美女と野獣のティーパーティー
「彼女が城に来てから、何日経った?」
動く燭台が、物陰から部屋を覗き込みながら口を開く。
燭台の問いに、同じく部屋を覗き込んでいたティーポットが言葉を返した。
「一週間、ってところね」
自分の予想していた答えと、一寸も違わない。
ポットの答えを聞き、燭台は深いため息を吐いた。
手があれば、額を覆う仕草をしていただろう。
ポットと目を合わせた後、部屋に視線を戻す。
部屋の中では、金色の髪を持つ少女が一人寂しく本を広げていた。
青い瞳が、文字の羅列を追う。
着ている服は、城の洋箪笥で眠っていた少女用のエプロンドレスだ。
黒い生地が、少女の緩く伸びた金髪を引き立てている。
パフスリープ型の袖から通された腕には、治りきらなかった傷が幾つか残っていた。
傷痕を見て、燭台の胸がちくちくと痛む。
この痛みよりも痛い思いを、少女はしたはずだ。
少女は一週間前に、山の頂にあるこの古びた城へとやって来た。
やって来たというよりも、城がある山の、麓にある村から生け贄として門の前に置き去りにされた。
季節外れの雪が降った日だ。
『古びた城には獣がいる。雷の鳴る日に獣は麓へと現れ、村人を襲うだろう』
そんな噂話が広がり出したのは、何年前……否、何十年前の事だったか。燭台もポットももう覚えていない。
その噂話を怖れた村人たちは、天気が悪くなる予報が出ると、城の門に貢ぎ物を置くようになった。
些細な日常品から始まった貢ぎ物は次第に食べ物へと変わり、今では馬も届く。
そして、一週間前に届けられた貢ぎ物。それは、若い人間の女の子であった。
これには召し使いたちも驚き、主人も言葉を失っていた。
年齢は十三歳だと言っていた。
彼女の腕には、ぶたれたような、焼かれたような傷があり、顔にも薄くはなっていたが痣があった。着ている服も、薄汚れたナイトドレスで、山に入るには些か軽装だった。
門の柵に背を預け、どうすればいいかもわからず、ただ座って粉雪に包まれていく彼女を哀れに思って、召し使いたちは彼女を貢ぎ物ではなく客人として、お城に招いたのだ。
主人は反対したが「招いてしまったものは仕方ない」と召し使いに言いくるめられて、入城を許可した。
それから、一週間。
少女は食事の時だけ部屋から出て、それ以外の時間は部屋にこもるという生活を送っている。
主人は「本人の好きにさせろ」と言っていたが、召し使いたちはそうはいかない。
過ごしやすい空間を作りもてなすのが、自分たちの仕事だ。
主人の魔法で生まれた召し使い。元はガラクタの日用品でも、召し使いとなったからには、仕事をやり遂げなければ。
それに、お客様が来るのは本当に久しぶりで、体が疼いて仕方ないのだ。
燭台はポットに視線を移して、閉じていた口を再び開いた。
「なあ、ポワニャール。何か、彼女が楽しめるようなもてなしをしようよ。こんな埃だらけの部屋に閉じこもってたら、心も埃まみれになってしまうよ」
「エクレルール。世の中には、一人を好む人間もいるのよ」
「それはわかっている。でも……あの子はそうじゃないかもしれない。見ろ、楽しいって表情(かお)してないじゃないか」
ポワニャールと呼ばれたポットは、改めて少女の表情を見る。
本を読む為に俯かせている顔は表情がなく、燭台の言う通り楽しいという表情とはかけ離れている。
時間を潰す為に、とりあえず手近にあった本を開いたといったところか。
ポットの隣で、燭台はうんうんと唸りながら、歩き回る。
「何か……何かないか……。こう、彼女でも楽しめるような事……」
「エクレルール。そろそろ、キッチンに戻りましょう。ご主人様のティータイムの時間だわ」
「ティータイム……?ああ、それ!それだよ!ポワニャール!ティータイムだ!」
ティータイムと聞いて、燭台の頭にある火が一際強く燃え上がった。
くるりと踊るように振り向いて、燭台は言葉を続ける。
「彼女をご主人様のティータイムに招待するんだ!」
「また勝手に決めて。怒られるわよ、エクレルール」
「大丈夫だよ、ポワニャール!ご主人様はお優しいからね!善は急げ!早く戻って支度しないと!」
カチカチ、カチャカチャと金属の音を響かせて、かつて日用品だった召し使いたちは、キッチンへと走り出した。
『美女と野獣のティーパーティー』
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