二章 妖精とうたう少年
それにしても、放置されている間に貴族の上司からいちゃもんをつけれらて、普段頼まれない業務をやる事になるとは……と、リリーはぴくぴくとひきつるこめかみを指で揉みます。
アシュレイがさくっと次の仕事を持ってきてくれれば、何か言われる前に雲隠れできたのに。彼と顔を合わせる日が来たら、やはりまずは一発、彼の鳩尾に拳をお見舞いするしかない。
それまでは、大人しく粛々と、カケラを集めていようではないか。
貴族の口が、開いたまま閉じられなくなるくらい驚くほどのカケラを。妖精も「猫の手が欲しくなるほど忙しい」と言って困るほどのカケラを、集めてきてやろうではないか。
決意を新たにし、リリーが白いローブの裾をひらりと翻して、コツンとブーツの踵で床を叩いた……その時でした。
規則正しく動いていた妖精たちの動きが、ぴたりと動きを止めて一点に視点を合わせました。
流れ星が、モミの木の飾りに飛び込む音に混ざって、ひそひそという妖精の話し声がさざ波のように広がっていきます。
「何事なの……?」
まさか、先ほどの不穏な決意を読み取られた?
ひやりとした汗が噴き出しそうになるのを抑えつつ、リリーは足を止めて、多くの妖精たちが視線を向けている先を追いかけました。
戸惑いと焦りの感情でざわざわと震えるドームに、コツリとコツリと靴音が響きます。
ふわふわと浮かぶ妖精たちの先にあるのは、ドームの正面扉です。
その扉を背に、男が一人にこやかな笑みを見せつつも、堂々とした足取りで闊歩していました。
一束に纏めて胸に流している銀色の髪が、モミの木の飾りが放つ光に照らされてキラキラと輝いています。
青と黒のひし形模様を交互に並べたローブは、上質な生地で出来ていることが一目でわかりました。動きやすい生地で出来ている黒いズボンも、旅行用のブーツも上品な作りをしています。
男の顔を認めたリリーは、目を真ん丸にしました。
「アシュレイ……!」
名前を呼ばれた男は、片手を軽くあげて挨拶を返しました。
「やあ、リリー。元気だったかい?」
噂をすればなんとやら。長らくの間、リリーを放置していた張本人のお出ましです。
妖精たちは、滅多に顔を出さない王子が姿を見せたことに動揺したのでしょう。
リリーとアシュレイの二人を遠巻きにしながら、ひそひそと言葉を交わしていました。
──オウジ。
──オウジダ。
──オシノビ。
──【アノ】リリーとアッテル。
──ミッカイ。
──コクハク。
──タマノコシ。
「【アノ】って何よ⁉」
ぐわっと、リリーが囁き声が聞こえて来た方へ声を投げました。
「君は良い意味でも悪い意味でも、有名だからね。妖精たちも気にかけてるんだろう」
「お遊びにされてる気がしてならないんですけど……」
二人がここで出会ったのは偶然の出来事なのに、ミッカイとかコクハクとか、変な方向で見られて迷惑極まりない。
仕事の手を止めている妖精たちを追い払って、リリーはアシュレイと向き合いました。
「お久しぶり、アシュレイ。相変わらず派手ね。私、あなたがいない間にとんだ言いがかりをくらって、心の傷が増えてしまったわ」
「見た目綺麗にしてないと、うるさい連中がいるから仕方ないだろう。ああ、魔法大臣から聞いているよ。すまなかったね、リリー。カケラの業務は僕の方から取り下げておいたから、明日から君の仕事をしておくれ」
そう言って、アシュレイは手に持っていた王宮印がある封筒を、リリーに渡しました。
「……また悪魔退治じゃないでしょうね?」
「やだなあ、リリー。僕が君に面倒な仕事を与えるわけないじゃないか。与えるなら、君の実力を思う存分発揮出来る仕事だよ。その為に、情報も集めて来たんだからね」
受け取りながらうっすらとした笑みを浮かべるリリーに、アシュレイも作った笑みを返しました。
「あら。私の実力をわかってくれてるのね、王子サマ。心遣い痛み入ります」
「王になるなら、国民のことはなんでも知ってないといけないからね。でも、君に『王子サマ』呼びされると寒気がするなあ。似合わないことを言わないでおくれよ」
「似合わなくてわるかったわね!」
顔を真っ赤にして怒るリリーに、アシュレイは「冗談だよ」と言って、今度は作り物ではない微笑みを見せました。
「うんうん。すました顔よりも怒ってるリリーの方が断然可愛いね。良い子面してる君よりも、こっちの方が好きだな」
リリーのただでさえ赤かった顔が、さらに赤くなりました。
「こ…………! こん、の…………っ!」
妖精たちがいる場所で、言う台詞か。
否。居なくても言う台詞か……!
言い返そうとするリリーですが、言葉は見つかっても喉に引っ掛かってしまったのか、口を開けては何も言えず、ぷるぷると身体を震わせました。
その間に、二人の会話を盗み聞きしてた妖精たちが、立て続けに言葉を発します。
──アイダ。
──アイダナ。
──コレガアイカ。
──ケッコンシキ、ヨンデネ。
ぷちんと、リリーの中で溜め込んだ何かかが破裂しました。
「誰が呼ぶかああああああああああああああああ!」
──オニ!
──アクマ!
──ハンニャ!