BL 恋人みたいなふりをして

Day14 裏腹 「照れてない」

 寺子屋の子どもたちは、お地蔵様の雲から飛び降りるなり、「わぁあ」と感嘆の声を上げて、豪奢な宮殿を見上げる。
 寝殿造のお屋敷を、二段、三段と積み上げた形に似ている宮殿は、子どもたちがはしゃぎながら鬼ごっこをしても邪魔にはならない大きさだ。寺子屋よりも、学校の体育館よりもずっと大きい。庭も入れるともっと広大だ。
 その場所に数えきれないほどの神様や仏様、それらに仕える天女や侍従たちが居住もしくは宿泊し、窓越しでも賑わう声が聞こえる。

「すごーい! ホテルみたーい!」

「神様がいっぱいいるー!」

 今にも走り出してしまいそうな子どもたちを、お地蔵様の錫杖の音が繋ぎ止めた。

「こらこら君たち。今日は社会科見学で天国に来たんですよ。お行儀よく、見聞を広めましょうね」

「けんぶん?」

「けんぶんってなに?」

 お地蔵様の側に居た女の子二人が、首を傾げる。
 その横で、男の子が「けんぶんってこれだろ! けんっ! ぶんっ!」と、剣を振り下ろす真似をした。

「見聞とは、実際に見たり聞いたりすることです。寺子屋で、何度か天国のお話をしましたが、実際に見た方が記憶にも残りやすいですからね」

「でも、転生する時に記憶消されちゃうんでしょう?」

「そうですね。だから、今だけのお楽しみです。ですが、君たち次第で転生せずに冥府のお役人としてスカウトされる事もあります。いつかの為に、しっかりとお勉強してくださいね」

「はーーーーい!」

 お地蔵様は懐に忍ばせていた懐中時計を取り出し、時間を確認する。

「そろそろ移動しましょうか。今日は、年始で披露される舞のリハーサルが行われてるんですよ」

 ◆  ◆  ◆

 獄卒課の課長こと直(あたい)は、神楽用の舞台から降りて早々に頬の筋肉をひきつらせた。こめかみも、ぴくぴくと動いている。
 直の表情は言っていた。
 なぜ、この時間にお地蔵様と子どもたちがいるのかと。
 よりにもよって、なぜ衣装を試着して動きの確認をしている時に来るのかと。
 直が言葉を失ったままでいるので、お地蔵様がほけほけと笑いかけながら「年始の舞を披露する課長さんですよー」と紹介する。

「……おい」

 今までになく、低い声音が獄卒の喉から出る。
 お地蔵様は、子どもたちから直(あたい)に視線を移して、いつもの胡散臭い微笑みを見せる。

「なーに直くん。今回の衣装も素敵だよ」

「そ、そうではなくて!」

 自分の今の姿を思い出して、頬に熱が集中する。
 今日は宴に向けた練習の日で、衣装の試着をして動きを確認していたところだ。
 宴の舞は天照を模した装いをする。天照は女性だ。現世では男性という説もあるが、冥府界隈では女性が定説であった。本神(ほんにん)も「女」であると自認している。その為、宴で舞い踊る男は必然的に女装だ。
 女性物の緋袴と白い小袖。その上から羽織る、天女が一年かけて織った、柔らかさと透明感がある生地の羽衣。今日はつけてないが、本番は髪を長く見せる為につけ毛をつけ、髪も結い上げる。髪の調整はまた後日行うことになっていた。
 宴で行われる舞は、十王の裁判所と天国、現世にいる神の代表が毎年持ち回りで披露される。今年は五道転輪王の裁判所が担当する番で、主役の天照は直が選ばれた。
 十二年に一度やって来る、宴の舞当番。男が必ず出ろと言われているわけではないが、直が初めて舞台に立った時から天照をはじめとした女性人と目前にいる菩薩のような変わり者男たちが大層気に入り、五道転輪王の裁判所が担当する時は直を出してくれとは言われている。
 直の年は、他の神々の出席率も上がるそうだ。

「他にも麗しい舞をする奴はいるだろうに……」

 一通りの人選理由を思い出して、直は舌を打つ。
 お地蔵様は、子どもたちに年始の宴を説明して終えてから、口を開いた。

「みんな、美しい君の舞が見たいんだよー。またブラックな一年が始まるんだから、新年の始まりくらい良いものを見たいじゃないか。私もこの十二年、指折り数えて待ってたんだからね」

「待たなくていいのに」

「人事異動で舞を担当しない部署に行っちゃった時は、日が沈むとはこういうことを言うんだなと実感したよ」

「言っている意味がわからない、わかりたくない」

「試着姿を見れて幸せだなって言ってるの。他の神様に見せるの勿体ないなあ。このまま連れて帰っていいかい?」

 刹那。
 下段の蹴りが、お地蔵様の脛に入る。

「馬鹿な事を言っていないで、子どもたちをしっかりと引率してください。何かあったら、獄卒(こちら)の責任問題になるんですよ、全くもう!」

 苦悶の表情を浮かべるお地蔵様を放置して、直は支度部屋へと戻っていく。
 蹴った足が僅かに痛い。
 それ以上に、火照ったままの頬が気になって仕方なかった。
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