二章 妖精とうたう少年


 空を見上げれば、箒に乗った若い魔法使いや魔女たちが、願いのカケラを追ってひゅんひゅんと飛んでいました。
 飛行した軌跡が銀色に輝いて、空を縦横無尽に彩っています。
 リリーも空へ行こうと箒を宙に浮かせた時、パンパンと火薬が爆発する音が耳に入りました。

「何事⁉ 花火⁉」

 慌てて頭上を確認するも、花火が上がった痕跡は見当たりません。
 確認している間も、パンパンと破裂する火薬の音が聞こえています。
 頭上でなければ下か。
 草が生い茂った草原を見渡すと、リリーの右手側から小さな花火が小刻みに破裂しているのが見えました。
 いや、あれは花火ではないと、リリーの直感が訴えます。
 花火のように見えるのは、地上に落ちた願いのカケラです。そのカケラたちが、地上から噴き出すようにして現れています。
 願いのカケラは、さつまいもに似た胴体からひょろひょろと細長い手足を生やして、今はじめて走りましたといわんばかりに、ひょっこひょっこと草原を走り出しました。
 そのカケラを追いかけるのは、四本足の獣と魔法学校の制服を着た女の子です。
 一人と一頭が懸命にカケラを回収していますが、出てきた数が多いので何体か取り逃がしています。
 考えるよりも先に、リリーの身体が動きました。
 箒に飛び乗り、ひゅんと空気を切り裂いて瞬く間もなく現場に向かいます。
 空中から地上を駆けるカケラの姿を確認すると、ズボンのベルトに挿していた杖を取りだし、カケラの走る先目掛けて魔法を放ちました。
 夜空に浮かぶ星と同じ色をした網が杖先から飛び出し、幕のように大きく広がってカケラの進路を妨害します。
 リリーは次々に網を張り巡らせ、カケラが飛び出して来た箇所を中心に大きな囲いを作りあげました。
 網でできた囲いをカケラはよじ登ろうとしますが、胴体よりも頭が重たい為、すぐにバランスを崩して地面に落ちてしまいます。
 右往左往しているカケラを尻目に、リリーは囲いの中央へ降り立ちました。
 地面を見れば、召喚魔法の魔法陣が描かれています。願いのカケラは、この魔法陣から飛び出していたのでしょう。
 魔法学校の試験でよく出題される、ありふれた型の魔法陣。その傍らに、カケラを入れる麻の籠が置かれていました。
 魔法陣の扉はリリーが網を張っている間に閉じられたそうで、カケラは出ていません。今、地上にある分を回収すれば、この騒動は一段落しそうです。
 一つ息を吐き出して、杖はしまわずに辺りを見回すと、四本足の獣がふらふらと歩き回るカケラを網に追い詰めては口に咥え、何処かへと放り投げています。
 投げた先に視線を向けると、獣と一緒にいた女の子がおっかなびっくりしながらカケラを拾い取り、腕に抱え込んでいました。
 緩やかに伸びた薄い朱色の髪を、高い位置で二つに分けて結った女の子。
 修道院の衣装に似た魔法学校の制服は青い生地で作られており、最高学年が着る黒い生地の制服と比べると若々しさがあります。
 四本足の獣の方は黒い毛皮で、ふさふさの尻尾から顔の隅々まで丁寧に手入れをされていました。
 この一人と一頭を、リリーは知っています。
 女の子の名前はレオナ。獣の名前はリドル。リドルはレオナの使い魔で、レオナはリリーの後輩です。
 魔法学校では、リリーは庶民出身という理由で有名になり、レオナの方は赤点ギリギリという理由で有名でした。
 図書室で参考書をあさり、最終下校時刻まで勉強をしていた彼女を、同じく遅くまで本を読みあさっていたリリーは見ていたのです。
 レオナはリリーの姿を認めると、大きな目をさらに大きくしました。

「リリー?」

「こんばんは、レオナ」




 籠いっぱいに詰め込んだカケラを持って、リリーはレオナたちと共に町へと戻ってきました。
 籠の中にあるカケラは、レオナと二人で解呪をして赤い光を放つ石ころへと変化してます。
 願いのカケラには願った者の願い以外に邪な感情が付着しています。カケラを回収したら、邪な感情を祓い落とし、願いだけの状態にするのです。
 解呪を施されたカケラは、解析課へと運ばれて願いを読み取り、人の生死を左右するもの以外の願いを、リリーのような実行班が願いを叶えにいきます。
 生死に関わる願いを除外するのには理由があります。死者を甦らせたり、寿命を延ばしたりする行為は魔法の中でもご法度だからです。
 願いは国内だけでなく国外からも届くので、実行班の中には長い間家を留守にするのも珍しくありません。
 リリーもこの仕事を始めてから、何度か国外で仕事をしました。一日で終わる願いもあれば、数日から数週間を要する願いもありました。
 実行班ではなく、むしろ仕事を振り分ける立場のアシュレイが、実行班の仕事に手を出し、何日も何日も留守にする方がおかしいのです。
 彼と初めての任務を終えた別れ際、アシュレイは「この貴族社会を壊す」と言っていましたが、今のような態度でこの社会を変えることができるのかと、リリーは疑問に思います。
 リリーが物思いに耽っていると、レオナの情けない声とリドルの厳しい声が耳に入ってきました。

「箒を忘れてくるのは百歩譲って、魔法陣を閉じ忘れるやつがあるか⁉ うっかりで済む話じゃないぞ! 気をつけろ!」

「うぅ……その通り過ぎて何も言い返せない……。リリーにも助けられちゃったし……」
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