、モンブランが食べたいという食への願い事が、その子どもから溢れている。

「外出許可が出たら、お土産を持って行ってあげましょう」

 空いている手で緩む頬を押さえる直に、お地蔵様は「そうだね」と微笑んだ。
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