狐と死神の恋愛事情


 とぼとぼと歩きながら、自転車を押す。
 カラカラと回る車輪の音が、また一層哀愁感を深くした。
 頭に浮かぶのは、会長の脇で泣きじゃくる鈴那の姿。
 本当に好きだったんだと、思わされた。
 自分には何も出来ない。出来ることはない。
 そう思って、踊り場からこっそりと離れ、こっそりと下校しているのだ。

「会長、大丈夫なのか……?」

「さあなー」

 白真の上の空な返事に、神也は肩を落とす。
 深いため息を吐いた神也を、白真は自転車のサドルに座りながら見ていた。
 白真も、こんな事が起きるとは思ってなかったのだ。
 むむむっと、会長が倒れてた時の事を思い出す。
 鈴那は死神。死神は、神に名を連ねながらも、人間の寿命を吸い、魂を奪う。だが、それは昔の話で、今は閻魔大王に制御されている。
 自分が見た限り、あの会長にはまだ寿命があった。それでも、半年程だが。
 先程、会長を見たとき、寿命は殆ど残っていなかった。
 制御が外れ、鈴那が一気に吸ってしまったのか。
 だが鈴那に、魂を吸った痕跡はなかった。

「きな臭いな、この事故……」


 ◇  ◇  ◇


 亡くなったと聞いた瞬間、言葉も何も出なかった。
 ただ、目の前が真っ暗になり、息をするのも忘れ、気付けば家の自室いた。
 部屋の中はカーテンが閉めてあり、日差しが入らず薄暗い。
 いつ閉めたんだっけ?それすらわからない。
 今、何日?会長が亡くなってから、何日経った?
 膝を抱え、ベッドに横になる。
 大切なあの人は、もうこの世界にはいない。

「わ……たしは……、なんて、ことを……」

 こうなる事は、分かっていた。
 死神の自分は、人間の男と恋に落ちると、いつも相手の寿命を吸って、短命にして。
 今回の男は、三人目だった。
 向こうから告白してきた。
 惚れたのだと、一目だったと。
 付き合ったら、この男も死ぬと直感で分かった。
 だから、最初は断った。

『付き合ったら死にますよ、だって死神だから』

 何度もそう言った。
 その度に、彼はこう返した。

『付き合ったくらいで、そんな簡単に人は死なないよ』

 何度も言われ、次第に心が折れ、気付いたら恋に落ち、付き合っていた。
 なのだが、死神の血はそれを許さなかった。
 徐々に寿命を、魂を吸っていき、先日彼は病に侵された事を伝えに来た。
 半年なのだと、もう治らないのだと。
 健康な彼が何故発病したのか、医者にも分からない。
 が、鈴那は違った。
 自分のせいだと、直ぐ気付いた。制御が外れたんだ。半人前だから。
 残り半年の寿命を、自分が全部吸ってしまったんだ。
 否。
 泣いていない、弱くない自分が首を振る。
 あなたは、彼の寿命を吸ってなどいない。

「ならどうして、彼は亡くなったのよ……!」

 ベッドの上で啜り泣く鈴那に、黒い影が近付く。
 黒いローブを纏いフードを深く被っている、紫色の目をした男だ。
 気配を感じた鈴那は、男の方を見る。
 男はニヤリと笑うと、鈴那に手を伸ばした。


 ◇  ◇  ◇


 翌日。
 緊急で開かれた全校集会で会長が亡くなったと、校長の口から伝えられる。
 会長の事もあってか、学校はいつもより早く終わった。
 これから職員会議が開かれ、保護者説明会の準備も進めるそうだ。
 教師は忙しいが、生徒達からすれば、早く帰れるのは嬉しい事だ。
 自転車を走らせながら、家に帰ったら何をしようかと考える。
 ゆっくり寝るか、それともゲームか。
 だがその前に、やらねばならない事が自分にはある。
 自転車の荷台には、あの白狐が乗っているのだ。

