二章 妖精とうたう少年

「ニュンフェの村で、貴族が呪われてる?」

 翌日。
 アシュレイが用意した馬車に揺られながら、リリーは彼と、北にあるニュンフェの村に向かっていました。
 座り心地の良い馬車の中で向かい合って座っている二人は、お互いにアシュレイが集めた資料を見ています。
 一応任務ということで、昨日リザベラにも声をかけましたが「面倒くさいからパス」という一言のみいただいて、リリーは再びアシュレイと二人だけで対応することになりました。
 リリーの、問いとも確認とも読み取れる言葉に、アシュレイは首を縦に動かしました。

「半年前に赴任した、領主をしている貴族とその周辺の太鼓持ちだね」

「その人たちが高熱で倒れたり、眠ったまま起きなかったり、不審な死を迎えたりしてるのね。理由が呪いだったとして…………そいつら…………何をやらかしたの?」

「さあねえ。なんせ、十年近く続く呪いなもんだからさあ」

 イルギール国の北にあるニュンフェの村。
 妖精の村とも呼ばれるこの村は、年間通して気温が低く、冬は雪深いことで有名です。静かでゆったりとした時間が流れる村で有名なのが『村にあるモミの木には妖精がいる』という言い伝えでした。
 この村にいる妖精はお祭り好きで、彼らを気分よく楽しませると、川や山の恵みが増え、畑は豊作になるという話です。
 が、そのモミの木は十年ほど前に伐り倒され、川や山、畑からは恵みが減り、村の活気も無くなっていったと、リリーは『衰退する村と魔法』という題名の本で読んだことがあります。
 そのニュンフェの村に、半年前左遷された貴族が領主として赴任しました。
 貴族は、モミの木があったノース広場に建てられた館で暮らしていましたが、住みはじめてからしばらくして、貴族の周辺で不可解な出来事が起こるようになりました。
 はじめは、家具の上に置いてあった物が勝手に落ちるだけでしたが、テーブルに置いた皿が吹き飛ぶ、穴も空いてないのに天井から水が滴るといったことが続いたそうです。
 貴族は、魔法使いや、魔法使いの使い魔が悪戯をしてるのだろうと考え、村にいる魔法使いを全員調べろと召し使いたちに言いました。
 でも、ニュンフェの村に魔法使いや魔女は住んでおらず、滞在している者もいなかったのです。
 では、村に住む者が遠くに住まう魔法使いたちに頼んでやっているのだと、範囲を広げた時、貴族の家族や太鼓持ちたちが次々と高熱で倒れ、中には死に至った者もいます。そして、貴族自身も高熱を出して倒れたそうです。
 モミの木が倒されてから、領主が変わる度に不可解な出来事が起こり、原因不明の病で倒れ、死に至るということが続いている。アシュレイはそう説明しました。
 問題を放置していた貴族たちに、リリーは眉根を寄せました。

「そんな事が十年近く続いてたのに、他の貴族は何も思わなかったわけ?」

「領主が、死亡や辞任をする度に上には報告されてたよ。でも、妖精の伝承は庶民から生まれたものだし、魔法を使える者は殆ど貴族だ。貴族たちは【気のせい】ってことにしたのさ」

「次は我が身かもしれないのに?」

「我が身のことよりも、面倒な対応をしたくないんだよ。ことなかれ主義ってやつ。黒幕が貴族で、なおかつ自分よりも身分の良い者であったら……って考えるとね。【手を出すのはやめよう、あの村には何も起きてない】【妖精は庶民が勝手に作り出した産物だ】……こういうことが続いて、十年経過したってわけさ。全く、我が国民ながらやってくれるよ」

 一息吐いてから、アシュレイは窓の外を流れる景色に視線を向けます。
 がらがらと揺れる馬車の外は、北に近づくにつれて冷えていきました。南北に長いイルギール国は、北は寒く南は暖かい気候なのです。
 空はどんよりと厚い雲に覆われ、ちらちらと舞う白い粒が窓に触れました。
 茶色の地面と収穫を終えた畑も、村に近づくにつれて白い色が濃くなります。

「僕の言った言葉を覚えてるかい? リリー」

 アシュレイの視線につられるようにして窓の外を見ていたリリーは、彼の方に視線を戻しました。

「『貴族社会をぶっ壊す』僕は君にそう言った。僕はね、リリー。別に国王になるのが嫌というわけではないんだ。ただ……、問題を隠蔽したり、保身の為に媚びへつらう輩の上に立つつもりはない。立つくらいなら、捨てた方がましだ」

 腐った物は、容赦なく切り捨てる。
 外を見つめるアシュレイの目は、今日はあたたかみのある橙色をしています。
 が、底にあるものは色とは打って変わって、どこまでも暗く濁り、冷えきっていることにリリーは気づき、息を呑みました。
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