桜の下には
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『ねえ、知ってる?桜の下にはね、』
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「桜の呪い?」
と、言葉を返しのは、黒髪の男子生徒である。
名を、神無月神也(かんなづきしんや)。祖母を空狐に持ち、そのせいか自分にも空狐の神通力を宿した少年である。
それを知ったのは、昨年の夏辺り。
季節は巡り、現在は年を越して二年生の三学期に入っている。
知るきっかけには色々とあったのだ、色々と。
稲荷神社の神、白狐の白真と出会ったり、片思いの女子生徒が死神で、婚約者を自称する死神に無理やり冥府へ連れ戻される所を助けたりと、色々あったのだ。
まあ、今はそれは置いといて、友人達との話に戻る。
友人の一人、野球部キャプテンで坊主頭の勇翔(ゆうと)が出した話題『桜の呪い』についてだ。
「うちの学校にある七不思議の一つだよ。外の体育倉庫の脇に、古い桜の木があるだろう」
「ああ、あるな」と、神也は相槌を打つ。
勇翔は話を続けた。
「その下に恋人達が行くと、桜に呪われて女が永遠に起きないんだって」
死んだわけではない。
ただ、眠っているだけ。
男の方は、女が起きない事に耐えられなくなり、発狂してしまうという。
そんな七不思議があったのかと、神也は聞かされて初めて知った。
しかし、何故今その話題なのか。
今は梅の花が咲く季節でまだまだ寒く、桜が咲く季節にはまだ遠い。
そういう話は、暑い夏にやるべきではないか。
その疑問を口にすると、野球部キャプテンはチッチッチッと舌を打ち、「まだ続きあるのだよ、神也君」と謎を含ませた笑みを続けた。
「一年の女子がさ、先月の後半から登校してないのよ。かれこれ、二週間来てないのかな。担任が様子を見に行ったらしいんだが、登校しない理由をクラスの生徒に伝えてない。女子生徒が最後に目撃されたのが、倉庫脇の桜よ」
その子だけじゃなくて、他の女子生徒も何人か原因不明で休んでいる。
最後の目撃場所は、全員桜の下だった。
「まさかとは思うが、『桜の呪いだ』ってみんなで騒いでんじゃないだろうな」
「そのまさかよ!今じゃみんな気味悪がって、桜どころか倉庫にも近寄らねー。部活の道具一つ片付けるのも一苦労だよ。なっ、拓」
もう一人の友人で、サッカー部キャプテンの拓(たく)に、勇翔は同意を求める。
が、返事がない。
彼は顔を俯かせ、じっと自分の指先を見つめていた。
「拓?どうした?」
「桜の呪いにびびったか?キャプテン」
神也が拓の肩を軽く揺らし、勇翔が意地の悪い笑みを浮かべてからかう。
拓は、ハッと我にかえり、友人二人の顔を交互に見る。
神也が再度「大丈夫か?」と聞くと、力の籠もってない声で「大丈夫だ」と返した。
大丈夫と言うわりには、顔が青白い。
冷や汗もかいているようだ。
「ちょっと、喉乾いた。水飲んで来るわ」
音を立てて椅子から立ち上がり、拓は教室を出て行く。
彼の背中を見送りながら、勇翔が口を開いた。
「あいつ、さっき水買ってたぞ」
やはり、どこか変だ。