二章 妖精とうたう少年

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 藍色の帳に、ちらちらと青白く光る星と赤く光る星が瞬いていました。
 その中を、ひゅんひゅんと星が流れ、落ちる先はイルギール国にある城の裏側。網目状のドームの中にあるモミの木です。
 十メートル近いモミの木は三本植えられ、どの木にも金色に輝く球状の飾りがぶら下がっていました。
 その飾りのおかげか、ドームの中も金色に輝いていました。
 流れてきた星は、ドームの天井に空いた穴から飛び込んで、飾りの中に吸収されていきます。
 流れ星を吸収した飾りは、てるてる坊主の身体を赤い服で身を包んだような、小さな妖精たちがツリーから外し、ドームの中をぐるぐると回る籠に入れていきます。
 この飾りの中に飛び込む流れ星を、イルギール国では【願いのカケラ】と呼んで、回収していました。
 そのドームからさらにはなれた、国外れ。
 そこには、レンガ造りの商店や、貴族の大きなお屋敷が立ち並ぶ街中とうって変わって、一面の草原に小ぶりの岩が転がっている場所があります。
 大きな建物も、人が住む家屋もないこの場所は、日中は魔法学校に通う半人前の魔法使いたちが、魔法を練習する演習場としてよく使われています。
 そして、夜になると迷子になった流れ星が落ちてくるのです。この場所は、下っ端魔法使いの働き場でもありました。
 その働き場に、魔女が一人降り立ちます。

「久しぶりにこの仕事が来たか……!」

 しかも、期間は無期限ときた。
 魔法大臣から直々に言い渡された懲罰に近い職務に、リリーは先程から舌打ちが止まりません。

「アシュレイと仕事しただけで、なんで怒られないといけないのよ……!」

 持っていた箒の柄の先を地面に打ちつけます。
 リリーの前に姿を現した貴族の青年アシュレイ・オリオン。彼は、放浪王子とも道楽王子とも呼ばれるこの国の王子でした。
 公務以外では姿を一切見せず、成人してからは王宮にも留まらず、行き先も告げずふらふらと出歩いてばかりで、ボンクラ王子とも呼ばれています。
 放浪でもボンクラでも不良債権でも、王子は王子。
 その王子と庶民出身の魔女が、二人で任務を行った。そのことを知った魔法大臣は眉も目尻もつり上げ、リリーを厳しく叱責しました。
 曰く。お前ごときが王子に近づくなど、言語道断。身分違いも甚だしい。
 任務の評価は一切せず、「リリーが色を見せたんだ」と勝手に決めつけた魔法大臣は、罰としてリリーに願いのカケラ回収作業をするようにと言い渡しました。
 願いのカケラの回収は、主に新人の魔法使いや魔女、魔法学校に通う生徒がお小遣い稼ぎでやる仕事です。
 新人を卒業したリリーには滅多にまわってこないものでした。

「まあ確かに、この仕事も大事、大事ですよ! わかってますとも! カケラはちゃんと回収して解呪しないとどこかへ行っちゃうし、えぇ! わかっていますとも!」

 わかってはいるが、罰ゲームみたいな感じで寄越してくるから腹が立つ。
 カケラ回収も大事な仕事の一つなのに、あの大臣はこの仕事をなんだと思っているのか。
 やり場のない怒りを地面に叩きつけていたリリーは、次第に疲れて大きなため息を吐き出しました。

「アシュレイも手を組もうとか言っておきながら、どこかへ行ったきり連絡なしだし……」

 あの悪魔を祓って以来、アシュレイはリリーにも何も言わず、またどこかへと行ってしまったのです。
 道楽王子、ボンクラ王子め……という悪態を何度吐いたことか、今ではもう思い出せません。
 結局、任務を遂行する為にリリーの力を借りただけだったのでしょうか。じゃあ、あの手の甲にキスをしたのはなんだったんだと、リリーの考え事は増えました。
 それでもめげずに今日を迎えているのは「やはり貴族はいけすかない」という思いからです。
 口では何を言っても、アシュレイも貴族。心の底から信じるには早い立場の魔法使い。
 会ったら、鳩尾に一発拳を叩き込もう。
 リリーは決意を新たにして、頬をぺしっと叩き、気合いを入れ直しました。
 とにもかくにも、今は目の前の仕事です。
 願いのカケラ流星群は始まっている時間。早く回収しないと、手足を生やして動き出してしまいます。
 願いのカケラは地面に落ちると、星形の頭にさつまいもに似た胴体に変化し、胴体からひょろひょろと長い手足を生やすのです。
 見た目はとても気味が悪いですが、カケラの中には人々の願いが込められています。魔力にも似たそれは、魔力を欲する【モノ】たちがこぞって手に入れたがる物の一つです。
 邪なことを考える輩からカケラを守るため、迅速に動かなくてはなりません。
 幸いなことに、今日の作業はリリーだけでなく魔法学校の生徒も参加していました。
 日によっては一人で作業を行うこともあるので、これは幸運なことです。
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