桜の下には



 拓は、彼女が被害にあった前日の出来事を、ぽつりぽつりと話し始めた。
 拓の彼女は一年生で、サッカー部のマネージャーをしているそうだ。
 その日部活が終わった後、拓は恋人を桜の下に呼び出し、大事な事を告げた。
 別れ話ではない。
 ただちょっと、距離を置いて欲しいと。
 相手は一年生で、拓は二年生。
 四月になれば学年が上がり、拓は最上級生で受験生だ。
 拓は高校を卒業したら、大学に行こうと考えていた為、受験勉強に集中したいと、彼女に言った。
 勉強の為に、会う時間を減らして欲しいと。
 学校に行けば会えるし、家も近くなので、その気になれば会える距離。
 会える時間は減ってしまうけど、どうか寂しがらないで。終わったら、沢山甘えていいから。
 頭を下げて言ったのだが、彼女は首を縦に振らなかった。
 今まで会えてたのに、急に会う時間が減るのは寂しいと。
 受験はデートよりも大事な事だって分かってる。でも、やはり寂しい。
 部活のキャプテンとマネージャーという立場もあって、ただでさえ二人で過ごす時間も我慢していたというのに。
 色々と我慢していたものが溜まっていたのか、彼女の言い分がエスカレートする。
 本当は別れたいんじゃないか、他に好きな人が出来たんじゃないか。
 二人の押し問答は続き、怒った彼女は拓を置いて帰ってしまった。
 その翌日、彼女は永遠の眠りにつき、拓は呪いを解こうと原因を探すが見つかっていない。
 今日も探しに来た所で、神也達と出会ったのだ。
 一通り話した所で、拓は大きく息を吐き出し、神也と鈴那は考え込む。
 白真も厳しい表情をし、拓の肩から地面へと降り、桜の下に移動した。
 どこにでもある普通の桜だ。死神の気配も死肉噛みの気配も感じられない。原因と思われる物もない。
 が、何故だろう。こんなに背筋がぞくぞくするのは。
 肩に居た時は感じなかったのに、桜の下に移動したら、背筋に寒気が走った。
 下……下……下は地面……地面……?

「そうか、分かった!地面だ!神…………!」

「あなた達、こんな時間まで何をしているの?」

 白真の言葉を女性の声が遮る。
 生徒三人は、ギクリと身を強張らせ、声のした方に目を向けた。
 スーツの上に厚手のコートを羽織った女性が、倉庫の側で仁王立ちをして此方を見ている。

 いつから其処に居たのか……。
 気配が感じられなかった。

「玉城(たまき)先生」

 鈴那がポツリと呟く。
 女性の名は玉城。一番最初の被害者である拓の恋人の担任だ。
 玉城はツカツカと三人に歩み寄ると、一人ずつ拳骨を食らわした。

「全く、もう何時だと思ってるの!最終下校時刻は過ぎてるわよ!さっさと帰りなさい!」

 生徒三人をその場から追い出すように、彼らの背中を押す。
 教師に見つかったらもう帰るしかないと、三人はグラウンドを横切って校門に向かう。
 桜の下にある地面が気になって仕方ない白真だったが、教師の前で掘り返すわけにもいかなかったので、仕方無く三人の後を追った。
 途中の道で拓と別れ、神也と鈴那は稲荷神社へと足を進める。
 日は既に落ちて、空はもう藍色から墨色に変わろうとしていた。

「俺さ、ずっと気になってる事があるんだけど」

 歩きながら、神也が口を開く。
 鈴那と白真は、先を促すように視線を向けた。

「七不思議って事は、七つ不思議があるんだろ。一つは桜の呪いとして、あと六つは何だ?」

 言われてみれば、確かにそうだと白真は頷く。
 鈴那は顎に手を置き、記憶を辿った。

「私も詳しくは知らないんだけど、桜の呪いの前に流行ってた七不思議が一つあってね。確か、桜の下に自分の一番大切な物を埋めると、願いが叶うってやつ」

「桜の呪いと真逆の路線だな」

「桜の下……地面か……」

「地面といえば、お前さっき何か言いかけてなかったか?」

 神也が白真に問う。
「そうだ、そうだ」と白真は頷き、地面に降りた時に感じた寒気を二人に話した。
 地面に何かあると、掘り返して確かめたかったのだが、先生が来た為出来なかったとも。
 白真が感じたその気配は、一体何だったのか。
 うーんと三人で首を捻っていると、鈴那がある事に気付いた。

