クリスマスファンタジー
起きたばかりの少年が、冷たい窓にべったりと顔を張り付けて、庭を見た。
視界に飛び込んできたのは、どこまでも続いてそうな森と雪を被った大きなもみの木のクリスマスツリー。
もみの木のてっぺんで、金色に輝く星がふわふわと浮いている。緑色の枝には、七色にきらめく小ぶりの水晶玉が幾つも飾られて、ほのぼのしい光を放っていた。
そして、もっとも目を引くのは、クリスマスツリーよりも大きい木の建物。
サンタクロースのプレゼント工場だ。
三本の煙突から、もくもくと煙が出ている。
その工場に向かって、何人もの赤い服を着た男たちと何頭ものトナカイが、雪に足跡を残しながら歩いていた。
大きなソリを引っ張るトナカイが、隣を歩くおじさんに朝ご飯をおねだりしている。
おじさんの「工場のトナカイ小屋に着くまで我慢しろ」と言う言葉が、静かな森林に響いていた。
「よう!ムッシュー!調子はどうだい!」
「ぼっちぼちだな!北の方は荒れ模様みたいだ!顔が雪で凍ってしまうよ!」
聞き覚えのある男たちの声が、少年の耳に響く。
あれは、遠くの町に住む伯父さんたちだ。
少年は胸を高鳴らせながら、窓から顔を離しカレンダーに顔を向けた。
壁に掛けている暦が、クリスマスの前日を知らせた。
伯父さんたちはこの季節になるとこの村に帰って来て、工場の手伝いをしてから、少年にプレゼントを渡して帰って行くのだ。
「白いひげよし、赤い服よし!」
背中の真ん中まで伸びた豊かな金色の髪を持つ女性が、壁にかけている赤い服の前で指差し確認をしている。
その背後で、赤い火が灯った暖炉から、薪がぱちぱちと跳ねる音が響いていた。
今日はクリスマスの前日だ。
夜に行われるプレゼント配りの為に、村出身の男たちが集まって朝から準備に追われる。
女性の夫も、クリスマスに向けて毎日大忙し。今日も夜中まで働いて、先ほど起きたばかりだ。
彼の朝ごはんは胃に優しい野菜のコンソメスープにしよう。
パンも欲しいと言うかもしれないから、焼いておかなければ。
息子の朝ごはんは、トーストにチーズと目玉焼きをのせようかしら。
鼻歌混じりに、家族の朝ごはんを考えていると、階段を駆け下りてくる音が家を揺らした。
「あら。おはよう、サム」
「ママ!伯父さんたちが来てる!パパは!?もう行っちゃった!?」
「いいえ。まだシャワーを浴びてますよ」
母の言葉が終わると同時に、シャワーを浴びていた父が部屋に戻ってきた。
濡れた黒い髪をかきあげて、シャワーの疲れで息を吐き出す。
「ママ、サンタ服は揃ってるかい?」
「もちろん!夫の晴れ舞台ですもの」
お礼にと夫が妻を抱き締めて、髪に頬にとキスをする。
ああ、また始まった。
生ぬるい視線が少年の目から放たれる。
ぎゅうぎゅうと抱き締め合う仲の良い夫婦を尻目に、少年は暖炉に向かって手を温めるふりをした。
仲がいいのは良いことではあるが、場所と時間帯を考えてもらいたい。
両親は工場の中でも、トナカイ小屋の前でもこの調子だ。
いつまで待ってもひっついたままの両親にしびれを切らし、少年はわざとらしく咳をする。
二人の鼓膜を揺さぶり、ひっつき虫はようやく終わりを迎えた。
今度は両親の方がわざとらしく咳をする。
「朝ごはんはどうします?」
「食べてくよ。…………サム、暖炉に近づきすぎだ。燃えちゃうぞ」
「ぼくを心配する前に自分の心配をした方がいいよ、パパ。伯父さんたち、もう来てるよ」
「おっと、そりゃあいかん。急いで支度しないと」
女性はキッチンに向かい、男性はバスローブを脱いでセーターに腕を通し始めた。
暖炉から離れた少年は二人掛けのソファーに寝そべり、クッションの上に置かれたプレゼント工場の月間広報に手を伸ばす。
父親が定期講読しているものだ。昨日投函されたばかりで、まだ読み途中だった。
ペラペラとページをめくっていると、最年少のサンタクロースが紹介されている。
近所に住んでいる、少年よりも十歳長く生きた男の子だ。
「ロンが特集されてる……。プレゼントの配布担当に選ばれたんだ。工場の内勤だとおもってたのに」
「ソリの扱いが上手いんだよ」
一通り着替え終えた父親が少年の独り言に口を挟む。
父親を見ると、上から下まで見事に真っ赤だ。白い髭は食事の邪魔になるから、まだつけていない。
寝そべった少年を抱えあげて、自身がソファーに座ると同時に膝に乗せた。
妻にしたようにぎゅうぎゅうと抱き締める。
少年は迷惑そうに顔を歪めたが、抵抗はしなかった。
父親から漂う、シャンプーとボディソープの爽やかな匂いに包まれる。
「重いよ、パパ」
「いいだろう、ちょっとくらい。出掛けたら明日の朝まで会えないんだから」
「ぼくが一緒に行けば解決する悩みだね」
「行くのはまだ早いな、若すぎる。それにとても寒いし、年越し前に風邪をひいたら大変だ」
そう言った男性の顔はとても嬉しそうで、笑顔がますます深まる。
少年を抱く腕にさらに力が入り、窒息しそうなほどだ。
サンタクロースの仕事を共にする日を楽しみにしているのは、この父だ。
「パパはママの事が大好きだけど、ぼくの事も大好きだよね」
「そりゃあねえ」
友人たちの親の話を聞く限りでは、過保護な分類に入るそうだ。この男は。
少年が呆れた口調で告げると、男性はさらにひっつく。
結局、少年が父親から解放されたのは、母親が朝ごはんを作り終えた頃だった。