桜の下には


「『桜の呪い』だー?」

「そ。お前何か知らない?」

 『桜の呪い』について聞いた帰り道、神也は稲荷神社に寄って、白狐の白真(はくま)に呪いについて聞いてみる。
 雪の色に似た白い毛を持つ狐は、池の側にある木の下で、後ろ足で首の辺りをわしゃわしゃと掻きながら、うーんと唸った。
 これこれ、この世に生を受けて云百年、この地に奉られて云十年。
 自分に知らない事は無いと言い張っていた白真だが、学校の七不思議は管轄外みたいだ。

「うーん、分からんなー。桜が植えられたのは知ってたが……。確か、50周年の創立記念だったか?」

「じゃあ、永遠に起きない呪いってのも分からないか」

「その女子生徒を見てみないと、呪いかどうかも分からん。案外、ただの不登校かも知れんぞ」

「そうでもないみたいよー」

 二人の会話に混ざる者がこの場に現れる。
 声のした方に視線を向けると、コンビニの肉まんが入った袋を片手に持って二人に近付く神崎鈴那(かんざきすずな)が視界に入った。
 死神の特徴である紫色の瞳。墨色に近い黒髪を肩の辺りで切り揃えた、意思の強い目を持つ少女である。
 夏の事件から少しずつ話すようになり、今ではこうして白真の居る稲荷神社で会う事も増えた。

「おー鈴那ー!肉まん買って来てくれたかー!」

「買って来たわよ、白真君」

「はい、どうぞ」と、鈴那は白真に熱々の肉まんを差し出す。
 彼が肉まんを頬張る姿を見ながら、神也が鈴那に問い掛けた。

「そうでもないって、どういう意味だ?」

「うちのクラスにも居るのよ、原因不明の…………不登校者が」

 ふぅと軽く息を吐いて、鈴那は言う。
 神也と鈴那は違うクラスなので、お互いのクラスの事はよく知らない。
 彼女のクラスにも原因不明の不登校者が居ると聞き、神也は目を丸くした。

「友人とまではいかないけど、それなりに話す機会の多い子だったから、私…………様子を見に行ったの」

 クラスの女子生徒の様子を見に行って、死神である自分の目に入った物に、鈴那はとても驚いた。
 女子生徒は、確かに眠っていた。
 が、それだけではない。
 人には見えない黒く細い糸が、彼女の体に巻き付き、少しずつ寿命を削っていた。
 自分が知っている限り、寿命を削れるのは同族しかいない。

「それって、まさか……」

 神也の言わんとしている事が分かったのか、鈴那はこくりと頷いた。

「これは『桜の呪い』に見せかけた、『死神の呪い』で間違いないわ」

「かー!面倒くせーなー、お前らの学校は。何回、死神に襲われれば気が済むんだー?」

「何回って……、まだ二回目だよ」

「そうだっけー?まあいいや。で、犯人はどいつだ?」

 肉まんを食べ終えた白真が、鈴那に問う。
 同じ死神の彼女なら、何か知ってるだろうと思って聞いたのだが、彼女は知らないと首を横に振った。
 気配を探ろうにも、上手く消されている為、突き詰められないそうだ。

「寿命を削って、どうしたいんだろうな」

「魂が欲しいんだろ。死肉噛みになって、閻魔大王の支配下から抜け出したい奴は特に。昔は、魂狩りなんてものが一時期流行ってた」

 狩りやすくする為に、大きな戦争を起こすよう人間を導いたりもしたそうだ。
 魂を狩るには、体と魂を引き剥がす必要がある。
 剥がしやすくする為には、寿命を減らさないといけない。
 昔と違い、現代人の寿命は冥府の死神局で二十四時間管理されている。
 犯人はこそこそと身を隠して、バレないように少しずつ彼女達の寿命を減らしているのだ。

「まあ、死肉噛みになって閻魔大王の支配下を抜け出したところで、冥府の狩鬼に狩られる運命だけどな」

 現在、その狩鬼を束ねているのは、閻魔大王の孫で次代の閻魔大王に内定している閻魔王太子だ。
 聡明な男だが、感情は凍てついていて、裁きを下すのに敵味方問わず容赦がない。
 前述の魂狩騒動の時も、先陣で死肉噛みを狩っていたのが彼だ。
 会えば面倒な事を押し付けて来るので、白真は極力会わないように努力していた。
 白真の説明に、「へー」と、神也は感心する。
 聞いていた鈴那も、うんうんと頷いた。

「あの男の事だ。今回の件に死神が関わっていたら気づいてそうだが…………冥府から連絡は来ているのか?」

 白真の問いに、鈴那は首を横に振る。

「特に……。とりあえず、倉庫脇の桜に行ってみようと思ってるんだけど、あなた達も来る?」

 鈴那の提案に、神也と白真は顔を見合わせ、こくりと頷いた。




 稲荷神社から、学校にある倉庫脇の桜へと、神也達は移動する。
 日は既に暮れ、グラウンドで活動する部活も既に引き上げ、校舎につけられた電気の光もまばらだ。
 倉庫の側にある街灯が、ヂヂヂっと音をたてて灯る。
 問題の桜は特に変わりなく、倉庫脇に鎮座していた。
 何もないかと一同が顔を見合わせた時、砂利を踏む音が耳に入る。
 自分達の物ではない。
 三人が音のした方を見ると、神也の友人の一人拓が、其処にいた。

「拓……?」

「神也?何でこんな時間に此処に、神崎まで……」

 意外な組み合わせに目を丸くして、拓は言う。
 神也が来た説明を彼にしている間、見えない事をいいことに、白真が拓の肩に飛び乗る。
 そして、曲芸もどきを披露し始めた。
 頭を飛び越えて肩を行ったり来たり、時々逆立ちしたり、一本足で立ったり。
 彼の行動を見て、鈴那はあらあらと苦笑し、説明している神也の目が白真を追う。
 目が泳いでいる友人を見て、拓は首を傾げた。

「どうした?」

「いや…………別に」

「ならいいけど。呪いの原因を探してるんだっけ?無駄だと思うよ。俺も探したけど、何も見つからなかったから」

「残念でした」と、両手を軽く上げて拓は言うが、その顔には悔しさと悲しみが滲み出ていた。
 普段の友人と、雰囲気が少し違う事に神也は気付く。
 拓は、サッカー部のキャプテンだ。
 ボールを毎日のように追い掛け、試合中はホイッスルが鳴るまで負けてても絶対に諦めない、サッカー一筋の頑固男。
 そんな男が、何故呪いに興味を持ったのか。
 探す時間があるなら、シュートの練習をするような男が何故。

「何で、お前が……」

「そんなの決まってるじゃないか、呪いを解く為だよ彼女の……俺の恋人の呪いを」

 彼の話を聞いていた二人と一匹の目が見開かれる。
 拓は淡々とした口調で、言葉を続けた。

「『桜の呪い』一人目の被害者は、俺の彼女だ」
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