狐と死神の恋愛事情



 ◆  ◆  ◆


 ぼんやりとしながらも、鈴那はゆっくりと目を覚ます。
 周りを見れば、木々が生い茂り、古びた祠がある。
 背中を木に預けているのかと思えば、木ではなく狐の石像だった。
 何があったのか、ぼーっとする頭で記憶を辿る。
 部屋に居たら、死神の気配がしたのだ。
 許嫁だと名乗る死神に連れ去られ、帰宅途中の神無月神也と共にいた白狐の白真とすれ違った。
 林の中に連れてこられ、抵抗したら、殴る蹴るの暴力を与えられ……、大切な人の寿命を奪ったと言われた。
 ああ、そうだ。
 自分のせいで、また大切な人を亡くしてしまった。
 二度と恋などしないと誓ったのに、何度も何度も繰り返して。
 はじまりは、短い寿命の中で精一杯生きる人間に興味をもった所だった。
 命を尽くしてやりたい事とはなんだろう。
 燃えるような恋とはなんだろう。
 天命を迎えた魂に触れていくうちに、限られた時間の中で人間はどう生きていくのかと考えて、わからなければ時間を決めて、人間のように生きてみようと試してみたのだ。
 自分は本当にバカだ。
 バカな興味を抱いて、人を死なせた。
 自分なんて、居なければいいんだ。
 居なければ、皆死なずにすんだのだ。

「死神なんだから、大人しく魂の回収だけしてればよかったのよ……」

「そんな事言うなよ」

 下の方から声がする。
 そちらに目を向けると、白い狐が腹に服を巻かれた状態で、伏せをしていた。
 服には血が滲んでいる。
 怪我をしているのだと、直ぐ分かった。
 狐は、怪我など大したこと無いという風情を見せながら、言葉を続けた。

「そんな寂しい事を言っちゃダメだ。お前を必要としている奴がいるかも知れないだろう。あいつとかさ」

 顎で、直ぐ隣で寝ている神也を指す。
 死神との戦いで、気力も体力も使い切ってしまい、倒れるようにして横になると、直ぐ寝入ってしまったのだ。
 本人は気付いてないだろうが、空狐の血が僅かながらも覚醒した。
 葛葉の神通力と自分の神通力を使ったのだ。
 人間がそんな事をしたら、誰だって疲れる。

「頑張って、あの死神を追い返したんだぞー。まっ、有り難迷惑かもしれんがな」

「いいえ、そんな事ない。……ありがとう」

 礼を言って、ふらふらと立ち上がり、覚束ない足取りで歩き始める。
 祠から離れていく彼女を、白真は尻尾を振って見送った。

「さて……」

 あの死神は冥府で処罰されているだろうが、問題は眠りこけている傍らの少年だ。

「こき使われそうだなあ、こいつ」

 あの世は、いつの時代も人手不足だ。




 翌日になり、稲荷神社の池で、神也は鯉に餌を与える。
 白真はまだ傷が治らないらしく、木の下で体を丸めながら、大人しくしていた。
 そこへ、お菓子の入った紙袋を持った鈴那が姿を現す。
 ムスッとした表情で、無言で神也に紙袋を渡した。
 パチパチと瞬きをし、紙袋と鈴那を交互に見る。
 急に、どうしたんだ。

「……これは?」

「昨日のお礼。……助けに来てくれて、ありがとう」

「あ、ああそれは別に。大したことじゃないし」

 ポリポリと、頬を掻きながら言う。
 二人の間に沈黙が流れ、気まずい空気になった。
 この空気は、どう切れば良いのか。
 無い頭で案を探っていた時、鈴那の方から空気を断ち切った。

「私、死神の仕事しながらこの世界に残る。親にも伝えた。後……もう恋はしない」

「それじゃ」と、鈴那は踵を返す。
 スタスタと歩き始める彼女の背中に、言葉を投げた。

「恋しても良いんじゃないか?」

 ピタリ足が止まり、クルリと彼女は振り返る。
 眉がつり上がり、少し怒っているみたいだ。
 怖いなと思いながら、神也は言葉を続けた。

「だって、女の子だろ。女の子は幸せになる権利があるんだからさ」

 良い男見つけて、幸せにして貰えよ。

「あっ……。これって古い価値観かな」

 苦い笑みを浮かべて、神也は言う。
 鈴那は多少驚いた顔を浮かべるも、直ぐムスッとした表情に戻り、稲荷神社を後にする。
 背中を見送っていた神也の肩に、大人しくしていた白真が乗る。
 そして、ベシッと彼の頭を叩いた。

「って!…………動いていいのか?」

「へーきへーき。オイラを誰だと思ってるんだ?白狐の白真様だぞ」

 白狐の白真。
 幸せをもたらす、狐の神。
 幸せの形は人それぞれ。
 学校に行けること、家族と一緒に暮らせる事、友達が居ること、好きな物を沢山食べたこと。
 恋人と、一緒に居ること。

「オイラが居る限り、お前も鈴那も幸せさ!」

 胸を張って、白真は言う。
「そうですか」と、神也は白真の背中を撫でた。




 後になって、あの時恋することをやめた理由を聞けた。
 あの時恋をしたら、あの死神が現れて、また寿命を奪ってしまうのではないかと恐れてしまって。
 だから、しないと決めたのだと。
 また、今回のように巻き込みたくなかったのだと。
 死神は死神らしく、閻魔大王に与えられた仕事をしていくのだと。
 彼女ははにかんだ笑みを浮かべながら、話してくれた。
 空狐の血を引く人間と死神が恋に落ちたらどうするのか。
 人間の魂は死神に導かれて冥府に行くそうだが、寿命が無いに等しい空狐の魂はどうなるのだろう。

「お前が幸せにしてやりゃあいいのに」

「今の俺には荷が重い」

 答えを知るのはずっと先の話で、現在を生きる二人と一匹はまだ知らない。




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