「おー!涼しいー!風が気持ち良いぜー!」

 荷台にお行儀良く座り、風に当たる白狐、白真。これでも一応狐の神なのだが、最近は神社を抜け出し、神也の所にちょっかいに行くのが日課。
 はしゃぐ狐の声に、神也はうんざりとした顔を浮かべる。
 さっさと、どこかに捨て置いてやろう。
 どこが良い。土手か、それとも空き地か。
 うーんと考えながら、空を見上げた時だった。
 黒いローブを纏った男が、鈴那の手を鎖で縛り、自分達の進行方向と逆方向に空を飛んで行く。
 擦れ違う一瞬、鈴那と視線が交わった。
 何かを訴えるような目だ。

「神崎……!」

 急ブレーキをかけ、自転車を止める。
 狐は振り落とされそうになったが、神也の制服を掴み、堪えた。

「おい!今の見たか!クソ狐!」

「クソは余計だ!バッチリ見た!追うぞ!」

 言われなくても、そうするつもりだ。
 黒い影は、まだ見えてる。
 自転車の向きを変え、狐を背におぶさりながら、自転車をこぎ出した。
 神也の耳元で、白真が口を開く。

「あの黒いローブは死神だな」

「何で死神が死神の神崎を捕まえてるんだよ」

「それは本人に聞かないとわからん」


 ◆  ◆  ◆


 鬱蒼と木が茂る林の中で、鈴那は地面に叩き付けられるように落とされる。
 日差しが入って来ないのか、地面が湿っていて冷たかった。
 手首から肘まで鎖が巻かれ、自由に動かせない。
 地面に横たわったまま首を動かせば、狐の石像が目に入る。
 石像の近くには、古びた祠が有り、地震が来たら崩れ落ちそうだ。
 誰も手入れをしていないのが直ぐ分かった。
 祠の前には、広くはないが狭くもない池が有り、中心に赤い鳥居が立っている。
 自分をここに連れてきた男は、鳥居の正面に当たる池の縁に立つ。
 そして、呪文を唱えた。
 その呪文は、冥府への扉を開く呪文だった。
 池の色が、黒に変わる。
 扉が開かれた証拠だ。
 男は笑みを浮かべると、鈴那に歩み寄った。

「人間界での修行は楽しかったですか?許嫁が急に居なくなって、心配しましたぞ」

 言い終えて、鈴那の腹を強く蹴る。
 息が詰まり、上手く呼吸が出来ない。
 男は何度も腹を蹴る。
 少しでも楽になろうと、足を抱え、腹を隠した。
 鈴那を転がし、腹が露になったところで、踏みつける。
 ぐりぐりと足裏を押し付けながら、死神は口を開いた。

「普通の子みたいに生きたいだとか、馬鹿な事を考えて。結局失敗して、男を三人も殺しちまったもんなぁ。可哀想に、死神に目をつけられて。まぁ実際殺したのは俺なんですけどね」

 痛みに耐えながら、鈴那は男の話を聞き、驚愕する。
 コイツが、殺した……?
 自分が、殺したのではなくて?

「男たちの寿命を吸ったの、俺」

 ケタケタと、男は笑う。
 鈴那は男を睨む。
 気味の悪い男だ、腹の立つ男だ、ムカつく男だ。
 こんな男に、自分の好きな人は、大切の人は殺されたのか。
 こんな男に、なぜ私が嫁がねばならぬのか。
 悔しくて、穢らわしくて、熱いものが喉から込み上げ、目頭が痛くなる。

「い、や……だっ!」

 身を反転させ、ガブリと鈴那は男の足に噛みつく。

「んな!」

 顔を蹴られようが、踏まれようが、鼻血が出ようが、歯から血が出ようが、何度も何度も噛み付いた。
 腕が使えない分、噛み付く位しか、反抗出来ないから。

「クソが!離れろ!」

 勢い良く腹を蹴られ、二回ほど転がる。
 狐の石像がじっとこちらを見ているのが、涙で滲んで見えなくなった視界にぼんやりと入った。
 狐と言えば、あの白い狐に付きまとわれてる少年は、今何をしているだろう。
 ここに来る途中ですれ違った。
 真っ直ぐ、家に帰ったのかな。
 狐と一緒に、散歩でもしてるのかな。
 自分が鎌を向けた少年。
 視線が交わった気がしたが、あれは気のせいだったか。
 暗くなる意識の中で、白い光がチラついた。
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