口は災いのもと


「あの人が?成仏してなかったの?生き霊も彼のせいなわけ?」

「生き霊は先輩じゃない、別の人間だ」

「ふーーん」

「あんまり興味なさそうだな」

「別れた男に興味ないし。それに、しつこい男も嫌いなのよね」

 まあ、男だけじゃなくて女も嫌いだけど。

 武の名を聞いても、動じる様子のない彼女に神也は若干の憤りと哀れみを感じていた。
 彼女にとっては付き合っていた男の一人だが、付き合っていた男なのだから少しくらい動揺してもいいのではないか。
 鈴那は、昨年の夏に付き合っていた恋人を亡くした時も後も、動揺を隠せない程取り乱していたのに。
 みどりには悪いがこう言いたくなってしまう。
 薄情な女と。
 険悪な空気が二人の間に流れる中、白真が神也の肩に乗り、次の行動について耳打ちをする。
 了解した神也はこくりと頷き、腰を上げた。

「生き霊を追いかける。竹中さんも一応来てくれ」

「はいはい。……何でこうなっちゃったかなー」

「こっちの台詞だよ」と、神也と白真は同時に思った。


 ◆  ◆  ◆


 生き霊を追って、鈴那達が辿り着いた先は、市民病院だった。
 病院の上空に黒い靄(モヤ)が漂っている。
 この靄は、怨みや憎しみ、妬みの塊。生き霊の源だ。
 早く祓わなければ、病院の関係者に影響が出る。否、もう出ているかもしれない。

「中に入って様子を見て来ます。先輩はこの場に残って下さい。生き霊に取り込まれて、悪霊になってしまう危険があるから」

『ああ、それなら大丈夫だよ』

「どうして?」

『これがあるからさ』

 ニコッと笑って、武はコートのポケットから、ある物を取り出した。


 ◇  ◇  ◇


『すごーい、宗方君!本当にバイクの免許取ったんだ!』

『おうよ。みどりが乗りたいって言ってたからな。これでバイクに乗って、どこにでも行けるぜ』

『ありがとう!』

 ずっと一緒に居ると約束した彼女。
 バイクに乗ってどこかに行きたいと言っていたので、免許を取った。
 なのにーーーー!


 ◇  ◇  ◇


 ベッドに横たわる、金髪の男性。
 年齢は、二十代半ばだろうか。色黒肌で、耳にはピアスの穴が開いていた。
 両腕に包帯が巻かれ、右足が折れているのか、ギブスで固定され天井から吊されている。
 男の名前は宗方誠次(ムナカタ セイジ)。みどりの恋人の一人だ。
 熱が出ているのか、露出している肌に汗が滲んでいる。
 バイクの事故で重傷を負い入院しているらしい。が、最近急に容態が悪くなり、眠り続けたままなのだとか。
 彼から出る黒い靄は、病室を包み、窓や扉の隙間から外に漏れている。
 誠次を担当する医師や看護士は、軒並み体調を崩し、中にはその場で気絶して数日間目を覚まさなかった者も居たようだ。
 というのが、鈴那と武が病院で集めた情報である。
 後から病院に着いた神也と白真はふむふむと頷き、みどりはすました顔で病室の外にある椅子に座っていた。

「冷たいわね、彼女は。事故の事知ってたくせに、一度も見舞いに来てなかったそうよ」

『俺も病院に来なかったら気付かなかったなー』

「とりあえず、中入って靄(これ)を祓おう。じゃねーと、誠次の命が持っていかれるぞ」

 白真が病室の扉を睨んで言う。
 鈴那と神也が頷き、神也が扉の取っ手に手をかけた。




「遅かったな」

 二人と一匹を迎えた人物を見て、神也達は身が強張る。
 墨染色の狩衣と指貫、顔を隠すように巻いた同色のさらし。さらしから覗く目は血を溶かしたような赤。
 進級して直ぐの頃に出会い、しばらくは出会う事も、むしろ二度と会いたくないと思っていた人物。
 冥府の王、閻魔大王の孫で次期冥府の王。
 狩鬼、篁(タカムラ)。
 なぜ、彼がここにいるのか。
 答えは、様子を見に来た武が教えてくれた。

『あっ、神主さん』

「よう。無事に会えたようだな」

『はい。神主さんの案内に従ったら、すんなりと』

「ちょっ!ちょーっ待て!どういう事だよ!何で、武がこいつを知ってるんだ!?」

 神也の肩の上で、狐が吠える。
 神也も「全くです」と同意し、事情を察した鈴那が、手で額を覆った。
 答えはこうだ。
 みどりは、誰かに見下ろされてるのを察してから、神也に会う前にまず篁の祖父が神主を勤める神社に向かったらしい。
 もちろん、武もついて行ったのだが所詮ただの浮遊霊。鳥居で阻まれてしまい、途方にくれていた所を仕事から戻った篁に発見され、神社への出入りが出来るように御守りを渡された。白真の神社に入れたのは、御守りを持っていたからだ。
 それだけでなく、篁は生き霊の存在も察して、「何かが取り憑いてるのは確かだ。神社(うち)だと金がかかるから、学校に行けば無料(ただ)で祓ってくれる男が居るよ」と、みどりを神也に差し向けたのだった。
 ご丁寧に、生き霊と武の存在を伏せて。
 みどりに二つの存在を教えたら、必ず神也達の耳に入るから。

「つまりあれか、オイラ達は厄介事を押し付けられたってわけか!?」

「まあ、そういう事になるな」

「開き直ってんじゃねーぞ!コラァッ!」

 全身の毛と尻尾を逆立てて、白真は抗議する。
 篁は気にする素振りを見せず、「元気な狐だ」と、嘲笑した。

「とりあえず、さっさと祓え。誠次(こいつ)が鬼になったら、嫌でも俺の仕事になる。男の体に空狐の神気を流して、生き霊を追い出すんだ。出たところを死神の鎌で身体から切り離せば終了」

「頼んだぞ」と言って、篁はその場から姿を消す。
 相変わらずの傍若無人な態度に、白真はうーうーと唸り、苛立ちを発散させるように、耳の後ろをわしゃわしゃと掻いた。
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