口は災いのもと


 事故に遭った場所は、鈴那が管理する地区の外だったので、他の死神が魂を迎えに(というなの回収をしに)行ったらしいが、着いた時には既に居なかったという。
 それからずっと行方を捜していたようだが、その後その地区にある高速道路で大規模な事故があった為、捜索を一時打ち切り、そのままになっていたようだ。

「適当な死神も居るんだな」

 ぼそりと白真が感想を漏らし、鈴那は呆れ顔でため息を吐いた。

「父のお気に入りの死神(ひと)だから、私も強く言えなくて……」

 一方で、幽霊の武は死神という単語を聞き、首を傾げていた。

『死神……?』

「ああ、それは後々教えますんで、どうぞ話を続けて下さい」

 神也が先を話すように促し、武は気になりながらも、先を続けた。

『俺さ、みどりと約束したんだ。ずっと一緒にいるって』

「だから、彼女の側に?」

『それもあるんだけど……。初日の出には、友達と行ったんだ。みどりは寒いから行かないって言ってたから。なんだけど……、事故の直前……みどりが男の車に乗ってる所をみかけて……』

「家族の車ではなく?」

 何か、嫌な予感がするなと思いながらも、一つの望みをかけて問う。

 武も当時の事を思い出しているのか、困惑した表情で質問に答えた。

『家族の車では無かったよ。乗ってた車が普通自動車だったから。彼女の両親の車は軽自動車なんだ。彼女の兄弟はみんな年下だし』

 彼女はなぜあの車に乗っていたのか。
 あの男は誰なのか。
 気になって気になって、ぐるぐると思考を巡らしながら帰宅していた、その途中だった。
 殆ど無意識で赤信号の横断歩道に足を進めてしまい、友人が引き止める間もなく車に跳ねられ、全身を強く打って武は亡くなったそうだ。
 死んでからもみどりの事が気になり、事故現場を離れて、彼女の自宅に向かった。
 死神が彼を事故現場で見つけられなかったのはそのせいだ。

「それからずっと彼女の側に?」

『ずっとではないかな。時々離れて、散歩とかしてた』

「男の正体は分かったの?」

『うん。元カレだって』

 ずっと側で彼女を観察していた時に知ったと、武は語る。

「元カレか。新カレじゃなくて良かったなーー」

『って、思うでしょ』

 朗らかに笑って、武は白真の感想を否定する。
 まだ何かあるのかと、神也達は身構えた。

『俺と元カレ含めて、5人の男と付き合ってたみたいなんだ』

「5人!?」

 予想もしていなかった人数に、白真は目が飛び出しそうになり、神也は唖然とする。
 同性の鈴那は「尻軽女」と、小声で罵った。

「それ当時の人数ですか?」

『うん。今は、確か6人かな。俺と元カレと……あともう一人別れた奴がいるはず』

「おいおい、何か増えてないか!?」

「えーっと、当時の5人から3人引いて……2人になって、今6人だから……」

「4人新入りね」

 大きなため息を、鈴那は吐き出す。
 神也の感じた嫌な予感は、想像を上回る形で当たってしまった。
 武の話から察するに、車を見かけるまでは、彼女が複数の男と付き合っていると知らなかったのだろう。
 彼女の隠し方が良いのか、武が鈍感なのかは分からないが、女って怖いなと身震いすると同時に、それだけの男とよく付き合えるなと関心もする。
 しかし、別れ方を間違えると、犯罪沙汰になるのではないかとも思う。
 ちゃんと話し合って別れてれば良いのだが。

「まあ、側に居たい気持ち分かるけど。先輩はもう現世の人ではないんだし、次の人生で良い人に会えるかもしれないし。そろそろ、冥府に向かった方が良いんじゃないですか?」