「犯人の死神は、どうして私に呪いをかけなかったのかしら」

「え……?」

 きょとんとする一人と一匹に、鈴那は言葉を続けた。

「桜の呪いは、恋人同士が桜の下に行ったら、女の子の方が呪われて眠りにつくんでしょう。白真君が居ても、何も知らない人から見たら私達、恋人同士に見えたはずよ。年頃の男女が二人で何かしてたんだから」

 なのに、自分は呪われてない。
 これは、犯人が自分達の事を知っているからでは。
 鈴那の正体も含めて。
 鈴那は死神だ。
 仮に神也と恋人だと思っても、ただの人の魂を求める犯人は、同族の寿命を吸っても意味が無いと分かっているから、鈴那を呪いにかけず見逃した可能性もある。
 それとも、呪いをかけなかった理由は、他にもあるんだろうか。

「もう少し、桜の呪いについて調べて見るわ。白真君が言ってた地面の方も気になるし、廃れてた七不思議が急に流れた事もね」

 ぐっと拳を握り締めて、鈴那は言う。
 比較的大人しい彼女が、今回の事件でやる気がみなぎっているらしく、紫色の瞳は爛々と輝いていた。

「おー、燃えてるなー鈴那」

「やる気満々だな」

「当たり前じゃない!どんな理由だろうと、私用で人の寿命を縮めるのは違反だわ!死神界の恥よ、恥!とっつかまえて冥府(アッチ)に送り返して、王太子様の前に突き出してやるんだから!」

 突き出された輩は、問答無用でばっさりと叩き斬られる事だろう。
 その場には出来ればいたくないから、鈴那は送り返すだけに止める。
 王太子の怒る様を間近で見たいとは思わない。
 が、許せないものは許せないのだ。
「やるわよ、私はー!」と、鈴那は拳を天に突き出す。
 普段大人しいから気付かなかったが、この人はこんなに熱くなれるんだなと、神也は歩きながら感心した。
 それと同時に、思っていた疑問をぶつける。

「その、閻魔大王の孫って人は、そんなにおっかない人なのか…………?」

 神也の問いに答える前に、鈴那と白真は遠くを見つめた。

「…………会えばわかるわ」

「とんでもなく、面倒で理不尽で執念深い奴だ」

「この会話も、聞かれてるでしょうね…………」

「…………後で酒を贈る相談を、伏見の神様とするか」

 大きなため息を白真は吐き出した。




 学校帰り、今日も拓は彼女の様子を見に、彼女の家を訪れた。
 彼女の両親と自分の両親が友人で、昔から家に何度も訪ねていた為、自分の家のように出入りしている。
 自分達が付き合ってる事に関しても、両親は「そうなるだろうなぁ」と思っていたらしく、特に何も言って無かった。
 彼女が眠っているベッドの脇に座り、彼女の手を握り、自分の頬に当てる。
 その時、彼女の指に土が付着しているのに気付いた。

「ん……?」

 何で土が付着しているのだろう。眠る前に、土をいじるような事でもしたのだろうか。
 このままでは起きた時に驚くだろうと思って、彼女から離れウェットティッシュを取りに、部屋にある化粧台に移動する。
 棚を漁って探している時に、ふわりと風が部屋に入る。
 窓を開けた覚えはないのだが。
 化粧台から部屋の窓の方に視線を向けると、窓が少し開いている。
 窓に移動して見ると、一輪の花が置かれているのに気付き、不思議に思って窓を開けて、下の道路を見る。
 塀の上で、白い狐がニンマリと笑って去って行くのが見えたが、瞬きをしたら消えてしまった。

「気のせいか……」

 この花は、猫の悪戯か何かだろう。
 窓が開いてたのは、鍵が開いてて猫か何かが開けたからだ。
 窓を閉めて、鍵を掛ける。
 この花は押し花にして栞にしよう。
 そして、起きた彼女にあげるのだと、拓は心に決めた。


 ◆  ◆  ◆


「分かった!分かったわよ!」

 鈴那に呼ばれ、稲荷神社にある池の畔に居た神也と、神社の主である白真が、神社の入り口の方を見る。
 桜の呪いと七不思議について調べていた鈴那が、新しい情報を手に入れて二人の所に駆け寄った。
 白真はひゅんひゅんと尻尾を振りながら、口を開いた。

