鎌を携えし者


 鎌を横一線に振るい、死肉噛みを弾き飛ばす。
 勢いがついた死肉噛みは、木々を幾つか倒して、林の奥にあった岩の集まりに激突した。
 その寸前、白真は見た。
 岩にかけられた注連縄、中央に刻まれた葛葉という字。周囲には、小さな鳥居が建立されていた。
 死肉噛みが激突した岩はがらがらと音を立てて崩れ、元の形もわからなくなってしまう。
 岩が何か気付いた白真は、引きつった声を上げた。

「あの岩は葛葉様の!」

 白真の声に驚き、鈴那と太貴は動きを止める。
 葛葉とは、神也の祖母である空狐の名だ。
 以前、彼女はこの辺りの土地を治めていた。その名残で、稲荷の土地には葛葉の祠や岩、結界が至る所にある。

「そうか、わかったぞ!オイラたち、いつの間にか葛葉様の結界に迷い込んでたんだ!」

「ええ!」

「何!」

 白真の言葉に、今度は死神たちが声を上げる。

「迷い込んだ?」

 真が呟くように問う。
 白真は強く頷いた。

「葛葉様はこの土地に居た時、悪しきものを見つけては封印の結界を施していた!」

 人間界に影響が出ないように。
 死神たちが安心して魂を回収出来るように。
 けれど、仕事の妨げにならないよう、善いものは出入り出来るように。

「俺たちは善いものだから、入れた。そして、いつもなら出られる。が、死肉噛みは別だ!」

 こいつだけ悪いやつだから、出口が閉ざされて出れなくなっちまった!

 白真の話を聞いて、太貴は納得する。
 その間に、払われた死肉噛みが音を立てながら岩の中から復活した。

「大体の理由はわかった。それで、あの半妖はどこに行ったんだ?」

「神也は葛葉様の孫だから、自由に出入り出来る。おそらくだが、オイラたちが入った時に入れ違ったか。もしくは……」

「君たちの後ろを走ってたか」

「あるいは、両方か」

 墨染色の衣が視界に入る。
 一同が声の方に視線を向けると、疲れの色と呆れの色を浮かべた神也と、相変わらず墨染色の衣を身に纏った狩り鬼篁(たかむら)が並んで立っていた。
 死神界の上司に当たる人物が現れ、鈴那と太貴は姿勢を正す。
 白真は「またこいつか」と、苦い顔をした。
 まあ、今回の相手は篁の管轄なので仕方ないのだが。
 死神も狐の神も、鬼の息の根を止める事は出来ないのだから。
 渋い表情のまま、白真は「遅い!」と、文句を吐き出した。

「遅いも何も、お前たちが闇雲に逃げなければ、さっさと祓えた」

 淡々とした口調で、篁は答える。
 その間に、死肉噛みが顎を開いて、咆哮した。
 死神二人と少年が息を呑み、身を堅くする。
 子狐が防御体勢に入り、狐の孫は鈴那と真を守るように、自分の背に隠した。
 死肉噛みが鎌を振り上げ、一同に突進する。
 篁の赤い瞳が強く輝き、瞬き一つで腰に差した剣を引き抜くと、死肉噛みの額目掛けてそれを投げつけた。
 堅い物が砕け散る音が耳に届く。
 死肉噛みの骨を貫いた剣は、中に隠れていた赤い玉も砕いていた。
 バラバラと骨が崩れ、地面に落ちる。
 骨と一緒に落ちた剣を、篁は緩慢な動作で拾い上げた。

「小僧」

 剣は鞘に戻しながら、篁は神也を呼ぶ。

「そいつら連れて、さっさと帰れ。道はわかるだろ?」

「篁さんは?」

「俺は、この骨を処分してから帰る」
 完全に神也たちに背を向け、「さっさと行け」と背中で語る。
 神也は息を短く吐いてから、鈴那たちを振り返り、口を開いた。

「帰ろうか」


 ◆  ◆  ◆


「で、お前いつからあの男と一緒にいたんだよ」

 神也の肩に乗り、白真はふらふらと尻尾を揺らしながら問う。

「うーん、そうだなー。みんなが結界に迷い込んだ後かな?」

 葛葉と刻まれた石を拾い上げた後、神也はいつの間にか一人になっていた。
 困ったなと頭を抱えていたところ、白真の叫び声が聞こえて、声のした方に向かって見れば、鈴那たちが死肉噛みに追われ、姿を消すところを目撃した。
 どうやら葛葉の結界は、岩を中心に五芒星を描くように張られていたらしい。
 鈴那と白真たちは、星の中央に鎮座する台形を描くようにして結界内をぐるぐると回っていたのだ。
 後を追うか、神也は迷った。
 なんせ相手は鬼だから、自分の手には負えないと判断したのだ。
 困ったまま立ち尽くしていると、死肉噛みを察知した篁が現れ、一緒に入り、今に至る。

「入ったはいいけど、みんながどこにいるのかわからなくてさー。神谷が岩を壊してくれて助かったよ」

 壊さなかったら、今もぐるぐると回ってたかもしれない。
 結界の中はあべこべで、気配が探れないから。
 神也に礼を言われ、太貴は面食らった。

「べ、別に。半妖の為にやった事じゃないし」

 鈴那の為にやったんだし。
 太貴はそっぽを向いて呟く。
 それが耳に届き、神也はハイハイと受け流した。

「ねえ」

 真が隣を歩く鈴那の手を引く。

「なぁに?真君」

「ぽんたを探さないと」

 真に言われ、本来の目的を思い出す。
 ああ、そうだ。彼の犬を探していた途中だった。
 今日はもう遅いから、また明日探そう。
 そう真に返そうとした時、神也が口を開いた。

「ああ、ぽんたなら……」




 きゃんきゃんと、神社の境内に犬の鳴き声が響く。
 境内を横切って走って来るトイプードルに、真は両手を広げて駆け寄った。

「ぽんたーー!」

 がっしりと、両の手で犬を受け止め、わしゃわしゃと縮れた毛を撫でる。
 久しぶりの再会を果たした彼らの傍らで、鈴那は胸を撫で下ろした。

「まさか、篁さんの神社で保護されてたとはねー」

「1月に篁さんと都娘(みやこ)ちゃんが見つけたそうだよ」

 散歩の途中で。
 その時、すでにぽんたは亡くなっていたらしい。
 あの世へ篁が導こうとしたが、誰かを待っている様子だったので、そのまま置いていたそうだ。
 この結果に、太貴は不服そうに頬を膨らませた。

「納得いきません……」

「まあ、いいじゃないか。とりあえず、勝負はどっちも負けだな」

 少年の未練を解決したのは、神也でも太貴でもなく篁だ。
 太貴は深く息を吐き出した。

「仕方ない。認めるか」

 話に区切りがついた所で、白真が口を開いた。

「そういえば、葛葉様の石どこにやったんだ?」

「ああ、篁さんに渡したよ。結界の再編に使うからって」

 今度は、誰も迷子にならない結界にするそうだ。
 そうしてくれると助かると、白真はしみじみと頷いた。
 鬼ごっこは、もうしたくない。
 もう日は沈んだ。夜の帳が空を覆う。
「帰ろう」と、神也は死神と白狐に声をかけ、一晩神社に泊まる真に手を振り、踵を返す。
 彼と同じ動きをした鈴那は、銀色の光が視界を掠めて、足を止めた。
 光の出どころは、神也の瞳だ。
 鈴那が一つ瞬きをした内に、瞳から光は消え、いつもの黒色に戻っていた。
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