二章 妖精とうたう少年


 流星群で流れてくるカケラよりも大きなカケラ。
 このままこの地に落ちれば、辺り一体の土は抉れて、モミの木も跡形もなく消えてしまいます。
 妖精たちの住まう場所が、また一つ減ってしまうのです。

「(でも、この大きさは願いの大きさ。妖精たちの思う心の大きさなのよね……)」

 妖精たちの思いと願いが詰まったカケラに、リリーは口角をつり上げました。

「面白い……!」

 リリーの本来の仕事は、願いのカケラに込められた願いを叶えること。
 ですが、妖精の願いが込められたカケラと向き合うのは初めてです。
 沸き上がる好奇心が全身を駆け巡り、魔力の波に乗ります。
 リリーはこのカケラを受け止めて、村の人たちに、あの男に伝えようと決心しました。
 妖精たちの願いが届けば、巡り巡って、男がかけた呪いも、村を漂う呪いも、弱めるきっかけになるはずです。
 白いローブをなびかせて、リリーは倒れたモミの木に飛び乗りました。
 カケラはモミの木を目指して落ちています。
 離れた場所よりも落下地点で受け止めた方が、魔力を一点に集中出来て楽だからです。
 黒い瞳が、カケラに狙いを定めました。
 リリーの魔力に触れた、黄金色に輝く粒を産み出していたモミの木が、全身から光を放ちはじめ彼女を包む形で光の柱を作ります。
 黄金色に輝く柱です。
 柱は天に到達すると、帳となって、村と村を囲む林や畑の空を覆う形で広がっていきました。
 日が沈み夜の幕に包まれた村の人たちは、貴族の館に呪いを放つあの男は、この光り輝く帳に気づいてくれるでしょうか。
 否。気づかせる。

「モミの木を伐採した身勝手な貴族に、不信感を抱きたくなるのは私もよくわかる」

 魔力を込めた杖を剣に変え、鞘はないけど鞘に戻す形で構えます。
 深呼吸を繰り返し、剣に魔力を溜め込んで、いつでも放出できるようにしました。

「だからといって、妖精たちの気持ちを勝手に代弁したつもりになって、貴族に呪いをかけるのは違うと思う」

 貴族に対して制裁を加えるべきかどうか。謝罪を求めるべきかどうかを決めるのは、妖精たちです。
 呪いを放つ、あの男ではない。

「外野は大人しく事の成り行きを見守って、助けを求められたらしっかりと助けに入ればいいのよおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 言い切ると同時に、握っていた剣を横一線に振り抜きました。


 ◆  ◆  ◆


 リルは、橙色の火が静かに揺らめく中で、スープに入れる葉物野菜を切っていました。
 一言も言葉を発しない家に、とんとんとまな板を打つ包丁の音が響きます。
 用意した野菜は、玉ねぎが一個と小ぶりなジャガイモを二個。
 この数を揃えるだけでも大分苦労しました。野菜を取り扱うお店も減り、家庭菜園での収穫も年々減り、働く場所も減って、収入も減りました。
 まな板に並ぶ切られた玉ねぎとじゃがいもを見下ろしながら、リルは大きく息を吐き出します。
 リルは笑い声が絶えないこの村で生まれて、賑やかな家で成長しました。
 家にはおじいさんがいて、おばあさんがいて。お父さんとお母さん。そして、お兄ちゃんとリル。
 家族六人、賑やかに暮らしていたこの家に残っているのは、リルとお兄ちゃんのマルコだけです。
 おじいちゃんとおばあちゃんは老衰で亡くなり、お父さんは庭師の仕事をしている時に起こった事故の怪我が原因で亡くなり、母は家を出て南の方にある村で働いています。
 帰って来るのは年に一度だけ。手紙は二ヶ月に一度、お金と共に送られるだけです。
 忙しいのだろうと思うと同時に、面倒見の良かった母がここまで疎遠になるのかと、リルは驚くと同時に寂しい気持ちを抱えていました。
 唯一家に残っている兄は、貴族に召し抱えられている使用人の女に誘われて、貴族の屋敷で庭師をしています。
 父譲りの庭師としての技術を認められたのです。
 でも、その貴族の屋敷は、ノース広場にあったモミの木を倒し、更地にした後で建てられたお屋敷なので、リルはそんな場所で働いて大丈夫かと不審に思いながら、毎日兄を送り出しています。
 あの屋敷は呪われていると、村の人たちが会話をする度に口にしているのをリルは聞いてきたからです。
 それに、兄はあのモミの木を誰よりも大事にしていました。
 父が面倒をみていた木の一つということもありますが、兄自身が、お祭りの日にあのモミの木の下で聖歌を歌うのを楽しみにしていたのです。

【モミの木には妖精がいる】

 その言葉を信じている兄は、妖精が村へ帰ってくるようにと祈り続けています。
 リルは、小さい頃は存在を信じていましたが、成長した今では、いたらいたでいいし、いなかったらいなかったで、淡々と生きていけばいいと思っています。
 妖精に対して冷めているリルに、兄の妖精とモミの木に対する情熱は熱すぎて、最近は殆ど言葉を交わしません。
 今日も何も言わず、目も交わすこともなく、兄は仕事に向かいました。
 帰ってくるのは日没が過ぎた頃。
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