「あの世も今大混みで、閻魔様の裁判受けるのに何ヶ月か待たされるみたいだから、さっさと逝って受付だけでも済ました方が良いわよ」

『そうなの!?』

「そうなの?」

「そうよ」

「戦争やら地震やらのせいで、人が波のように押し寄せて、だいぶ時間とられたらしいからな」

 三途の川を渡る舟に乗るのも一苦労だそうな。
 これでも、昔と比べると待ち時間が減ったらしい。
 あの世の事情に詳しい死神と神が教える。
 あの世も大変なんだなと、神也は遠い目をした。
 幽霊の正体とみどりとの関係が分かった所で、事実確認をする為、みどりの待つ池へと戻る。
 その途中、白真は武について考える。
 武は、みどりの側にいたくて、この世に残っている。
 が、ずっとではなく散歩しているという発言から、執着をしているわけではないようだ。
 執着していれば、みどりの側から離れる事が出来ないはず。
 怨霊にもなっておらず、自縛霊でも無い。普通の浮遊霊。
 否、普通ではないか。神気に当たっても平気な顔をしているから。
 約束と執着以外の理由で側に居るとしたら、何だろうか。
 むむむと、眉間にしわを寄せて考えていると、突然背筋に寒気が走り、全身の毛が逆立った。

「何だ……!」

 気配に気付いたのか、他三人も足を止め、鳥居の方を振り返る。
 鳥居の外で、黒い霧の塊が浮遊している。
 神社の中に入ろうとしているようだが、白真の神気で作られた障壁に阻まれているようだ。
 あの塊は何だと思案する間に、鈴那が死神の姿に戻り、大鎌を召喚する。
 黒いセーラー服に、紫色の瞳。
 死神に戻った彼女の姿を、みどりはもちろん見えない。
 緊迫した雰囲気の中、みどりの緊張感のない言葉が響いた。

「ちょっとーどうしたのよー?」

 目で、鈴那は神也に、みどりの相手をするように言う。
 神也はこくりとうなずき、みどりの側へ移動する。
 それを見届けて、鈴那は鎌を構えたまま、武に質問をした。

「あの生き霊は、いつから彼女を狙ってるの?あんた、生き霊が居ることに気付いたから、成仏しないんでしょ」

『何で分かった?』

 驚いた顔をして、武は返す。

「私はあの世の死神界から来た死神。現世をさまよう魂を、寿命を終えた魂を、あの世に送り届ける者」

 ひゅっと大鎌を横に振り、生き霊を威嚇する。
 死神の神気に気づき、生き霊はぶるりと身を震わせ、波のように引いていった。
 生き霊は、生きてる者の怨念だ。怨霊はそのまま祓ってしまえばいいが、生き霊は生きる者の魂と怨みの部分を切り離さなければならず、少々手が掛かる。
 みどりに怨みを向ける者が居るとすれば、付き合っていた男たちか、男の関係者か。
 どちらにせよ、面倒な事に変わりない。
 チラリと、みどりと神也の方を見る。
 今回の事件、招いたのはみどりの自業自得だ。
 誰かを好きになって、何人もの男と付き合うのがみどりの生き方なら、股をかけるのを止めろとは言わない。
 ただし、後始末を自分で出来ればだが。
 みどりはその後始末を出来なかったようだ。

「別れ方が下手なのに、ほいほい男と付き合うからこうなるのよ」

『俺も同意見だ。今までも、別れ方に失敗して揉めてた事があったみたいだから』

 みどりは友人達に、別れた男から復縁メールが届いてうっとうしいと話した事があるそうだ。
 たくさんの男と付き合う自分格好いいと思っている所もあるらしく、股掛けを武勇伝のように語っていた時もあったらしい。
 その話を聞き、鈴那と白真はため息を吐いた。

「お説教してやりたい所だけど、私はあの生き霊を追うわ」

『俺も行くよ。生き霊がどんな奴か分かれば、祓いやすいんだろ?』

「ありがとう、助かります。白真君は?」

「俺、神也と一緒に行くわ。先行っててくれ」

「わかった」

 生き霊を追う為、鈴那は駆け出す。
 その後を武が追い、白真は神也達の居る池のほとりに移動した。




「で、何の騒ぎなわけ?」

 髪の毛先をいじりながら、みどりは面倒くさそうに口を開く。
 彼女の前に神也は腰を下ろし、緊張した面持ちで言葉を発した。

「夜な夜な君を見下ろす奴の正体が分かったよ。竹中さん、随分な数の男と付き合ってるみたいだな」

「まあね」

 悪びれた様子も無く、あっけらかんとした口調で答える。
 神也は表情を変えず、淡々とした口調で言葉を続けた。

「君を見下ろしていたのは、その内の一人だ。それから厄介な事に、生き霊にも狙われてるみたい」

 みどりの目が丸くなる。

「生き霊……?それに、その内の一人って誰よ?」

「本城武先輩だ。初日の出を見に行った帰りに亡くなった先輩」
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