「おー奇遇だな。こっちも分かった事が一つあるぞー」

「そうなの?」

 確認するように、鈴那は白真の隣に腰を下ろしながら、神也に視線を向ける。
 神也はコクリと頷いた。

「白真が、拓の彼女の様子を見に行った時に分かった事だ。彼女の指の先が土で汚れてたんだってさ」

 その情報を聞き、鈴那は「やっぱりね」と返し、腕を組む。
 その様子を見て、神也と白真は首を傾げた。

「それで、お前さんの手に入れた情報ってのは?」

 一人で納得している鈴那に、白真が問う。
 組んでいた腕を解き、鈴那は情報を纏めた紙を二人に見せながら説明した。

「今回の事件、七不思議の『桜の呪い』を犯人が利用したと思ってたんだけど、間違いだったの!」

「間違い?」

 首を傾げて問い返す神也に、鈴那は頷いて返す。
 そんなやり取りを聞きながら、白真は情報の書かれた紙を読んでいた。
 紙には、被害にあった生徒の名前と学年、組が書かれ、その下に倒れる前に最後に見かけた場所が記されている。
 倒れた生徒は二年生も居るが、殆どが一年生。
 そして、ある教師のクラスに集中していた。

「こいつは……!」

「犯人が利用したのは、『桜の呪い』じゃない。『桜の呪い』の前に流れていた七不思議、『桜の下に大切な物を埋めると願いが叶う』よ。そしてそれを流したのは、この人」

 鈴那が紙に書かれている名前を指で差す。
 一年A組、最初に倒れた拓の彼女のクラス担任『玉城美鈴(タマキミスズ)』、三学期から、産休の先生と入れ替わりで入った教師だ。
 高校は、クラスが多い分教師も多い。
 担当教科も、学年の教師が中心になってやる事が多く、教師全員の担当教科と担当クラス、部活などを生徒が把握するのは殆ど無理だ。
 一年のクラスで担任が変わったという情報も、二年生には届かない。
 よくここまで調べたものだと、神也は感心する。
 彼女は、更に説明を続けた。

「A組の子に聞き込み調査をしたら、生徒が玉城先生に慣れ始めた頃に、先生が一部の生徒に願いが叶う七不思議を流したの。その一部の生徒っていうのがA組の被害者よ」

 その生徒からクラスに広まり、クラスから学年に広まり、学年から全校に広まる。
 それが、一月の末。
 拓が距離を置いてくれと頼んだ時期だ。

「被害者の共通点は、二つ。一つは、彼氏が居ること。もう一つは、桜の下に大事な物を埋めたこと」

 これは、埋めるところを見ていた生徒が居るから、間違いない。

「それじゃあ、拓の彼女の指が汚れてたのは、地面を掘ったからか」

 もしそうなら、彼女は桜の下で拓と別れた後、翌日になってから大切な物を地面に埋めた事になる。
 恐らく、運動部の部活が終わり、殆どの生徒が下校した頃に。
 拓が居る前ではやらないはずだ。
 そしてその日、彼女は手を洗う前に倒れた。
 彼女が倒れ、一人また一人と、桜の下に物を埋めた生徒が倒れて行く。
 それと同じ時期に、玉城はもう一つの七不思議『桜の呪い』を生徒に流し、最初の七不思議の噂を薄めた。
 噂を薄めたのは、必要な人数の獲物を得られたからか、トリックを仕掛けてある地面から目を逸らす為だろう。
 獲物は少ない方が良い。多すぎると冥府に気付かれ、自分の存在が分かってしまうから。
 獲物は少なく、行動範囲は広く。
 あの日、三人で桜の下に居た時、彼女がタイミング良く現れたのは、地面に気付いた白真に掘らせない為だ。
 全ての情報を出し、鈴那は紙を鞄に戻す。
 胸に溜まった息を軽く吐き出すと、鞄を持って立ち上がった。

「これからあの桜の下に行って、地面を掘り返す。呪いの原因はあそこにあるから、取り除かないと」

「また、邪魔されるんじゃないか?」

 白真が、がりがりと自分の首を後ろ足で掻きながら言う。
 鈴那は真っ直ぐな目を白真に向けて答えた。

「邪魔をして来るなら、倒せば良い」

 踵を返し、一人で向かおうとする鈴那を、神也は引き止める。
 よっこいせと、重たい腰を上げ、ニッと笑みを浮かべて口を開いた。

「そんなおっかないおばさんの所に、女の子一人で行かせられるわけないだろ。俺も行くよ、呪いを解きにさ」

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