BL 恋人みたいなふりをして

Day1 鍵 

「お地蔵様ー」と、左前に合わせた白い着物に身を包んだ子どもたちが駆け寄ってくる。
 賽の河原に設けられた寺子屋の教室は、今日も子どもたちの元気な声で溢れていた。

「お地蔵様、お散歩に行きましょうー」

「お地蔵様、絵本読んでー」

「三角頭巾取れちゃったぁあーー」

 三番目に寄ってきた男の子が、目に涙を浮かべて訴える。
 この男の子は最近この寺子屋にやって来た、保育園の年長さんだった子だ。休み時間に、年の近い男の子と戦隊ヒーローごっこをしていたら取れてしまったようだ。
「元気だねえ」と頭を撫でてから、額に三角頭巾を当てて紐を結び直していると、今度は小学校中学年くらいの女の子が三人揃ってやって来た。

「ねえ、お地蔵様ー」

「このハートどうやって外すのー」

「『次の授業までに外せたらご褒美あげます』って、鬼が言ってたけど、全然取れないのー」

 女の子たちが見せてくれたのは、ハートの形をした金属製の部品が絡み合ったものだった。現世で、知恵の輪と呼ばれるものである。
「貸してごらんなさい」と女の子たちから知恵の輪を受け取り、解き方を教えながら部品を外す。
 絶対に解けないだろうと思っていた部品が魔法のように解けて、女の子たちは目をキラキラと輝かせた。

「すごーい!」

「次はこっちのわっかも外して!」

「お地蔵様に外せないものはないね!」

 女の子たちが次々と寄越してくる知恵の輪を外しながら、顔の微笑みを作る。

「外せないものはないけど、開けられないものはあるんだよねえ」

 言葉を聞いた女の子たちが顔を見合わせ、再び視線をこちらへ投げる。
 彼女たちの目が問いかけていた。
「お地蔵様でも開けられないものってなーに?」と。
 解き終えた知恵の輪を女の子の一人に持たせながら、「扉がね、開けられないんだよ」と笑って話した。

「びっくりするくらい頑丈な鍵を掛けられているんだよねえ」

 ◆  ◆  ◆

「昨夜も言いましたよね?」

 頭上から、ご機嫌斜めな低い声音が降ってくる。
 それもそのはず。今は丑の刻を過ぎた頃で、日中起きている者ならもう深い眠りに入っていないといけない時間帯だ。
 私はそれをわかっていながら、彼の部屋へと赴いていた。
 扉にはしっかりと鍵が掛けられていたが、何も無かったかのようにあっさりと鍵を外し、開いた扉の隙間から室内へと身体を滑り込ませる。
 彼は日中仕事で、現世でいうところの日が昇る時刻に起床を迎える。
 寝ていると思っていたのに、暗闇に浮かぶ輪郭を視界に入れて、思わず頬を緩ませる。
 彼はベッドの端に腰をかけ、お行儀悪く足と腕を組み、私を真っ向から迎えたのだった。
 年中深い夜の中でも、地獄の底で焚かれた地獄の火が窓を照らし、彼の姿と寝間着から覗く肌を浮かび上がらせる。赤紫色の瞳がある目はややつり上がった形をしており、そこから放たれる視線は現在とても尖っている。

「『勝手に入ってくるな』と。『あなたの部屋なら、閻魔様のお屋敷に用意されている』と、言ったはずですが? まさかとは思いますが、お地蔵様ともあろう方が一晩でお忘れになられたのですか?」

「ううん、覚えてるよ」

 素直に告げてみると、彼は肺の底から息を吐き出した。

「変態菩薩」

「変態だなんて人聞きの悪い。私は素直になったまでだ。今日は一人で寝るより、誰かと寝たい気分なんだよ」

「じゃあ現世に戻って、その手の風俗に行くなり、道を歩く誰かに声をかけるなりして寝てください。あなたのその顔立ちなら、秒で捕まるでしょう」

「現世の子はだめだよ。みんな私の子のようなものだ」

「なら諦めて、大人しくお部屋にお戻りください」

 彼はひょいっと立ち上がるやいなや、私の首根っこを掴んで、廊下に放り投げる。
 彼は母親に似て華奢な身体をしているのに、結構力が強いのだ。
 地獄生まれ、地獄育ちの鬼だから。
 せっかく開けた扉の鍵が締まる音が耳に届く。
 今夜は大人しく戻った方が良さそうだ。

「今日も開けられなかったなあ」

 彼の鍵は、柔そうに見えて頑丈だ。 
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