口は災いのもと
「神無月って、幽霊が見えんの?」
お昼休み。
別棟にある情報処理室に向かう途中の渡り廊下で、突然そう問われた。
◆ ◆ ◆
稲荷神社に珍しい参拝者が現れ、白真はあんぐりと口を開けながら、今の光景を眺めていた。
稲荷神社は古く小さい神社で、普段の参拝者は少なく、初詣以外の参拝者は珍しい分類に白真は入れている。
白真はこの神社の神で白狐だ。白い毛並みと銀色の目が特徴的。
その姿も一部の者にしか見えない。
見える者は、同じ神の分類か、妖か、極端に霊力が高い人間のいずれかだ。
話を進めよう。
場所は、稲荷神社の境内にある池の側だ。
今、白真の目の前には、一人の女子生徒が座っている。
名前は、竹中みどり。神也の同級生だそうだ。
白真の背後には、神無月神也と彼から一つ下がった所に、これまた同級生の神崎鈴那が座っている。
ここまでは良いのだ。と、白真は思う。
三人が稲荷神社に来て、深刻な話し合いが今まさに始まろうとしても、特に問題ではない。
問題は……。
「何だこいつ」
問題は、みどりの背後に居る……男の幽霊だ。
神也は困っていた。
学校で同級生の女子に呼び止められたと思ったら、「幽霊が見えるの?」などと聞かれるし、彼女の背後を見ると射殺すような目で自分を睨む幽霊が居るし。
幽霊のスペシャリストである鈴那の所に行くと……。
『あなたが好きなのは、私よね?』
と、こちらも殺す勢いで詰め寄って来て、胸ぐらを締め上げられる始末。
どうやら鈴那は、神也とみどりが親しく話している姿を見て(彼女にはそう見えたようだ)、心変わりしたのではと心配したそうだ。
神也は鈴那の事が好きだ。彼女も白真からそれを聞き、知っている。
二人よく一緒に居るが、付き合ってはいない。
鈴那は待っているのだ。神也からの正式な告白を。
神也も彼女が待っている事を知っているが、言う機会が無くうやむやにしている状態だ。
怒る彼女をなんとか宥めて誤りを解き、事情を説明する。
彼女も分かってくれて、死神の案件だからと一緒にみどりと会う約束をして、今に至る。
「えーっと、竹中さん……。何で俺が、幽霊が見えるって思ったの?」
「ある人に教えられたの」
「ある人?」
みどりは「それは言えない」と、首を横に振った。
「それで、“幽霊の見える”神也君に何の用なの?」
鈴那が問う。
みどりは鈴那に視線を向け、質問に答える前に質問をした。
「さっきから思ってたんだけど、何で神崎ちゃんが居るの?しかも、おっかない顔して。あたしは、神無月に頼みに来たんだけど」
「おっかない……っ!?」
鈴那の目がつり上がる。
女同士のバトルが始まりそうになる所で、神也が慌てて間に入った。
「まあまあまあまあ!二人とも睨まない睨まない。竹中さん、言うの遅れたんだけど、鈴那の方が霊感が強いんだ。だから、今日来てもらったんだよ」
「ふーーん」
信じたような信じてないような、曖昧な返事をみどりは返し、疑わしげな目を鈴那に向ける。
鈴那も視線を返し、二人の間にまたもや不穏な空気が流れた。
「で、竹中さん、用件は何だ?」
「ああ、忘れてた。最近さー、夜寝てると誰かに見られてる気がするのよねー」
「(でしょうね)」
二人と一匹の感想が一致する。
三対の目はみどりの背後に注がた。
見られた幽霊は、誰のことかと明後日の方角に目をやった。
「いや、お前だよ!おーまーえー!」
白真が耳と尻尾を立てて言う。
男の幽霊は「俺か!?」と、わざとらしく驚いた。
「なんなんだよ、こいつはー!だいたい!何で神聖なるオイラの神社に幽霊が入れるんだよ!神気に阻まれて、入れないはずなのに!」
キャンキャンと、神也たちの前で騒ぎ立てる。
みどりには聞こえないから良いが、聞こえる神也達は耳がキンキンと痛んだ。
「そもそもだ!お前とこの女がどんな関係か知らんが、夜な夜な女の枕元に立つなんて男の風上にも置けねー!切腹だ!切腹!オイラが介錯してやらあ!そこに直れ!」
「いや、もう死んでるから」
いつもの癖で、神也がつい突っ込みを入れる。
みどりは首を傾げた。
「何よ急に」
「あっ、ごめん。ええっと……」
「あなたの後ろに居る幽霊に、神社の神様が文句言ってるのよ」
「ええ!幽霊!?神様!?」
みどりが後ろを気にして、背中に手を回したり、忙しなく背後を見たりする。
驚くのも無理ない。
みどりには“彼ら”が見えないのだから。
神也も、白真を初めて見た時は驚いた。
そんな白真は、みどりの回りで幽霊を追いかけ回している。
これでは除霊の話し合いが進まない。
くるくると駆け回る白真の尻尾を神也は掴み、追いかけっこを強制終了させた。
「とりあえず、君に憑いてる幽霊と話がしたいんだけど、良いかな?」
「はーなーせー!」
「いいけど」
「あなたからも話を聞きたいから、終わるまで帰らないでね」
「はいはい」
じたばたと暴れる白真を無視して、話が進む。
幽霊の方は、白真に追いかけられるおそれがなくなり、ホッと胸を撫で下ろすような動作をした。
みどりを池のそばに残し、神也達は幽霊を連れて、本堂の賽銭箱の前に移動する。
幽霊から、彼女の側に居る理由を聞くためだ。
『俺の名前は、本城武(ホンジョウ タケシ)。稲荷高校三年、みどりの彼氏です』
武が自己紹介をする。
神也達より一つ上の学年で、二人は名前に聞き覚えがあった。
「本城先輩って確か……」
「初日の出を見に行った帰りに事故に遭って亡くなった先輩よ」